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わらうりブー https://warauri.livedoor.blog/

愛と感動、驚きと衝撃、自由で無限 そんな「本来の自分」を思い起こすブログ(´∀`)ノ

笑うウリエル
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2021/01/23

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  • こんな感じですが

    参考になるかどうかわかりませんが、私ウリエルの「姿勢」(・∀・)つについて書いて見ようかな。身体の姿勢でなく、この世界に対する向き合い方です。まあ、「こんな感じで日々生きております」という「姿勢」です。(^ω^)まず、現状を変えようとしません(・ω・)ノ仕事

  • おおらかさ

    この『意識』の中に現れている世界は、「二元」となっております。(・◇・)ゞなので、「苦」だけを排除することはできません。「楽」だけを引き寄せることもできません。「苦楽」でワンセットです。(・ω・)古代ローマの言葉に、「パラべラム」というものがあります。「

  • 勝手に表現してくれます

    今の世の中は、個性とか個人の資質が重視されています。そして、それを伸ばすことが「正解」という風潮ですね。それが「自分らしく生きる」みたいな。しかし、私ウリエルは、それを「正解」とは思いません。それが「自分らしく生きる」とも思いません。むしろ、個性や個人の

  • ルーチン

    ほとんどの人が、いつもと同じ日常を過ごしていて。(・∀・)私ウリエルも、もちろんそうです。決まったルーチンの繰り返しの毎日。でも、同じ日というものは一日たりともありません。(^∀^)そう。同じ日なんて一日たりともないのに、毎日同じことを繰り返すことができ

  • 「事実」と「意見」

    「見てるだけー」(・∀・)私ウリエル、「見てるだけー」してくださいと常々言い続けております。自分自身を俯瞰してみてください、ということですね。客観的に「起こっていること」をただ見てください、ということです。「事実をただ事実として見る」(・∀・)ということ

  • 「自由」はきちがえ

    「自由」(・∀・)「自由の意味をはきちがえるな!」(`・д・´)とか、よく言います。好き勝手することが「自由」ではないと。では、「自由」って、いったい何なんでしょう?(´・ω・`)私ウリエルは、本当の「自由」を語ってくれた人に出会ったことがありません。ほとんどの

  • 放っておけばいい

    例えば、誰かに何かに腹が立った。(ノ`Д´)ノ!そんなときは、放っておけばいい(・∀・)のです。ここでカンチガイをしてはいけません。「ふん、ツマンネー野郎だ」( ̄ー ̄)と、その怒らせる人やものを相手にしないで、放っておけということではありません。放っておくの

  • 「善いもの」を知らない

    「善いもの」(・∀・)それを「理想」と言ってもいいかもしれません。「イデア」ですね。でも、それは、心に思い描く理想とはちがうんですよ。本当の「善いもの」、本当の「理想」は、心に思い描けません(^ω^)なぜなら、心に思い描くものは、すべて記憶をもとにしたも

  • 真の「安心」

    「安心」(´∀`)「安心」は内なる自己、本来の自分から直接湧き起こってきます。それは何の理由もなく、いかなる努力にもよらず、ただ湧き起こってきます。(^ω^)この「安心」は不安や恐れの対極にあるものではありません。分裂した思考が考える、理由がある安心とは全

  • 知覚の背景

    「本当の自分」(・∀・)これを真我と呼ぶのなら、真我は知覚の中には見つかりませんつまり、頭の中で思うことができるもの、心の中で感じることができるものではないということです。じゃあ、どうやってわかんてんの?という話になるわけですが、これがなかなかうまく説明

  • 「どう生きれば」

    みーんな、この人生という物語の「主役」です。(・∀・)物語の主役は、この世界を生きていくのに必死です。「どう生きれば」を、常に考えなければなりません。そして、この世界では敵や邪魔者が次々と現れるので、攻撃と防御を繰り返し、闘い続けなければなりません。この

  • アンタのせいです(笑)

    誰だって、「生きづらさ」を感じ、それを抱えています(`-ω-´)誰だってです。「生きづらさ」を何も感じていない人はいません。ブッダも「一切皆苦」って言ってんだから、そうなんです。(`-ω-´)そして、人はこの「生きづらさ」をなんかとしようと、いろんな努力をしたり

