甲子大黒天本山のブログ
住所
米沢市
出身
米沢市
ハンドル名
副山主さん
ブログタイトル
甲子大黒天本山のブログ
ブログURL
https://kinoenedaikokuten.hateblo.jp/
ブログ紹介文
ブログで仏教的な生き方を模索しています。日々、大切にしていきたいことを書いています。
自由文
-
更新頻度(1年)

99回 / 245日(平均2.8回/週)

ブログ村参加:2008/09/28

副山主さんの人気ランキング

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副山主さんのブログ記事

  • 小さな一歩の尊さよ

    私は日々の生活において「少しでも」という気持ちが大切だと考えています。人間はいきなり大きなことはできません。よく継続は力なりといいますが、たとえ成果を実感できなくても、毎日の少しずつがやがて大きな開花につながるのではないでしょうか。少しでも親切をしたい、少しでも頑張りたい、少しでも役に立ちたいという、その先に道が開かれるのです。少しでもという想いを持つことで惰性から抜け出し昨日と今日と明日が明確に違ってくるのです。 成果を実感できない単調な道は苦しいものですが、その苦しみに負けることなく、なおかつ苦しみながら進むのではなく、明るく前向きに歩んでいきたいものです。何事も楽しくなければ続かないもの…

  • 心の声に耳を傾けて

    人生には大きく分けて自分が満足する生き方と周囲から感謝される生き方があるように思います。仏教的に表現するならば自利と利他の生き方といえます。ところが、自分が満足するためには周囲の人々も満足できなければなりません。また、周囲の人々を満足させようと思えば自分も満足できるものでなければなりません。突き詰めて考えていくならば最初の視点がどちらであっても、ゴールは同じところなのかもしれません。 大切なことは自分が選んだ道を正しく歩んでいくことだと思うのです。途中での道草や遠回りも人生の醍醐味ですが、自分に負けてリタイヤすることがないようにしたいものです。どの登山口から登り始めても頂上はひとつしかないよう…

  • 衰える精神機能

    年齢と共に私の思考が道理や現実から遠ざかり漂流しているように思うことがあります。自分勝手な都合やワガママに違和感がなくなり、それを相手に突き付けているのではないかと不安になるのです。周囲から見れば単なるワガママでも、自分のなかではワガママという事実が除外され真実となり、その真実に賛同してくれない周囲を敵視しているのかもしれません。私も理解できないような要求を受けることがありますが、その人にとってはその要求は正しいものであり、正当な要求を受け入れない相手が悪いということになります。 日々、自らの思考や行動について考え反省していないと、いつしかとんでもない思考や行動に陥り、しかもそのことに気づけな…

  • 暑さの先に学ぶこと

    暑い日が続いています。この暑さに対して「嫌だ、嫌だ」、「何とか逃げたい」、「我慢、我慢」と思えば思うほどかえって暑くなるように思います。何事も意識すればするほど、余計にダメになるものです。嫌いだと思うほど苦手意識が募り、失敗できないと思うほど緊張し、我慢しようと思うほどストレスが溜まるのではないでしょうか。いわば自分で自分の首を絞めているようなものです。 「なるようにしかならない」という心境も必要なのです。これはあきらめるということでも油断するということでもなく、囚われないということです。無理することなく意識しなければ、もっと自然体でリラックスできます。夏だから暑くてあたりまえと思えれば、それ…

  • 日本人ではなくなる日

    間もなくお盆を迎えますが、お盆はご先祖様が帰ってくる時期とされています。ご先祖様を迎える準備をして、お墓に迎えに行き、ゆっくりくつろいでもらってから帰っていただきます。はたして現代日本人の何割が本当にご先祖様が帰ってくると信じているのでしょうか。良識ある人々はご先祖様を供養する時期、もしくはご先祖様に想いをはせ感謝する時期と考えているかもしれません。そうでなければ会社や学校が休みとなり田舎に帰る時期と思われているだけかもしれません。 昔は本当にご先祖様が帰ってくると考えられていました。これを迷信と蔑むのは間違いです。昔の人々は来世を信じることができたのです。自分の命が今生で終わることなく続いて…

