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甲子大黒天本山のブログ https://onogawa-daikokuten.jp/

ブログで仏教的な生き方を模索しています。日々、大切にしていきたいことを書いています。

副山主
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住所
米沢市
出身
米沢市
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2008/09/28

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  • 賢者の生活

    賢者は外に幸福を求めることがありません。外に求めることは自分の幸福に条件をつけることになります。資産が1億円なければ幸せではない、部長に昇進できなければ幸せではない、子供が早く結婚し孫の顔を見せてくれなければ幸せではない、様々あると思いますが、達成できるかどうか分からない目標を幸福の条件としてしまうと、達成できない現状は幸せではないことになってしまいます。また、多くの場合においてこのような幸福の条件を求める人はいても、努力と忍耐によって何としても達成しようとする人は少ないものです。多くの人にとっては願望であって、いつまでも遠いところにあるものです。 考えてみれば、こうして生きているだけでも奇跡…

  • 仏教的経営のすすめ

    昨年逝去された稲盛和夫氏は自らの経営に利他の精神をもって臨みました。大河ドラマになった渋沢栄一氏は論語の精神を経営に活かし、他にも偉業を為した経営者の多くが経営哲学や生き方として仏教などの思想を体現することで成功されたと思うのです。そのポイントは、いかに自らの欲を抑えるかということです。 経営者であれば儲けたい、楽をしたい、有名になりたいなど様々な欲が生まれるものです。ですが、そういった欲に飲まれてしまうと、破滅へとつながってしまいます。どのような仕事であれ、自らを抑えて顧客、取引先、社員、社会を優先することで、正しい仕事ができます。そのためには古来より人々を支えてきた思想を学び実践することが…

  • 不自然な社会

    健康に不安があれば病院で診てもらえばいい、喧嘩をしたら素直に謝ればいい、問題があれば解決すればいい。何事もシンプルで簡単なのに、それをわざわざ複雑にするのが人間というものです。あたりまえのことを、あたりまえにおこなえば不安も苦悩もなくなります。人間は自然な状態を維持できれば幸せなのです。ところが、現代社会は不自然なものが横行しています。 たとえば食事は添加物が盛りだくさんのものがたくさんあります。教育も本来の徳目が失われ時流に便乗した教科が次々に登場しています。会社や地域でも年長者による指導が難しくなり、世代間のギャップは埋めがたくなっています。家庭でも協調よりも個性が重視され、同じ屋根の下で…

  • 一意専念

    一意専念という言葉がありますが、何事においてもひとつのことに集中して臨みたいものです。現代は様々な選択肢があります。しかも、そのどちらが良いのか、やってみなければ分からないものが多く、結果が分かるまで時間がかかることもあります。そのため、たとえひとつを選んだとても、はたして自分の決断が正しかったのか不安になることもあります。 心が定まらない状態で頑張っても、なかなか成果はあがらないものです。そのためますます不安になり効率も集中力も落ち結果は遠のくばかりです。私はどちらを選ぶかよりも、選んだものを「これで間違いないと」信じ結果が得られるまで頑張ることです。そのためには、まず自分を信じることです。…

  • 幸・不幸の原因

    この世界には4つのタイプがあると思っています。1、自分の幸せの理由が分かっているタイプ2、自分の幸せの理由が分かっていないタイプ3、自分の不幸の理由が分かっているタイプ4、自分の不幸の原因が分かっていないタイプ 幸福の理由が分かっている人はいつまでも、その幸福を持続することができます。幸福の理由が分かっていない人は、現在たまたま幸福なのであって、幸福・不幸の波に翻弄されます。不幸の理由が分かっている人は、その不幸から抜け出すことができます。不幸の理由が分かっていない人は、いつまでもその不幸が続くことになります。 現在の幸・不幸の原因や対処が分かっているならば、幸福を持続させ不幸を回避することが…

  • 共通の常識感覚

    テレビ「ノンレムの窓」で代行社会を見ました。代行業が普及した社会でプロポーズもお互いに代理人に頼み、結婚の挨拶でも本人達も両親もみな代理人だったというストーリーです。現在でも会社を辞める時など前日まで普通に働いていて、突然代理人が来て退職の処理をするということを聞きます。たしかに会社を辞めるということは気まずいかもしれませんが、ご縁があり働いてきた会社であり、お世話になった会社なのですから、相応に礼節を尽くすべきなのです。 面倒なことがどれだけできるかが大人の条件ともいえます。嫌だから嘘をつく、誰かに頼む、知らないふりをする、いずれも良識ある大人の行動とはいえません。面倒なことや嫌なことが成長…

  • 恐れることはなく

    パトカーを見ると何故か緊張してしまいます。何も悪いことをしているわけではないので、堂々としていれば良いのですが、条件反射のように気まずい思いをしてしまいます。人生においても善く生活していれば、何も恐れる必要はないのです。生きていれば不安や自己嫌悪が伴いますが、そういったものに翻弄される必要はありません。堂々としていれば良いのです。 杞憂という言葉がありますが、善き生活をしている人はあまり心配をする必要はないのです。この世界は因果応報です。悪き種をまかなければ、悪しき実はつかないのです。大切なことは善悪の種を見極めることです。悪しき種をまきながら、そのことを知らずにいれば原因の分からないトラブル…

  • 成人の日に

    成人の日がありましたが、その歴史は浅く昭和になってから始まったようです。さらに昔であれば元服という儀式もありましたが、大人になる儀式は世界中にあるようです。近年の成人式はヤンチャな衣装で暴れる姿が報道されますが、少数派だからこそ目立つのでしょう。もっと大人としての自覚や責任に目を向けた報道をしてほしいものです。 人に成ると書いて成人です。私達はありがたくも人として生を受けましたが、まずは生存本能でのみ生きる存在でした。そこから教育を受けることで、本能や欲望を抑えて正しい判断や行動ができるようになっていきます。成人とは、一人でも自らを律して生活できるようになることであり、社会や周囲に対して貢献で…

  • 新春に

    新年あけまして、おめでとうございます。新年を迎えると厳かな気持ちとなり、希望に満ちた想いで今年一年頑張ろうと思います。その気持ちをいつまでも見失うことなく精進したいと思います。今年もご愛読ください。 人生、苦あれば楽ありといいますが、どちらも選り好みすることなく、存分に楽しむことで、より豊かな人生を歩むための栄養になるのではないかと思うのです。苦の時は不平不満ではなく、前向きに歩むこと。楽の時は傲慢ではなく、感謝の気持ちで歩むこと。おだやかに安定した生活とは苦楽に翻弄されない生活だと思うのです。 苦楽は避けることのできないものであり、どちらかだけということはなく、けして平等ではないかもしれませ…

  • 一年の速さよりも重さを考える

    師走も大詰めあっという間の一年でした。肌寒くなってからの2か月間は特に早かったように感じます。ですが、一年の速さよりも一年の重さを考えたいと思います。一日一日が大切なのですが、忙しく過ぎ去ってしまう一日について考えるのは難しいように思います。やりくりしても30分~60分ほど自分の時間を作ることができれば良いほうです。ですが、一日30分×365日になれば182時間と30分の時間になります。これだけの時間があれば、どんなことでもできるのではないでしょうか。 忙しく時間がないのが現代人ですが、多忙に屈することなく自分の時間を作り、そこから自分の人生を作っていなければなりません。大切なことは、たとえわ…

  • シンプルな言葉のなかに

    七仏通戒偈の一節に自浄其意という言葉があります。自分の心(意)を浄めなさいという教えです。私達の心は野原のようなもので何もしなければ次々に雑草が生えるかのように雑念が生まれてくるものです。その雑念が心のなかで繁殖してしまうと何も見えなくなってしまいます。そのため正しい思考や判断ができなくなってしまうのです。 参拝は心を浄めるという意義もあります。非日常の世界に身を置くことで、日常生活のなかで繁殖した雑念を払うことができます。心を整理整頓することで、今まで雑念で見えなくなっていたものに気づくことができるのです。雑念の根っこは簡単に取り除くことはできないので、つねに生えてきた雑念を刈り取りながら根…

  • これからの生活

    まもなくクリスマスですが、日本人にとっても待ちに待ったイベントです。仏教も儒教も外来の宗教でした。それが日本に伝えられそれぞれに定着していきました。日本古来の神道も外来の宗教と争うことなく今日まで続いています。この日本人の宗教への寛容性は素晴らしい徳性だと思うのです。すべての宗教を敬い生活のなかで融合しているのです。 アジアは多神教であり、様々な宗教が共存しています。森の宗教とも呼ばれ、豊かな土地の宗教は寛容な性質を持つといわれます。対して砂漠の宗教は厳しい環境で生きていくために寛容よりも厳格さを持つといわれます。生活環境により宗教の性質も変わるものです。これから世界はますます厳しい環境にさら…

