コウさんは寝る時もメガネを外さない。私は 「夢がよく見えるように掛けているんでしょ」 と、冗談で言っていた。 ところが、コウさんは本気でそう思っているんじゃないかなっと思うようになった。 コウさんは朝起きると 「目が見えないよ~」 と、言う。 長いまつ毛は、今時のつけまを付けた様で、私のと交換して欲しい。それはともかく、弱視で薄らとしか見えないらしい。 娘さんが面会に来ると声で分かるそうだ。 「昨夜、夢は見ましたか?」 と、聞くと 「見たよ」 と言う。 大体いつも娘さんの夢だ。 この前、夜中に目を開けて天井を見ながら子守唄を歌っていた。 娘さんに歌ってあげてるのかな? 夜中なので特別切なく聞こ…
サトさんは、目の前の他人の事を「おめえさん」と呼ぶ。 「おめえさん達はえらいなあ。こんなババさんの世話をして」 と、いつもスタッフを労ってくれる。 サトさんの趣味は凄い。 道端に落ちている石や棒切れを拾って来たり、その辺に生えている草を取って来てはオブジェを作っている。 箱庭みたいにして並べたり、マジックで何か描いて並べてみたりしている。 外から帰って来てにこにこしている時、大抵シルバーカーの中やポケットに拾った物を隠し持っているのだ。 この間は拾ったジャガイモから芽が出ていた。 「おめえさん、これ見てごらんよ」 と、嬉しそうにジャガイモの芽を見せてくれた。 「お母さん、何を拾って来るの?部屋…
とってもお茶目なおじいちゃんがいた。 『とんがりコーン』というお菓子が大好きでよく食べていた。 『明太マヨ』『バター醤油』など、色々な味がある事を教えてくれた。 とんがりコーンを食べる時、わざわざ人差指にはめていた。昔、そんなCMを見たような気がする。 ある時『とんがりコーン』がベットの下に4、5個転がっていた。最初は落としたのかと思って(あら、もったいない)と、拾って捨てた。 すると、次の日も同んなじ様に落ちていたので、拾って捨てた。 さすがに3日目になると、不思議に思い、どうしてベットの下に捨てるのか聞いてみた。 『猫が居るんだわ』 と、ぽつんと言われる。 猫? 落としたんでも捨てたんでも…
エイさんは写真を撮られるのが大嫌いだ。理由はよく知らない。 大抵の方は 「写真撮りますよ~」 と言うと、にっこり笑ってくださるのだが、エイさんは逆に怒ってしまう。 なので、エイさんにはけして「写真を撮る」とは言わない。 「エイさ~ん、ちょっとこっちを見てください」 と言って、振り向いた時にささっと写すのが精一杯。 それでもカメラを見るとやっぱり怒ってしまう。 元々エイさんはあまり笑わない方。 笑顔を撮るのは至難の技。 普通の顔なら大成功なのである。 3月3日、ひな祭り。 顔の部分だけくり抜いて作った、お内裏様とお雛様の顔ハメ版から顔を出してもらって行事用の写真を撮る。 案の定エイさんは嫌がって…
タカさんはとっても喋り方が面白い。 「はんやく(早く)」「まんだ(まだ)」 「いやんだ(嫌だ)」 何故か途中に『ん』が入って来る。 食べたい時、 「はんやく、はんやく」 食べたくない時、 「いやんだ、いやんだ」 と言う。 その特徴ある喋り方はとっても可愛らしい。そしてみんなを笑わせてくれる。 時々、職員が言った通りの言葉を繰り返す。 「タカさん、お茶を飲んでください」 と、お茶を渡すと 「タカさん、お茶を飲んでください」 と言う。 時々、突然全然関係ないことを言う。 「鬼に金棒」 などと言い出す。 オウムの様に繰り返す言葉や、突拍子も無い言葉が飛び出て来て、みんな笑う。 けれども私はもう一つ違…
