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  • やっと、事件のほころびに手が届いた4-1

    午前十時、青川セントラルヤードの正面玄関が開放、開店の時刻に私はぶらりと通りかかった雰囲気を周囲に纏わせて、ビルに足を踏み入れた。ロッカーの中身を取り出す緊張の高さに昨日も眠れなかった、少しだけ瞼が重いが、朝食を抜いた、眠気は抑えられるはず。 ホーディング東京の受付のドアはロックが掛かっているために正面から内部へ侵入することは難しい。何度も計画をさらい直した、失敗を呼び起こすな。私は言い聞かせる。呼吸が荒い。エントランス、左側に進路を取る。通路に入る前に、一旦立ち止まる。端末を見ながら、後方を確かめる。二人。中央のオブジェと、花屋の前に一人ずつ。確実に目を逸らした。見張られている?私が?これは…

  • やっと、事件のほころびに手が届いた3-5

    「これから作る。まだ形すら見えていない。だれかと勘違いされています」 「いいえ、あなたはだって私ですから。間違える?冗談でしょう」失笑。スナップをきかせた柔らかい手首。 「いつでも自由に出て行ってもらって構わない。出るときも声掛けは必要ないですから」ソファの前をつっきって、カップを薄っぺらいディスプレイの脇に置く。椅子を引いて、ギターを手に取る。アンプに差し込んだヘッドホンを耳にあてがうまでの数秒に、うっすらと口ずさむメロディが耳に届いた。聞き覚えのあるコードと歌詞。私の、ではない。真似ている、真似は真似でも、当人になりきったがらんどう、中身のない、コピーを上回る不協和音。ショルダーベルトを首…

  • やっと、事件のほころびに手が届いた3-4

    「色々大変だったらしいな、昨日」ベースの担当者が呼びかける、私は彼らにPCの電源を入れる丸めた背中を見せる、コートを着たままだ。室内の温度もそれほど温まっていない。「どういう風の吹き回しだよ。テレビ収録を受けるなんて」彼らに会場での事件は伏せている。事件と会場の日程を結びつけてはいないらしい。事件を伝える報道に関してアイラはまったく情報を入れないので、世俗の視点は彼女には不明確。彼らもあまり一般的な感覚を持っているとは思えないにしても、アイラよりは確実に世間に精通した人物、しかし彼らの反応はこちらをうかがうそぶりはあまりというか、ほとんど感じられなかった。探るような気配ならばアイラはすぐに捉え…

  • やっと、事件のほころびに手が届いた3-3

    可能なら、地平線と海面と空が見える景色が最適だ。何もない、たまに鳥が優雅に羽を数回羽ばたいては風に飛び乗って遊覧を楽しむ。 私は目に写るあらゆる物質を見ようとする。通り道はいつも決まった最短ルート。それでも変化は多大だ。歩行者はもちろん、車の往来があって、天候は一つとして同じ時はなく、そもそもその景色を見てる私さえも移り変わってるのだ。捉えるだけ精一杯。私の現在地と現状の私に、相手が加わったら、もう手一杯だろう。人との接触を制限するのは、正常を維持するためのフェールセーフである。取り合わない、明日には忘れる幸せも願わない。 開いた口への流れに乗って、アイラがホームに押し出された。階段、改札、駅…

  • やっと、事件のほころびに手が届いた3-2

    居座らない、すがらない、求めない、寄り添うなんて言語道断。 一人で空を見上げられたら、もうけもの。 そしてまた何かと誰かと、どこかで何らかの形で会えたりする。 離れて、忘れていたからこその接触。そして、刹那の離脱。キャノピィ越しでハンドサインが送れたら、一人前だろう。 アイラはソファにどかっと座り込んで高々な天井を水平線を望むよう目を見開き、慌てて閉じた。 また開いて、瞼の裏の立像が微かに、天井に浮かんで見えた。 コーヒーを何も考えずにアイラは飲み干すまで、楽曲制作に取り掛かるどころか、彼女はカップをきちんと洗って、スタジオをあとにしたのだ。 翌日。 冬に逆戻り、クリーニングに預けたコートに後…

  • やっと、事件のほころびに手が届いた3-1

    出会いを思い出させるとはいっても、これまでの曲作りとの相違点が多すぎるように思う。アイラ・クズミは自問、スタジオはいつも定刻、夕方の七時に仕事を切り上げるのだが、今日の彼女は粘り強く新曲の構想を引きずる。スタジオに篭り、ほぼ毎日を見慣れた空間で過ごす。そのため、想像を働かせる外部刺激は見込めない上に、曲制作には期限がつき物。スケジュールは崩れる定説にのっとり、仕事が進行。アイラは、二週間の締め切りまでの猶予を計画に盛り込む。しかし、いつしか彼女のコンスタントな仕事を侵食し、余裕を剥ぎ取る、得体の知れない闇夜の使者が必ず弛んだスケジュールを緊迫感を漂わせる真っ黒な下地へと変貌させるのは、もう慣れ…

