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副山主さんのプロフィール

住所
米沢市
出身
米沢市

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ブログタイトル
甲子大黒天本山のブログ
ブログURL
https://kinoenedaikokuten.hateblo.jp/
ブログ紹介文
ブログで仏教的な生き方を模索しています。日々、大切にしていきたいことを書いています。
更新頻度(1年)

151回 / 365日(平均2.9回/週)

ブログ村参加:2008/09/28

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副山主さんの新着記事

1件〜30件

  • ご利益の本質

    今読んでいる本に年収1000~1500万の人と年3~6回参拝している人の幸福度が同じだという調査結果が掲載されていました。年収のほうは物質的な幸福度、参拝のほうは精神的な幸福度であり、同一視はできないかもしれませんが、重要な結果だと思います。年収1000万を超えるのは容易ではありませんが、参拝であれば誰でも達成可能です。物質的な幸福はそのものがなくなれば失われてしまいますが、精神的な幸福は失ったり奪われたりするものではありません。 定期的に参拝している人はあまりご利益を求めていないように感じられます。困ったときの神頼みといいますが、普段まったく参拝していない人ほどご利益ばかりを求めます。私はご…

  • 必然の世界

    この世界は基本的に必然で成り立っています。些細なケンカから試験の合否まですべて日頃のおこないが問われる自業自得といえます。遺伝的な病気でさえ必然であり、しかし親を恨むのは筋違いというものであり、授かった命以上に大きなものはなく、恨むのではなくその命を大切にしなければならず、遺伝的な病気にも早いうちから備えておかなければなりません。 私達の弱き心は誰かに責任を押し付けて楽になりたいと思うものです。しかし、実際には楽になるのではなく、責任と解決を放棄することで余計に苦しくなるだけなのです。すべてを自分の責任として、その責任を果たそうとするところに大いなる成長が訪れます。人のせいにして苦しんでも得る…

  • 座右の銘の意味

    日本が誇る仏教学者の鈴木大拙の特集号を読んでいます。そのなかに「ひじ、外に曲がらず」という言葉がありました。肘は内側には自由に曲げることができますが、外側に曲げることはできません。それが肘の本来の働きです。さらなる自由を求めて外側にも曲げようとするのは、自由の範囲を逸脱した愚行であり無理をすれば脱臼してしまいます。できないこと、許されないことをするのが自由ではなく、与えられた範囲のなかで自由を楽しむことが大切です。社会には法律をはじめ様々な規制があります。規制を面倒だと思うこともありますが、私達を守るためのものであり、そのなかで暮らすことが安全安心であり善きことなのです。 この言葉は大拙先生に…

  • 区別と執着に埋もれて

    仏教の特徴も様々ありますが、そのひとつに仏教ではどこまでも自分と向き合っていくということがあります。他の宗教であれば絶対唯一の神との関係性を重視します。仏教にも仏という存在がありますが自身も仏であり、自らの仏性を通して大いなる仏とつながっていくと考えます。仏があり自分があるのではなく、仏と自分がつながっている一体なのです。 すべてが平等につながっているのがこの世界であり、そのつながりを確認するのが仏教といえます。空から降ってくる雪は誰のものでもありませんが、ひとたび屋根に積もればその家の雪となり、その雪が隣の敷地に落ちればトラブルとなります。誰のものでもない雪でさえ争いの原因となるほど、私達は…

  • 今やるべきこと

    最近の新型コロナウイルスや水害で思うことは、何気ない生活のありがたさということです。今まであたりまえだった生活が、コロナで制限されたり、水害で住んでいた町そのものが壊滅してしまうこともあります。人生いつ何が起こるか分かりませんが、そうではあっても何事もないことを前提にしなければ生活することはできません。しかし、想像もしていなかったことが起こることもあり、人の世の無常を感じます。 頭で分かっていることと、現実に目の前で起こっていることは、同じことであってもまったく違います。覚悟、想定、準備などの言葉がありますが、起こってみなければ本当のところは分からないのかもしれません。今後ますます災害や疫病が…

