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朝の光(聖書の言葉) https://blog.goo.ne.jp/kamisanbi

クリスチャン(プロテスタント・福音派)

私は,記事は福音的なキリスト教プロテスタントと信じています。 その中心は,イエス・キリストを信じることによって,罪が赦されるという 聖書の教えです。

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2020/02/16

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  • 神のため (2コリント5:13)

    神のため(2コリント5:13)口語訳「もしわたしたちが,気が狂っているのなら,それは神のためであり,気が確かであるのなら,それはあなたがたのためである。」パウロは「気が狂っている」と言われたようです。「神のため」でした。パウロが信仰熱心なゆえに,理解されなかったようです。☆イエスも「気が狂った」と思われたことがありました。(マルコ3:21)口語訳「身内の者たちはこの事を聞いて,イエスを取押えに出てきた。気が狂ったと思ったからである。」2023-04-30神のため(2コリント5:13)

  • 極度の忍苦にも,患難 (2コリント6:4,5)

    極度の忍苦にも,患難(2コリント6:4,5)口語訳「かえって,あらゆる場合に,神の僕として,自分を人々にあらわしている。すなわち,極度の忍苦にも,患難にも,危機にも,行き詰まりにも,むち打たれることにも,入獄にも,騒乱にも,労苦にも,徹夜にも,飢餓にも,」パウロには,極度の忍苦にも,患難がありました。詳しくはこのあと2コリント11:22-27にのべています。続いて,パウロはこの忍苦,患難に関して,次にように言います。(2コリント6:9,10)口語訳「人に知られていないようであるが,認められ,死にかかっているようであるが,見よ,生きており,懲らしめられているようであるが,殺されず,悲しんでいるようであるが,常に喜んでおり,貧しいようであるが,多くの人を富ませ,何も持たないようであるが,すべての物を持っている...極度の忍苦にも,患難(2コリント6:4,5)

  • 主を誇る (2コリント10:17,18)

    主を誇る(2コリント10:17,18)「『誇る者は主を誇れ。』自己推薦する者ではなく,主から推薦される人こそ,適格者として受け入れられるのです。」主を誇る(2コリント10:17,18)

  • キリストのさばき (2コリント5:10)

    キリストのさばき(2コリント5:10)「なぜなら,私たちはみな,キリストのさばきの座に現われて,善であれ悪であれ,各自その肉体にあってした行為に応じて報いを受けることになるからです。」イエス・キリストの再臨は,生きる者と死ぬ者を裁くためです。キリストは再臨の時,キリストの敵とキリストを信じる者の敵を,永遠の罰の中に投げ入れます。イエス・キリストは,わたしたちのために,神の裁きに対して,御自身を与えます。それは,すべての呪いをわたしたちから取り除いてくださいます。イエス・キリストを信じるものは,神のもとに召し,天の喜びと栄光のうちに入れてくださいます。○(ルカ21:27,28)「そのとき,人々は,人の子が力と輝かしい栄光を帯びて雲に乗って来るのを見るのです。これらのことが起こり始めたなら,からだをまっすぐに...キリストのさばき(2コリント5:10)

  • 生ける神の宮 (2コリント6:18)

    生ける神の宮 (2コリント6:18)「神の宮と偶像とに,何の一致があるでしょう。私たちは生ける神の宮なのです。神はこう言われました。『わたしは彼らの間に住み,また歩む。わたしは彼らの神となり,彼らはわたしの民となる。』」  旧約聖書に示された「神の宮」は,イエス・キリストを信じる者の型です。それは,信じる者の心に神が宿っているからです。その神は,天地を造った神です。  2023-04-30生ける神の宮(2コリント6:18)

  • 従順 (2コリント10:3-6)

    従順 (2コリント10:3-6)「わたしたちは,肉にあって歩いてはいるが,肉に従って戦っているのではない。 わたしたちの戦いの武器は,肉のものではなく,神のためには要塞をも破壊するほどの力あるものである。わたしたちはさまざまな議論を破り, 神の知恵に逆らって立てられたあらゆる障害物を打ちこわし,すべての思いをとりこにしてキリストに服従させ, そして,あなたがたが完全に服従した時,すべて不従順な者を処罰しようと,用意しているのである。」 従順はイエス・キリストへの信仰を,積極的に行うことです。2020-11-22従順(2コリント10:3-6)

