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甲子大黒天本山のブログ https://kinoenedaikokuten.hateblo.jp/

ブログで仏教的な生き方を模索しています。日々、大切にしていきたいことを書いています。

副山主
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住所
米沢市
出身
米沢市
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2008/09/28

1件〜100件

  • お盆だからこそ

    まもなくお盆を迎えます。春と秋の彼岸は自らの修行というのが本来の意味合いですが、お盆はご先祖様の供養のための期間です。お墓に行ってご先祖様をお迎えして、家では家族や親戚が集い、それぞれの近況などを報告し、感謝の祈りを奉げます。テレビ番組で有名人のルーツを探る企画がありましたが、ご先祖様は無数に広がっていくものです。そのなかの一人でも欠けていれば、今の私はなくいただいた命のバトンに感謝しかありません。 家族の凄惨な事件はなくなるどころか、かえって増加しているように感じられます。会社ならば退職でき、夫婦ならば離婚できますが、親子関係は切れるものではありません。昔ならば勘当や絶縁といって親子関係を切…

  • 変化に対する挑戦と感謝

    生活環境も人間関係も変わることなく今のままが良いと思うのですが、諸行は無常であり変化を拒否することはできないものです。たとえ転勤や就職という大きな変化はなくとも、日々、年々、少しずつ変わっていくものです。ある日、気になって振り返ってみると大きく変わってきたものだと実感するかもしれません。それが生きるということであり、成長であったほしいと願うものです。 人間は安定を求め変化を嫌います。変わらないことが安定とはいえませんが、そのように錯覚してしまうものです。安定とはどのような変化があろうとも、翻弄されることなく自我を保てることだと思うのです。諸行無常の世界にあっては変化を親しき友として交友を深めな…

  • あなたの波動は

    霊的な話ではないのですが、人の波動的なものを感じることがあります。それはプラスのエネルギーを持っている人とマイナスのエネルギーを持っている人です。プラスの波動が強い人と接していると楽しくなり、またもっと頑張れと背中を押されているような気にもなります。マイナスの波動が強い人と接していると、イライラしたり疲れてしまいます。人間はお互いに影響し合いますから、それぞれの波動も交差するのでしょう。 日々、私はどちらのエネルギーを主に生活しているのか考えさせられます。「楽しい」と「疲れた」どちらが多いのか。「ありがたい」と「つまらない」どちらが多いのか。「よかったね」と「うらやましい」どちらが多いのか。日…

  • 智慧で乗り切る

    山形県もはじめて1日の新規感染者が1000人を越えました。今までにない感染爆発ですが、行政からの行動制限はなく、戸惑いながら夏休みに入り、お盆を迎えようとしています。感染予防と経済活動の両輪を強調されますが、行動制限に伴う全国規模の経済保証を賄う財源に乏しくなっているのかもしれません。官民ともにコロナ終息後の負債は大変なものになっていることでしょう。 今回で7回目のコロナ波を迎えましたが、何事においても波はあるものです。人生は山あり谷あり平地ありですが、一喜一憂することなく上手に乗り切りたいものです。平均すればバランスが取れるものです。ところが、良い時は短く感じられ、悪い時は長くいつまでも続く…

  • 実修実証

    当山は真言宗の醍醐派に属しております。醍醐派は弘法大師・空海を宗祖として仰ぎ、弘法大師の孫弟子にあたり醍醐寺を開山された理源大師・聖宝を開祖とします。また、修験道の役行者・神変大菩薩をも祖とし修験道と密教を融合し現在に伝えている宗派です。理源大師は「実修実証~入りて学び出でて行なう」という教えを残しておられます。山伏は山中を仏の胎内と考え修行をおこない、下山しては日常生活に戻ります。山中での修行によって会得したものを、日常生活に行動として還元していくのです。それは自分ばかりではなく、周囲や社会をも教化・感化していくものでなければなりません。そのための修行なのです。 人生において大切なことは実修…

  • バトンをつないで

    昨年まで部長を務めていましたが、後進に譲り一歩引いた立場で行事に参加してきました。急激な第7波のため例年とは違う形となりましたが、様々な工夫があり楽しい行事となりました。今回、心がけたことは自分の時とは比較しないこと、なるべく口を出さないこと、心配しないことなどです。任せたならば、任せきることが大切だと思うのです。 現役の頃は役職の責任とプレッシャーで大変だと思い、引退すれば解放されたにも関わらず寂しいと思うものです。ですが、1人が頑張り続けるよりもバトンをつなぐことのほうが大切だと考えています。同じ人間がやっていると、いつの間にか同じことばかりになってしまいます。早すぎず遅すぎず絶妙なタイミ…

  • 短所の緩和

    いつも自分が正しいと思うことは傲慢だと思うのです。私などは何を言っても何をしても、これで良かったのかと思い悩むことが多くあります。それがストレスとなり自分を苦しめる原因になってはいけませんが、日々の言動を確認し反省することは必要だと思うのです。人間は年を取るほど傲慢になりやすいものですが、「実るほど頭の下がる稲穂かな」という言葉(歌?)がありますが、学徳が深まるほど謙虚になるたとえとされます。賢い人ほど謙虚なものです。 反省があるからこそ成長があると思うのです。知識を増やすのではなく、人間力を磨くことが大切であり、そのためには社会生活のなかでの反省が必要なのです。反省は自己嫌悪のためにするもの…

  • グレーゾーン

    グレーゾーンという言葉を聞きます。様々な意味で使われているようですが、そもそも人間は善意と悪意、精進と怠慢、信頼と不信など相反する性質を抱える存在です。仏であり、悪魔であり、そのどちらにもなり切れない存在なのです。そのために、どれだけ悩み苦しむのかは誰もが経験することであります。どちらかで固定できれば楽なのに、そうではないところが人間の特徴であり魅力なのかもしれません。 人間はいかようにもなれる存在なのです。地獄の鬼と恐れられた人間が、いつしか丸くなり仏のようになることもあります。劣等生とバカにされていたのに、いつしか社長として頑張っている人もいます。神童と呼ばれていた少年がやがて道を外れ罪を…

  • 新興宗教の罠

    テレビでは連日ある新興宗教が取り上げられています。多くの人がどうして、あんな宗教にはまってしまうのかと不思議に思うかもしれません。ですが、人生には様々なことが起るもので、特に不幸や困難な出来事に遭遇すると、人間は自分以外のところに原因を求めようとするものです。そこに宗教との接点があり、新興宗教は積極的にそういう人を探して勧誘するものです。声をかけられた宗教がどういうものか分からないまま、自分の理不尽な疑問に答えを与えてくれると、信じたくなってしまうものなのです。 私達は不幸や困難な出来事に遭遇すると、「どうして私ばかりが」と落ち込みますし、憤慨しますし、その原因を探そうとします。ところが、その…

  • 自他平等の世界

    最近、世代間のギャップを感じることが多くなりました。考えてみれば高校時代からスマホを使っている保護者からすれば、子供にスマホを与えることは当然のことなのかもしれません。米食よりもパンや麺食が多い人からすれば、米価低迷には興味はないのかもしれません。今の自分の生活が基準であり、それ以外の視点や思考というものには、なかなか思い至らないものです。 自分のなかの「あたりまえ」と相手の「あたりまえ」が同じとは限りません。その違いを認めることは大変なのですが、お互いに認め合えなければ、おだやかな生活は成り立ちません。違うことが前提であり、その違いを埋める努力と、その違いを認める配慮が必要なのだと思うのです…

  • 幸福のありよう

    人は幸せになるために生きているはずなのですが、求める幸福は人により様々です。また、年齢によっても求めるものが変わっていくようで定義は難しいものです。私達は幸福という漠然としたものを、もっと鮮明にシンプルにしなければならないのかもしれません。幸せになりたいと願いながら、その幸せが分からないのでは、幸せになることはできません。 結婚する時には「幸せな家庭を築こう」と誓うわけですが、もっと具体的に、もっと計画的に、もっと詳細に考えなければならないのかもしれません。それは甘い夢を崩壊させる面白みのない愚行なのかもしれませんが、夢はさめるものであり、人生は長く続くものです。幸福は自ら作るものであり、適当…

  • ありのまま、そのまま

    修行時代を思い出せばまるで我慢比べのようなことをしていました。ですが、修行をしたから熱いのが平気になったり、寒いのが快適になることはありません。すでにお釈迦様が難行苦行には意味がないとおっしゃっているのに、2500年経っても同じことをしているのはどうしてなのでしょうか。おそらく自分で経験してこそ本当の意味で理解できるということなのでしょう。経験の伴わない知識は役に立つものではありません。本当のところはやってみなければ分からないのです。 私なども暑い時には暑いし、寒い時には寒いし、死というものも怖いものです。仏教はこういったことを超越するものではなく、そのまま素直に認めることだと思うのです。意地…

