プロフィールPROFILE

副山主さんのプロフィール

住所
米沢市
出身
米沢市

自由文未設定

ブログタイトル
甲子大黒天本山のブログ
ブログURL
https://kinoenedaikokuten.hateblo.jp/
ブログ紹介文
ブログで仏教的な生き方を模索しています。日々、大切にしていきたいことを書いています。
更新頻度(1年)

140回 / 349日(平均2.8回/週)

ブログ村参加:2008/09/28

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ハンドル名
副山主さん
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副山主さんの新着記事

1件〜30件

  • 裁判官なんていらい

    通り魔事件の裁判員裁判一審の死刑判決を二審と最高裁が無期懲役に軽減しました。判決理由は覚醒剤使用により正常な判断ができなかったためです。法律で禁止されている覚醒剤の使用で減刑されるというのが納得できないところです。また民意を反映させるために導入された裁判員の判決を破棄しては裁判員の意味もありません。日本では被害者のことよりも、加害者の更生や死刑回避のほうが重視される傾向があります。 ハンムラビ法典には「目には目を歯には歯を」という有名な一文があります。自分がおこなったことと同じ報いを受けるというのが世界共通の刑罰でした。近代となり野蛮な刑罰が廃止されても、刑務所などでは過酷な労働や厳しい収監が…

  • 一日に疲れている大人

    この時期になると一年の速さを実感させられます。お正月を迎え新たる一年が始まったかと思えば桜が咲き暑い夏を迎え、気づけば初雪の季節となりました。日本では四季がはっきりしているため余計に四季の移ろいから様々なことを感じさせられるのかもしれません。同じ一年でも年齢によって感じ方が違うともいわれます。「ジャネーの法則」では同じ一年でも子供と大人では生きてきた年数が違うため、10歳と80歳では同じ1年間でも10分の1と80分の1と大きく異なり、そのため感じ方も違うと説明されています。 また子供は一日が長く一年が短く、大人は一日が短く一年を長く感じるともいわれます。大人になるほど忙しくなり仕事や家事に追わ…

  • 希望と意志の違い

    「やってみたい」は希望であり、「やってやる」は意志だと考えています。希望はいつかそのうち機会があればというもので、その多くは思うだけで実現することはありません。意志は自分の力でなんとしてでもという想いの力があるため、実現する可能性は高くなります。言葉としては微妙なニュアンスの違いですが、その言葉に込められている想いは大きく違うと思うのです。 私は思うだけよりも、やってみた方が楽しいと思うのです。世界一周を夢見るならば、世界文化遺産の特集を見ながらコースを考えたり、毎月少しずつお金を貯めるという行動が伴うことで、より楽しくより現実的になるのではないでしょうか。最終的に3泊4日の海外旅行になるかも…

  • 浪費している精神エネルギー

    怒りを堪えることにエネルギーを使うのか、それとも怒りを爆発させることにエネルギーを使うのか。人を信じることにエネルギー使うのか、それとも人を疑うことにエネルギーを使うのか。人間が一日に使うことのできる精神的なエネルギーは決まっています。限られているエネルギーをどこに注ぐかによって一日がまったく違ったものになります。一日を振り返って疲れたり最悪だったと思うのならばエネルギーの使い方を間違ったのかもしれません。 限られた資源を有効活用しなければならないのは地下資源ばかりではなく、私達の心のエネルギーも同じなのです。心のエネルギーを浪費している人はいつも疲れています。寝て回復する体力とは違い心は枯れ…

  • 知識と智慧

    日本でもっとも有名な経典である般若心経の「般若」には智慧という意味があります。学校の成績が良いという場合は智慧ではなく知識だと思うのです。高学歴でも世の中のことが分からない人も多いものです。賢い人間とは知識豊富な人ではなく、この社会のなかで無理することなく上手に生きていくことができる人ではないかと思っています。愚かなことや危険なことを避けることができ、相手に応じて付き合うことができ、自分のことが分かっており、自分らしく生きることができる人ではないでしょうか。 般若の智慧とは道理をわきまえるということです。道理とは自分にとって不都合な真実と表現することができます。自分も必ず老いて死んでいくという…

