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私がFPになった理由について、経験してきた出来事を通して感じ、考え、行動したことを書きました。また、おひとり様ゆえの悩みや問題もあります。 このブログが皆様のより良い日々を過ごすための”きっかけ”となれば幸いです。

おひとりさまFPたかちゃん
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2023/03/21

おひとりさまFPたかちゃんさんの人気ランキング

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  • {138}エピローグ

    {138}エピローグ

    それは、あるセミナーのワークショップで突然に起こった。 今日はどんな新しい知識が得られるのかとワクワクしてその場に臨んだ私は、講師の話が進むうちに自分のカウンセリング体験を思い出していた。 (ファイナンシャルプランナーになりたい)と思ったきっかけが、私の生い立ちと切っても切れないのだから当然と言えば当然であった。 【NLP心理学】はカルチャーセンターですでに受講経験があり、そこでは自分の考え方の癖や他者とのコミュニケーションについて学んでいた。だから復習といった感じで講師の話を聴いていたのだった。 記憶が薄れて曖昧になった知識を繰り返して学ぶことの重要性を改めて考えていた時、ワークが始まった。…

  • {137}最終章 おひとりさま(4-5.母 逝く)

    {137}最終章 おひとりさま(4-5.母 逝く)

    後見人の行政書士が『世話になったデイサービスから預かって来た』と言って、アンパンマン人形とスタッフの寄せ書き2枚を渡してくれた。 その色紙を見た瞬間、堰を切ったように涙が溢れ止まらなくなった。 そこには母がデイサービスで過ごした日々を写した切り抜きが何枚も貼ってあり、裏面は温かい励ましのメッセージで埋め尽くされていた。 中央には前歯の無い口を大きく開けてニッコリ笑う母のアップ。 私は(母は幸せだったんだ。皆からこんなにも良くしてもらっていたんだ)と 心からの感謝とともに救われた気がしたのだった。 色紙はデイサービスだけでなく、特養のスタッフからも贈られていた。 私はアンパンマン人形と二枚の色紙…

  • {136}最終章 おひとりさま(4-4.母 逝く)

    {136}最終章 おひとりさま(4-4.母 逝く)

    九月に入ったある日 母が亡くなったと 義理の叔母が知らせてくれた。 『特養へ最後に(母に)会いにくるのなら、手配するので娘さんに聞いて欲しい』と 行政書士からの言づてもあった。 「いっちゃん、どないする?」 「私らが(特養へ)行ったら余計な手間をかけさせて申し訳ないから、火葬前に顔が見られたらそれでいい」 「わかった。そう言うてみるわ」 死とは突然であって、 こちらの都合はお構いなしであるとつくづく思う。 そう・・・ 私は母と対峙する心の準備が未だにできていなかった。 直ぐに義理の叔母から電話があった。「火葬場近くにあるお寺の待合所を借りて30分ほどお別れする時間があるって」「後で、場所と時間…

  • {135}最終章 おひとりさま(4-3.母 逝く)

    {135}最終章 おひとりさま(4-3.母 逝く)

    特養(特別養護老人ホーム)に入所した母がコロナに感染したと義理の叔母から連絡があった。 後見人である行政書士との連絡先が叔父であり、そこから私に伝えられることが本当に迷惑をかけて申し訳なく思う反面助かった。 なぜなら、行政書士から直接聞くより義理の叔母からの方が、私は動揺や焦りを隠す必要もなく正直な思いを話し相談したうで判断を下すことができた。 行政書士の話は『入院ができるまで特養で経過を見守る』『今後、状況が変わり次第また連絡する』ということだった。 当時、(高齢者がコロナに感染したらほぼ助からない)と思っていた私はその時が近いと覚悟したのだった。 ---------------------…

  • {134}最終章 おひとりさま(4-2.母 逝く)

    {134}最終章 おひとりさま(4-2.母 逝く)

    応接室に通されるまで、ダイニングが目に入らないよう廊下の壁にピッタリ貼り付いて待つ時間は本当に地獄だった。 叔母が母に話しかけている。 「お義姉さん、わたし〇〇。わかる?」 「わからん!」 と大きくハッキリした口調の母の声。 なおも叔母が二言三言話しかけている。 そして、(母の傍に来るかと)私を手招きした。 私は激しくかぶりを振った。 早くこの状況から逃れたい。 ただただそれ一心だった。 応接室では私たちの向い側のソファーにケアマネージャーと施設長が、隣には用意された簡易な椅子に行政書士が座った。 一通りの挨拶と自己紹介が終わり、私はケアマネージャーからの言葉を待った。 だが、意に反して、特に…