  • 千里の踏破

    天といっても、仏といっても、人生と表現してもかまいませんが、私達はつねに試されています。これはテストや大会ということではなく、時には厳しい試練をもって理不尽や不平等を押し付けられ、また時にはこのうえなく恵まれた環境のなかで甘やかされ、様々な状況のなかでその人間がどのようになるのかを試されるのです。困難に負けてしまうのか、甘やかされ堕落するのか、さらには負け続ける人間なのか、感謝の心を持てないままなのか、すべて試されているのです。 必要なのは意志の力です。眠くても布団から出るのも、気分が乗らなくても出勤するのも、嫌いな食べ物を食べるのも、苦手な人と笑顔で会話するのも、健康のため禁酒するのも、すべ…

  • 本当の幸福とは

    自分が持っていないものを人に与えることはできません。財布を落として困っている人がいても、自分もお金がなければバス代を貸してあげることもできません。それ以上に困っている人を助けてあげたいという想いがなければ、困っている人がいたとしても指一本動かすことはできません。いくら道徳の授業で困っている人を助けましょうと教えられても、自分の心から自然と目の前の人を助けたという純粋な想いが生まれなければ、どうしようもありません。 現代は外界に対する不満ばかりがあふれ、求めるばかりで自分ができることを考える機会が少なくなっています。お互いに待っているばかりでは関係性は生まれません。私達は誰しもこの世界に必要とさ…

  • とっさのこと

    誰かに頼まれた時の対応にも人間性が反映されるものです。同じ対応にしても損得でやる人、義務感でやる人、周囲の目でやる人、やらずにおれない人、結局やらない人など様々です。簡単なお手伝いであっても、その動機によって価値は増減するものだと思っています。相手のことを想っておこない、それが自分のためにもなる人、最初から自分のことしか考えていない人では大きく違います。 私達は相手の表面的なところに惑わされないようにしなければなりません。そのためには相手の心を感じられなければなりません。騙される人とは素直な人ではなく、心が疲れていたり問題を抱えていることで、相手の心が見えなくなっている人なのです。ラジコンは電…

  • 生き方とは

    人は誰しも自らの限界と向き合わなければなりません。自分の限界を知り無力感に苦しむときに、どのような態度を選択するかで人生が大きく違ってきます。ひとつには自分という人間をあきらめてしまい無気力に生きるという選択です。無難に無力感を感じないで済む範囲のなかでの生活です。また、積極的に自らの限界を突破しようとする人もいます。「やれば、できる」を信条にどんなことにも挑戦していきます。 限界と向き合うことで謙虚になる人もいます。1人でできないことは謙虚に周囲の助力によって成就しようとする人です。何もすべてを1人で抱える必要はなくチームで戦う人です。困難と出会い無力を覚った時に、どのような選択をするのか。…

  • 短所の目立つ人

    会社の社長さんを見ても様々なタイプの人がいるものです。それは優劣ということではなく個性であり、天からの賜物だと思うのです。各人がそれをどのように磨くのかが問われます。「玉磨かざれば光なし」の言葉そのものです。自分がどういう人間なのかを知らなければなりません。誰しも長短あわせ持つ存在です。「隣の芝生は青く見える」といいますが、自分が持ってないものを求めるのではなく、自分が持っているものに気づき磨き勝負するのです。 世の中には長所の目立つ人と短所の目立つ人がいます。その違いは自分の長所を活かそうとしているのか、それとも短所に翻弄されているかなのです。せっかく素晴らしい長所を持っていても、言葉が足り…

  • 本当の自由人とは

    私は日々おだやかに暮らしたい、何がなくとも幸せを実感しながら生活したいと願っています。ところが私の心は些細なことでイライラしたり落ち込んだりして、平安や幸福を遠ざけてしまいます。分かっていても条件反射の如く喜怒哀楽に翻弄されては後悔の日々を送っています。何事においても一呼吸おいて心を静めて対応できるよう心がけるのですが、思うようにはいかないものです。 自由な人とは自分の心に縛られない人のことです。欲しがってしまう心、責めてしまう心、憎んでしまう心、妬んでしまう心、疑ってしまう心、落ち込んでしまう心、愚痴ってしまう心、こういった心が私達を縛り付け苦しめるのです。もし解放されることができれば不自由…

  • 脱依存型社会

    今回の新型コロナウイルスは中国から世界中に広がったわけですが、対岸の火と思っていたアメリカやヨーロッパの被害が甚大でした。さらにはアマゾンの原住民にまで感染が広がり、まさに世界中が危機に陥りました。ヨーロッパがアメリカ大陸を発見し、アジア各国を植民地とした時代から世界はつながるようになり、現在は隣の家に行くように世界中の人々が移動しており、ウイルスが急速に拡散するのも当然といえます。 グローバル化が連呼され世界中が密接につながるようになりました。しかし、今回のようなウイルスの蔓延やアメリカや中国など大国の情勢が世界中に大きな影響を与えるようになりました。私は適度な距離感が大切だと考えています。…

