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徒然なか話 https://blog.goo.ne.jp/np4626/

誰も聞いてくれないおやじのしょうもない話の書き綴りです!

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2009/09/19

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  • 陽光きらめく中

    今日の散歩は昨日より少し距離を伸ばした。暖かい日差しを浴びながら歩いていると自然と背筋が伸びる思いがする。普段見慣れたコースではあるが季節が変わるとまた見え方も違ってくるのが面白い。帰り着く頃にはうっすら汗がにじむほどで心地よかった。護国神社前の梅園は今がまさに満開といった状況メジロが群をなして次から次へと木渡りしていた。宇土櫓の解体工事はいまだ素屋根組立の基礎工事段階。中坂を下りながら遠く阿蘇の山並みが見え、往時の参勤交代御行列の人々の思いはいかばかりか。陽光きらめく中

  • 令和 やがてまる4年

    三日間、風邪で寝たり起きたりを繰り返したが、やっと今日床を上げた。かかりつけ医での検査ではコロナでもインフルエンザでもなかったが、考えてみればコロナは5回ワクチンを打っているし、インフルエンザワクチンも打っているのでそんなに簡単にかかってもらっても困る。すっかり体力が落ちているので今日は近所をゆっくり散歩した。徐々に距離を伸ばしながら体力を回復して行こう。ところで、もうやがて令和になってまる4年となる。この4年間、コロナが蔓延したり、ウクライナ戦争があったりとあまりいいことはなかった。「令和」の意味もすっかり忘れつつあるが「初春(しよしゆん)の令月(れいげつ)にして、気淑(よ)く風和(やはら)ぎ、梅は鏡前(きやうぜん)の粉(こ)を披(ひら)き、蘭(らん)は珮後(はいご)の香(かう)を薫(かをら)す」という...令和やがてまる4年

  • 日本文化のあり方

    新型コロナが発生する前、日本には3千万人を超える外国人が訪れていた。近い将来、コロナが終息すればそれを上回るような訪日ラッシュが始まるとの予測もある。昨日も高野山の仏教文化を訪ねる外国人が増えているというドキュメンタリーが放送されていたが、最近は単なる観光から日本文化に興味を持って来日する外国人が増えていると聞く。単なる物見遊山の「サイトシーイング」から、文化交流へと進化して行くのかもしれない。2016年に他界された喜多流能楽師の狩野琇鵬さんの著書「生死の境を歩む」の中に、とても心に残る一節がある。それは琇鵬さん一行が伝統芸能のフェスティバルに参加するため渡欧された時のこと。琇鵬さんたちの他にもう一つ別の団体が参加していた。琇鵬さんたちは古典をそのまま演能されたそうだが、もう一つの団体は、現代的な新しい解...日本文化のあり方

  • 山中節(石川県民謡)

    今日、名曲アルバム(NHK-G)で石川県民謡の「山中節」が取り上げられていた。全国に数多ある民謡の中でも「磯節」(茨城県)とともに僕が最も好きな民謡である。その由来について番組では山中節をもたらしたのは江戸時代、北前船の船乗りたちだと伝えられる。大阪から北海道への航海を終えた船乗りが、この温泉で疲れをいやし口ずさんだ節を地元の娘たちがまねたのが始まりとされる。と紹介していた。山中温泉といえば石川県でもかなり内陸部の今の加賀市にある。北前船の寄港地である塩屋港から大聖寺川を遡って来たのだろうか。そのことについての説明はなかった。今日の名曲アルバムは3/4(土)午後2:55まで次のURLで見逃し配信が見られます。名曲アルバム「山中節」「山中節」をモチーフとして三味線音楽の大御所本條秀太郎さんが創作されたのが次...山中節(石川県民謡)

