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徒然なか話 https://blog.goo.ne.jp/np4626/

誰も聞いてくれないおやじのしょうもない話の書き綴りです!

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2009/09/19

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  • YouTubeのマイ ミックスリスト

    YouTubeには「マイミックスリスト」という機能がある。自分で選んだ覚えはないので、おそらく僕が再生した動画や関連する動画をリストアップしているようだ。AIを使ったサービスのひとつなのかもしれない。25タイトルが選ばれているが、なかにはあまり視聴したいとは思わないものも含まれていた。今日リストアップされていた中から3タイトルを選んで視聴した。まず最初にディキシーランド・ジャズの名曲「クラリネット・マーマレード」をP-timeSelectionの演奏で。次に大好きなドラマ「JIN-仁-」のテーマ曲をフルオーケストラの演奏で。最後にマイチャンネルから「熊本さわぎ唄」を「今藤珠美と今藤珠美社中/下田れい子/中村花誠と花と誠の会」の演奏、ザ・わらべの舞踊で。YouTubeのマイミックスリスト

  • 女性神楽師

    今日夕方のKKTくまもと県民テレビの「newsevery.くまもと」で全国的にも珍しい女性神楽師を紹介していた。その名は稲田奈緒子さん。もともとポップス系のダンサーとして活躍し、現在、地元の子どもたちにダンスを教えているという。今日は金峰山神社の秋の大祭で初めて男性神楽師との二人舞に挑む様子が映された。野出神楽保存会のメンバーということだが、ここの神楽は剣や弓、御幣などを使って舞う採物(とりもの)神楽と呼ばれる種類のもので、熊本市の無形民俗文化財に指定されている由緒ある神楽だそうだ。普段、女性の神楽としてはいろんな神社の巫女舞を見ているが、野出神楽のような民間の里神楽は熊本県だけでも160ほどあるらしい。そもそも神楽の始まりは記紀に書かれた「天岩戸開き」で、天照大神が岩戸にお隠れになってしまった際の、天鈿...女性神楽師

  • ハーンの熊本時代(1)

    今日のNHKお昼の番組「列島ニュース」のなかで、来秋放送開始の朝ドラ「ばけばけ」のヒロインに宮崎市出身の俳優、高石あかりさんが選ばれたことが発表され、本人の会見も放送されました。ラフカディオ・ハーン夫妻の熊本時代も描かれるそうなので楽しみですが、ハーンの熊本時代はいったいどんな時代だったのでしょうか。ハーンが五高の英語教師になるため、島根県立の松江中学を辞し、妻のセツらを伴い、春日駅(熊本駅)に降り立ったのは明治24年11月19日。校長の嘉納治五郎が出迎え、手取本町の不知火館(のちの研屋支店)に案内しました。この明治24年7月、門司から熊本まで鉄道が開通し、また熊本電燈会社が操業しています。熊本城そばの厩橋際に火力発電所が設けられ、城内の兵舎の灯りがこうこうと夜空を照らしていたようです。花畑一帯は練兵場が...ハーンの熊本時代(1)

  • 水野詩都子さんを偲んで

    﨑秀五郎さんが、昨日開催された「しずごろう音楽教室大阪校の発表会」についてフェイスブックに載せておられました。その記事を読ませていただきますと、7月24日に他界された相方の民謡歌手・水野詩都子さんへの想いが溢れていて思わず胸が熱くなりました。水野さんが亡くなられて3ヶ月。今日は、思い出の歌声の中から、愛知県一宮市ご出身の水野さんが、いきいきと唄っておられた「一宮機織唄」と同じく愛知県民謡の「神戸節」を聴きながら水野さんを偲びました。水野詩都子さんを偲んで

  • 祇王寺祇女桜の狂い咲き

    今日は散歩の途中、監物台樹木園が開いていたので入ってみた。久しぶりに園内を回ってみたが、園内の手入れが行われていないようで雑草が伸び放題の状態だった。「祇王寺祇女桜(ぎおうじぎじょざくら)」の前まで来た時に、3輪の花が開いていることに気付いた。今秋、異常な暑さが続いたので季節を勘違いしたのだろう。今年の春の開花時季には監物櫓が再建工事中だったため、樹木園は閉鎖中でこの「祇王寺祇女桜」の開花を見ることができなかったので、わずか3輪でも見られたことはちょっと得した気がした。「祇王寺祇女桜」という桜の種類があることを知ったのは、10数年前、あるブログ記事で見つけた京都市右京区嵯峨の祇王寺の写真が、立田山麓にあった父の生家のイメージとそっくりだったことがきっかけだった。「祇王寺祇女桜」は祇王寺に植栽されていた桜で...祇王寺祇女桜の狂い咲き

