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2019年11月に京都在住の筋萎縮性側索硬化症(ALS)の女性患者が、医師二名に安楽死を依頼し殺害された事件はまだ記憶に新しい。 日本には、安楽死を認める法律がなく、安楽死を依頼され実行してしまえば嘱託殺人罪に問われることになる。この事件は、嘱託殺人という法に関する問題の他、主治医ではない医師二名が金銭を受領し、偽名で患者宅を訪問して殺害するという医療倫理上の問題もあるが、別の機会に論ずることにする。 この事件から現時点では「自己決定権」の及ぶ範囲が刑事司法領域において、承諾は違法性を阻却し得ないことが分かる。 私は、安楽死を合法化すべきと考えており、それには法改正が必須であるが、この手の生命…
死とはなにかと聞かれた時、すぐに死とはこういうことだと説明できる人はあまりいないだろう。 心臓が止まってしまえば、数分後には身体の全ての機能が停止し、心臓が動いている時のような意思疎通ができない状態になる。 このように心臓が止まっている状態のことを多くの人が死と表しているが、自分の手や耳で他人の死を確認する機会は医療従事者でなければほとんどない。 しかし、なぜ自らの手や耳で心臓が拍動を停止したことを確認していないにも拘わらずその人が死んだと信じてしまうのだろうか。 また、死んだことをどのように認識し何を死として受け止めているのだろうか。 そこで、伝聞・情報によって構成される世界及び、目で見え、…
近代科学の発展によって、物を詳細に分析することが可能になった。 例えば、道に落ちている石を分析しようとすれば、目で視たときはただの石であるが、別の手段を用いて視るとどうなるだろうか。 顕微鏡で拡大して視れば、一つの石が小さな何種類もの結晶の集合体であることが分かるだろう。 そして、化学薬品をその石に一滴垂らしてみればガスが出るなどの反応が起こり、石に含まれている物質が何であるか確認することができる。 このように視ることで無限に対象を分析することができるようになった。視ることが特化されることで視る対象は他者になり物体化する。 物体化することで分析可能なものであり支配せずにはおかない対象になる。こ…
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