毎朝目覚めると、ナースコールを押して 「もしもし、私、仕事してるかね?」 と、聞いてくる。 トモエさんは96歳だ。 昔は小料理屋を営んでいたらしい。 お役所の近く小料理屋だったので、常連客には役人さんが多かったとのこと。 愚痴を言ったり、相談したり、酔い潰れている客を、カウンターの向こうから優 しく見守るトモエさんの姿が目に浮かぶ。 店は随分繁盛したらしい。 96歳にはしては、お肌もツヤツヤで、結構な美人さんだ。そして、生涯独身。 「私、仕事しているかね?」 と聞かれて、私は最初、自分が夢を見て慌てて飛び起きた時に、(あれ、今日仕事はどうしったけ?)と、混乱している感覚なのかと思い込み 「仕事…
何時も笑っている。 それもただニコニコしているのではない。 「ワッハハハハ~、アハハハハア」 と、声を上げて笑っている。 まるで笑袋だ。 ご飯を食べながら、お風呂に入りながら、寝ながら笑っている。 その笑い声を聞いていると、こちらも自然と笑えてくる。 そして誰もが言う。 「この人は幸せだね」 「こんな風にボケられたら最高!」 「完全にあっちの世界に行っちゃてるね」 ヒロシさんの目は宙を泳ぎ、私たちには見えないものを見て笑っている。 腕を上げて指差したり、時々 「ハイ、ハイ」 と、手を叩いて拍子を取ったりしている。 見たい。 私もヒロシさんの見ている世界が見たい。 そこには無数の妖精や天使が飛び…
ミワコさんは朝ごはんを口にするなり、開口一番 「今日も不味いな~」 と、お隣のお友達に言う。 お隣さんは 「そうだな~」 と相槌を打つ。 「不味いな~」 と言いながら、美味しそうに食べて、完食される。 私はそのギャップが面白くて好きだった。 ミワコさんの家族がある日あんパンを差し入れに持って来られた。 小さな丸いあんパンが5個一袋になっている物だ。 ミワコさんはその一袋を、家族の前でいっぺんに平らげてしまった。 そして言うには 「あんパンは上手いな~」 その事に快くした家族は、毎回面会時にあんパンを差し入れてくれるようになった。 いっぺんに食べるのはやっぱり良くないと、スタッフが預かる事にした…
ヨシコさんはポータブルトイレを使っている。人の手は絶対に借りたくないのである。 でも腰を痛めてしまい、立位を取るのが難しくなってしまった。ポータブルトイレも無理なんじゃないかと思われたが、何としても 「自分で行く」 と仰る。 そこで、ヨシコさんがトイレに立ったら分かるようにセンサーマットを引いた。 夜勤日、早速センサーが鳴り訪室。 時間は掛かるが、何とか御自分でトイレに行けて、やれやれ・・・・ ワーカー室に戻るとまたセンサーが鳴る。 (あれ、どうしたのかな?)と、またヨシコさんの居室へ急ぐ。するとまたトイレへ行こうとされている。 仕方なく見守る。 5分後、またコール。今度はセンサーマットのコー…
トキさんは可愛いプードルを飼っている。今は家族が面倒を見ていて、週に1度面会に連れて来ては可愛がっている。 ある秋の日、近くの公園までトキさんと他何名かで散歩に出掛けた。 黄花コスモスがゆらゆら風になびいていた。 トキさんは車椅子に座って、じっと目を閉じて、気持ち良い風を感じているようだった。 皆は 「わ~コスモスが綺麗ね」 とか、 「昔は鳩が沢山いたけど、今は一羽もいないのね」 「あら、あの鳩、中国人がみんな食べちゃったって噂よ。嘘か本当か知らないけど・・・」 などとお話が弾んでいた。 ただトキさんだけはじっと目を閉じていて、お話も聞いているだけだった。 向こうからプードルを2匹連れたおじさ…
キヨシさんは戦時中、腸の病に掛かり大変苦しい思いをされたのだが、医者が名医だったので一命を取り留めたそうである。その時医者に 『何でも温かい物を食べなさい』 と言われた事を今日まで頑なに守り通している。 これが功を奏したのか、キヨシさんはもう直ぐ100歳だ。 そして今では温かい物と言うより、熱 い物になっている。 食事は全て食べる直前に何でもかんでもレンジでチンする。 温かいものでも熱々になるまでチンをする。 レンジでチンは良いのだけれど、漬物や酢の物等、味が壊れる物や、匂いがきつくなる物もある。 そんな時親切な看護婦さんが、 「これも温めるんですか?これは温めなくても大丈夫ですよ」 と 、声…