  • 前向きな覚悟

    私はあまり絶叫ものは得意ではありません。子供の遠足で遊園地に行ったときは大変でした。子供を一人で乗せることもできず、付き添うのですが一度乗ってしまえば止まるまでどうすることもできません。慣れるということはなく、ただ耐えるしかありません。よくもこういった乗り物を考える人がいて、喜ぶ人がいるものだと思うばかりです。 人生もジェットコースターのようなものだと思うのです。一度この世に生まれたならば、途中で放り出すことはできません。寿命が尽きるその瞬間まで自分の人生に責任を持たなければなりません。よく社会や親の責任にしようとする人がいますが、誰の責任でもなく自分の責任なのです。自分の人生をしっかりと引き…

  • 負の連鎖の落し穴

    般若心経の解説を目にすることがありました。空ということを嫌いな上司という実体があるわけではなく、そのように思っている自分がいるだけであると説明されていました。学生時代に空の解説書を何冊読んでも哲学的であり難解であり、これを一般の皆様に説明しろといわれても不可能だと思っていました。あれから時代が進み仏教の解釈も進歩していると実感できる記事でした。 私は空を関係性だと考えています。嫌いな上司がいるのではなく、嫌いだと思う関係を作っているのです。嫌いだと思うのは、厳しかったり、嫌味を言われたり、無視されたり、様々な理由があると思います。ですが、その前にどうして厳しいのか、嫌味を言われたのか、無視され…

  • 現実の転換

    昨日は60日に一度の甲子日でした。大黒天のご縁日ということで、当山も大勢の参拝者にお越しいただきました。以前は「旧暦」や「甲子日」を知る人も少なく、甲子を説明するのも大変でしたが、いつの間にか興味を持たれる方が増えていき、ご縁日が賑わうようになりました。「知る人ぞ知る甲子日」が普及しつつあるようでありがたいことです。 昨日は日曜日ということもあり、法務多忙な一日となりました。バタバタすることがないよう心がけていましたが、行列が続くようになると修行不足を実感させられました。ただ「忙しい」とか「疲れた」ということはなく、ただ「ありがたい」の一言に尽きます。たくさんの方にお参りいただきたい、その想い…

  • 良縁と悪縁

    人間は一人では生きることができませんから、社会生活とは関わりの生活でもあります。人と人との出会いは縁なのですが、良縁となることもあれば悪縁となることもあります。最近は良縁を求めることよりも、悪縁を切りたいという願望を耳にすることが増え、そのようなご利益の社寺仏閣も登場しています。人々の願いに寄り添うことも宗教の務めなのですが、せっかくの出会いを良縁にしていただきたいと思います。 出会いによる化学反応は不思議なものです。お互いの存在がプラスになることもあればマイナスになることもあります。そして人によってプラスになる人もいればマイナスになってしまう人もいます。相性という言葉の奥深さを感じます。どう…

  • もっと興味と関心を

    病院でひたすら待っている時に政権放送が流れていました。政教分離を口実にするわけではありませんが、今までちゃんと見たことはありませんでした。暇つぶしということではありませんが、見ていると各党の主張がよく分かりました。どの政党ももっともなことを言っており、今までの勝手な偏見を改めなければなりませんでした。選挙のPRということではなく、議員の皆様が本気で日本を良くしたいと思うならば、必ず日本は良くなるはずなのです。 何事も興味をもって聞くことが大切だと考えさせられました。家族の話、同僚の話、友人の話、いつもどれだけ真剣に聞いているのか不安になりました。たとえ目の前にいたとしても、相手に対して興味や関…

  • ある無名兵士の詩

    アメリカの南北戦争に従軍した兵士が残した詩だといわれています。素晴らしい文章なので、ご紹介させていただきます。宗教や人種を問わず大切なことは同じなのだと教えられたような気がします。 「大きなことを成し遂げるために 強さを与えてほしいと神に求 めたのに 謙遜を学ぶように 弱さを授かった」 「偉大なことができるようにと 健康を求めたのに よりよきことをするようにと 病気を賜った」 「幸せになろうとして 富を求めたのに 賢明であるようにと 貧困を授かった」 「世の人々の称賛を得ようとして 力と成功を求めたのに 得意にならないようにと 失敗を授かった」 「人生を楽しむために あらゆるものを求めたのに …

  • 自力と他力

    電車はレールの上を自力で走っているのに対して、飛行機や船はそれぞれ気流や波の影響を受けるため自力とはいえません。仏教にも自力と他力があり、自力は自分の力で悟りを得ようとする修行であり、他力は仏様の慈悲と自らの信心によって悟りを得ようとするといえます。私は上下優劣があるわけではなく、選択肢があることは良いことであり、自分に向いている道を歩めば良いと思うのです。 私は自力を説く宗派に属していますから、その道を歩まなければならないわけです。たまに他宗派に憧れることもありますが、それぞれに魅力があります。日本の歴史においても宗派の争いもありましたが、現代は何事においてもお互いの違いを認め合わなければな…

  • 嵐の時には

    ありがたいことなのですが、多忙な日々が続いています。こんな時期こそ心のゆとりが必要だと思いながら、「忙」の字義である心を亡くしそうになります。人間にはできる範囲と速度があります。この範囲と速度を越えてしまうと自我が崩壊してしまいます。冷静さを失いできることもできなくなり、周囲にもあたってしまいます。いわば自滅してしまうのです。 自分の小ささを自覚しながらも、どうにもペースを保つことができなくなります。機械と同じで処理能力を超えてしまえば過熱してフリーズしてしまうのかもしれません。日頃から自分の限界は知っておかなければなりません。そして天気予報ではありませんが、先々を見据えて危険を感じたならば、…

  • 現代版鎖国の是非

    新型コロナウイルスの蔓延、ウクライナ危機、上海ロックダウン、円安など国際社会を舞台にした危機が頻発しています。世界がひとつにつながり一体化していることがよく分かります。日本経済の限界を打破するべく国際社会に乗り出した日本ですが、何事にも長短はあるものです。そして最初はメリットが後からデメリットが表れてくるものです。 江戸時代まで日本は鎖国していましたが、鎖国の期間は何も変わることなく止まったような時代だったのかもしれません。その後、開国してから今日に至るまで絶え間なく激動の時代が続いています。今の世界情勢を見れば、食料自給率100%で国内で採取できる資源のみでの経済循環を実現し海外に依存しない…

  • 言葉の限界

    \ 不祥事は世の常というものですが、よく耳にするのが説明責任ということです。「説明責任を果たしてほしい」と言われますが、そもそも複雑な因果関係があるわけではありません。簡潔に言えば「やってはいけないことを、やってしまった」ということ。話せば話すほど言い訳がましくなってしまいます。ただ謝るしかないのです。 言葉を費やすほど、不安になったり、疑惑が深まったり、イライラしたりするものです。誤魔化そうとするほど言葉の数は増えてしまいます。本当に申し訳ないと思うならば、素直に謝るしかありません。大事なのは心であり、言葉ではありません。自分の心をそのまま言葉で表現しようとするのは意外とできないものです。 …

  • 個性尊重とは

    新緑の季節なのですが、向かいの山に一本だけある赤い木が目立ちます。松枯れなのか、枯れてしまった葉が赤く見えるのです。この山を眺めながら、もしこの赤い木が「これが私の個性です」と言ったら、おかしなことになります。美しい新緑の山並みに1本だけ、まったく違う木があれば全体の調和を乱してしまいます。もちろん木々は人間から見られるために生えているわけではありませんが、自然界においても人間界においても調和は大切だと思うのです。 現代においては調和と個性の両立が難しい問題になっています。どちらかといえば昭和の時代は全体の調和が重視され、現在は個々の個性が重視されているように思います。ですが、どちらかに傾くよ…

  • 選ぶべき環境

    同じ環境に身をおいていると、いつの間にか惰性に没していることがあります。たとえ、そこが居心地の良い場所であったとしても、新たなる挑戦や大いなる反省がなければなりません。人間は忙しいほどにストレスが溜まるほどに拠所を求めますが、その場所が有益なのか無益なのか、どこかのタイミングで考えなければならないことがあります。たとえ今は有益であったとしても、いつまでも有益とは限らないものです。 学生時代は卒業という旅立ちがありました。慣れ親しんだ居場所から離れることには不安とストレスが伴いますが、いつの間にか新しい環境に馴染んでいるものです。区切りがあり、次のステップがありました。大人になると強制的に環境が…

  • 見守りのなかの成長

    先日の夕食はうどん店でした。いつもよりレジまでの流れが遅いように感じたのですが、研修中の店員さんでした。頑張ってはいるのですが慣れていないため、どうしても遅くなってしまいます。ですが、誰もイライラすることなく、いつもよりも少し遅い流れに乗っかっているようでした。その雰囲気に温かい見守りを感じ心がホッとなった夕食でした。 どんな達人も最初は素人からはじまります。その仕事を好きになれるか長く続けられるかは、周囲の見守りや指導にかかっていると思います。以前、スマホを買いに行ったショップでは不慣れな新人さんを放置状態で接客させており、本人も私も困惑したものです。何事もご縁なのでしょうが、先輩やお客様に…

