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2020/06/04

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  • 2021秋の京都 撮影旅行記~宝筐院③

    宝筐院は、見る人を飽きさせません。こんな静けさと紅葉の美しさの空間があるのだなあと、時を忘れて見とれていました。御朱印をいただき、次なる訪問地へと向かうのでした。つづく【2021秋の京都撮影旅行記】2021秋の京都撮影旅行記~東福寺①2021秋の京都撮影旅行記~東福寺②2021秋の京都撮影旅行記~東福寺③2021秋の京都撮影旅行記~東寺①2021秋の京都撮影旅行記~東寺②2021秋の京都撮影旅行記~東寺③2021秋の京都撮影旅行記~西本願寺①2021秋の京都撮影旅行記~西本願寺②2021秋の京都撮影旅行記~二条城①2021秋の京都撮影旅行記~二条城②2021秋の京都撮影旅行記~二条城③2021秋の京都撮影旅行記~京都駅2021秋の京都撮影旅行記~天竜寺①2021秋の京都撮影旅行記~天竜寺②2021秋の京都撮影旅...2021秋の京都撮影旅行記~宝筐院③

  • 2021秋の京都 撮影旅行記~宝筐院②

    12月初旬。やや見頃を過ぎつつある感じでしたが、色とりどりの様子は格別でした。さすが、紅葉スポットに挙げられる場所ですね。感動でした。紅葉の絨毯もなかなかの風情でした。つづく【2021秋の京都撮影旅行記】2021秋の京都撮影旅行記~東福寺①2021秋の京都撮影旅行記~東福寺②2021秋の京都撮影旅行記~東福寺③2021秋の京都撮影旅行記~東寺①2021秋の京都撮影旅行記~東寺②2021秋の京都撮影旅行記~東寺③2021秋の京都撮影旅行記~西本願寺①2021秋の京都撮影旅行記~西本願寺②2021秋の京都撮影旅行記~二条城①2021秋の京都撮影旅行記~二条城②2021秋の京都撮影旅行記~二条城③2021秋の京都撮影旅行記~京都駅2021秋の京都撮影旅行記~天竜寺①2021秋の京都撮影旅行記~天竜寺②2021秋の京都...2021秋の京都撮影旅行記~宝筐院②

  • 2021秋の京都 撮影旅行記~宝筐院①

    宝筐院宝筐院は、京都府京都市右京区嵯峨野(嵐山)にある臨済宗の単立寺院です。このお寺は京都・嵐山の中でも、特に紅葉が美しい寺院として知られています。日本の南北朝時代の代表的人物である北朝方の足利義詮と南朝方の楠木正行、この南北朝時代の仇敵同士が仲良く眠る、非常に珍しいお寺です。お寺の名前である「宝筐院」は、このお寺の発展に寄与した足利義詮の院号から来ています。風情満点の庭園が美しい宝筐院。カエデに包まれた苔が美しく、モミジやドウダンツツジも多くあります。晩秋から初冬には見事な紅葉が見られ、境内のモミジの回廊が秋色に美しく変化します。入口から門をくぐるとまっすぐな石畳の道があり、その両側に紅葉のトンネルが続きます。ここは、写真撮影にとても厳しいことでも知られています。三脚や一脚の使用は厳禁です。私もこっそりと邪魔...2021秋の京都撮影旅行記~宝筐院①

  • 2021秋の京都 撮影旅行記~嵐山②

    竹林の道京都・嵐山の嵯峨野地区、ちょうど渡月橋の北側一帯に広がる竹林の小路です。空に向かって真っすぐと伸びた数万本の竹が生い茂る小路はサラサラと竹の葉が擦れあう音も涼やかで、日々の生活で疲れたこころと頭をゆったりと癒してくれます。この写真、何か気づきませんか?そうです、観光客の姿がありません。竹林の道では、このような写真は普通はなかなか撮れないのです。では、何故今回は撮れたのでしょう。答えは、「人力車に乗ったから」です。実は、この写真の道は、人力車専用のものなんです。画面左側には、すこし下がったところに一般の道があるんです。毎年12月初旬に嵐山一帯で「花灯路」というライトアップイベントが行われます。普段は夜は真っ暗で怖いくらいの竹林の道もLEDライトに照らされて、この世のものとは思えない幻想的な景色が見られます...2021秋の京都撮影旅行記~嵐山②