  • 味噌天神のまつり

    先々月のブログ記事「まぼろしの銘菓「さおしか」復刻!」でお世話になった味噌天神横の福栄堂さんの開店日は不定期だが、「25日は味噌天神例大祭なので店を開きますのでどうぞ」というインスタのメッセージをいただいた。客で混雑が予想されるというので朝9時過ぎから出かけた。着いた時はまだ開店前だったが入れていただき、右のような商品(天神もなか、栗もなか、栗羊羹)を購入した。既に味噌天神には参拝者に配布される味噌を目当ての長蛇の列。全国で唯一「味噌の神様」をまつる味噌天神宮では、例大祭の25日、熊本県みそ醬油工業協同組合がみそを奉納し、参拝客に配るのが習わしになっている。250人分用意された味噌はあっという間になくなったらしい。味噌天神宮は、建立されて既に1300年の歴史を有するが、その由来については下記のような伝説が...味噌天神のまつり

  • 夏目漱石ゆかりの・・・

    今日は熊本市現代美術館まで歩いて行った。ただ歩くのもつまらないので、わが家から美術館までの間で「夏目漱石」および漱石作品関連の文字をいくつ見かけるか数えてみようと思った。その結果が下記のとおりである。まずわが家から最も近いのがこの新坂の案内板。塗料が落ちて読みづらくなっているので下に数年前の状態を添付した。池田停車場(上熊本駅)から人力車で、五高の同僚となる菅虎雄宅へ向かう途中、この場所から熊本の市街地を見下ろして「森の都だなぁ」と言ったとか言わないとかいう話があるが、後年、漱石は九州日日新聞のインタビューに答えて次のように話している。ーー松山の中学から熊本の五高に転任する際に汽車で上熊本の停車場に着いて下りて見ると、まず第一に驚いたのは停車場前の道幅の広いことでした。そうしてあの広い坂を腕車(人力車)で...夏目漱石ゆかりの・・・

  • 今、話題のくまもと女性 ふたり

    今、話題の熊本女性を二人ご紹介します。其の壱数ある熊本県の観光地のなかで今、急増するインバウンドに最も人気がある観光スポットはやはり「熊本城」だという。熊本城に行ってみて実感するのは観光客の間で飛び交う英語、中国語、韓国語などの外国語。翻訳アプリなども使われてはいるが、やはり通訳できるガイド人材が求められているようだ。そんな中、注目されているのが「熊本城おもてなし武将隊の”八十姫”」。八十姫は熊本城を築城した加藤清正の次女(という設定)。彼女は独学で学んだ英語や中国語、さらには韓国語を駆使し、熊本城および熊本の魅力を発信している。これから熊本城を訪れる方はぜひ八十姫と逢っていただきたい。熊本城おもてなし武将隊の八十姫其の弐月曜から金曜、午後1時55分からTBS系列で放送されている番組「ゴゴスマ」に、8月5...今、話題のくまもと女性ふたり

  • 玉名女子高校吹奏楽部 圧巻の金賞!

    10月20日に宇都宮市文化会館で行われた「第72回全日本吹奏楽コンクール・高等学校の部」において、九州支部代表として出場した玉名女子高等学校吹奏楽部は見事10大会連続、11回目の金賞を受賞しました。演奏曲は【課題曲】行進曲「勇気の旗を掲げて」(作曲:渡口公康)【自由曲】カタリナの神秘の結婚(作曲:樽屋雅徳)でした。今年はあと、11月17日(日)に大阪城ホールで行われる「第37回全日本マーチングコンテスト」で、座奏・マーチングのW金賞受賞を目指します。8月31日、熊本県立劇場で行われた「玉名女子高校吹奏楽部コンサート」を久しぶりに見に行った。その時、今年の「全日本吹奏楽コンクール」で金賞を受賞した課題曲と自由曲も聞いたが、彼女たちの圧倒的な音楽性は間違いなく全国トップレベルであることを確信した。上の画像をク...玉名女子高校吹奏楽部圧巻の金賞!

