99%は無駄だとしても1%くらいは何か意味があるかもしれない。 1%の可能性はもしかすると100%にだってなり得るかもしれない。
今日 | 04/25 | 04/24 | 04/23 | 04/22 | 04/21 | 04/20 | 全参加数 | |
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総合ランキング(IN) | 6,018位 | 6,294位 | 6,659位 | 6,437位 | 6,430位 | 6,710位 | 6,742位 | 1,034,348サイト |
INポイント | 20 | 30 | 30 | 30 | 30 | 30 | 30 | 200/週 |
OUTポイント | 20 | 40 | 30 | 30 | 40 | 30 | 30 | 220/週 |
PVポイント | 50 | 50 | 80 | 80 | 80 | 50 | 50 | 440/週 |
その他ブログ | 5位 | 5位 | 5位 | 6位 | 5位 | 5位 | 5位 | 8,064サイト |
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総合ランキング(OUT) | 12,720位 | 13,227位 | 14,103位 | 14,408位 | 14,412位 | 15,465位 | 15,432位 | 1,034,348サイト |
INポイント | 20 | 30 | 30 | 30 | 30 | 30 | 30 | 200/週 |
OUTポイント | 20 | 40 | 30 | 30 | 40 | 30 | 30 | 220/週 |
PVポイント | 50 | 50 | 80 | 80 | 80 | 50 | 50 | 440/週 |
その他ブログ | 8位 | 9位 | 9位 | 9位 | 8位 | 10位 | 10位 | 8,064サイト |
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総合ランキング(PV) | 12,267位 | 12,637位 | 12,716位 | 13,066位 | 13,339位 | 13,400位 | 13,259位 | 1,034,348サイト |
INポイント | 20 | 30 | 30 | 30 | 30 | 30 | 30 | 200/週 |
OUTポイント | 20 | 40 | 30 | 30 | 40 | 30 | 30 | 220/週 |
PVポイント | 50 | 50 | 80 | 80 | 80 | 50 | 50 | 440/週 |
その他ブログ | 21位 | 21位 | 25位 | 25位 | 26位 | 26位 | 26位 | 8,064サイト |
ある3つの本音。それはある意味本音であり建前であり。異論反論などは受け付けない。それはボクの本音なだけだ。あれこれ言われる筋合いはない。それにしても筋合いがないと言ってもつべこべ言いたがる奴っているんだよな。暇をそこまで持て余しているのかな?
SOMEDAY/OVERLAPのカセット・テープが流れる2つのシーン
年上の彼女からもらって年下の彼女に引き継がれた『SOMEDAY/OVERLAP』のカセット・テープ。あのあとどうなっただろう?なぜか海の底に沈んでしまったそのカセット・テープのイメージがボクの頭の中にある。それはいったい何を表しているのか?
価値観と性格の違いは似て非なるもの。性格の違いはどうってことないが価値観の違いは致命的。今の自分のパートナーはどう?性格が合わないくらいなら、それは大して悩む必要なんてない。ただ、価値観がもしも異なるのなら少し考えた方が良いかもしれない。
逃げ出したくなることだってある。それは甘えなんだろうか?我儘なんだろうか?悪いことなんだろうか?ハンガリーの諺にSzegyen a futas, de hasznos(逃げるは恥だか役に立つ)というものがある。逃げることは選択肢であり戦略だ。
『富士吉田のうどんと志村正彦とクリスマス・イヴと』。彼が魔法をかけた音楽を聴いてからは、ボクの中で富士吉田と言えば吉田のうどんだったけれど今ではもう志村正彦になってしまった。そして、クリスマス・イヴと言えば、彼が消えた日になってしまったな。
慣れてまあいいやと思うことは別に甘いとは限らないんだと思うけどな
たまには『まあいいや』と甘やかすことは悪くない。それは向日葵でも何でも良いんだけれど、『まあいいや』になるものを幾つか自分の中に持っていると随分楽に過ごせたりする。そして、良い意味で慣れて以前はどうだこうだと懐かしむ前に先に進むのもありだ。