  • 人の感情の生まれるところ

    よく理屈ではないと言いますが、理性と感情を併せ持つ人間ですが、いつも先にあるのは感情ではないかと思うのです。感情が自由奔放な兄であり、理性はおとなしく真面目な弟といったイメージです。自由奔放な兄を弟が上手に制御したり弁護したりしています。人間の感情は善悪混合であり、そのまま外に放出するのは危険です。理性が外に出しても問題とならないよう調整しているのです。 自分や相手に対するマイナスの感情を自分のなかに幽閉すれば大きなストレスとなります。ですが、そのまま放出すれば自分や相手を大きく傷つけてしまいます。理性はそのバランスを取るため奔走しています。しかしあまりにも感情の起伏が大きくなり、理性が処理で…

  • 豊かさゆえの苦悩

    自分の気持ちが分からないとか自分が何を求めているのか分からないという人が多くなっています。それは自分のなかに強い想いがないためではないかと思うのです。仏教では欲望を否定しますが、強い想いが良くも悪くも人を動かすものです。人間の根源的な欲は食欲や睡眠欲など生命を維持するための欲です。半世紀前までは人間の基本的な欲求を満たす生活を享受できたのは一部の特権階級だけであり、一般的には生きるために生きるというものが普通の状態だったと思います。 現代は生きていくための基本的な欲求は満たされています。人類が到達した最高の生活といえるのではないでしょうか。しかし、命の危機を感じることのない生活は満たされている…

  • 幸福へのステップ

    苦難や不幸というものはワガママな子供だと思ったほうが良いと思うのです。面倒だと嫌ってしまうと、ますます駄々をこねて暴れてしまいます。まずはどのような子であろうと自分の可愛い子供であるという態度が求められます。それは苦難や不幸であっても天よりいただいたご縁だと思うことです。次にたとえワガママであっても自分の子供を責任を持って育てようとすることです。子供から逃げることなく親としてちゃんと向き合わなければなりません。それは困難や不幸に対しても責任ある態度で向き合うということです。 親として子供とちゃんと向き合うならば、子供から信頼されるようになります。信頼されるからこそ、子供は親を手本に成長するよう…

  • 防衛本能による錯覚

    私は温泉街を一望する高台で暮らしています。全国には3000近い温泉地がありバブルの頃はどこも同じように賑わっていました。バブル崩壊後はどこも宿泊客が半減し、さらに東北では大震災以降さらに2~3割は減少しています。数字を見れば危機的状況なのですが、人間というものはその状況に慣れてしまうものです。慣れてしまうと危機感がなくなり、改善させようとする意欲もなくなるものです。 最初は大変だと思っていても数年もたてば、その状況が日常となり危機感や疑問を忘れてしまいます。慣れるということは、その状況に適応するという場合と正常な感覚を失ってしまう場合とがあります。進化し適応するならば問題ありませんが、自分の足…

  • 初宮に思う

    初宮参りのご両親に話していることがあります。結婚はお互いに相手を選んで成立しますから、選んだ責任というものがあります。結婚してみたら相手はとんでもない人間だったとしても、相手に騙されたと憎んでも嘆いても自分にも責任があります。それに対して子供は両親を選んで生まれてくるわけではありませんから、両親の責任は重いのです。 人間は子供のころから自分中心に生きていますが、親になれば自分よりも子供を優先しなければなりません。この自分よりも優先すべき存在があるということに感謝しなければならないのです。子育てとは親育てでもあります。子育てを通して親も親として成長していかなければなりません。子供に対しても、子供…

  • 私のなかの化学変化

    案内文を作るときに、分かりやすいよう配慮したり誤解されないよう表現に注意したり細かい所まで詰めていくと1枚の文書でも大変です。ですが、何事においても細かいこと小さいことができずに大きなことはできないと思うのです。大きなことばかりを求めて小さなことを疎かにしている人で成功する人はいません。ただ全体は見えているのに細かい所が見えていない人、細かい所は見えるのに全体が見えない人がいるものです。これは性格に起因するところが大きいとは思いますが、上手にバランスを取らなければなりません。感情と理性、慎重と大胆、楽観と悲観、思考と行動など私達の性質とはふたつに分かれており、さらにはどちらかに偏ることが多いよ…

  • 時代をつくるもの

    時代は平成から令和へと移りました。平成を振り返れば不況と災害が日本人の生活に暗い影を落としたのではないかと思います。誰もが自分のことで精一杯となり、ゆとりが失われ、人々の関係性も様変わりしたように感じられます。新たなる時代への希望と絶望が交差しているようです。 人間には「できること」と「できないこと」があります。いつも明るく前向きな人は「できること」を大切にしています。積小為大という言葉がありますが、たとえ小さくてもできることを着実に積んでいけば道は開けます。自分の想いが形となるからこそ前向きになれるのです。 いつも否定的で無気力な人は「できないこと」に囚われています。何かを思いついても、でき…

