男子高校生の孫が、家に彼女を連れてくる。その子は音大を受験するつもりだそうだ。ジイさんのクラシック音楽の知識や集めたCDが……役に立つのか?
【作者ご挨拶】開設から半年ちょっとですが、ご覧下さり ありがとうございます!来年もどうぞよろしくお願いいたします。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー(16)その日は午前十一時頃に生鮮品の第一便が着 く予定だった。ドライバーはたぶん、おれが (鬼軍曹) と密かに呼んでいる山城さんだろう。山城さんにはあの、重い鎖をガリガリ言わせ てるみたいなダミ声で、思いっきり爆発して もらいたかった。ところが、だ。柿田はもっさりはしているも のの、誘導の声そのものは空間全体をびりび り言わすほどバカでかかった。さすがドーブ ツというか。やつが 「ごぉらいごぉらい(オーライ、オーライ)」 とガナると (なん…
(15)その次の日からおれは柿田を連れて鍵の開け 閉めをしたり巡回コースを一緒にまわり、監 視カメラを見ているときには何に注意するか とか、従業員の通用口でチェックするポイン トなんかを教えたり、それから例の納品トラ ックの誘導をやって見せた。「順番、覚えた?」開錠の後でおれがそう聞くとやつはニヤァっ と笑って 「ううん」 と首を横に振った。おれはカッとして (仕事だぞ!) と怒鳴りたくなった。 (遊びの話してるみてえじゃねえか。ガキん ちょかよ、てめーは!)おれはそっぽを向いて、何とか自分の怒りを なだめようとしたが、こいつの無神経さがマ グソみたいにモワァっと臭ってくるようで、 怒りが収ま…
(14)また例のバイト先の回想に戻るが……そこの ボス、ブルドッグ男が自分の親戚だと言って 柿田まさるを職場に連れてきたのは去年の2 月下旬だった。おれがバイトを始めてそろそ ろ3ヶ月になろうとしていた。相変わらず仕事でヘマはし続けていたが、と にかく一生懸命ではあったので (ひょっとしたらこのままずっとココに居ら れるかも) という甘い期待がときどき腹の底に湧いてく ることがあった。納品トラックのドライバーにも 「よう、カカシ人間。元気かよ」 と声をかけられるくらいには存在を認められ て(?)きた。以前はこれが 「ゴルぁ! すりつぶすぞ、クソガキ」 だったんだから、それと比べたら大出世だ。柿…
(13) おれはどうも、口のまわりの神経がものすご く敏感で、人に見られると段々に痛痒くなっ てくる。だからマスクは (大口隠しの道具) としてふだんから絶対に外せなかった。家の 中であろうとトイレや風呂に入っていようと。だって洗面所の鏡にオレの顔が映って、見る つもりなかったのに自分のデカデカとした口 をうっかり見ちまうってことがあるから、ト イレや風呂に行くときも用心はしておくに限 るから。それがコロナになって、ウィルスなんて極小 のもんがマスクで防げるなんてバカみたいな 話なのに、みんな本気でマスク付け出したと きおれは (ざまあみやがれ) と思った。 (もしかして来たのか? おれの時代…
(12)「どうにも我慢できねえで親父を一発殴っち まった。そんで、そのまま家を飛び出したっ て言うんなら、おめえにもカナシミのカケラ くらいはあるってもんだ」(カナシミのカケラ?)「意味、分かるか?」 「へ」 「言われてる意味が分かるのか、って聞いて んだ」 「いや、あの、分かりません」 「だからおめえにはカナシミがねえって言う んだ」返事らしい返事も出来ず、それでも (「カナシミのカケラ」なんて、何となくイ イ言葉だな) と思っていると、伯父さんがまた空になった ジョッキに気づいてくれた。「まだビールでいいのか」 「あの……出来ればウィスキーを」 ロックのウィスキーがやってきて、おれがそ れ…
