プロフィールPROFILE

副山主さんのプロフィール

住所
米沢市
出身
米沢市

自由文未設定

ブログタイトル
甲子大黒天本山のブログ
ブログURL
https://kinoenedaikokuten.hateblo.jp/
ブログ紹介文
ブログで仏教的な生き方を模索しています。日々、大切にしていきたいことを書いています。
更新頻度(1年)

133回 / 332日(平均2.8回/週)

ブログ村参加:2008/09/28

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副山主さん
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副山主さんの新着記事

1件〜30件

  • 甲子大黒天本山 越年例大祭のご案内

    この例大祭は今年一年の厄を払い、やがて迎える新年の福徳を願う伝統行事として、毎年県内外から多くの参拝者が訪れる、米沢の季節の風物詩のひとつとなっております。例大祭では山伏による神斧・宝弓・宝剣などの作法により災難を払い、開運招福加持によって開運を招く特別祈祷を厳修いたします。この開運招福加持は福クジともなっており、七福神の色紙などが当たり参詣者からは好評を得ております。祈祷後には福餅の献膳もあります。大黒様とご縁を結んでいただける、つきたてのお餅が食べ放題で参詣者に振る舞われます。どなたでも予約なしでご参加いただけますので、新たなる令和の安寧を願いお越しください。 甲子大黒天本山 越年例大祭日…

  • 同期のサクラ

    テレビドラマ「同期のサクラ」が人気なようです。私も見てみたのですが、主人公の自分のペースで思ったことを言い行動してしまう性格について考えさせられました。このドラマではこういう性格は苦労するのでやめましょうといっているのか、それとも空気を読んで自分を殺して迎合することなく主人公のように自分のペースで生活しましょうといっているのか迷うところです。主人公には夢があるのですが、その性格ゆえ夢が遠のくばかりです。同期に支えられながら、このあとどうなるのでしょうか。 社会には理論的に正しいことがあります。ところが人間は感情的な生き物ですから正論というものが苦手でもあります。また人間は弱いため正しいことだけ…

  • 投資は投資でも

    来年の事業について協議していた時にひとつの提案がありました。その提案を聞いてもっと手間をかけず効果的な方法があると発言しました。そうしたら「たしかに手間がかかって今は大変かもしれませんが、将来のために必要なことだ」と言われました。できるところに委託して終わりにするのではなく、今のうちから自分たちでできるように育てようという提案でした。 面倒なことはやりたくない楽をしたいというのが本音です。しかし、それでは成長できないわけです。「やりたくないことでも、ちゃんとできる人間」にならなければなりません。楽しいことやお金になることは誰でも簡単にできますが、人が敬遠することをあたりまえのようにできてこそ一…

  • 人生音痴

    方向感覚のない人は地図を見ても見なくても間違った方向に行ってしまいます。私は方向音痴なのですが、「こっちだ」と思って当たったことがありません。そのためカーナビやスマホにいつも助けられています。これらがなければ知らない土地に車で向かうことは相当な覚悟と時間が必要になります。文明の利器も人々の生活を助けてくれるものもあれば、人間をダメにしてしまうものもあり、その見極めが大切なのだと思うのです。 方向音痴の人もいれば、人生音痴といえるような人もいます。なぜか間違った方向にばかり進んでしまう人です。周囲から見れば理解に苦しむほどですが、本人にしてみればどうして自分がいつも選択を誤り苦しんでいるのかが分…

  • あなたには頼りません

    人間関係においては頼るということも大事だと思うのです。ところが、現代は家族や友人であっても頼りたくないor頼れないという人が多いのかもしれません。そのため1人で抱え込んでは苦しんでいるのではないでしょうか。大きな問題から些細な愚痴まで、まずは言葉にしてみる、そして頼ってみることでずいぶん違います。話すだけで心が軽くなり、頼ってみることで自分では思いつかなかった解決の糸口が見つかったりします。なにより誰かと関わることで孤独ではないという安心感を得ることができるのです。 1人では生きることができない私達にとってはお互いに頼ることで信頼関係が深まります。できるできないを別にして何でも1人でやろうとす…