  • 笑いの処方箋

    大黒天を本尊とする当山においては笑顔の法話をさせていただいております。笑いは免疫力を向上させ健康長寿につながります。また笑いはストレス発散にもつながるものです。私達は笑うことで心身ともに元気に過ごすことができますから、1日に50回を目標に笑うことができればと思うのです。何事も習慣であり、たとえ楽しくなくとも笑っていると、何事も楽しめるようになるのかもしれません。 笑顔はおだやかな心から生まれるものだと思うのです。そしておだやかな心は祈りから生まれるものだと考えています。以前はどこの家にも神棚や仏壇といった祈りの場がありました。社寺仏閣に足を運ばなくても、日々の祈りを欠かすことはありませんでした…

  • 「あたりまえ」のレベル

    楽をしていると、それが基準となりあたりまえになります。厳しい生活をしていれば、それが基準となりあたりまえになります。楽をしていればますます楽を求めるようになります。どこかで自制しなければ、泥沼のように沈んでいきます。今の自分の「あたりまえ」を疑わなければなりません。それは自分が勝手に作りだしているものなのですから。 人間は勝手な理屈を作っては楽をしようとします。「今日は疲れたから、夏休みの宿題は明日からしよう」という子供と同じような理屈を大人も持っているものです。特に上下関係のない生活をしていると、どうしても自分に甘くなってしまいます。この惰性の生活を打破することで、もっと新鮮で意欲的な生活が…

  • お節介でも

    つい気を利かせたつもりが、お節介になったり、ありがた迷惑ということがあります。何事にも相手があり状況は変わるものです。親切のつもりでも、それがおかしな方向にいってしまいかえって迷惑になることもあります。気持ちが行動となり結果となったときに、思わぬことになっていることもあります。親切や配慮といっても、なかなかに難しいものだと思うことがあります。 文句を言われたくなければ、何もしないのが楽なのです。ですが、文句もない代わりに感謝も喜びもありません。行動には結果が伴いますが、その結果は必ずしも自分が望むものではないかもしれません。ですが、どのような結果になったとしても、行動を起こすことが大切だと思う…

  • 今の生活or家族の命

    先日は突然の豪雨に雹という天気でした。ここ数年で異常気象を身近に感じるようになりました。地球に住まう一員としては環境の変化に対応していかなければならないのですが、生きているうちに順応できない環境になりそうで恐怖を感じます。太古に恐竜が滅びたのも急激な環境の変化だとされますが、再び地球の歴史を大きく変える時期が迫っているのかもしれません。 人間が住めなくなったとしたら、我々は被害者なのか、加害者なのか、考えさせられます。地球環境について過激な思想から無関心まで様々ですが、例外なく地球に住んでいるならば責任があります。政治家や悪徳企業だけの責任ではありません。SDGsも認知されてきましたが、最終的…

  • 面倒な人

    最近、面倒なトラブルが続きました。どれもたいしたことではないと思うのですが、難しく考えすぎたための対立ではないかと考えています。思慮が足りないのもいけませんが、考えすぎると自分で自分を縛り身動きできなくなってしまいます。人間の思考は一定ラインを越えると、いくら考えても堂々巡りとなりかえってマイナスとなります。 私達は思考と行動を反復することで経験を深めることができます。思考と行動のバランスが大切なのです。できる人ほど思考も行動もシンプルなものです。余計なことは考えない、無駄なことはしない。これによって自由闊達に生活することができるのです。不自由を感じている人は自分で自分を縛っていることが多いも…

  • 感情の綱引きに疲れたら

    生きることは、つながることだと思うのです。この社会にあって1人で生きていくのではなく、ご縁によって様々な人とつながってかなければなりません。ですが、そのつながりが利害や感情の綱引きになってはいけません。お互いに何かを求めて引き合うのではなく、つながっている安心感を大切にしたいと思うのです。 私は山伏ですが、山伏は山を仏様の体内と考え、その山と一体となることを目指し修行します。打算や悪意のない自然は良いものです。癒しを求めて山や海に出かけるのは良いことだと思います。自然と一体となる感覚は大切にしなければなりません。さらには自分がこの地球の一員であるという気づきが大切なのです。理屈ではなく、この星…

  • すべては心の状態

    久しぶりに高校時代の友人と会い、時の流れを実感しました。私は年を取ることを否定的には考えておらず、これからますます楽しくなると思っています。自分のピークを過去に置いてしまうと、これからの人生に希望を持ちワクワクすることはできません。武勇伝を語り過去を懐かしむのではなく、これからの明るい未来を楽しく語りたいものです。 つまらなそうな人は現在に失望し、未来を信じられなくなっている人です。そうなれば過去に執着するようになります。現在が充実していれば、未来への希望も高まります。大切なのは今なのですが、まずは今をどのように捉えるかがポイントだと思うのです。性格も楽天的な人もいれば、悲観的な人もいます。で…

  • 円満なる道

    世間を騒がせたご送金の事件がありました。妄想の世界ではなく、現実に起こるとは思ってもいなかった事件です。この事件によって、今まで普通に暮らしていたのが、今後は賠償や社会的制裁などがあり、どう考えても割に合わない行為でした。 もちろん欲に負けた本人の責任とはいえ悲しい結末です。通常は行動力が求められますが、今回の場合には自制力が求められました。自分の衝動を抑えることも大切であり、修養が求められます。心が安定している時は制御できるのですが、負の感情に翻弄されている時には思わぬことが起こるものです。 どのような状況でも、心境であっても超えてはならない一線を意識することです。それを「人の道」といいます…

  • プラスの関係

    車は給油することで継続して走行することができます。私達の日々の生活においても継続は大切なことなのですが、難しいことでもあります。そのため継続は力なりという格言があるのでしょう。簡単に得たものは簡単に失うものであり、じっくり時間をかけて身につけたものこそ大事な時に自分を支えてくれる柱になるのです。 家庭、職場、地域と様々な場所で様々な役割を担っています。どれも大切であり変わらずに存在したいと思うのですが、存続のためには「楽しい、学べる、癒される」といったプラスの要素がなければなりません。こういったものを得ることができているうちは続けることができます。それがいつしか「つまらない、負担、ストレス」と…

  • 喜びの輪

    親の子に対する愛を無償の愛といいますが、欲も思惑もない愛とはなかなかに難しいものだと思います。人間の思考や行動は欲望や打算によって支配されているとは言いませんが、大きな影響は受けているものです。しかし、それが人間というものであり、だからこそ、そういったものから距離をとれる人間関係は大切だと思うのです。 自分のことより優先できる相手がいることは、大きな喜びであり、人としての成長の道でもあります。自分のことばかりを考えているよりも、相手のために考えたり尽くすことが日々の充足につながります。自分の喜びよりも、相手の喜びを自分の喜びにできることが尊いのです。自分の喜びを求めることは子供であり、相手の喜…

  • 計らいを捨てる

    不祥事を起こした政治家の出処進退について、責務を全うしたいから続けたいというコメントに批判が集中することがあります。本人は何とか続けたい、ほとぼりが冷めるまで逃げのびたいという気持ちが伝わってしまうから、非難されるのかもしれません。何事にも立場というものがあり、公的な立場にあれば潔さも大切ではないかと思うものです。誰しも地位や特権に執着するものですが、恩恵を受けている立場ならばこそ、日頃から清廉潔白に努めなければなりません。 続けるべきかor辞めるべきか、進むべきかor退くべきか、誰もが経験する苦悩だと思います。ですが、その答えに正解はありません。結局は自分で決めるしかなく、自分で決めたことが…

  • 無私と個性

    仏教では無私といい自分を抑えることで、欲に翻弄されることなく周囲や社会と和合していくことを大切にしています。日本では古来より自分のことは後回しで、まず相手を尊重することを美徳としていました。お互いに相手を尊重するから良好な関係を築くことができるのです。キャッチボールを長く続けるためには、相手の取りやすいところに無理のないスピードでボールを投げることです。人間関係も相手が望む言葉や行動を打算なく届けることが大切であり、そのためには無私の境地が大切になります。 現代は無私とは真逆の個性ということが重視されます。まず自分の想いを主張することが人間関係の基本と考える人も多くなりました。ですが、お互いが…

