もこにゃん 六才(2015年生れ)<br>登場数は少ないですがヨロシク!にゃん 俳句・川柳・短歌も載せています。
2023年3月
世界一野球小僧の春の雷信頼が信頼を呼ぶ侍の桜花爛漫国中を埋め・・・・・・・・・・・投げる。打つ。捕る。走る。一つひとつは単純な動きだ。その連なりに白いボールが加わったとたんに、手に汗握るドラマに変わる。野球が持つそんな魅力を心から味わう2週間だった。ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)は日本代表の優勝で幕を閉じた。MVPに輝いたのはやっぱり大谷翔平選手だった。打席からブルペン、そして抑えのマウンドへ早変わり。米国との決勝の最終回、160キロ超の剛速球で相手を手玉に取った。漫画のようだ、と脱帽するしかない。世界一を決める試合なのに、どこまでも楽しそうだったのがこの人らしい。「侍」という武張った呼び方はどうも似合わない。<ボールが一撃されたなら/飛び出していくよ少年は/さだめられた次の杭へ/そして歓び...野球小僧
蕾すら見えぬ間に消えものの芽やオランダのチューリップ農家のおじさんのすぐ抜くという病気の花は・・・・・・・・・・・軟らかくなった雪の間から大きな遊具やベンチが顔をのぞかせる。旭川市内の誰もいない公園を歩くと、雪解けのしずくが落ちる音だけが耳に残った。2年前の3月23日、この場所で中学2年の広瀬爽彩(さあや)さんが変わり果てた姿で見つかった。行方不明になって1カ月余り、夜の冷え込みがまだ厳しい時季だった。体が凍え、意識が薄れる中で何を思ったのだろう。中学に入った直後から、いじめの標的となった。人間としての尊厳を奪う行為を強いられ、逃げ場もなく追い詰められていく。何度も助けを求めたけれど、学校も教育委員会もいじめと自死を止められなかった。昨年亡くなった精神科医の中井久夫さんも凄絶(せいぜつ)ないじめの被害者だ...つぼみ
鷹化して鳩となりけり人の目は群鳩のふくみ声街路に溢れダメージ受けたボクサーのごと・・・・・・・・・・・中学を卒業した後にボクシングを始め、国体にも出場した。プロになると、日本フェザー級6位に到達する。袴田巌さんは派手さこそないものの、粘り強く戦うボクサーだった。だが引退後も闘いが終わらないとは夢にも思わなかったろう。1966年に静岡県で起きた一家殺害事件で死刑が確定する。警察の過酷な取り調べによって犯行の自白に至ったが、公判でも獄中でも一貫して身の潔白を訴えてきた。捜査はずさんだった。唯一の物証とされる衣類がみそタンクで「発見」されたのは逮捕から1年後。犯人の所持品のはずのズボンも袴田さんにはサイズが小さすぎた。再審の開始を認めた東京高裁は捜査関係者が証拠を捏造(ねつぞう)した可能性に触れた。事実だとした...ボクサー
オホーツクのトロットロなるの春の波安らぎは包み込むよな柔らかきミルクのようなオホーツクの海・・・・・・・・・・・半世紀ほど前の米国で、人種差別を批判する歌が人気を博した。かつての奴隷制度を指弾し、「南部人よ、あの借りをいつ返すのか」と追及した。ニール・ヤングによる「サザン・マン」である。これに黙っていなかった南部のロックバンドがレーナード・スキナードだ。「空が真っ青な故郷」「南部人はおまえなんか必要としない」と返答したのが代表曲「スイート・ホーム・アラバマ」である。基になるメロディーを発案したギタリスト、ゲーリー・ロッシントンの訃報に、この音楽界の「南北戦争」を思い起こした。19世紀半ばの米史上最大の戦争は、文化・芸術の分野でも論争を呼ぶ。激しい内戦が残したトラウマの深さが伝わってくる。非人道的な奴隷制度...内戦