  • いのちの歌

    今日は従弟の葬儀に参列するため玉名へ。僕よりも9つ年下だが病魔には勝てなかった。というより若い頃から健康面の問題を抱えていたと聞くので彼なりに精一杯生きたのだろうと思う。思えば彼が生まれて間もない頃、小学生の僕は叔父の家によく遊びに行ったので、彼を抱っこしたり、あやしたりしていたことを思い出す。その叔父や叔母も既にない。お棺の中で眠る彼の顔を見て手を合わせながら、両親のもとへ旅立ったのだろうとちょっとホッとした。御導師さまの読経はまさに声楽を思わせる見事なもので、おそらく「声明(しょうみょう)」と言ったほうがいいのだろう。出棺を見送った後、帰路は県道1号(熊本玉名線)を通ったのだが、途中、河内町野出の丘の上で休憩をとった。西の方に見える雲仙岳を眺めながら、きっとお浄土はその遥か向こうにあるのだろうと思った...いのちの歌

  • 川瀬巴水が描く「熊本城 宇土櫓」

    今日から始まった「くまもと花博2024」をちょっと覗いてみようと雨降る中、バスで会場の花畑広場を目指した。ところが花畑広場には期待した花の姿は一切なく、「防災推進国民大会2024in熊本」というイベントが。広場一杯にテントが立ち並び、各ブースではワークショップのような催しが行われていた。防災も大事だが今日は短時間で切り上げようと思っていたので、辛島公園をはさんだ肥後銀行本店ビル1階の肥後の里山ギャラリーで行われている「令和の大造営記念加藤神社錦絵展」を見に行った。歌舞伎を題材とした加藤清正を描いた錦絵が多く並ぶ中に、見慣れた川瀬巴水の「宇土櫓」が展示されていた。ネット上では散々見ていたが、木版画を刷ったB4サイズほどの実物を見るのは初めてでちょっと感動した。実はこの絵は僕にとって「原風景」といってもいい。...川瀬巴水が描く「熊本城宇土櫓」

  • くまもと花博2024

    明日19日から「くまもと花博2024」が始まります。これは2022年3月〜5月に熊本市で開催された「第38回全国都市緑化くまもとフェア」(くまもと花博)のレガシーを引き継ぐことを目的としたもので「自然環境と経済活動の調和」をテーマに、みどりや水、歴史・文化を象徴する市内3つのメイン会場(街なかエリア、水辺エリア、まち山エリア)で、花やみどりをはじめとした展示や体験イベントが開催されます。※全国都市緑化フェアは国土交通省の提唱事業で、1983年(昭和58年)から、毎年全国各地で開催されている日本最大級の花とみどりの祭典です。<メイン会場>街なかエリア・・・花畑広場及び中心市街地一帯水辺エリア・・・・水前寺江津湖公園一帯(動植物園含む)まち山エリア・・・雁回山一帯(雁回公園含む)<開催期間>10月19日(土)...くまもと花博2024

  • In The Shade Of The Old Apple Tree

    今日のお昼、家内がむいてくれたりんごをかじりながら、そういえば「りんご狩り」などというものには縁遠くなったなぁと思った。40数年前、山口県の防府に住んでいた頃、幼かった子供たちを連れてよくドライブに出かけた。防府天満宮の天神山を越え、佐波川に沿って上流にどんどん遡って行くと徳佐という地区に着く。ここはりんごの栽培が盛んなところでりんご園がいくつもあり、秋にはりんご狩りを楽しんだ。そんなことを考えているとふと「林檎の樹の下で」のメロディが頭に浮かんだ。僕らが子どもの頃、ディック・ミネさんがよく歌っていた。♪林檎の樹の下で明日また逢いましょう黄昏赤い夕陽西に沈む頃にたのしく頬寄せて恋を囁きましょう真紅に燃える想い林檎の実のようにというような歌だった。原曲は120年前に作られたアメリカの「InTheShadeO...InTheShadeOfTheOldAppleTree

  • 思い出の那須高原

    この季節になるとどうしても那須高原を思い出す。3年3ヶ月過ごした那須にはなつかしい思い出がいっぱいだ。春夏秋冬それぞれ美しい風景を見せてくれるのだが、とりわけ秋の美しさは忘れられない。那須湯本にあった会社保養所(数年前に人手に渡ったらしい)の管理も僕の仕事の一つだったので、多いときには週3回は那須高原に登った。近くには那須与一ゆかりの「那須温泉神社(なすゆぜんじんじゃ)」や九尾の狐伝説の「殺生石」。那須茶臼岳、沼ッ原湿原、そして那須湯本温泉等々。冬にはスキーも楽しんだ。各地を10ヶ所ほど転勤して回ったが、風光明媚という点では那須が最高だったかもしれない。今日もネットで那須高原一帯の地図を眺めながら思い出にひたった。ところで、「那須」という姓は、下野国(今の栃木県)がルーツだと言われているが、日本全国で「那...思い出の那須高原