  • 内にいるキリスト (2コリント13:4)

    内にいるキリスト(2コリント13:4)「確かに,弱さのゆえに十字架につけられましたが,神の力のゆえに生きておられます。私たちもキリストにあって弱い者ですが,あなたがたに対する神の力のゆえに,キリストとともに生きているのです。」救いの業は,神の側ではキリストがカルバリ山の十字架で完成しました。贖罪,罪の贖いです。その完成は,わたしたちの心の中で今行なわれています。父なる神と,子なる神を受けて,聖霊がわたしたちの心に降りました。イエス・キリストの贖罪のわざが,わたしたちの心に悔改めの業をなし,わたしたちが罪のない義なる者としてくださいます。☆彡(2コリント13:4,5)「確かに,弱さのゆえに十字架につけられましたが,神の力のゆえに生きておられます。私たちもキリストにあって弱い者ですが,あなたがたに対する神の力...内にいるキリスト(2コリント13:4)

  • コリント人への手紙第2 6章ー13章 (2)2017.5.2 重複

    コリント人への手紙第26章ー13章(2)○6章パウロの体験(2コリント6:8-10)「また,ほめられたり,そしられたり,悪評を受けたり,好評を博したりすることによって,自分を神のしもべとして推薦しているのです。私たちは人をだます者のように見えても,真実であり,人に知られないようでも,よく知られ,死にそうでも,見よ,生きており,罰せられているようであっても,殺されず,悲しんでいるようでも,いつも喜んでおり,貧しいようでも,多くの人を富ませ,何も持たないようでも,すべてのものを持っています。」パウロは死,病気の問題があり,迫害を受け貧乏をしました。しかし,パウロは信仰によって,富む者となることを教えています。イエスを信じる者は,福音の豊かさを持つことができます。この世が与えるもの以上のものです。わたしたちは,...コリント人への手紙第26章ー13章(2)2017.5.2重複

  • 三位一体の神 (2コリント13:13)

    三位一体の神(2コリント13:13)「主イエス・キリストの恵み,神の愛,聖霊の交わりが,あなたがたすべてとともにありますように。」2コリントの手紙の最後のあいさつです。○ウエストミンスター信仰告白は三位一体を次のように定義しています。「神の統一性の中に,ひとつの本質,力,永遠性をもつ三つの人格がある。すなわち,父なる神,子なる神,聖霊なる神である。み父は何からでもなく,生まれもせず,出もしない。み子は永遠にみ父から生まれる。聖霊は永遠にみ父とみ子とから出る。」「三位一体」という言葉は聖書には用いられていません。父,子,聖霊の神が3つの異なる人格でなく,同じ神の3つのことなる人格であることを聖書は示しています。三位一体は,神の奥義であり,人間の知恵では十分に理解できません。(マタイ28:18-20)「イエス...三位一体の神(2コリント13:13)

  • イエス・キリストの恵み,神の愛,聖霊の交わり (2コリント13:13)

    三位一体の神(2コリント13:13)「主イエス・キリストの恵み,神の愛,聖霊の交わりが,あなたがたすべてとともにありますように。」三位一体の神は,イエス・キリストを信じる者の生活を成り立たせる最も大切な方です。イエス・キリストを信じるものは,神との交わりに生きます。神との交わりはどのようになるのでしょうか。神は,三位一体の神として,唯一の神でありつつ,父なる神,子なる神,聖霊なる神として働きます。その三位一体の神と私たちは交わります。(申命記4:39)「きょう,あなたは,上は天,下は地において,主だけが神であり,ほかに神はないことを知り,心に留めなさい。」父なる神としてわれわれの上にあります。(1歴代誌29:11,12)「主よ。偉大さと力と栄えと栄光と尊厳とはあなたのものです。天にあるもの地にあるものはみ...イエス・キリストの恵み,神の愛,聖霊の交わり(2コリント13:13)