  • 優秀で愚かな発言

    問題になっている桜を見る会の出席者リストの破棄が遅滞した理由としてシュレッダーの不調のためという発言がありました。誰が聞いても無理のある発言に思えました。以前、私が行政に陳情に行った際にも同じような発言がありましたが、発言者はけして無能ということではなく優秀なのでしょうが、無理して嘘を通そうとすればいかに優秀でも愚かな発言しかできなくなってしまうものです。 たとえ嘘をついてしまったとしても早い段階で正直に謝ってしまえば楽になれるのですが、嘘を通そうとすればするほど苦しくなります。優秀で責任ある大人でさえ小学生のような嘘をつかなければならないのは屈辱であり空虚なものです。そもそも嘘には合理性がな…

  • やってはみたのですが

    現代の特徴に中途半端ということがあるように思われます。「やるだけやってみたのですが」と言ったとき「どれだけやったのか」はなはだ疑問ということがあります。すぐにあきらめて嘆いている人が多いように思うのです。失敗や挫折とは結果ではなく、あきらめてしまうことだと思っています。一時的な失敗はあきらめなければ成功へのプロセスです。つまずくことが悪いのではなく、つまづいて立ち上がらないことが悪いのです。 失敗で終わるのか、成功へとつながるのか、その分岐点は想いの強さだと思うのです。簡単にあきらめてしまうのは想いが弱いからです。禁酒禁煙だけではなく、何事においても継続には想いという燃料が必要であり、その燃料…

  • 甲子大黒天本山 越年例大祭のご案内

    この例大祭は今年一年の厄を払い、やがて迎える新年の福徳を願う伝統行事として、毎年県内外から多くの参拝者が訪れる、米沢の季節の風物詩のひとつとなっております。例大祭では山伏による神斧・宝弓・宝剣などの作法により災難を払い、開運招福加持によって開運を招く特別祈祷を厳修いたします。この開運招福加持は福クジともなっており、七福神の色紙などが当たり参詣者からは好評を得ております。祈祷後には福餅の献膳もあります。大黒様とご縁を結んでいただける、つきたてのお餅が食べ放題で参詣者に振る舞われます。どなたでも予約なしでご参加いただけますので、新たなる令和の安寧を願いお越しください。 甲子大黒天本山 越年例大祭日…

  • 同期のサクラ

    テレビドラマ「同期のサクラ」が人気なようです。私も見てみたのですが、主人公の自分のペースで思ったことを言い行動してしまう性格について考えさせられました。このドラマではこういう性格は苦労するのでやめましょうといっているのか、それとも空気を読んで自分を殺して迎合することなく主人公のように自分のペースで生活しましょうといっているのか迷うところです。主人公には夢があるのですが、その性格ゆえ夢が遠のくばかりです。同期に支えられながら、このあとどうなるのでしょうか。 社会には理論的に正しいことがあります。ところが人間は感情的な生き物ですから正論というものが苦手でもあります。また人間は弱いため正しいことだけ…

  • 投資は投資でも

    来年の事業について協議していた時にひとつの提案がありました。その提案を聞いてもっと手間をかけず効果的な方法があると発言しました。そうしたら「たしかに手間がかかって今は大変かもしれませんが、将来のために必要なことだ」と言われました。できるところに委託して終わりにするのではなく、今のうちから自分たちでできるように育てようという提案でした。 面倒なことはやりたくない楽をしたいというのが本音です。しかし、それでは成長できないわけです。「やりたくないことでも、ちゃんとできる人間」にならなければなりません。楽しいことやお金になることは誰でも簡単にできますが、人が敬遠することをあたりまえのようにできてこそ一…

  • 人生音痴

    方向感覚のない人は地図を見ても見なくても間違った方向に行ってしまいます。私は方向音痴なのですが、「こっちだ」と思って当たったことがありません。そのためカーナビやスマホにいつも助けられています。これらがなければ知らない土地に車で向かうことは相当な覚悟と時間が必要になります。文明の利器も人々の生活を助けてくれるものもあれば、人間をダメにしてしまうものもあり、その見極めが大切なのだと思うのです。 方向音痴の人もいれば、人生音痴といえるような人もいます。なぜか間違った方向にばかり進んでしまう人です。周囲から見れば理解に苦しむほどですが、本人にしてみればどうして自分がいつも選択を誤り苦しんでいるのかが分…

