ストーカーに苦しみながらも明るく前向きな女の子のお話です。一緒に考え悩み笑っていただければ幸いです。
褒めると気を好くして図に乗るタイプなので お叱りのレスはご遠慮願います。 社交辞令・お世辞・甘言は大好物です。 甘やかして太らせてからお召し上がり下さい。
その足で仮住まいにしていた喫茶店に行き荷物を纏めた。姉さんの処から持ってきた鞄と片付けた荷物を詰めた段ボール箱を抱えて、土管山の公園に向かう。土管山の公園とは、人が通れるくらいの土管の上に残土を盛って全面を滑り台にした遊具が鎮座する公園である。土管山以外には半分埋めた古タイヤくらいしかない雑草生い茂る公園で、当然に人気(にんき)は無くだから何時も人気(ひとけ)が無かった。『僕』も、傍を通ることはあっても中に入るのはこれが初めてだった。人目を憚る『僕』にはお誂えの公園。とりあえず土管の中に荷物を降ろし、水道で顏と手を洗う。家には帰りたくなかった。しかし兄さんの関係以外で泊まれる処は無かった。夜に休める場所がない。初めての経験だった。膝を抱え一睡もできずに朝を迎え、そのまま昼すぎまで土管の中に蹲っていた。腹が減った...■鉄の匂い133■
正体が銃だと判った途端、それは更に重く感じられた。部屋の中は一気に油臭くなった。姉さんは台所に走り台拭きを取ってきた。短銃を汚いモノを掴む様に台拭きで包んで紙袋に戻すと台拭きをゴミ箱に投げ入れた。「不良くんはなんて言ってこれを良ちゃんに渡したの?なんかいつもと違う話をしなかった?」肩で大きく息をしながら姉さんは紙袋を凝視した。その声は震えていた。「どうして?どうして良ちゃんに」『僕』は瞬時に全てが理解できた。明日からの仕事がどんなものなのか。兄さんはその仕事の内容を知っている。でも断ることはできない立場にある。だから何処かに行ってしまったのだ。「良ちゃん、いいこと?よく聞いて。明日、有賀さんの処に行っては駄目。良ちゃんは何も見てない。良ちゃんは、今日、不良くんと喧嘩別れして、それきりここへは来なくなるの」姉さん...■鉄の匂い132■
兄さんとの仕事は唐突に終わった。順調に集金できて、昼前に事務所に納金した日の帰り。定食屋で味の濃い惣菜を宛(あ)てにビールを飲んでいた兄さんから、入り口の上に設えられた三角の棚に載ったテレビを見ながら告げられた。「俺の手伝いは今日で最後だ」空になった兄さんのグラスにビールを注ぐ。「明日は9時に有賀の処へ行け。次の仕事は臭いが付く仕事だから捨てて帰れる服を着て行く様に」『僕』は黙ってどんぶり飯を掻きこみ、これからの過酷な仕事を想像した。が。社会の最底辺を相手にしてきたと思っていた『僕』には、これ以下の仕事というのは想像がつかなかった。「着替えを忘れるなよ。裸で帰ることになるからな」兄さんはテレビから目を離さなかった。飯を食い終わると、兄さんは早足にゲーセンへ行き、蝶ネクタイの店員に耳打ちして渋紙の袋を持ってこさせ...■鉄の匂い131■
問題なく廻れて昼前に終わる日もあれば、逃げた奴を追っかけて終電過ぎても帰れない日もあった。朝。事務所に寄り、符丁で書かれた帳簿からその日集金する先と額を手帳に書き写し、兄貴分から認めのサインをもらう。それぞれの客の立ち回り先は判っているので、後は新聞配達の様に一軒一軒廻っていくだけ。長い自慢話をする奴を気持ちよく切り上げさせ、居留守を使う奴は乗り込んで家捜し。金が無い女はパチンコ屋のトイレで客を取らせて尺らせる。金の無い男もパチンコ屋のトイレで客を取らせて尺らせる。1円たりとも負けることはないし、一日たりとて遅延させることもない。集金が完了したら事務所に戻り、兄貴分に手提げの中の金を勘定してもらう。写した手帳の頁を破いて渡し、交換に小遣いと称した日当を受け取ったら業務は完了。昼前なら一膳飯屋に昼飯を食いに行き、...■鉄の匂い130■