  • 弱さの中の力 (2コリント12:9,10)

    弱さの中の力(2コリント12:9,10)「しかし,主は,『わたしの恵みは,あなたに十分である。というのは,わたしの力は,弱さのうちに完全に現われるからである。』と言われたのです。ですから,私は,キリストの力が私をおおうために,むしろ大いに喜んで私の弱さを誇りましょう。ですから,私は,キリストのために,弱さ,侮辱,苦痛,迫害,困難に甘んじています。なぜなら,私が弱いときにこそ,私は強いからです。」パウロがコリントに宛てた手紙の一部です。パウロは次のような内容を書いています。わたしたちは,全くの無力であることをみとめて,神により頼むまで,わたしたちに神の業はなされません。わたしたちの無力さの中に,イエスの力が働きます。イエスは次のように話されました。(ヨハネ5:19,20)「そこで,イエスは彼らに答えて言われ...弱さの中の力(2コリント12:9,10)

  • 愚かな自慢話 (2コリント11:30)

    愚かな自慢話(2コリント11:30)「もしどうしても誇る必要があるなら,私は自分の弱さを誇ります。」コリントの教会は,パウロに敵対する偽預言者によって,動揺しました。偽預言者は,パウロは使徒の資格はないといいます。そこで,パウロは自分の行動,霊的な体験で,自分自身がイエス・キリストの使徒であると答弁します。迫害の体験,第三の天にまで引き上げられた霊の体験,一つのとげについて語り,自分が使徒であることを話します。主から示されたこと(2コリント12:1-10)「無益なことですが,誇るのもやむをえないことです。私は主の幻と啓示のことを話しましょう。私はキリストにあるひとりの人を知っています。この人は十四年前に・・肉体のままであったか,私は知りません。肉体を離れてであったか,それも知りません。神はご存じです。・・...愚かな自慢話(2コリント11:30)

  • あらゆる恵み (2コリント9:8)

    あらゆる恵み(2コリント9:8)「神は,あなたがたを,常にすべてのことに満ちたりて,すべての良いわざにあふれる者とするために,あらゆる恵みをあふれるばかり与えることのできる方です。」「恵み」の原語は「カリス」です。「カリス」(恵み)とは,受けるに値しない罪人に注がれた神の愛です。価値のない者にあたえられる神の愛顧です。○人は罪人ですから,神の恵みを受けることが出来ません。イエス・キリストの十字架の贖いの業によってのみ,信じる者に恵みを与えてくださいます。(新約聖書の原語はギリシャ語です。)旧約聖書では,神はイスラエルに「恵み」を与えました。(出エジプト34:4-7)「モーセは前のと同じような二枚の石の板を切り取り,翌朝早く,主が命じられたとおりに,二枚の石の板を手に持って,シナイ山に登った。主は雲の中にあ...あらゆる恵み(2コリント9:8)

  • 御霊によって歩む(2コリント3:17,18)

    御霊によって歩む (2コリント3:17,18口語訳)「主は霊である。そして,主の霊のあるところには,自由がある。わたしたちはみな,顔おおいなしに,主の栄光を鏡に映すように見つつ,栄光から栄光へと,主と同じ姿に変えられていく。これは霊なる主の働きによるのである。」イエス・キリストを信じると聖霊を受け取ります。そして聖霊によって,自由にされます。 ○御霊によって歩きなさい(ガラテヤ5:16,17口語訳)「わたしは命じる,御霊によって歩きなさい。そうすれば,決して肉の欲を満たすことはない。なぜなら,肉の欲するところは御霊に反し,また御霊の欲するところは肉に反するからである。こうして,二つのものは互に相さからい,その結果,あなたがたは自分でしようと思うことを,することができないようになる。」2019-02-06御霊によって歩む(2コリント3:17,18)

  • 御霊に仕える (2コリント3:6)

    御霊に仕える(2コリント3:6)「文字に仕える者ではなく,御霊に仕える者です。」わたしたちはイエス・キリストを信じたとき,神によって義とされます。律法によってではなく,信仰によって義とされました。そして,文字にではなく御霊に仕えるようになります。聖書のことばが,私たちを御霊に導き,神の臨在に導いてくださいます。2015-11-06御霊に仕える(2コリント3:6)