  • 大きくもあり小さくもある私の苦悩

    現代人は自分の苦悩に埋没してしまう傾向があるように思います。おそらく縄文人から現代人までどの時代の人間であっても同じように悩んだり悲しんだり怨んだりしたと思うのです。ですが、昔は生活に追われるばかりで1人で苦悩する時間も場所もありませんでした。ですから、苦悩する暇がなく捨て置くしかなかったのかもしれません。ところが、現代は1人になるための時間や場所に不自由することなく徹底的に苦悩することができる時代でもあります。 人間は自分の苦悩に埋没してしまうと周囲が見えなくなります。世界中で最も不幸な存在であるかのように錯覚してしまいます。そうなると周囲に対して傍若無人になってしまいます。たとえるなら風邪…

  • 尻に火がついて

    最近の台風の脅威にようやく地球温暖化について深刻に考えるようになりました。すでに90年代から専門家は警鐘を鳴らしていたのですが、被害を受けないうちはどこか遠い世界のことであり関係ないと思っていました。ところが、その脅威を見せつけられると、いまさらながら全世界の問題であり他人事ではないと考えさせられます。テレビで流れるヨーロッパの環境問題への抗議は大げさなことではなく身近な問題なのだと思うようになりました。 人生には気づいた頃にはもう遅いということがあります。どれだけ心配されても、いくら怒られても、本人にその気がなければ意味がありません。古来より後悔先に立たずという格言がありますが、この言葉を知…

  • まめということ

    人生において大切な特性に「まめ」ということがあると思います。まめな人の家に行くと部屋はきれいに掃除され、庭などもきれいに手入れされおり、どこもかしこも手をかけているものです。じっとしていられない性分で細かいところまで気になる人ともいえますが、住宅はきれいなまま長く快適に住めますし、運動や食生活もまめに気を使えば健康を維持でき、人間関係もまめに配慮できれば円滑になります。何事も些細なことでも丁寧に大切にできる人ほど豊かな生活を送ることができます。 心の修養も庭の草むしりのようなものです。面倒だと思う心に負けることなく為すべきことを為していかないと、山のように積み重なり身動きできなくなります。今日…

  • 過大評価の苦悩

    息子を見ていると自分の子供の頃に似ており恥ずかしくなることがあります。馬鹿な奴だと思うのですが、それでも私よりはまともだと感心しています。これは親バカということではなく、自分の過去を美化せずに素直に評価しているつもりです。自分のほうが優れていたと思うと尊大になり無理な期待を押しつけてしまうものです。自分のほうがと思う人は自分を過大評価しているものです。 自分を過大評価しても良いことはありません。かえって現実とのギャップに苦しむばかりです。悲しい表現を使うならば誰も評価してくれないから、自分で評価するしかないということなのかもしれません。自己評価を高めるほど人を遠ざけ孤立してしまいます。日本には…

  • 胃袋よりも心

    私達は1日3回の食事でお腹を満たしています。人間は食べなければ生きていくことができませんが、他の動物とは違い食べるために生きているわけではありません。人間は幸せになるために生きていますから、胃袋よりも心を満たさなければなりません。 心を満たすためには日々の生活のなかにたくさんの「ありがたい」を発見することが大切です。小さな親切や家族との団欒などをありがたいと思えることで心が満たされます。感謝の心が幸せへとつながります。 人間の欲や不満はありがたいという気持ちを破壊します。仕事や家族があるありがたみよりも、不満が強くなれば感謝の心は失われてしまいます。ザルに水が溜まらないように、欲や不満で心に穴…

  • たくさんの個性のなかで

    個性の時代といわれますが、表現を変えれば普通じゃないが普通になる時代といえます。極論すれば、何をしようと自分の勝手であり、周囲がとやかく言える時代ではなくなりました。以前は自由を認められていても暗黙の一線があり、その一線を超えれば周囲からは非難され本人も劣等感に苦しんでいました。少数派はいつも差別や偏見にさらされ迫害されていたといえるかもしれません。 現在は昭和の時代の普通という感覚が崩壊し、すべてが多様化し少数派が乱立する時代になりました。大多数を占める普通という集団がなくなり、どのような少数派に属しても差別や偏見そして劣等感から解放されつつあります。逆に「普通=つまらない=なにもない」とい…

  • 私は幸せな人

    私は幸せになれないと勝手に決めてしまっている人がいます。そういう人は自分なりの幸福の条件を持っており、その条件を満たしていないから幸せにはなれないと考えるのです。いわば自分から幸せを放棄しているようなものです。幸福の条件など捨ててしまえば、もっと楽しくありのままで幸せになれるのです。幸福とは勤務先、学歴、能力、容姿、結婚、預金額などで決まるものではありません。多くの人がこういったものに囚われてしまっているのです。 幸福とは条件を捨て妥協することではありません。そもそも幸福とは条件や外的な要因で決まるものではなく、自分の心を満たすことなのです。人から親切にしてもらった時、美味しい食事をした時、清…