  • 2021秋の京都 撮影旅行記~嵐山①

    嵐山嵐山のシンボル的存在の渡月橋は、桂川にかかる長さ155mの橋で、木製の欄干が周辺の豊かな自然に溶け込んでいます。橋の上から眺める山々の紅葉は、「素晴らしい!」の一言です。この日は、修学旅行生が大変多く、歩きにくい状況でした。渡月橋から嵐山を撮影。観光客が多く、なかなかカメラを構える場所が見つかりませんでした。普通日なのになあと思うことしきりでした。この後は、人力車に乗って、渡月橋より北西に広がる「竹林の道」へと向かいます。【2021秋の京都撮影旅行記】2021秋の京都撮影旅行記~東福寺①2021秋の京都撮影旅行記~東福寺②2021秋の京都撮影旅行記~東福寺③2021秋の京都撮影旅行記~東寺①2021秋の京都撮影旅行記~東寺②2021秋の京都撮影旅行記~東寺③2021秋の京都撮影旅行記~西本願寺①2021秋の...2021秋の京都撮影旅行記~嵐山①

  • 2021秋の京都 撮影旅行記~天竜寺③

    天竜寺の紅葉も素晴らしいものでした。御朱印もいただきました。次の目的地は、渡月橋・竹林の小径です。【2021秋の京都撮影旅行記】2021秋の京都撮影旅行記~東福寺①2021秋の京都撮影旅行記~東福寺②2021秋の京都撮影旅行記~東福寺③2021秋の京都撮影旅行記~東寺①2021秋の京都撮影旅行記~東寺②2021秋の京都撮影旅行記~東寺③2021秋の京都撮影旅行記~西本願寺①2021秋の京都撮影旅行記~西本願寺②2021秋の京都撮影旅行記~二条城①2021秋の京都撮影旅行記~二条城②2021秋の京都撮影旅行記~二条城③2021秋の京都撮影旅行記~京都駅2021秋の京都撮影旅行記~天竜寺①2021秋の京都撮影旅行記~天竜寺②【写真撮影のテクニック集】写真撮影のテクニック~満月を綺麗に撮る写真撮影のテクニック~忍者フ...2021秋の京都撮影旅行記~天竜寺③

  • 2021秋の京都 撮影旅行記~天竜寺②

    大方丈の雲龍襖絵なかなかの迫力です。映り込みが激しいので、部分的になりました。周辺の紅葉の撮影をしました。天竜寺の紅葉も大変有名です。紅葉は、まだまだ大丈夫でした。【2021秋の京都撮影旅行記】2021秋の京都撮影旅行記~東福寺①2021秋の京都撮影旅行記~東福寺②2021秋の京都撮影旅行記~東福寺③2021秋の京都撮影旅行記~東寺①2021秋の京都撮影旅行記~東寺②2021秋の京都撮影旅行記~東寺③2021秋の京都撮影旅行記~西本願寺①2021秋の京都撮影旅行記~西本願寺②2021秋の京都撮影旅行記~二条城①2021秋の京都撮影旅行記~二条城②2021秋の京都撮影旅行記~二条城③2021秋の京都撮影旅行記~京都駅2021秋の京都撮影旅行記~天竜寺①【写真撮影のテクニック集】写真撮影のテクニック~満月を綺麗に撮...2021秋の京都撮影旅行記~天竜寺②

  • 2021秋の京都 撮影旅行記~天竜寺①

    2日目の始まりです。嵐山方面に向かいます。最初の訪問地は、天竜寺です。京都駅から嵐山に行くなら最寄駅「嵯峨嵐山」まで直通のJR嵯峨野線を利用するのが便利です。所要時間は、約15分くらいです。天竜寺京都・嵐山の「天龍寺」。世界遺産に登録されている、京都を代表する寺院の一つです。なかでも曹源池庭園は、日本初の国の史跡・特別名勝に指定された名庭園。桜やツツジ、新緑、雪景色など一年を通して風情がありますが、紅葉の美しさも格別です。天龍寺は、渡月橋から「竹林の小径」へと向かう途中にあり、嵐電・阪急「嵐山駅」などからのアクセスも抜群です。曹源池庭園禅僧で作庭家でもあった夢窓国師が手掛けた池泉回遊式庭園の「曹源池庭園」。約700年前に嵐山や亀山を借景に取り込み、嵯峨嵐山の自然とマッチさせた、雄大な自然の力強さを感じることので...2021秋の京都撮影旅行記~天竜寺①