  • 「伊勢は津で持つ 津は伊勢で持つ」のナゾ

    江戸幕府の第8代将軍・徳川吉宗の対抗馬と目された尾張徳川家の徳川宗春という大名の尾張藩における治世を研究した「徳川宗春の実像」というサイトがあります。主宰者は名古屋在住の歴史研究家の方だろうと思います。この中に「伊勢音頭」が名古屋繁栄のキーワードとして登場します。そしてそこには本條秀美さんが唄われた「伊勢音頭」が埋め込まれています。YouTubeには「伊勢音頭」は多数投稿されていますが、そんな中で加藤清正が築城した熊本城本丸御殿でのこの「伊勢音頭」が選ばれたことはとても意義深いと感じています。この研究論文は下記アドレスで読むことができます。【なごや新地巡り】西小路(2)伊勢音頭の謎「西小路・富士見原の競合と伊勢音頭の成立」(eBook)私は「伊勢音頭」の歌詞について疑問を持っていることがあります。それはよ...「伊勢は津で持つ津は伊勢で持つ」のナゾ

  • 長浜と加藤清正

    ブログをフォローさせていただいている「お気楽忍者のブログ弐の巻」さんの今日の記事「長浜城から琵琶湖を望む」を拝見しながら、彦根在勤時代のことを懐かしく思い出していた。長浜は彦根から近かったし、琵琶湖沿いの湖岸道路を通って公用私用ともによく行った。豊公園や長浜城本丸跡あたりを眺めながら、長浜の街中に入り、北国街道沿いの黒壁スクエアあたりに向かうのがおきまりだった。その長浜は加藤清正ゆかりの地でもある。清正には次のような伝説が残っている。清正が長浜城の城主・羽柴秀吉に小姓として仕えていた十代前半、ある時、侍同士の喧嘩の仲裁に入った清正の見事な振舞いに、二匹の兄弟きつねが、きっと将来天下に名を馳せるお方だと見込んだ。以来、二匹のきつねは霊狐として清正を守護することになった。清正が24歳の時、秀吉から肥後北半国十...長浜と加藤清正

  • くまもと花魁道中2024

    今日から「第20回熊本城坪井川園遊会~秋の宴~」」が城彩苑で始まった。今日のプログラムは「くまもと花魁道中」の1日目。連休初日で好天にも恵まれ、城彩苑に入りきれないほどの入場者で賑わった。「花魁道中」といっても往昔をしのぶ模擬の趣向ではあるのだが、最近は祭りなどを盛り上げるツールとして各地で行われているようだ。熊本の場合は2011年の九州新幹線開業に合わせ、かつて城下町の経済を支えた坪井川舟運の復活とその流域文化の伝承を願って「花魁道中」が始められたと聞く。その年から遡ること76年、昭和10年に開かれた「新興熊本大博覧会」の際、二本木遊郭で行われた「花魁道中」が熊本最後のホンモノの「花魁道中」だったようだ。この「新興熊本大博覧会」の公式ガイドブックには県内外の多くの企業や団体が広告を出しているが、二本木遊...くまもと花魁道中2024

  • 「光る君へ」と能「葵上(あおいのうえ)」

    大河ドラマ「光る君へ」に登場する中宮彰子(見上愛)が「源氏物語」の「葵上」にあたる役柄らしい。となると「六条御息所(ろくじょうみやすどころ)」は誰?と思うのだが、これは今後、「六条御息所」にあたる人が出てくるのか来ないのかドラマの展開次第といったところか。それはさておき、能「葵上」には葵上本人は出て来ないが、「六条御息所」の生霊がシテとして登場する。「能楽研究の開拓者」とも呼ばれる野上豊一郎は、東京帝大時代の明治41年、高浜虚子に誘われて靖国神社の能楽堂で行われた能を鑑賞した。その時「葵上」を演じた、肥後の能役者で、明治の三名人の一人、金春流・桜間伴馬の芸に魅せられ、能楽にのめり込むことになった。下の動画は、昭和10年、野上豊一郎監修による能楽映画「葵上」。鉄道省観光客局が日本の文化を海外に宣伝するための...「光る君へ」と能「葵上(あおいのうえ)」