  • 水晶玉です

    日曜日なので軽いお話でも(・∀・)まずコレ。水晶玉です。ついでに押してください。(^ω^)ノにほんブログ村水晶玉を通して景色を見るとこうなりますね。先日、テレビ見てたら、これを使って気づいてくださいと教えるお寺がありました。(どこかは忘れた)つまり、こうい

  • 「存在したい」

    『意識』の中に身体と心があり、『意識』の中にこの世界があります。(・∀・)では、この『意識』の中に、この身体と心を創り出し、この世界を体験しているのは、誰なのでしょう?「自分」以外の誰でもないですよね。(^ω^)では、なーんで『意識』の中に、こんな身体と

  • 「気づいている」こと

    『いま』(・∀・)について何か考えたとき、すでにその『いま』は過去になっています。だから、自分の人生について何か思うとき、それは記憶、つまり過去なんです。どんなにこの瞬間について考えたとしても、それは過去です。たったこの今であっても、この人生が「つまらな

  • 「自分らしく」とか

    「自分らしさ」とか( ̄ー ̄)「自分らしく生きる」とか、「自分軸」とか、「個性」とか、「アイデンティティ」とか。「あなたの自分らしさってなに?」とか、「他人の目を気にせず生きよう」とか。とか、とか、とか……(`-ω-´)生きているとこんなフレーズにときどき出会い

  • もとにもどります

    このことを知識として記憶に置いておいてください。(・∀・)ノ「恐れ」に動機づけされた行動は、必ず出発点のその「恐れ」にもどります(`-ω-´)このことを知識として知っておくだけで、今までのパターン化された思考、「檻」から出ることができます。だから、知っておいて

  • 「果報は寝て待て」

    さーて、GWも今日で終わり。みなさん、リフレッシュできたでしょうか?(´∀`)今日も軽めのお話にしときましょう。人は社会と関わるとき、何らかの「私」を演じています。職場にいるときの「私」、友人といるときの「私」、家族といるときの「私」、そんなふうに「私」を

  • まあ、お気楽に

    GWもあとわずか(・∀・)ノ!みなさんそれぞれのGWを満喫してください。(^ω^)まあ、世間はお休みですので、お気楽な記事にしましょう。(・∀・)この『いま』は常に完璧で完全で、改善の余地がありません。この『いま』をただ満喫すればいいのです。完璧で完全な『

  • 「現実」という非現実

    あなたが「現実」と思っているもの(・ω・)それは、恐れとか不安とか欲望とか、記憶から生まれた想像の産物で、とても「非現実的」なものです。そんな「非現実的」な世界に自分自身を閉じ込めています。「心」が非現実的な「現実と言っているもの」を作っているんですよ。

  • 脱「精神的な豊かさ」

    「精神的な豊かさ」(・ω・)という言葉、よく耳にしますが、「精神的な豊かさ」ってなんなんでしょう?(・ω・)?やりがいのある仕事よい人間関係健康で充実した暮らし社会の役に立てていることみたな感じですかね。まあ、人によってそれぞれだと思います。ひとことで言

  • 「間違っていてもいい」

    「心」と「身体」は自分ではない。(・ω・)つまり、この「思考」も自分ではないわけで、これに慣れるまではけっこう時間がかかります。何かのきっかけで、パッとこの視点になってしまう。てなことは、余程のことでもない限り、まあ、ないんじゃないかなぁ。この「思考」が

  • 「バカの考え休むに似たり」なんで

    GW,満喫しておられますか? 私ウリエルは平常通り。GWはありません。(^ω^)さて、よく、「ウリエルさんはどんなふうに世界が見ているの?」と、尋ねられます(・ω・)見え方は、とくにみなさんと変わんないと思いますよ。(´∀`)ただ、「自分が行動している」と

  • にんげんかんけい

    私ウリエル、人間関係の悩みというもんがありません。というか、「他者はいない」ので、人間関係そのものがありません。(・ω・)もちろん、友人や知人はおります。しかし、それを「人間関係」と意識することはないです。ただ、頻繁に出会ったり、しゃべったりする人って感