  • あなたには頼りません

    人間関係においては頼るということも大事だと思うのです。ところが、現代は家族や友人であっても頼りたくないor頼れないという人が多いのかもしれません。そのため1人で抱え込んでは苦しんでいるのではないでしょうか。大きな問題から些細な愚痴まで、まずは言葉にしてみる、そして頼ってみることでずいぶん違います。話すだけで心が軽くなり、頼ってみることで自分では思いつかなかった解決の糸口が見つかったりします。なにより誰かと関わることで孤独ではないという安心感を得ることができるのです。 1人では生きることができない私達にとってはお互いに頼ることで信頼関係が深まります。できるできないを別にして何でも1人でやろうとす…

  • 大きくもあり小さくもある私の苦悩

    現代人は自分の苦悩に埋没してしまう傾向があるように思います。おそらく縄文人から現代人までどの時代の人間であっても同じように悩んだり悲しんだり怨んだりしたと思うのです。ですが、昔は生活に追われるばかりで1人で苦悩する時間も場所もありませんでした。ですから、苦悩する暇がなく捨て置くしかなかったのかもしれません。ところが、現代は1人になるための時間や場所に不自由することなく徹底的に苦悩することができる時代でもあります。 人間は自分の苦悩に埋没してしまうと周囲が見えなくなります。世界中で最も不幸な存在であるかのように錯覚してしまいます。そうなると周囲に対して傍若無人になってしまいます。たとえるなら風邪…

  • 尻に火がついて

    最近の台風の脅威にようやく地球温暖化について深刻に考えるようになりました。すでに90年代から専門家は警鐘を鳴らしていたのですが、被害を受けないうちはどこか遠い世界のことであり関係ないと思っていました。ところが、その脅威を見せつけられると、いまさらながら全世界の問題であり他人事ではないと考えさせられます。テレビで流れるヨーロッパの環境問題への抗議は大げさなことではなく身近な問題なのだと思うようになりました。 人生には気づいた頃にはもう遅いということがあります。どれだけ心配されても、いくら怒られても、本人にその気がなければ意味がありません。古来より後悔先に立たずという格言がありますが、この言葉を知…

  • まめということ

    人生において大切な特性に「まめ」ということがあると思います。まめな人の家に行くと部屋はきれいに掃除され、庭などもきれいに手入れされおり、どこもかしこも手をかけているものです。じっとしていられない性分で細かいところまで気になる人ともいえますが、住宅はきれいなまま長く快適に住めますし、運動や食生活もまめに気を使えば健康を維持でき、人間関係もまめに配慮できれば円滑になります。何事も些細なことでも丁寧に大切にできる人ほど豊かな生活を送ることができます。 心の修養も庭の草むしりのようなものです。面倒だと思う心に負けることなく為すべきことを為していかないと、山のように積み重なり身動きできなくなります。今日…

  • 過大評価の苦悩

    息子を見ていると自分の子供の頃に似ており恥ずかしくなることがあります。馬鹿な奴だと思うのですが、それでも私よりはまともだと感心しています。これは親バカということではなく、自分の過去を美化せずに素直に評価しているつもりです。自分のほうが優れていたと思うと尊大になり無理な期待を押しつけてしまうものです。自分のほうがと思う人は自分を過大評価しているものです。 自分を過大評価しても良いことはありません。かえって現実とのギャップに苦しむばかりです。悲しい表現を使うならば誰も評価してくれないから、自分で評価するしかないということなのかもしれません。自己評価を高めるほど人を遠ざけ孤立してしまいます。日本には…

  • 胃袋よりも心

    私達は1日3回の食事でお腹を満たしています。人間は食べなければ生きていくことができませんが、他の動物とは違い食べるために生きているわけではありません。人間は幸せになるために生きていますから、胃袋よりも心を満たさなければなりません。 心を満たすためには日々の生活のなかにたくさんの「ありがたい」を発見することが大切です。小さな親切や家族との団欒などをありがたいと思えることで心が満たされます。感謝の心が幸せへとつながります。 人間の欲や不満はありがたいという気持ちを破壊します。仕事や家族があるありがたみよりも、不満が強くなれば感謝の心は失われてしまいます。ザルに水が溜まらないように、欲や不満で心に穴…

  • たくさんの個性のなかで

    個性の時代といわれますが、表現を変えれば普通じゃないが普通になる時代といえます。極論すれば、何をしようと自分の勝手であり、周囲がとやかく言える時代ではなくなりました。以前は自由を認められていても暗黙の一線があり、その一線を超えれば周囲からは非難され本人も劣等感に苦しんでいました。少数派はいつも差別や偏見にさらされ迫害されていたといえるかもしれません。 現在は昭和の時代の普通という感覚が崩壊し、すべてが多様化し少数派が乱立する時代になりました。大多数を占める普通という集団がなくなり、どのような少数派に属しても差別や偏見そして劣等感から解放されつつあります。逆に「普通=つまらない=なにもない」とい…