  • 篠笛の教室

    今年度は熊本県邦楽協会演奏会が行われないようだ。毎年楽しみにしている演奏会なので残念だ。ところで、民謡三味線の本條秀美さんの教室では、昨年9月から篠笛(しのぶえ)教室を開設しておられるそうだ。毎年、熊本県邦楽協会演奏会で篠笛を演奏され、毎回共演している「藤舎仁鳳」さんにご指導をお願いされているという。仁鳳さんは熊本県邦楽協会演奏会のほか舞踊団花童の公演でも度々笛方として参加されており、10年以上前からお顔は存じ上げているお馴染みの先生。なかなかのイケメンで女性ファンも多いらしい。邦楽器のなかで僕が唯一習ってみたいなぁと思ったのが篠笛だったので、これからチャンスがあれば本條秀美さんの教室で篠笛の指導を受けてみたい。▼本條秀美さんのサイト前列囃子方の右端が藤舎仁鳳さん。篠笛の教室

  • 昭和35年(1960)の思い出

    熊本市西松尾町・小田部さん宅のしだれ梅(2023.2.22の様子)天皇陛下は、今日、63歳の誕生日を迎えられました。陛下がお生まれになった昭和35年(1960)は僕個人にとっても思い出深い年です。この年の出来事を思い出しながら、天皇陛下の誕生日をお祝いし益々のご健勝をお祈りしたいと思います。昭和35年9月、1億8千万円の工事費と1年半の工期を経て復元された熊本城天守閣昭和35年熊本国体が開催され、水前寺陸上競技場がメーン会場となりました。開会式のマスゲームでは細川九曜紋をかたどった形で、婦人会による「五十四万石」が踊られました。熊本城内プール(現城彩苑)で行われた熊本国体水球決勝、濟々黌(熊本)対鴨沂高(京都)の熱戦昭和35年(1960)の思い出

  • おだまきのはなし。

    今夜の夕食で久しぶりに「おだまき」を食べた。簡単に言うと、うどんが入った茶わん蒸しとでも言ったらいいだろうか。「おだまき」という名前の由来は、紡いだ麻糸を巻いて玉にした「苧環(おだまき)」に形が似ているからだという。「小田巻」とも表記されることがある。この「おだまき」は子どもの頃の大好物だった。当時としてはご馳走だったと思う。「苧環(おだまき)」という名の花もあるらしいが見たことはない。子どもの頃の思い出があったからか、長唄「賤の苧環(しずのおだまき)」を初めて聞いた時はその題名が気になって食いついた。義経の愛妾・静御前が舞った当時の流行歌「今様」がもとになった長唄だそうだ。下の映像は鎌倉の鶴岡八幡宮舞殿で行われた「鎌倉祭り」での奉納舞のようだが、江戸後期の三味線音楽である長唄で鎌倉時代の白拍子舞を舞うと...おだまきのはなし。

  • 春の調べ

    熊本は昨日、春一番が2年ぶりに吹いたそうだ。しかし、今日は打って変わって冬に逆戻りしたかのような冷たい風が吹いている。昨日のマラソン見物は春用のジャンパーを着て行ったが今日はまた防寒着を着込んで出かけた。こうして三寒四温を繰り返しながら春本番を迎えていくのだろう。しだれ梅と放牛石仏(往生院)梅の小枝のメジロのさえずりは…迦陵頻伽の妙なる歌声か春の調べ

  • 熊本城マラソン2023

    今日は3年ぶりの熊本城マラソン。3年前の第9回大会は風雨が強い悪コンディションの中での大会だったが、今日は時折小雨がパラつくもののあまり寒さは感じない。選手たちにとってそれほど悪コンディションではないように思われた。テレビ中継で見る通町筋スタート地点の盛り上がりはいつも通りの一方、沿道の応援の盛り上がりがコロナ中断前に比べると今一つと感じられたのは2年間のブランクのせいなのだろうか。ともかく無事に大会が終わり、選手や運営スタッフ(多くのボランティア含む)そして応援の皆様、本当にお疲れさまでした。ゴール地点の二の丸広場に設置されたモニターでフルマラソン残り2㌔のトップ争いを見守る観客護国神社梅園の梅の花が見守る最後の難所を登るランナーたちゴールは目の前。埋門の前で最後の力を振り絞るランナーたち熊本城マラソン2023

  • ドイツのストリートで「春の海」!