  • 「因果応報」

    「因果応報」(・∀・)について書こうかな。よい行いをすれば、よい報いがあり、悪い行いをすれば、悪い報いがある。こんな意味ですね(^ω^)でも、実際にこの世で何十年か生きてみるに、必ずそうなっているかというと、案外、そうでもない( ̄ー ̄)と思うことも多いです

  • 終わる

    「変わる」(・∀・)何かが変わるって、何かが「終わる」(・∀・)ということです。しかし、この「終わる」に人は恐怖を感じます。とくに、よく慣れ親しんだものや、大事にしていたものが終わるなら、そのとき人は強く抵抗します。未知のものが怖いのではなく、既知のもの

  • 「自分を変える」

    「自分を変える」(・ω・)これもよく見かけるフレーズです。「自分を変える」方法、山ほどあります。なぜ自分を変えようと思うのか、その理由は様々でしょうが、何かしら「このままではいけない」と思うことがあって、自分を変えようと試みるんでしょうね。この場合の「自

  • 神様はいない

    『意識』(・∀・)このまっさらで、まっ白な『意識』を「神」(・∀・)と、呼んでもかまいません。イエスはそれを「主」と呼び、親鸞は「阿弥陀仏」と呼び、空海は「大日如来」と呼びました。古代の日本人なら「アマテラス」です。何者かとしての「私」が存在しないとき、

  • 「虚しさ」

    この世界は、「心」によって作られていると言えます。「心」を通してしか世界を見ることができないので、そうなります。(・ω・)しかし「心」はなぜかいつも欠乏感でいっぱいで、それを埋めようとしています。そして、何かテキトーなものでそれを埋めます。でもそれは、「

  • すべて間違いだった

    「見てるだけー」(・∀・)を、続けていると、やがて、見ている主体と見られている対象がなくなっていることに気づきます。本当に「見ている」しかない(・ω・)これを言葉でどう言えばいいのかわからないのですが、ただ「気づいている」としか言いようがないです。「気づ

  • 「アセンション」

    「苦」を経験せず、「快」だけ経験することは、できません(・∀・)このことを受け入れるだけで、「苦」と「快」の両方から離れることができます。すると、すべての可能性が開かれます。どういうことでしょうか?(・ω・)個人の「私」として生きていると、うまくいかない

  • 「意図」

    人生を変えるとか、自分らしく生きるとか。書店にふらっと立ち寄ると、そんな本がズラーっと並んでます。いったいどれを読んだらよいのでしょう?(・ω・)「自分らしく生きるために読む本の選び方」という本が欲しいくらいです(`-ω-´)本を手に取るとき、何らかの「意図」が

  • あるのは「朝」

    おはようございます。「朝」(・∀・)つです。私ウリエルは「朝」を、とても大事にしております。一日の始まり。まだ何も起こってない。この時間にこうして記事も書きます。大体、昔から「早起きは三文のトク」とか、「朝日を浴びるといい」とか言いますので、朝にはなんかある

  • 「ひとりじゃない」

    「ひとりじゃない」というフレーズ、ときどき出会います。昨日、テレビ見てたら出会いました。(・ω・)誰にでも仲間や味方がいるよとか、みんなと繋がっているよというような意味で言っているのでしょうか。だとしたら、ずいぶんとテキトーで無責任な感じがします。そのフレー

  • 「不安をなくす」な

    誰もが不安を感じて生きています。「誰もが」です。(・ω・)このことを忘れてはいけません。そして、人格を持った「個人」でいる限り、不安がなくなることは、ありません。(´-ω-`)これを受け入れてください。受け入れると言っても、「人って、そういう運命なんだ……」(´-

  • 「助ける」な

    ものごとはひとりでに起こり、成就します。(^ω^)これは思考ではわかりません。思考はどうしてそうなるか理由がないと、理解できないからです。しかし、「ものごとはひとりでに起こる」に、理由なんてもんはありません。ただ、そうなんです。「ものごとはひとりでに起こ

  • 「する」な

    何かを「する」とか「しない」とか(・∀・)ノこの「する」とか「しない」から解放されたとき、私たちは「自由」になります(´∀`)私たちは自分の意思で「する」とか「しない」をするという病気にかかっていると言ってもいいです。「する」「しない」病(・∀・)です。もの