(11)ブルドックおやじから 「しばらくこいつを頼むぞ」 と言われておれの教育係になっていた佐野と いう大学生が、一日にいっぺんは必ず 「おいおい、おぉーい!」 と呆れて大げさに天を仰ぐのだった。「アンタ、それ、ふざけてるワケじゃないよ な?」 違いますとおれが赤くなって答えると佐野は (はぁーっ) とため息をついてぶるぶるっと頭を振る。自分より年下のやつにそんな態度を取られる のは悔しかったが、仕方がない。特に納品のトラックの誘導では、自分じゃ大 声を出したつもりでもやっぱり (モゴモゴ声) だったらしく、運転席から身を乗り出したタ コ坊主みたいなドライバーに 「ナメてんのか、キサマぁ!」 …
(10)まあそういう訳で、伯父さんの影響下にある おれのウチはコロナのニュースに振り回され なかった。それだけ世間から受けるストレスは下がった とも言えるんだが、逆に思いっきりコロナに 振り回されてる(振り回されてむしろハイに なってるような)人間に関わるハメになると、 それがかなりのストレスになる。面接帰りに寄ったファミレスでおれの味わっ たのが、まさにそういうストレスだった。面 接に落ちただけでも十分忌々しいのに、ファ ミレスであんな扱いまで受けて、おれはふて くされた。だからそれから一週間、朝も十時近くまで寝 坊して、直接は悪いことをしていない親父の ことも (元はと言えばコイツのお陰で…
(9)(いや、いや……そうじゃない) おれもオヤジも、最初は怯えてたんだ。横浜の客船の中で感染が広がっていった、あ のニュースを見たときには (飛んでもねえウィルスが出て来やがった!) って、間違いなくおれもオヤジも震え上がっ た。どこかでそれが変わった。いつからだろう?頭の薄いお笑い芸人が死んだときみんな (恐い恐い) でうろたえ出し、それから必死でマスクを買 い漁ってた頃に、伯父さんがウチに寄って鼻 で笑ったのだ。馬鹿馬鹿しい、って。「おめーらみんな、映画見せられて恐がって んのとおんなじ」 吐き捨てるように伯父さんがそう言ったとき おれもオヤジもポカンとしていた。 「あんなのは映画だと思…
(8)おれは仕方なく新聞チラシの募集広告で、 「スーパーなどの警備(派遣)」 という仕事を見つけて面接に行った。軍隊だの戦争だの戦闘とかに、おれは興味 があって、ネット対戦型のバトルゲームに は今だって月に何万もつぎ込んでいる。警備員はもちろん戦闘はしないけど、制服 は着ているし連想クイズの次元でならけっ こう似ているんじゃないかと思って応募し た。親父は、同じチラシにあった 「プラスチック工場の検査業務」 の方がいいんじゃないかと言ったが、おれ は無視した。(オメーの無能のせいでおれが働くハメに なったんだから、オメーの言うことなんか 聞くかよ!) と思って。が、おれはいきなり立て続けに三つ…
(7)伯父さんの言うことはきっとその通りなんだ ろうと、おれも思う。だが、変なたとえかも 知れないが、それは身長1メートル80セン チの人たちの常識で、身長60センチの人間 には通じないんじゃないか……とおれは思っ ていた。おれが自殺未遂の騒動を起こした直接の原因 は、バイトをクビになったことだった。形の 上では自分から 「辞めさせて下さい」 と言ったが、実質は叩き出されたのだ。コロナの前から徐々に売り上げが少なくなっ ていたウチの商売が、コロナでまたガクンと 落ち込んだとき、オヤジはうろたえておれに 言った。「なあ謙也。悪いけど、お前……バイトでい いからどこかに勤めて……それで少し、家に …
(6)まず恥じらいがないっていうのは、具体的に おれのどういうところを言ってるのか分から ない。その上さらに哀しみがない……なんて、 そもそもどういうこと?いや、第一これは、おれが勝手に 「哀しみ」 という漢字にしたのであって、伯父さんはた だ 「カナシミ」 と言っただけだ。おれは何となく、悲しみよ り哀しみの方が上みたいな感じがして。 「てめえは酒だけは強いんだな」 おれはそのとき、中ジョッキを二口で飲んで しまっていた。中ジョッキならほんとは一気 飲みでも楽勝だが、伯父さんの前だから遠慮 していた。「そんなとこばっかり、あのウワバミ女の大 酒飲みのオフクロに似やがって」 「……」 「いつも…