  • 年齢を言い訳にしない

    年齢にかかわらず「もう年だから」と連発する人がいます。そういう人は自分の人生にブレーキをかけている人です。「もう年だから」と自分に暗示をかければ、意欲はなくなり何事もつまらなくなり、何もしないようになり体は衰え、無気力で寝たきりのような生活になります。これは年齢にかかわらず、楽しもう、学ぼう、幸せになろうという意欲のない人は同じ道をたどります。 いつまでも若い人、さらには年齢とともに若返る人は、何より気持ちが若い人です。気持ちが若いと行動的で年齢を忘れて人生を楽しもうとします。同級生であっても、気持ちひとつで10歳も違って見えるものです。外見には日々の生活が反映されるものです。若く見える人は充…

  • 平等とはならず

    新型コロナウイルスが再び蔓延の兆しにあります。ずいぶん前から「夜の街」での感染拡大が指摘されていましたが、経済活動優先のため見過ごされてきました。その結果が1日100人の感染者につながったのではないかと思うのです。新しい生活様式とかwithコロナといわれますが、これらはすべての人に平等なわけではありません。新型コロナウイルスによって飲食店や観光は大打撃を受けていますが、スーパーやゲームなどは自粛生活によって売上を伸ばしています。 光があれば影もあるもので、新型コロナウイルスにしても人生においても不平等はあたりまえであり、そのうえで自分が置かれた立場でどのように最善を尽くすかが問われます。全体と…

  • 未来の自分のために今を生きる

    縁日などに行くと紐の先に景品がついたくじ引きがあります。高価な商品もぶら下がっていますが、はたしてどういう仕掛けになっているのでしょうか。縁日はさておき、日々の言動が最終的にはどこにつながっていくのかを考えることも必要です。不用意な一言を自分はすぐに忘れてしまっても、相手は一生忘れることなく怨まれるかもしれませんし、もしかしたら大事なところで裏切られるかもしれません。今日の怠慢が20年先の後悔につながるかもしれません。 ある意味、人生は後悔の連続なのかもしれませんが、それは先々を見据えて今を生きていないからなのかもしれません。「未来の自分のために今を生きる」という視点を持つことで、今の生活が充…

  • 不都合な気づき

    一人で生きている訳ではない我々にとって自分のことばかりではなく、相手に対する配慮も大切です。たとえば自分の努力だけではなく、相手の努力にも敬意が必要です。「こんなに頑張ってきたのに」と思うのは自然な感情ですが、さらに「相手も自分以上に頑張ってきたんだ」と思えることで、事実を素直に認めることができるようになります。また、自分の悲しみばかりではなく、相手の悲しみにも敬意が必要です。「どうして私ばかりが」と思うのではなく、「自分ばかりではなく」と周囲の心や経験にも目を向けられると自分の悲しみも素直に認められるようになります。 何事も自分中心で考えてしまうと傲慢になったり卑屈になってしまいます。人は自…

  • 上杉家に学ぶ

    地元米沢は上杉の城下町といわれていますが、戦国時代に上杉家は義を尊び、義があるかどうかを基準に戦っていました。豊臣秀吉が死去し天下の情勢は徳川側が有利になっていきます。徳川家と隣接する上杉家は徳川についたほうが有利なのに豊臣側として戦いました。さらには徳川勢が石田三成を討つべく引き返した折には義がないと後ろから攻めることをしませんでした。その結果、五大老であった名家は米沢へと左遷され大幅厳封とされました。勝敗や打算よりも義をもって戦ったのが上杉家でした。そのための苦悩・苦難も多々あったとは思いますが、家風が変わることはありませんでした。 人それぞれに生きるための基準があります。他人の基準を評価…

  • 次の試練にそなえて

    窮鼠猫を噛むという言葉がありますが、人間も窮地に立たされた時こそ真価が問われますし、向上の好機でもあります。人生には必ず何度かの試練の時が訪れるものです。その時に何を考え何を成すのかで人生が大きく変わってきます。窮地における判断や行動は、日頃の自分がそのままに表れるものです。大きな場面ではいつも以上に頑張ろうと思うものですが、日頃から発揮できない力を出すことはできないものなのです。 日々の心がけに勝るものはありません。久しぶりの同級会に参加すると見違えるような人物がいるものです。そういう人は相応の時間をかけて自身を磨いてきた人なのです。同級会だからと前日から張り切っているだけの人とは違います。…

