というわけで、忍足先生と佐上先生のお話でしたー。いかがでしたでしょうか。 「春の風邪」って季語にもなってるんですよね。冬の風邪と違って、どこか陽性のムードをもってゆったりと詠まれることが多いようです。 でも、春にひく風邪はなかなか抜けないという一面もあるので、佐上先生二はきちんと養生していただきたいところ。 とはいえトシ取ってくると、どの季節にひく風邪もなかなか抜けませんけどね(苦笑)。 で、そ...
途切れ途切れになりつつも、忍足は何とか最後まで言い終えた。というか、「簡単だろ!? ほら、約束するって言え!」 締めくくりは脅迫になってしまった。しかも顔まで赤くなってしまい、忍足は慌てて車のドアを開けると運転席に逃げ込んだ。 先刻診察室の外まで出てきて、「お大事に」と見送ってくれた白衣姿を思い出す。 彼ならこんな時も、「恥じらう姿も可愛い」で済むんだろうに。俺がやっても気持ち悪いだけなんじゃない...
「長谷川先生っていいお医者さんだね」 その後。 病院近くの院外薬局で薬を受け取った後、駐車場までゆっくりとした歩調で歩きながら、佐上はこう言った。 忍足は一瞬表情の選択に迷ったものの、ポーカーフェイスで頷く。「そうだな」「話してるだけで、ほんと癒された。しかもだよ、あの人って単なる癒やし系なんじゃなくて、腕の方も相当だろ? 頭の回転も早いし、話し方も上手いし」「そうだな」「渉もうかうかしてられない...
それとお薬です、と長谷川は続けた。「佐上先生の症状とお仕事内容から、眠気やふらつきといった副作用が強くないものをお出ししようと思っていますが――ただ副作用の出方は個人差が大きいので」「ええ、はい、承知してます」 佐上もまた、心得た様子ですぐに頷く。「成分的に副作用が軽いってだけで充分ありがたいです。それほど重症な風邪でもないですしね」 ありがとうございました、と話をまとめようとした佐上に、長谷川は...
どうでしょうか、と言いたげにこちらを見やる長谷川に、忍足も微笑して頷いた。 もしも佐上がここにいたら、渉を立ててくれてるんだねと、憎まれ口を兼ねた褒め言葉をまた口にしていたことだろう。「そうだね、PLでもペレックスでもいいけど・・・鼻水だとかのアレルギー症状はそれほど出てないから、」「じゃあペレックスの方がいいですね」 長谷川も心得たもので、すぐさまそう返してくる。 薬剤選択の理由については、血液検...
この切り替えの早さと反射神経の良さは、長谷川の真骨頂だ。佐上のIDを取るようナースに指示すると、さっそく電子カルテを立ち上げる。「あ、保険証も持って来てますけど」 戸惑いがちにこう言った佐上への回答も、手慣れたものだった。「ありがとうございます、それは後ほどコピーを取らせていただきますね。明日病院が開いたら、事務職員のほうで全ての情報を登録して、請求書もその時にお作りします。だから今日は安心して、...
「違うって。ノエルは子どもの頃、診察室で過ごしてただろ。だからあそこが古巣みたいな気がするんだよ」 正真正銘の独り寝を強いられた忍足は、翌朝も仏頂面のままでいた。病院には佐上の車で向かったのだが、それを運転している間も、助手席で佐上がどれだけ弁解しても、まだむくれたままでいた。 ゆえに、佐上の弁解も続く。「で、知らない人間や動物が出入りしない時間帯にあそこが開いてると、喜び勇んで入ってくるってだけ...
最後はなんだか、子どもが張る虚勢のような言い草になってしまった。その自覚が、忍足の口角を思いきり下げさせる。 が、対する佐上は。「・・・そうだったね。忘れてたよ」 可愛げの無い言葉を、憎々しげに言ってくれれば――と忍足は考える。こちらとしてもいくらでも対応の仕様があるのに。 なのに佐上はこんな台詞を、心から嬉しそうに口にするのだ。(そうだったやっと思い出した、もう安心なんだ、良かった) 言葉にはなら...