  • 神は,私たちを慰めてくださいます (2コリント1:4)

    神は,私たちを慰めてくださいます  (2コリント1:4)「神は,どのような苦しみのときにも,私たちを慰めてくださいます。こうして,私たちも,自分自身が神から受ける慰めによって,どのような苦しみの中にいる人をも慰めることができるのです。」私たちがした苦しいとき,神が慰めてくださいます。その体験が,苦しみの中にいる人を慰めることが出来ます。神様は,わたしたちが弱さ,苦しみ,失敗に意味のあるものとして,わたしたちに臨んでくださいます。(2コリント1:4-6)「神は,どのような苦しみのときにも,私たちを慰めてくださいます。こうして,私たちも,自分自身が神から受ける慰めによって,どのような苦しみの中にいる人をも慰めることができるのです。それは,私たちにキリストの苦難があふれているように,慰めもまたキリストによってあ...神は,私たちを慰めてくださいます(2コリント1:4)

  • 聖書の霊感 (2テモテ3:16,17)

    聖書の霊感(2テモテ3:16,17)「聖書はすべて,神の霊感によるもので,教えと戒めと矯正と義の訓練とのために有益です。それは,神の人が,すべての良い働きのためにふさわしい十分に整えられた者となるためです。」 2テモテは,パウロの最後の書簡です。牧会者としてのテモテに対する,個人敵な励ましと注意に対するために書かれています。 「聖書はすべて,神の霊感によるもので,教えと戒めと矯正と義の訓練とのために有益です。」 ここでの「聖書」は直接には旧約聖書のことですが,新約聖書も含めて考えている人もいます。 「教えと戒めと矯正と義の訓練とのために有益です」聖書は救いに関して,誤りのない言葉です。この言葉から,聖書の言葉は一字一句誤りがないとの考えがあります。聖書は神からの霊により,誤りなく書かれたと信じています。☆...聖書の霊感(2テモテ3:16,17)

  • 聖書の言葉 罪と死からの解放 (ローマ8:1)

    罪と死からの解放(ローマ8:1)口語訳「こういうわけで,今やキリスト・イエスにある者は罪に定められることがない。」○霊の賜物(1コリント12:4-11)口語訳「霊の賜物は種々あるが,御霊は同じである。務は種々あるが,主は同じである。働きは種々あるが,すべてのものの中に働いてすべてのことをなさる神は,同じである。各自が御霊の現れを賜わっているのは,全体の益になるためである。すなわち,ある人には御霊によって知恵の言葉が与えられ,ほかの人には,同じ御霊によって知識の言,またほかの人には,同じ御霊によって信仰,またほかの人には,一つの御霊によっていやしの賜物,またほかの人には力あるわざ,またほかの人には預言,またほかの人には霊を見わける力,またほかの人には種々の異言,またほかの人には異言を解く力が,与えられている...聖書の言葉罪と死からの解放(ローマ8:1)

  • 再臨(1テサロニケ5:23)

    再臨(1テサロニケ5:23)「平和の神ご自身が,あなたがたを全く聖なるものとしてくださいますように。主イエス・キリストの来臨のとき,責められるところのないように,あなたがたの霊,たましい,からだが完全に守られますように。」霊とは,神が鼻に吹き入れられた命の息です。そして,神によって命の息を吹きいれられたとき,人が生きものとなったのです。創世記には次のように書いてあります。(創世記1:26)「そして神は,『われわれに似るように,われわれのかたちに,人を造ろう。そして彼らに,海の魚,空の鳥,家畜,地のすべてのもの,地をはうすべてのものを支配させよう。』と仰せられた。」(創世記2:7)「その後,神である主は,土地のちりで人を形造り,その鼻にいのちの息を吹き込まれた。そこで,人は,生きものとなった。」主がわたした...再臨(1テサロニケ5:23)

  • 弓の歌 (2サムエル1:25-27)