子ら跳ねるたびに木の芽も膨らみてぴょんぴょんと跳びたき心地するなれど脚なきバッタのような吾なり・・・・・・・・・・・大なわとびを跳びながら踊るなんて、考えたこともない。なのに、目の前のTシャツ姿の若者は、韓国の人気アイドルグループの曲に乗り、軽やかにやってのけた。それも、ロープ2本が交互に回る輪の中でのことだ。大喝采。札幌ドームで2月に開催された市民参加型スポーツイベント「ほっかいどう大運動会」(北海道新聞社などの実行委主催)。2本のロープを使うなわとび「ダブルダッチ」を、初めて見た。スポーツとしての普及活動が始まったのは、米ニューヨークの警官が1973年、少年少女の非行防止を狙いにルールを作ったことがきっかけという。なわとび競技団体である日本ジャンプロープ連合北海道支部の公認インストラクター、近江聖子さ...縄跳び
ものの芽の匂いと共に風を切る自転車のロード駆け抜けちびっ子の車輪小回り目の回るごと・・・・・・・・・・・長距離を歩くロングトレイルや耕運機による日本縦断、犬連れヒッチハイク。斉藤政喜さんは約30年前から、さまざまな形で旅を続け「シェルパ斉藤」のペンネームで紀行文を発表している。宗谷管内の礼文島や沖縄県の波照間(はてるま)島などを自転車で巡った見聞録は「シェルパ斉藤の島旅はいつも自転車で」(二玄社)にまとめた。島では「車に邪魔されることなく、悠々と美しい海岸沿いの道を漕ぎ出せる」と記す。雪解けが平年より早い札幌市内では、ペダルをさっそうと回す姿を目にするようになった。安全に走るには備えが欠かせない。道路交通法の改正で、来月から自転車に乗る際、全年齢でヘルメット着用が努力義務となる。警察庁のまとめでは自転車死...自転車
未来へといろいろ魅力の株分けや背の高い植物もありその逆の植物もある庭魅力的・・・・・・・・・・・地球温暖化は本当に起きているのか。その問いが物議をかもしたマイケル・クライトンの小説「恐怖の存在」は、流動的な観念を妄信し、異論を封じることの危険性に警鐘を鳴らした。その例として取り上げたのが、19世紀半ばに英国で起こった優生思想である。ダーウィンのいとこゴルトンは進化論を人間社会に適用。遺伝的に優秀な子孫を残せば国家や民族は発展するとし、不妊手術で障害者や病者の子孫を断つことを提唱した。忘れてならないのは世界中の科学者や政治家が賛同し、不妊手術や産児制限を奨励したこと。日本でも人権擁護派までが遺伝的優劣を肯定し、人種改良論すら唱えた。旧優生保護法下の不妊手術を巡る裁判で札幌高裁が国に賠償を命じる判決を言い渡し...多様性
しがらみに纏わる雪も解けゆきて山川に風のかけたる柵は流れもあへぬ紅葉なりけり(春道列樹(はるみちのつらき)百人一首より)山あいを流れる川に風がかけたしがらみは、流れきれずに(そこ留まっている)紅葉であったよ。・・・・・・・・・・・政府が保有に向けて突き進む敵基地攻撃能力(反撃能力)を巡る岸田文雄首相の国会答弁に、もやもやが募る。首相は3年前の自民党総裁選で保有に慎重姿勢を示していたのに、その半年後に突如、積極姿勢に転じた経緯がある。短期間に考えを変えた理由をただされ、首相は「国民を守るために考えた結果」と答えた。果たして、そうか。当時の報道を見ると、次期総裁選をにらみ、保有を主張していた安倍晋三元首相をはじめとする保守派の支持を取り付ける狙いがあったとの見方が大勢だった。首相はハト派の自分とタカ派の安倍氏...しがらみ
しとしともぱらぱらもある春の雨美しき言葉の先の平和問ふ嘘で固めし首相は倒れた・・・・・・・・・・・米国ハワイには「雨の木」(レイン・ツリー)という巨木がある。一体どんな木か。当地の女性は語る。「夜なかに驟雨(しゅうう)があると、翌日は昼すぎまでその茂りの全体から滴(しずく)をしたたらせて、雨を降らせるようだから」。大江健三郎さんの「『雨の木』を聴く女たち」の一節だ。濃い緑の茂みや光り輝く雨粒までがまぶたに浮かぶ。深い土の匂いや湿った風すら感じられるようだ。説明文とは、その本質に触れる時、ほとんど詩に近い言葉の味わいを獲得するものだという。「雨の木は、この数行の説明で鮮烈なイメージとなって読み手の脳裏に枝葉を広げる」。文学者野崎歓さんは自著「無垢の歌大江健三郎と子供たちの物語」にそう記した。高校の国語教育は...言葉の巨木