(5)その晩の「やわた」にはけっこう客の出入り があって、おれたちがそういう話をするには 都合がよかった。おれたちは他の客からはも ちろん、店のオヤジさんオカミさんからも適 度に放って置かれた。自殺未遂そのものはその年の春にあったこと で、前の晩親父をぶん殴ったこととは直接関 係がなかったのだが、おれは (ついに、来たか) と思った。いつか伯父さんがその話をするは ずだとは、ずっと考えていた。「この薄っぺら野郎が」 「……」 「てめえのサル芝居なんかにダマされるのは、 てめえのバカ親父だけだ」図星を指されて、おれはうつむいた。手首を切ること自体は十七、八の頃からやっ ている。たが、自分から (…
(4) そういう訳で、いまおれは 『法然……』 を読んで勉強している。と言ったって、もと もとこんな本の中味がすんなり入ってくるよ うなオツムじゃないから、ひたすらメモを取 っているのだ。 一一三三年に生まれる。いまの岡山県。 父親は漆間時国(うるまのときくに)で、 押領使(おうりょうし)。一人息子。という具合だ。押領使というのは 「地方の治安維持にあたる役職」 と、本の中で説明してあるが、よく分からな い。ネットでちょこっと調べたりして (まあ、ヤクザっぽい警察みたいなもんだろ) とアタリをつけた。そのうち伯父さんに試験をされるというのは 恐怖以外のナニモノでもないが、同時にほん のちょっと…
(3)その親父は、いま伯父さんに一喝されたばか りなのに、ピンク色の和菓子を両手に一つづ つ持ったままモジモジしていた。伯父さんがいたから自分を抑えられたが、普 段ならおれはこういう親父をみるとカッとな る。 (それが「おまんじゅう」かよっ!)親父が手に持っているのは道明寺という、こ しあんをもち米みたいなもんでくるんだ桜色 の和菓子だった。だが親父は、丸っこい菓子 なら何でも「おまんじゅう」と言うのだ。バカかよ、このオッサンは! だいたい、い い歳コイたオヤジがまんじゅうに「お」なん て付けるんじゃねえ。(昨日から、てか、もうひと月くらい親父の ことは殴ってねえんだから、今日はひとつ伯 父さ…
(2)先週はまだ親父を殴っていないうちから伯父 さんがやってきた。いや、あれは単に近所に 用があって、ついでに寄っただけなのかも知 れないが、おれは (やる前から、もう牽制に来たんか?) と、ビビった。あのときおれは親父と店の方にいて、見慣れ た「富士興業」の薄汚れたワゴン車が外に止 まったのに気づいてあわててマスクを外した。 (しゃべるときにマスクを外さないと伯父さ んは怒るのだ)伯父さんがクルマから降りて くると、親父は 「よぉ、兄貴」 と言いながらひょこひょこ表に出ていった。伯父さんは親父の顔をチラっと見ただけで返 事もせず、ずかずかと事務所に入り込んで来 て 「殴ってねえだろうな?」 …
コロナの穴 (1)おれが親父を殴ると、だいたい三日以内に亀 戸の伯父さんがやって来る。どうやってそれ を嗅ぎつけるのか分からないが、きっとやっ て来る。親父自身は家の中のカッコ悪いことは何でも 隠す性分だから自分で言うはずがないし、フ ィリピン人のお袋と伯父さんとはものすごく 仲が悪い。妹も家を出ているから告げ口は出来ないはず で、なんで伯父さんがそれに気づくのか、お れにはさっぱりわからなかった。この伯父さんは解体屋(引っ越しなんかもや る)の社長をしていて歳はもう六十に近いが、 見た目はヤクザそのものだった。以前は実際 に多少のつながりがあったんじゃないかと思 う。おれは小さい頃から動作と…
「ブログリーダー」を活用して、ヲハバリ太郎さんをフォローしませんか?