    弓の歌(2サムエル1:25-27)口語訳「ああ,勇士たちは戦いのさなかに倒れた。ヨナタンは,あなたの高き所で殺された。わが兄弟ヨナタンよ,あなたのためわたしは悲しむ。あなたはわたしにとって,いとも楽しい者であった。あなたがわたしを愛するのは世の常のようでなく,女の愛にもまさっていた。ああ,勇士たちは倒れた。戦いの器はうせた」。ペリシテ人と戦いで,サウル王とヨナタンがギルボア山で戦死しました。このとき,ダビデがヨナタンの死を悼んでこの歌を作りました。「弓の歌」と呼ばれる哀歌です。☆彡(2サムエル1:19-27)口語訳 「イスラエルよ,あなたの栄光は,あなたの高き所で殺された。ああ,勇士たちは,ついに倒れた。ガテにこの事を告げてはいけない。アシケロンのちまたに伝えてはならない。おそらくはペリシテびとの娘たちが...弓の歌(2サムエル1:25-27)

  • エリシャ,大麦のパン20個の奇跡 (1列王記4:42-44)

    エリシャ,大麦のパン20個の奇跡(1列王記4:42-44)その時,バアル・シャリシャから人がきて,初穂のパンと,大麦のパン二十個と,新穀一袋とを神の人のもとに持ってきたので,エリシャは「人々に与えて食べさせなさい」と言ったが,その召使は言った,「どうしてこれを百人の前に供えるのですか」。しかし彼は言った,「人々に与えて食べさせなさい。主はこう言われる,『彼らは食べてなお余すであろう』」。そこで彼はそれを彼らの前に供えたので,彼らは食べてなお余した。主の言葉のとおりであった。初穂のパンと,大麦のパン二十個と,新穀一袋をエリシャは「人々に与えて食べさせなさい」と言います。すると百人が食べて余らせます。○イエス・キリストの奇跡の業の型になっています。(ヨハネ6:5-14口語訳)イエスは目をあげ,大ぜいの群衆が自...エリシャ,大麦のパン20個の奇跡(1列王記4:42-44)

  • ヨハネの福音書 2022.11.10

    ヨハネの福音書○ ヨハネ1章初めに言があった(ヨハネ1:1)「初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。」この言はイエス・キリストです。イエス・キリストの降誕にあてはまります。(ヨハネ1:12,13)「しかし,彼を受けいれた者,すなわち,その名を信じた人々には,彼は神の子となる力を与えたのである。それらの人は,血すじによらず,肉の欲によらず,また,人の欲にもよらず,ただ神によって生れたのである。ここでの言は,イエス・キリストです。キリストを受け入れるものは,神の子となる。」イエス・キリストを受け入れるなら,神の子となります。○ヨハネ2章カナでの婚礼(ヨハネ2:11)「イエスはこのことを最初のしるしとしてガリラヤのカナで行ない,ご自分の栄光を現わされた。それで,弟子たちはイエスを信じた。」(ヨハ...ヨハネの福音書2022.11.10

  • 1サムエル記 1 (1-7章) 2020.8.29

    1サムエル記2020.8.291サムエル記と2サムエル記は,元は1冊の書物でした。ギリシャ語に訳されたとき2巻となりました。著者はわかりません。著者は,サムエルが書いたことをナタンとガドが完成させたという説があります。1サムエルはサムエルの誕生から,サウル王の時代,ダビデの油注ぎ,サウル王の死までのイスラエル史を記しています。2サムエルではダビデの治世の記録です。○ハンナの祈り(1サムエル1:20)「日が改まって,ハンナはみごもり,男の子を産んだ。そして『私がこの子を主に願ったから。』と言って,その名をサムエルと呼んだ。」ハンナは,現実のつらさのために,祈りました。わたしたちが置かれている人生を,主の前にひざまずき,みことばを開き,祈り,進む道を示され,従がうことが最も大切なことだとこの箇所はおしえていま...1サムエル記1(1-7章)2020.8.29