  • やっと、事件のほころびに手が届いた2-4

    「頭を冷やす時間と新しい論理の組み立て、明日までは到底間に合いません」 「弱気だな」 「事実ですから」 「……君を説き伏せるだけの労力はもう残ってない。もう一本タバコを要求しても?」 「交換条件ならば、成立です」 「コーヒーのお代わりも?」 「認めましょう」 「……確証が得られてないことが前提だ、それを肝に銘じておくように。きっかけは……」 タバコの灰が増えるごと、コーヒーの黒い液体は対照的に減り、お客が席を立ち、入れ替わり、コーヒーもお代わりが注がれる。二杯目は半額の料金であると、店員が教えてくれた。力強く、強風が通行人の体をさらう。春を思わせる南風。釣り下がる照明が文字を読むには物足りない…

  • やっと、事件のほころびに手が届いた2-3

    「私の質問は忘れられたようなので、もう一回いいます」 「覚えているよ」タバコを抜き取って火をつける。熊田が座り直して、応えた。「今日の飛行機、機内で敷地誠也と一緒だったらしい。彼は被害者と会場一階の喫煙ルームでタバコを吸っていた。同席の時間は二分弱。彼が先に入り、先に出た。彼の席から喫煙室の様子はみえない、喫煙ルームは彼の席のほぼ真下にあたる位置だ。彼によればクラッチバックを被害者は持っていたようだけど、彼の記憶は曖昧らしい。持っていたとはっきりと言い切りはしていない。一ヶ月前のことだから、無理もないだろう」 「証言を躊躇ったのは疑いを掛けられたくはなかった」 「まあ、当然だろうね」熊田は煙を…

  • やっと、事件のほころびに手が届いた2-2

    「明日にすべてがわかるのならば、私にも事情を話してください」種田はポークカツを力強く刺して、動きを止めた。 「万が一という可能性が残されているからな」 「私が信用ならないというならはっきりといってください」 「信用はしている」熊田はスプーンのカレーを冷ます。 「"は"?」 「を、だ。訂正する」 「いつ、その判断をされたのですか?」種田は質問を変えた、目は鋭く、灰色に光る。窓際の席、通りの風景を配した二人が窓に浮かぶ。外はもう闇が支配権を握る時刻。 「確信を得たのは、日井田さんの言葉を聞いてからだ。それまでは、半信半疑だった」 「彼女も知っているのですね」 「僕よりも前に気づいていたんじゃないか…

  • やっと、事件のほころびに手が届いた2-1

    青川セントラルヤードは暗闇に包まれるどころか自身の発光機能による、夜光虫のごとく、闇に浮遊する市民を引き寄せては、各種取り揃えた彩を操る。熊田と種田は、そこから横断歩道を渡った年月による風化が目覚しい外観の飲食店に腰を落ち着けた。熊田同様、種田も食こだわりがないタイプである。そのため、おいしさを判断する直感が働いてもいなければ、換気扇が運ぶにおいに誘われたのでもない。単にビルを出て、一番に目に入った飲食店だから。 「もしもし、熊田です。はい、ええ、東京です。いえ、その一つ頼みごとがあってお電話しました。……ええ、事件に関する事項です。できれば、明日にでも。はい、待ちます。……よろしいですか、ホ…

  • やっと、事件のほころびに手が届いた1-6

    照明の明かりがほんのりと灯り始める。熊田はタバコを三分の一を灰に、窓を向いて女性に尋ねた。 「最後に一つだけよろしいですか?」 「どうぞ」 「ロッカーの見た目は区別が付きにくい。私のように最近のシステムに疎い人間には扱いが難しいと感じる壁のロッカー」熊田は赤い灯火を指し棒の代わりに使う。「自分の荷物をどの棚に入れたか、忘れてしまう。あなたははっきりと自分の荷物を入れた場所を覚えているのですか?」 「この鍵」女性はバッグの素早くカードキーを引き抜く。裸でバッグのうちポケットに差し込んだ、取り出しの速度と思われる。「私がドアを閉めた正確な時間が記憶されているの、秒単位まで。いくら同じ時間に利用した…

