本部のほうでも、相当につまづく食口がいることを予測しながら、「真の父母論」の教育準備を慎重に進めているようだ。前もって「心構え」のビデオがつくられたり。それで、実際につまづいたらどうなるだろう?受け入れられなかったらどうなるだろう?と予想してみた。(1)分派を疑われる。分派扱いをされる。レッテルを貼られる。つまり、教会員のコミュニティから村八分にされる。(2)子女の祝福が難しくなる。子女を祝福対象...
大寒で、10年に一度の最強寒波到来。温暖化とかCO2削減とか言ってる人たちはどう説明するんだろう?冬の寒さも極まれば、春もまた近いということで、最近、春が近いことを感じるニュースが多い。暗闇で悪事をはたらいてきた人たちのボロが出てきている。そして、あの人と、あの人と、あの人もみなつながってたの?ということまで。いや〜、春は近い。夜明けは近い。...
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本部のほうでも、相当につまづく食口がいることを予測しながら、「真の父母論」の教育準備を慎重に進めているようだ。前もって「心構え」のビデオがつくられたり。それで、実際につまづいたらどうなるだろう?受け入れられなかったらどうなるだろう?と予想してみた。(1)分派を疑われる。分派扱いをされる。レッテルを貼られる。つまり、教会員のコミュニティから村八分にされる。(2)子女の祝福が難しくなる。子女を祝福対象...
正しいか、正しくないか?特に信仰を持って生きる人は、自分が正しいと思ったことを選択して生きてきただろう。「自分は正しいことをやってきた。間違っていない。言われたとおりにやってきた。過去も現在も・・・」と。たしかにそのとおりだ。「自分は間違っていました」とは、とても思わないだろう。では、理想の自分に向かって、自分が理想とする実体に向かって、どれほど成長できただろうか?理想を10点とすると、今の自分は...
前に、「求心力の低下と、異なった2つのベクトル」という記事を書いた。違う観点から「求心力」について考えてみる。みんなよく知っている話だが、原理では、主体と対象、プラスとマイナスが一つになったものが、あらたに大きなプラスとなって、マイナスを引き寄せる。こんな記述もある。「ある目的を立てて、心が望むとおりに体が実践して、体と心とが授受作用をするようになれば、同志ができ、同志たちがお互いに良く授け、良く...
二世のラップ動画が教会内で宣伝されている。教会スタッフや、様々に傷ついて元気をなくしている婦人食口たちは喜んでいるようだ。「やっぱり二世たちはすごいよね~」と。お母様に見せたらきっと喜ばれるだろう。でも、それが何?それで伝道や氏族メシヤ活動が進むの?遠ざかった二世たちが帰ってくるの?結局自己満足でしかない。なぜか?自分の言いたいことを、一方的に言っているだけだからだ。ある面、押し付けである。自分た...
先日、高市早苗大臣の記者会見での一コマ。「国民の皆様の命を守るために、自分の命を引き換えにするようなことがあれば、それは迷うことなく、自分の身は惜しくないと思っている。それぐらいの覚悟を持って仕事をしている。」そんな場面があった。今までの彼女の仕事ぶりを見ていれば、誰もが納得するだろう。これぞ真の親、真の師、真の主人の三大主体思想。真のリーダーの姿勢だと思う。動画のコメント欄に、「昭和天皇がマッカ...
現在私が感じている教会(家庭連合)の大きな2つの課題を指摘したい。そのまえに、今日は真の万物の日。特別な日なのでその恩恵をかみしめたい。統一原理で「父母」「子女」「万物」という宇宙観を学んだ。「天・人・地」という東洋思想(易経の三才)に通じるが、これほどシンプルに宇宙を表現できるものかと関心したものだ。もともと人間は「神の子」として、真の愛で万物を主管するように創造された。それが堕落によって、万物...
それは、個人の救援を中心とする宗教ではなく、家庭の救援をなすということだ。「今までの宗教は、あくまでも個人救援を目的とし、個人を悪から救う内容を教えてきました。しかし今、世界が必要とする宗教は、個人を中心とする宗教ではなく、家庭を構築する一つの基盤を準備できる宗教です。天意よって保証され、人意によって公認され、天情と人情が一つになった位置で、いかなる試練にも耐える家庭救援の出発が歴史上に新たに現れ...
