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悔い改めの礼拝とスヴェーデンボリ神学著作集の原典訳 https://sinjerusalem.livedoor.blog/

聖書とスヴェーデンボリ神学著作集から信仰と悔い改めを学び、主への愛と隣人への愛のある礼拝を目指します。

インターネット新教会は誰でもいつでも訪れて主を礼拝することが出来ます。 またこの世の金銭の献金は一切不要ですが、主のものである善と真理は十分の一とは言わず凡てを主に返してください。 自分が語り行ったどんな善い事も自分が行ったと思わず、自分を通して主が為されたことを承認して主を見上げ主に帰してください。

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2013/08/13

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  • 31-4096-2~4097意訳「天界の秘義」創世記Ⅳ

    31-4096-2~4097意訳「天界の秘義」創世記Ⅳ[4]しかし情愛によって善に真理を結び付ける時、善と一緒にそれをどのように有するか、また真理を善に適用する時、真理と一緒にそれをどのように有するかは、善と真理の中に考え、或いは思考が保たれる時それほど知ることが出来な

  • 32-4270~4272原典訳「天界の秘義」創世記Ⅳ

    32-4270~4272原典訳「天界の秘義」創世記Ⅳ4270. `Et surrexit in nocte illa, et accepit binas feminas suas,et binas ancillas suas, et undecim natos suos, et transivittransitum Jabbok': quod significet insinuationem primamaffectionum veri cum veris acquisiti

  • 31-4095~4096-1意訳「天界の秘義」創世記Ⅳ

    31-4095~4096-1意訳「天界の秘義」創世記Ⅳ4095.十四~十六節、「そして、ラケルとレアは答え、また彼に言った。もはや私達の父の家に私達の取り分と相続分があるでしょうか?彼に私達は他人と見なされているのではないか? なぜなら、彼は私達を裏切り、また私達の銀を浪費

  • 32-4268.~4269原典訳「天界の秘義」創世記Ⅳ

    32-4268.~4269原典訳「天界の秘義」創世記Ⅳ4268. `Et praecepit etiam secundo, etiam tertio, etiam omnibuseuntibus post catervas, dicendo, Secundum verbum hoc loquemini adEsavum, in inveniendo vos eum': quod significet continuum, nempeordinationis et submis

  • 31-4087~4094意訳「天界の秘義」創世記Ⅳ

    31-4087~4094意訳「天界の秘義」創世記Ⅳ4087.「そして見よ、まだらにされた羊の群れ、斑点入りの羊の群れ、および白い斑点のある羊の群れの上に乗っている凡ての雄山羊を」が、そのようなものが導入されたこと、従ってそのようなものが教えられたことを意味することは、直

  • 32-4266~4267原典訳「天界の秘義」創世記Ⅳ

    32-4266~4267原典訳「天界の秘義」創世記Ⅳ4266. `Dedit in manum servorum suorum catervam catervam seorsim;et dixit ad servos suos, Transite ante me, et spatium ponatis intercatervam et inter catervam': quod significet ordinationem quomodoinitiarentur, cons

  • 31-4080~4086意訳「天界の秘義」創世記Ⅳ

    31-4080~4086意訳「天界の秘義」創世記Ⅳ4080.「またもし、まだらのものがあなたの報酬であるとそのように言ったなら、実際、凡ての羊の群れがまだらのものを産んだ」が、結ばれた間違った原理に関しても同様に得られたことを意味することは、今しがた言われたことから知ら

  • 32-4265原典訳「天界の秘義」創世記Ⅳ

    32-4265原典訳「天界の秘義」創世記Ⅳ4265. Vers. 16-23. Et dedit in manum servorum suorum catervamcatervam seorsim; et dixit ad servos suos, Transite ante me etspatium ponatis inter catervam et inter catervam. Et praecepitprimo dicendo, Quod occurrerit tibi

  • 31-4076~4079意訳「天界の秘義」創世記Ⅳ

    31-4076~4079意訳「天界の秘義」創世記Ⅳ4076.「しかも、あなた達は知っている。私があなた達の父に私の凡ての力によって仕えたことを」が、自分の力によりを意味することは、「仕えること」の意味が努力であることから知られよう。そのことにつては3824, 3846番に示された

  • 32-4263~4264原典訳「天界の秘義」創世記Ⅳ

    32-4263~4264原典訳「天界の秘義」創世記Ⅳ4263. `Capras ducentas et capros viginti, oves ducentas etarietes viginti': quod significet bona et inde vera Divina, constatex significatione `caprarum et ovium' quod sint bona, de qua n.3995, 4006, 4169; ex signi