  • 今日に感謝、明日に渇望

    話題の人物に密着取材する番組に登場した俳優さんが「自分は芝居が下手クソだ」と発言していました。誰もが知る俳優さんであり、演技が下手だとは思いませんし、本人の謙遜にも思えませんでした。本人は本気で下手クソだと思っており、だからこそまだまだ上手になりたいという向上心の塊のような印象を受けました。第一線で活躍している人々は例外なく現状に満足することなく、さらなる高みを目指しているのだと思うのです。 普通は「まあ、このくらいで」と早々に満足や妥協が訪れるものです。ですが、ここを乗り越えたところに成長や成果が伴うものだと思うのです。ある意味、普通ではないところまでいかなければ、普通ではないものを得ること…

  • 最近の学校教育

    参観日に行って驚くのは先生の存在感がないことです。今は授業の主役は生徒であり、先生は授業のサポート役として目立たないようにしているそうです。子供達が自発的に授業を作っていくといえば理想的なのでしょうが、小学生の子供達に必要なのは基礎学力の習得であるようにも思えます。プレゼンする子供達を見ていてすごいと思いながらも、不安が伴うものです。 基礎学力は大事だと思いながらも、自分で考えることのできない若者の増加も不安になります。指示がないと動けないというのでは、主体的に生きていくことはできません。物事を判断する場合には、状況を判断しながら最良の選択肢を作っていかなければなりませんし、選択したならば自分…

  • 扉の鍵は

    コロナ禍にあり何をしても楽しめないという人が増えてきているのかもしれません。楽しめないということは、何をしてもつまらない、不満になるということです。日々の生活において何をしてもつまらないというのは人生の危機的状態であり、見直しが必要なのかもしれません。同じその状況を楽しんでいる人もおり、「楽しいorつまらない」とは状況や相手は関係なく、自分のモチベーションの問題だと思うのです。中学生があほらしいことで盛り上がっているのはテンションが高いからなのですが、それを冷めた目で見ている友人と、どちらが楽しいのでしょうか。 バカをやって盛り上がるのは若者の特権ですが、年を重ねるほど楽しもうとする意欲が必要…

  • ルールを作り守ってもらう

    現在、授与している特別ご朱印は4月~11月までの期間限定です。1月の大雪のなか期間を知らずに遠方よりお越しになった希望者もおられます。人情としては朱印を授与したいのですが、ルールを守って期間内にお越しの方のことを考えれば、やはり断らなければなりません。断るのも忍びないのですが、ルールを決めたならば例外を作らないほうが良いものです。ひとつ例外を作ってしまえば、例外ばかりとなり、ルールの意味がなくなってしまいます。 おばちゃんで「私だけ、内緒にするから」と自分だけルールから外れようとする人もいます。ですか、私は自分だけズルをして何かを得たとしても、月日が過ぎれば虚しくなると思うのです。逆にルールを…

  • 共存力ということ

    問題意識の強い人とクレーマーの違いについて考えてみました。自分に厳しかったり、社会の問題解決のために何かしらの尽力をしようとする人は問題意識の強い人です。反対に相手や社会に対する不満ばかりで何もしない人はクレーマーといえます。最近、眼鏡を新しくしたのですがフレームを選ぶときに、高いフレームばかりを勧める店員さんでした。会社の指導なのか、店員の独断なのか、いずれにしても、これを社会問題と考え憤慨することは正義なのか、それともクレーマーなのか悩ましいところです。 少しでも売上をあげたいという店側と、少しでも安くて良い物を買いたいという客側と、立場が違えば相手の態度に不満や違和感を抱きやすいものです…

  • 心を亡くした人々

    忙しくなってくると周囲への配慮にも事欠くようになってしまいます。ペースを乱さないようにしたいと思うのですが、何事にも相手がありマイペースでばかりはいられません。私は自分のペースをなるべく乱さないため、棚上げせず今できることは、すぐにするようにしています。10分でできることを面倒だと1週間も放置していると、10分の仕事が溜まっていき1ケ月分にもなってしまいます。また平常心も大切です。忙しいという字は「心を亡くす」と書きます。そうなると自分の心はストレスに支配され、人間関係のトラブルも起こるようになります。 忙しい時ほど試されていると思うようにしています。イライラすることなく落ち着いて行動したいも…

  • 明日への階段

    新年度を迎え慌ただしい日々が続くと一日の過ごしかたについても考えさせられます。今日という一日がシャボン玉のように、日が沈めば虚しく終わってしまうものなのか、それとも明日の自分へとつながっていくものなのか。未来の喜びも後悔もすべては今日という一日にかかっているように思うのです。 過去も未来もどうすることもできません。私達にできることは今日一日に一意専心することです。今日できることは今日のうちにおこない、明日に棚上げしないこと。一喜一憂するだけではなく、明日へとつながる努力や忍耐を意識すること。人や情報との出会いを大切にして、疎かなにしないこと。謙虚に感謝の心を忘れないこと。 日々の意識や態度を変…

  • 寝過ごすことがないように

    春になり気温が高くなったことで周辺に残っていた雪もあっという間に融けていきます。あれだけ積もっていた雪も季節が移ろえば過去のこととなり、日々苦労していた除雪が何だったのかと虚しくなってしまいます。当地はまだ桜の便りはなく、山菜もこれからで、遅れてやってきた春を存分に楽しみたいと考えています。 春の残雪を眺めながら思うことは、何事にもタイミングがあるということです。冬は何をしても雪が積もり、春には何もしなくても雪が融けます。タイミングを見極めることで、流れが大きく変わります。逆境にあっては耐え忍び、順境にあっては果敢に挑戦します。これを逆にしてしまうと失敗・停滞してしまうのです。コロナ禍にあって…

  • 見えない心を見ようとして

    同じことが善行と称賛されることもあれば、偽善だと非難されることもあます。はたしてどちらなのかと考えることがあります。私のすべての言動がすべての人に称賛されることはありません。賛成・反対、様々な反応があるのが普通だと思うのです。その反応が分かれるのは人により相性があったり判断基準や価値観が違うからなのですが、それをおこなう側にも相反する二面性があるからだと思うのです。 ひとつの行動にも様々な原因や理由があり、感情や思惑が伴うものです。困っている人を助けたいという思いと、良いことをしたから褒めてほしいという思いは、矛盾しているようにも見えますが、ひとつの心に同居しているものだと思うのです。その人の…

  • いつもとは違う自分

    つい発言してしまい恥をかくこともありますが、じっとしていられない性分のようです。これは職業ということもあり、会社のような人間関係に慣れていないため、思ったことを発言してしまうのかもしれません。普通であれば忖度し不要なことや波風が立つようなことは自重するものです。いわば世間の暗黙の沈黙が苦手であり、つい発言したくなってしまいます。 常識やルールの内側にいるのか、グレーゾーンにいるのか、大きく乗り越えていくのか。状況によって立つべきポイントは違うのでしょうが、いつも同じ場所にいると、そこから動けなくなってしまいます。いつものとは違う行動によって、いつもの自分を確認する必要があります。立場を変えてみ…

  • 命の輝きと必然

    私は何事も偶然はなく必然だと思うようにしています。偶然とは自分の力の及ばないことであり、人間は翻弄されるばかりなのです。幸運を期待して、悲運を避けようとしますが、そこに努力ということはなく、かといって運命として受け入れるということでもなく、翻弄されるという表現なのです。ですから、偶然で物事を考えるのではなく、必然と考えることで自分の力で生きていくことができると思うのです。 人生とは日々の言動や態度、それによって培った人間性という総和によって成り立っていると思うのです。素晴らしい明日を期待するならば、素晴らしい人間になることが肝要だと思うのです。待っているだけでは、求めるものを得ることはできませ…

  • 魂の記憶

    NHKの連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」が最終回を迎えました。上白石萌音さん、深津絵里さん、川栄李奈さん3人のヒロインが100年の物語をつなぎました。今までにない斬新なストーリーと演出に楽しい半年間を過ごせました。面白かったのは同じ役者さんが父親と息子、祖母と孫などを演じたことです。その連続性に混乱することもありましたが楽しかったです。 私は自分のことを曾祖父の生まれ変わりだと勝手に思っています。曾祖父が亡くなりしばらくして私が生まれています。今回のドラマはまさに同じような演出でした。古来よりインドでは輪廻転生が信じられてきました。それは人間ばかりではなく様々な生き物のつながりなのですが…

  • 自然との調和

    人が生きていくためには社会や周囲と調和していかなければなりません。孤独な戦士でもかまいませんが、それでは安らかな生活を送ることはできません。争うことにエネルギーを使うのではなく、調和していきたいと思うのです。古来より人類は地球や自然と調和した生活をしてきました。利便性よりも調和や感謝を大切にしてきたのです。 ところが西洋で利便性の追求がなされるようになり、それまでの調和や感謝よりも破壊と進出が優先されるようになり、それが世界中に広がっていきました。それにより人類の生活は飛躍的に向上しましたが、その代償として地球環境は破壊され続けています。近年、増加している自然災害は調和や感謝を忘れてしまった人…