  • 癸卯の意味と心得 令和5年(2023年)

    令和五年は【癸卯 みずのと う】の年です。【癸】はもともと「はかる」という意味であり、測るための基準や道筋という意味に変わっていきました。季節は十干の最後であることから冬を表し、草や葉がなくなり見通しが良くなることで、今まで見えなかったものが現われる年でもあります。それは次の十年に向けた新たなる課題でもあります。その課題解決に向け道筋をつけていかなければならない年となります。 【卯】は門を開いた形であり、天門が開いて万物が繁栄する年です。門の先にある新たなる世界は未開であり、開拓していかなければなりません。競争も激しくなりますが、全体的には活性化する年になります。競争に流されないよう、自分なり…

  • 新たなる心

    植物は根から栄養を吸収し成長していきます。私達人間も栄養を吸収し成長していかなければなりません。体については適切な食事、運動、睡眠などで成長していきます。大切なのは心の成長だと思うのです。体と比べれば見えるものではなく、方法も複雑なため体ほど誰しも平等に成長していくことはありません。どのような栄養を吸収すれば良いのか考えなければなりません。 体と同じくバランスの取れた栄養を心がけなければなりません。心といっても向上心、慈悲心、センス、道徳、教養など多岐にわたります。それぞれに備わったものもありますが、それ以上に磨く努力が欠かせません。大人になり心の成長を放置してしまうと、錆びついてしまいます。…

  • 冬将軍の到来に

    冬将軍が到来し、いよいよ除雪の季節となりました。当地においては、雪はあたりまえで11月から雪の準備はしていました。ですが、いざ降り積もる雪を見ていると気分は沈んでしまいます。ですが、いかに雪を恨んでも、どうしようもありません。雪も台風も地震も人間の力の及ぶものではありません。我々は自然の恩恵と脅威を受け取るしかできないのです。 地元では11月になると挨拶で雪が話題になります。今年はどうなるのか。皆さんそれぞれのことをおっしゃいますが、一様に雪が少ないことを願うのですが、たまに雪がなければ米沢ではないと、雪を嫌がらない人もいます。そういう人は雪が降り始めても、落ち込むことはないのでしょう。もしか…

  • 被爆国の道

    防衛費の増額が検討されているようですが、現在の経済危機にあって他の予算を削ったり増税してまで必要なのか考えさせられます。私は防衛費に予算を使うならば、国際貢献に使うべきだと思うのです。各国との関係を強化することで、日本に手を出したら世界中が黙っていないという雰囲気が大切です。 どこの地域や団体にも「あの人に頼まれたら」とか「あの人のためなら」という人がいると思います。義理人情があり、自分のことよりも全体や相手のために頑張っている人です。日本もそういう国にならなければなりません。今回のウクライナ侵攻も世界中の国々が団結することができれば、ロシアもあきらめるしかありません。各国に利害や思惑があるか…

  • 物事の根底にあるもの

    最近、どのような企画をおこなうかよりも、誰がおこなうかのほうが重要だと思うようになりました。その企画自体よりも、どれだけ責任をもって継続できるのか、どれだけ周囲が協力してくれるのか、こういった条件を満たす「人」のほうが大切なのです。どんなに素晴らしい企画でも、最初から順調に進むわけではありません。トラブルがあっても、思うような成果があがらなくても、途中で投げ出さない責任感や忍耐力が求められます。また、一人でできることは限られています。たくさんの人が協力してくれることで、より大きな企画となり、成功につながっていきます。 企画は未熟でもかまいません。正しく続けていけば、必要なものは自然とついてくる…

  • 単調な毎日のなかで

    NHKで料理番組をたまたま見ました。大根料理でしたが、基本的な調理から工夫まで短時間でよくまとめられていました。大根は一般的で基本的な食材だと思いますが、毎回の調理を見直してみると、いつもの味がさらに美味しくなるのかもしれません。同じ食材でも同じように調理し続ける人もいれば、テレビや本を参考に改良や工夫を重ねる人もいます。毎日のことであればあるほど創意工夫によって大きく違ってくるのではないかと思うのです。 日常生活の大半は同じことの繰り返しです。その同じことをいかに楽しめるのかによって、生活の豊かさが変わってくると思うのです。料理も工夫やアレンジですが、生活も人生も同じでありたった一度の人生を…

  • いつか必ず役に立つ

    サッカーワールドカップ日本代表の試合は惜しかったわけですが、あの試合を見て悔しいと思った子供たちが、次の新しい景色を見せてくれるのではないでしょうか。日本中が一体となり盛り上がった素晴らしいワールドカップでした。またサポーターの試合後のゴミ拾いも称賛されています。日本人の美徳を世界に知らしめた素晴らしい取り組みだと思います。 自然と公共の掃除ができるのは小学校から掃除をしているからだと思います。近年はお金を払っているのに、どうして掃除をさせるのかという愚かなクレームもあるそうですが、掃除も立派な教育であり何があっても続けてほしいと思います。同じように給食の給仕の経験があるからこそ、災害時の炊き…

  • すべてをかける

    「二本の矢を持つことなかれ」という言葉を知りました。失敗しても次があるという慢心と、この一本にすべてをかけるという覚悟を比べれば、数の優位など意味がなくなります。応援で練習のつもりでやれと聞いたことがあります。リラックスして臨めという意味なのでしょうが、緊張感も必要です。ひとつのことに、どれだけ集中して覚悟を決めることが大切だと思うのです。 私は筆を持つ仕事ですから、長いこと書道に通っていました。ですが、何枚も練習をして一枚の作品を作るよりも、毎回本番の朱印や御札を書いたほうが上達するように思います。「失敗してもいい、次がある」と思ってしまうと、なかなか上達しないものです。本人を目の前にして本…

  • 私のプライド

    中国ではゼロコロナ政策に対するデモが頻発しているようです。もう我慢の限界といったところでしょうか。中国政府もゼロコロナ政策の転換を示唆したようで、世界中に影響を与えている政策がどのように変わっていくのか、気になるところです。以前の中国ならば、デモに屈することなく制圧していたことでしょう。体面を重んじ、間違いを求めるようなことはありませんでした。 意地を張るから苦しくなるのです。素直に謝ってしまえば、間違いを認めてしまえば、すべてまるく収まるのに、それができない人が多いものです。時間が経つほど、できなくなりますから、とっさに反射的に非を認めることが大切ではないかと思うのです。宿題にして持ち帰るの…

  • 悲観的に考えて楽観的に

    当山の起源となる山岳信仰について学ぶため現地に足を運んでいますが、現在は跡地となっています。明治前後の廃仏毀釈によって、建物はすべて失われてしまい、難を逃れた仏像が当山に伝えられています。周辺の歴史を調べると同じように消失した寺院もあれば、建物はそのまま神社になったところもあります。今回参拝したところはいち早く神社になったことで、貴重なお堂や文化財が残されていました。 廃仏毀釈という日本における宗教弾圧のなかで、信仰を護るのか、本堂や文化財を護るのか。難しい判断だったと思います。何を大切にするのかという選択であり、正しい答えがある問題ではありません。どちらも失うものは大きく、苦渋の決断だったと…

  • 自分をアップデート

    サッカーワールドカップで強豪ドイツに勝った日本代表に日本中が歓喜したことでしょう。私の場合には熱烈ということはなく、勝ってほしいけれども、現実は厳しいかと思っていました。ですが、勝負というものは分からないものであり、先入観や固定観念に縛られてしまうと、正しい判断ができなくなってしまいます。相手を過剰評価しても、自分を過小評価してもいけないものです。 正しい評価というものは難しいものです。大切なことは「やってみなければ分からない」と考えることなのかもしれません。やる前からあきらめるよりも、勝負してみることです。経験してこそ、漠然とした思いを具体化するためにも経験が必要なのです。経験によって今の自…

  • コロナ禍の無常観

    なかなか終息しないまま第8波が到来しているようです。ある調査でコロナ禍における価値観の変化として無常観が増加もしくは定着したという結果がありました。現代の生活が意外と脆く儚いものであるという認識が強まったのではないかと思います。まさか未知のウイルスの流行が世界中で3年間も続くとは誰も思わなかったことです。 コロナ禍により今まで当たり前だったことが制限されるようになりました。不自由な生活を強いられ、生活や将来に対する不安も増大しました。無常感も増大するのは自然なことだと思うのですが、そもそもこの世界は無常なる世界なのです。人類は文明の発展によってそのことを忘れていただけなのです。 仏教は無常を根…