種袋エフワンだけが詰め込まれ優劣の法則にのり作られた一代限りの嘘の種あり・・・・・・・・・・・袴田事件第2次再審請求審で、静岡地裁が再審の開始と袴田巌死刑囚の即時釈放を命じた日のこと。東京拘置所を出る袴田さんの姿を報じるテレビ画面を前に涙をこぼす人がいた。一審で主任裁判官を務めた熊本典道さんである。思わず出たガッツポーズはまるで元ボクサーの袴田さんのファイティングポーズのようだったという。「良かった」「ゴメン」「もっと早く」。言葉はおえつで続かなかった。無理もない。無罪心証を持ちながら、他の裁判官を説得できず、死刑判決を書いた事件だ。良心の呵責(かしゃく)に耐え切れずに退官するが、酒に溺れ、死に場所を求めてさまよった(「袴田事件を裁いた男」朝日文庫)。1968年の一審判決は奇異な内容だった。捜査側が作った...捏造
目の前も後ろも白の彼岸荒れすっぽりと雪の礫に包まれり四方八方なんにも見えず・・・・・・・・・・・15年前のことだ。札幌で用事を済ませ、当時住んでいた三笠へ帰宅する時だった。車を運転する夫が「車が少ないから」と考え、交通量の多い国道ではなく、新篠津村(石狩管内)の道を通って帰ることになった。冬の青空が続き、気分も晴れやか。見渡す限りの農地で、風を遮るものは何もなかった。しばらく走ると、地吹雪がいきなり襲いかかってきた。車道が分かりづらくなった。一瞬にして青空がかき曇り、雪が激しさを増す。車道が消えた。夫は、ハザードランプとヘッドライトをつけ、路肩に停車した。雪が視界に満ちる。方向、高低、地形の起伏が分からない。白い闇の、不思議な世界に身を置くことになってしまった。いずれやむだろうとは分かっていても、「ここか...ホワイトアウト
AIに未来を託す春なかば真実は何処にあると問うてみる心の奥底隠れて見えず・・・・・・・・・・・「ローマの休日」が米国で公開されてから今年で70年になる。モノクロ映画ながら、王女と記者のひとときの恋を追った数々のシーンは今も色あせない。名所となった撮影場所は多く「真実の口」はその一つだろう。うそや偽りの心を持つ人が手を入れるとかみ切られる―。言い伝えは世界中に広まった。同じ口でも、何でも答えてくれる口があったら…。そんな願いをかなえるかのような対話型の人工知能(AI)が注目されている。米新興企業オープンAIの「チャットGPT」が昨年無料公開されたのを機に開発競争が激しい。大量のデータを学習するだけでなく、自ら考え、入力した質問にまるで人のように答える。小説や詩を作り、要望に応じた提案もする。ビジネス活用に期...AI
彼岸西風忘れたくても頬なでる知ってると思うことこそ無関心砂の国なる日本の国哉・・・・・・・・・・・2008年に発表された小説「砂の城」(近代文芸社)は1896年(明治29年)の三陸大津波を取り上げた。博物館で大津波を記録した図録と出合う小学校教師を通して、その恐ろしさを伝える物語だ。宮城県気仙沼市のリアス・アーク美術館で現在館長を務める山内宏泰さんが本を書いたのは、図録の発見を機に開いた特別展が思わぬ不振に終わったからだった。1カ月余りの開催で入館は約1200人。地域の歴史と記録に対する無知と無関心は図録と出合う前の小説の主人公の姿と重なる。東日本大震災後、メディアは「砂の城」を予言の書ともてはやしたが、三陸沖でのマグニチュード7規模の地震発生は30年以内に90%の確率とされていた。気仙沼市の津波被害もほ...砂の城
毎日が突然あけて木の芽張るいま今の積み重ねたる今日の日は良い日悪い日突然ありて・・・・・・・・・・・宮城県名取市の丹野祐子さんの元に手作りのひな人形が届いたのは2月のことだ。ビーズで作った手のひらサイズの三段飾り。作り手の思いがあふれる。送り主は中学時代の修学旅行で震災語り部の丹野さんの話を聞いた札幌市の女性。津波に遭った地域で生活を続けたいとの話を聞き、災害に強い建物造りを志して建築を学んだ。ビーズアクセサリー作家として活動する今も、夢は諦めないと同封の手紙にあった。東日本大震災で中学1年生だった長男の公太さんを亡くした丹野さん。生きた証しを残したいと遺族会を組織し、資料館「閖上(ゆりあげ)の記憶」の代表として活動する今日まで語り続けた。容易なことではなかったろう。語り部の活動は息子を助けられず、生き残...突然