  • 華やかな一瞬のために

    我々の人生修行は部屋を掃除することに似ているように思います。最初は散乱したゴミを片付けるだけでも目に見えて綺麗になり達成感もあります。ですが、片付けが進むほど変化が乏しくなり、達成感もなくなり飽きてくるものです。また、片付けが終わり、綺麗になった部屋をそのまま維持することへのモチベーションも続きません。綺麗な状態があたりまえの人とは違って、汚いことがあたりまえの人にとっては、部屋を綺麗な状態に保つことも大変なことです。 何事も頑張ろうと思えば最初のうちは新しい経験ができ達成感もあり楽しいのですが、いつまでもその状態が続くわけではありません。慣れてくればつまらなくもなります。大切なことは、つまら…

  • 正しいコミュニケーション

    どうにも話が合わないと思ったら、相手や物事との距離を考えるようにしています。お互いがその話題をどのような距離から見ているかで随分と違うものです。たとえば怪しい宗教にどっぷりとはまっている人と話をしても、その宗教への距離感がまったく違うので、会話を成立させるのが難しいものです。相手は間近で見ているのに、こちらは遠くからのぞいています。相手は熱烈に肯定しているのに、こちらは無関心に否定しています。これでは会話が成り立つことはありません。 まずはお互いに近づかなければなりません。お互いに歩み寄って近くも遠くもない中間地点を意識することです。また、肯定でも否定でもない客観的な会話から始めることです。立…

  • 行動経済学

    住友生命さんの「Vitality」のテレビCMで行動経済学という言葉を知りました。CMでは行動しなかった後悔のほうが、行動した後悔よりも大きいと伝えています。これが誰にでも該当するのではあれば、どうしようか迷ったならば行動したほうが良いわけです。そのほうが後悔は少ないのですから。ところが、迷ったら行動しないことのほうが多いのではないでしょうか。そのため後悔も大きくなるわけですが、簡単に割り切って行動できるわけではありません。 人間の行動は単純なものではないと考えています。朝の挨拶ひとつにも相当な葛藤があったのかもしれません。単純な行動だから単純な発想や思考によるものとは限りません。人間は悩みや…

  • なぜか罪悪感

    最近テレビをつければコロナかウクライナのことばかりで嫌になることがあります。どちらも大切なことなのですが、もっと明るい楽しい話題が増えればと思うところです。本堂に竹林の七賢の屏風があるのですが、七賢も俗世に嫌気がさし、竹林にこもったそうですが、そんな気持ちになります。出家しながら、家におり社会に翻弄され、現代仏教の虚しさを感じるところです。ロシアの侵略には世界中が驚いたと思いますが、時代は進歩するのではなく、無限にループするだけなのかもしれません。周期的に同じことを繰り返しながら、平和に向かうのか、破滅に向かうのか、いまだに独裁者が存在する世界です。 自衛隊はじめ世界中の国々が防衛費に多額の予…

  • お人好しなのか、偽善者なのか

    私は人の目が気になるほうだと思います。自分がどのように思うかよりも、周囲の人間からどのように思われるかを考えてしまいます。そのため面倒なことでも引き受けてしまいますし、本意ではないことにも誘われれば参加してしまいます。断ることへの抵抗感ともいうべきものがあり、それは周囲からどのように思われるかが気になるからです。 そのために後悔することも多々ありますが、後から考えればその時には後悔しても、最終的には良かったと思うことのほうが多いように感じます。人間関係を閉ざして自分の思うように生きるよりも、関係のなかで自分の役割や居場所を見出すことのほうが、私には合っているようです。頼まれごとは面倒でもありま…

  • 平和への橋を架ける

    ロシアのウクライナ侵略に対して中国は静観しているようですが、アメリカと中国の首脳が電話会談したそうです。ですが両国ともそれぞれの思惑があり、簡単に一致することはないのでしょう。単純な正義よりも、自国の立場をいかに有利にするかが外交というものです。外交ばかりではなく、経済をはじめ社会活動とは打算や思惑で成り立っているのかもしれません。 打算や思惑が優先されれば道理が通らなくなります。若者がこの世界に失望するのは正義や道理よりも打算や思惑が、この世界を左右していることを知るからなのかもしれません。ですが、打算や思惑も社会の指針のひとつであり、潔癖に(ある意味、盲目的に)突き進むよりも、打算や思惑を…

  • お彼岸に思う

    お盆は先祖供養の意味合いが強く、春と秋の彼岸は先祖供養の意味合いもありますが、本来は仏道修行という意味合いがあります。ただ、修行といってもテレビで見るような難行苦行を勧めているわけではありません。まずはご先祖様に手を合わせ感謝の誠を深めたいものです。代々続くご先祖様がいてこそ今の私の命があるわけです。優劣や遺産などではなく、無条件の感謝でなければなりません。自分の命以上に価値のあるものはないのですから。 ですが、感謝するだけではいけません。感謝の念を深めたならば、次は報恩に向かわなければなりません。恩に報いるということですが、何事においても感謝するだけではなく、恩返しを考えなければなりません。…

  • 春が訪れ、そして

    春の到来を実感できる日々となりました。年末からどれだけ除雪しても増えるばかりだった雪も、この季節になれば何もしなくてもなくなっていきます。自然界の妙ともいうべきものを感じるばかりです。寒さに耐え春を待ち、暑さに耐え秋を待ち、四季をめぐっていく日本の季節は人生に相通じるものがあります。人生においても苦楽はめぐっていくものです。 「喉元過ぎれば熱さを忘れる」といいますが、どんな苦労も悲痛も永遠に続くわけではなく、時間と共に報われたり癒されたりするものです。ですから、悲嘆することなく前向きに耐えていくしかありません。どんな喜びも成功も永遠に続くわけではありません。慢心することなく謙虚にいなければなり…

  • 人生の分岐点

    子供の頃のゲームで敵を倒して経験値をあげていくものがありました。経験値があがるからこそ攻撃力や防御力もアップするのでしょう。そうやってキャラを成長させクリアを目指します。よく「こんなことなら、やらなければ良かった」と聞くことがありますが、それはやってみて初めて分かったことです。そして経験するからこそ、その対処や改善を学ぶこともできるのです。次に同じことがあっても、前回以上の対応ができるはずです。 難しく考える傾向のある人もいます。ですが、難しく考えるほど行動できなくなってしまうものです。シンプルに考え、とりあえずやってみるほうが経験値を稼ぐことができます。「彼を知り己を知れば百戦殆からず」とい…

  • 偉大なる発明の原動力

    テレビで災害用に水を循環させて使えるシャワーを紹介していました。シャワーによる排水を通常の50分の1以下にできるそうです。水資源が豊富で蛇口を回せばあたりまえのように水が出てくる日本にはなかった発想だと思いました。素晴らしい発明ほど、今まで考えもしなかったのに、目の前にあると「なるほど」と思えるものです。日本は先進国として科学技術もトップクラスなのですが、発明に必要なものは技術の前に発想であり、発想へとつながる志なのだと思うのです。 今の日本に足りない発想として「もったいない」があります。循環シャワーも水がもったいないという発想がなければ思いつかないものです。また災害で苦労する人々や海外の水資…

  • 有意義な選択肢

    テレビでアイリスオーヤマの家電を特集していました。他のメーカーは様々な機能を付加して高価格に設定しているなか、アイリスオーヤマはあまり使わない機能はつけないことで低価格を実現しているそうです。同じような価格帯の商品ばかりではなく、様々な価格帯の商品があったほうが、ありがたいというものです。選択肢は多いにこしたことはありません。 考えながら生活しているようで意外と無思考で生きているのかもしれません。そのため氾濫する情報に翻弄されているのかもしれません。様々な価値観や選択肢がある時代に思えても、自分では選んでおらず、流されているだけなのかもしれません。これが正しいと思っても、これが好きだと思っても…

  • 新たなる旅へ

    今月は卒業シーズン、来月は入学シーズンです。また人事異動の時期でもあります。別れの季節があり、出会いの季節があるわけです。新しい環境には不安や迷いが伴いますが、住めば都というように慣れていくしかありません。何事も自分で決めているようであり、また導かれているようでもあります。諸行無常といわれるこの世界にあって、様々な環境や出会いのなかで、自らを試していきたいものです。 市役所などでは、せっかく慣れてきたころにまったく違う課への移動が定期的におこなわれます。慣れた人間がずっと担当したほうが効率的だと思うこともありますが、停滞や癒着を排するためには新天地も必要なのでしょう。年齢と共に気持ちを新たにす…