  • 1サムエル記 2 (8-16章) 2020.8.29

    1サムエル記2020.8.29●●王を立てる(1サムエル8:6,7口語訳)「彼らが,『われわれをさばく王を,われわれに与えよ』と言うのを聞いて,サムエルは喜ばなかった。そしてサムエルが主に祈ると,主はサムエルに言われた,『民が,すべてあなたに言う所の声に聞き従いなさい。彼らが捨てるのはあなたではなく,わたしを捨てて,彼らの上にわたしが王であることを認めないのである。』」エリの子たちの問題により,民の信仰は堕落します。神御自身が王であるはずの民が,この世の民と同じことを言いだしました。イスラエルの民は,王を求めたのです。サムエルは悪だと映りましたが,受け入れます。そして,民の声を聞き,王を立てます。サウル王です。後に王の王が生まれます。それが,イエス・キリストの誕生となります。○サウルが油注がれる(1サムエ...1サムエル記2(8-16章)2020.8.29

  • 1サムエル記 3 (16-31章) ダビデ 解説 2021-08-23

    1サムエル記3ダビデ解説○ダビデの選び(1サムエル16:11a)「サムエルはエッサイに言った,『あなたのむすこたちは皆ここにいますか』。彼は言った,『まだ末の子が残っていますが羊を飼っています。』」サムエルはイスラエルの王としてダビデを選びます。ダビデは羊飼いであり王でした。(ヨハネ10:11)「わたしはよい羊飼である。よい羊飼は,羊のために命を捨てる。」☆彡ダビデの油注ぎ(1サムエル16:11-13)サムエルはエッサイに言った,「あなたのむすこたちは皆ここにいますか」。彼は言った,「まだ末の子が残っていますが羊を飼っています」。サムエルはエッサイに言った,「人をやって彼を連れてきなさい。彼がここに来るまで,われわれは食卓につきません」。そこで人をやって彼をつれてきた。彼は血色のよい,目のきれいな,姿の美...1サムエル記3(16-31章)ダビデ解説2021-08-23

  • 2サムエル記 解説 2021.8.22

    2サムエル記解説2021.8.22○ダビデ,ユダの王となる(2サムエル1:4)「そこへユダの人々がやって来て,ダビデに油をそそいでユダの家の王とした。」☆彡(2サムエル2:1-4a口語訳)この後,ダビデは主に問うて言った,「わたしはユダの一つの町に上るべきでしょうか」。主は彼に言われた,「上りなさい」。ダビデは言った,「どこへ上るべきでしょうか」。主は言われた,「ヘブロンへ」。そこでダビデはその所へ上った。彼のふたりの妻,エズレルの女アヒノアムと,カルメルびとナバルの妻であったアビガイルも上った。ダビデはまた自分と共にいた人々を,皆その家族と共に連れて上った。そして彼らはヘブロンの町々に住んだ。時にユダの人々がきて,その所でダビデに油を注ぎ,ユダの家の王とした。○ダビデ,イスラエルとユダの王となる(2サム...2サムエル記解説2021.8.22

  • あなたの隣人を愛しなさい (レビ19:18)

    あなたの隣人を愛しなさい(レビ19:18口語訳)「あなたはあだを返してはならない。あなたの民の人々に恨みをいだいてはならない。あなた自身のようにあなたの隣人を愛さなければならない。わたしは主である。」ここには,「愛すること」の内容が具体的に示されている。復讐は神のすることです。(申32:35,ヘブ10:30)○「あなた自身のようにあなたの隣人を愛さなければならない。」このことばは,イエスが語っています。(マタイ22:37-39口語訳)イエスは言われた,「『心をつくし,精神をつくし,思いをつくして,主なるあなたの神を愛せよ』。これがいちばん大切な,第一のいましめである。第二もこれと同様である,『自分を愛するようにあなたの隣り人を愛せよ』」。☆彡(レビ19:13-18口語訳)「あなたの隣人をしえたげてはならな...あなたの隣人を愛しなさい(レビ19:18)