  • 信じるということ

    自分を信じられいない 家族を信じられない 友人を信じられない 神仏を信じられない 信じることができなければ不安や不信に苦しむことになります。信じられないという人は安心の条件や材料を求めている人です。しかし、そういったものを求めているうちは安定することはありません。人間は契約によって信頼関係を築いているわけではなく、目の前の人間をただ信じることしかできません。人間にはお互いに優先順位があり、自分が可愛いものです。人間関係はこのことを理解したうえでの付き合いなのです。 100点の相手を信じるのではなく、ありのままの相手を信じることができなければなりません。裏切られることを前提にする必要はありません…

  • 飢えた生活の恐ろしさ

    お笑いの世界も大変なようです。このご時世にブラック企業と非難されないのは特殊な世界だからなのか、それともメディアに対して絶大な力をもっているからなのでしょうか。日本において厳しい世界が失われつつあることは問題だと思っていますが、厳しさには本人のための厳しさと、誰かが甘い汁を吸うための厳しさがあるように思います。 アダムとイブは蛇にそそのかされ禁断のリンゴを食べ楽園を追放されました。もし、2人が満腹の状態であったならばリンゴを食べていなかったかもしれません。今回の騒動も納得できる報酬をもらっていれば闇の世界に魅了される芸人は少なかったかもしれません。3日間なにも食べずにいれば、たとえ毒が入ってい…

  • あと一歩なのに

    「もうあと一歩」の難しさを感じることがあります。何事も花開くまでは時間がかかり努力と忍耐を求められるものです。人は誰しも「もう少し頑張ってみよう」と「もうダメ」を往復しては苦悩するものです。揺れ動く心を冷静に保ちながら、ひとつの決断を下さなければならない時が訪れます。もうあと少しの人が断念することもあれば、逆に夢を追いかけている自分に安住し現実逃避している人もいます。その見極めは難しいものです。 人生における重要な判断ほど正しい答えがありません。自分が下した決断を後悔しないようにするためには、「このままでは」とか「もしかしたら」というマイナス思考に支配されることなく自信を持たなければなりません…

  • エネルギーの方向性を考える

    人間が一日に使用できる精神的なエネルギー量は決まっています。このエネルギーはプラスとマイナスにの双方向に使用されます。プラスへのエネルギーは喜びや感謝などに使用されますが、ほとんど消耗することはなくかえってエネルギーが増えることもあります。マイナスへのエネルギーは憎悪、猜疑、嫉妬、無気力などで激しくエネルギーを消費し私達を疲れさせます。 エネルギーをプラス方向に流すことを心がけ、マイナス方向への使用を控えることで心身を健全に保つことができます。精神的エネルギーの使用も習慣です。意識しなければ毎日同じようなことにエネルギーを注ぎ、これがマイナスであれば疲れ果ててしまいます。毎日疲れているという人…

  • 言葉の重み

    私達は日々たくさんの言葉を使い会話をしています。現在、私が住む田舎では蛍が飛び交っていますが、蛍は光で会話をします。幻想的な光景ですが、人間の言葉ほど複雑な会話はできません。群れで生活する動物たちもコミュニケーション能力がありますが、人間のような文明を築けるほどのものではありません。 私達はせっかく素晴らしい言葉を持っているのに、その言葉をどれだけ活用しているのかは疑問です。せっかくの言葉で争ったり疑心暗鬼になったりするのは言葉の間違った使い方ではないかと思うのです。また、どれだけ本気で言葉を使っているかも考えなければなりません。「ありがとう」とか「いただきます」という言葉にどれだけ気持ちを込…

  • 選挙にモノ申す

    農業の基本は土づくりだといわれます。たしかに土壌が適していなければ、そこから良い作物は育ちません。日本の政治や経済は停滞しているように感じられます。国づくりの基本は人づくりです。ちょうど参院選がおこなわれていますが、どうせ誰がやっても何も変わらないという雰囲気のなかで選ばれた人間が日本を発展させることはできないと思うのです。 今の政治に問題があるとすれば、それは選ぶ側に問題があるということです。会社の面接であれば、その会社にとって有益な人間を時間をかけて選びます。人がいないからと安易に採用したり、頼まれたからと縁故を優先するような会社は倒産してしまいます。結婚相手にしても、この人と生涯にわたり…