  • 探求型学習のその先へ

    あまり共感できませんが、小学校から探求型の学習が取り入れられています。私などはまず基礎学力をつけてからの探求であり、詰込みと非難する前に基礎を大切にするべきだと考えています。以前の論語の暗唱などは基礎だけではなく道徳にも通じ生涯の宝となる学習だったと思っています。ゆとり世代が非難され、新しい学習が取り入れられましたが、現在はまたゆとりに戻ってしまったような印象を受けます。 探求とは、自分なりの答えを導き出す能力だと思うのです。ところが、現代は安易な答えに安住している人が多いように思います。どうせ頑張ってもしかたない、もう私の居場所なんてどこにもない、何をやってもつまらない。これらの答えは安易す…

  • 熱意と準備

    私は何事も熱意と準備だと考えています。できる人ほど熱意があり陰ながらコツコツと準備をしています。そしてチャンスが巡ってきたならば、即座につかむことができるのです。できない人は普段から何もせず、チャンスが巡ってきても言い訳をして終わってしまいます。やりたいことがあり、そのための努力や準備ができ、チャンスに挑む勇気があり、結果を得られるのだと思うのです。 活躍している人ほど、見えないところで頑張っているものです。外野は勝手なことを言いますが、そういったものに左右されることなく、自分の信じる道をひたむきに歩んでいる人は強いものです。厳しい道を歩む人ほど、より大きくなっていきます。楽な道など選ばず、厳…

  • 信頼関係の基

    交通ルールを守らなければ事故になります。子供の頃は交通教室で、大人になれば教習所で交通ルールを学びます。大多数の人間が交通ルールを守ることで安全安心な通勤通学が実現します。人間関係においては、交通ルールの代わりに道徳があります。交通ルールと同じく、大多数の人が道徳を尊重すればトラブルなく安らかに生活することができます。 道徳は算数などとは違い自然と身につけていくものです。本を読んで学ぶということでもなく、年長者に怒られたり、失敗や反省から学んでいくものです。生活のなかで学び実践していくものです。道徳は言語のようなものでもあり、共通の道徳を持ち合わせていれば、暗黙のうちに理解共感できるものです。…

  • 無機質社会の輝き

    先日ある記念式典が無事に終わりました。1年以上前から会議を重ね準備を進めてきたわけですが、刻々とその日が近づいてきて、当日はあっという間でした。コロナ禍にあり規模縮小や祝賀会の中止ということもありますが、なんだか物足りない寂しさを感じました。ですが、終わってしまえばそういうものなのでしょう。旅行などでも、出発前のワクワク感のほうが楽しいのかもしれません。 本番を迎えれば淡々と終わってしまうとしたら、頑張っても頑張らなくても同じなのかもしれないと考えてしまいます。ですが、事前の様々な心配や苦悩がありトラブルがあり、それらも含めての本番なのだと思うのです。同じイベントでも立場によっても関わり方によ…

  • ミサイル発射

    不満が高まってくると、すべてを投げ出し絶縁したくなることがあります。とんでもない仕打ちを受けたわけではなく、個人的な被害妄想に近いような不満なのですが、自分のなかに渦巻く負の感情は道理も良識もすべて破棄させようとします。しかし、すべて断絶するような行動に出てしまえば、もはやそこに留まることはできなくなってしまいます。] どのよう時であっても愚かな行動を制御しなければなりません。すべてを投げ出したくなっても、行動につなげてはいけません。短気は損気といいますが、愚かな行動のつけは自分のところにやってきます。ほんの少しの忍耐が足りないことで大きな後悔を背負うこともあります。いかに心が荒れていようとも…

  • 儚くとも豊かに

    人生の歩み方はそれぞれで良いと思うのです。目標に向けて懸命に走り続ける人、急ぐことなくのんびり歩む人、遠回りしながら景色を楽しむ人など、人により年代により環境により様々です。大切なことは自分なりの信念や哲学を持つことだと思うのです。それは後悔しないためのものです。他者と比べて自分の人生を考えれば、優越感や劣等感や後悔が生まれてくるものです。 自分が納得できれば、それで良いのですが、周囲と比較することで自らを苦しめてしまうことがあります。「隣の芝生は青く見える」といわれるほど、周囲が気になり良く見えるものですが、自分を捨てることも、誰かと人生を交換することもできません。与えられた条件と環境のもと…

  • 批判社会からの脱却

    私はちょうど昭和と平成の狭間の世代です。昭和の価値観も平成の価値観もどちらも理解できるような気がします。昭和は良くも悪くも長く日本に根付いてきた価値観の終焉期といえるのかもしれません。戦争・敗戦・発展・崩壊と目まぐるしい時代にあり、人々の価値観も大きく変化していきました。 平成になると負の時代となり、不況を背景に社会の価値観も批判が主流になってきたように思います。メディアにより責められ変化を求められ、無言のプレッシャーが社会を覆いストレス社会は加速していきました。政治も労働も教育も価値観も批判され、どうして良いのかもわからず、迷走した30年といえるのかもしれません。 これからの日本社会を考えれ…

  • 亀のような歩みでも

    映画「線は、僕を描く」を観てきました。分野は違えど筆を持つ者として共感できるところが、たくさんあり感動しました。もう少し早ければ、もう少し時間があれば水墨画はじめてみたいとも思いました。「もう少し」というのが言い訳だとは思いながらも、現実は時間的余裕がありません。実は10数年前に水墨画のサークルに通ったことがありました。興味本位のためすぐに辞めてしまったのですが、いまさらながら続けていればと思いました。それなりに10年続けていれば、ご朱印の幅がさらに広がっていたことでしょう。日頃から尻に火がついたように頑張っていれば機を逃さず邁進できるのですが、本気になれなければ成就の機運は遠のいてしまいます…

  • 苦界のなかで

    テレビでヤングケアラーの特集を見ました。それまで言葉は知っていても、どこか遠い世界のことであり、実感がありませんでした。今回は介護をする若者と介護される親を映像で見て、その苦悩を聞いて、涙があふれそうになりました。誰も望んで介護をするわけでも、されるわけでもありません。しかし、そうしなければならない現実がありました。 現代の日本にあって、こんなにも理不尽なことがあるのかと思うのですが、同情するのは失礼だと思いますし、何か具体的に手助けできるわけでもありません。世界に一つだけの花の歌詞に「一人一人違う種を持つ その花を咲かせることだけに 一生懸命になればいい」とありますが、肥沃な大地に落ちた種も…

  • 巡礼とは

    来月、大学生に三十三観音巡礼の法話をすることになり内容を考えています。慈悲を司る観音様ですから、せっかく巡礼をするならご利益を求めるばかりではなく、三十三の観音様を巡りそれぞれから慈悲の心をいただくことが大切だと思うのです。観音巡礼から帰ったならば観音様のようになっていたというのが理想なのです。 仏教とは仏様になる教えというのが本来の意味だと考えています。信仰の対象である仏様に自分も成れるというのが仏教の特徴です。簡単なことではありませんが、仏様に近づこうとすることが大切です。社会に出れば嫌味な上司、陰口ばかりの同僚、無責任な後輩など様々な人間がいます。しかし、その人達を自分が思うように変える…

  • 奇跡を味わう

    どうしてもバランスの取れない字に苦戦していました。書いても、調べても、どうも上手く書けませんでした。そこでふと確認したことは書き順でした。書き順が間違っており、正しい順番で書いてみると、今までのことが嘘のように書けるようになりました。書き順ひとつをとってもバランスよく字を書くために開発されたものであり、漢字の奥深さに感心させられました。 何事にも正しい手順というものがあります。この手順を間違うとなかなか成就しないものです。うまく進まない時には自分がおこなっている手順について順番や抜けがないか確認してみることです。うまくいかない時には必ずうまくいかない原因があるものです。その原因に気づくことがで…

  • 宝在心

    当山の宗旨は真言宗であり開祖は弘法大師です。大師の言葉に「仏法遙かに非ず。心中にして即ち近し」とあります。悟りというものは、どこか遠い世界にあるのではなく、自分の心の中にあるという意味です。仏教といえば厳しい修行や難しい学問というイメージがあるかもしれませんが、実はそうではなく最初から自らの心に備わっていることに気づくためのものなのです。仏教だけでなくは古今東西の様々な宗教や哲学は人間の幸福というものは外に求めるべきものではなく、自らの心を満たすことが大切であると説いています。この共通性は表現が異なっていても真実は一つだということが分かります。 外界の財宝よりも、心中の宝のほうが素晴らしいと思…

  • 人間を学ぶ

    神仏の御心を知らなければ、それに適った生き方はできません。仏教の教えとは仏様の御心に適った生き方をするための教えともいえます。その生き方の実践は仏教的な幸福への道でもあります。ただ闇雲に学ぼうとしたり修行しようとするよりも、物事の根底にある核心的な部分に意識を向けなければなりません。 人間関係においても相手の心を知らなければ円滑な関係は築けません。お互いに相手の想いを理解し行動することが大切です。長年、一緒にいると何も言われなくても相手のことが分かり、自然と動けるものですが、それくらい相手を熟知しているわけです。これは、ただ長い時間を一緒にいるだけではなく、お互いの共感の積み重ねによるものだと…