  • {133}最終章 おひとりさま(4-1.母 逝く)

    {133}最終章 おひとりさま(4-1.母 逝く)

    義理の叔母からの着信履歴があった。 普段から特に用事が無ければ電話をかけてこない事を考えると嫌な予感がした。 再度、叔母からの電話があり予感は的中した。 「いっちゃん。 行政書士(母の後見人)から電話があって、 『ケアマネージャーが娘さんに会いたい』って言うてるって・・・。 あんた、どうする?」 想定外のことに面食らってしまった。 「・・・。 ちょっと考えてからでもええ。また電話するわ」と言って電話を切った。 叔母からの助言で、『家族が中途半端に関わる事はサポートする側にとってもやり難いから、任せた以上は口出しなどせず全面的にお願いすればいい』というスタンスでいたので、まさかのケアマネージャー…

  • {132}最終章 おひとりさま(3-3.大叔母)

    {132}最終章 おひとりさま(3-3.大叔母)

    大叔母は終活にも余念がなかった。 訪ねる度に部屋にあった作品が減っていき『ほとんどを他人に譲った』と言って、お気に入りが一つ二つ残っているだけ。 後に知るのだが、大叔母はガンを患っていたのだった。 そして、『細かい手作業が以前のように出来ない』と言いつつ、 『でもこれが自分の使命と思っている』と言って ボランティアで頼まれたバザーで販売するカードケースや小銭入れを最期まで作り続けた。 私も分けてもらったがどれも丁寧な作りで見事なものばかり。私には絶対に作れないクオリティであった。 大叔母がホスピス病棟に入院したので叔父夫婦と見舞いに行った。 病棟でのクリスマス会の写真や甥の子と孫の写真がベッド…

  • {131}最終章 おひとりさま(3-2.大叔母)

    {131}最終章 おひとりさま(3-2.大叔母)

    大叔母は冠婚葬祭などの付き合いを大事にしていた。 震災時、銭湯帰りに何度か立ち寄らせてもらったことがあった。 母の性格上、甘やかしては図に乗ると判断してか絶対に泊まらせてはくれなかったが、『避難所の皆と分けなさい』言って箱買いしたインスタント食品をいくつも私達に持ち帰らせるという優しさと心配りができる人だった。 そんな大叔母のことを母は「叔母ちゃんはああいう人やから、絶対に泊めてくれへん」と文句を言っては私を失望させた。 また、三回り違いの同じ干支である大叔母と私を比べては『あんたはほんまに(気が強いところが)叔母ちゃんそっくりや』と事あるごとに言ったのだった。 そういった影響からか、私は(大…

  • {130}最終章 おひとりさま(3-1.大叔母)

    {130}最終章 おひとりさま(3-1.大叔母)

    私のおひとりさまとしての目標は大叔母(母の叔母)である。 彼女は昭和ひとケタ生まれで青春時代を(第二次世界大戦の)戦中・戦後で過ごした。 乳飲み子であった母と暮らしたこともあり、母を叱責し意見できる唯一の存在であった。 兄弟の末っ子で一人娘のため父親(母の祖父)がずっと傍において一緒に暮らしていた。 父親が他界してからは寡婦である義理の姉とその息子達(母の従兄弟)と暮らし、四十代で分譲マンションを購入して一人暮らしを始めた。 独立はしたが、さほど遠くない距離ということもあり義理の姉家族を気遣ってよく会っていたようだった。 また、手先が器用であった大叔母は長年勤めた造幣局を早期退職して造花作り(…

  • {129}最終章 おひとりさま(2-12.父 逝く)

    {129}最終章 おひとりさま(2-12.父 逝く)

    パートを始めたのはファイナンシャルプランナーとして独立するにあたって、当座の生活費を得ることと興味のある職種だったからだ。 フルタイムと違って融通が利き、セミナーの参加など勉強の時間も確保できるはずであった。 しかし、実際は担当する顧問先が決められ、毎月申請業務の期限に追われるものだった。 私はずっと働いてきたが、しばらく仕事をしていなかった主婦の人たちは本当に大変そうだった。 しかも、業務内容によっては専門的な知識が必要なものもあり(従前の職場とは逆の意味で、失礼ながらパートのする仕事じゃないな)と思っていた。 私の場合、様々な仕事を経験したことがここで活かされて、多少困っても上手く対応でき…