  • 31-4075意訳「天界の秘義」創世記Ⅳ

    31-4075意訳「天界の秘義」創世記Ⅳ4075.「しかるに私の父の神は私と一緒に居られる」が、主御自身にある凡てのものは神的なものからあることを意味することは、「父の神」が主について属性付けられる時は主御自身にとって神的なものであることから、また「私と一緒に居られ

  • 32-4260~4262原典訳「天界の秘義」創世記Ⅳ

    32-4260~4262原典訳「天界の秘義」創世記Ⅳ4260. Vers. 13-15. Et pernoctavit ibi in nocte illa, et accepitde veniente in manum suam munus Esavo fratri suo. Capras ducentaset capros viginti, oves ducentas et arietes viginti. Camelaslactantes et filios illaru

  • 31-4073~4074意訳「天界の秘義」創世記Ⅳ

    31-4073~4074意訳「天界の秘義」創世記Ⅳ4073.「ヤコブは使いを差し向け、同時にラケルとレアを自分の羊の群れの方の野に呼んだ」が、「ヤコブ」によって今意味された善がやがて立ち去る時、その善からの真理への情愛との連結、および適用を意味することは、「ヤコブ」の表

  • 32-4256~4259原典訳「天界の秘義」創世記Ⅳ

    32-4256~4259原典訳「天界の秘義」創世記Ⅳ4256. `Eripe me quaeso e manu fratris mei, e manu Esavi, quiatimeo ego eum quod significet statum respective quia priorem sefecit, constare potest ab illis quae supra passim dicta sunt,imprimis ex illis ubi agitur

  • 31-4072意訳「天界の秘義」創世記Ⅳ

    31-4072意訳「天界の秘義」創世記Ⅳ4072.四~十三節、「そして、ヤコブは使いを差し向け、同時にラケルとレアを自分の羊の群れの方の野に呼んだ。また、彼女達に言った。私があなた達の父の顔を見るに、彼は昨日、一昨日の如き彼とは全く違っていた。しかるに私の父の神は私

  • 32-4255-2原典訳「天界の秘義」創世記Ⅳ

    32-4255-2原典訳「天界の秘義」創世記Ⅳ4255. `Quia:なぜなら、ので、in:~の中、~を所有して、baculo:杖、棒、meo:私の、transivi:行った、過ごした、(一人称単数完了)Jordanem:ヨルダン、hunc,:これらは、et:また、そして、nunc:今、現在、sum:ある、in:~の

  • 32-4255-1原典訳「天界の秘義」創世記Ⅳ

    32-4255-1原典訳「天界の秘義」創世記Ⅳ4255. `Quia in baculo meo transivi Jordanem hunc, et nunc sum induo castra': quod significet quod ab exiguo multum, constat asignificatione `baculi' quod sit potentia et quod praedicetur devero, de qua n. 4013, 4015; a

  • 31-4068~4071意訳「天界の秘義」創世記Ⅳ

    31-4068~4071意訳「天界の秘義」創世記Ⅳ4068.「そしてそれから、エホバはヤコブに言われた」が、神的なものからの主の認識を意味することは、聖言の歴史的なものにおいて「言うこと」の意味が認識することであることから知られよう。そのことについては1791, 1815, 1819, 1

  • 32-4251a.~4254原典訳「天界の秘義」創世記Ⅳ

    32-4251a.~4254原典訳「天界の秘義」創世記Ⅳ4251a. {1} Vers. 9-12. Et dixit Jacob, Deus patris mei Abrahami,et Deus patris mei Jishaki, Jehovah, dicens ad me, Revertere adterram tuam, et ad nativitatem tuam, et benefaciam tecum. Minorsum prae omnibus miser

  • 31-4067意訳「天界の秘義」創世記Ⅳ

    31-4067意訳「天界の秘義」創世記Ⅳ4067.「しかるに見よ、彼は昨日、一昨日の如き彼とは全く違っていた」が、「ヤコブ」によって意味された善に対して全く変えられた状態を意味するが、しかしそれからは何も引き出されたものはなく、それどころか、連結に関する状態を除いて

  • 32-4250.~4251原典訳「天界の秘義」創世記Ⅳ

    32-4250.~4251原典訳「天界の秘義」創世記Ⅳ4250. `Et dimidiavit populum qui cum eo, et gregem, et armentum,et camelos in duo castra': quod significet praeparationem etdispositionem verorum et bonorum in naturali ad recipiendum bonumper `Esavum' repraesenta