チヨさんが 「カキバタさんがいなくなった」 と言う。 カキバタと聞いて、私の頭の中に浮かんだ柿畑という漢字。 私は最初『柿畑さんが亡くなった』のかと思った。 「大好きな柿畑さんが何処かへ行ってしまった」 と言う。 「昔の恋人の事ですか?」 と聞いてみたら 「恋人みたいなもんよ」 と言う。 恋人の柿畑さんが何処かに行ってしまった。 昔の事だから戦争か何かで会えなくなってしまったのかな? チヨさんが結婚すると聞いて、チヨさんの前から姿を消したのかな?l 色々と想像してみる。 しかし何故、急に柿畑さんの話をするのか? 何かの拍子に昔を思い出したに違いない。 「大好きな柿畑さんが何処かに行っちゃったん…
ランコさんはとっても陽気なおばあちゃんだ。 歌が大好きで大きな声でいつも歌を歌っている。 でもカラオケだと全然ダメ。伴奏を無視して勝手に歌ちゃうから。 歌に強弱があって、変な所で突然ボリュームUPする。 それにみんなで何かの歌を歌っていると、突然別の歌を歌い出したりする。 勝手気ままな歌姫なのである。 そんなランコさんの十八番は『東京のバスガール』。 "🎵わたしは東京のバスガール 『発車オーライ』 明るく明るく走るのよ~🎵" 何時も最後の『走るのよ~』の『るのよ~』だけが大音量になる。 そしてこの曲はランコさんがトイレに行く時のテーマソングで、自分で替え歌にして歌っている。 "🎵わたしは東京の…
大体足音で、誰が歩いているのか、誰が車椅子で動いているのか分かる。 特に夜は、移動している人が限られているので所在確認にもなっている。 キュキュキュと、今夜もまだ眠れないS さんが車椅子を自操する音がフロアーに響いていた。 (S さん 、もうそろそろ休む時間かな?) S さんを居室に案内して休んで頂く。 深夜私はパソコンを打っていた。静かな時間だった。 「あの~」 そこへス~ッとNさんが顔を出した。 ドキッ! あんまり無音で出て来られたのでびっくり、びっくりだ。 「あの~喉乾いちゃって・・お茶一杯くれる?」 私はコップにお茶を入れてお渡しした。 暫くすると先程休まれたSさんがキュキュキュと、起…
ここはディズニーランドですか? いえいえここはジーバーランドです。 片方の靴を何処かに落としてくるシンデレラガール、シンデレラボーイ。 「ありのーままのー姿見せるのよー♪」って、いきなり服を脱ぎ出しちゃう。 「アア~アアア~」とターザンのように響き渡る声。 お風呂場には、寝台で上半身を上げたまま入浴するリトルマーメイド。 「鏡よ鏡、世界で一番綺麗なのはだ~れ」って鏡を覗くご婦人。 眠り姫。 そして、極めつけは【座コール】(転倒防止で椅子から立ち上がるとメロディーで知らせてくれるセンサーマット)。 座コールのメロディーが(白雪姫と7人の小人)の『ハイ・ホー』。 『ハイホー、ハイホー ・・・・♪』…
ナカさんの手はゴットハンドだ。 ちょこちょこと肩を撫でられただけで、とっても気持ちいい。 「ちょっとあんた、ここに座ってごらん」 と、誰彼構わず呼び止めては肩揉みを施してくれる。 力はそんなに入っていない。ただ軽く押さえる程度なのに、たった30秒位で本当に疲れがさ〜っと抜けていく感じなのだ。 何でも姉弟5人いて、女はナカさんだけだったから、父親の肩をよく揉まされたのだそうだ。 "ああ、お金を払ってもいいからずっと 揉んでもらいたいな~" とは不思議と思わない。 ちょこちょこと癒されるのが心地良いのだ。 「わたしは郵便局で働いていたからお金の計算は得意なんだよ。 こうやって揉んでやって、頭の中で…
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