  • コロサイ 2022.11.22 まとめ

    パウロの祈り(コロサイ1:9,10)「わたしたちは,絶えずあなたがたのために祈り,願っています。どうか,“霊”によるあらゆる知恵と理解によって,神の御心を十分悟り,すべての点で主に喜ばれるように主に従って歩み,あらゆる善い業を行って実を結び,神をますます深く知るように。」パウロはコロサイの信徒に,霊的な知恵がえられるように祈ります。○御子による贖い(コロサイ1:13,14)「神は,私たちを暗やみの圧制から救い出して,愛する御子のご支配の中に移してくださいました。この御子のうちにあって,私たちは,贖い,すなわち罪の赦しを得ています。」「贖い」とは身代金を払って,奴隷を自由にすることです。イエス・キリストの血(いのち)の代価によって,人の罪が赦され,神との正しい関係に入ります。○十字架による和解 (コロサイ1...コロサイ2022.11.22まとめ

  • キリストとその復活の力 (ピリピ3:9-11)

    キリストとその復活の力(ピリピ3:9-11)「律法による自分の義ではなく,キリストを信じる信仰による義,すなわち,信仰に基く神からの義を受けて,キリストのうちに自分を見いだすようになるためである。すなわち,キリストとその復活の力とを知り,その苦難にあずかって,その死のさまとひとしくなり,なんとかして死人のうちからの復活に達したいのである。」イエスの復活によって,信じる者が義とされます。そして,死者から復活に達するのです。2021-09-14キリストとその復活の力(ピリピ3:9-11)

  • キリストの内住(エペソ3:17)

    (エペソ3:17)「キリストが,あなたがたの信仰によって,あなたがたの心のうちに住んでいてくださいますように。」イエス・キリストを信じると心の内にキリストが宿ります。2022-12-19キリストの内住(エペソ3:17)

  • 新しい創造 (ガラテヤ6:15)

    新しい創造(ガラテヤ6:15)「割礼を受けているか受けていないかは,大事なことではありません。大事なのは新しい創造です。」イエス・キリストを信じる者は,新しく造られた者です。「天なる喜び」(新聖歌211)1天(あめ)なる喜びこよなき愛を携(たずさ)え降(くだ)れる我が君イエスよ救いの恵みを顕(あらわ)に示し卑(いや)しきこの身に宿らせ給(たま)え2命を与うる主よ留(とど)まりて我らの心を常宮(とこみや)となし朝(あした)に夕べに祈りを捧(ささ)げ称(たた)えの歌をば歌わせ給(たま)え※常宮・・・永久に変わらない宮3我らを新たに造り清めて栄えに栄えをいや増し加え御国(みくに)に昇(のぼ)りて御前(みまえ)に伏(ふ)す日御顔の光を映させ給(たま)え○イエスの焼き印(ガラテヤ6:17)「これからは,だれも私を煩...新しい創造(ガラテヤ6:15)

  • ヨハネの黙示録(4) 8ー11章 教会時代 解説

    ヨハネの黙示録(4)8ー11章教会時代解説○ヨハネの黙示録8ー11章ここで,教会時代を示し,最後の審判を宣べています。 8,9章は終末の患難10章では,この世(地上)では,キリストが良い知らせ(福音)を告げています。11章では,最後はキリストがこの世を支配していることと最後の審判を告げます。 ○   黙示録8章災いの到来 (黙示録8:6,13口語訳)「また,わたしが見ていると,一羽のわしが中空を飛び,大きな声でこう言うのを聞いた,『ああ,わざわいだ,わざわいだ,地に住む人々は,わざわいだ。なお三人の御使がラッパを吹き鳴らそうとしている』」。 8章で,再び災いが来ることの幻があります。 ○ 黙示録9章まことのさばき (黙示録9:1-3口語訳)「第五の御使が,ラッパを吹き鳴らした。するとわたしは,一つの星が天...ヨハネの黙示録(4)8ー11章教会時代解説

