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徒然なか話 https://blog.goo.ne.jp/np4626/

誰も聞いてくれないおやじのしょうもない話の書き綴りです!

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2009/09/19

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  • あの日のこと ~平成24年3月31日~

    毎年、3月31日を迎えると必ず思い出すことがある。それは「平成24年3月31日」のことである。この日はおそらく熊本城の歴史の中でも最も華やかで賑やかだった日かもしれない。それは1年前、九州新幹線全線開業を祝う予定だったイベントが、東日本大震災のためすべて中止となり、1年間思い沈んできた市民の喜びが爆発した日でもあったのだろう。当日のブログ記事でその様子を回想したい。◇今日は一日熊本さわぎ!~城下町くまもと時代絵巻~(2012.3.31)熊本は昨夜の激しい雨も嘘のようにカラリと晴れ上がり、今日は1年待たされた「城下町くまもと時代絵巻」が行なわれた。俳優の藤岡弘さん扮する加藤清正公に率いられた甲冑武者隊が熊本駅で出陣の儀を行う頃、メインステージの熊本城二の丸広場では様々な熊本の伝統芸能を華やかに披露する「城下...あの日のこと~平成24年3月31日~

  • 祇王寺祇女桜

    昨年春、復旧工事閉鎖中で見ることができなかった監物台樹木園の「祇王寺祇女桜」の開花を今日見ることができた。実は、昨年10月、異常な暑さが続いたので季節を勘違いしたのか、3輪の花を開いているところを偶然目撃していた。そして今回は春本番、満開の花を咲かせてくれた。日本花の会の「桜図鑑」によれば、「桜守として名高い佐野藤右衛門が京都市右京区・嵯峨の中院に自生していたものを発見し、祇王寺の庭に移植したもので祇王の妹・祇女に因み佐野が名付けた。」とある。平清盛の寵愛を受けた姉の祇王がその後、暇を出され、母娘三人草庵で悲哀をかこつたという伝説がもとになっている。白拍子だったという祇王・祇女の姉妹がその名の由来である。白拍子の起源について「平家物語」には次のように書かれている。――そもそもわが朝に白拍子の始まりける事は...祇王寺祇女桜

  • 夜桜見物 ~本妙寺・桜灯籠~

    今日は本妙寺の「桜灯籠(はなとうろう)」の日。ここ数日とは打って変わって寒が戻ってきた。夜桜見物も防寒に万全を期す。寒さのせいか観客も例年より少な目のようだ。イベントの関係者によれば、桜馬場の桜並木も樹齢の老齢化が進んでおり、落枝防止のための枝落としや場合によっては伐採も行っているとのこと。かつての桜のトンネルのような風景が懐かしい。これは全国的な問題だとテレビ番組でも言っていた。熊本城なども老齢化した桜の伐採が進んでおり、すっかり寂しくなった。かつてのように桜花爛漫という風景が戻るのはいつの日。本妙寺仁王門下桜馬場〽夜桜花童あかね・花童ゆりあ夜桜見物~本妙寺・桜灯籠~

  • ラフカディオ・ハーンと民俗芸能

    先々週、熊本城ホールで行われたNHK朝ドラ「ばけばけ」関連イベント「小泉八雲を変えたKUMAMOTO」を見に行ったが、昨夜その時の録画映像がNHK総合で放送された。さすがによくまとまっていてよい復習となった。ラフカディオ・ハーンは、民俗学的研究の中で、民族芸能も数多く収集しているが、今日はそれらの中で代表的な三つの芸能を掲載してみた。♪ライザ・ジェーン1876年、ハーンはアメリカのシンシナティでジャーナリストとして新聞記事を書いていたが、ミシシッピー川やその支流の港湾労働者が歌っていた「ライザ・ジェーン(LizaJane)」を採集した。この歌は南北戦争前から南部の黒人奴隷たちが歌っていた一節のフォークソングだった。他にも多くのフォークソングを収集している。ハリー・ベラフォンテとグロリア・リンのデュエット♪...ラフカディオ・ハーンと民俗芸能