先生より少し面倒なのが、引き籠りなのに借金まみれのギャンブル中毒や、成人なのに無職で実家暮らしの脛齧りだ。引き籠りは基本収入がなく借金の自転車操業なので、パンクを見極めないとババを引く羽目になる。脛齧りも働いて得てる金ではないので、金離れが良い処に騙されていると掴まされるのは此方もババ。何方も親が見放したら其処までだ。これにもパターンがあって、引き籠りは払いが滞ったら躊躇なくぶん殴って躾ける。脛齧りの場合は、親同伴三者会談の場で逆に『僕』が殴られる。自分の子供の責で他人が殴られてる様を見せつけ、親の同情と動揺を誘うのだ。そもそもが犯罪行為なので払う必要などなく、警察に駆け込めば済む話なのだが、しかし目の前で誰かが殴られていて自分の判断でそれを止められるなら金を払ってしまうのがこの手の親。その甘い判断が子供を脛齧...■鉄の匂い129■
客に信用させ、安心させ、懐に入る。騙す気を失せさせ、次回に期待させ、今回の負けを納得させる。勝てると思っていた客から負けた金を回収するのは並大抵の苦労ではなかった。入金があると見越して購入したが目論見が外れて期日に金が揃わない客。言った言わない聞き間違いだとゴネて払いを免れようとする客。金は無いと開き直りそれでも取り立てるなら貸金業法違反で訴えると騒ぐ客。そもそもノミ行為は違法だからと能書きを垂れる客。開き直って逃げる客。其奴等から、手を変え品を変え、脅し賺し宥め煽てて集金するのだ。前に付いて廻った時は外での見張りだったので、客とどんな会話をしてどんな鬩ぎ合いが繰り広げられていたのか知らなかった。が、今回は現場で実地の研修だ。血生臭い修羅を毎日目の当たりにすることになった。それでも、病院や学校の先生や弁護士税理...■鉄の匂い128■
さて。半年間、虎の威を借り謳歌してきた『僕』は、次の厳しい職場に馴染む為のリハビリとして、暫く兄さんの鞄持ちに戻ることになった。朝早くから出ることもあれば昼過ぎまで寝ていることもある自堕落な上司。突然呼び出され跳び出していくこともあれば、約束の時間に相手が揃わずすっぽかしを食うこともある不規則な勤務。兄さんの仕事は闇競馬の掛け金の集金で、いわゆるノミ行為の末端だった。胴元であるヤクザが電話で注文を受けて不正規の馬券を販売する。その購入金を後(のち)に回収して廻るのが主な仕事だ。日本中央競馬会は、売り上げから賞金や開催に掛かる人件費や設備費などの経費、中央官庁の顔色を窺う上納金などで2割5分ほど抜かれた残りを、購入者への配当にする。ヤクザにも納め所は違えど上納金はあるが、賞金と開催費は掛からない。だから、正規馬券...■鉄の匂い127■
皆が『僕』を畏れ『僕』に敬意を払う。『僕』に悪事が知れると親方に伝わり、制裁を受けることになるからだ。皆が『僕』を嫌い『僕』と距離を取る。しかし無視することは出来ず牽制しながらもそれなりの礼儀は尽す。もう『僕』は皆の仲間ではなく、皆の下っ端ではなくなった。初めての体験だった。この地位が。この立場が。この優勢が。公園に集合しなくても直で職場入りできる。時給ではなく月給なので時間に縛られない。『僕』に命令できるのは親方だけ。八つ当たりされることなく、理不尽に搾取されることもなく、浚渫船の上では誰よりも偉かった。この急激な状況の変化は、もともと『僕』の中に鬱憤していた狂気を開花させた。踏み外せば何処までも落ちていく危うい天国を満喫する。いつも誰かが隙を伺っている束の間の極楽を堪能する。頭の中が痺れて、正しい判断が出来...■鉄の匂い126■