  • 「正しい」

    誰もが自分は「正しい」と思っているわけです。(・∀・)ノけれど、この世界にあるものや起こること、「事実」には正しいも間違いもありません。ただ「事実」です。「正しい」は、「心」が勝手に作り出した判断基準です。「心」というのは、いろんな判断基準を勝手に作って、

  • いません

    自分がいるからこそこの世界がある(・ω・)ノ「気づき」、「目覚め」とは、こういう見方になるだけです。なんとなくそう感じた経験がある人も多いんじゃないかな。私ウリエルは子供の頃、「なんかそうなんじゃないか」と、よく思いました。「自分がいるから、世界がある」こ

  • 「承認欲求」

    人には「承認欲求」てなもんがあります。(・∀・)ノ人から認められたいという欲求です。こいつがあるから、人に嫌われるのが怖かったり、孤独や居場所のなさを感じたり、他人と衝突したり、劣等感を抱いたりと、いろんな「苦」が生じるわけです。しかし、ものの本などには、

  • 受け入れるを「しない」

    「受け入れる」(・∀・)スピリチュアルで常に語られていることです。なぜなら、私たちは常に何かを受け入れていないからです。でも、「だから受け入れなさい」とか、「受け入れましょう」と言うのは、ちがいます( ̄ー ̄)ここで、もういちど「受け入れていない」を、よく見

  • 変えようとするな

    「人生を変えたい」「自分を変えたい」そう思うことが人にはあります。だからこそ、スピリチュアルなんてものに首を突っ込んだのかもしれません。んで、( ・Д・)そのスピリチュアルの教えで、実際に変わったという人はいるのでしょうか? (´・ω・`)ひとつの大原則がありま

  • 混沌

    「身体と心は自分ではない」(・∀・)この静かな「気づき」だけが実存しています。身体と心が自分でないのなら、自分は何者なんだろうと知る必要はありません。というか、知ることもできません。ただ、「身体と心は自分ではない」(・∀・)と、気づいているだけなのです。

  • ホントの自由

    「自由」(・∀・)「自由」って何でしょう?(´・ω・`)何かに誰かに拘束されたり、強制されたり、支配されたりしないで、自分が思うように生きること。まあ、こんな感じに考えている人がほとんどだと思います。でも、これはいわゆる、人の世の「自由」であって、「心」にと

  • 信頼できるものはない

    唯一、この『意識』だけが実存しています。(^ω^)この『意識』以外のものは、すべて『意識』の中に現れているものであって、実存はしていません。つまり、知覚できるものはすべて『意識』の中に現れた「まぼろし」(・∀・)なのです。インドではこのまぼろし、幻想を「

  • 「成果」

    「観察者」になって「心」をただ見てるだけー。(・∀・)やることはこれだけなんです。ハイ。なんでこれだけでいいのかは、私ウリエルにもわかりません(´∀`)ただこれだけでいいと、ただわかったので仕方ありません。そこに理由や理屈がまったく存在しません。不思議です

  • 心は傷つくもの

    「心」を自分だと思うのは、間違った思い込みにすぎません。そもそも、「私の心」とか「自分の心」と、誰もがフツーに言っています。「心」は私とか自分の所有物だと言っているわけです。つまり、「心」は私でも自分でもないと、みんな大っぴらに言っているわけです。さては

  • 失えないもの

    「幸福」(・∀・)「幸福」を「心」の状態だと考えていると、エネルギーを防御に使い続けることになります。「幸福」というのは「心」の状態ではありません。真の「幸福」は「心」とは無関係にあり続けるものです。(・∀・)そして「心」だけでなく、他のあらゆる観察でき

  • 「不意に」なんで

    「気づき」(・∀・)は、記憶の外にあります。ですので、記憶と照合できません。だって「気づき」の中に、記憶もあるのですから。「気づき」とは、自分がこの『意識』であることに気づいていること。(・∀・)そして、「愛」、「自由」、「平和」というのは、この「気づき

  • こんなはずでは……!