We are all in the gutter, but some of us are looking at the stars.とはオスカー・ワイルドの言葉。オレたちはみんなドブの中にいる。でも、中には星を眺めている奴らだっているんだ。
1年の最終コーナーに差し掛かった10月、3/4を振り返るとまあいろいろあったような何も無かったような。そうやって最後の直線コースも駆け抜けて、今年も終わっていくのだろう。日常を取り戻してしまえば、それが普通になる。普通は普通に戻り・・・。
時間が経つといろいろな可能性がゼロになることもあれば考えもしなかった可能性が現実になることだってある
時間が経つといろいろな可能性がゼロになることもあれば考えもしなかった可能性が現実になることだってある。可能性は拡がったり縮んだりするものだ。だからそのことを忘れずにタイミングを見計らって物事のはんだんをしていくようにしなければいけないのだ。
金木犀。厚い雲に隠された月、暗い夜道家路を急ぐ。知らぬ間に、甘い香り満ち満ちて。赤黄色の金木犀は見えないけれど、ここにいるよと教えてくれる。香りがボクを追いかけてくる、香りがボクを待ち伏せしてる。甘い香りは、海馬目掛けて一直線にやってくる。…
時間が向こうからやって来てどうぞ自由に使ってねと言ってくれていた頃のお話
下らないことばかりの日々で後悔の数が増えると、 時として大事なものをきちんと丁寧に大切に扱えるようになる。そんな風に考えると、後悔の数を増やすこともあながち悪いことではなくなるのだ。まあ、考え方次第で同じことでも違うものになるということだ。
You’ll never find a rainbow if you’re looking down.
『You’ll never find a rainbow if you’re looking down.』はチャップリンが言ったことになっている名言。Rainbow といえば思い出すのがエヴァ・キャシディ『Over The Rainbow』。
本来、幸せとは状態ではなくそう感じる瞬間。だから状態として幸せになるとか、なんて自分は不幸なんだろうと思うのはちょっと違う気がする。ただ日常生活での小さくてささやかだけれど確かな幸せをいつも感じられるのだったらそれはある意味幸せ状態かもな。
神よわれらに与えたまえ、変えられるものを変えるだけの勇気を、変えられないものを受けいれるだけの冷静さを。そして変えられるものと変えられないものとを見分ける賢さを。とは神学者ラインホルド・ニーバーが1943年教会でお説教したとされる祈りの言葉。
太宰治作品『ア、秋』。文芸雑誌『若草』昭和十四年十月号発表。翌年四月竹村書房から刊行した単行本『皮膚と心』というものがある。そこに『女人訓戒』『座興に非ず』『デカダン抗議』と共に『短片集』として収録された。これを基に『ア、死』を書いてみた。
秋分の日になると必ず聴く曲がある。キンクス1967年リリースの『Something Else By The Kinks』から『Autumn Almanac』。そして必ず読む文章がある。太宰治の『ア、秋』。知っている人が増えるといいなと思う。
本当に必要なのは愛だけどたまにはチョコレートも悪くないわね。チョコレートはセラピーよりも安いし予約の必要もない。チョコレートが愛の代わりになるわけではない。愛はチョコレートの代わり。チョコレートは男よりも遥かに信頼できるという現実を見よう。
いつか、はずっといつかのままの方が良い場合もきっとあるに違いない。いつかが現実に叶ってしまえばもういつかではなくなってしまう。いつかでなくなってしまえばもう何も想像することもない。拡がっていた想像は膨らむことを止めてただの現実になってしまう。
100年以上も昔々のこと、アメリカのフロリダ州西海岸にあるセント・ピーターズバーグには、なんと7000もの緑色のベンチがあったそうだ。誰にでも開かれた場所で誰でも受け入れられる場所…そんなある意味理想のような場所がかつては存在していたのだ。
感じる感じ方は「おや、すてきだぞ」か「あれ、ひどいな」の二通りしかない。
わたしが詩を読む時、感じる感じ方は「おや、すてきだぞ」か「あれ、ひどいな」の二通りしかない。他には、ない。これは高橋源一郎氏のデビュー作『さようならギャングたち』の一節。ボクも何かを見たり読んだり聴いたりする時は同じように、二通りしかない。
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