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  • カラスと木瓜の花 (16)

    たった今、青山の交差点で派手に罵り合い、私は男の車を降りた。信号待ちのわずかな間に起きた、車内での交際一年分の口論だった。原因は双方にある。潮時だったのだと、治まらない腹の虫に語りかけてみる。秋の風が頬をかすめた。私は地下に潜り、電車に乗った。貴重な休日の真昼間に荒立った気持ちでいる自分を虚しく思いながら、地下鉄に揺られた。門前仲町にも同じ秋の風が吹いていた。駅から表にでて小路に入ると、はるか前方にカラスを肩に乗せたモトさんの姿を見つけた。日課の散歩帰りだろう。声をかけても届かない距離を私は小走りで縮めた。逸早く私の気配に気づいたのはカラスだった。カァと短く鳴いた。初めて声を聞く。この子は左羽根を傷めていて飛ぶことができない。鳴くことはできたのだと安心した。追いついた私にモトさんは「何かあったのか?」と眉間を寄...カラスと木瓜の花(16)

  • カラスと木瓜の花 (15)

    真夜中のベランダにでた、缶ビールを手に。妹からたっぷりと幸せを分けてもらった筈なのに、心がひとりでに沈んでいく感覚がある。ベッドに横になっても眠れなかった。ふいに曖昧な付き合いをしている男へ電話をかけてみたけれど、電波の届かないところにいらっしゃるようだった。くだらないと思いながら、自分の幸せと呼べる場所を頭のなかで探した。すぐに見当たらない気がしてきて考えるのをやめた。眼下では中庭の木瓜の木が月明かりに照らされ、ぼんやり浮かびあがっている。風は生温い。「えん子さん?」うさぎちゃんが自分の部屋からベランダにでてきた。「おかえり」少し前、うさぎちゃんが仕事から帰ってきたのは気づいていた。反射的にビールを勧めると、うさぎちゃんはアルコールはまだ勉強中なのでと笑いスマートに断った。こういう言い回しは好きだ。「妹さんの...カラスと木瓜の花(15)

  • カラスと木瓜の花 (14)

    パイプオルガンの幻想的で優美な調べが大聖堂いっぱいに満ちていく。やわらかく私の心にも染み渡りかけたころ、ゆるやかに扉が開いた。早くも視界が滲んでくるのを感じる。なぜ花嫁というのは、こんなにも美しく満ち足りて映るのだろう。身内なら尚更ひいき目で思う。ボリュームのあるベルラインの真っ白なドレスをまとった妹が輝きを放つ。父と共に、大理石のヴァージンロードを一歩踏みだした。参列者に祝福され、妹が照れた微笑みを返す。穏やかな優しさに包まれている。無意識のうちに私の頬には安堵の涙が伝っていた。母も感涙していた。もうひとり、隣でぐすぐす言っていたのはモトさんだった。涙を拭っていた。私はそれを見てまた涙した。いつもは家のなかでも着物で過ごしている人が、わざわざモーニング姿で参列した。しかも自前だ。その正装がまた涙を誘った。潤む...カラスと木瓜の花(14)

  • カラスと木瓜の花 (13)

    私は鈍感なのだ、そうだ。変わっているとはよく言われるけれど、鈍感だと言われたのは初めてだ。この家の内情をよく知る冷静な読書家が言うのだから、まんざら間違いでもないのだろう。もともと面倒なことが苦手な私だ。愛想を振りまいたり、他人と必要以上に関わったりするのは、仕事中だけで充分だ。神田くんの発言の理由を問いただす気力はなく、帰りにコンビニで買ってきた惣菜と新発売の缶ビールを食卓の上に並べ、自分の席に腰をおろした。間がいいのか悪いのか、鳩時計が一回鳴く。時計の針は午後十時半をさしている。今夜は既に鳩が十回鳴いた後に帰宅したことになる、などと無駄に思考回路を使ってみる。そこへ、二階から大崎と、少し遅れてうさぎちゃんが下りてきた。大崎はリビングの様子を窺うこともなく、自分の部屋のほうへ歩いて行った。陰気でありながら程好...カラスと木瓜の花(13)

  • カラスと木瓜の花 (12)

    都内でも夏祭りや花火大会が行われはじめた。夏本番だ。妹の結婚式も再来週に迫った。別宅の一員となり早くも一週間が経とうとしている。最初の三日間は仕事へ出かける前、モトさんの顔を見に本宅へ寄ったけれど、その後はモトさんとも別宅の若者とも、殆ど話す時間すらなくすれ違っている。あのグレーの瞳をした大崎という男の姿は四日目に目視した。本宅の前でモトさんと話しているところを遠目で見ただけだ。第一、第二印象とも、普通に会社勤めをしているような外見には見えなかった。その大崎が今、職場から真っ直ぐ帰宅しリビングに入ったばかりの私の先にいる。何を血迷ったのか、やっと逢えた、そんな気持ちが湧く。心のなかで軽く否定する。期待外れにもグレーの瞳はしていない。黒目の割合が多い、最近どこかで見たような目だと頭をかすめる。すぐに判った。カラス...カラスと木瓜の花(12)

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