    男性筝奏者の大川義秋さんがドイツのストリートで「春の海」を演奏したという映像がYouTubeにアップされていた。和楽器の筝でも、演奏曲が洋楽だったり海外でもよく知られている日本の楽曲なら特別に注目することはないと思うが、いわゆる邦楽を代表する楽曲である「春の海」にドイツの一般市民はどういう反応をするのか興味があった。結果的には大いに受けていたようでちょっと安心した。彼が2017年の第23回くまもと全国邦楽コンクールで最優秀賞を受けた時、キャラ濃いめの彼のステージを見ていたので、その後の活動も注目している。これからもどんどん海外に出て活躍してほしいと願っている。くまもと全国邦楽コンクールにおける大川義秋さんドイツのストリートで「春の海」!

  • 梅あれこれ

    紅梅にあはれ琴ひく妹もがな(漱石明治29年)この年の4月に熊本へ赴任する直前、松山の愚陀仏庵での漱石の作品。漱石の梅の句の中で僕が最も好きな句。早春にしみじみとした趣の琴の音が聞こえてきて、それを奏でているのが愛しい人であればなぁという意か。また、琴も漱石の得意な題材で、実際に琴の音が聞こえてきたのかどうかわからないが、琴の音にまつわる原体験があったのかもしれない。わが家の白梅は例年よりだいぶ遅れたが今年も咲いた。今日は暖かかったので梅の名所の開花状況を見てみようと出かけた。西松尾町の小田部さん宅のしだれ梅はまだ開花が始まったばかりのようだ。例年よりもかなり遅れている。見ごろまでにはまだだいぶ日数がかかりそうだ。谷尾崎梅林公園も全体的には五分までも行っていない印象だった。谷尾崎梅林公園の紅梅梅あれこれ

  • 阿国歌舞伎のお江戸デビュー

    2月20日は慶長12年(1607)のこの日、歌舞伎の祖といわれる出雲阿国が江戸城に招かれ、かぶき踊りを演じたと江戸初期の史書「当代記」に書かれている。しかし、その時の演目など具体的な内容はわかっていない。阿国歌舞伎は様々な文献によれば、大別すると「ややこ踊り」「茶屋遊び」「念仏踊り」の三つが主要な演目だといわれているが、一部の題名や詞章が伝えられているだけで、音楽や舞踊についてはほとんどわかっていない。「ややこ踊り」は初期の演目で若い女性による舞踊。狂言小舞などの中世芸能をもとにしたとみられ、「小原木踊」や「因幡踊」などを演じていたと推測される。「念仏踊り」も初期の頃からやっていた演目で、首から提げた鉦を叩きながら念仏を唱え踊る。もともとは仏教の行を芸能化したもの。「かぶき踊り」はまさに阿国が今日の歌舞伎...阿国歌舞伎のお江戸デビュー

  • エリーゼのために ~ キッスは目にして!

    草彅剛主演のドラマ「罠の戦争」(フジ系)の出演者が見せている「罠ダンス」がTikTokで話題になっている。使われている曲が1981年にザ・ヴィーナスが歌って大ヒットした「キッスは目にして!」のカバー曲。この曲は1810年にベートーヴェンが作曲した「エリーゼのために」を、1957年、アメリカのバニー・ボトキンらがアレンジして「PassionFlower(情熱の花)」としてリリースしたもののアメリカではヒットせず、イタリアに渡って人気が出た。1959年にイタリアのカテリーナ・ヴァレンテが「Toutl'amour」という題名で歌い、これが日本でもヒットした。欧米ポップスの日本語バージョンが流行っていたこの時代、さっそくザ・ピーナッツが「情熱の花」としてリリースして大ヒット。その後、1981年にザ・ヴィーナスが「...エリーゼのために~キッスは目にして!