「でも渉、明日は日直じゃないだろ。それなのにそんなことしたら」 なおもしつこく反論する佐上に、せっかく結び直した堪忍袋の緒がまた切れそうになる。が、今度も辛うじて踏みとどまった。 普段の佐上は、こんなふうにグズグズと繰り言めいたことを口にしたりはしない。そう気づいたから。 今のこの反応、それ自体が、体調不良を物語るサインなのだ。そう思い至ったから。「いいから。心配くらいさせろ」 無意識にこう言って...
「そんな状態なのに診療を続けてたのか、おまえは」 なのに気持ちとは裏腹に、口から出た言葉はやけに刺々しくて、自分で嫌になった。これじゃまるで責めてるみたいだ。そんなつもりじゃないのに。 そんなつもりじゃ、全然、ないのに。「ああ・・・人間の風邪は動物には感染しないから」 一方の佐上は、忍足の葛藤になど気づく余裕もないようだった。肩を揺らして咳をこらえながらこう言い、ふと思いついたように付け加える。「だ...
佐上が風邪をひいた。 折も折、忍足も少し難しい患者を受け持つことになって、帰りが遅くなったり文献を持ち帰ったりしていたので、佐上とはすれ違いの毎日が続いていた。 せめて夜、いつものように同じベッドで眠っていたら気づいたかもしれない。 だが佐上は、患畜を入院させた時には動物病院の方で寝泊まりするので、ここ数日というもの寝室がカラだったのに気にしていなかった。 ああもう、何もかもが言い訳だ。忍足は苦...
七回で一話、つまり一週間ごとにひとつのお話・・・の予定だったのに・・・。 いきなり延びてます。あのブランクを経て、少しは成長でもしたかと思いきや、何ひとつ変わってない私。がっくり。 ともあれ、新シリーズ「with、」第一話終了です。いかがでしたでしょうか。 今回のテーマは長谷川先生のお誕生日、そして向井先生のお誕生日。というか、自分内のウエイトとしては向井先生の誕生日エピソードの方が大きかったです。 長谷...
結局は何も買わず、水族館を後にした。近いんだから、というのが、二人の一致した意見だ。「ここならいつでも来られますし」「時々はおまえ一人で?」「根に持ちますねえ・・・」 苦笑した長谷川に、向井は言った。飄々と、けれど少しだけ照れくさそうに、視線をあさっての方に向けながら。「そうじゃねえよ。落ち込んだのを自分で何とかできてもできなくても、おまえは必ず俺のところに帰ってくるんだろ。そのおまえを出迎えるの...
その後も、ペンギンと同様のコンセプトで作られた水槽を泳ぐアシカやそのショー、カワウソのお散歩タイム、アマゾン川に生息する巨大魚・アロワナの雄大なジャンプ、そしてもちろんケープペンギンのフィーディングタイムも。 それら全てを堪能して、気が付けば日が傾いていた。 そこで、お約束の館内ショップへと向かう。「あ、先生、ボールペンがありますよ。ここのは特にマスコットはついてないみたいですけど、その分大人向...
「あ、と、それは、もちろんそうなんですけど」 長谷川としてはついしどろもどろになってしまう。が、意を決して、本音を打ち明けた。「でも、おんぶに抱っこで先生に依存するのは嫌だから・・・まずは自分で元気を出して、それから先生の処に帰っていきたいな、って」「自分で、じゃなくてペンギンに元気をもらってくるんだろ」 一方の向井は納得しかねるといった口調だ。 果ては、シャチの立場はどうなるんだよ、などと拗ねた口...
