車から降りる時は未知久のコートを借りた。コートを頭からすっぽり被って、顔と衣装を隠してダッシュでエレベーターに飛び乗った。車の所でもたもたしている未知久にムカムカしながら、俺は「早くしろ!」と急き立てた。誰かに見られたらどうすんだよ!?今、お前はオオカミさんの着ぐるみ着用中なんだぞ!「せっかく可愛い格好してるんだから、もう少しお上品にしろよ」「アホ!走れ!他の住人と鉢合わせしたらどうすんだよ!」...
厚志は下津浦が一緒に住んでいるオトコの情報をペラペラとしゃべり始めた。媚びを含んだ瞳が見上げている。厚志に恨みはないが、こういうのが通用するのもあと2、3年だと彼は気が付いていない。 自称・大学生の彼は元はウリ専だが、下津浦はその事実を知らない。彼は厚志が働いているバーに集まってくるウリ専仲間の間で評判が悪い。顔は良いが性格が最悪だ、と皆から嫌われていたそうだ。 ある日、バーにふらりとやって来た...
マスクとサングラスだけはしてくれ、と頼み込んだ。未知久は暑いとか、面倒くさい、とかごねたが粘りに粘って着けさせた。職質される確率は上がるような気がするが仕方がない。「純さんと未知久、良いコンビだよね」「だろ?」「祭り好き」「あははっ。祭りと聞くと血が騒ぐんだ」「祭りじゃねえし!」俺の最後の花道を女装で歩ませやがって!だからハロウィンは嫌いなんだよ。「俺の最後の出演だったんだぞ?それなのにコスプレ...
『from.N』の放送が終わり着替えようとしたが、純さんが「そのまま帰った方がいいよ」と言って、俺は控室から追い出されてしまった。オオカミの松沢くんが、荷物と花束を持ってくれている。駐車場に行くまでに、何人ものスタッフさんやMCさん、メイクさんやモデルさんに捉まって写真を撮られる。ああ、これがあるから純さんは「着替えずに帰れ」って言ったのか。女装するのもこれで最後だし、次にここへ来るのは何か月か後だ。っ...
BGMがハロウィンっぽい曲に変わった。ええっと、なんだっけ?ナイトメアー・ビフォア・クリスマスか?ステージはオレンジ色と紫色のライトで照らされている。こんな格好であそこに出て行ったら
俺のハンガーラックに掛けられていたはずのスーツがない。モニターを観ると、加本さんと純さんが新商品の説明をしている。『加本さん、まずは触ってみてください。生地の良さはさすが「NMW」だ、と言って頂けると思います。そしてこの縫製の良さ。このお値段でこの品質は当社ならではです。「from.N」はお手頃なお値段で最高の品質を、を心掛けながら商品をお作りしております』上品なワンピースは、新春のご挨拶やあらたまった...
加本さんとの打ち合わせが終わり、純さんはしみじみと「寂しくなるなあ」と呟いた。そう言われると、俺も寂しくなる。カメラマンさんにモデルさん。MCさん、ディレクターさんに、音声さん、ADさん。一緒に番組を作ってきた彼らとも、今日でお別れだ。色々あったなあ・・・。生放送ならではのハプニングは数えきれない。30秒のCM中の早着替えは毎回スリリングだった。真夏にニットとダウンコートを着て照明に照らされる、なんて...
エレベーターのドアが開く。関係者入り口の方を見ると、ピンクの衣装ケースを抱えた松沢くんが警備員さんにペコペコしながらゲートを抜けたところだった。松沢くんは俺を見て、嬉しそうに大きく手を振った。「片平さーん!」「松沢くん!ごめんね!」「酷いですよ!俺を置いて行くなんて!」松沢くんは眉を寄せ抗議しながら、こちらへ近付いてくる。松沢くんは俺と一緒にタクシーを降りたんだから、警備員さんも臨機応変に対処し...
「おーちゃん!」酔っ払いが大声で、「おーちゃん」と連呼する。 深夜の繁華街はほぼほぼ酔っ払いだらけだから、そんなのは誰も気にも留めていない。右へ、左へと、フラフラしながら歩く厚志を持て余しながら、俺は適当に相手をし転ばないように支えてやる。それを厚志は自分の良いように解釈し、甘えた声で呼ぶのだ。「おーちゃん!えへへっ」「はーい」「おーちゃん!」適当な返事でも嬉しいのか、厚志は前に回り込んでニカッと...
「おはようございます!」『NMW』の控室には純さんが一人いた。朝の放送で着ていたスーツを脱ぎ、『from.N』から新展開している『N.and』というルームウェアやパジャマを専門に扱うブランドのふわもこウェアを着ている。控室をまるで自室のように使っている純さんは、ここにビーズクッションやお昼寝用の布団セットまで運び込んでいる。 綿あめみたいなふわふわしたピンク色のフード付きパーカーとハーフパンツは、フードに小さな...