  • 積小為大

    最近、何事にも手応えを感じられるようになりました。修行が終わって帰ってきたばかりの頃は何をするにも未熟で緊張し自己嫌悪の日々が続きました。そんな状態から少しずつ慣れていき、認めてもらいながら気がつけば20年近い歳月を歩んでいました。わずか3年や5年で大きく変わるわけではなく、積小為大という言葉の通りに日々の積み重ねがある一定の年月や能力に到達することで、大きく変わっていくのだと思うのです。 たとえるならバケツに毎日水を注ぎ、そのバケツが満杯になった時に開花するようなものです。ただし、毎日どのくらいの量の水が注がれているのか、またバケツの大きさも分かりません。目で確認できないことを続けることは困…

  • たまにはバカをやってみる

    実際のところ「やってみなければ分からない」というのが真実ではないでしょうか。やってみたら、行ってみたら、食べてみたら、話してみたら思っていたのと違ったという経験は誰にでもあるはずです。人生には思っていることと現実を一致させていくという作業も必要なのです。自分の想いと現実を一致させることでシンブルに生きることができます。 たとえば相手のことが心配で勝手に不安や妄想を膨らませていけば苦しくなるばかりです。ところが、自分の想いを相手に伝えて確認すれば、今までの不安や妄想は一瞬で消えてしまいます。もし、ごく稀に当たっていたとしても具体的な決断や行動を取ることができます。もし内定をもらった会社のブラック…

  • 人間の性質というもの

    賢い人ほど自分という人間を理解しているものです。たとえばお酒に弱いと知っていれば節度をもってお酒を楽しむことができます。ところが、自分はお酒に弱いと知らい人は酩酊して人に迷惑をかけたりアルコールに依存してしまいます。この場合の知るとは酔うと人に迷惑をかけてしまうこと、自分を抑えることができなくなること、アルコールによって人生が破たんしてしまうことを理解するということです。 人間には生まれ持った性質というものがあります。どのよう人であれ善き性質と悪しき性質の両方を抱えているものです。自分を理解している人は善き性質を前面に出し、周囲から信頼され、その善き性質によって幸せな生活を送ります。極楽と地獄…

  • 翻弄されない人々

    人間というものは習慣として同じ行動を繰り返す性質があり、新しいことに挑戦するのは面倒なことです。特にその思考や行動によって過去に大きな成功を得た、自分は間違っていないという強い想いがある、長年このやり方で問題なかったという場合には、それらを否定して変わるということは簡単ではありません。ところが、時代も社会も大きく変わっていきます。江戸時代ならぬ現代社会で暮らす私達はめまぐるしい変化のなかで暮らしています。 時代によって求められる価値観や行動は違うものです。私達は時代を選ぶことができませんから、今生きている時代に適応しなければなりません。今の時代を嘆いていも何も変わらず、進化論ではありませんが上…

  • 必要な情報とは

    ロールプレイングゲームでは町を歩き情報を集めます。些細な会話が重要な手掛かりとなりクリアにつながることもあります。リアルの世界においても、たとえば旅行では地元の人との会話から隠れた名所や名物に出会えることもあります。ネット検索も有効ではありますが、会話によって得られる生の情報も大切にしなければなりません。人生を大いなる旅路と考えるならば、日々の出会いは貴重な情報源となります。 会社や地域においても情報に疎い人がいます。みんなが知っているのに本人だけは知らないし気づかないというタイプの人です。それは周囲との会話に無頓着なのです。自分が属している所でどういうことが起きているのかを把握しておかなけれ…

  • 愚かな人間も賢い人間も孤独です

    たいしたことではないと思っていたことが大事になることがあります。こういった場合の謝罪会見では「認識が甘く」とか「こんなことになるとは」といった発言になります。いわば本人と周囲や社会との認識が大きくズレていたということです。思考や認識には個人差があり隔たりがあるものです。自分がズレているのか、それとも周囲や世論がズレているのかも判断しなければなりません。 自分のほうが間違っていることもあれば、周囲や世論が間違っており自分のほうが正しいということもあります。よくよく考えてみて自分が間違っていれば素直に反省し、自分が間違っていないと思えば勇気を持って進まなければなりません。革命や革新というものは理解…