  • 小学生に戻って思い出す

    人間というものは習慣の生き物です。良き習慣は幸福へとつながり、悪しき習慣は不幸へとつながります。たとえば人に何かしてもらったときに「ありがとう」と言える人と、「誰も頼んでいない」と言ってしまう人では、人生が大きく違ってきます。また自分が苦手だと思う課題や人間に対して「もう少し頑張ってみよう」と思う人と、「私には無理だ」とすぐにあきらめてしまう人でも大きく違ってきます。多くの場合には習慣によって同じ言動になってしまうものです。 自分を変えたいと思うならば、習慣を変えなければなりません。そのためには子供の頃に家族や先生から教えられたことを思い返すことです。小学校までに教えられたことがちゃんとできれ…

  • 聞くための力

    ある大学生の合宿で早朝に法話を依頼されたことがありました。深夜まで起きている合宿で早朝はつらいものです。眠いまま本堂に来てそのまま寝てしまう学生もいました。法話が終わってから先生が寝ていた学生に、せっかく話してもらっているのに失礼だと私の前で説教をはじめました。なんだか私までいたたまれない気持ちになりました。「お前の話がつまらないから、寝てしまったのだ」という恨み節が聞こえてきそうです。そんな私の気持ちも知らず説教は続きました。 自分が正しいと正義感でやっていることが、実は周囲の迷惑になっていることがあります。また、周囲のために頑張っていることが、ありがた迷惑ということもあります。自分の思いと…

  • ストレスに出る人間性

    地元ラジオに出た時のことです。時間までロビーで待っていたら、年配の男性が若い職員に文句を言っていました。離れていた私のところまで声が届くほどで、ずいぶん前の対応が気に入らなかったらしく、終わる気配のないクレームが続いていました。言っていることに間違いはないのですが、理詰めで相手を追い詰めるクレームは聞いていも気分が悪くなるものでした。何かイライラすることがあり、憂さ晴らし来たような印象でした。 年配の男性からのクレームに耐えた若い職員はどのように、そのストレスを発散するのかと考えてみました。同じように誰かにイライラをぶつけるのか、それとも愚痴をこぼすのか。どちらにせよ次の犠牲者が生まれ、ストレ…

  • 人間関係の極意

    たまたま忙しい時に行けば人気店になり、たまたま暇な時に行けば倒産しそうなお店になります。たまたまイライラしている人に会えば最悪な人になり、たまたま機嫌の良い人に会えば素敵な人になります。人間の評価というものは確かなものではありません。お店の人気度を調べたければ1ヶ月間くらい毎日通わなければなりません。その人間を知りたければ長く深く付き合わなければなりません。 私達は一瞬で評価を決めてしまうものです。ほぼ第一印象で決めてかかり、その評価を持続させようとします。良いと思えば、嫌な面が見えてきても見ないようにします。また、嫌だと思えば、相手の良い所が分かってきても、なかなか素直に認めることができませ…

  • 魅力に気づくためには

    風船は次の日にはしぼんでしまうものが多いようです。空っぽの中身をいかに空気で大きくしても、その空気が抜けてしまえば何も残りません。私達人間も中身が問われます。美人は3日で飽きるという言葉がありますが、長く付き合っていくには容姿よりも個性や人間性のほうが大切になってくるわけです。相手に対しては表面的な所に惑わされることなく、自分に対しては表面的に誤魔化そうとせず内面を磨きたいものです。 夏の夜には街灯に多くの虫が集まります。人間も明るく華々しいものに集まる性質があるのかもしれません。しかし、そういったものの多くは表面的なものであり、虚しさや後悔につながるものです。何事においても本質を見抜く目を養…

  • 美食よりも

    食事を美味しくする方法を考えてみました。ひとつには食材の吟味があります。こだわった良い食材を使えば食事は美味しくなります。またプロに調理法を教えてもらったり、いつもよりも手間をかければ美味しくなります。食事の前に運動などをして空腹にしておくこともよいかもしれません。さらには食材や作り手への感謝の気持ちを持つことも大切です。1日3回の食事をより美味しくいただきたいものです。 食材の吟味や調理の技術などは美食の追求にあたると思います。食事を楽しむということであり、食欲にあたります。食べなければ生きられない人間ですが、美味しいものを食べたいという思いが高じれば欲になります。欲による食事は暴飲暴食や好…