たとえ体は拘束されたとしても、心の自由は誰にも奪われない。何を信じ、どう生きるかは完全な個人の自由だ。そして選択は自分自身の責任分担である。私の生き方は決して変わることはない。「父なる神様と共に生きること」それだけだ。文鮮明先生の解かれた統一原理を通して、父なる神様を教えていただいた。若き日に統一原理に出会って、仕事を辞め、家族の反対を押し切って家を飛び出し、人生を統一運動に捧げてきた。家族は「あ...
これは前回の記事「太陽(主体)と地球(対象)」の続き。神様は主体で、人間が対象、という関係もある。神様は太陽のように、無限に愛を降り注いでおられる。光と熱のように。人間はそれを受けて、美しく実らせる存在だ。神様は主体であり、男性格だ。人間は対象であり、女性格だ。だから人間は神様のことを天の父と呼ぶ。これが原理的に見た答えだ。もちろん神と人間の関係を親と子である。神が親で人間は子供であると見ると、神は親...
30数年前、教会の青年部だったとき、伝道されて間もないある女性メンバーから質問された。「創造原理で、男性が主体、女性が対象だと言っていますよね。私は今ひとつ納得いかないんですけど」と。彼女はバリバリの看護師だった。なるほど、そう思うのも無理ないと思った。私はその少し前に先輩から聞いた話を思い出して、彼女に答えた。「じゃあ、太陽と地球の関係が、主体と対象というのは納得できる?地球は太陽の周りを公転して...
2000年代に長らく韓国の会長だった黃善祚氏は、当時よくこのように説明されていた。「お父様は祝福と大会で摂理を進めておられます」と。たしかに、節目節目のときに「祝福式(国際合同結婚式)」が開催された。未婚の青年男女をはじめ、すでに結婚しているが神の前に再度誓い合う既成家庭の男女の参加者も多かった。家庭を基盤として、神様を親とした人類一家族世界をめざす統一教会(家庭連合)のメインの行事である。それから大...
言われたことを言われたとおりに、忠実に、従順に信じて行う。教団の中ではこれが一つの模範的な姿だ。しかしそれは一方で、極めて無責任な姿でもある。言われたとおりにやっています。言われたとおりにやりました。でも、ダメでした。私には責任がありません。数字だけは帳尻を合わせました。下駄を履かせて誤魔化しました。こんなことばかりではないだろうか?人間はロボットではない。人間には人間自身の責任分担がある。自由意...
「天災は忘れた頃にやってくる」「備えあれば憂いなし」と言う。文鮮明先生も、しばしば「準備しない者は滅ぶ」と語られた。頻発する地震に、もはや「忘れた頃」ではなく、多くの人が目覚めた頃だろう。いつ何時、災害にあってもおかしくないこの頃だ。災害で飲料水が確保できなかったときに、ペットボトル2個で簡単に作れる浄水器の作り方を知った。忘れないように忘備録として記録しておく。...
洗礼ヨハネは「悔い改めよ、天国は近づいた」と荒野で叫んだ。いつの時代も、変革を促す者は全力でメッセージを発信する。統一運動においても文鮮明先生の「米国よ、神に帰れ!」というメッセージ、「国際合同結婚式(祝福運動)による人類一家族世界の実現」「国連改革、UPF創設」「国際ハイウェイ、日韓トンネルの提唱」などが発信されてきた。勝共においては「共産主義は間違っている!」と訴えてきた。次期米国大統領としてト...
今日は天暦3月1日、「真の父母の日」だ。心からお祝いと感謝を天に捧げたい。特に、祈祷の結びの言葉が変わっていったことを振り返ってみて、ありがたいなあと改めて実感している。1960年にご聖婚されるまで、文鮮明先生は祈りの最後に「主のみ名を通してお祈りします」と祈られていた。主というのはメシヤであり、イエス様のことだ。クリスチャンも皆そのように祈る。罪人である堕落人間が神様に祈るときには、神様と人間との間...