  • やっと、事件のほころびに手が届いた1-5

    「事件発覚後にここに集められて所持品とロッカーの保管品を調べたが、被害者が持っていたはずのバッグは見つからなかった。犯人が持ち去ったにしても、やはり不可能に思うのです。要するに手詰まり。ここへは見落としがないか調べに来たのです」 「ふうん。だけど、バッグは持ち出されているんじゃないの?リバーシブルみたいに裏返しになっていたりとか、他の人のバッグも調べたのよね」 「見落としがあったようには思えませんね」 「もしかして、私も疑われてる?それって女だからって理由?」 「男性が持つには色が不自然です……」熊田は女性の頭部か、隣の列を見つめるような視線を送る。考え事に耽る熊田に時々伴う行動だ。種田は会話…

  • やっと、事件のほころびに手が届いた1-4

    後ろ手に熊田がロッカーの前を低速度で歩く。散歩というより、考え事を促すための動力に足を動かしている、というのが正しい表現だろう。種田は、熊田が何か事件の核心に迫る内実を掴みかけていると読んだ。普段の熊田は、全体の様子を見ていないふりを装いつつ、すべての対象物に神経を注ぐ。しかし、歩き回る現在の熊田は、外部との関わりを意識的に無防備にさらす、危うさがにじみ出ている。私は何もつかめていない、まったく呆れてものが言えない。このふがいない頭を取り外したい。 また、あいつが躍り出て事件の解決するのは、我慢ならない。 冷静に。あせってはいけない。 だが、空港で言い残した台詞は、あの澄ました顔は事件の真相を…

  • やっと、事件のほころびに手が届いた1-3

    黒に近いブラウンのカウンター、紅茶を注ぐ体の傾きがもたらす顔の角度の先が都合よく計られたようにドアに向いていた。 「あれれ、刑事さん。まだ事件を追いかけているとか?」作ったような音質、女性は先ほどまでアイラ・クズミの楽屋にて警視庁刑事、佐山の聴取に引き止めを食らった人物。傍らに寄り添う相手、つまり男性とは別れて行動しているようだ、種田はさっと特別室に視線を走らせる。彼女だけが空間を独り占め、ライブ中なら人が来ないのも当然、意外と合理的な頭の働きもっている、種田は彼女の見方を変えて、切り替えた。 「ロッカーの仕組みが気になったのですよ。そちらは、買い物といってましたけど、このビルにわざわざ足を運…

  • やっと、事件のほころびに手が届いた1-2

    「当日特別室を利用した方々の部分だけです」 「プライベートな空間ですので、お客様の了承を頂いてきます」風を切るみたいに熊田に応対した受付嬢はカウンターの切れ間から、特別室に滑り込むように消えた。沈黙。 種田はバッグが持ち去られた可能性と意味を考察する。短時間における思考は、とっぴな発想を加えると彼女は経験から学んでいた。バッグはこの目で見ていた、ピンクの装飾、バッグは彼女の持ち物だ。持ち出したにしても検査を通り抜けたとは到底思えない。また、殺される前、会場に移る前に、受付に被害者のバッグを預けたほかの観客がいたとして、受付に預けたバッグはすべて徹底的に、隈なく、特殊で一見して高価な代物であるそ…

  • やっと、事件のほころびに手が届いた1-1

    遠距離に立って見上げる青川セントラルヤードはかすむ上空の雲を三本の槍が突き刺すようだ。O署の熊田と種田は日井田美弥都に名残惜しい別れを告げ、都内に引き返して、彼らのつま先は一ヶ月前の不可思議な事件現場を向く。最寄り駅、構内のほうが若干騒々しさは上回るか、種田は熊田の後頭部を視界の中心に入れて、雨の上がった夕方の淡く染まる空を前方、隙間なく並べ建つ高さの異なるビルの間に望んだ。やはり、上空の開き具合が方向感覚に左右するらしい、大まかな距離感覚と目的地付近の風景が道を覚える種田の手法である。北や南といった方角の概念はあまり持たずに、見慣れない場所に赴く場合は主要な地点に後方を振り返る。帰りの風景を…

  • そして、事件の輪郭が浮かぶ9-2

    このまま飛行機に乗って帰りたいのは山々であるが、捜査の継続を任されたのだ、あきらめるわけには行かない。しかし、手がかりを掴むどころか、特別室の観客の背後関係が浮き彫りになり、疑わしさ、要するに被害者を殺害する動機が垣間見えたに留まって、先へは見えない壁が邪魔をしているように、前後左右に行き場を失っていた熊田である。 遅延の文字を願ってしまうやましさ、熊田は搭乗ゲートへ美弥都を送る。種田は音もなく傍に付き添う。 「私はこれで」 「何か気づいたことがあったでしょうか?」最後に熊田は尋ねた。 彼女は一人になれる喜びからか息を呑む微笑を顔に浮かべた。「……わからないことが、わかってしまえば、一つの前進…