  • やっている人

    あの人は小さなことも疎かにしない、何事も着実な丁寧な人だという評価もあれば、あの人は小さなことにまでグチグチうるさい人だという評価もあります。同じことのように思えても評価はまるで違います。この違いは自分のことを小さなことまで丁寧にやれば評価され、相手に対して小さなことまで文句を言えば非難されるということです。 自分に対しての言動なのか、相手に対しての言動なのか、区別しなければなりません。一般的には自分に対しては甘く、相手に対しては厳しくなってしまいますが、それは間違いであり自分には厳しく妥協せず、相手には寛大であることが大切なのです。そういう人は尊敬されます。「陰徳あれば陽報あり」といいますが…

  • コロナ禍の経営戦略

    コロナ禍も三年目に突入し経営者の方々も大変だと思います。当地においても受け継いだ家業をどのように継続発展させていくのか、業種に関わらず悩ましいところだと思います。よく苦労を知らない三代目が危ないといわれます。初代は何もないところから興した苦労人でしょう。二代目は子供の頃から初代の苦労を見ていますし、その苦労を味わっていますから堅実に受け継ぐでしょう。ところが三代目が生まれる頃には事業も安定し家族の苦労を間近で見ることもなく後継ぎとなるケースが多いのかもしれません。危機や苦労を経験していない人間の発想や忍耐には限界があります。 長男というだけで向いていない家業を継ぐ人もいます。バブル期ならば、そ…

  • 感じる力

    スマホを新しくしたらカメラ機能の向上に驚きました。どこでも写真を撮りたくなる気持ちが分かるというものです。コロナ禍にあり旅先や飲食店での映えるという言葉を聞かなくなってきましたが、写真を撮ることに飽きたということではないと思います。社寺仏閣においても写真を撮りまくる人もいます。参道からはじまり山門、境内、本堂、諸堂とたくさんの写真を撮ります。さすがにお参りすることを忘れることはないと思いますが、そもそもの目的や意義ということを考えなければならない時代です。 私は社寺仏閣においては長年の祈りによって培われてきた神聖な雰囲気を、自然豊かな場所では自然の息吹を、飲食店などでは店主のセンスや想いを感じ…

  • 変質する日本

    韓国の大統領選挙のニュースを目にするようになりました。歴代大統領の多くが刑務所に入っているそうです。今回の選挙でも政策論争よりもスキャンダルばかりが取り上げられているようで、隣国の人間であっても呆れてしまいます。日本であれば地方議員が問題を起こしただけでも全国ニュースになるのがあたりまえなのですが、国によってこの「あたりまえ」が大きく違うようです。 日本には金銭に対する潔癖さがあるように思います。公職者の横領などあれば大問題になります。近年、議員の政務活動費の問題が多く取り上げられますが、アジアではニュースにすらならないのかもしれません。また、大企業の社長の給料も他国から比べれば安いように思わ…

  • 盲目の社会

    コロナ禍によりリモートワークがずいぶん増えたようです。仏教においては昔から代参や遥拝というものがあります。お参りに行くことができないので、誰かに代わりに参拝してもらうことが代参です。また参拝に行けないため、自宅などから社寺仏閣の方角を向いてお参りすることが遥拝です。また、試験や手術の時間に合わせての祈祷を依頼されることもあります。祈祷や祈りは距離や時間を超越するものです。 目の前に相手がいることで、会話ばかりではなく表情や態度など受け取るすべての情報をもとに人間関係が築かれていきます。また、相手への印象や感覚といったものも直接会わなければ分からないものです。リモートでは得られる情報が少なくなる…

  • 自分の外から

    日本テレビの「ムチャブリ! わたしが社長になるなんて」に登場した主人公の母親は計画性を重んじるタイプでした。人生を計画的に生きることを美徳とし、何事もテキパキとおこなう主人公の対極的な存在です。私も計画や準備は大切だと考えています。思い立ったが吉日ともいいますが、私はウサギよりカメさんタイプなのだと思っています。着実を合言葉にこれからも生きていくつもりです。 そんな私でもすべて計画のままに進むとは考えていませんし、計画外の思わぬ要素が大切なのだと思うようになりました。計画はテストでいえば良くて100点までしか取れません。社会や人生においては想定外のことが良くも悪くも大きく流れを変えるものです。…

  • 迷惑ではなく

    最近、アフラック介護保険のコマーシャルが気になります。孫や子に迷惑をかけたくないという親心に対して、子供は迷惑ではないよと伝えるストーリーです。そもそも人間は周囲に迷惑をかけずに生きることはできません。誰しも何もできない状態で生を受け、何もできない状態で死を迎えます。だからこそ健康で元気なうちは家族や地域に貢献したいと思います。もちろん自分が受けた恩恵の大きさを知るほど、返しきれるものではないと知りながらも、できるだけのことはしたいと思うものです。 墓じまいの問題もよく耳にしますが、「墓」の前に「家」の問題もあります。昔は誰かが家を継がなければならないという暗黙の了解があり、それによって継承さ…

  • 発展の原動力

    平和の祭典ともいえるオリンピック開催中にもかかわらず、北欧においては戦端の気配があります。コロナ禍で世界中が危機に瀕しているなかで、これ以上の悲劇は回避してもらいたいものです。軍隊が強いのは目的に向け意思を統一しているからなのでしょう。いざ戦争となれば議論をすることも個人を尊重することもなく命令を徹底して守り、余計なことはすべて排除することでしょう。そうでなければ国民を守ることなどできません。各人が勝手なことをしていては、力を合わせて全体の目的を達成することはできません。 今の日本は個人の自由を尊重するあまり社会や公益ということが軽視されているように思います。そのため国力や学力も低下しています…

  • やるべき時には迷いなく

    立春を迎え春の足音が雪国東北でも感じられるようになりました。多い時には一晩で30センチを超えていた積雪も、最近は積もっても数センチ程度です。首都圏では警報が出る積雪ですが、地元ではほとんど降らなかったと喜ばれます。ですが、そのままにしておき踏まれて凍ると厄介なので、少ない量でもこまめに除雪するようにしています。 部会のメンバーに1週間の期限で作業をお願いしました。早い人は翌日に、遅い人は期限ギリギリに、また提出しない人もいました。依頼する前から提出のタイミングは大体わかりました。毎回同じタイミングであり、これも性格なのだと思っています。私は相手を待たせないよう、なるべく早く提出するようにしてい…

  • 曲げないルール

    あれも、これもとこだわられると面倒に感じますが、何かひとつくらいはこだわりたいと思うのです。「これだけは」というものがあって、言い訳しない、譲らない、あきらめない信念を持てればと思うのです。人生において、この三拍子そろったものを護持できれば、きっと大きく成長できると思うのです。続かない、妥協する、あきらめるでは成長はありません。 たとえば毎日30分歩くと決めたならば、天候や体調に関係なく続けることができれば、健康や体力だけではなく、どんな状況にも負けない精神的な強さを養うこともできます。どんなことであっても続けるということは、その人間を様々な面から鍛えてくれるのです。宮沢賢治の「雨にも負けず、…

  • 選り好みせず

    マンガも楽しいのですが、文学や哲学も楽しいものです。疲れている時はマンガを楽しみ、意欲のある時には文学を楽しみ、悩める時には哲学を楽しむといった、役割分担が良いのかもしれません。選り好みをしたり、偏見を持つことなく、食事と同じようにバランスも大切にしたいと思うのです。自分の苦手な人や事とどのように向き合うかも大切なことです。 食わず嫌いとか案ずるよりも産むが易しという言葉もありますが、挑戦してみると意外と楽しいこともあります。大切なことは、最初からあきらめずに続けてみることです。そして続けるだけではなく、楽しもうとすることです。興味のないこと、関心のない人には最初から手を出さない風潮があります…

  • 大雪の精神的ダメージ

    今年は大雪となりました。立春を迎えましたが、まだ厳しい冬は続きそうです。冬になると天気予報のサイトを複数チェックし降雪情報を確認しています。サイトで違う場合には、最も降雪量が少ないサイトを信じるようにしていますが、裏切られることもあり一喜一憂の日々が続いています。そんな日々かまだしばらくは続きそうです。 いかに文明が進んでも降雪を予想することはできても、コントロールすることはできません。ですから降っても降らなくても淡々と変わらない態度と心でいたいものです。一喜一憂も楽しいともいえますが疲れるものです。世の中に翻弄され疲れてしまう人生ではなく、落差のない心境で生活したいと思っています。 登山では…

  • 「ありのまま」ということ

    よくブログで「ありのまま」ということを書きますが、相手に対しては期待や失望を排して、現状を認めてあげる優しさが必要だと思っています。その人の今はどのようなものであれ、その人の人生であり、周囲が否定すべきものではないと思うのです。ただ、認めることと甘やかすことは違います。この違いをどのように理解して実践するかが難しいのです。そして、それ以上に自分に対しても「認めること」と「求めること」の両立が難しいものです。 相手に対してあきらめることなく信じて待つという姿勢が大切だと考えます。「どうせダメだろう」という態度では相手は変わりません。簡単ではありませんが、ちゃんと向き合い信頼関係を築かなければ変化…