  • 本妙寺つれづれ

    昨日は花園公民館図書室へ行ったついでに本妙寺の桜開花状況を見に行った。明後日(29日)夕刻より桜の季節の恒例イベント「桜灯籠(はなとうろう)」が開催されるが、午後1時からはステージイベント「本妙寺さくら祭り」(夏目漱石来熊130周年プレイベント)も行われる予定。もうすっかり準備万端という感じの桜馬場を歩いていると、犬の散歩中、リードを離してしまい、逃げ出した犬を追いかけて若い女性が必死に走って行った。塔頭の一つ、妙心院の入口にあった「役者寺」の標柱が無くなっているのが気になった。明後日(29日)の桜馬場はこんな風景が見られるだろう。塔頭東光院のしだれ桜は満開までもうひと息といった感じ。本妙寺大本堂前のしだれ桜はもう満開。本妙寺つれづれ

  • 吉原俄(よしわらにわか)

    大河ドラマ「べらぼう」第12回では「俄なる『明月余情』」と題して、吉原の三景物といわれた「夜桜」「灯籠」「俄」のうちの「吉原俄」が繰り広げられた。蔦重が出版したガイドブック「明月余情」に勝川春章が描いた「すずめ踊り」などが再現されていた。歌川広重「新吉原仁和歌之図」※右側に「俄獅子」が見える。すずめ踊り俄のゲスト出演として浄瑠璃語りの富本節・富本豊前太夫が登場する。豊前太夫に扮しているのは寛一郎という役者さん。父・祖父とも名優のサラブレッドではあるが、ここは劇中でも女性に人気の艶っぽい声と紹介されるので、浄瑠璃語りのホンモノを起用してほしかった。例えば歌舞伎の尾上右近さんなどは清元節の清元栄寿太夫との二刀流だからピッタリだったような。富本と清元は当時は一緒だったはず。蔦重の時代から少し後、4代目杵屋六三郎...吉原俄(よしわらにわか)

  • 能の「クセ」って いったい?

    2週間ほど前、YouTubeのマイチャンネルに興味深いコメントをいただいた。J様という方からだったが、7年前にYouTubeにアップした「能羽衣(クセ)」についてのコメントだった。J様>>>私クセというのがどのようなことを指すのか、素人には具体的に知りたいと思いました。囃しに混じって天女が歌うのが物語のセリフのように感じたのですが、舞の中に芝居の要素が入っているということなのでしょうか。私>>>J様私も専門家ではありませんが、通の方に教えていただいた範囲でお答えしますと、そもそも「クセ」というのは「曲舞(クセマイ)」から来ています。「曲舞」というのは、中世に始まった節と伴奏をともなう歌舞のことです。能を大成させた観阿弥はこの「曲舞」を見どころ、聴きどころとして能の中に取り入れました。「羽衣」で言いますと、...能の「クセ」っていったい?

  • サクラ開花の熱い一日

    今日、熊本地方気象台から熊本市のサクラ開花発表がありました。高知市と並んで今年全国で最も早いサクラ開花だそうです。去年より3日早いということです。今日は日中の気温がどんどん上がり、25℃くらいまであがりました。街中のソメイヨシノが5,6輪以上開いているのが確認できましたので、おそらく開花発表があるだろうと思っていましたが、そのとおりになりました。あと1週間から10日ほどで満開になる見込みだそうです。そんな暑いくらいの気候の中、熊本城二の丸広場では「九州がっ祭2025・第19回火の国YOSAKOIまつり」が行われていました。全国から109団体、約3,000人が参加し、熱い演技を繰り広げていました。二の丸広場に全国からYOSAKOI系の団体が勢ぞろい本番前の練習を繰り返す団体大会本会場へ向かう参加者たち二の丸...サクラ開花の熱い一日

  • 桜花散るを惜しまぬ人しなければ

    昨年より2週間以上遅れて咲いた坪井川遊水地の河津桜は今週いっぱいで見ごろは終り、今年の役割を終える。替わってやがてソメイヨシノの開花が始まるだろう。だが、葉桜になりつつある河津桜を眺めていると愛おしさで離れがたい想いが募る。なぜか平安時代の歌人・大伴黒主が詠んだ歌春雨の降るは涙か桜花散るを惜しまぬ人しなければが思い出される。漱石の「吾輩は猫である」の中で、「平の宗盛にて候」と謡曲「熊野」の一節を後架先生が度々呻るように、漱石自身が好んだという「熊野」は、前述の大伴黒主の歌がモチーフとなっている。この「熊野」をもとに創られた長唄「桜月夜」は、平宗盛のもとを去る熊野が別れの舞を舞う場面である。桜花散るを惜しまぬ人しなければ