  • 私は幸せな人

    私は幸せになれないと勝手に決めてしまっている人がいます。そういう人は自分なりの幸福の条件を持っており、その条件を満たしていないから幸せにはなれないと考えるのです。いわば自分から幸せを放棄しているようなものです。幸福の条件など捨ててしまえば、もっと楽しくありのままで幸せになれるのです。幸福とは勤務先、学歴、能力、容姿、結婚、預金額などで決まるものではありません。多くの人がこういったものに囚われてしまっているのです。 幸福とは条件を捨て妥協することではありません。そもそも幸福とは条件や外的な要因で決まるものではなく、自分の心を満たすことなのです。人から親切にしてもらった時、美味しい食事をした時、清…

  • 小学生に戻って思い出す

    人間というものは習慣の生き物です。良き習慣は幸福へとつながり、悪しき習慣は不幸へとつながります。たとえば人に何かしてもらったときに「ありがとう」と言える人と、「誰も頼んでいない」と言ってしまう人では、人生が大きく違ってきます。また自分が苦手だと思う課題や人間に対して「もう少し頑張ってみよう」と思う人と、「私には無理だ」とすぐにあきらめてしまう人でも大きく違ってきます。多くの場合には習慣によって同じ言動になってしまうものです。 自分を変えたいと思うならば、習慣を変えなければなりません。そのためには子供の頃に家族や先生から教えられたことを思い返すことです。小学校までに教えられたことがちゃんとできれ…

  • 聞くための力

    ある大学生の合宿で早朝に法話を依頼されたことがありました。深夜まで起きている合宿で早朝はつらいものです。眠いまま本堂に来てそのまま寝てしまう学生もいました。法話が終わってから先生が寝ていた学生に、せっかく話してもらっているのに失礼だと私の前で説教をはじめました。なんだか私までいたたまれない気持ちになりました。「お前の話がつまらないから、寝てしまったのだ」という恨み節が聞こえてきそうです。そんな私の気持ちも知らず説教は続きました。 自分が正しいと正義感でやっていることが、実は周囲の迷惑になっていることがあります。また、周囲のために頑張っていることが、ありがた迷惑ということもあります。自分の思いと…

  • ストレスに出る人間性

    地元ラジオに出た時のことです。時間までロビーで待っていたら、年配の男性が若い職員に文句を言っていました。離れていた私のところまで声が届くほどで、ずいぶん前の対応が気に入らなかったらしく、終わる気配のないクレームが続いていました。言っていることに間違いはないのですが、理詰めで相手を追い詰めるクレームは聞いていも気分が悪くなるものでした。何かイライラすることがあり、憂さ晴らし来たような印象でした。 年配の男性からのクレームに耐えた若い職員はどのように、そのストレスを発散するのかと考えてみました。同じように誰かにイライラをぶつけるのか、それとも愚痴をこぼすのか。どちらにせよ次の犠牲者が生まれ、ストレ…

  • 人間関係の極意

    たまたま忙しい時に行けば人気店になり、たまたま暇な時に行けば倒産しそうなお店になります。たまたまイライラしている人に会えば最悪な人になり、たまたま機嫌の良い人に会えば素敵な人になります。人間の評価というものは確かなものではありません。お店の人気度を調べたければ1ヶ月間くらい毎日通わなければなりません。その人間を知りたければ長く深く付き合わなければなりません。 私達は一瞬で評価を決めてしまうものです。ほぼ第一印象で決めてかかり、その評価を持続させようとします。良いと思えば、嫌な面が見えてきても見ないようにします。また、嫌だと思えば、相手の良い所が分かってきても、なかなか素直に認めることができませ…

  • 魅力に気づくためには

    風船は次の日にはしぼんでしまうものが多いようです。空っぽの中身をいかに空気で大きくしても、その空気が抜けてしまえば何も残りません。私達人間も中身が問われます。美人は3日で飽きるという言葉がありますが、長く付き合っていくには容姿よりも個性や人間性のほうが大切になってくるわけです。相手に対しては表面的な所に惑わされることなく、自分に対しては表面的に誤魔化そうとせず内面を磨きたいものです。 夏の夜には街灯に多くの虫が集まります。人間も明るく華々しいものに集まる性質があるのかもしれません。しかし、そういったものの多くは表面的なものであり、虚しさや後悔につながるものです。何事においても本質を見抜く目を養…