  • 歳月人を待たず

    2月を迎えました。正月の清々しく厳かな気持ちも大雪とコロナ禍に埋没し、気づけば2月を迎えていました。毎年、寒くなってくる10月頃から1年の速さを感じるようになりますが、新年度を迎え忙しくなる4月までのこの時期が大切だと思うようになりました。この時期に何を考え何をするのか、一年の計は元旦にあるとすれば、2~3月はその準備の時期といえるのかもしれません。 私は何がしたいのか。漠然とある生涯設計のなかから今年は何を選ぶのか。それは今すぐ自分一人でできることなのか。準備と計画が必要なことなのか。様々な協力者が必要なことなのか。様々な希望や妄想を膨らませる準備期間は楽しいものです。ですが、楽しいだけでは…

  • 智慧は達観、祈りは平安

    先日ある観光の講演会に参加してきました。地元温泉街のまちづくりに参加しているため様々な観光の経験もしてきました。20年前頃から観光まちづくりの取り組みが始まり、湯めぐりなるものがブームになりました。そこから観光圏がありインバウンドがあり、今回は観光地域づくり法人の講演会でした。どの世界にも次々に新しい活動が登場してくるものです。そして歴史を紐解けば、一定の周期で同じようなものがグルグルと回っているだけなのかもしれません。 時代の波に翻弄されているだけなのかもしれないと思うことがあります。人間の生活は時代や社会から大きな影響を受けています。自分で考え判断しているようでも、それはその時代に即した価…

  • 温厚と偏屈

    年を取ると丸くなるといいますが、どれだけ年を重ねれば温厚になれるのかと思い悩むことがあります。年を取るほど偏屈になることのほうが多いのかもしれません。団体や地域でもみんなで仲良くを合言葉に活動していても、いつの間にかおかしくなることもあります。長く付き合うほど、相手の様々なところが見えてくるものですが、そもそも人間には一長一短があり、どうしてもマイナスの部分が目につきやすいものです。 人間関係は相手ではなく、自分を抑える力と相手をありのままに認める力が求められると思うのです。この力が衰えてくると偏屈になるのかもしれません。人生経験から相手を自分の思い通りには動かせないと分かり、相手の価値観やペ…

  • 付加価値という幻想

    付加価値という言葉が氾濫しているように思えますが、どうも楽をして儲けたいと解釈している人もいるようです。付加価値は価格を高くするための言い訳ではありません。自分ではなく相手がその価値を認めなければ意味がありません。いかに価値を創造するかと考えれば、思うほど簡単ではないように思うのです。そのため価値の伴わない便乗値上げが横行することになります。 値下げ競争に疲れ果て、そこから付加価値という流行りが生まれましたが、低価格はシンプルで分かりやすいのに対して、付加価値は絶対唯一の価値基準ではないため、分かりにくく伝えるのが難しいものでもあります。私は手間や時間をかけるか、お金をかけなければ付加価値には…

  • 頑張らないほうがいいかも

    頑張るほどに自分の首をしめていくような人もいます。物事は歯車のようにかみ合わなければなりません。1人でできることはなく、何事においても周囲の理解と協力が不可欠なのです。大切なことは自分が必要とする人々、さらには今までご縁のなかった人々ともつながり一体となっていくことです。この一体感がなければ、いかに頑張ってもチェーンの切れた自転車を必死にこいでも前に進まないのと同じ状態になります。 別に頑張らなくてもいいのに、みんなのために頑張ろうとする人は素晴らしいと思います。ですが、有難迷惑という言葉が教えるように、必ずしも自分の思いと周囲の思いが一致しているわけではありません。ですから、信頼関係が大切で…

  • 自業自得の難しさ

    仏教用語であった自業自得ですが、今では一般的に使われるようになっています。この言葉はどちらかといえば自分で使うよりも、誰かに向けて使うことのほうが多いのかもしれません。幸運は周囲に感謝し、不幸は自分の責任だと思いなさいと聞いたことがありますが、なかなかそうは思えないものです。普通は逆に考える人のほうが多いのかもしれません。それ故、自業自得にも自分への反省ではなく、相手への評価として使ってしまいます。 自分のことは自分が一番分かっているはずなのに、実際はそうでもないのかもしれません。自分や家族に対しては冷静で客観的な判断や評価は難しいものです。どうしても甘くなってしまうため、正しい判断や行動がで…

  • 天恵とするために

    誰しも生きていれば苦悩や迷いがあるものです。これはいわば必然であり悲嘆することではないのです。棚上げにしたり、誤魔化すこともできますが、ちゃんと向き合わない限りストーカーのように、いつまでもつきまとうものです。たとえ転職しても引っ越しても逃げ切れるものではありません。それは苦悩や迷いは外から来るものではなく、自分のなかから生まれてくるものだからなのです。 苦悩や迷いは天からの試練だと思うのです。それぞれに天より与えられた課題があり、その課題を宿題を忘れたかのように放置していると、その課題を思い出させるために苦悩や迷いが生まれてくるのです。この課題は人生を好転させるために必要なものであり、天恵と…

  • 人生の明暗は

    テレビでイランの女性が「争いに使うエネルギーを平和や人助けに使えば良いのに」と言っていました。政情不安定な国で大変な苦労をされている人の言葉として心に響きました。平和と戦争は紙一重だと思うことがあります。平和を求め自分の大切な人を守るために戦争がおこなわれます。この矛盾が世界から戦争がなくならない原因なのかもしれません。 仏教には煩悩即菩提という言葉があります。仏教において煩悩は苦悩の原因であり、克服すべき対象です。ですが、煩悩の大きな力を悟りを求める力に転換することが悟りの縁ともなりえるのです。負の力には強いエネルギーがあります。このエネルギーの有効活用も考えなければなりません。悔しいという…

  • 言霊ということ

    新春特番で言葉に魂を宿せという書道パフォーマンスを見ました。日頃から言葉を大切にしているのか、言葉に心をこめているのか考えさせられました。感情や本音は誤魔化すことができませんが、周囲の目や耳に触れるものではありません。ですが、言葉は相手の心に届くものですから、感情や本音をそのままではなく、思いやりを添えて届けなければなりません。言葉は暴力にも凶器にもなり、相手を死に追いやることもあります。 私は日々使っている言葉が人間関係や人生を作っていくものだと考えています。乱暴な言葉、意地悪な言葉、嫌味な言葉などは避けるべきなのです。必ず自分の発した言葉は自分に返ってきて苦しむことになります。また、自分の…

  • 雪国の運転は

    昨年に続き大雪となりました。一日の多くを除雪や雪下ろしに費やす日々が続いています。道路も圧雪となっており、いつもの倍の時間がかかります。ところが雪道になると、思いやり運転になるのです。店舗から道路に出たい車にはすぐに譲ってもらえますし、除雪によって狭くなった道路ではお互いに譲り合いながら運転します。道路状況はひどいのですが、人のやさしさを感じられる季節でもあります。 どうして思いやり運転になるかといえば、急いでもしょうがないと思うからなのかもしれません。雪道ではつねにノロノロ運転の渋滞で、多くの人は時間に余裕をもって生活しています。譲っても時間的にたいして変わらないと思うからなのです。また都会…

  • コロナ禍の危機にあっても

    今年の初詣は全国的に昨年よりも参拝者が多かったそうですが、やはりお正月は神仏への参拝から一年をはじめたいものです。日本には様々な風習や伝統文化がありますが、コロナ禍により疫病退散の祭礼までもが中止となっていました。日本で古くからおこなわれてきた祭礼、風習、行事などが、まさに日本の象徴だと思うのです。国際化やIT化が進展するほど、日本人らしさが大切になってくると思うのです。コロナ過は医療崩壊や経済的危機もありますが、日本文化の崩壊にもつながりかねません。 アイデンティティを辞書で引くと「他とはっきりと区別される、一人の人間の個性。また、自分がそのような独自性を持った、ほかならぬ自分であるという確…

  • 年頭にあたり

    新年あけまして、おめでとうございます。「一年の計は元旦にあり」といいますが、新年を迎えた厳かな気持ちのなかで、今年の目標を考えたいものです。想いからすべてが始まります。想いが言葉となり態度となり行動となり、それがめぐりめぐって利息がついて返ってきます。自分が抱く思いが、私利私欲に埋没したものではないのか、周囲や社会のためにもなるものなのか、自らの想いを正さなければなりません。そうしてこそ天も神仏も人もあなたの想いに応えようとするのです。誰もが一年の幸福を願いますが、その実現に向けて精進していきたいと思います。本年もよろしくご愛読ください。