    スピリチュアルに取り組んでいると、「期待」していたこととは違うことが、しばしば起こります。いやいや、むしろ、「期待」していたことと、真逆のことが起こったりするものです。(^ω^)愛や豊かさなどどこにもなく、ただ厳しい事実だけが目の前に横たわったり、大切な

  • 天上天下唯我独尊

    自分自身を他人を見るように客観的に見る。俯瞰する。(・ω・)すると、この『意識』が世界を見ていて、この『意識』の中にすべてが展開しています。この身体も身体感覚も、思考や感情といった「心」も、『意識』の中にあります。そのへんにあるものから、山や海や空や宇宙とい

  • 悪循環

    個人という概念、「私」という概念は、実体のないイメージにすぎません。夢の中にいる「私」と似たようなものです。やっぱり「私はいない」のです。そして、このいないはずの「私」が干渉した行動は、いかなるものも、悪循環( ̄ー ̄)に、陥ります。うまく行くことは、ありま

  • 「安らぎ」

    「心」というのは、常に落ち着きがありません。たまに落ち着くこともありますが、すぐに問題を作り出し、不安や葛藤を抱え込みます。(`-ω-´)実は落ち着いているのがイヤなんじゃないかと思うほどです。落ち着くと、こんどはすぐに「退屈だ」とか言い出しますので。つまり

  • 「現実」

    「現実」(・∀・)みなさんが「現実」と思うもの、それは心で作られた概念にすぎません。実は恐れや不安、欲望から作られた想像の産物なのです。よく、「現実を見ろ」とか言います。そして、その「現実」から目を逸らすことを、「現実逃避」とか言います(^∀^)けれど、

  • 大混乱

    『意識』の中に「心」が現れているのであって、「心」の中に『意識』があるのではありません。(・∀・)このことを理解しているだけで、自分自身の混乱と世の中の混乱から抜け出せます。本当に、この一点を、理解するだけでいいのです。(^ω^)「心」は思考や感情が慌た

  • 万華鏡

    『意識』の中に「心」が現れているのであって、「心」の中に『意識』があるのではありません。(・∀・)ノさて。『意識』の中に現れている無数のものは、常に揺れ動き変化しています。安定しているものはありません。この世界は、絶対的に不安定です。こんなに不安定に動き続

  • 「探究者」

    『意識』(・∀・)「この『意識』がなければ、身体も心も、この世界も存在しないのだ」「この身体も心も自分ではないのだ」これだけわかればよいのです。あとは、これを根付かせるだけです。(^ω^)この新しい見方は初めのうちはとても弱くて、慣れ親しんだ古い見方が吸

  • サードアイ

    スピリチュアル界隈で、ときどき見かける「サードアイ」という言葉。「第三の目」(・ω・)ですね。ふたつの目ん玉以外にもうひとつ目があって、それは眉間あたりにあり、チャクラでいうと第6チャクラ。開眼すると直観力が高まり云々……ふむふむ……(・ω・)あー、これ

  • 色即是空、空即是色

    「心」は『意識』の中に現れているもので、「心」と『意識』は別なんだということが明確になると、「色即是空、空即是色」という、般若心経の中の有名な文言も、簡単にわかります。(・∀・)つものの本などでは、たいてい、「色」というのは「あらゆる物質や現象」と訳され

  • 伝授できません

    「おい、『意識』はあるかっ!」「ああっ、この人、『意識』がないっ!」(((( ;゚д゚)))『意識』(・∀・)当たり前に使っている言葉です。そして、当たり前に、気絶とかして『意識』を失うと、目に映る景色も、思考も感情も「見る」(・∀・)ことができません。ですよね。こ

  • 『静寂』・『沈黙』

    自分は常に『意識』です(^ω^)『意識』の中に自分が現れるているのではありません。いろんな考え、思い、記憶、そして、あらゆる感情って、この『意識』の中に現れているものです。つまり、思考や感情は、自分ではありません暑いや寒い、痛いとか痒いといった身体感覚も

  • 目で見てる?

    この身体の中に心があって、この身体と心を「自分」だと思うのは、ただの習慣にすぎません。(・ω・)ノ「自分はこの世界の一部」と思うことも、ただの習慣です。世界はこの『意識』の中にあります。この『意識』がもしなかったら、世界もありません。身体と心を自分だと思う

  • 心と意識は別モノです

    「気づき」へのシンプルなアプローチを試みてみたいと思います。(・ω・)ノとりあえず、今まで見聞きしてきたスピリチュアルの知識は置いときましょう。自我(エゴ)とか真我とか、神秘体験とか、ヒーリングとか、ハイヤーセルフとか、インナーチャイルドとか、マインドフルネ

  • 「神秘」

    「スピリチュアル」というジャンル、このジャンルの本や話って、「神秘的な側面」(^∀^)が、少し強調されすぎているように、私ウリエルは感じまね。ハイ。霊的な存在多次元宇宙波動を高める無限のパワーこんな言葉がやたら出てくるじゃないですか。まるで私たちの知らな

  • 「私」はどこ?