  • 2021秋の京都 撮影旅行記~京都駅

    1日目が終わりました。京都駅がとても印象的でしたので、撮影しました。京都駅京都駅は、目的の観光スポットへ行くための起点、または帰るため立ち寄るだけにしか利用しない方も多いことと思います。実は、京都駅ビル自体が見どころ満載の観光スポットなんです。眺望を楽しむ、グルメやお土産などのショッピング、劇場など盛りだくさん。現在の京都駅ビルは4代目で、1997年に建築。設計者は梅田スカイビルや札幌ドームも手がけた建築家の原広司氏。開放感のあるモダンな構内は、京都の街にすっかり溶け込んでいます。屋上まではエスカレーターで上がることができ、屋上からは京都の街並みが一望できる点も大きな特徴です。迫力ある写真が撮れました。12月ということで、素晴らしいイルミネーションも感動ものでした。多くの人がカメラを向けていました。屋上からは、...2021秋の京都撮影旅行記~京都駅

  • 2021秋の京都 撮影旅行記~二条城③

    約1時間の散策。それでも回りこなせません。歩く途中に見つけた素晴らしい紅葉。しばし、休憩したのです。少し薄暗くなってきました。ライトアップが始まったようです。これで1日目の終了です。今日の歩数は2万歩を超えました。さすがにくたびれました。明日は、嵐山に向かいます。【2021秋の京都撮影旅行記】2021秋の京都撮影旅行記~東福寺①2021秋の京都撮影旅行記~東福寺②2021秋の京都撮影旅行記~東福寺③2021秋の京都撮影旅行記~東寺①2021秋の京都撮影旅行記~東寺②2021秋の京都撮影旅行記~東寺③2021秋の京都撮影旅行記~西本願寺①2021秋の京都撮影旅行記~西本願寺②2021秋の京都撮影旅行記~二条城①2021秋の京都撮影旅行記~二条城②【写真撮影のテクニック集】写真撮影のテクニック~満月を綺麗に撮る写真...2021秋の京都撮影旅行記~二条城③

  • 2021秋の京都 撮影旅行記~二条城②

    二の丸御殿二の丸御殿で一番格式が高いとされるのが大広間の一の間、二の間。ここがまさに大政奉還が表明された現場そのもの。上段は将軍のスペースであり、書院造りの特徴である床の間や違棚、帳台構がある一の間。下段は大名たちがズラリと並ぶ二の間なのですが、一の間は48畳に対して二の間は44畳。つまり、将軍スペースの方が広いのです。この大広間で特徴的なのが天井。四方が丸くなっている「折上格天井(おりあげごうてんじょう)」と呼ばれる書院建築では一番格式の高い形状で、一の間は将軍の頭上部分がもう一段上がった「二重折上格天井」になっています。このように目を凝らさないと見逃してしまうような天井部分でも格式を表しています。歴史的な部屋は、人形が大政奉還の様子を伝えています。残念ながら、写真撮影はできませんので、文章だけになります。二...2021秋の京都撮影旅行記~二条城②

  • 2021秋の京都 撮影旅行記~二条城①

    二条城二条城は1603年(慶長8年)、江戸幕府初代将軍徳川家康が、天皇の住む京都御所の守護と将軍上洛の際の宿泊所とするため築城したものです。将軍不在時の二条城は、江戸から派遣された武士、二条在番によって守られていました。3代将軍家光の時代、後水尾天皇行幸のために城内は大規模な改修が行われ、二の丸御殿にも狩野探幽の障壁画などが数多く加えられました。壮麗な城に、天皇を迎えることで、江戸幕府の支配が安定したものであることを世に知らしめたものです。1867年(慶応3年)には15代将軍慶喜が二の丸御殿の大広間で「大政奉還」の意思を表明したことは日本史上あまりにも有名です。二の丸御殿、二の丸庭園、唐門など、約400年の時を経た今も絢爛たる桃山文化の遺構を見ることができます。1994年、ユネスコ世界遺産に登録された二条城は、...2021秋の京都撮影旅行記~二条城①