  • 今年の御礼

    早いもので間もなく新年を迎えます。今年もご愛読いただき、ありがとうございました。確認したところ、もう15年近くブログを書いておりました。最初は県内のブログサービスを利用し、途中からはてなダイアリー、はてなブログへと移行してきました。何のために書いてきたかといえば、やはり私の成長のためです。書き続けることで、自分なりの仏教理解を深めてきたつもりです。本から学べることもありますが、自らの経験から学んだことを言葉にすることも大切だと思っています。これが法話や対話にも活かされています。頭のなかにある漠然とした考えや思いを確かなものとするためには言葉にすることです。その言葉を実践することで、より自分を高…

  • 昆虫食は微妙でも

    SDGsも様々な取り組みがあるようで、たとえば牛乳を買う時も賞味期限の早い物から購入し廃棄されないようにすることも立派なSDGsなのだそうです。私なども買い物を頼まれれば、なるべく長く持つものを買うようにしていましたが、みんなが同じようにしていれば廃棄が増えてしまいます。また、子供と買い物に行った時も、親がそのようにしていれば子供も同じようになります。 この社会や地球が持続していくためには、私達に我慢が求められます。今まであたりまえのように行っていたことを改める必要があります。同じままでは何も変わりません。少しずつでも変わっていくことで、社会も未来も変わっていくのです。20年前に温暖化が予測さ…

  • 令和4年 壬寅の意味と心得

    令和4年は【壬みずのえ 寅とら】の年です。【壬】には「担う」や「責任を持つ」という意味があります。私達は必要とされこの世界に生まれてきました。誰にでも、その人にしかできない役割があり、その人にしか支えられない人がいます。壬の年は様々な形で与えられた役割を試されます。また、あらためて自らの役割を考えるべき年でもあります。 【寅】には「つつしむ」や「助ける」という意味があります。何をするにも周囲の理解と協力が欠かせません。周囲に対してつつしんだ態度や感謝の気持ちが求められる年になります。お互いに謙虚な気持ちで力を合わせることが大切です。お互いに相手のことを考えることで幸福になれるのです。 寅年は発…

  • 豊かさとは

    日本は戦後復興より今日まで豊かさを求めてきたのか、それとも便利さを求めてきたのかを考えなければなりません。昭和は豊かさと利便性が同じであったように思います。働き便利な家電や車を持ち、家を建てることが豊かさであり幸福の条件とされていたのかもしれません。この価値観はシンプルであり、誰もが実現可能であり、国を挙げて物質的な豊かさを追求しました。 ですが物質的な豊かさのピークを過ぎれば、また生まれた時から便利で快適な生活を享受してきた世代が増えれば、ことさら便利な生活を求めなくなります。そのため企業は高付加価値のブランド化によって消費社会の継続を図ります。また消費生活に魅力を感じなくなった人々は精神的…

  • 幸福は求めるものではなく

    満足と渇望について考えてみました。テストで80点を取ったときに頑張ったと満足する人、次はあと20点取って100点にしたいと思う人がいます。満足する人は努力を怠るようになるかもしれません。渇望する人は努力を続けますが、満足することはないのかもしれません。誰しも100点を取り続けることはできないのですから。満足しながら油断しないことが大切なのです。 経営者には危機感が不可欠だと思います。たとえ今は経営が安定していても安心することなく、最悪のことも想定しながら先々まで考えておかなければなりません。ですが、たとえば社員に対して認めることなく、さらなる向上ばかりを求めては、みんな疲れてしまいます。業績も…

  • 心の声が

    相手の心の声が聞こえるがための苦しみがあり、聞こえないがための苦しみもあります。どちらであっても苦しいというのが人生なのかもしれません。多くの人は言葉にならない相手の想いが分かると思います。自分への期待、失望、配慮、遠慮、忖度、思惑など様々あります。人間は言葉以上にたくさんの会話をしているものです。ですが、そういった心の声が私達を苦しめることもあります。言葉以上に伝わってくる想いはプレッシャーとなりストレスとなります。逆に心の声なるものを理解できない人もいます。無頓着というか鈍感というか伝わらない人もいます。空気が読めないともいえますが、そういう人は周囲との意思疎通ができずトラブルや孤立に苦し…

  • 商売の極意

    昨年、住職になってから新しい企画を試みています。ありがたいことに好評な企画もありコロナ禍にあってもご参拝いただいております。どちらかといえば私は仏教界よりも観光界にいる時間が長いのです。地元が温泉街ということもあり観光振興の会議や観光誘客のセミナーなどに参加する機会も多くあります。そのため私の感覚や感性は僧というよりも商売人なのかもしれません。 観光地や温泉地はしのぎを削っているわけですが、社寺仏閣の世界は時代の流れとは無縁にゆったりとしたものです。それは私には衰退にしか見えないのですが、そのおかげでニーズと注目を得ているともいえます。たとえばご朱印はコロナ禍で印刷したものに日付を入れるだけの…

  • 日本人ならば

    ずいぶん昔、恥について書いたことがありました。その時に自分や家族のことを恥ずかしいと思う必要はないと抗議のコメントがありました。もちろん自分や家族のことを蔑む必要はありません。ですが、人間は流される生き物ですから、つねに確認しておかなければならないのです。傲慢になっていないか、怠慢になっていないか、生活や言葉が乱れていないか、こういった確認作業を忘れてはなりません。 自分のことを反省する時に恥というものが有用です。日本には恥の文化というものがあります。日本では自分は世間からどのように見られているかを重視します。いわば人の目を気にすることで自分を律してきました。武士ではなくとも恥をかかないように…

  • 本当のご利益とは

    参拝で大切なことは、これでもかと念押しするかのような強い祈りではなく、やさしい祈りを心がけることです。まず日々のご加護に感謝すること。こうしてお参りができただけでもありがたいと思いたいものです。願いについても、あれが欲しい、こうして欲しい、こうなって欲しいと、欲しい欲しいばかりではなく、たとえば良縁をいただいたならば、相手をどのように大切にするのか。病気が治ったならば、健康な体で何をするのか。商売が繁盛したならば、その利益をどのように社会に還元するのか。 願をかけるといいますが、本来は願うだけではなく、成就するために、もしくは成就したならば、何かしらの制約や奉仕を約束することでもありました。そ…

  • 八正道に思う

    仏教に八正道というものがあります。1正見(正しい見方) 2正思惟(正しい思考) 3正語(正しい言葉) 4正業(正しい行動) 5正命(正しい生活) 6正精進(正しい努力) 7正念(正しい思念) 8正定(正しい瞑想)です。ポイントは「正しい」という部分だと思うのです。この八つは人間にとって日々あたりまえのように行っていることですが、これをいかに正していくかが幸福に必要なことなのです。 たとえば正しく物事を見ることも難しいことです。親しい人には甘くなり、嫌いな人には厳しくなるものです。好き嫌いを越えて物事を判断していくことひとつ取っても難しいものです。八正道はすべてつながっており、どこかひとつでも正…

  • 前に進めば

    頭のなかに漠然とあるものは、不安であり困難であり憂鬱なものです。そのため、どうしても手を付けられず棚上げになってしまいます。ですが、完全に封印することはできず、長く居座るほど心のなかで大きくなり、私達を苦しめるものです。しかし、勇気をもってやってみるならば、思うほどではなく意外とうまくいくものです。心のなかに抱え込むのではなく、とりあえずやってみることです。 スタートさえすればゴールに向け、どんどん近づいていきます。具体的な行動は経験となり自信となり、自分に足りないものを補い、ゴールに向けて着実に歩んでいけるようになります。ですが、スタートしなければゴールへ近づくことはなく、何をしたら良いかも…

  • 逆転の発想で

    人間はどのような状況で成長するのか考えてみました。現状を打破し人間として大きくなっていく要因はふたつ考えられます。ひとつは責任感です。自分がやらなければならないという強い思いによって、能力や人間力の限界を突破していくことができます。誰かにやらされているという意識では成長できません。言い訳をせず退路を断ち臨んでこそ、自分の必要な力が与えられるのです。 もうひとつは苦悩や不安を克服することです。何をしても何をしなくても様々な苦悩や不安があるものです。特に前に進もうとするほど、苦悩や不安は強くなるものです。ですが、苦悩や不安とは存在するものではなく、勝手に作り出している妄想なのです。あるといえばあり…

  • 苦悩する時には

    ひとたび芽生えた衝動はなかなか抑えられるものではありません。誤魔化そうとするほど根を張り成長していくように感じることがあります。人間のマイナスの感情というものは恐ろしいものです。誰にでも善悪の区別はありますが、衝動というものは理性による制御をはねのけ、超えてはならない一線を越えるよう背中を押し続けます。 仏教の修行とは自分の心に翻弄されないためのものです。憎悪や欲望を苗床として苦悩や不幸が生まれてきます。心が清く正しければ苦悩や不幸も存在しないことになります。もちろな、それは理想なのかもしれませんが、相手や社会を憎むことが自らの不幸につながること、欲に惑わされることで苦悩が生まれることを知って…

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