  • 矛盾の融合

    社会に対する不満というものは、いつの時代にもあるものだと思うのです。政治、若者、価値観の変化、道徳の荒廃など、その対象も昔から変わらないのかもしれません。長い歴史のなかで今の時代だけが特別に問題があるということではありません。様々な紆余曲折を経ながら時代は流れており、長く大きな目で見るならばどの時代も同じようなものであり、順調に流れているということなのかもしれません。 現状に問題意識を持つことと否定することは違います。不満というものは問題意識というよりも、理解や努力のない否定と表現できるのかもしれません。完全ではない人間が形成する社会には必ず問題が存在し、ひとつの問題を解決すれば次の問題が現れ…

  • 地味な生活の先にこそ

    人生には楽しく充実して我が世の春といえる時期もありますが、それは一時のことであり、基本的には地味な生活の連続といえるのかもしれません。子供の頃に想像していた人生とは違うのかもしれませんが、それこそがリアルな人生なのかもしれません。年を取るほど忙しく時間に追われ、日々の生活が単調になっていくように感じられます。友人と話しても話題は昔話ばかりというのでは寂しい気持ちになります。 今の生活を否定しても意味がないことを知りつつも、不満は増大していくばかりで、いくあてのないエネルギーが虚しく消費されています。私達にできることは今の生活を愛おしみ丁寧に生きることだけなのです。今の生活を捨てて、新しい生活を…

  • 道徳と法律どちらを選ぶ

    法律と道徳について考えてみました。法律は「してはいけないこと」をまとめており、違反すれば相応の罰則も規定されています。道徳は「すべきこと」をまとめていますが強制力はありません。その性質によって法律は守られますが、道徳は社会が荒廃するほど遵守されなくなります。道徳の広がりを見れば、その社会の成熟度が分かるといえます。 法律を守ることは義務ですが、守ることによって治安が良くなるといった社会的な利益はありますが、個人的な利益を得ることはありません。あくまで最低限のルールというだけなのです。道徳に強制力はありませんが道徳を守ることで、人から信頼される、人として向上できる、誠実・勤勉に生活することができ…

  • コロナからの提案

    今回の新型コロナウイルスの蔓延によって世界中が危機的な状況にありますが、視点を変えれば経済活動が停滞することによって、温暖化などの環境問題は改善しているそうです。地球がこれ以上の環境破壊を食い止めるために新型コロナウイルスを誕生させたのかもしれません。人類はこのウイルスを克服し、さらなる環境破壊に進むのか、これを機に歩みを変えるのか、自粛のなかで考えなければならなことなのかもしれません。 環境ばかりではなく生活を見直す機会でもあります。盛んに叫ばれる新しい生活様式についても考えなければなりません。バブルのころより今日まで美味しいものを食べて飲んで、楽しい旅行に出かけ、様々な趣味を持ち、欲しい物…

  • 嘘がなくても生きられるように

    嘘をついて誤魔化そうとして、かえって収拾がつかなくなったという経験は誰にでもあるのかもしれません。こんなことなら最初から正直になっていればよかったのに、嘘をついたばかりに、見栄を張ったばかり、適当なことを言ったばかりに、軽い気持ちでも行きつくところは後悔です。失敗や弱点は見せたくないという気持ちは分かりますが、隠そうとするほど苦しくなるものです。 誤魔化す、隠す、騙す、そのどれもが無駄にエネルギーを使うことであり、多くの場合には疲れて嫌になり無意識に自分から露見するよう仕向けてしまうものです。たとえ誰も知らなくても自分だけは欺いていることを知っており、その罪悪感は日増しに増大し我慢できなくなる…

  • 人間力とは信頼力

    子供が遊ぶ積み木を考えても下が大きく上にいくにしたがって小さくならないとバランスが悪く崩れてしまいます。ピラミッドの形が最も安定するのではないかと思います。これは遊具や建物ばかりではなく、学問も下の学年で習ったことをちゃんと習得していないと、必ずどこかで行き詰まってしまいます。さらには人間も土台の部分がしかっりしていないと安定することはありません。 人としての土台とは人間力だと考えています。挨拶、礼儀、配慮、利他などがそうだと思うのです。利他とは自分のことばかりではなく、相手のことも自分と同じように考えられることです。子供のころに教えられことがどれだけ身についているのか、自然に実践できるのかが…