  • 新たなる自分

    朝晩、寒くなってきており近くの山では紅葉も進んでいます。冬が近づくこのタイミングは複雑な気分になります。名残惜しさと雪の心配と、寒暖差とともに募っていくものです。何事においても「途中」が嫌なものです。真冬になれば、どん底になれば、あとは開き直るだけなのですが、マイナスに向かっていく過程が大切であり、そこで踏ん張ったほうが良いのか、いっそ落ちてしまったほうが良いのか、分からなくなることもあります。 気持ちの切り替えが大切なのです。何事も心からはじまります。気持ちをリセットして、新たなる気持ちで進まなければなりません。ところが、このリセットが難しいのです。自分ではリセットしたつもりでも、リセットし…

  • 信じて待ってみる

    この社会に対して憤慨したり失望することがあります。そういった人々の想いが人類の進歩につながってきたと思うのですが、基本的に人間が作り出す社会である以上は完璧であることはありません。社会に対する憤慨や失望は、正しくあるべきだという思いがあるからです。理想と現実を区別せず混同してしまうと、マイナスの感情に支配され心が安定しません。 社会を善悪や正誤で計るべきではないのかもしれません。社会は完成されたものではなく、いわば発展途上にあり失敗を繰り返しながら成長していきます。憤慨しても失望しても、仕方がないのです。牛歩のように遅い歩みでも信じて見守るしかありません。戦国時代や明治時代と比べても現代の生活…

  • 見られたくない部分

    「天網恢恢(てんもうかいかい)疎(そ)にして漏らさず」という言葉が老子にあります。天の張る網は粗いように見えても、けして逃すことはないという意味です。天はちゃんと我々のことを見ており、悪いことをすれば罰がくだり、良いことをすれば加護が得られるものです。たとえ時差があったとしても、因果応報の理から逃れることはできません。正しく因果と向き合うことが大事なのです。天だけではなく、社会も周囲も見ていないようで見ているものです。ただし自分が見てほしいと思うところではなく、逆に見てほしくないと思うところが見られるものです。ですが、その部分が大切なのです。課題や問題のない人はいません。その課題や問題をそのま…

  • 御心に近づく

    夕方のお参りでは順調だった一日とうまくいかなかった一日と同じようにお参りするのが難しいものです。順調だった時には素直に感謝できるのですが、不調だったり失敗した時の感謝は難しいものです。そもそもどのように感謝すればよいのか。不調も失敗も授かりものであり、意味があると考えることもできますが、そのように考え心から感謝できるようになるには人間的な成長が不可欠です。 ご利益があれば信じ、なければ信じないというのは表面的な信心だといえます。そこから進んでご利益があってもなくても、変わらぬ信心を養うのが修行というものです。それはご利益を求めるのではなく、どのような一日であったとしても感謝できる心であり、自ら…

  • 心を重ねて

    小学校の記念誌を担当していますが表紙の色を決めるときに多数決を取りました。最後の2択になったときに、ある編集委員から「この色は小学校の象徴であるイチョウの黄色ですね」という発言がありました。それを聞いて、それまで青色が優勢だったのが、逆転して黄色に決まりました。物語や人の想いが加わることで違って見えるようになるものです。 物には心がありませんが、それを作った人や使う人の心が宿ることがあります。大量消費の使い捨てではなく、長く大切に使われるものほど、たくさんの想いが宿るようになります。その想いを知るか知らないかで、見方が大きく違ってきます。昔は良い物を長く使う文化がありました。SDGsは最近の言…

  • 答えは後から

    人生における選択肢に絶対的な正解はなく、そのため誰しも迷いながら生きているものです。あらかじめ分かっていれば、選びやすいのですが、「やってみなければ分からない」というのが実際のところです。ですが、分からないということは、可能性があるということでもあります。自分の可能性を信じること、そして誠実に頑張ってみることが大切だと考えています。 人生は理不尽なもので、必ず意味があると言われても、その時点では理解できないものです。ですが、5年後や10年後に、もしくは20年後に気づくことができたり、価値が生まれることもあります。もちろん、すべてに価値が生まれるわけではなく、不平不満ではなく、たとえ理不尽なこと…

  • 関わりのなかで

    忙しい日々か続いております。法務に専念できれば良いのですが、俗世につかり様々な役割を与えられております。自ら望んだものもあれば、押し付けられたようなものもあります。どれも仕事量以上に期待やプレッシャーが負担になることがあります。近年は仕事もほどほどにプライベートの充実を求める傾向もありますが、なかなかそうはいかないものです。 私はどのような仕事であれ関わったならば、できる範囲ではあれ頑張りたいと思っています。個人の楽しみよりも、地域の様々な関わりのなかに楽しみを見出したいと思うのです。活躍できる喜び、居場所がある喜び、忙しいと愚痴ることができる喜びなど、面倒だと思うことなく関わっていくことで得…

  • 謙虚という宝物

    順調な時ほど実は落とし穴が多いのかもしれません。油断していると、すぐに落ちてしまい一瞬の栄光に終わってしまいます。逆に逆境にある時にはどん底にいるわけで、これ以上は落ちることがありません。覚悟を決めて頑張るしかありません。ところが頑張ってはいあがっていくと、苦労したことも忘れて調子に乗り、また落とし穴に落ちてしまいます。 調子がいいと、すべて自分の能力だと勘違いして周囲への感謝を忘れてしまいます。何をやっても上手くいくと勘違いして準備や根回しを怠るようになります。問題や心配があっても何とかなると不都合に目を向けなくなります。みんなが理解してくれていると勘違いし独断や説明不足に陥ります。他にも様…

  • リニューアルのご案内

    甲子大黒天本山のホームページをリニューアルしました。今後も内容を充実させ、様々な情報を発信していきます。是非、ご覧ください。https://onogawa-daikokuten.jp/

  • 成功者の視点

    日々の反省ということについて考えさせることがありました。写経では朝には「今日も一日よろしくお願いいたします。」夕べには「今日も一日ありがとうございました。」という祈りが日々の安寧につながると法話をしております。朝は今日も一日頑張ろうという誓いであり、また見守ってくださいという祈りです。夕べは今日一日への感謝であり、そして反省が含まれなければならないと思うのです。 反省がないと自分の失敗や欠点に目がいかなくなります。都合の良いことばかりになり、成長がなくなります。そのため問題や課題がそのまま放置され、結果的に何事もうまくいかなくなります。感謝と反省の両輪が必要だと思うのです。さらには良かったこと…

  • チャンスをつかむ人

    「考えるよりも先に体が動く」と聞くことがあります。これは思慮がなく思いついたらすぐに行動する無鉄砲という意味なのか、それとも考えすぎて行動しない人への嫌味なのか、捉え方はそれぞれだと思います。思考と行動のどちらが大切なのか。もちろん両輪なのですが、強いて言えば結局行動しないのであれば、まず行動したほうが良いのかもしれません。動き始めると必要なものは、あとからついてくることもあります。 今回のテーマはチャンスをつかむのは一瞬の判断ということです。チャンスが到来した時に迷っていてはもちろんですが、考えている暇もないかもしれません。スマホで検索したりマニュアルを探す時間はないかもしれません。現時点で…

  • ミックスジュース

    あまりジュースは飲まないほうなのですが、最近は色々なミックスジュースが出ているようです。単独の味よりも、上手に合わせればより深い味わいになるのかもしれません。素材の相性や配合などメーカーの発想と技術の見せどころです。人生においても様々な経験が合わさることによって、より豊かな人生になるのではないかと思うのです。 順風満帆に歩むのも良いのですが、失敗があったり、寄り道があったり、避難したり様々あってかまいません。絶対の正解はなく、本人が納得できればそれが正解になるのです。「あの時に失敗したから今がある」とか「あの時の経験は無駄ではなかった」と思えるような、不本意ながらも負けずに頑張った経験や、あえ…

  • 日本を信じる心

    濃厚接触者になってしまい参拝者の受け入れも休止しなければならなくなりました。ご予約いただいていた参拝者もありました。当日、お越しになっても会って対応することができず、立て看板にて説明し、外から電話をいただくしかありませんでした。せっかく来ていただいたのに、楽しみにしていただいていたのに、何もできずに帰っていただくのは私としても無念でした。ですが、文句を言われるどころか、こちらを気づかっていただき、本当にありがたかったです。 日本では10人に1人がクレーマーといわれ義理も人情もない日本になったと嘆かれますが、今回のことで私はまだまだ日本も捨てたものではないと思いました。社寺仏閣に参拝するような人…