  • 2021秋の京都 撮影旅行記~西本願寺②

    阿弥陀堂で、参拝です。中央に阿弥陀如来様が鎮座しておられます。境内の数少ない紅葉です。ご存じのように、西本願寺では御朱印やお守りはありません。代わりに、記念スタンプがあります。今回は、参拝が一番の目的。深々と御礼して、次なる目的地、二条城へと向かいます。つづく【2021秋の京都撮影旅行記】2021秋の京都撮影旅行記~東福寺①2021秋の京都撮影旅行記~東福寺②2021秋の京都撮影旅行記~東福寺③2021秋の京都撮影旅行記~東寺①2021秋の京都撮影旅行記~東寺②2021秋の京都撮影旅行記~東寺③2021秋の京都撮影旅行記~西本願寺①【写真撮影のテクニック集】写真撮影のテクニック~満月を綺麗に撮る写真撮影のテクニック~忍者フード写真撮影のテクニック~テーブル雲台写真撮影のテクニック~L字ブラケット写真撮影のテクニ...2021秋の京都撮影旅行記~西本願寺②

  • 2021秋の京都 撮影旅行記~西本願寺①

    西本願寺浄土真宗本願寺派の本山は、正式名称を「本願寺」といい、⻄本願寺の呼び名で親しまれています。京都東山に創建された親鸞聖人の廟堂を起源とする本願寺は、中興の祖・第8代蓮如上人の時代に至って、急速に近江をはじめとする近畿地方や東海、北陸にひろまり、隆盛をきわめました。本願寺は、各地に寺基を移転した後、1591(天正15)年に豊臣秀吉より京都七条堀川の地を寄進され、地震や火災を経て、1536(寛永13)年に御影堂を建立、1760(宝暦10)年に阿弥陀堂を再建し、ほぼ今日に近い姿となっています。現在、境内には阿弥陀堂・御影堂をはじめ、桃山文化を代表する建造物や庭園が受け継がれており、1994(平成6)年には、ユネスコの世界文化遺産に登録され、2014(平成26)年に、阿弥陀堂・御影堂が国宝に指定されました。私は門...2021秋の京都撮影旅行記~西本願寺①

  • 2021秋の京都 撮影旅行記~東寺③

    御朱印東寺の御朱印は無料区域にある食堂の納経所でいただけます。この日は、並んでいる人も少なく、書き手もお二人だったので、時間はかかりませんでした。私の御朱印帳には、表題がなかったのですが、「お書きしましょうか」と声をかけてくださり、丁寧に揮毫してくださいました。ありがたいことです。境内の紅葉を堪能し、改めて、もみじの色具合に感動するのでした。次の目的地は、西本願寺です。つづく【2021秋の京都撮影旅行記】2021秋の京都撮影旅行記~東福寺①2021秋の京都撮影旅行記~東福寺②2021秋の京都撮影旅行記~東福寺③2021秋の京都撮影旅行記~東寺①2021秋の京都撮影旅行記~東寺②【写真撮影のテクニック集】写真撮影のテクニック~満月を綺麗に撮る写真撮影のテクニック~忍者フード写真撮影のテクニック~テーブル雲台写真撮...2021秋の京都撮影旅行記~東寺③

  • 2021秋の京都 撮影旅行記~東寺②

    東寺の見所は、紅葉も勿論ですが、講堂も多くの魅力に溢れています。特に、講堂の立体曼荼羅を表した仏像群は大日如来を中心に21体もの仏像が配置されています。講堂に安置されている仏像のうち15体が国宝に指定されています。講堂内は、撮影ができませんので、パンフレットの写真を掲載します。しばし、素晴らしい仏像に圧倒されながら、紅葉を探しに。心が震えるような綺麗な紅葉に、言葉が出ません。御朱印をいただこうと、歩を進めるのでした。つづく【2021秋の京都撮影旅行記】2021秋の京都撮影旅行記~東福寺①2021秋の京都撮影旅行記~東福寺②2021秋の京都撮影旅行記~東福寺③2021秋の京都撮影旅行記~東寺①【写真撮影のテクニック集】写真撮影のテクニック~満月を綺麗に撮る写真撮影のテクニック~忍者フード写真撮影のテクニック~テー...2021秋の京都撮影旅行記~東寺②