顔見せて生きる希望が湧くのなら頑張る友に笑顔届けむ年老いた母を残して逝けぬとふ病む友にガンバレとしか言えぬ・・・・・・・・・・・埼玉県在住のイラストレーター、鈴木邦弘さんが初めて帰還困難区域を訪れたのは2015年の3月だった。東京電力福島第1原発事故から4年。復興の陰で放置されたままの現実を誰かに伝えなければならないと覚悟を決めた。近所のさいたまスーパーアリーナには双葉町の住民が避難した。介護福祉士としてボランティア登録した。動物愛護センターで引き取った柴犬は避難者が泣く泣く手放したように思えた。福島の電力に頼った者として現地を見ておかねばならないと思った。2年前に出した絵本「いぬとふるさと」(旬報社)は延べ250キロ以上歩いた記録を基にした。ネオンまたたく都会の夜と星降る漆黒の闇の双葉町の対比。汚染土が...覚悟
真夜中の高い満月朧なる黄砂よりPM2.5襲い来る厄介者が隣国より来・・・・・・・・・・・多大な国費を投じる加速器建設を進めた物理学者ロバート・ウィルソンが、米国議会公聴会に出席した1969年のこと。国防に役立つのかと尋ねられると「この新しい知識がわが国の防衛に直接関係することはない。しかし、この国を守るに値する国にすることは間違いない」と答えた。原爆開発のマンハッタン計画に最年少の班長として参加しながら、途中で開発中止を呼び掛けた人だ。戦後も一貫して軍事利用のための研究を拒否。科学を人類共通の平和と発展に生かそうとした信念である。日本の次期主力ロケットH3の打ち上げが失敗した。延期や部品交換などのトラブルを克服して挑んだが、結果として実らず、関係者の無念は計り知れない。H3は、米国主導の月面着陸計画で宇宙...科学者
声聞かば中学生に氷解け目をつむり常の心を唱えれば水底の闇いつか消え去り・・・・・・・・・・・ヘイト暴力のピラミッドという図がある。偏見や先入観を放置すると、無意識に他者を傷つける行為や小さな嫌がらせが、ヘイトスピーチやヘイトクライムを生み、最終的にはジェノサイド(虐殺)に至る。差別のエスカレートだ(角南(すなみ)圭祐著「ヘイトスピーチと対抗報道」)。気をつけたいのは、差別的な政策や政治家の言動が偏見を醸成すること。ナチスのホロコーストの例を持ち出すまでもない。権力の暴走を防ぐ監視機能が欠かせない理由である。差別は「暴力」であり中立の立場はありえない。「自分は差別していないから」と放置し、反対、抗議の意思を示さないことは暴力を黙認することになる。角南氏の警告は傾聴に値しよう。放送法が定める政治的公平性の判断...ピラミッド構図
啓蟄に虫偏の虫穴いずるヤスデなるムカデに似た虫蠢けリ何も言わぬがどうして此処に・・・・・・・・・・・人間には相性がある。電車の中で気の合う人がいると「狭いけど、どうぞ」と隣に座らせたくなる。合わないと言い争いになり、しまいに「おめぇの電車かこれは」となる。五代目古今亭志ん生の「三軒長屋」のマクラである。コロナ禍が落ち着いてきた昨今、電車内の風景も変わってきた。かつては密を避けて間隔を空けて座っていたが、このところは詰まっていることも目立つ。微妙な間隔がある場合、座ろうか迷ってしまう。「すみません」と言って座ればいいのだが、その一声が出ない。あと数駅だからと思い直し、立ったままでいる。自分が臆病に見えるが、他人と一定の距離感を保つことは、人の多い社会で快適に暮らす条件でもある。社会学には「儀礼的無関心」とい...コミュニケーション
流氷のぷかりと浮いて海明ける知床の山笑う日も近づけリ流氷みせる海の青さや・・・・・・・・・・・幕末に勝海舟や福沢諭吉らが参加した遣米使節団の一行は米国議会を視察し「まるで魚河岸のやりとり」のようだと話したという。箱館奉行も務めた使節団副使の村垣範正が記録を残した。怒号と喧騒(けんそう)の議場をせりに例えたのは「議会の本質をよく見抜いた」と評したのが元鳥取県知事の片山善博さんだ。公開の場で価格を競うように政策を競う。最高価格を示した者が落札し、議会は最良の選択肢を提示した者の意見に従う(「日本を診る」岩波書店)。しかし現実の地方議会は密室で事前に質疑をすり合わせる答弁調整で筋書きができあがっている。そんなさまを片山さんは「八百長」「学芸会」と厳しく批判し「一番ひどいのは北海道議会だ」と名指ししたのが2007...討論