  • 引力の法則

    惑星には引力がありお互いに引き合って太陽系が成り立っていますが、人間もそれぞれに引力を持っており、引き合ったり反発したりしているようです。引き寄せの法則というものがあります。今回のテーマと同じなのかは分かりませんが、その人が望むことよりも、その人が持っている属性と同じものを手繰りよせるのかもしれません。 善意は善意を引き寄せ、悪意は悪意を引き寄せます。同じような人間が集まるのもお互いの引力によるものかもしれません。良くも悪くもお互いの属性が増幅され、個人ではできないところまで到達します。集団の力の根底には類似する属性があり、知らず知らず同じ属性に惹かれていってしまうのです。 人間は同じような環…

  • 根本を見つめる

    枝葉の議論という表現があります。意味としては表面的な議論に終始し、根本的な解決につながらないといったところでしょうか。植物は根があり茎があり葉がありますが、私達は桜といえば花を見て、紅葉といえば枝葉を見るわけで、目につくところに目がいってしまうわけです。 これは植物ではなく問題に対する場合も同じだと思うのです。問題がある場合には、どうしても目につきやすい部分と、なかなか見えてこない部分もあります。必ずしも目につきやすい部分が問題の解決につながるとは限りません。草刈りをしていると表面の草を刈っても根が残っているため、しばらくするとまた生えてきます。根本的な根の部分を解決しなければ、同じ問題が再燃…

  • 恐れるに足りず

    失敗や叱責があれば、誰でも落ち込んでしまうことでしょう。人として、この社会で生きていれば誰でも経験することでもあります。偉人伝に掲載されている人でも同じように失敗があり怒られていました。考えてみれば失敗も叱責もあたりまえのことなのです。誰もが経験するあたりまえのことを恐れる必要はないのかもしれません。 失敗も叱責も歯医者も試験も陰口も敵意も避けることはできず、誰もが経験することでもあります。それらを喜ぶことはできませんが、恐れる必要もありません。まして恐れるあまり逃げる必要もありません。虫歯になれば歯医者に行くのが正しい選択です。失敗を恐れるよりも、挑戦してみること、そして失敗したら謙虚に反省…

  • 是非も及ばず

    織田信長が明智光秀に襲撃されたときに「是非も及ばず」と言ったそうですが、その意味は是非を論じても意味がないといったところでしょうか。本人の気持ちは分かりませんが、歴史的評価からすれば信長の自業自得ともいえるのかもしれません。戦国時代はじめての天下統一を目前に部下によって死地へと向かうわけですが、その無念はいかほどかと思いますが、「是非も及ばず」の言葉通りに仕方がないわけです。 現代社会においても理不尽なことはあるもので、それをいちいち論じていてもどうしようもありません。すでに起こってしまっことに対して、それが善か悪かと考えることよりも、誰の責任かと断定することよりも、まずは対処するしかないので…

  • 苦言or難癖

    以前は、なんでもOKというか、快い返事の人間でした。思うことはあっても、何も言わず認めるというか、黙認していました。些細な違いといっても、その差を埋めることは意外と難しいものです。お互いの納得が理想としても、結構なハードルでもあります。 相手の間違いや問題を指摘することは特に難しいものです。冷静に話し合うことには忍耐が求められ、円満な解決には相当な人間力や信頼関係が必要です。それなら見ないふりのほうがお互いに楽だと考えていました。ところが、そういう関係では無難ではあっても、成長や信頼はないものです。指摘すること、特に相手が気づいていないのならば教えてあげることが大事だと思うようになりました。 …

  • 最善の策

    面倒だからやめてしまおう。日々つい考えてしまうフレーズです。ですが、思いとどまるため、私は「今こそ試されている」と考えるようにしています。たとえ誰も見ていなくても、天が見ており、自分が見ています。面倒なことを避けて通る人間なのか、それとも面倒なことでもちゃんとできるのか。自分に負けず、天に誇れるようありたいものです。 素直に謝ることができるのか、困っている人がいたら声をかけられるのか、落ちているゴミを拾えるのか、妥協せず目標に向かえるのか、すべて試されていると思えれば、頑張ろうという気持ちも芽生えるものです。どのようにして自分を支えるのか、奮い立たせるのか、そのやり方はそれぞれだと思いますが、…

  • 親ガチャ

    恩に報いると書いて報恩なのですが、私達はまずこの世界に人間として生まれただけで感謝しかありません。誰しも自分の意志で生まれてきたわけではなく、神仏や父母より与えられた命なのです。最近は親ガチャという言葉が注目されているようですが、私は共感することのできない言葉です。たしかに1億総中流社会といわれたのは過去のことです。現在は子供の貧困やヤングケアラーという問題もあります。 社会は平等を目指しますが、平等ではないのが現実です。100人いれば100人の人生があり100人の事情があるものです。ただ私は上下優劣ということはないと考えています。お金があれば幸せかといえば、そうではありません。親によって人生…

  • 働くことの意義

    経営の神様と称えられた稲盛和夫さんが逝去されました。昭和を代表する経営の神様は松下幸之助さんですが、昭和の経済成長期だからこその快挙と評する人もいます。ですが、稲盛さんはバブル崩壊後の平成においても卓越した手腕を発揮され、自らが創業された京セラやKDDIはもとより、日本航空などの再建にも尽力されました。 私が尊敬するのは現在主流となっている数字重視の経営ではなく、人間の心を重視した経営で成果を出し、さらにはその伝道にも尽力されたことです。コンサルタントに洗脳され社員をコストと考えたり、社会的責任を軽視し自社の利益に奔走するのは、表面的な数字に翻弄されているからです。稲盛さんは熱意や志が大切だと…

  • 因果のこころ

    因果とは原因と結果のことです。まれに偶然という風が吹くこともありますが、基本的にこの世界の出来事はすべて必然だと思うのです。何事においても、相手や社会を責めるのではなく、自分に原因があると思うことが大切です。相手の責任にしてしまった時点で、自分ではどうすることもできなくなり、不満や心配に翻弄されるばかりになります。相手を変えようとするのではなく、自分が変わろうとすることで道が開けます。 すべて自分のこととして責任を持とうとすることが大切です。善き種をまけば幸福の花が咲きます。辛い時ほど自分を信じて幸せの種をまかなければなりません。幸福は突然に舞い込んでくるものではなく、今の自分が明日の幸・不幸…

  • やっと終わった1日では

    その日暮らしとは江戸っ子ではありませんが、その日に稼いだお金はその日に使い、いつまでも貯まらず、今の生活から抜け出すことができないというイメージがあります。ですが、最近のその日暮らしとは、目標も充実感もなく日々生活をしている人というイメージがあるようです。物質的なその日暮らしか、精神的なその日暮らしかの違いといったところです。 1日24時間はすべての人に平等に与えられていますが、その時間をどのように使うは千差万別です。1日が「もう終わってしまった」という人もいれば「やっと終わった」という人もいます。前者は忙しくとも楽しかったり充実していた感想です。後者はつらく厳しい1日が終わってくれたという感…

  • 布施のこころ

    仏教の修行に布施行があります。布施とは単にお金を支払うことではなく、執着や打算を捨てる修行であると思ています。人間は本能的には自分中心の生き物です。ですが、理性や道徳を学ぶことで、社会や周囲と調和した生活ができるようになります。調和とは自分のことと同じように相手のことも考えられることで得られるものです。また、家族という最も親しい関係から親戚や友人などへ調和の輪を広げていくことも大切です。 自分が満たされて喜ぶ段階から、相手の喜びを自分の喜びにできる段階に成長しなければなりません。相手を満たそうとする想いや行動が大切だと思うのです。それを打算なくできることが布施なのです。見返りを求めることなく、…

  • 本来無一物から幸福への道

    私達はどのような人であれ裸で生まれてきて裸で死んでいきます。人生は様々であっても、最初と最後は同じであり、等しく尊いものだと思うのです。今生の世においていかに財をなしても地位を得ても、それを来世に持っていくことはできません。財や地位が無意味ということではありませんが、執着しないよう翻弄されないようにしなければなりません。 人は幸せになるために生きていますが、物やお金そのものが幸福なのではありません。お金がなければ幸せになれないというのは妄想であり、自分の幸せに条件をつけないことが大切です。物的・外的な条件から解放されると、生きることが楽になります。先々の不安よりも今を楽しむことができるようにな…

  • 人生に無駄なし

    最近、自転車を乗るようになりました。運動不足を実感しており、何か気軽に始められる運動として自転車をチョイスしました。まだ1カ月くらいですが、体調が良くなったような気がします。疲れなくなった、モチベーションがあがった、腰の調子も良くなったと相乗効果があります。まずは雪が降るまでは続けたいものです。 よく心身といいますが、心と体は連動しています。ストレスや心の病にも運動は効果的だと思います。体を動かすことは、心の運動にもなり、心に溜まったストレスなどのマイナス物質を排出する効果があります。掃除にも運動のような効果があります。体を動かし掃除をすることで目に見える汚れだけではなく、心の汚れもきれいにな…