  • 2021秋の京都 撮影旅行記~東寺①

    東寺京都市南区九条町にある東寺真言宗の総本山の寺院。山号は八幡山。東寺は言宗の根本道場であり、総本山である。教王護国寺とも呼ばれます。東寺は、平安京鎮護のための官寺として建立が始められた後、嵯峨天皇より空海(弘法大師)に下賜され、真言密教の根本道場として栄えました。明治維新まで、東寺の長官である4人の東寺長者は真言宗の最高位であり、中でも長者の筆頭である東寺一長者は律令制における仏教界の首座である法務も兼任する慣例だった。中世以降の東寺は弘法大師に対する信仰の高まりとともに「お大師様の寺」として庶民の信仰を集めるようになり、21世紀の今日も京都の代表的な名所として存続しています。1934年(昭和9年)に国の史跡に指定、1994年(平成6年)12月には「古都京都の文化財」の構成資産として世界遺産に登録されました。...2021秋の京都撮影旅行記~東寺①

  • 2021秋の京都 撮影旅行記~東福寺③

    東福寺の御朱印。秋限定のものです。左上に、もみじの印が押されています。この時期は、訪れる人が多いので、予め用意されたものに日付の印が押されています。全て手書きがいいと感じる方もいるかもしれません。私は全く拘りません。正に、紅葉の絨毯。柵の中には入れませんが、寝っ転がってみたいなあと思うことしきりでした。壁紙にも使えそうですねえ。素晴らしい風景にたくさん出会えました。次の目的地は、東寺です。つづく【2021秋の京都撮影旅行記】2021秋の京都撮影旅行記~東福寺①2021秋の京都撮影旅行記~東福寺②【写真撮影のテクニック集】写真撮影のテクニック~満月を綺麗に撮る写真撮影のテクニック~忍者フード写真撮影のテクニック~テーブル雲台写真撮影のテクニック~L字ブラケット写真撮影のテクニック~野鳥を撮る写真撮影のテクニック~...2021秋の京都撮影旅行記~東福寺③

  • 2021秋の京都 撮影旅行記~東福寺②

    余談ですが、シーズン中に東福寺に行く場合は、東福寺駅よりも一つ先の鳥羽街道駅の方がおすすめです。東福寺駅は大変混雑するからです。これ結構使えるらしいです。流石に紅葉は素晴らしいです。私が住む大分県では、ちょっと味わえない色ぶりです。来てよかったと、改めて思うのでした。谷を見下ろすと、これまた風情のある景色がありました。そして、足下には・・・しばし、佇んでもみじを満喫したのでした。つづく【写真撮影のテクニック集】写真撮影のテクニック~満月を綺麗に撮る写真撮影のテクニック~忍者フード写真撮影のテクニック~テーブル雲台写真撮影のテクニック~L字ブラケット写真撮影のテクニック~野鳥を撮る写真撮影のテクニック~水族館での写真撮影④写真撮影のテクニック~水族館での写真撮影③写真撮影のテクニック~水族館での写真撮影②写真撮影...2021秋の京都撮影旅行記~東福寺②

  • 2021秋の京都 撮影旅行~東福寺①

    秋の京都へ、2泊3日の撮影に行ってきました。京都への旅は、およそ20年ぶりです。今回から、撮影旅行の様子を、秋の京都の写真を織り交ぜながら綴って参りたいと思います。11月30日、午前9時5分大分空港発伊丹空港行きのJAL2362は、定刻通り離陸しました。天気はまずまず、ネットで京都の天候を調べてみましたが、こちらのまずまずのようでした。今回の旅行の最大の目的は、秋の京都の撮影です。雨が降ったら、写真が思うように撮れません。祈りながらのスタートでした。約1時間でいたに空港に到着。出口までひたすら歩かせられながら、やっと手荷物を受け取りました。今回の荷物は、撮影機材の入ったアルミ2段ケースと、ごく普通の旅行鞄の2つ。撮影機材の入ったアルミ2段ケースは、流石に機内へと持ち込みました。客室乗務員が空いている隣のシートに...2021秋の京都撮影旅行~東福寺①