  • そして、事件の輪郭が浮かぶ9-1

    「見送りは結構です」警視庁佐山の独演会が幕を閉じたHホール、アイラ・クズミの楽屋を後に、熊田、種田、日井田美弥都は、最寄り駅を目指して地上、歩道を進む。美弥都の隣に熊田が平行して歩き、種田は一列後ろを歩く。小雨が降り出した。傘を差すのは、通行人の数人。用意がいい、天気予報に従順だ。 「お邪魔ですか?」熊田が美弥都を見ずにきいた。 「私に捜査の権限はありません」 「闇雲に探して待ち望んだ成果は得られない、学んだ教訓に従います」 電車に乗り込む三人。駅は混雑、人と人の距離が近い。かろうじて電車がホームに留まる時が人の顔を見ないでおける。車内、つり革に掴まり三人は、雨を含む衣服の水分が蒸発する車内に…

  • そして、事件の輪郭が浮かぶ8-4

    「現在は?」 「私は私を一人で支えてる、転びそうになっても、バランスを保つためもっと身軽になるでしょう」 「さびしくはありませんか」 「誰かと常に一緒ではいられない、それらの対極は他人の人生に干渉すること。私は私でいられるためのことだけが見えているし、人の人生を覗く余裕、いいえ、私をもてあます暇はない」 「あなたの曲を聴いて、勇気をもらった、人生をやり直した、そういった声が聞かれますが、いかがでしょうか」 「何度も言います、正確には三度目ですが、私の曲を聴いたのは観客です」 「最後に、新曲の構成について、概要だけでもお聞かせ願えればと思います」 「すべてを盛り込んだ曲」 「集大成ということです…

  • そして、事件の輪郭が浮かぶ8-3

    「コミュニケーションは無駄と思えても、それが女性という生き物ではないでのしょうか」 「必要と思っている、思い込んでいる。あるいは脳が男性とは異なるから、発達する脳領域に違いが認められるから、どれも一つとして、例外に目をつぶっているように私は思えます」 「これまで結婚を考えた人物はいらっしゃいました?」 「一つ。プライベートな質問及び具体的な私を特定する質問事項はあらかじめマネージャーが注意喚起をあなたに対して行っていたはずですが、聞かれていないのですか?」 「ああっと、これは。すいません、すっかり忘れていまして。気分を害されたのなら、謝ります」 「日本語は通じていないのかと思いました」 「それ…

  • そして、事件の輪郭が浮かぶ8-2

    「それについてはどのように捉えます?」 「なにも」 「なにもとは?」 「私から発信されたのですから、解釈は聴衆に委ねる」 「つまり、すべて事実ではないにしても少しは実体験が書かれている」探るような目つき。 「こういった話が続くのでしょうか?私は何一つ聞かされずに、ここに座っています」 女性は雑誌名と今回の取材内容を説明した。特集記事の取材であること、表紙に私の写真が乗ること、来月の発売、写真は許される限りの掲載を希望したいが、私の要求を受け入れる体制も可能であることをてきぱきと述べた。カメラのフラッシュも止む。インタビュアーの傍らに立つマネジャーのカワニは恐縮しきった表情で現場に立ち会う、本来…

  • そして、事件の輪郭が浮かぶ8-1

    マネージャーのスケジュール変更に合わせ、作曲作業は二時間後に不本意な区切りを課せられたアイラ。 すみやかに時間は経過。肩を叩かれるまで、時計と時間そのものに彼女は無頓着。 掃除の大変さを想像しても、使用する器具や脚立の高さ、手に持つ汚れを落とす掃除用具のイメージもぼんやり、それぐらいに天井が高く、押し付け過ぎない木の質感の空間の上部、この世にもめずらしいタイプの、いつも利用するレコーディングスタジオに見慣れない仕事相手とアイラは対峙する。 マネージャーの話と根本的な食い違いをアイラは早々に感じ取った。カメラが見えた時点でそれは確信に変わった。 小さくため息。写真は断ってきたはずだ、特に顔を重視…