  • 漱石の句「すみれほどな・・・」のナゾ

    三日前、再開した「夏目漱石内坪井旧居」を7年ぶりに訪れた時、座敷の掛軸の句「菫ほどな小さき人に生まれたし」を眺めながら、京陵中学校の前の漱石記念緑道に立つ句碑は「すみれ程の小さき人に生まれたし」であることを思い出した。この「な」と「の」の違いが気になってだいぶ前に調べたことがある。今回はせっかくの機会なので内坪井旧居の館長さんにお尋ねしてみたがよくわからないとのこと。この句は、下の句碑の側面に書いてあるように、明治30年2月、俳句の師でもあった正岡子規へ送った40句の中の1句だそうだが、子規が「すみれほどな」を嫌ったのだと書いてある文献を読んだこともある。なぜ子規が嫌ったのかがわからない。上句の字余りがよくないのか、「な」という断定の助動詞を嫌ったのか、あるいは散文的と評価したのか。いずれにしろ、子規の評...漱石の句「すみれほどな・・・」のナゾ

  • バート・バカラックさん

    先日、94歳で他界されたバート・バカラックさん。学生時代から20代にかけて映画音楽やポップスで随分楽しませていただいた。特にディオンヌ・ワーウィックとのコンビによるアルバムはわが人生で最も聴いたアルバムだったかもしれない。追悼記事をと思いつつ、バカラック・メドレーのいい動画がないか探したのだがこれがなかなか見つからない。やっと見つけたのがこれ。70年代のTVショーの映像のようだが、バカラックのピアノにディオンヌ・ワーウィックと当時人気絶頂のグレン・キャンベル(2017年没)の共演という夢のような番組。65年にトム・ジョーンズが歌った映画「何かいいことないか子猫チャン」の主題歌のイントロから始まるという洒落たラインアップ。以下、次のような曲目が並ぶが、「GentleonMyMind」などグレン・キャンベルの...バート・バカラックさん

  • 梅は咲いたか ~ しょんがいな

    護国神社の紅梅も早咲きの木はもうだいぶ咲いていた。毎年この季節になると口ずさみたくなるのが「♪梅は咲いたか桜はまだかいな」という一節。この唄は今日では出だしの「梅は咲いたか」という題名で知られているが、もともとは江戸初期頃からずっと唄われ続けている「しょんがいな節」とも「しょんがえ節」とも呼ばれる俗謡。1年ほど前、明治10年の西南戦争のさなか、籠城戦を強いられた熊本鎮台(熊本城)の陣中でも歌われていたということが、鎮台参謀副長・児玉源太郎少佐が残した「熊本籠城談」の中に記されているという話をブログで紹介した。「酒は見てるが煙草はまだかぇな、旅団は植木でトテチリシャン、音ばかり、ションガイナ」この「しょんがいな節」は全国各地でバリエーションを加えながら唄い続けられているが、わが熊本でも親しまれて唄われていた...梅は咲いたか~しょんがいな

  • 7年ぶりに夏目漱石内坪井旧居へ

    昨日から「夏目漱石内坪井旧居」が7年ぶりに公開されたので、さっそくその復旧状況を見に訪れた。熊本地震前、いつ行ったのか調べてみたら2016年1月7日に訪れていた。この年から始まった「漱石記念年」に合わせて熊本市が作成したPRパンフレットをもらうのが目的だった。この年は夏目漱石の没後100年および来熊120年に当たる年で「漱石記念年」として様々なイベントが行われたのだった。さて復旧ぶりだが、小説「道草」(大正4年)の漱石直筆原稿などの展示はあるものの以前に比べるとまだちょっと殺風景な印象。これから徐々に充実して行くのだろう。授業の一環なのか、お隣りの熊本中央高の女子生徒たちがクラス全員で来ていた。座敷から庭を眺める。長女筆子が産湯に使った井戸が見える。庭全体にまだ緑が足りない印象。南に面した縁側。門人たちが...7年ぶりに夏目漱石内坪井旧居へ