  • {128}最終章 おひとりさま(2-11.父 逝く)

    {128}最終章 おひとりさま(2-11.父 逝く)

    四十九日に納骨をした。 霊園には私、父方母方双方の叔父、通夜葬儀で世話になった寺の住職が送迎バスで向かった。現地では墓購入からずっと担当してくれている〇〇さんが万事滞りなく納骨式を行ってくれた。 墓を作った当初、 『お父さん、これで(眠る場所がある)安心できたね』と冗談めかしに言ったら、 『うん、そうやな』と返事してくれたことがあった。 (男同士仲良くやってね。トミちゃんお父さん頼んだよ)と祈るばかりだった。 ----------------------------------------- 夜、父の誕生日の7月とクリスマスの年二回訪れていたステーキハウスで一人食事をした。 奇しくも12月23…

  • {127}最終章 おひとりさま(2-10.父 逝く)

    {127}最終章 おひとりさま(2-10.父 逝く)

    団地に住むことで誰かしら近所の人と話ができた。 事故の後片づけでお世話になった人にあらためてお礼を言い、父が亡くなった事を伝えた。 また、事故の様子も詳しく聞けた。 階段の一段目からの転倒であり、向いの棟からよく見えたため発見が早かったということであった。 私は(外出先や部屋の中でなかったこと。僅かな段差であっても起こり得ることだった)と自分自身に納得させたのだった。 通夜、葬儀に連絡が着かなかったケアマネージャーが線香をあげに来てくれた。 以前、私の思いが父に伝わらないことで相談した時、 『できないことを父が自分で認めることは逆に気力を無くすことにつながる』と言われたことがあった。 保険会社…

  • {126}最終章 おひとりさま(2-9.父 逝く)

    {126}最終章 おひとりさま(2-9.父 逝く)

    葬儀後、一週間の休みを取っていたこともあって、私は悲しみはから逃れるように動き回った。 寺に葬儀のお礼を持って行き、住職から戒名の意味について長話を聞く。 仏具店に寄り、私の部屋に置くにあたって新調する予定の仏壇と弟と父の位牌を注文する。 ここでも、私は拘った。 明らかに仏壇とわかる黒は嫌だったので、メープル材の家具調を選んだ。 弟の位牌は塗が剥げていたので父のものと揃いにしたかった。花入れなどの道具類は色の違いを試しては比べた。 霊園には納骨に際し、墓石に新たに戒名を彫ってもらうことを依頼。納骨の日程、供物などを相談した。 また、新仏の供養もあり納骨の日まで実家で生活した。 同時に父の遺品整…

  • {125}最終章 おひとりさま(2-8.父 逝く)

    {125}最終章 おひとりさま(2-8.父 逝く)

    葬儀にあたって、田舎から伯父夫婦、叔母夫婦、従兄弟が来てくれた。 八十一歳の父の兄妹は当然ながら高齢であり、遠方から来てくれたことにさぞかし父も嬉しかっただろう。 他には父方の叔父夫婦、母方の叔父夫婦と田舎から叔母も来てくれた。 この叔母のありがたい弔問は予定外だった。 料理が足りず喪主である私はスタッフ用を分けて貰うことになった。 皆と違うことに『アレルギーで食べられない物があるから』と言い訳までしてのアクシデントだった。 父の仕事関係者と私の友人たちがそれぞれに供花を贈ってくれたので、"お爺さん"の葬儀でありながら華やかな祭壇になった。 出棺時はその花々で棺がいっぱいであった。 二度目の霊…

  • {124}最終章 おひとりさま(2-7.父 逝く)

    {124}最終章 おひとりさま(2-7.父 逝く)

    葬儀が終わるまで、遺族が悲しみに浸っている暇はない。 朝から葬儀社の人と通夜、葬儀について一連の説明を聞きながら様々な事を決めていく。 実は、(父がもう駄目だ)と諦めていた私は事前に見学して、概要を聞いていたのだった。 いつもながら、最悪の場合を想定して準備してしまう自分の行動パターンがここでも役立った。 僧侶、親族、父の仕事関係者と知人、私の友人に連絡。 僧侶が来て読経。(僧侶より枕経は臨終後すぐであり、真夜中だろうと連絡すべきであったことを指摘された) 故人について(戒名を考えるにあたってか)聴かれたことを話す。 こうして、午前は過ぎて行った。 そして、【湯灌】が行われ、当然私一人で立ち会…