  • 木瓜咲くや

    散歩していると、もう随分前に空き家となった民家の庭に「木瓜(ぼけ)」が真っ赤な花を咲かせていた。主はいないのに律儀なことだ。漱石の「草枕」の十二に次のような一節がある。――木瓜(ぼけ)は面白い花である。枝は頑固で、かつて曲った事がない。そんなら真直かと云うと、けっして真直でもない。ただ真直な短かい枝に、真直な短かい枝が、ある角度で衝突して、斜に構えつつ全体が出来上っている。そこへ、紅だか白だか要領を得ぬ花が安閑と咲く。柔かい葉さえちらちら着ける。評して見ると木瓜は花のうちで、愚かにして悟ったものであろう。世間には拙を守ると云う人がある。この人が来世に生れ変るときっと木瓜になる。余も木瓜になりたい。――木瓜咲くや漱石拙を守るべく要するに、木瓜のように頑固で実直で拙い人生を歩みたいということなのだろう。漱石は...木瓜咲くや

  • 能「船弁慶」を観ながら

    今夜は「春のくまもとお城まつり」のプログラムの一つ「熊本城薪能」を観に行った。今回のメインは金春流による能「船弁慶」。この演目をナマの舞台で観るのは6年前に久留米座能で喜多流の「船弁慶」を観て以来。Eテレの「古典芸能への招待」でも観たことがあるし、映画やドラマでもよく「船弁慶」の義経と静御前の別れの場面が登場する。今回「おや?」と思ったのは子方のはずの義経を成人(?)の役者さんが演じておられたこと。そもそも、静御前は義経の妾なので義経を子方が演じることには若干違和感があった。久留米座能の時の喜多流の大島輝久さんの解説では、前シテは静御前なので、義経が大人だとシテの存在感が薄れるからだという。今まで観た「船弁慶」では義経はいつも小学生くらいの少年が演じていたので、観ながらはたしてどっちがいいのだろうと考え込...能「船弁慶」を観ながら

  • 石は釣って持つ 釣って持つ石は・・・

    昨夜放送された「解体キングダム」(NHK総合)では、現在解体工事が進む熊本城宇土櫓を取り上げた。中でも櫓を支える石垣の解体では、最も大きな隅石(すみいし)の撤去に当って、他の石を傷つけないようクレーンから下ろしたワイヤーを一本だけ掛ける「一本吊り」という技術が見られた。石の重心を読みとるまさに匠の技だ。現代ではクレーンなどの重機を使うことができるが、重機などなかった加藤清正が熊本城を築城した400年前、大きな石はどうやって運搬し、どうやって石積みをしたのだろうか。下の「城びと」サイトの絵図でおおよそのことはわかるが、基本的に人力で石を引っ張り、人力で吊り上げていたのである。先人たちの苦労は並大抵ではなかったに違いない。あらためて敬意を表したい。ちなみに「伊勢音頭」の「伊勢は津で持つ津は伊勢で持つ」というお...石は釣って持つ釣って持つ石は・・・

  • いしだあゆみさんを悼む

    歌手・俳優のいしだあゆみさんの訃報がネットで報じられていた。僕にとって最も忘れられない歌手であり俳優だった。僕が転職活動をしていた1969年に大ヒットしたのが彼女が歌う「ブルー・ライト・ヨコハマ」だった。そして1970年に転職後、最初の勤務地が横浜。「ブルー・ライト・ヨコハマ」はこの年も変わらぬ人気を博していた。そんなわけで僕にとって、人生のターニングポイントに重なる思い出の歌となった。俳優として多くの映画やTVドラマにも出演されたが、なかでも珠玉の一本だと思っているのが「男はつらいよ」シリーズの第29作「寅次郎あじさいの恋」である。マドンナ“かがり”の役を当時34歳のいしだあゆみさんが演じた。マドンナ役は、浅丘ルリ子のリリーを始め、松坂慶子や太地喜和子など、カラッとしたキャラクターが多い中、この"かがり...いしだあゆみさんを悼む

  • 城彩苑 開業14年!