  • 日帰り撮影旅行~「豊後高田市」熊野磨崖仏②

    不動明王二童子像向かって左に位置する高さ約8メートルの半身像。鎌倉時代の作とされ、安山岩質の礫混じりの硬い岩壁に造られたため、彫り口がやや浅く、明王像ではあるが口元に柔和な笑みを浮かべているようにも見えます。左右両脇には高さ約3メートルの矜羯羅童子像、制多迦童子像の痕跡が認められます。大日如来像向かって右に位置する高さ約6.7メートルの半身像。高さ約8メートルのくぼみの中に彫り出されています。螺髪等の造形的特徴から、不動明王像よりも制作年代が遡ると推定されています。光背上部の種子曼荼羅は鎌倉時代の追刻。通常の大日如来像は菩薩形(髻を結い、装身具を着ける)に造形されるが、本像は頭髪を螺髪としており、本来の像名は不明です。重要文化財指定名称は「如来形像」となっています。素晴らしい磨崖仏。登った疲れも吹き飛んで、シャ...日帰り撮影旅行~「豊後高田市」熊野磨崖仏②

  • 日帰り撮影旅行~「豊後高田市」熊野磨崖仏①

    熊野磨崖仏熊野磨崖仏への入り口は、豊後高田市田染の田原山山麓にある今熊野山胎蔵寺になります。この寺の脇から急な山道を300メートルほど分け入ると、鬼が一夜にして積み上げたという伝説が残る自然石を乱積にした石段があります。この急峻な石段を登ると左手が開け、岩壁に刻まれた2体の巨大な磨崖仏が現れます。磨崖仏の作者は不明ですが、六郷山寺院の本尊寺宝等の記載もある安貞の目録には、深明如来の作とされています。磨崖仏の裏手には仏師が籠もったとされる洞窟(御所帯場と呼ばれる)などが存在しています。また、石段を登りきると熊野神社があります。石段を上がるのは結構疲れます。しかし、磨崖仏の姿を見ると、疲れが飛んでいきます。【写真撮影のテクニック集】写真撮影のテクニック~満月を綺麗に撮る写真撮影のテクニック~忍者フード写真撮影のテク...日帰り撮影旅行~「豊後高田市」熊野磨崖仏①

  • 日帰り撮影旅行~「豊後高田市」富貴寺②

    この日は、とても寒い日でした。そのためか、観光客も少なく、じっくりと写真を撮ることができました。やはり正面からの映像がいいですね。敷き詰められたような銀杏の絨毯。こんな風景は、ここでしか見ることができないでしょう。【写真撮影のテクニック集】写真撮影のテクニック~満月を綺麗に撮る写真撮影のテクニック~忍者フード写真撮影のテクニック~テーブル雲台写真撮影のテクニック~L字ブラケット写真撮影のテクニック~野鳥を撮る写真撮影のテクニック~水族館での写真撮影④写真撮影のテクニック~水族館での写真撮影③写真撮影のテクニック~水族館での写真撮影②写真撮影のテクニック~水族館での写真撮影①写真撮影のテクニック~青空をきれいに撮影する裏技写真撮影のテクニック~花火の撮り方写真撮影のテクニック~「親指AF」のメリット写真撮影のテク...日帰り撮影旅行~「豊後高田市」富貴寺②