  • {123}最終章 おひとりさま(2-6.父 逝く)

    {123}最終章 おひとりさま(2-6.父 逝く)

    父の容体が安定したため、救急救命センターから一般病棟へ移って、 その後施設で介護を受けるための気管切開をすることになった。 また、一般病棟では個室代が高く、いつまで入院するかわからない状況に私は悩んだ。 無理を言って、ナースセンターの隣にしばらくベットを置いてもらうことができた。 そして、病院のソーシャルワーカーに今後施設で介護を受けるにあたって質問と相談をした。 帰り際、父に向かって「お父さん。 私覚悟したからね。 これからも二人で頑張ろう!」 と約束したのだった。 ----------------------------------------- その夜11時前に病院から電話があり『父の呼…

  • {122}最終章 おひとりさま(2-5.父 逝く)

    {122}最終章 おひとりさま(2-5.父 逝く)

    決まっている面会時間にしか会えないうえ、家に居ても落ち着かない。 パート先からの方がすぐに病院へ行けることもあって、出勤して毎日退勤後に面会時間の6時から8時に父を見舞った。 看護師からウェットティッシュを渡され『顔や手を拭いてあげてください』と言われた。 父の手は温かく、徐々にではあるが顔の腫れも引いていて、 (まだ、生きているんだ)と実感する日々だった。 母方の叔父夫婦も見舞いに来てくれた。 義理の叔母が『お義兄さん、早う良うなって』と話しかけ励ましてくれた。 私は積極的な措置を望んでいない自分に自問自答した。 同じように入院している患者の家族は皆一様に『良くなって』と言い一生懸命に願って…

  • {121}最終章 おひとりさま(2-4.父 逝く)

    {121}最終章 おひとりさま(2-4.父 逝く)

    翌日も叔父は病院に来てくれた。 救命救急センターの医師から『変わらず予断を許さない状態だが、安定している』と説明を受けた後、ようやく父への面会ができたのだった。 ベットで口を大きく開けて眠る父の姿は頭に包帯、顔は打撲による内出血のため青く腫れ上がっていた。特に左半分が酷かった。また、呼吸を助けるためのチューブの他にも幾重にも機器に繋がれいた。 その日は入院手続きもあり、紙おむつなど必要なものを持って私だけ夕方もう一度見舞った。 父の好きな演歌を録音したウォークマンを聞かせながら、「お父さん、痛かったね。もう頑張らなくてもいいからね。私なら大丈夫だから心配しないでね」と語りつづけた。 すると、父…

  • {120}最終章 おひとりさま(2-3.父 逝く)

    {120}最終章 おひとりさま(2-3.父 逝く)

    昼休憩の時、携帯電話に見知らぬ人からの2件の着信履歴。 メッセージがあったので聞くと民生委員からで『お父さんが階段から落ちて救急車で病院に運ばれました。電話に出られないので弟さんへも連絡しました。すぐに病院に向かうと言われました』 頭の中が真っ白になった。 何とか平静を取り戻し、折り返し民生委員に電話し詳細を聞きお礼を言った。叔父(父の弟)にも電話し、『私もすぐに病院に向かう』と伝えた。 父の運ばれた病院は偶然にもパート先から目と鼻の先の距離だった。 『治療中なのでここでお待ちください』と言われた部屋で叔父の到着を待った。 こういう場合、一人で黙って待つのではなく叔父と話していると少し不安が和…

  • {119}最終章 おひとりさま(2-2.父 逝く)

    {119}最終章 おひとりさま(2-2.父 逝く)

    父は週1回の家事援助に加えて、週二回デイサービスを利用するようになった。 行き帰りは車での送迎、体操や器具を使って体を動かすことができ、昼食にお弁当も頼めた。 他に入浴サービスもあって、 私は『個浴で、男性スタッフに背中を流してもらえて頭も洗ってもらえるよ。家で風呂沸かさんでええし、帰ったらご飯食べてすぐ寝れてええんとちがう』と言って何度も利用を勧めたていた。 しかし、父は『あれは風呂の無い人が入るんや』 と言って頑なに嫌がった。 自転車が乗れなくなったことで行動範囲が狭くなり、気軽に外出できる機会が減った父にとってデイサービスのある日は楽しみであり、心待ちにしていたのだった。 -------…

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