  • 現実世界が遠くて

    日本では自分の意見を主張すると常識がないとか生意気だと考える人もいます。ですが、私は勇気をもって自分の信念や努力を世に問うことが大切だと考えています。もちろん口先だけではいけませんから、言行一致でなければなりません。自分の想いを発信し実行するという過程が大切だと思うのです。心のなかに想いを留めておくと、どんなに素晴らしい想いでも停滞し濁ってしまいます。外界に向けて想いを発信することで、新鮮な空気を取り込み想いの鮮度を保ち、心を新たにすることができるのです。 自分の想いを言葉や行動にすることには勇気が必要ですが、やってみたからこその学びというものがあります。自分の想いが未熟であれば失敗したり嫌わ…

  • 親切の極意

    なぜ親切にしなければならないのかをあらためて考えてみました。仏教的な親切の解釈では、やさしい言葉を使うためにはイライラなどマイナスの感情を抑えなければなりません。人に何かを与えようとすれば惜しむ心を捨てなければなりません。困っている人を助けようとすれば、自らの保身を忘れなければなりません。私達は親切をおこなうことで自らの心を掃除しており、親切とは仏道修行でもあるのです。親切とは自分の心を清め幸せになるためのものなのです。 自分のための修行が親切ですから、親切とは「してあげる」ものではなく、「させていただく」ものなのです。親切をして感謝を求めるのは間違いであり、親切をさせてもらったならば感謝しな…

  • いつもの私

    日頃の自分というものを意識すると様々なパターンや習慣が見えてきます。誰かに親切にされた時に素直にありがたいと思える人もいれば、誰もそんなことを頼んではいなと思う人もいます。誰かに注意された時に自分のために注意してくれたと思える人もいれば、私のことが好きではないから嫌がらせをしていると思う人もいます。誰かにほめられたときに謙遜する人もいれば、何か下心があると勘ぐる人もいます。 対人関係のなかで生きている私達にとって相手のことを考える前に、まず自分のリアクションについて考えなければなりません。こちらのリアクション次第で相手が受ける印象も態度も大きく変わってきます。自分が嫌だなと思った場合には、相手…

  • 否定も期待も

    自分の弱い部分というものは否定したくなるものです。自分のことは誰より分かっているつもりですし、周囲も直接間接様々なメッセージを発しては改善を促します。ですが、長く生きるほど今まで克服できなかったからこその欠点なのですが、それもまた自分の一部であり愛おしいような気もしてくるのです。自分の体を上下に分割できないように、性格や長短というものも分割できないものなのかもしれません。そんな自分と上手に付き合っていかなければなりません。 自分を否定するほど苦しくなり、また期待するほど苦しくなります。否定と期待の中間にあたる曖昧な位置づけも必要なのかもしれません。「ほどほど」とか「まあまあ」といった可もなく不…

  • いつでもどうぞ

    現代社会は偽りの言葉や笑顔が氾濫しているように思われます。相手の言葉を信じられない、そして自分の言葉を偽ってしまう、お互いに自分の本音の部分を出せないからこそ相手を信じられずストレスが溜まるのかもしれません。そのため人間関係が面倒になり人間関係の距離がますます遠ざかります。しかし「人」という字は2人の人間がお互いを支えている形になっており、人間は1人では生きることができないのです。 人間関係は無理しなければならない、空気を読まなければならない、我慢しなければならないと思っている人もいるかもしれません。しかし、そのように思うのは本当の自分を人前に出せないと思っているからなのです。言いたいことが言…

  • 本当の会話

    お釈迦様がある農夫に供養を求めた時「私は毎日この畑を耕しています。あなたも食べ物をもらおうとはせず耕してはどうですか」と反論しました。お釈迦様は「私は心を耕す者です」と応えたそうです。この言葉よりもお釈迦様の雰囲気や態度に嘘偽りがないからこそ農夫は納得したと思うのです。 論語には「巧言令色少なし仁」という言葉がありますが、言葉巧みな人ほど口先だけということがあります。現代は偽りの言葉が氾濫しているように感じられ、そのため人を信頼できなくなっているのかもしれません。言葉は大切なコミュニケーション手段ですが、その言葉が軽ければ、相手の心に響くことはなく人を動かすことはできません。 言葉を尽くして説…