    熊本城観光の総合案内および交流施設として「桜の馬場城彩苑」が2011年3月5日に開業して今年で14年になります。今日、開業14年を記念し、「城彩苑14周年誕生記念祭」が行われ、一時雨に見舞われましたが、場内は多くのお客様で賑わいました。九州新幹線全線開業に合わせた開業でしたが、直後に東日本大震災が発生し、前途多難を思わせるスタートでしたが、年々その存在価値を高め、今や熊本城観光になくてはならない施設となりました。開業当初と比べ明らかに状況が異なるのは外国からのお客様が激増したことです。これから城彩苑の存在価値は益々高まって行くものと思われます。場内の「親水空間ステージ」では様々な芸能が披露されましたが、その中から牛深高校郷土芸能部による「牛深ハイヤ節」をご覧ください。城彩苑開業14年!

  • 小泉八雲を変えたKUMAMOTO

    今日は熊本城ホール(シビックホール)で行われた熊本城ホール開館5周年事業として行われた連続テレビ小説「ばけばけ」関連イベント「小泉八雲を変えたKUMAMOTO」を見に行った。松江出身で八雲に造詣の深い俳優・佐野史郎さんと熊本出身の俳優・宮崎美子さんによる「むじな」や「幽霊滝の伝説」の朗読。さらに二人による小泉セツ「思い出の記」の朗読劇が行われた。なお、朗読の演奏は門田和峻さん(作曲・ピアノ)と広田勇樹さん(チェロ)。また、小泉八雲のひ孫である小泉凡さん(小泉八雲記念館館長、民俗学者)、熊本大学名誉教授で八雲の研究者として知られる西川盛雄さんらも登壇、八雲と熊本の関係について語った。なかでも興味深かったのは、西川盛雄さんのお話しで、西南戦争後の復興で急速に近代化が進む熊本を八雲が嫌ったというのは風評の類に過...小泉八雲を変えたKUMAMOTO

  • 春 麗かに

    今日の午後は気温22℃に達する陽気で、昨年より開花がだいぶ遅れていた坪井川遊水地の河津桜も見ごろになってきた。来週にはソメイヨシノの開花もチラホラ聞こえてくるだろう。熊本城周辺のソメイヨシノはもちろんのこと、昨年閉鎖中で見られなかった監物台樹木園の「祇王寺祇女桜」や三の丸漆畑の御衣黄桜など楽しみが多い。二の丸広場では「春のくまもとお城まつり」も始まり、華やいだ雰囲気につつまれている。街中では卒業式帰りと思しき一団もよく見かけるが、彼らのこれからの人生に幸多かれと祈りたい。坪井川遊水地の河津桜(遥か彼方に金峰山)マルディグラで踊る間に(WhileWeDancedAtTheMardiGras)P-timeSelection春麗かに

  • 新ブラタモリは伊勢路から!

    4月から放送開始となる「新ブラタモリ」の内容がリリースされた。4月は伊勢神宮を目指す「伊勢路」にスポットが当てられるようだ。9年前に放送された「ブラタモリお伊勢参り編」は「人はなぜ伊勢を目指す?」と題して、「伊勢神宮」や「門前町」についてその魅力が紹介されたが、今回はお伊勢さんを目指す街道筋の宿場町を紹介する内容になるようだ。前回とはまた違った視点で新たな魅力を発見できるだろう。パートナーの佐藤茉那アナウンサー(熊本放送局時代)「伊勢の土産は荷物にならない伊勢音頭」新ブラタモリは伊勢路から!

  • ラフカディオ・ハーンの功績は・・・

    今秋から放送されるNHK朝ドラ「ばけばけ」のPR情報を読んでいると、枕詞のように「怪談」の文字が付く。たしかにラフカディオ・ハーンは多くの民話の再話文学が最も知られているのだが、広く日本文化を欧米へ紹介した功績を忘れてはいけないと思う。今日はその中から民俗芸能のエピソードを二つ取り上げてみた。ラフカディオ・ハーンが松江で最も信頼を寄せた西田千太郎とともに松江市南郊の「山の者」の部落(被差別部落)を訪ねた時、「大黒舞」を見て、その詞章「俊德丸」「小栗判官」「八百長お七」を採集する。その民俗芸能としての価値とともに部落問題を認識した。ハーンの民俗学者としての成果の中でも重要な意味を持つのがこの「大黒舞」である。「大黒舞」は室町時代から江戸時代にかけて旅芸人たちが大黒天の祝舞として各地を門付けして巡り、その名残...ラフカディオ・ハーンの功績は・・・