  • 日帰り撮影旅行~「豊後高田市」富貴寺①

    富貴寺富貴寺は、大分県豊後高田市田染蕗にある天台宗の仏教寺院です。山号を蓮華山と称し、本尊は阿弥陀如来、開基は仁聞と伝えられています。富貴寺大堂は、近畿地方以外に所在する数少ない平安建築の一つとして貴重な存在で、1952年11月22日に国宝に指定されました。また、2013年10月17日には、富貴寺境内が史跡に指定されました。銀杏の落ち葉の絨毯を、人気のない状態で撮影したいと思い、開門時間に合わせて7時30分に家を出発しました。約50分後、駐車場に着きました。富貴寺の駐車場は、20台ほどの規模ですが、既に3台駐まっていました。開門を待つ仁王像。階段を登り着くと、眼前に黄色の絨毯が広がりました。絨毯の向こうには、富貴寺大堂。中に収められている本尊の阿弥陀如来像は970丈にも及ぶ一本の榧の巨木から六郷満山寺院を開基し...日帰り撮影旅行~「豊後高田市」富貴寺①

  • 続シリーズ「京都の秋を撮る」(最終回)~三千院Ⅱ

    古寺名刹が多く、世界中からたくさんの人々が癒しを求めて訪れる京都。そんな京のまちに住む”都人(みやこびと)“たちが、平安の昔から心安らぐ地として愛してきたのが大原の地です。なかでも「三千院」は、山里の澄んだ空気のなかで、心静かに美しい庭を眺めることができます。JR京都駅から車で北東へ向かうことおよそ30分。「三千院」があることで知られる大原は、通り過ぎてきた市街の喧騒が嘘だったかのように静かな山々に囲まれています。古くから貴族や修行者の隠棲の地として知られ、たくさんの歌にも詠まれてきた山里です。「有清園」はビロードのような苔が神秘的で、庭園にたたずむ「往生極楽院」が美しいと評判です。また三千院は紅葉の時期も人気で、毎年11月上旬から下旬には緑の苔の上に鮮やかなもみじの葉が積もり、見事なコントラストを見せてくれま...続シリーズ「京都の秋を撮る」(最終回)~三千院Ⅱ

  • 続シリーズ「京都の秋を撮る」~清水寺Ⅱ

    清水寺がひらかれたのは、奈良時代の末期778年。修行をしていた延鎮という僧が、ある日北へ向うよう夢のお告げをきき、現在の地である音羽山に入りました。そこで金色に輝く水流をみつけ源をたどっていくと、千手観音を念じ続ける修行僧に出会い、その方こそ観音の化身と悟り、観音像を彫りこの地に安置したことが、清水寺の始まりといわれています。寺院の多い京都においても、平安遷都以前からある数少ない歴史あるお寺の一つであり、ユネスコの世界文化遺産に登録されたこともあり、世界中から多くの参拝者が訪れます。「清水の舞台から飛び降りる気持ちで…」と表現されるように、最長約12メートルの巨大な欅の柱の上にあり、ビルの高さでは4階建て相当にもなる本堂から張り出した舞台が「清水の舞台」です。「懸造り」という工法で建てられ、釘を使わずに木材の組...続シリーズ「京都の秋を撮る」~清水寺Ⅱ

  • 続シリーズ「京都の秋を撮る」~大覚寺Ⅱ

    真言宗大覚寺派の本山。876年(貞観18年)、嵯峨天皇の離宮嵯峨院を寺院に改め、歴代の天皇や皇族が住持された門跡寺院であり、嵯峨御所として知られています。境内にある宸殿は徳川2代将軍秀忠と浅井長政の三女であるお江の間に生まれた東福門院和子が女御御殿の宸殿として使用していたもので、狩野山楽筆の牡丹図・紅梅図などがあります。また、嵯峨天皇をはじめ後光厳・後花園・後奈良・正親町・光格の各天皇の写経が勅封心経として奉安されており、般若心経写経の根本道場として、心経信仰が盛んに行われています。境内の東側に広がる大沢池は、平安時代、唐(現在の中国)の洞庭湖を模して造られた日本最古の林泉式庭園で、池畔には桜や楓が約700本程植えられており、平安時代から変わらない風光明媚な風景を今に楽しむことができます。また日本三大名月観賞地...続シリーズ「京都の秋を撮る」~大覚寺Ⅱ

