「代受苦」のお話し
「代受苦」という言葉がある。以下の一節などはどうか。仏の功徳をうけとりては衆生仏になり、衆生の罪をうけ取ては仏可堕獄、以大悲代受苦の條、尤不審也。『釈尊讃嘆説法詞』この一節は、仏教に於ける「罪業」論についても使えるので、色々と学ぶべき文脈だが、今回は「代受苦」について検討してみたい。つまり、仏と衆生との関係について、仏の功徳を受け取ると、衆生は仏に成るが、一方で、衆生の罪を受け取った仏は、地獄に落ちるという。それを「大悲を以て代わりて苦を受く」というが、それを「不審」だとしている。この文脈全体を語ると、逆に問題意識から離れてしまうので、まずはこの語句に注目したいが、典拠は以下の通りである。衆生若し名を聞けば、苦を離れて解脱を得、亦た地獄に遊戯するは、大悲もて代りて苦を受く。『請観世音菩薩消伏毒害陀羅尼呪経...「代受苦」のお話し
2024/04/07 12:02