  • そして、事件の輪郭が浮かぶ7-4

    「いいえ、熊田さんと種田さん、それにそちらの日井田さん、ドクターと会場で捜査にあたった鑑識たちの共同作業です」重症、熊田は呆れて、とがめる気すら薄れた。これが真相を解き明かす芝居なら、拍手を送りたい。それぐらいに演技は迫真であった。 「不安定な過程を基に推論を組み立てる場合、証拠や整合性高める事例をあなたはデータに組み込まなくてはならない。しかし、あなたは推論に推論を重ねる。私を含めた死体にかかわりの高い観客とドクターに関連を結論付ける決定的な証拠は不十分だとは思いません?」美弥都は、かなり譲歩した言い方で、佐山の顔を立ててた。相手の特性を読み取った、対応。種田ならば、立ち直れない辛らつで正確…

  • そして、事件の輪郭が浮かぶ7-3

    「ステージは見下ろす格好です、あなたがもっとも光を浴びて、観客席はそれに比べ、落ちた照度。あなたがもっともはっきり被害者とドクターの対応を見ていた人物。怪しい動きがドクターにあったのでないのでしょうか?」自信満々、顔に生気が戻る。先ほどの、落胆と混乱を覆す、佐山の発言。論理の展開はかなりとっぴ。この発想が予想するに佐山の推理の要らしい、と熊田は感じ取り、アイラ・クズミの返答を待った 「彼の手元は彼自身の体が私の角度の視界を遮っていた。そちらに立つ人物が観客の動きをけん制して、周囲を見張り、あなたが医者の傍らで、ドクターと死体を調べていたように思い起こされる」手のひらが向けられたのは種田である。…

  • そして、事件の輪郭が浮かぶ7-2

    「食べたのかもしれません」きっぱり、佐山は敷地の反論を一蹴した。 敷地は渇いた笑い、そして腹からの笑いに変わった。「何を言うかと思えば、食べたって、ええ、それは見つかりませんよ。ですけれど、吸殻を腹に収める事は私の特技ではありませんよ。私からこっそり回収した吸殻を手渡されて、ここの誰か、もしくは他の観客が口に運んだかもしれない。可能性は限定されるどころか、広がってしまいます。推理には遠く及ばない。しかもそれは命を落としたタバコですよ、観客のどなたかが会場を出て亡くなった事実は聞いていない。……あきらめましょう、こんな無益な討論は。時間を有意義に使いたいと願っているのは、あなたも私は同じはずだ。…

  • そして、事件の輪郭が浮かぶ7-1

    「被害者の吸殻は見つかりましたか?」熊田は、話の展開に困惑する佐山に助け舟を出す。佐山は猫背、前傾する上体を正して、頷き、音声はならない感謝を熊田に言う。 「少々腑に落ちない点を皆さんに言い忘れてました。ライブ開演の直前、被害者は喫煙室に足を運んだ。そこで、タバコを吸っていたのですが、彼女の吸殻は鑑識の捜索では発見されなかった。敷地さんは、被害者と顔をあわせたそうですが、彼女は本当にタバコを吸っていたと断言ができますかね?」 「棘のある言い方ですね。僕が嘘を言ってるとでも言ったように聞こえます。気のせいかな」 「状況から考えますと、吸殻はおかしなことにあなたのものまでも綺麗さっぱり、吸煙と灰皿…

  • そして、事件の輪郭が浮かぶ6-3

    アイラは瞼を下ろした。 可能性を秘めた突進力、細部にいたる曲を支える背景、現在と未来を見せる斬新なスタイル。 三つの円が交差する箇所に赤く印。 何度も思い出しては、忘れて、また思い出す。純化され、そぎ落とし、加えて、はみ出しを拭って、正しい位置を決める。 後は流れに任せる。決してあせらない、締め切りもあえて、頭から取り外す。生活の一部に、ちょっとした隙間に、曲との対話、話しかけて相手の声を聞く。訂正がほとんど。でも、仮や、もしかして、むしろ、たぶん、そういった曖昧さが確信に表情を変えてくれたらば、もうこっちのもの。 今はどのあたり? 難しい質問だ。だって、曲が出来上がってからしか応えられない。…

  • そして、事件の輪郭が浮かぶ6-2

    焦点は調理場の疑うに移った。料理に触れる人物は確か二名だった。一階の配置図に配膳用のエレベーターがあったと記憶する。料理人にも毒のようなものの混入は行えた。しかし、議論は被害者を狙った計画的な犯行か、不特定を狙った無差別の犯行かに意見が分かれる。 ここで刑事が新情報を伝えた。死に至らしめた物質は特定の人物、つまり被害者の遺伝的な素因を活性化させる物質であり、それが被害者に確実に作用したのではないのか。また、他の観客にも死に至らしめる被害をもたらす可能性があったらしい、との検死報告の結果だ。ただし、一般に毒と形容される物質は料理からは検出されず、飲み物も同様に無反応。 刑事の表情は明るいまま、ま…

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