この水族館の目玉は何といっても、リニューアルしたという屋外エリアだ。 二フロア分の屋内展示を堪能した後、満を持して屋上へと上がる。すると。「わ・・・あっ、」 そこには、都心のしかもビルの屋上とは到底思えない、開放的で自然にあふれた空間が広がっていた。 駆け出したくなるのをこらえて、一つずつ順番に回っていく。 まずは、ケープペンギンを展示したゾーン。滝と岩場、それを覆う草原、その間を白と黒のペンギン...
うん、と向井は頷いて、それから。 伸び縮みするチンアナゴを見つめたまま、ぼそぼそとした口調で言い足した。 この話し方、と長谷川は思う。知ってる。本当のことだけに言いにくい、そんなことを口にする時、向井繊先生はこんなふうに話すんだ。「もっと嬉しかったのは、おまえが俺を無理に外に連れ出そうとしなかったことだよ。二人きりで過ごす時間をくれたことだ。だから今年も部屋鍋で宜しく」「・・・・・・」 ずるい、という...
そんなわけで、名刺入れである。 品質のいいきちんとしたものを探すべく、長谷川は何とか時間をひねり出しては、向井に内緒であちこちのショップを巡った。 条件としては、まず収納力。ブランドロゴが過度な主張をしていないのも重要だ。それから手触り。しっかりしていて、でもやわらかくて、手によく馴染むものがいい。 それらにデザイン性を加味して、そうして決めたのが、エッティンガーの名刺入れだ。 表と裏の色が違う...
ネット情報によると、クリスマスに近い日に生まれた恋人を持つ場合、クリスマスと誕生日は分けて扱うのが必須らしい。 ケーキも別々、ディナーも別々、プレゼントも別々。日をずらし、それぞれに祝うのである。 それはそうだな、と長谷川はその時、素直に同意した。 だが同時にこうも思った。クリスマスを祝う習慣は俺たちにはないんだ、と。祝いたいのは向井先生の誕生日だけなんだ、と。 なのに世の中はクリスマス一色で、...
「ていうか先生、ずるいです。や、先生の責任じゃないんですけど。でもとにかく、ずるいですよ」 半円状のトンネルをくぐる形で見上げるクラゲの浮遊に時間を忘れ、そののちにチンアナゴの水槽の前でまたも時間を忘れ。 そうしつつも長谷川は、つい愚痴ってしまう。「僕だって先生の誕生日を、こんなふうに外で、特別に、お祝いしたかったのに」「祝ってくれたじゃないか」 一方の向井は、事も無げにこう言う。「あの時のすき焼...
そのフロアには他にも、まざまな水域に生息する生き物たちの姿を移植した水槽が並んでいた。 そのひとつひとつが、ビジュアルも含めてよく考えて造られていて、長谷川は小さな歓声を上げて見入りつつも、こう言わずにいられなかった。「伝え方、っていうか、プレゼンの仕方っていうか・・・本当に大事ですね。僕らの仕事も同じですよね。伝えたいことを伝えるためには、労を惜しんじゃいけないって――ちょっと、先生?」 言い終わ...
「わあ・・・っ、」 今年の三月三日は日曜日だった。 ちなみに去年は土曜日で、向井の独断により「思い出のホテル宿泊デート」をセッティングされてしまったのだったが、そして長谷川も口では文句を言いつつもしっかり楽しんだり歓ばされたりして、それからの一年間というもの幾度も思い出しては幸せな気持ちになったものだったが。「えっ、向井先生、ここって前からこんなだったんですか? 存在だけは知ってましたけど、僕、来た...
引き続き、またもご無沙汰しております・・・! そして最終記事に、連日たくさんの拍手を本当にどうもありがとうございます! 待ってるよーと言っていただいているようで、しみじみと嬉しさを噛みしめております。 噛みしめるだけでじゃなくて、原稿原稿ーーー! 本日土曜日からようやく書き出すことができまして、明日のいつもの時間(って早朝5時ですね)には新シリーズをお届けすることができそうです。 といっても現在16...
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