  • 東日本大震災14年

    東日本大震災の発生から今日で14年。この14年の間の様々な思い出の中でも特に忘れられないものがある。大震災から5年経った2016年3月11日、多くの犠牲者と甚大な被害を被った宮城県名取市閖上地区で追悼イベントが行われた。そのイベントで、熊本県の鹿本農業高校郷土芸能伝承部の生徒たちが、鎮魂と復興の願いを込めた山鹿灯籠踊りを奉納した。現地メディアでは報道されたようだが遠く離れた熊本へは情報は届かない。すると、前日にこのイベントに鹿本農業高校郷土芸能伝承部が参加することを紹介した僕のブログをたまたま読んでいただいた名取市在住のミント様という方が、当日のイベントに参加され、その様子がよくわかる次のようなコメントをいただいた。ミント様の温かいお気持が胸に沁みた。はじめまして。名取市に住む者です。踊り会場の向かいの護...東日本大震災14年

  • お地蔵さん巡り

    今年二度目の風邪も治まって来たので今日は京町台を歩いた。今日の趣向は「お地蔵さん巡り」。最初はわが家に最も近い中坂の登り口にあるこのお地蔵さん。かつてはこの地に民謡「ポンポコニャ」にも唄われた金剛寺(現在は新屋敷1丁目)があった。この石仏、いつ誰がここに安置したのか誰も知らない。金剛寺といえば中将姫を祀った寺として知られる。僕はこのお地蔵さんは、かつてこの地に祀られていた中将姫の身代わりではないかと思って手を合わせている。次は中坂中腹の浄土宗専念寺の山門脇に鎮座するお地蔵さん。専念寺は、江戸前期の細川綱利公時代の「京町之絵図」に見えるので相当古いお寺であることは間違いない。お地蔵さんの台座に「天保」の文字が見えており江戸後期に彫られたものか。ただ、京町の古手の住民で、昔は中坂頂上辺りにお地蔵さんがあったと...お地蔵さん巡り

  • 熊本城本丸御殿の復旧計画

    今朝の熊日新聞に熊本城本丸御殿の復旧計画についての記事が掲載された。熊本市の発表によると熊本地震で被災した熊本城本丸御殿について建物の一部を解体して復旧すること。御殿を支える石垣が部分的に沈下しており、積み直すために建物の一部を解体すること。2027年度に着工し、32年度の復旧完了を目指すこと。という。熊本地震直後にも「昭君之間」の床が傾いたり、御殿を支える西側の石垣が沈み込んだというニュースが流れていたが、その後、具体的な復旧計画の情報がなかったので気になっていた。復旧完了まであと7年ほどあるが、それまでは何とか待てそうだ。熊本地震前の本丸御殿(熊本市役所14階展望ロビーより)加藤清正が豊臣秀頼を熊本城に迎え入れるために用意したという熊本城本丸御殿「昭君之間」平成25年(2013)10月、「全国豊かな海...熊本城本丸御殿の復旧計画

  • 100年後に見た人は・・・

    Facebookの「思い出」をチェックしてみたら、2013年3月7日の日付で下の動画がリストされていた。この動画は別の日付で2回ほど使っているが、なぜこれが2013年3月7日の日付になっているのか不明。それはさておき、アメリカの旅行家、写真家であるバートン・ホームズが1920年代に日本を訪れ、撮影した若い芸妓たちの演奏と舞踊の映像である。つまり、おおよそ100年前の日本の民間芸能の記録ということができる。あらためてこの映像を見ながら、今まで、僕自身が撮ってきた映像は100年後(2125年頃)もYouTubeが残っているとすれば、どんな人たちがどんな見方をするのだろうと思うとちょっと怖くなった。▼YouTubeにアップした映像の中から100年後に見た人は・・・

  • 熊本放送局の歴史

    今年は放送が開始されて100年ということで、NHKアーカイブスでは「NHK放送100年史」と題したサイトを設け、放送の歴史を振り返っています。1925年(大正14年)3月22日、「ああ、あー、聴こえますか。ああ、あー、聴こえますか。JOAK、JOAK、こちらは東京放送局であります。……」という第一声が東京・芝浦より発せられ、放送の歴史が始まりました。その3年後の1928年(昭和3年)6月16日、九州で最初の放送局、熊本放送局(JOGK)が放送を開始しました。下に歴代の放送局の写真を掲載しましたが、僕の思い出は幼稚園の頃、現在、熊本市役所の駐車場ビルの辺りに初代の熊本放送局がありましたが、千葉城町の熊大附属幼稚園から先生や数名の園児たちと一緒に歩いて来て、スタジオで童謡を歌いました。当時はナマ放送でしたので...熊本放送局の歴史