  • 鞠智城のはなし。

    NHK熊本のローカル情報番組「クマロク!」の今日の話題の一つは「鞠智城(きくちじょう)」。かつて「久々知の城(くくちのき)」とも呼ばれた古代山城である。山鹿市と菊池市にまたがる標高約90m〜171mの丘の上に約1350年前(飛鳥時代)ヤマト政権が築いた山城。663年の朝鮮半島における白村江の戦いで大敗したヤマト政権は、唐や新羅の侵攻に備えて西日本の守りを固めるため各地に山城を築いた。ここ鞠智城は、九州を統治していた大宰府やそれを守るための大野城、基肄城に武器や食糧を送る基地だったと考えられている。東京ドーム12個分の広大な面積を守ったのが「土塁」。番組ではその土塁を歩いて回り、スケールの大きさと、大宰府と狼煙で通信したという意外な高さをリポートしていた。県の発掘調査の成果に基づき、八角形鼓楼、米倉、兵舎・...鞠智城のはなし。

  • 少女スプリンター

    先日、NHK熊本局のローカル情報番組「クマロク!」で、熊本中央高校の陸上部短距離・山形愛羽選手を紹介した。爆発的なスピードで今シーズンの飛躍が期待される山形選手に密着していた。高校1年の時の国体で4位入賞し、2年生となった昨年のインターハイは、100mは7位、200mは4位と十分立派な成績なのだが本人は不満足な結果だったようだ。放送では走法の改善に取り組む姿を映していた。彼女の特徴はピッチ走法。そのピッチは落とさずストライドを伸ばそうという作戦だ。歩幅を1足分伸ばしたマーカーを置いて矯正している。それともう一つの強化ポイントはスタートダッシュ。身長154cmの小柄な山形選手は出遅れたら挽回するのは難しい。高校最終年の今年、こうした強化がうまくいって念願のインターハイや国体での優勝をつかみ取れることを期待し...少女スプリンター

  • 投稿動画800本へ!

    今日、YouTubeのデータを確認したところ、マイチャンネルの投稿動画本数が、公開・非公開合わせて798本になっていた。投稿を始めて10数年経つので「塵も積もれば山となる」結果なのだろう。800本まであと2本だが、さて新作はといっても差し当たって具体的な予定はないが何か記念になるものを考えてみたい。ビデオ撮影そのものは2008年頃から、ミニDVテープ式の古い型のビデオカメラで撮っていた。ただ、その頃は明確な目的意識もなく、当時の映像はほとんど残っていない。2009年10月に「少女舞踊団ザ・わらべ」に出逢ったことが大きかった。投稿動画の大半は「ザ・わらべ」およびその後身である「舞踊団花童」の動画。彼女たちに出逢わなければこんなに投稿することはなかっただろう。彼女たちの存在を一人でも多くの人たちに知ってもらい...投稿動画800本へ!

  • 民謡魂 ふるさとの唄 ~富山県砺波市より~

    今日の「民謡魂ふるさとの唄」(NHK-G)は富山県砺波市からの放送。富山県を中心に石川県、福井県の北陸地方の民謡が紹介された。全国的に有名な「越中おわら節」や「こきりこ節」「山中節」など、この地方はまさに民謡の宝庫と言えそうだ。今日演奏された曲目は越中おわら節/加賀ハイヤ節/三国節/五箇山追分/チューリップ乙女といちんさ節/能登麦屋節/麦屋節/お小夜節/こきりここきりこ節/月見ル君思フ/山中節/帆柱起こし音頭なかでも全国的に郷土芸能の実力校として知られる南砺平高校郷土芸能部の「こきりこ」などが特に印象に残った。南砺平高校郷土芸能部五箇山民謡民謡魂ふるさとの唄~富山県砺波市より~