  • 想いのその先へ

    5月は書面決議の総会ばかりでしたが、6月に入り通常の総会もありました。議案についての質疑はほとんどないのに、「その他」になると色々な意見が出されます。「こうしたらいいのに」や「こういう問題がある」と提案が続きました。ところが、本人は動く気がまったくなく、自分以外の誰かがやるべきだという態度です。要望や問題を提起しても、その先への責任はなく、言うだけで終わり、提案された側も検討しますで棚上げにして、一年後にまた同じことが繰り返されます。 地域の課題も個人の問題も自分が動かなければ解決することはありません。「想いのその先」がなければ、その想いは不満となり憎しみとなり自分自身を苦しめてしまいます。想…

  • あなたが背負っているものは

    山の中で暮らし木々を見ているとバランスが重要であると教えられます。枝葉がないと光合成ができず栄養分が不足しますが、茂りすぎると光が遮られ根が弱くなります。手入れをしてやれば理想の状態になりますが、人に頼るようになれば樹木が備える自然の力が弱まってしまいます。本来の自然界は若木が成長し枝葉を大きく広げていき、老いれば少しずつ枝葉が落ち、やがて枯れ倒木しては次の世代の苗床になります。あくまで全体がつながり神羅万象のバランスが保たれています。そのなかから一木だけを取り出して、どうこうできるものではありません。 私たち人間も個人で完結できることは、ほとんどありません。何事も相手があり全体があり、私達は…

  • 大いなる流れのなかで

    あればあったでかまわないが、なければないでもかまわない、という心境が大切だと考えています。これは若者特有の「どうでもいい」という無気力的な態度ではなく、何事に対しても不満なくおだやかに処する姿勢が、日々の安寧を実現してくれるのです。日々の生活において自分の希望の通りになることのほうが稀であり、自分の思い通りにならないからとイライラしていては、せっかくの一日を無駄にしてしまいます。 人間の生活には様々な波がありますが、どのような状態であったとしても、その状態に支配されることなく抵抗することなく、おだやかでありたいと願います。そのためには動じない心が求められます。ある人は様々な経験から先々を予測し…

  • 人間関係の極意

    身近な人間関係ほど難しいと思うことがあります。ご近所さんのように物理的に近い関係、親戚のように血縁として近い関係など様々です。共通することは簡単には決別することができないということです。そのため関係が悪化したとしても継続して付き合っていかなければなりません。ですから、良好な関係を期待するのですが、相手がまったくそんなことは考えない身勝手な人間だった場合には大変です。 どんなところにも面倒な人はいるものです。学校の卒業や職場の移動など逃げることができれば良いのですが、近所や親戚の関係に終わりはありません。だからこそ忍耐強く上手に付き合わなければなりません。面倒な人ほどこじれると修復が難しくなりま…

  • 否定の先にあるもの

    終身雇用が崩壊しているのに正社員になっても意味がない、みんな離婚するのに結婚しても意味がない、年金は崩壊するのに加入しても意味がない、出世したくないのに面倒な飲み会に参加しても意味がない、あれもこれも意味がないと否定していって最後に残るものは何なのでしょうか。私には意味がないのではなく、自分を信じることができないための言い訳にも聞こえてしまいます。 誰もが不安と戦いながら前に進むのですが、そのためには自分を信じなければなりません。自分を信じるためには信じるに値するものがなければなりません。それは生まれつき備わっているものではなく、人生のなかで獲得していかなければならないものです。自信というもの…

  • 国難の今こそ

    個人的には9月入学には反対です。すべて欧米に合わせる必要はなく、日本らしく桜のもとでの新生活が良いのではないかと思うのです。社会の改革とは少数の不満や要望からはじまりますが、大きな枠組みを変える場合の天秤は議論を尽くしたうえで、大多数の利益を選択しなければなりません。まずコロナウイルスの終息を優先させるべきですし、混乱する現場をさらに混乱させてはいけません。また、留学を望む人がどれだけいるのか、志のある人は今までもこれからも現状のままでも留学することでしょう。 日本は民主主義といいながらも利害関係や組織のしがらみが優先されたり、さらには面倒な人間の意見が却下されることなく通ることもあります。国…

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