  • 再生と新しい人間について

    再生について、また新しい人間についてそれが何であるかを知る者は、新しい人間は古い人間と比べて全く異なった者であることを認めることが出来よう。というのは、新しい人間は霊的な事柄と天的な事柄への情愛の中に居るからである。なぜならば、それらが彼の楽しいものと幸

  • 31-4064~4066意訳「天界の秘義」創世記Ⅳ

    31-4064~4066意訳「天界の秘義」創世記Ⅳ4064.「ヤコブが私達の父の凡てのものを取った」が、ヤコブによって意味された善の凡てのものは、そこからそれらが存在したこと、即ちその媒介の善から存在したことを意味することは説明なしに知られよう。しかしそこからラバンに与

  • 32-4249原典訳「天界の秘義」創世記Ⅳ

    32-4249原典訳「天界の秘義」創世記Ⅳ4249. `Et timuit Jacob valde, et angustia fuit ei': quodsignificet statum cum mutatur, constat ex eo quod timor et angustiasint primum tentationum; et quod praecedant {1} cum invertitur seumutatur status. Arcana quae amp

  • 31-4062~4063意訳「天界の秘義」創世記Ⅳ

    31-4062~4063意訳「天界の秘義」創世記Ⅳ内意4062.一~三節、「ところで、ヤコブはラバンの息子達の言葉を聞いた。彼らは言うことに、ヤコブが私達の父の凡てのものを取り、また私達の父のものからその凡ての富を作った。そして、ヤコブはラバンの顔を見た。しかるに見よ、

  • 32-4247-2.~4248原典訳「天界の秘義」創世記Ⅳ

    32-4247-2.~4248原典訳「天界の秘義」創世記Ⅳ[3] Ex:~から、~により、his:これらから、constare:知られること、明らかであること、potest:出来る、可能である、quomodo:どのように、どうして、どのようにして、se:それ自身を、habet:持つ、有す、cum:~と一緒に

  • 創世記第三十一章の内容(内意の概要)

    創世記第三十一章の内容(内意の概要)ここの内意において、「ヤコブとその女(妻)達」によって表象されている善と真理が神的に直接の家系からの神的なものに連結されるために、「ラバン」によって意味された善からの分離について、更に分離に関する両方のものの状態につい

  • 31-4061意訳「天界の秘義」創世記Ⅳ

    31-4061意訳「天界の秘義」創世記Ⅳ創世記第三十一章1.ところで、ヤコブはラバンの息子達の言葉を聞いた。彼らは言うことに、ヤコブが私達の父の凡てのものを取り、また私達の父のものからその凡ての富を作った。2.そして、ヤコブはラバンの顔を見た。しかるに見よ、彼は昨日

  • 32-4246~4247-1原典訳「天界の秘義」創世記Ⅳ

    32-4246~4247-1原典訳「天界の秘義」創世記Ⅳ4246. Vers.6-8. Et reversi sunt nuntii ad Jacobum, dicendo,Venimus ad fratrem tuum, ad Esavum, et etiam vadit obviam tibi, etquadringenti viri cum eo. Et timuit Jacob valde, et angustia fuitei, et dimidiavit popu

  • 31-4060-2意訳「天界の秘義」創世記Ⅳ

    31-4060-2意訳「天界の秘義」創世記Ⅳ[5]「そして、その時、人間の御子のしるしが天に現れる」は、その時の神的な真理の出現を意味する。「しるし」が出現であり、「人間の御子」が神的な真理に関する主であることは2803, 2813, 3704番に認められよう。弟子達が主に「私達に

  • 32-4244.~4245原典訳「天界の秘義」創世記Ⅳ

    32-4244.~4245原典訳「天界の秘義」創世記Ⅳ4244. `Et fuit mihi bos et asinus, grex et servus et ancilla':quod significet acquisitiones suo ordine ibi, constat asignificatione `bovis et asini, gregis et servi et ancillae' quodsint bona et vera exteriora et

  • 31-4060-1意訳「天界の秘義」創世記Ⅳ

    31-4060-1意訳「天界の秘義」創世記Ⅳ4060.またそのように、述べられたその言葉によって、その時の善に関する教会の状態、即ち隣人への愛と主への愛に関する教会の状態が意味されることは、そこのそれらの言葉の内意から知られよう。[1]「しかし、直ちにそれらの日々の苦難の

  • 32-4241~4243原典訳「天界の秘義」創世記Ⅳ

    32-4241~4243原典訳「天界の秘義」創世記Ⅳ4242. `Et praecepit illis dicendo, Ita dicetis Domino meo Esavo':quod significet agnitionem primam boni quod superiore loco esset,constare potest ex significatione hic `praecipere nuntiis utdicerent' quod sit refle

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