  • 熊本の風景今昔 ~ 一日亭の夢の跡 ~

    ここは熊本城二の丸の国立病院機構熊本医療センター附属看護学校である。この地は古城の上段にあり、江戸期には熊本城二の丸重臣屋敷地で、江戸後期、ここには「一日亭」と呼ばれた熊本藩主細川氏の筆頭家老八代松井氏の下屋敷=御茶屋として細川藩主家をもてなす迎賓館としての機能を持っていた。明治4年7月の廃藩置県及び鎮西鎮台設置により八代松井氏の熊本城内屋敷からの退去下城と「一日亭」の解体が行われる。解体された「一日亭」は、坪井立町の三浦栄次という人物に払い下げられ、三浦は「一日亭」を新堀町に移築、「一日亭」の名前のままで営業を続けた。また、この地に設置された鎮西鎮台病院は、その後、衛戍病院、熊本第一陸軍病院を経て終戦を迎える。戦後の昭和20年12月には厚生省に移管され国立熊本病院として発足する。平成16年には国立病院機...熊本の風景今昔~一日亭の夢の跡~

  • 少女と紅梅

    今日は節分。加藤神社の節分祭へ。「厄除け虎くぐり」をした後、本殿に参拝しお祓いを受けて福豆をいただいた。お母さんに連れられて来ていた2歳くらいの小さな女の子が何度も虎くぐりをする姿が可愛らしく癒された。その後、護国神社の紅梅の咲き具合を見に行ったのだが、今年は例年より開花が遅いようだ。毎年最も早く開花する木も開いているのは5~6輪にとどまっている。あと数日で一斉に咲き始めるだろう。熊本城マラソンが行われる19日あたりが見ごろになると思われる。少女と紅梅

  • 宇土櫓石垣復旧 工法見直し

    今日の熊日朝刊の「宇土櫓石垣復旧工法見直し」という記事が目を引いた。そして「やっぱりな…」と思った。昨年9月、熊本市は熊本城宇土櫓石垣の復旧について「はばき状石垣のコンクリート工法」による復旧で検討を進める方針であることを熊日紙が伝えた。それを読んで、「はばき石垣」で修復する方が現実的なのかもしれないが、あの宇土櫓石垣の美しい曲線の美観が損なわれはしないかとブログに書いた。「はばき石垣」というのは地震で膨らみなどの変化が表れた石垣の外側にさらに石垣をかぶせるように築いて安定させる工法のことだ。江戸時代から何度も地震に見舞われた熊本城には「はばき石垣」で修復した石垣が何ヶ所もある。例えば下の「櫨方三階櫓跡(現加藤神社)」の石垣などである。やはり、熊本城修復検討委員会の中でも美観を損なうことを懸念する意見も出...宇土櫓石垣復旧工法見直し

  • 戻りにゃ本土瀬戸徒歩わたり

    今日、NHKのローカルニュースで、天草市の本渡道路(天草未来大橋)が完成間近だと言っていた。FBに「市政だより天草」の紹介があったので最新号を天草市のサイトで見てみたら次のように書かれていた。熊本都市圏と県内主要都市を90分で結ぶ「90分構想」の実現などを目的に進められている熊本天草幹線道路。この区間の一つとして、平成25年に着手した本渡道路(天草未来大橋)と、それにつながる本渡令和橋が2月25日に開通します。天草上島と下島をつなぐ新しい橋として多方面での効果が期待されています。かつて天草市の本渡には仕事で度々、上島と下島を結ぶ天草瀬戸大橋を渡った。熊本天草幹線道路が完成すれば熊本から行きやすくなる。ところで天草と言えば「牛深ハイヤ節」だが、この唄の象徴的な長囃子に〽エーサ牛深三度行きゃ三度裸鍋釜(なべか...戻りにゃ本土瀬戸徒歩わたり

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