コロッケは、簡単に見えてでも実に手間が掛かる料理のひとつだ。特に素材や味に拘りでもない限り、掛かる手間に見合う惣菜なのかは甚だ疑問だ。『僕』は、姉ちゃんが揚げているのを何度も見ていたから知っている。茹でたジャガイモは熱いうちに潰さなければならないし、同時に玉ねぎも刻んで炒めてひき肉と合わせておかなければならない。こうして作ったタネも粗熱が取れるまで間が必要だし、更に小判型に纏めなければならない。衣だって溶き卵とパン粉は、くぐらせることができるくらいの量が必要だから使い切るのは難しいし、揚げる油だって処分には面倒な一手間が掛かる。肉屋で買ってくれば一個40円(当時)だというのにだ。そんな面倒な料理をつくってくれるなら、それはきっと良い人だろう。少なくとも、手間を惜しまない勤勉な人だろう。でも、なんで姉さんがまだ見...■鉄の匂い125■
それでも。親しい友人が殺害されたことや、その犯人が友人にも『僕』にも近しい人間だったことにはショックを隠せなかった。処罰を執行したのも友人と『僕』に近しい親方だったことにも動揺したし、その処罰も死刑だったことが、『僕』をなかなかに冷めさせなかった。仲間内に殺害被害者と殺害加害者がそれぞれ2人づつ居る。その一部始終を知った上で、殺害加害者の下で働き続ける『僕』。中学生が興奮するには充分な事件だった。姉さんは敏感に『僕』の高揚を察知した。『僕』がなにかしらの事件に巻き込まれ常軌を逸したことを感じ取った。「良ちゃん、悪いものを見ちゃったのね」姉さんはとても悲しそうだった。「人はね、悪いものを見ると悪いものに慣れて悪い方に落ちてしまうの。悪い方に落ちていくのは簡単なことで、とても楽な道なの。でも、楽で簡単な人生は、取り...■鉄の匂い124■
犯人は親方の配下ふたりに取り押さえられながら激しく抵抗した。が、遂に冤罪は訴えなかった。それは無言の犯行自供だった。親方は、カイキンの家から持ってきた水色のビニール袋を『僕』の目の前で犯人に被せて口を縛った。直ぐにビニール袋の中は白く曇り、藻掻く犯人の表情は分からなくなったが、数分のうちにしょんべんを漏らしぐったり動かなくなった。しょんべんを漏らした姿は過去の自分を思い出させられて嫌な気分がしたが、仇を取るのを見届けた高揚が全てに勝(まさ)った。犯人は、衣服を剥ぎ取られ麻紐でブロックの重しを首に巻かれ、浚渫船から河の中程に投げ捨てられた。「大丈夫すかね?ガス溜まって上がってきたりしやしませんかね?」犯人を蹴り落とした配下が、ぶくぶく泡立つ水面を覗きながら言った。しょんべんでぐっしょり重い衣類も、頭に被せたビニー...■鉄の匂い123■
カイキンの死は自殺として処理され、簡素ではあるが親方が喪主となって葬儀が行われた。安置場所は王子の公園の植え込みの中ではなく、河川敷にある浚渫作業所の事務所。遺族や身寄りも居ないカイキンの告別式は無人で、同日、荼毘に付された。立ち会ったのは、親方と『僕』のふたりだけだった。びっくりしたことに、こういった突然の人の死にも対応できる様にと、事務所の倉庫にはワンタッチ組み立て式の棺桶が準備されていた。床面積分の置き場所があれば保管できる、厚み10センチ程に畳める布張りの棺で、値段もお手頃2万円。納骨用の骨壺も、8寸以上は値が張るので7寸の桐箱無し。骨壺カバーの友禅覆も、房付でなんと4千円弱だ。焼かれる前の最後の対面で、『僕』はカイキンが好きだったおでんの大根を紙皿に盛って胸の上に置いてやった。焼きあがったカイキンの骨...■鉄の匂い122■
茣蓙の下の土は既に掘られて穴が空いていた。水色のビニール袋も段ボール紙も風呂敷もあったが、札束だけはひとつもなかった。カイキンが別の場所に隠し直したのかもと思い、他に埋めた形跡が無いか探したが、何処にもそれらしい跡は見つからなかった。シートを捲って外に出て辺りを探すと、千円札が一枚、半分千切れて枝に掛かっていた。丈夫で滅多なことでは破けない筈の日本銀行券が、余程の力が加わったのだろう百舌鳥の早贄宜しく枝に刺さっている。手に取らずともすぐ判った。これはカイキンの金だ。誰かがカイキンの金を持ち出して、慌てて一枚残していったのだ。足元を見ると、軟らかい黒土の上に、カイキンと『僕』以外にもうひとつ、深く刻まれた靴跡が残っていた。『僕』とカイキンを含め浚渫作業に携わる者皆が履いている、支給品の安全靴の跡だった。カイキンは...■鉄の匂い121■