  • 旧友との再会

    高校の同級生で水球のチームメイトでもあったF君が墓参帰省のついでにわが家に立ち寄ってくれた。5年ぶりの再会である。F君は大学を卒業後、ちょうど昭和46年(1971)の和歌山国体を控えていた和歌山県に招かれ教員となった。水球指導のかたわら、ガラが悪い生徒も怖れた先生として勇名を馳せていたらしく、後には名物校長として教職を務め上げた。僕が彦根在勤の頃、彦根から御坊市の和歌山工業高専などにリクルートに行くこともあったので、F君がいる新宮まで行ってみようと思ったこともあるが、紀伊半島の突端・串本を回って行かなくてはならないので帰社時間に間に合わないとあきらめたこともあった。また、彦根で従業員の採用面接をやっていた時、和歌山から一人の青年が応募してきた。履歴書に書かれた出身校がたまたまF君が務める学校だったので、面...旧友との再会

  • 歴史的な風景!

    Facebookには「思い出」という機能がある。過年度の同じ日付の記事をリストアップしてくれて、それを自分がシェアすると他の人にも表示されるいう機能である。ネタ作りの助けにはなると思うが、僕はあくまで自分自身が思い出したものしか再掲はしないと決めているので今までこの機能を利用したことはない。しかし、今日、2015年10月9日の記事を見せられて、この風景は単なる思い出としてではなく、歴史的な意味があるのではないかと思った。この日、「秋のくまもとお城まつり」の一環として「熊本蔚山友情コンサート」が行われたのだが、出演した舞踊団花童がこの日の演目「竹取物語」のリハーサル中の1枚である。僕が注目したのは、背景の熊本城大天守・小天守・宇土櫓や西出丸塀が完全な姿で立ち並んだ風景は、翌年4月の熊本地震以降見られなくなっ...歴史的な風景!

  • 小泉八雲の妻・セツ

    2025年秋から放送のNHK朝ドラ「ばけばけ」のヒロインが小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の妻セツをモデルとして描かれると発表されてから、急に小泉セツを取り上げたイベントや番組などが目立つようになった。今日、小泉八雲熊本旧居でも「小泉八雲の妻・セツの素顔とは」と題する講座が開かれたので聴きに行った。講師は小泉八雲熊本旧居館長の坂本弘敏さん。ハーンが熊本で五高教師として過ごした月日は3年。熊本でのドラマロケも予定されているという。ハーンに「日本人の善良性が彼女の中に濃縮されているように思う」と評されたセツは、家族を守りながら、リテラリー・アシスタントとして夫の執筆作業を陰で支え続けたといわれる。没落士族の娘として生まれ育ったセツの波乱万丈の生涯が坂本館長から語られたが、ドラマではどう描かれるのか大いに楽しみ...小泉八雲の妻・セツ

  • 熊本城坪井川園遊会は今年で20回目

    2005年に熊本の伝統文化と坪井川舟運の復活を目的として始まった「熊本城坪井川園遊会」は今年で20回目を迎えるという。かつて坪井川の舟運は城下町物流の大動脈だった。下流の高橋港には島原、筑後、柳川、天草、八代、芦北などや大坂、鹿児島、長崎からも荷船が入った。これらの貨物は、高橋平田船で坪井川を上り下りしたが、明治以降、鉄道の開通で舟運の時代が終わった。このイベントを始めた当初試行された坪井川での遊船の運行も、本格的にやるためには川の浚渫に多額の費用がかかることがわかり、現時点ではペンディングとなっているようだ。また、坪井川は流域の二本木町、古町、新町などの花街が栄えた。それは維新後、熊本は鎮台が置かれた軍都であり、五高に代表される九州の学都でもあり、かつまた国の機関が集中していたからであり、「唄に踊りの芸...熊本城坪井川園遊会は今年で20回目