  • 自分らしさとは

    飢えを知らない人間は本当の意味での満足を知らないのかもしれません。不幸や苦労を知らないと幸福を感じることはできないのかもしれません。昭和50年以降に生まれた人々は可もなく不可もない時代を生きており、いわば極端を知らない世代なのかもしれません。戦争や飢饉もなく生活が安定していることはありがたいことなのですが、戦争や飢饉のない生活があたりまえになれば、そこから新たなる苦悩が生まれるものです。 安定している日本社会で暮らしている私達は意識して様々な経験をしなければならないと思うのです。その経験のなかから比較材料や判断材料を得なければなりません。これは他人と比較して一喜一憂することではなく、積極的に様…

  • 自由ということ

    人生の自由度について考えてみました。たとえば食事や旅行は自分でメニューや行き先を決めることができます。学校や会社は希望に見合うだけの努力をすれば入ることができます。しかし、学校や会社を選べても配属先や上司を選ぶことはできません。誰も病気になりたい人はいませんが、日々の節制や運動に勤しむことで避けられる病気もありますが、多くの病気はある日突然やってくるものです。結婚も自分の意志だけでは決めることができません。 考えてみると人間というものは不自由な存在だといえます。大人になれば自由を保障されますが、その自由とは不自由のなかのほんの一部分の自由なのかもしれません。私達は思うようにならないなかで日々生…

  • ケンカに見える相手の本性

    戦争をする人に悪い人はいません。お互いに自分の正義と愛する人を守るために戦争をするのです。これは世界の古今東西すべての戦争に合致することではないかと思うのです。同じように悪いことをする人も自分が悪いと思ってしているのではなく、自分を正当化しているのです。ほとんどの人々は善悪の区別をつけることができます。しかし、そのうえで自分がおこなうことについては正当化してしまうから、この世界から犯罪やイジメはなくならないのです。 自分は間違っていない悪いの相手でありこの社会であるという想いが、自分を正当化し悪いと分かっていることでも実行可能にしてしまうのです。周囲から見れば、想っていること、言っていること、…

  • 選択に迷ったならば

    よく選択に迷う人がいますが、私はどちらの選択肢を取ってもたいして変わらないと考えています。ある人が選べばどちらを取っても安楽であり、またある人が選べばどちらも苦難の道となります。目の前に提示される選択肢が一方は幸福への道であり、もう一方は不幸への道だと思い迷いがちですが、その選択肢に大差はなくどちらの道を進んでも幸せになる人は幸せになり、不幸になる人は不幸になるのです。 大切なことはどちらを選ぶかではなく、選んだ道で最善を尽くすことなのです。寺院関係の後輩にアドバイスをした時に、素晴らしいアイディアは盗めばいい、でもそのアイディアを実現させるための能力や人脈がなければ意味がない、まずは力をつけ…

  • 個性の時代の真実

    地元のラジオに出演することになり1回目にある絵本を読もうとしたら上手に読めないことに気づきました。やはり自分の言葉でないと上手に話せません。文章を暗記するときも、自分の文章だと頭に入りやすいのですが、誰かの言葉だと一言一句を間違いなく暗記するのは難しいものです。日々の生活においても自分の考えを自分の言葉で話すことが大切だと考えます。 人の話を聞いていると借り物の考えや言葉だと感じることがあります。偉人の教えを学ぶことや名作を読むことは大切なことですが、それを自分なりに消化しないで、単なる知識として発信してしまうと、その人には馴染まない違和感を感じてしまいます。素人が名刀を持っても宝の持ち腐れに…

  • ご朱印帳あれこれ

    ご朱印ブームのなか普段ご朱印を書いていて思うことをまとめてみました。参拝者も社寺仏閣もお互い相手に配慮して良き参拝の証となるようにしたいものです。 書きづらい朱印帳1、ちゃんと開かない(手を離すと綴じてしまう)2、いつまでも墨が乾かない3、カバーにボタンがあり平らにならない(朱印が上手に押せない)4、小さかったり、長方形すぎて幅がない(狭くて書きづらい)5、朱印帳にパンフレットなど色々なものを挟んでいる6、ご朱印と観光スタンプが混在している 書きづらい参拝者1、書いているのに話しかけてくる2、じっと書いているのを見ている3、自分の順番を待てない4、混雑しているのに書いてもらう場所を出していない…