「ポジショントークとは、とは、自分の所属する組織や部署に有利な情報しか話さないこと。自分にとって有利になることばかり恣意的に選んで話し、自分に都合が悪いことは話さず黙っているようなトーク(語り方)。和製英語」ウィキペディアよりマスコミ報道はポジショントークの典型だ。教会員であれば、マスコミ報道がいかに偏っているか、身をもって体験しているだろう。まえもって筋書きが書かれており、その筋書き通りに集めら...
真のご家庭、ご子女様との直接の出会いは、ほんの少ししかない。しかしそのわずかな出会いと、そして後に書籍やビデオで伝わってくる情報と合わせて、自分自身の生き方に大きく影響を受けたことは間違いない。その一つが、1990年頃に孝進様が10日ほどかけて日本を巡回されたときのエピソードだ。説教をされ、バンド演奏もされた。エネルギッシュに語られ、歌われた姿が目に焼き付いた。しばらく後で、その時の様子が活字となって伝...
もし教会が分裂せずに、三男さん、四男、七男さんがいたら、今ごろどうだっただろう?最近よくそんなことを考える。2000年代、三男さんは社会活動分野、四男さんは経済分野、七男さんは宗教分野を担当するんだ、など聞いて希望に感じていたものだ。二世の祝福は、男性の候補者(祝福希望者)が決定的に少ないと聞く。二世の男の子たちが希望を失っている。それは一言でいうと、二世のモデル(お手本)である男の子女様たちを失った...
このニュースには衝撃を受けた。そして何だかズーンと重いものが心にのしかかってきて、申し訳ないような、悲しいような思いでいっぱいになった。語られた一言ひとことが重すぎて、顔を挙げられないような・・・。ソースはこちら 現代ビジネス【独自】安倍昭恵夫人が「加害者(山上徹也)を赦します」と発言《岡山刑務所での厳戒講演の中身を入手》以下、全文引用させてもらう。 緞帳が上がるとそこには昭恵夫人が「こんなVIPが...
大谷翔平投手の元通訳、水原一平氏が解雇されたことが大きなニュースになっている。脳裏に浮かんだのはこの聖句だ。堀江貴文氏も「そういう人を身内に起用してしまったということの、脇の甘さもあると思う」「これを機に、あまり人を信用しすぎないことを覚えるのも大事」と言っていた。「一平ショック」で思い出される大谷翔平の“カネ絡み”トラブル…ホリエモンも「ちょっと脇が甘すぎ」百田尚樹氏のコメントも的をついている。百...
イスラエル民族がモーセに導かれてエジプトを出た。神様の約束された地、カナンを目指した。しかし、エジプトで生まれ育った一世たちは、ヨシュアとカレブを除き、みな荒野で滅んでいった。それは、奴隷根性が染み付いたままではカナンへ入れないということだ。エジプトを出たイスラエルの民は、体はエジプトから出て奴隷の状態からは解放されたけれども、心はエジプトの奴隷時代のままだった。奴隷根性とは何だろうか?命令される...
一昨日は国会で質問、昨日は街頭演説、今日も国会で質問と、神谷宗幣議員の精力的な歩みには、頭が下がる。彼の魂の叫びは、心に刺さるものがある。国家の危機的な状況で、食口が叫ばないのなら、どこからでも叫ぶ者が現れるのだ。「もしこの人たちが黙れば、石が叫ぶであろう」(ルカ19/40)とのイエス様の言葉を思い起こす。私は、直接政治的な活動に参加してはいないが、生活のなかでできることはある。いや、むしろ生活の場で...
エバは神の戒め(み言)よりも天使長の誘惑の言葉」を選択した。彼女は知的に惑わされ、心情的に混沌となってしまった。この時彼女は、不安と恐怖心を覚えたが、本心の力よりも強い天使との非原理的な愛の力によって、堕落線を越えてしまった。日本と米国の関係そのままではないだろうか?米国は神側の天使長とされてきたが、今の姿は悪の天使長そのものだ。前トランプ大統領時代の共和党政権は、熱烈なクリスチャンたちに支えられ...