  • 続シリーズ「京都の秋を撮る」~宝厳院

    臨済宗・天龍寺塔頭。寛正2年(1461年)聖仲永光禅師を開山に迎え創建。もとは上京区禅昌院町にあり、細川頼之の昭堂を寺としたといいます。応仁の乱の兵火に会うなどしましたが、豊臣秀吉の恩顧によって再建されました。昭和47年より天龍寺塔頭弘源寺の境内にありましたが、平成14年1月に現在地に移り再興しました。「都林泉名勝図会」にも掲載された、嵐山を借景とする回遊式庭園「獅子吼の庭」は、紅葉と巨岩を配した庭園です。平成15年に、庭園内に大正時代に建てられた茶室が修復を終え、「青嶂軒(せいしょうけん)」と名付けられ、茶会会場としても利用されるようになりました。宝厳院の「獅子吼の庭」は江戸時代に出版された京の名所案内記「都林泉名勝図会」に紹介された名園。紅葉の時期には、美しい緑の苔と燃えるような赤のコントラストが素晴らしい...続シリーズ「京都の秋を撮る」~宝厳院

  • 続シリーズ「京都の秋を撮る」~圓光寺Ⅱ

    圓光寺は、京都市左京区一乗寺にある臨済宗南禅寺派の寺院。南禅寺派研修道場として坐禅会などが実施されています。慶長6年(1601年)に、徳川家康は国内教学の発展を図るため、下野足利学校第九代学頭・三要元佶(閑室)禅師を招き、伏見に圓光寺を建立し学校としました。圓光寺学校が開かれると、僧俗を問わず入学を許しました。その後、圓光寺は相国寺山内に移り、更に寛文7年(1667年)現在の一乗寺小谷町に移転されました。圓光寺では日本で初期の活字本の一つである「伏見版」の印刷事業が行われ、孔子家語・貞観政要など多くの書籍を刊行し、これらの書物は「伏見版」または圓光寺版と称されました。また、当時、出版に使用された木活字が現存しています。寺内には本尊千手観音像(伝運慶作)が祀られ、円山応挙筆、絹本着色開山元佶禅師像・紙本墨画竹林図...続シリーズ「京都の秋を撮る」~圓光寺Ⅱ

  • 続シリーズ「京都の秋を撮る」~曼殊院Ⅱ

    京都市左京区一乗寺にある仏教寺院「曼殊院」は「竹内門跡」とも呼ばれる門跡寺院(皇族や貴族の子弟が代々住持となる別格寺院)でもあり、青蓮院、三千院、妙法院、毘沙門堂門跡と並んで、天台五門跡の1つとされており、曼殊院の延暦年間(728年~806年)に、天台宗の宗祖である「最澄上人」が、比叡に鎮護国家の道場を創建したのが始まりだとされています。サンスクリット語で「妙薬」「愛楽」を意味するという「曼殊」。彼岸花である「曼珠沙華」に由来していると言われています。「天上の花」とも言われる曼珠沙華。「吉兆しとして、赤い花が天から降って来る」という、仏教の経典に由来しているそうです。少し上り坂になった並木道の参道をしばらく歩くと、石垣と白塀をめぐらした山門が迎えてくれます。門跡寺院としての格式の高さが伺えるお寺は、「小さな桂離...続シリーズ「京都の秋を撮る」~曼殊院Ⅱ

  • 続シリーズ「京都の秋を撮る」~東福寺Ⅱ

    東福寺は臨済宗東福寺派の本山で、奈良で最も大きな寺院である東大寺と奈良で強大な勢力を持っていた興福寺のようになるようにと願いを込めて、東と福の字を一文字ずつ取り、名づけられました。幕府から主要寺院として与えられる格付け京都五山の1つとされている京都でも代表的なお寺です。東福寺には洗玉澗という渓谷がありそこに一本の川が流れています。その上に3つの橋が架かっており、その美しさからフォトスポットとしても人気を集めています。西側から臥雲橋、通天橋、偃月橋となっています。臥雲橋こちらは地元の方の日常に通る道路にもなっているため、とても混雑する秋の紅葉の季節には撮影禁止となる場所です。木造の橋で、この橋から渓谷越しの隣の通天橋を見ることができます。通天橋こちらの橋が3つの橋の中では最も高い場所に位置し、一番景色が美しいとさ...続シリーズ「京都の秋を撮る」~東福寺Ⅱ

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