「高瀬さん、その竿は確かにあんたにお渡ししましたきに」 事情を察したのだろう。万作爺さんの声は掠れていた。慎也はこっくりと頷いた。万作爺さんの話からすると舞が何もかも知ってい…
「そんな高級な竿は一年や二年では出来ん、五年以上はかかる」と万作爺さんが言うと、鈴木は、「慎也は未だ乳飲み子やから使うのは十年以上先やしょ。そやからゆっくり作ってくれ」と言っ…
「なんじゃったかなあ」 万作爺さんは額に手を当て天井を仰いだ。 「確か、雅(みやび)とかいう名前じゃなかったかしら」 ルミの言葉に隆人は目を剥いた。慎也は微動だにしない。 「…
「銀治、家が壊れるきにゆっくり座れよ」 と万作爺さんがかすれ声で笑うと一挙に場が和んだ。隆人は、すかさず純太と銀治にビールを注いだ。 「ルミ、酒持ってこい」 万作爺さんはかな…
純太と慎也は病院に運ばれたが、幸い二人とも手足に軽い打ち身があるだけだった。 純太は、翌日にはいつもどおり山仕事に出かけていった。慎也と隆人は、万作爺さんの家に招かれること…
老木と純太の背中と慎也の足が、交互に見え隠れしながら白濁の中で上下する。隆人は血の気の引く思いで、一端道路の方に上がった。 「純太ー純太ー」 人目もはばからず、舞は金切り声…
「見てん。今度は純太に鮎が掛かったがよ。馬路のツバメが純太に味方したがぞ」 純太の長竿は、水面に浸るほど曲がってブルブルと激震した。これを上げると、五匹対四匹で純太の勝ちだ。…
「やっぱり、高瀬名人はレベルが違うがよ。最初糸が切れてなかったら、今頃なんぼ掛けたちょったかわからんがよ」 「ほりゃ、また掛かった」 六匹目が慎也の長竿を撓らせた。激流を目印…
舞は二人の試合を見に行かず、重苦しい気持ちで家にいた。 舞の家は島石に向かう手前の川に面しているため、朝早くから慎也と純太の試合を見に行こうとする村人の喧騒が聞こえ続けてい…
竿が弓なって何度も微震する。囮鮎が岸に叩き上がるほど引っ張られて、巨鮎が体を反転した時だった。赤い目印が空中でひらひらとたなびいた。糸が切られた。隆人が口を歪めて目を落とす…
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