  • 五高記念館で来し方を思う

    先月27日、熊本大学黒髪キャンパスの五高記念館を訪れた。漱石関連の展示を見るためだったが、残念ながら五高記念館は臨時休館。ここを訪れたのは久しぶりだったので、しばらく煉瓦造り二階建ての校舎を眺めて過ごした。ここに来ると決まってある想いが湧いてくる。それは自分自身の来し方のこと。自分の進路を考え始めたのは中学に入って、同級生が進路の話をするのを聞くようになってからである。僕は両親が教職だったので、何となく将来は教職の道へ進むのだろうなぁと漠然と考えていた。おそらく両親もそれを望んでいただろう。その流れで行くと、多分、熊本高校に進学して熊本大学の教育学部を目指したのだろう。一方で、僕は中学入学と同時に水泳部に入っていたので高校でも続けたいという気持もあった。中学3年の時、ローマ五輪の水球に参加した中学の先輩、...五高記念館で来し方を思う

  • ひな祭り

    今日は「桃の節句=ひな祭り」の日です。もともと旧暦の3月3日の節句で、今年の暦では3月31日にあたるそうです。その頃は桃の花が咲く頃なので「桃の節句」となったわけです。今はまだ桃の花は咲いていませんが、3月31日には綺麗に咲いていると思われます。そこで、「ひな祭り」を詠んだ句を三句選んでみました。雛祭る節供になりて春の雪(正岡子規)まさに、今年は東日本がこんな状況になっています。風雅を感じますが、降雪地方の方はそんな悠長なことは言っていられないでしょう。或夜夢に雛娶りけり白い酒(夏目漱石)春の夜にうたた寝をして「雛」を娶る夢を見たのは飲んだ甘酒のせい?何やら怪しく幻想的な句。漱石熊本時代の一句。白酒の紐の如くにつがれけり(高浜虚子)つがれている白酒がまるで瓶から垂れている紐のようにみえるという虚子さん少し...ひな祭り

  • 民謡の遷移(1)

    まだ今日のような通信手段がなかった時代、ある地方の民謡が海路、陸路を往来する人々によって遠く離れた地方に伝わる。そんな例は枚挙にいとまがないほどだが、いくつかの代表的な例をあげてみたい。今日はその第1回として「ハイヤ節」を取り上げてみた。天草の「牛深ハイヤ節」は全国ハイヤ系民謡の源流だといわれる。牛深は天然の良港として江戸時代から明治初期にかけて海道の要衝であり、行き交う廻船の船乗りたちが聞き覚えた唄や踊りを日本各地に伝えたといわれる。廻船の寄港地は全国何十箇所とあり、それぞれの港にも民謡はあったはずなのになぜか、「牛深ハイヤ節」が船乗りたちによって各地の港に伝えられたのは、各港での酒席において船乗りたちを高揚させるノリ(グルーブ感)が際立っていたのではないかと思われる。牛深を立ち、大坂を経由した廻船は北...民謡の遷移(1)

  • 梅は咲いたが…

    今日は2,3日前の寒さがウソのような暖かさ。朝から藤崎八旛宮に朔日詣りを済ませ、午後は、ほとんど外出できなくなった103歳の母を車に乗せ、見ごろを迎えた護国神社の梅園へ出かけた。妻と姉が同行してくれた。やわらかい日差しの下、母も久しぶりに外の空気を満喫してくれたようだ。今年の梅は紅白混じった花が特徴的。たしか昨年までは真っ白な花を咲かせていた梅の木にほのかにピンク色をにじませたような花を開いている。そんな木が何本も目についた。開花が一ヶ月も遅れたことや気候変動などの影響があるのだろうか。そうなると心配なのが次の「桜」のこと。今月下旬には桜の開花が始まるだろうが、今までと同じような美しい花を見ることができるだろうか。紅白混じった梅の花紅梅は今までどおり〽梅梅は咲いたが…

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