  • 過程、誠実、結果

    コロナ感染拡大のなかでも法務で忙しいお盆となりました。良くも悪くも新型コロナウイルスに慣れつつありますが、今まで以上にご参拝いただけるありがたさを実感しております。令和2年4月より本格的に住職として奉職したのですが、まさに感染が拡大する初期でした。この先どうなるのかという不安と迷いを抱いての船出だったのですが、大黒天の導きと、参拝者の皆様とのご縁によって今日があります。 人である以上、この先どうなるかは分からないものであり、不安や迷いは必然といえます。ですが、自分を信じ、今できることに最善を尽くしていくしかありません。先を見るのではなく、今を見ること。できないことを考えるのではなく、できること…

  • お盆だからこそ

    まもなくお盆を迎えます。春と秋の彼岸は自らの修行というのが本来の意味合いですが、お盆はご先祖様の供養のための期間です。お墓に行ってご先祖様をお迎えして、家では家族や親戚が集い、それぞれの近況などを報告し、感謝の祈りを奉げます。テレビ番組で有名人のルーツを探る企画がありましたが、ご先祖様は無数に広がっていくものです。そのなかの一人でも欠けていれば、今の私はなくいただいた命のバトンに感謝しかありません。 家族の凄惨な事件はなくなるどころか、かえって増加しているように感じられます。会社ならば退職でき、夫婦ならば離婚できますが、親子関係は切れるものではありません。昔ならば勘当や絶縁といって親子関係を切…

  • 変化に対する挑戦と感謝

    生活環境も人間関係も変わることなく今のままが良いと思うのですが、諸行は無常であり変化を拒否することはできないものです。たとえ転勤や就職という大きな変化はなくとも、日々、年々、少しずつ変わっていくものです。ある日、気になって振り返ってみると大きく変わってきたものだと実感するかもしれません。それが生きるということであり、成長であったほしいと願うものです。 人間は安定を求め変化を嫌います。変わらないことが安定とはいえませんが、そのように錯覚してしまうものです。安定とはどのような変化があろうとも、翻弄されることなく自我を保てることだと思うのです。諸行無常の世界にあっては変化を親しき友として交友を深めな…

  • あなたの波動は

    霊的な話ではないのですが、人の波動的なものを感じることがあります。それはプラスのエネルギーを持っている人とマイナスのエネルギーを持っている人です。プラスの波動が強い人と接していると楽しくなり、またもっと頑張れと背中を押されているような気にもなります。マイナスの波動が強い人と接していると、イライラしたり疲れてしまいます。人間はお互いに影響し合いますから、それぞれの波動も交差するのでしょう。 日々、私はどちらのエネルギーを主に生活しているのか考えさせられます。「楽しい」と「疲れた」どちらが多いのか。「ありがたい」と「つまらない」どちらが多いのか。「よかったね」と「うらやましい」どちらが多いのか。日…

  • 智慧で乗り切る

    山形県もはじめて1日の新規感染者が1000人を越えました。今までにない感染爆発ですが、行政からの行動制限はなく、戸惑いながら夏休みに入り、お盆を迎えようとしています。感染予防と経済活動の両輪を強調されますが、行動制限に伴う全国規模の経済保証を賄う財源に乏しくなっているのかもしれません。官民ともにコロナ終息後の負債は大変なものになっていることでしょう。 今回で7回目のコロナ波を迎えましたが、何事においても波はあるものです。人生は山あり谷あり平地ありですが、一喜一憂することなく上手に乗り切りたいものです。平均すればバランスが取れるものです。ところが、良い時は短く感じられ、悪い時は長くいつまでも続く…

  • 実修実証

    当山は真言宗の醍醐派に属しております。醍醐派は弘法大師・空海を宗祖として仰ぎ、弘法大師の孫弟子にあたり醍醐寺を開山された理源大師・聖宝を開祖とします。また、修験道の役行者・神変大菩薩をも祖とし修験道と密教を融合し現在に伝えている宗派です。理源大師は「実修実証~入りて学び出でて行なう」という教えを残しておられます。山伏は山中を仏の胎内と考え修行をおこない、下山しては日常生活に戻ります。山中での修行によって会得したものを、日常生活に行動として還元していくのです。それは自分ばかりではなく、周囲や社会をも教化・感化していくものでなければなりません。そのための修行なのです。 人生において大切なことは実修…

  • バトンをつないで

    昨年まで部長を務めていましたが、後進に譲り一歩引いた立場で行事に参加してきました。急激な第7波のため例年とは違う形となりましたが、様々な工夫があり楽しい行事となりました。今回、心がけたことは自分の時とは比較しないこと、なるべく口を出さないこと、心配しないことなどです。任せたならば、任せきることが大切だと思うのです。 現役の頃は役職の責任とプレッシャーで大変だと思い、引退すれば解放されたにも関わらず寂しいと思うものです。ですが、1人が頑張り続けるよりもバトンをつなぐことのほうが大切だと考えています。同じ人間がやっていると、いつの間にか同じことばかりになってしまいます。早すぎず遅すぎず絶妙なタイミ…

  • 短所の緩和

    いつも自分が正しいと思うことは傲慢だと思うのです。私などは何を言っても何をしても、これで良かったのかと思い悩むことが多くあります。それがストレスとなり自分を苦しめる原因になってはいけませんが、日々の言動を確認し反省することは必要だと思うのです。人間は年を取るほど傲慢になりやすいものですが、「実るほど頭の下がる稲穂かな」という言葉(歌?)がありますが、学徳が深まるほど謙虚になるたとえとされます。賢い人ほど謙虚なものです。 反省があるからこそ成長があると思うのです。知識を増やすのではなく、人間力を磨くことが大切であり、そのためには社会生活のなかでの反省が必要なのです。反省は自己嫌悪のためにするもの…

  • グレーゾーン

    グレーゾーンという言葉を聞きます。様々な意味で使われているようですが、そもそも人間は善意と悪意、精進と怠慢、信頼と不信など相反する性質を抱える存在です。仏であり、悪魔であり、そのどちらにもなり切れない存在なのです。そのために、どれだけ悩み苦しむのかは誰もが経験することであります。どちらかで固定できれば楽なのに、そうではないところが人間の特徴であり魅力なのかもしれません。 人間はいかようにもなれる存在なのです。地獄の鬼と恐れられた人間が、いつしか丸くなり仏のようになることもあります。劣等生とバカにされていたのに、いつしか社長として頑張っている人もいます。神童と呼ばれていた少年がやがて道を外れ罪を…

  • 新興宗教の罠

    テレビでは連日ある新興宗教が取り上げられています。多くの人がどうして、あんな宗教にはまってしまうのかと不思議に思うかもしれません。ですが、人生には様々なことが起るもので、特に不幸や困難な出来事に遭遇すると、人間は自分以外のところに原因を求めようとするものです。そこに宗教との接点があり、新興宗教は積極的にそういう人を探して勧誘するものです。声をかけられた宗教がどういうものか分からないまま、自分の理不尽な疑問に答えを与えてくれると、信じたくなってしまうものなのです。 私達は不幸や困難な出来事に遭遇すると、「どうして私ばかりが」と落ち込みますし、憤慨しますし、その原因を探そうとします。ところが、その…

  • 自他平等の世界

    最近、世代間のギャップを感じることが多くなりました。考えてみれば高校時代からスマホを使っている保護者からすれば、子供にスマホを与えることは当然のことなのかもしれません。米食よりもパンや麺食が多い人からすれば、米価低迷には興味はないのかもしれません。今の自分の生活が基準であり、それ以外の視点や思考というものには、なかなか思い至らないものです。 自分のなかの「あたりまえ」と相手の「あたりまえ」が同じとは限りません。その違いを認めることは大変なのですが、お互いに認め合えなければ、おだやかな生活は成り立ちません。違うことが前提であり、その違いを埋める努力と、その違いを認める配慮が必要なのだと思うのです…

  • 幸福のありよう

    人は幸せになるために生きているはずなのですが、求める幸福は人により様々です。また、年齢によっても求めるものが変わっていくようで定義は難しいものです。私達は幸福という漠然としたものを、もっと鮮明にシンプルにしなければならないのかもしれません。幸せになりたいと願いながら、その幸せが分からないのでは、幸せになることはできません。 結婚する時には「幸せな家庭を築こう」と誓うわけですが、もっと具体的に、もっと計画的に、もっと詳細に考えなければならないのかもしれません。それは甘い夢を崩壊させる面白みのない愚行なのかもしれませんが、夢はさめるものであり、人生は長く続くものです。幸福は自ら作るものであり、適当…