どんなにお金をかけ、組織的に大量の人を動かして企画したものよりも、たった数人の自発的に始めた歩みが、大きなインパクトを与える。証になる。二世と有識者のシンポジウム2回目の案内を聞いて、それを思った。1回目の企画のとき、教会の人に相談したら最初は反対されたという。いち二世が実名顔出しで出ることへの心配があったのかもしれない。内情は知らない。そして本人たちの身の回りでどんなことがあったのかもしらない。...
前回の最後に、「誘発的な信仰は脆(もろ)い」ということを書いた。ノアの息子たちは、洪水審判を目の当たりにして、一旦は父親ノアを見直したと思う。しかしそれは言ってみれば、外から刺激を受けて誘発的な信仰に至っただけであり、自分の中に信仰が根ざしたわけではない。だから「ノアの裸の試練」の前では不信するしかなかった。ではどうやったら信仰が根付くんだろうか?自発的な信仰になるんだろうか?我が子の教育、二世の...
前回「夫婦、親子が光り輝く時代」ということを書いた。個人だけの信仰ではなく、夫は妻を、親は子供を巻き込んでいく、ともに信仰する。この意識があるかないかで、年月が立つに連れて、結果には天地の差が出てくる。ノアはすばらしい信仰者だった。神様から聞いたとんでもない命令を、120年も信じて、ひたすら箱舟を作り、洪水審判を家族とともに乗り越えた。決して協力的ではなかった妻や息子たち、嫁たちも、洪水のときばかり...
前回、「一人ひとりが10倍光り輝くことから、伝道も10倍化」と書いた。「光り輝くなんて、なんて抽象的な」とか「脳内お花畑では?」と思われた方も少なくないと思う。しかし実は、光り輝くということは、そんなに難しいことではない。なぜなら・・・まわりの闇がどんどん深くなっていくから。当たり前が当たり前でなくなっていくので、当たり前にしているだけで貴重な存在になっていくのだ。夫婦で、親子で、兄弟姉妹で行動してみ...
投げて打って超人的な活躍に、もはや「ユニコーン」とか「ゴート(Greatest of All Time史上最高)」だと称賛される大谷翔平選手。同じ日本人として誇らしいばかりだが、彼を見て「実体による伝道」「生活伝道」「氏族メシヤ」のヒントがあるように思い、考えてみた。まずは、投手として、打者としての二刀流、どちらも圧倒的な実力と実績がある。この春の侍ジャパン優勝では、勝利への執念、熱い思いを感じ驚いた。10代の頃から、...
自分なりに答えを出すこと、それは決して自己中心ではない。み言を握りしめ、神に談判するような心で祈り、そうして至ったひとつの結論、それは確かに「自分なり」ではあるが、自分にとっての真実だ。その自分なりに出した結論が種となって、一つの自主的な行動を生み、結果をもたらす。その積み重ねが人生を作っていく。何よりも、神との関係というものは、きわめて個人的なものだ。外から与えられるというより、自分の心から湧き...
5月の大きな行事を終え、新しい体制が発表された。世界宣教本部がなくなり、新たに宋龍家庭連合世界会長が立たれるということで、私は大きな希望を感じている。日本の総会長としておられたときに強調されていたのが「サーバントリーダーシップ」だった。まさにこれが家庭連合時代に私達が持つべき基本姿勢だと思う。ダンベリーで文先生が見せてくださった姿そのもの。ピラミッド型の組織に安住していた人は大変だろう。でも◯◯長と...
あれは1990年代のはじめの頃だった。大川隆法氏がベストセラーを連発し、毎年のように長者(高額納税者)番付の上位に入り、幸福の科学が会員を拡大させていたころ。法事で帰省した際、お坊さんが語っていた言葉を覚えている。それが「迷っちゃいけませんよ、迷っちゃ」ということ。「最近は金儲け宗教が流行っているようですが・・・」と。親族はそれを聞きながら「そう、そう」と笑ってうなずいていたが、私は大変な違和感を感じ...
あ、これは教会の話ではない(笑)張本勲さんが朝鮮日報のインタビューに応えられた際の言葉だ。「私の祖国だから言える…韓国は日本に『謝罪しろ、カネを出せ』といつまで言うのか」 被爆者で日本球界のレジェンド、張本勲さんインタビュー(下)朝鮮日報は、社説でも取り上げた。「日本にいつまで『謝罪しろ、カネを出せ』と言うのか」…在日韓国人・張本勲氏の苦言【5月13日付社説】尹大統領も3月に国会で同じような演説をしてい...