  • 美食よりも

    食事を美味しくする方法を考えてみました。ひとつには食材の吟味があります。こだわった良い食材を使えば食事は美味しくなります。またプロに調理法を教えてもらったり、いつもよりも手間をかければ美味しくなります。食事の前に運動などをして空腹にしておくこともよいかもしれません。さらには食材や作り手への感謝の気持ちを持つことも大切です。1日3回の食事をより美味しくいただきたいものです。 食材の吟味や調理の技術などは美食の追求にあたると思います。食事を楽しむということであり、食欲にあたります。食べなければ生きられない人間ですが、美味しいものを食べたいという思いが高じれば欲になります。欲による食事は暴飲暴食や好…

  • 現実世界が遠くて

    日本では自分の意見を主張すると常識がないとか生意気だと考える人もいます。ですが、私は勇気をもって自分の信念や努力を世に問うことが大切だと考えています。もちろん口先だけではいけませんから、言行一致でなければなりません。自分の想いを発信し実行するという過程が大切だと思うのです。心のなかに想いを留めておくと、どんなに素晴らしい想いでも停滞し濁ってしまいます。外界に向けて想いを発信することで、新鮮な空気を取り込み想いの鮮度を保ち、心を新たにすることができるのです。 自分の想いを言葉や行動にすることには勇気が必要ですが、やってみたからこその学びというものがあります。自分の想いが未熟であれば失敗したり嫌わ…

  • 親切の極意

    なぜ親切にしなければならないのかをあらためて考えてみました。仏教的な親切の解釈では、やさしい言葉を使うためにはイライラなどマイナスの感情を抑えなければなりません。人に何かを与えようとすれば惜しむ心を捨てなければなりません。困っている人を助けようとすれば、自らの保身を忘れなければなりません。私達は親切をおこなうことで自らの心を掃除しており、親切とは仏道修行でもあるのです。親切とは自分の心を清め幸せになるためのものなのです。 自分のための修行が親切ですから、親切とは「してあげる」ものではなく、「させていただく」ものなのです。親切をして感謝を求めるのは間違いであり、親切をさせてもらったならば感謝しな…

  • いつもの私

    日頃の自分というものを意識すると様々なパターンや習慣が見えてきます。誰かに親切にされた時に素直にありがたいと思える人もいれば、誰もそんなことを頼んではいなと思う人もいます。誰かに注意された時に自分のために注意してくれたと思える人もいれば、私のことが好きではないから嫌がらせをしていると思う人もいます。誰かにほめられたときに謙遜する人もいれば、何か下心があると勘ぐる人もいます。 対人関係のなかで生きている私達にとって相手のことを考える前に、まず自分のリアクションについて考えなければなりません。こちらのリアクション次第で相手が受ける印象も態度も大きく変わってきます。自分が嫌だなと思った場合には、相手…

  • 否定も期待も

    自分の弱い部分というものは否定したくなるものです。自分のことは誰より分かっているつもりですし、周囲も直接間接様々なメッセージを発しては改善を促します。ですが、長く生きるほど今まで克服できなかったからこその欠点なのですが、それもまた自分の一部であり愛おしいような気もしてくるのです。自分の体を上下に分割できないように、性格や長短というものも分割できないものなのかもしれません。そんな自分と上手に付き合っていかなければなりません。 自分を否定するほど苦しくなり、また期待するほど苦しくなります。否定と期待の中間にあたる曖昧な位置づけも必要なのかもしれません。「ほどほど」とか「まあまあ」といった可もなく不…

  • いつでもどうぞ

    現代社会は偽りの言葉や笑顔が氾濫しているように思われます。相手の言葉を信じられない、そして自分の言葉を偽ってしまう、お互いに自分の本音の部分を出せないからこそ相手を信じられずストレスが溜まるのかもしれません。そのため人間関係が面倒になり人間関係の距離がますます遠ざかります。しかし「人」という字は2人の人間がお互いを支えている形になっており、人間は1人では生きることができないのです。 人間関係は無理しなければならない、空気を読まなければならない、我慢しなければならないと思っている人もいるかもしれません。しかし、そのように思うのは本当の自分を人前に出せないと思っているからなのです。言いたいことが言…

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