    「観察者」(・∀・)になって、「見てるだけー」(・∀・)で、いるとき。身体と身体感覚は観察できます。思考も観察できます。感情も観察できます。そして、思考と感情が合わさって、なんだかぐじゃぐじゃしている騒がしい心、これも観察できます。思考と感情を足すと「心

  • 「すべてを疑え」

    質問は答えより大事です(・ω・)ノ正しい質問は、正しい答えより大事です。なぜなら、答え以上の「何か」を、発見できる可能性があるからです。(^ω^)ありとあらゆる質問、疑問に対する答え、それは、ただの「妥協」の産物にすぎないんですよ。「偶像」みたいなもんです

  • 「賢者」

    「自分で自分の人生を生きている」というのも、「誤解」です。(^ω^)試しに今日一日、「自分で自分の人生を生きている」のをやめましょう。今、頭の中にある、今日一日の予定や計画を放棄してみてください。そして、それを「見てるだけー」(・∀・)で、いてください。

  • 放ったらかしに

    「私はこの身体である」という思いも、「誤解」(`-ω-´)です。この「私はこの身体である」という間違いは、この広い世界の中に自分一人がポツンといるような「錯覚」を生み出します。ポツンと一人という観念からこの世界を見ると、この世界が危険がいっぱいで油断できない(

  • それ「誤解」です

    「自分はこういう者である」という考えは、どれもただのイメージであり、錯覚のようなものです。独立した個人、「私」というのは誤解に基づいています。そう、「誤解」なんですよ(`-ω-´)「気づき」、「目覚め」とは、この「誤解」を解くだけのことなんです。知らなかった

  • 「生きてる」!

    「見てるだけー」(・∀・)で、いるとき。身体感覚や感情、そして思考を、ただ観察しているとき。重要なのは、身体感覚や感情や思考を分析したり、解釈したり、その意味を追求することではありません。重要なのは、「見てるだけー」(・∀・)の、「見ているヤツ」の存在を

  • 「奴隷」

    世の中の「奴隷」になってはいけません。(´・ω・`)「観察者」になって観察できるもの、その「奴隷」になってはいけません。(`-ω-´)本当に多くの人が、多くのものの「奴隷」になっています。「会社の奴隷」なんか、よく使われるわかりやすい表現ですね。他にも、思想信条

  • 「引き寄せの法則」

    「引き寄せの法則」って、聞くことありますよね(・∀・)なんか、「強く願ったり、信じているものが実現する」、「思考は現実化する」という感じの、まあ、法則と言うより「教え」的なものですね、ええ。まあ、言っていることはその通りなんじゃないかな思います。ただ、私

  • 「ひま」

    「ひま」(・∀・)暇って、すごくおもしろいです。毎日が忙しいとき、「暇が欲しい」なんて思います。けれど、本当に暇になると、その退屈さに耐えられません。(^ω^)そして、人類はその耐えがたい退屈さも完全にやっつけてしまいました。「スマホ」(・◇・)です。ス

  • 「集中」

    「集中」という言葉はよくないと思います。(´・ω・`)人口が東京に集中しているとか、お金が一か所に集中しているとか、こんな場合に使うのはもっともなのですが、「仕事に集中する」「意識を集中させる」とか、「集中力」とか。こんなふうに使うのはよくないと思います。(´

  • 「心の安らぎ」なんてない

    「こころ」(・∀・)「心」は思考と感情を足したものです。「マインド」って、スピリチュアルでは言いますね。おそらく誰もが、この「心」を気分の良い状態にしたいと思っています。穏やかで安らいでいたいですよね。または楽しい気分でいたいです。四六時中、ザワザワした

  • 大事なこと?