日本は八百万の神を拝する多神教、雑教文化であり、一神教のユダヤ教、キリスト教よりも劣っている、そのような思い込みがあった。自分でそのように思い込んでいたのか、学校教育か教会かで教えられたのか、定かではない。しかし、いまは違う考えに至っている。日本人の拝する神様は、天の根源なる存在だ。あちこちに神社がある。それぞれに主祭神がある。しかし、いちいちそれを区別して参拝しているわけではない。参拝しつつ、手...
真の王と偽りの王 その違いは何か?国民のために生命をかける覚悟のある者。それが真の王様だ。危機の時、われ先に逃げる。それが偽りの王様。ここぞというときに、それがわかる。たとえば、昭和天皇がマッカーサーと初対面された時のエピソード。船の船長が、事故の時は最後まで残る。乗客を守る。それは船の中で王様の立場だ。この春、京都で川下りの船が転覆する事故があり、二人の船頭さんが亡くなった。二人の船頭さんは溺れ...
引き続き「平和経」を訓読している。文先生の40年ほど前の講演文を読みながら、宗教の和合にどれほどエネルギーを注がれていたかを改めて知った。神様の目には宗教宗派の違いはない、ただ人が神とともに幸福に生きることを願っておられる、その思いが伝わってきた。日本にも長い宗教の歴史がある。日本のあちこちに神社がある。8万箇所というからコンビニの数以上だ。人は節目節目のときに神社に参拝してきた。そして神社が地域コ...
日本の「和をもって貴しとなす」という考え方は、決して他人に迎合するということではない。自分を尊重しているから、他人の意見も尊重する、自分を愛すから他人も愛す、それが根底にあるように思う。ベストセラー作家の樺沢紫苑さんが、「自分軸で生きるために必要な5つの基準」として語られた10分間の話が明確でわかりやすい。これはまさに家庭連合、氏族メシヤ時代に必要な考え方ではないだろうか。自分軸を持つ、自分ファース...
前回、「日本人こそ聖書的な生き方をしてきた?」という記事を書いた。そんなことは考えもしなかったと、驚かれた方もいたのではないかと思う。「彼を知り己を知らば百戦危うからず」ではないが、日本人とは何か、日本とはどんな国なのか、それを知らずには、日本人の伝道、特に氏族メシヤ活動はできない。荒野時代の伝道は、「時の人」を求め、時の摂理に貢献できる人、実践要員を求めた。「時でない」と判断した人は容赦なく切っ...
統一原理、特に創造原理は、神様がこのように創造されたという宇宙の法則であり、原理原則だ。原則というものは、科学の法則に再現性があるごとく、時代や国を越えて変わらない。真理というのはそういうものだ。それに従って生きれば幸せになる。神がともにあることを感じさせてくれる。それは、特定の宗教に所属しているかいないかには関係ない。特に、現代のような混沌とした時代には、原点に帰る、原則に従う、それが確かな生き...
一つの節目を越え、「悔い改めて新しい出発」という言葉をよく耳にする。聞き慣れた慣用句のようなその言葉に「そうだよな」とは思うけれど、はて、何を悔い改め、どう新しく出発するんだろう?という素朴な疑問も浮かぶ。「悔い改め」とはなにか?「悔い改め」をWeb辞書で調べると、「キリスト教で、自らの罪を懺悔(ざんげ)して神にゆるしを願うこと」と出てきた。もっと深く語源をみてみると、ギリシア語の「メタノイア」。「方...
「神霊と真理」にあふれる教会にしよう!そのスローガンには大賛成だ。しかし、スローガンを口にしたからといってそうなるものではない。礼拝で、説教者から「お母様は神霊と真理にあふれた教会にしなさいと語っておられます」と聞いて、そうだと思っても、その礼拝自体がどれだけ神霊と真理にあふれているのかという話。ここ3年ほど多くの制約があったとはいえ、式次第の中で聖歌を歌う機会もぐっと減り、祈祷の時間も短く、聖書...