  • ありのまま、そのまま

    修行時代を思い出せばまるで我慢比べのようなことをしていました。ですが、修行をしたから熱いのが平気になったり、寒いのが快適になることはありません。すでにお釈迦様が難行苦行には意味がないとおっしゃっているのに、2500年経っても同じことをしているのはどうしてなのでしょうか。おそらく自分で経験してこそ本当の意味で理解できるということなのでしょう。経験の伴わない知識は役に立つものではありません。本当のところはやってみなければ分からないのです。 私なども暑い時には暑いし、寒い時には寒いし、死というものも怖いものです。仏教はこういったことを超越するものではなく、そのまま素直に認めることだと思うのです。意地…

  • 前向きな覚悟

    私はあまり絶叫ものは得意ではありません。子供の遠足で遊園地に行ったときは大変でした。子供を一人で乗せることもできず、付き添うのですが一度乗ってしまえば止まるまでどうすることもできません。慣れるということはなく、ただ耐えるしかありません。よくもこういった乗り物を考える人がいて、喜ぶ人がいるものだと思うばかりです。 人生もジェットコースターのようなものだと思うのです。一度この世に生まれたならば、途中で放り出すことはできません。寿命が尽きるその瞬間まで自分の人生に責任を持たなければなりません。よく社会や親の責任にしようとする人がいますが、誰の責任でもなく自分の責任なのです。自分の人生をしっかりと引き…

  • 負の連鎖の落し穴

    般若心経の解説を目にすることがありました。空ということを嫌いな上司という実体があるわけではなく、そのように思っている自分がいるだけであると説明されていました。学生時代に空の解説書を何冊読んでも哲学的であり難解であり、これを一般の皆様に説明しろといわれても不可能だと思っていました。あれから時代が進み仏教の解釈も進歩していると実感できる記事でした。 私は空を関係性だと考えています。嫌いな上司がいるのではなく、嫌いだと思う関係を作っているのです。嫌いだと思うのは、厳しかったり、嫌味を言われたり、無視されたり、様々な理由があると思います。ですが、その前にどうして厳しいのか、嫌味を言われたのか、無視され…

  • 現実の転換

    昨日は60日に一度の甲子日でした。大黒天のご縁日ということで、当山も大勢の参拝者にお越しいただきました。以前は「旧暦」や「甲子日」を知る人も少なく、甲子を説明するのも大変でしたが、いつの間にか興味を持たれる方が増えていき、ご縁日が賑わうようになりました。「知る人ぞ知る甲子日」が普及しつつあるようでありがたいことです。 昨日は日曜日ということもあり、法務多忙な一日となりました。バタバタすることがないよう心がけていましたが、行列が続くようになると修行不足を実感させられました。ただ「忙しい」とか「疲れた」ということはなく、ただ「ありがたい」の一言に尽きます。たくさんの方にお参りいただきたい、その想い…

  • 良縁と悪縁

    人間は一人では生きることができませんから、社会生活とは関わりの生活でもあります。人と人との出会いは縁なのですが、良縁となることもあれば悪縁となることもあります。最近は良縁を求めることよりも、悪縁を切りたいという願望を耳にすることが増え、そのようなご利益の社寺仏閣も登場しています。人々の願いに寄り添うことも宗教の務めなのですが、せっかくの出会いを良縁にしていただきたいと思います。 出会いによる化学反応は不思議なものです。お互いの存在がプラスになることもあればマイナスになることもあります。そして人によってプラスになる人もいればマイナスになってしまう人もいます。相性という言葉の奥深さを感じます。どう…

  • もっと興味と関心を

    病院でひたすら待っている時に政権放送が流れていました。政教分離を口実にするわけではありませんが、今までちゃんと見たことはありませんでした。暇つぶしということではありませんが、見ていると各党の主張がよく分かりました。どの政党ももっともなことを言っており、今までの勝手な偏見を改めなければなりませんでした。選挙のPRということではなく、議員の皆様が本気で日本を良くしたいと思うならば、必ず日本は良くなるはずなのです。 何事も興味をもって聞くことが大切だと考えさせられました。家族の話、同僚の話、友人の話、いつもどれだけ真剣に聞いているのか不安になりました。たとえ目の前にいたとしても、相手に対して興味や関…

  • ある無名兵士の詩

    アメリカの南北戦争に従軍した兵士が残した詩だといわれています。素晴らしい文章なので、ご紹介させていただきます。宗教や人種を問わず大切なことは同じなのだと教えられたような気がします。 「大きなことを成し遂げるために 強さを与えてほしいと神に求 めたのに 謙遜を学ぶように 弱さを授かった」 「偉大なことができるようにと 健康を求めたのに よりよきことをするようにと 病気を賜った」 「幸せになろうとして 富を求めたのに 賢明であるようにと 貧困を授かった」 「世の人々の称賛を得ようとして 力と成功を求めたのに 得意にならないようにと 失敗を授かった」 「人生を楽しむために あらゆるものを求めたのに …

  • 自力と他力

    電車はレールの上を自力で走っているのに対して、飛行機や船はそれぞれ気流や波の影響を受けるため自力とはいえません。仏教にも自力と他力があり、自力は自分の力で悟りを得ようとする修行であり、他力は仏様の慈悲と自らの信心によって悟りを得ようとするといえます。私は上下優劣があるわけではなく、選択肢があることは良いことであり、自分に向いている道を歩めば良いと思うのです。 私は自力を説く宗派に属していますから、その道を歩まなければならないわけです。たまに他宗派に憧れることもありますが、それぞれに魅力があります。日本の歴史においても宗派の争いもありましたが、現代は何事においてもお互いの違いを認め合わなければな…

  • 嵐の時には

    ありがたいことなのですが、多忙な日々が続いています。こんな時期こそ心のゆとりが必要だと思いながら、「忙」の字義である心を亡くしそうになります。人間にはできる範囲と速度があります。この範囲と速度を越えてしまうと自我が崩壊してしまいます。冷静さを失いできることもできなくなり、周囲にもあたってしまいます。いわば自滅してしまうのです。 自分の小ささを自覚しながらも、どうにもペースを保つことができなくなります。機械と同じで処理能力を超えてしまえば過熱してフリーズしてしまうのかもしれません。日頃から自分の限界は知っておかなければなりません。そして天気予報ではありませんが、先々を見据えて危険を感じたならば、…

  • 現代版鎖国の是非

    新型コロナウイルスの蔓延、ウクライナ危機、上海ロックダウン、円安など国際社会を舞台にした危機が頻発しています。世界がひとつにつながり一体化していることがよく分かります。日本経済の限界を打破するべく国際社会に乗り出した日本ですが、何事にも長短はあるものです。そして最初はメリットが後からデメリットが表れてくるものです。 江戸時代まで日本は鎖国していましたが、鎖国の期間は何も変わることなく止まったような時代だったのかもしれません。その後、開国してから今日に至るまで絶え間なく激動の時代が続いています。今の世界情勢を見れば、食料自給率100%で国内で採取できる資源のみでの経済循環を実現し海外に依存しない…

  • 言葉の限界

    \ 不祥事は世の常というものですが、よく耳にするのが説明責任ということです。「説明責任を果たしてほしい」と言われますが、そもそも複雑な因果関係があるわけではありません。簡潔に言えば「やってはいけないことを、やってしまった」ということ。話せば話すほど言い訳がましくなってしまいます。ただ謝るしかないのです。 言葉を費やすほど、不安になったり、疑惑が深まったり、イライラしたりするものです。誤魔化そうとするほど言葉の数は増えてしまいます。本当に申し訳ないと思うならば、素直に謝るしかありません。大事なのは心であり、言葉ではありません。自分の心をそのまま言葉で表現しようとするのは意外とできないものです。 …

  • 個性尊重とは

    新緑の季節なのですが、向かいの山に一本だけある赤い木が目立ちます。松枯れなのか、枯れてしまった葉が赤く見えるのです。この山を眺めながら、もしこの赤い木が「これが私の個性です」と言ったら、おかしなことになります。美しい新緑の山並みに1本だけ、まったく違う木があれば全体の調和を乱してしまいます。もちろん木々は人間から見られるために生えているわけではありませんが、自然界においても人間界においても調和は大切だと思うのです。 現代においては調和と個性の両立が難しい問題になっています。どちらかといえば昭和の時代は全体の調和が重視され、現在は個々の個性が重視されているように思います。ですが、どちらかに傾くよ…