  • 最後に笑うために

    私達は様々な問題にぶつかるとすぐに答えを求めたくなります。その答えとは苦労や苦悩から解放されるための答えであり、早く楽をしたいために求める答えなのかもしれません。ですが、楽をしたいために求める答えに救われることはありません。私達が暮らすこの社会とはそんなに単純なものではなく、世の中に楽をして得られるものなどありません。すべて相応の対価を求められるのです。 夢を実現するためには努力という対価を求められ、反対に日々怠けていても自業自得という対価を求められます。何をしてもしなくても対価を求められてしまうのが人生なのかもしれません。ならば幸福へとつながる対価を支払いたいものです。幸福への対価とは今支払…

  • ランクとスペックを競って

    テレビの番組で同級会の話題を取りあげていました。そのなかで同級会はお互いのランクやスペックを競うためにあるという発言があり、成功していたり充実している人間が行くものであり、そうでなければ辛い思いをするということでした。しかも40歳を過ぎればほぼ勝負が決まってしまうため絶望的なのだとか、さらに60歳を過ぎれば健康や長寿しか競うものがなくなると言っていました。 同じ人間はおらず、それぞれに環境も個性も違うのに、自分の物差しで比べようとしては一喜一憂して苦しむのが人間です。自分は自分、他人は他人と分けて考えれば楽になれるのに、それができないため苦しいのです。私達は比べるのではなく、認めることのほうが…

  • 新しい自分との出会い

    相手の想像通りの行動では意味がありません。良い意味で相手の想像を超えることができれば、そこに感動が生まれます。これは恋愛ということではなく、仕事や人間関係など生活のすべてに適合することです。人の印象や記憶に残る人とは相手の想像を超えていく人なのです。あたりまえのことをあたりまえにすることも大切ですし、あたりまえのことをあたりまえではなくすることも必要です。 いわば平凡と非凡の使い分け、もしくは着実さと大胆さを兼ね備えるということです。どうしても人間はどちらかになってしまいますが、状況に応じて様々な対応ができたほうが楽しいですし上手くいくものです。まずは自分のなかに様々な自分がいることに気づかな…

  • 日韓問題から学ぶ人間関係

    日韓問題は長引きそうです。自制を求めるアメリカは中国と摩擦が続き、イギリスもEUから脱退問題がスッキリしないようです。お互いに自分の利益を優先しているうちは解決の糸口は見出せないものです。国なら自国、会社なら自社、個人なら自分を中心に考えているうちは争いばかりになります。平和や安寧を求めるならば、問題を解決したいと思うならば、利害のつなひきをやめなければなりません。 交渉するためには道理か損得しかありません。お互いの良心によって建設的・平和的に解決するか、争うことの損失よりもお互いがそれぞれに利益を得ることのできる道を探るかなのです。良心もなく、自分の利益しか考えられないとしたら、もはや交渉の…

  • 鏡よ、私の心よ

    他人を許せない人は自分を許せない人です。他人を信じられない人は自分を信じられない人です。この世界とはすべて自分の延長線上にあるものです。ですから100人の人間がいれば100の世界があります。たしかに私達の生活は世界の政治や経済の影響を受けますが、大切な部分というものは自分次第なのです。どのように自分という人間と向き合い、その先にある世界とつながっていくかを考えなければなりません。 私はこの世界とは自分の心を映しだす鏡だと思っています。すべて心というフィルターを通して見ているのです。この世界を醜いと感じるのは、この世界に怒りを感じるのは、この世界に失望するのは、自らの醜さ、怒り、失望を映しだして…

  • 日々修行ということ

    「三匹の子豚」では1番目の兄はわらの家、2番目の兄は木の家、末っ子はレンガで家を作りました。オオカミはわらと木の家を破壊しましたが、レンガの家に撃退されました。人生にオオカミ以上に恐ろしい魔物が登場することがあります。そういった時にはレンガの家のようにしっかりとした基礎が必要になります。人生における基礎とは人間性、忍耐力、智恵などです。学校とはこういった基礎を身につけるためにあるはずなのです。 知識やマニュアルでは人生の苦難に打ち克つことはできません。苦しい時に自分を支えてくれるものを持っておかなければなりません。私ならば修行時代の厳しい経験があるため、あの時に比べればと思うことができます。も…

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