ビニール袋の中からは、段ボールに巻かれて更に風呂敷に包まれた札束が出てきた。しわくちゃでボロボロの千円札がたぶん100枚単位で輪ゴムで縛られた札束だった。通常なら100枚で厚さ1センチくらいな処が、水に浸かったりでふやけた千円札は倍の2センチあった。角が擦り切れ折り目で千切れそうな札束を、丁寧に向きを揃えて並べて喜ぶカイキン。浚渫と廃品回収で得た収入から、毎日千円づつ貯めてきたのだそうな。札束は15個なので、ざっと1,500日分4年間の結晶だ。それを『僕』の方に押しやり、子供の様にはしゃぐ。意外の連続で面喰ってる『僕』に、カイキンが恥ずかしそうに説明を始めた。自分は、天涯孤独で身寄りが無いこと。働けなくなった時のことを考え、150万円の貯金をしたこと。でももし自分が急に死んだら、この金は誰の手に渡るか分からない...■鉄の匂い120■
毎日出てきて毎日事故に遭わず毎日ヤサに帰って行く人間は珍しくて貴重だった。連日稼働しなお問題を起こさない人は人員配備の予定計画も立てやすい。ので、験を担ぐ手配師連中も皆勤を仕事の能力とは別に考え優遇した。その優遇された雇われ人の中にカイキンと呼ばれるお爺ちゃんが居た。カイキンは一日も休まない皆勤から付けられた仇名だ。休まないけど、お爺ちゃんなので一人工(いちにんく)は熟せなかった。人工とは、作業に関わる専門職の仕事量の単位で、例えば二人工なら1人の作業員が2日掛かる仕事量になる。ヘドロの中から自転車やテレビを引っ張り出すのは、年寄りにはキツい過酷な作業だ。カイキンは半人工も担当できていないし、なんなら傍の数人が手伝ったり替わりにやってやらなきゃなので、その仕事量はある意味足を引っ張っている感すらあった。それでも...■鉄の匂い119■
姉さんはいつも明るかった。姉さんはいつも優しかった。姉さんはいつも元気だった。時にはそれが救いになることもあったが、鬱陶しくて堪らない時もあった。毎日お弁当をつくってもらい洗濯をしてもらい時には晩御飯まで食べさせてもらっていたので、毎日の稼ぎから1,000円づつを貯めた3万円を銀行の封筒にいれて姉さんに持って行った。突っ返されることを覚悟して差し出すと、意外や姉さんは笑いながら「へぇ。大人みたいなことするのね。3,200円のうちから1,000円も貯めてたんだ。ありがと」と、喜んでくれた。生意気なことしなくていいと、受け取ってはもらえまいと、そう思ってたのだが、姉さんはとてもとても喜んでくれて、そんなにも喜んでもらえることができた自分が無性に嬉しくなった。この金は『僕』の為に貯金しててくれてたことが後(のち)に分...■鉄の匂い118■
メンバーはころころと変わった。新入りは挙動ですぐ判る。周囲を警戒し目立つことを嫌う者や、妙に明るく虚勢を張っている者。古株に諭されたりシメられたりして、徐々に馴染んでいく。一方、退出者の消え方は様々だった。失踪後にヤクザが訪ねてきたり、親方に首掴まれてったきりだったり。何れも、居なくなったっても暫くしないと気づいてもらえない者ばかりだった。長野から出てきた兄妹も数回顔を合わせただけで何時の間にか居なくなっていた。履歴書を出せない人や逃亡中の人、己を律せない人や自暴で自棄してる人しか居ないのだから、それもまた当然だった。むしろその入れ替わりの激しさを望んで、人付き合いの苦手な人や素性を探られたくない人が吹き溜まった職場だった。『僕』自身も家出中の身で親の承諾なく雇ってもらってる身なので、去る人来る人とのこの距離感...■鉄の匂い117■