  • 選ぶべき環境

    同じ環境に身をおいていると、いつの間にか惰性に没していることがあります。たとえ、そこが居心地の良い場所であったとしても、新たなる挑戦や大いなる反省がなければなりません。人間は忙しいほどにストレスが溜まるほどに拠所を求めますが、その場所が有益なのか無益なのか、どこかのタイミングで考えなければならないことがあります。たとえ今は有益であったとしても、いつまでも有益とは限らないものです。 学生時代は卒業という旅立ちがありました。慣れ親しんだ居場所から離れることには不安とストレスが伴いますが、いつの間にか新しい環境に馴染んでいるものです。区切りがあり、次のステップがありました。大人になると強制的に環境が…

  • 見守りのなかの成長

    先日の夕食はうどん店でした。いつもよりレジまでの流れが遅いように感じたのですが、研修中の店員さんでした。頑張ってはいるのですが慣れていないため、どうしても遅くなってしまいます。ですが、誰もイライラすることなく、いつもよりも少し遅い流れに乗っかっているようでした。その雰囲気に温かい見守りを感じ心がホッとなった夕食でした。 どんな達人も最初は素人からはじまります。その仕事を好きになれるか長く続けられるかは、周囲の見守りや指導にかかっていると思います。以前、スマホを買いに行ったショップでは不慣れな新人さんを放置状態で接客させており、本人も私も困惑したものです。何事もご縁なのでしょうが、先輩やお客様に…

  • 笑いの処方箋

    大黒天を本尊とする当山においては笑顔の法話をさせていただいております。笑いは免疫力を向上させ健康長寿につながります。また笑いはストレス発散にもつながるものです。私達は笑うことで心身ともに元気に過ごすことができますから、1日に50回を目標に笑うことができればと思うのです。何事も習慣であり、たとえ楽しくなくとも笑っていると、何事も楽しめるようになるのかもしれません。 笑顔はおだやかな心から生まれるものだと思うのです。そしておだやかな心は祈りから生まれるものだと考えています。以前はどこの家にも神棚や仏壇といった祈りの場がありました。社寺仏閣に足を運ばなくても、日々の祈りを欠かすことはありませんでした…

  • 「あたりまえ」のレベル

    楽をしていると、それが基準となりあたりまえになります。厳しい生活をしていれば、それが基準となりあたりまえになります。楽をしていればますます楽を求めるようになります。どこかで自制しなければ、泥沼のように沈んでいきます。今の自分の「あたりまえ」を疑わなければなりません。それは自分が勝手に作りだしているものなのですから。 人間は勝手な理屈を作っては楽をしようとします。「今日は疲れたから、夏休みの宿題は明日からしよう」という子供と同じような理屈を大人も持っているものです。特に上下関係のない生活をしていると、どうしても自分に甘くなってしまいます。この惰性の生活を打破することで、もっと新鮮で意欲的な生活が…

  • お節介でも

    つい気を利かせたつもりが、お節介になったり、ありがた迷惑ということがあります。何事にも相手があり状況は変わるものです。親切のつもりでも、それがおかしな方向にいってしまいかえって迷惑になることもあります。気持ちが行動となり結果となったときに、思わぬことになっていることもあります。親切や配慮といっても、なかなかに難しいものだと思うことがあります。 文句を言われたくなければ、何もしないのが楽なのです。ですが、文句もない代わりに感謝も喜びもありません。行動には結果が伴いますが、その結果は必ずしも自分が望むものではないかもしれません。ですが、どのような結果になったとしても、行動を起こすことが大切だと思う…

  • 今の生活or家族の命

    先日は突然の豪雨に雹という天気でした。ここ数年で異常気象を身近に感じるようになりました。地球に住まう一員としては環境の変化に対応していかなければならないのですが、生きているうちに順応できない環境になりそうで恐怖を感じます。太古に恐竜が滅びたのも急激な環境の変化だとされますが、再び地球の歴史を大きく変える時期が迫っているのかもしれません。 人間が住めなくなったとしたら、我々は被害者なのか、加害者なのか、考えさせられます。地球環境について過激な思想から無関心まで様々ですが、例外なく地球に住んでいるならば責任があります。政治家や悪徳企業だけの責任ではありません。SDGsも認知されてきましたが、最終的…

  • 面倒な人

    最近、面倒なトラブルが続きました。どれもたいしたことではないと思うのですが、難しく考えすぎたための対立ではないかと考えています。思慮が足りないのもいけませんが、考えすぎると自分で自分を縛り身動きできなくなってしまいます。人間の思考は一定ラインを越えると、いくら考えても堂々巡りとなりかえってマイナスとなります。 私達は思考と行動を反復することで経験を深めることができます。思考と行動のバランスが大切なのです。できる人ほど思考も行動もシンプルなものです。余計なことは考えない、無駄なことはしない。これによって自由闊達に生活することができるのです。不自由を感じている人は自分で自分を縛っていることが多いも…

  • 感情の綱引きに疲れたら

    生きることは、つながることだと思うのです。この社会にあって1人で生きていくのではなく、ご縁によって様々な人とつながってかなければなりません。ですが、そのつながりが利害や感情の綱引きになってはいけません。お互いに何かを求めて引き合うのではなく、つながっている安心感を大切にしたいと思うのです。 私は山伏ですが、山伏は山を仏様の体内と考え、その山と一体となることを目指し修行します。打算や悪意のない自然は良いものです。癒しを求めて山や海に出かけるのは良いことだと思います。自然と一体となる感覚は大切にしなければなりません。さらには自分がこの地球の一員であるという気づきが大切なのです。理屈ではなく、この星…

  • すべては心の状態

    久しぶりに高校時代の友人と会い、時の流れを実感しました。私は年を取ることを否定的には考えておらず、これからますます楽しくなると思っています。自分のピークを過去に置いてしまうと、これからの人生に希望を持ちワクワクすることはできません。武勇伝を語り過去を懐かしむのではなく、これからの明るい未来を楽しく語りたいものです。 つまらなそうな人は現在に失望し、未来を信じられなくなっている人です。そうなれば過去に執着するようになります。現在が充実していれば、未来への希望も高まります。大切なのは今なのですが、まずは今をどのように捉えるかがポイントだと思うのです。性格も楽天的な人もいれば、悲観的な人もいます。で…

  • 円満なる道

    世間を騒がせたご送金の事件がありました。妄想の世界ではなく、現実に起こるとは思ってもいなかった事件です。この事件によって、今まで普通に暮らしていたのが、今後は賠償や社会的制裁などがあり、どう考えても割に合わない行為でした。 もちろん欲に負けた本人の責任とはいえ悲しい結末です。通常は行動力が求められますが、今回の場合には自制力が求められました。自分の衝動を抑えることも大切であり、修養が求められます。心が安定している時は制御できるのですが、負の感情に翻弄されている時には思わぬことが起こるものです。 どのような状況でも、心境であっても超えてはならない一線を意識することです。それを「人の道」といいます…

  • プラスの関係

    車は給油することで継続して走行することができます。私達の日々の生活においても継続は大切なことなのですが、難しいことでもあります。そのため継続は力なりという格言があるのでしょう。簡単に得たものは簡単に失うものであり、じっくり時間をかけて身につけたものこそ大事な時に自分を支えてくれる柱になるのです。 家庭、職場、地域と様々な場所で様々な役割を担っています。どれも大切であり変わらずに存在したいと思うのですが、存続のためには「楽しい、学べる、癒される」といったプラスの要素がなければなりません。こういったものを得ることができているうちは続けることができます。それがいつしか「つまらない、負担、ストレス」と…

  • 喜びの輪

    親の子に対する愛を無償の愛といいますが、欲も思惑もない愛とはなかなかに難しいものだと思います。人間の思考や行動は欲望や打算によって支配されているとは言いませんが、大きな影響は受けているものです。しかし、それが人間というものであり、だからこそ、そういったものから距離をとれる人間関係は大切だと思うのです。 自分のことより優先できる相手がいることは、大きな喜びであり、人としての成長の道でもあります。自分のことばかりを考えているよりも、相手のために考えたり尽くすことが日々の充足につながります。自分の喜びよりも、相手の喜びを自分の喜びにできることが尊いのです。自分の喜びを求めることは子供であり、相手の喜…

  • 計らいを捨てる

    不祥事を起こした政治家の出処進退について、責務を全うしたいから続けたいというコメントに批判が集中することがあります。本人は何とか続けたい、ほとぼりが冷めるまで逃げのびたいという気持ちが伝わってしまうから、非難されるのかもしれません。何事にも立場というものがあり、公的な立場にあれば潔さも大切ではないかと思うものです。誰しも地位や特権に執着するものですが、恩恵を受けている立場ならばこそ、日頃から清廉潔白に努めなければなりません。 続けるべきかor辞めるべきか、進むべきかor退くべきか、誰もが経験する苦悩だと思います。ですが、その答えに正解はありません。結局は自分で決めるしかなく、自分で決めたことが…

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