    私ウリエルが明確に「本来の自分」に気づいたのは、何の変哲もない日常の中でした。(^ω^)日が暮れて薄暗くなった、とある場所の階段を下りていたとき、あ、あれ…… (´・ω・`)?ふと、階段を下りるときの足を置くトンという衝撃で、視点か何かがズレて、いつもの景色な

  • 注意点

    観察者でい続けること。「事実をただ事実として見る」こと。このとき、外側の世界と自分の内側を同時に見てくださいね。これが大事な注意点です。目に映っているいろんなもの、起こることと、それに対する自分の反応、思考とか感情。これらは、「一体もの」と、とらえてくだ

  • 奥義②

    観察者(・∀・)になる。それは、「事実をただ事実として見る」ということでもあります。「事実をただ事実として見る」ことができれば、自ずと受容、「受け入れる」が起こります。しかし、普段の私たちは、この「事実をただ事実として見る」が、なかなかうまくできていませ

  • 奥義①

    「本来の自分」に気づくと、いわゆる「目覚め」が起こると、あっちこっちに散らかって、無駄に力んでいたエネルギーが、もとあった場所に戻ります。逆に言うと、散漫になって無駄に使われているエネルギーを、もとあた場所に戻せば、「気づき」、「目覚め」が起こりやすくな

  • 神秘的な体験

    「スピリチュアルな体験」って、あるじゃないですか。(・∀・)まわりと融合してひとつになった、とか、至福感に包まれた、とか、宇宙の起源が瞬時にわかった、とか、光や龍神が見えたり、神の声が聞こえたり、クンダリーニが昇華したり、前世が見えたり、とか(・∀・)ち

  • 思い出すだけ

    「目覚め」、「覚醒」って、「本来の自分」、それが「自由」で歓喜と祝福で満たされていることを知り、それを体現して生きるということに、なるかな(・∀・)「本来の自分」は、いちばん自分である、大元の自分です。それを誰かに教えてもらうことなんてできません。自分し

  • 欠如感、物足りなさ

    私たちはたびたび「欠如感」( ̄Д ̄)に襲われます。まあ、「物足りなさ」です。これが私たちの行動の原因です。「物足りなさ」を感じ、それを埋めようとしています。毎日毎日。娯楽、貯蓄や投資、健康の維持、はてまた婚活……大半の行動のおおもと、根本原因はこの「物足り

  • 助長しないこと

    機能不全を助長しないこと(・◇・)まずはこれが大事です。どういうことでしょう?「私はお金がない」とか「私は病気だ」、「私は孤独だ」と言ったり、思ったりしていると、それが助長され、確かなものになって行きます。なんとなく、そう感じてはいたでしょ? ハイ。間違

  • 悟れないわけ

    誰にでも、「こうあってはならない」という状態があると思います。その「こうあってはならない」の反対の状態が、「こうあるべき」になりますね。(・ω・)ノ「こうあってはならない」は、貧困、孤独、不健康、軽蔑されること、大切な何かを失うこと……などなど、人によってい

  • 身体も心も自分じゃない

    身体や心を自分だと思いこむ。↑ これがすべての問題の原因です(^ω^)これがこの世界と自分を切り離し、自分自身を孤立させています。これが「分離」です。この世界から分離し孤立してしまうと、恐怖と不安が常につきまとい苛まれます。そして、それらの恐怖や不安を消す

  • 「幸福」にはなれない

    「幸福」は常にいまここにあります。いまここ、『いま』の他にはどこにもありません。(^∀^)ノだから、いくら「幸福になろう」としても、「幸福」にはなれません。そのなろうとしている「幸福」は、ただの「苦」に対する「快楽」で、そもそも「幸福」ではないのです。「幸

  • 続「足るを知る」(・∀・)ノ

    私たちが「幸福だ」と感じるとき。それはどんなときですか?(・ω・)ノ何か求めているものが達成されたとき、達成されて満たされているとき、かな?いいえ、ちがいます。ただ単に、「求める」が、終わったとき、です。(´∀`)人は憂鬱と快楽の間を行ったり来たりしています。不

  • 期待や憧れがジャマするよ( ̄ー ̄)

    未来への期待や憧れが何もないこのことはとても重要です。(・ω・)ノ私たちは、はっきりと意識して、または、ただなんとなく漠然と、「将来はこうしたい」とか、「こうなったらいいな」、「こうなったらこうしよう」とか思って生きています。未来への期待や憧れです。将来、