北国の春まだ遠く待雪草里山の心の景色忘れずに目と耳澄ましマスク外そう・・・・・・・・・・・哲学者鷲田清一さんによると、世にはコロナ禍の以前から、まわりを「ないこと」にするというマスクがあった。視線を合わさず、スマホ画面に没頭し、耳栓をしたかのような人々。無関心である。マスクには互いに別であるべきものが入り交じらないようにする「感染予防」と、自分がむき出しにならぬよう異なる「他」との接触を遮る皮膜としての役割がある。その対象が、ウイルスか、人間かの違いに過ぎないということだろう。新型コロナウイルスの感染対策の柱であるマスク着用が13日から原則個人の判断に委ねられる。学校の卒業式も校歌を歌う場合などを除き、着用を求められない。先日道内で行われた公立高校の卒業式も、久しぶりに笑顔が記憶に刻まれる門出となった。た...里山
ゆきげ道小さな青空映りをり雛の宴翁媼も笑顔みせ酢飯の香る集ひ楽しき・・・・・・・・・・・ひな祭りのひなを飾り忘れると、ひなは箱の中でしゅくしゅく泣くのだという。伊豆の民話「雛の夜ばやし」にある。手傷を負った鎌倉の仏師を助けた天城山の旧家のお話だ。救ってくれた老婦人のため、仏師は一対のひなを彫って贈った。ところが、ある年、その女性が風邪で寝込み、飾り忘れた夜のことだ。「こよいは節供であるのに」という嘆きとともに、笙(しょう)の響きや鼓の音が聞こえてきたという。児童文学作家松谷みよ子さんのエッセーにあった。戦争が激しくなってからは、どの家もひなは箱にしまわれていた。毎日が生死の境である。しゅくしゅくと泣く声も夜ばやしも、耳には届かなかったのであろうか。松谷さんにも楽しいひな祭りの記憶はあった。友達を招いたひな...お雛さま
雛祭り友の幸せ祈りをり比べてもせん無いことと知りつつも吾の幸せをつい祈りたる・・・・・・・・・・・小津安二郎の映画「晩春」に笠智衆演じる父親が原節子演じる27歳の娘に結婚をせかす場面がある。「お父さんはもう56だ。もう先は長くない」。男性の平均寿命が60歳に満たない1949年公開の作品。いつまでも親に頼れないという実感があったと山田昌弘中央大教授は言う。男性平均寿命が80歳を超え、独身者の大半が親と同居する現代では考えられないやりとりだろう。総務省によると、親と同居する壮年未婚者(35歳から44歳)は2016年で288万人いた。問題はその独立を妨げる要因だ。雇用の非正規化や失業者の増加で親に依存せざるを得ない人々が増えた。親の死亡を隠し、年金受給を続ける事件の背景でもあろう。政府の人口動態統計の速報値で2...比べる
社日様そぼふる雨の中まいるみなおなじ聞こえなくても聞こえても心の闇を消し去り生きる・・・・・・・・・・・人の命に値段を付けることは果たして許されるのか。米中枢同時テロの被害者や遺族を救済する補償基金プログラムを題材にした映画「ワース命の値段」の問いかけである。主人公は基金の分配額を定める特別管理人を請け負った弁護士ファインバーグ氏。当初は機械的な算定基準に従い補償額を決めた敏腕弁護士がなぜ、徹底的に当事者の話に耳を傾けたのか。一人一人の人生とその悲嘆や苦悩に向き合った33カ月の実話だ。事故で亡くなった難聴の女児の遺族が損害賠償を求めた訴訟で、大阪地裁が将来得られたはずの「逸失利益」を全労働者の平均賃金の85%とする判決を出した。障害者の逸失利益が時にゼロ算定された時代を考えれば、前進との評価も可能だが、障...命
2023年3月
「ブログリーダー」を活用して、き~あさんをフォローしませんか?
指定した記事をブログ村の中で非表示にしたり、削除したりできます。非表示の場合は、再度表示に戻せます。
画像が取得されていないときは、ブログ側にOGP(メタタグ)の設置が必要になる場合があります。