金目のものを見つけられなくても、泥を掻いてさえいれば時給は貰えた。時給は大人でも子供でも一律一時間400円だった。7時から拘束されるが河までの移動に時給はなく、賃金が発生するのは作業開始の8時から退船する明け方の4時までだけだった。ぶっとおしで8時間働くと、現金3,200円と飯チケと呼ばれる食事券が支給される。8時間も休みなく腰に負担が掛かる掻き出し作業をしても、貰える賃金はたった3,200円な訳だから、勿論だけど割には合わない。のだが。まともに雇ってもらえない人間には、それでも日々の現金収入はありがたかった。人目を憚る輩にとっては、夜の船上作業というのも言葉通りに渡りに船。しかも一食だけど賄い付き。行き付けの飲食店から足がつくのは良くある話で、これもだから好都合な好待遇。作業終了時は暗がりの4時。軽トラでケイ...■鉄の匂い116■
「そっちじゃねえバカ。戻って来いクズ。河に落ちんぞコラ」オッサンの声に、一足先がもう河であることに気付かされた。踏み固められた獣道を、前を歩く人だけを頼りに恐る恐る進む。中に数人慣れている者が居るらしく、列は幾つかの集団になっていた。細い隘路から更地に出ると人がバラけた。開けた暗がりの河川には何やら黒い大きなものがぼんやりと見えた。古タイヤを介して岸に繋がれた大きなものは、長方形の船だった。舳先や操舵室もない、キャラメルの箱の様な船。胸倉を引っ張られ背中を蹴飛ばされ、不安定に跳ねる足場板を渡って乗り移る。『僕』が最後だったらしく、足場板が外されるとオッサンの掛け声でエンジンが掛かり、大きなものはブルブル震えながら河を進み始めた。時折喘息の様に変わるエンジンは、減速した後れを取り戻すかの様に甲高く響いて加速した。...■鉄の匂い115■
「有賀さんの紹介ですか?」話し掛けてきたのは少女の方だった。頷くと、少年も話し掛けてきた。「何処から来たんですか?僕ら長野からで、もう半年になるんです」ふたりは兄妹で、兄は14妹は12だった。家系図は複雑で、兄は父親の前妻の連れ子、妹は母親の連れ子で無戸籍。新宿で有賀さんに拾われ今は有賀さんが管理するアパートに匿ってもらい、有賀さんが斡す仕事で生計を立てていた。兄の父親は無職の酒乱でギャンブル好き、母も自分らも痣や創傷が絶えなかったこと。兄の母親は1年前に事故で亡くなったが、父親は悲しむ処か急に金回りが良くなったこと。妹の母親も家事をしない女で、不倫相手を強請って得た金で終日パチンコをしていたこと。妹の父親と兄の母親はほぼ同時期に亡くなっており、その前にもう二人は交際していたこと。兄は継母から、妹は継父から、兄...■鉄の匂い114■
そんな『僕』に仕事を紹介してくれたのは、兄さんの知り合いの有賀さんだった。有賀さんは、建築現場の日雇い労務者の調達を生業とする手配師だった。表の顏では駅や公園でホームレスに雑用や簡易作業を斡旋していたが、裏の顏では正業に就けない事情のある人間にそれなりの危険を斡旋する人買いだった。勿論、中学一年生で親の許可が無い『僕』が紹介されるのは裏の顏での裏の職。夜7時。指定された公園に行くと、そこに居たのは廃材を突っ込んだ一斗缶の焚火に当たる浮浪者たちだった。全員が同時にこっちを伺い、全員が同時に『僕』に背を向けた。不気味さと臭さで近づくことが出来ず、公園の入り口で有賀さんを待つ。約束の時間になると、幌を掛けた軽トラがバックで公園に入ってきた。荷台から飛び降りてきたのは肋骨の下からが異様に膨らんだ短足のオヤジだった。出っ...■鉄の匂い113■