  • 60年越しの誤認を解く

    先月中旬、大先輩の藤本重信さん(ローマ・東京五輪水球日本代表)の依頼を受け、済々黌水球部草創期の成績を載せた熊日新聞記事を調べて報告した。そのやり取りの中で僕が以前から抱いていた疑問を藤本さんにおたずねしてみた。それは1964年の東京五輪で優勝した当時世界最強のハンガリーのヘッドコーチのことだった。東京五輪の時、僕は東京体育館プールや代々木体育館プールで水球競技の裏方をやっていたので、各国チームの練習をずっと見ていた。特に注目していたハンガリーのヘッドコーチとはプール周辺でよく顔を合わせたのでそのうち互いに会釈するようになった。僕はその方が世界的に有名な指導者ベラ・ライキ(BélaRajki)さんだと思い込んでいた。ところが、数年前、水球専門サイト「WaterPoloLegends」を見ていたら、1964...60年越しの誤認を解く

  • 崩落した奉行丸石垣の石回収始まる

    昨日、加藤神社に参拝した後、西出丸広場側の通路を通って二の丸広場へ抜けようと歩いていた時、奉行丸西側の崩落した石垣あたりで工事関係者が入っているのが見えた。熊本地震から既に8年あまりが過ぎ、ここを通る度に、崩れたままの石垣はいったいいつまで放置するのだろうと気になっていた。すると昨日夕方のTVニュースでこの奉行丸西側の石を回収する作業が始まったというニュースが流れた。2024年度中に石の回収を完了し、2040年度から積み直し作業が始まるという。復旧する頃まで生きているかどうかわからないが、ともかく前に進み出したことは喜ばしい。奉行丸は旧藩時代、奉行所が集まっていたエリア。1960年の熊本国体ではバレーボールコートになったり、テニスコートとして使われたりしていた。その後、スポーツ施設が各地にできて、スポーツ...崩落した奉行丸石垣の石回収始まる

  • 2024年1‐9月視聴ベスト10

    YouTubeマイチャンネルの2024年1‐9月視聴ベスト10は次のとおりでした。この期間の総視聴回数は1,073,727回。前年同期の約2.6倍という伸びでした。これは、昨年暮アップしました「お座敷小唄/芸者ワルツ(リマスター版)」へのアクセス集中が続いており、それが誘因となって他の映像も注目していただいた結果だと思われます。今後も新作のアップとともに、他にも埋もれている動画がありはしないか見直してみたいと思っています。サムネイル画像をクリックしていただきますと動画を視聴いただけます。1.お座敷小唄/芸者ワルツ(リマスター版)(298,806回)2.こわらべ~お座敷小唄/芸者ワルツ~(73,883回)3.花童~肥後のタンタン節~(60,775回)4.こわらべ~江津湖音頭~(59,397回)5.花童~絵日...2024年1‐9月視聴ベスト10

  • 雛帆さん

    今日から鶴屋百貨店で始まった毎秋恒例の「大京都展」を見に行く。6階の催事場をひと回り見て回った後、1階のサテライトスタジオで行われるお目当ての舞妓さんによる舞披露を見に行った。今回でたしか6,7回目の鑑賞になる。今回は五花街のうち祇園東の雛帆(ひなほ)さんという今年1月にデビューした初々しい舞妓さん。なんと16歳。高知県土佐清水市の出身だそうだ。しかし、今まで見た舞妓さんの中では一番背が高い。スッと立った姿が美しい。陸上競技をやっていたそうでなるほどと思わせる。今日の演目は「松づくし」「萩桔梗」「京の四季」の3曲。いずれも過去何度か見たことのある舞妓さんの必修科目とでもいうべき演目だ。まさに今の季節、秋の七草である「萩桔梗」を舞ってくれたのも嬉しかった。萩桔梗中に玉章忍ばせて月は野末に草の露君を松虫夜毎に...雛帆さん

  • 十月朔日詣り

    今日は十月の朔日詣りで藤崎八旛宮へ。旧暦では10月を「神無月(かんなづき)」とも呼ぶが、新暦では10月下旬から12月上旬に相当する。「神無月」の由来については諸説あるが、かの柳田國男は「2月に山から里へ降りてきた山の神が、田の神となって稲の生育を守護し、十月の稲の収穫が終わると再び山に帰って山の神となるので、神無月というたのである」という説を提唱している。つまり、旧暦の「神無月」は稲刈りが終って収穫祭が行われ、農作物の実りを神に感謝する月であったため「神の月」という呼び名になった。「神無月」の「無」は「ない」ではなく、連体助詞「の」にあたるという。能の儀礼的演目である「翁」で三番目に登場する「三番叟」は老翁の姿をした神が天下泰平・五穀豊穣を祝って舞う芸能の一種といわれている。藤崎八旛宮三番叟・野村萬斎十月朔日詣り

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