「下津浦社長の息子に、欧介と別れてくれって、言われた」「はあ?」「僕が別れたら欧介は会社に戻れるから、って」下津浦には、心底呆れた。ここまでプライバシーに口を出される筋合いはない。自分が恋人と別れることになったからと、俺を巻き添えにしようとしやがるのか。それとも、自分が原因で俺が辞めるとなると、他の社員の信頼を失う事になる。社長に何とかしろと言われたか。どっちにしろ、「大切な社員を誘惑するな、だっ...
「片平さん!待ってください!」局へ向かう為にタクシーに乗る寸前、『from.N』の新人・松沢哲二が衣装ケースを抱えて追い掛けて来た。「どうしたの?松沢くん」「宮本さんから電話で、この衣装ケースを持ってきてくれと!」松沢くんは純さんのピンク色の衣装ケースを抱えている。「そう?あれ?今朝は何も言ってなかったんだけど」「急に衣装を変更するそうです。急ぎましょう」「あっ、松沢くんも行くの?」「はい」松沢くんはタ...
叶多から返事がない。仕事が忙しいのだろうと気にもせずに、「先に食べるよ」と送信して缶ビールを開けた。我ながら良く出来たと感心するくらい上手く作れたスパニッシュオムレツだったが、半分にして叶多の分はラップを掛けておく。一人の食事は味気なかったが、自分で作ったとなれば感想は「美味い」に決まっている。 叶多から『今から帰る』とメッセージが入ったのは、23時過ぎだった。俺はすでに風呂に入り、寝るだけの状...
社長は昼になっても会社には顔を出さなかった。社長に謝罪して退社の意思を撤回する気はないが、挨拶くらいはするつもりだった。正式に辞表も受け取ってもらわないと。 良好な関係を築いていた部長や中谷さんとも何となく気まずくなって、俺は会社に居心地の悪さを感じるようになった。2人の慰留も聞かずに「謝らない」と言い張った俺だが、2人は
「暇なら、あちらへ行かないか?辰弥も向こうにいるぞ」井上会長は笑顔でパーティーが行われている会場を指さした。「立食だが美味しい料理やケーキも準備しているよ」こういう系統の人に俺は、
「いらっしゃいませ!お姉さん、見て行ってくださいよ!」開店早々、輝也が大声を出した。威勢良く両手を打ち鳴らすパンパンッという音が、すっきりと晴れた秋空に響き渡る。そんなに目立つ事をしなくたって、お前は十分人目を引き付けるから黙ってろよ。俺がそう思っている事などつゆ知らず、輝也は張り切って呼び込みを続けた。案の定、近くにいた女性たちが輝也の声に導かれるかのように、俺たちのテントにわらわらと集まってき...
目覚めると、隣に叶多がいる。共同生活が始まって気が付いた事がある。朝起きて隣に好きな男が寝ている、というだけで心が潤う。叶多が俺と同じように感じているかはわからないが、俺は目覚めた時に叶多の息遣いを感じるだけで、叶多をここに呼んで良かったと思うのだ。叶多にも同じように感じていて欲しい、と思うのは俺の我が儘だろうか。 叶多の母親はマンションを探していると言っていたが、転居先が決まれば叶多は自分の部...
中学生の頃に、母から習ったカレーを作った。母に「男でもこれくらいは作れないと」と言われて、無理矢理習わされたカレーだ。正直言って、それ以来作ったのは数える程。高校のキャンプとか、大学のサークルとか。だが、そういう記憶は案外残っているもので、市販のカレールーの箱の裏に書かれているレシピを頼りに野菜を切り、炒めて、水を入れて指定の時間煮込んで出来上がりだ。味見の度に切れた口の中がピリッと痛み、下津浦...
イヌ吉さまより、70万HITのお祝い絵を頂きました!!&SSを一つ♬
皆さま、こんばんは~!!当ブログも、めでたく70万HITを迎えました!!これというのもひとえに、ご訪問くださいます皆さま方のご厚情のおかげでございます♪さてさて、本題です!!こちらの記事はタイトルどおりでございます!いつもお世話になっているイヌ吉さまより70万HITお祝い絵を頂いてしまいましたっ!!イヌ吉さまのお宅に毎日遊びに伺っているまあちゃんとそれに巻き込まれるヒロオミさんを描いてくださいました!!...
「ついでに今日は帰らせて頂きます。早退でも、欠勤でも、好きなように処理してくださって構いませんので。若尾さん、城島さん、申し訳ありません」呆気にとられながらも、部長は「何を言っているんだ!撤回しなさい!」と腕を掴んで離さなかった。「部長、今日は帰ります。どっちにしろ、ここ、怪我してますんで」口元を指さすと、部長は「そんな大げさな」と困った顔をした。だが、俺はきっぱりと拒否した。さっきは部長の顔を立...
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