たまに学校をサボって、兄さんの仕事に付いていった。兄さんの仕事は集金だ。兄さんには背中が賑やかな知り合いが多く、その知り合いから渡される集金袋を振り回しながら医者や弁護士先生の処を廻るのだ。連れていってはもらえたが、集金する場には入れてもらえず見張りを命じられ外で待たされた。仕事のない日の兄さんは、溜まり場になっている友人宅を訪ね、屯している友人と麻雀を打つ。その脇でビールを注いだり出前の注文を捌いたり煙草を買いに行ったりするのが『僕』の役目だった。兄さんの友人は皆優しい人ばかりで、ちょっとテーブルを拭いただけでも小遣いをくれた。買い物も、煙草一つに千円札を寄越しお釣りは駄賃だと言い受けとらない。学校よりもお供の方が楽しくなり、『僕』は学校にまったく行かなくなり、連日兄さんに付いて廻る様になった。しばらくすると...■鉄の匂い112■
それでもこの女は辛抱強く『僕』を諭し続けた。頭ごなしに押し付けず、反論や疑問を受け付けながら。強要しない大人を見たのは初めてだった。強要するは利益を求めているからだ。強要しないのは『僕』を騙してないからだ。もしかしたらこの世の中にも良い人は居るのかもしれない。もしかしたらその良い人に巡り合う日が来たのかもしれない。最初はセンパイと呼んでいた不良を、いつのまにか兄さんと呼ぶようになり、女呼ばわりを改め姉さんに。兄さんは中3だけど2回落第してるので、中1の『僕』の4つ上だった。姉さんは兄さんより更に3つ上で、高校を中退してスナックで働いていた。水商売の女性を始めて間近で見たのが姉さんだった。仕事前の化粧っ気のない姉さんは、明るく優しく家庭的だった。仕事に行く化粧をした姉さんは、それまでとは打って変わって婀娜っぽく情...■鉄の匂い111■
「ごめんねびっくりしたでしょ。うちのひとっていつもこうなのよね。なんにも説明しない人なの。だから気にしないでね」女は不良を扇ぎながら話し掛けてきた。「殴られると思った?思うよね黙って連れて来られたら誰だってそりゃ思うよね。あははははは」女は終始ご機嫌だった。「この人ね。不良は不良なんだけど、そんなに悪い人でもないのよ。良ちゃんのこと気に入っててね。いつもお腹空かせてるからなんか食べさせてやりたいって、今日呼んだのよ」いつのまにか『僕』は良ちゃんと呼ばれていた。「暑いから食欲ないかなって思って素麺と酢豚にしたんだけど、なんかリクエストあるなら言ってちょうだいね。すぐ作ったげる」なぜこの女は『僕』にこんなに馴れ馴れしいんだろう。初対面なのに。「ごめーん自己紹もしてないのに面喰っちゃうよね。あたしはこの不良君のカ・ノ...■鉄の匂い110■
この不良は、バカトップの兄の下で不良仲間の全てを仕切っていた三番手だった。上のバカが出すバカな上意を巧みに緩和して下達することで、激高し易い下のバカをコントロールし服従させていた。バカ不良共は三番手に恭順していたのであって、バカ兄に忍従していたのではなかった。なのでバカ兄弟とカスの突然の失踪も統制に然したる影響はなく、疎まれていた目の上のタンコブが治癒した感すら伺えた。その有能な三番手が家まで迎えに来たのだ。『僕』はある覚悟を決めていた。バカ兄弟とカスを刺したアイスピックを隠し持ち、人気(ひとけ)のない場所を通るごとに実行が可能かを頭の中でシミュレーションしながら歩いた。三番手は一度も振り返らず一言も発しず歩き続けた。後ろから襲われる警戒など微塵も見せず。クンロクかますのに丁度よい路地や、ボコるのに適した空き地...■鉄の匂い109■
「ブログリーダー」を活用して、いちたすにはさんをフォローしませんか?
指定した記事をブログ村の中で非表示にしたり、削除したりできます。非表示の場合は、再度表示に戻せます。
画像が取得されていないときは、ブログ側にOGP(メタタグ)の設置が必要になる場合があります。