  • 「助ける」という暴力(`-ω-´)

    地震があり、たくさんの人や団体が、いろいろな形で被災地を支援しています。「助け合い」、素晴らしいです(`・ω・´)しかし、この「助ける」(`-ω-´)「助ける」 これほど難しいことはありません。迂闊に他者の人生に、土足で踏み込むようなことをしては、それは、「暴力

  • 世界を変える(´∀`)

    あなたのまわりの環境や出会う人々。さらには、あなた自身とその人生。それらを、あなたの意思の力や努力で変えることは、実は、できないのです(´・ω・`)すべて、エネルギーの浪費に終わります。だったら、すべてをただ「運命」として、受け入れるしかないのか?(´-ω-`)

  • なんだかんだでコレ(^∀^)

    目に映っている、この現実世界は「二元」です。そして、私たちの心も「二元」で、この世界のものごとをとらえています。「二元」でしか、ものごとを理解できません。(・∀・)「二元」の世界は必ず表と裏で構成されていて、その表裏のコントラストによって、私たちはものご

  • 「足るを知る」?(・∀・)

    なんとなく「足るを知る」について書きたくなった。(・∀・)「足るを知る」は、老子の言葉です。身分相応に満足する、現在の状況は足りているということを知り、それ以上は求めないようにするそんな意味らしいです。ウィキペディアによると。(^ω^)まあ、だいたい、世

  • 「色即是空」(・∀・)

    なんとなく「色即是空」について書きたくなった。(・∀・)色即是空、空即是色……般若心経の、まあ、真髄と言っていいところですね。(^ω^)その意味や解説は、いろんなふうに書いてあります。どれもなかなか難解です。だから、どれも読まないほうがいいです。だって、

  • 『ありのまま』が怖い(・ω・)

    2024年です。それにしても、元旦からすごいインパクト……(´・ω・`)しかし、起こったことについて、いろんなことを思い、いろんなことを感じるのですが、私たちはその思ったり感じたりする者、行為者ではないのです。さて、(・ω・)ノ私たちは『ありのまま』に生きればよいので

  • クソつまんないですよ(´∀`)

    今年もいろんなことがありましたが、いよいよ終わりですー。そして、来年もまた、思いもしなかったいろんなことがあるんでしょうねー。(^∀^)ノさて、(・∀・)ノみなさんは常にこの「意識」の中にいます。というか、この「意識」がみなさん自身です。この「意識」を、「

  • 『アレ』(・∀・)

    阪神タイガースの監督さんが、「優勝」という言葉を使うと意識してしまうので、その言葉を禁じて、『アレ』(・∀・)と、表現しました。結果は大成功で、阪神タイガースは日本一になりましたね。そして、『アレ』(・∀・)は、今年の流行語大賞にもなってしまいました。こ

  • 「頭かくして尻かくさず」( ̄ー ̄)

    うーんと、今日は書こうとしていることがあるのですが、うまくまとまりません。なので、雑談みたいにテキトーに書き進めていきます。書いているうちにうまくまとまるかな。(^ω^)「本来の自分」は、この肉体や心を通して表現したり、または体験しようとしていることがあ

  • 何もしなくていいのよ(^ω^)

    「本来の自分」でいることを、「悟り」と言うのならば、「悟り」は手に入れることなどできません(^ω^)誰だって何も手に入れなくても、何かにならなくても、最初からずっと「自分」なのですから。何かを追い求めていてもいなくても、何かを願っていてもいなくても、ずー

  • 愛なんて『愛』じゃねえ(´∀`)

    「私」って、いったいなんでしょう?(´・ω・`)?この身体が「私」であり、この身体の中にある心が「私」であり、その心が持ついろいろな性質や特徴を総合したものが「私」なんとなくそう感じて生きている人が、多いのではないでしょうか。でも、「私の心」とフツーに言いま

  • 「マウント」( ̄ー ̄)

    前の記事が時間がなく途中で終わった感があるので、まあ、続きです。続きと言っても、何を書こうとしていたかは覚えてないんですが。(^∀^)「ランキング」(・∀・)に、ついてでしたね。人は他人と自分を比べたがります。他人と自分を比べて、「アイツよりかはマシ」と

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