  • ヨハネの黙示録(5)12-15章 黙示録の中核 解説

    ヨハネの黙示録(5)12-15章黙示録の中核解説 黙示録12章から14章まではヨハネ黙示録の中核となっている箇所です。 黙示録12章で.イエス・キリストの降誕,十字架,この世と教会,キリストの昇天が,ヨハネに幻として示されました。13章で,反キリストの現れます。竜(サターン)は、海からくる獣(13:1)、地からくる獣(13;11,12)、大淫婦バビロン(14:8)を手下にして、教会を迫害します。14章で,キリストの再臨の幻が示されます。 (黙示14:14-16)この時,竜(サターン)と手下たちは裁かれます。15章で天国の姿があらわされます。   ○ 12章キリストの幻 (黙示12:1)「巨大なしるしが天に現れた。ひとりの女が太陽を着て,月を足の下に踏み,頭には十二の星の冠をかぶっていた。」  (黙示12:...ヨハネの黙示録(5)12-15章黙示録の中核解説

  • ヨハネの黙示録(6)15章 モーセの歌と小羊の歌 解説

    ヨハネの黙示録(6)15章モーセの歌と小羊の歌解説○ヨハネの黙示録15章モーセの歌と小羊の歌神の国はどのようなところでしょうか,そこでは,神への賛美がありました。○黙示録15章モーセの歌と小羊の歌(黙示録15:3,4口語訳)「彼らは,神の僕モーセの歌と小羊の歌とを歌って言った,『全能者にして主なる神よ。あなたのみわざは,大いなる,また驚くべきものであります。万民の王よ,あなたの道は正しく,かつ真実であります。主よ,あなたをおそれず,御名をほめたたえない者が,ありましょうか。あなただけが聖なるかたであり,あらゆる国民はきて,あなたを伏し拝むでしょう。あなたの正しいさばきが,あらわれるに至ったからであります。』」この賛美は,天上の歌声です。地上においては,七つの災いが到来しようとしています。しかしキリスト者は...ヨハネの黙示録(6)15章モーセの歌と小羊の歌解説

  • ヨハネの黙示録(7)16-22章 主の再臨,神の国 解説

    ヨハネの黙示録(7)16-22章主の再臨,神の国解説○ ヨハネの黙示録は,使徒ヨハネに神から与えられた黙示,神の啓示です。 ヨハネ黙示録1章では神の栄光が啓示され,4,5章で天での礼拝の啓示があります。 ヨハネ黙示録16章から22章まで,終末前に患難がくること,そして主の再臨,神の審判,神の国について書かれています。○ 16-18章で主が来られる前の患難19ー22章で教会の姿天での賛美,小羊の婚姻、千年王国,最後の戦い,最後の審判,新天新地の順に,幻があらわされます。  ○ 16章神の怒りを持った7つの鉢 (ヨハネ黙示16:17,18)「第七の御使いが鉢を空中にぶちまけた。すると,大きな声が御座を出て,聖所の中から出て来て,『事は成就した』と言った。 すると,いなずまと声と雷鳴があり,大きな地震があった。...ヨハネの黙示録(7)16-22章主の再臨,神の国解説

  • 元気づけてください(ピレモン1:20)

    元気づけてください(ピレモン1:20)「兄弟よ。私は,主にあって,あなたから益を受けたいのです。私の心をキリストにあって,元気づけてください。」パウロは,手紙で人々を励ますと共に,人々から益をうけられるようにお願いしています。わたしたちも,人々から励ましを受けること,人々と交わることが必要なのでしょう。私たちが,苦しみにあるとき,悩みのとき,共にいる人の存在が助けとなるからです。主にあって,わたしたちは共に恵みを分かち合いたいと思います。2014-07-06元気づけてください(ピレモン1:20)

  • テモテの手紙第2 解説 重要 2015.12.29

      テモテの手紙第2解説重要   テモテの手紙第2(2テモテ) テモテの手紙第2(2テモテ)は,パウロのテモテに対する最後の警告と励ましの手紙です。  ○  力と愛と慎みとの霊 (2テモテ1:7)「神が私たちに与えてくださったものは,おくびょうの霊ではなく,力と愛と慎みとの霊です。」 神はわたしたちに聖霊を与えてくださっています。 聖霊は,力だけでなく慎みを含み,自分のためでなく愛に満ちたものです。    キリストの誕生 (2テモテ1:9,10)「神は私たちを救い,また,聖なる招きをもって召してくださいましたが,それは私たちの働きによるのではなく,ご自身の計画と恵みとによるのです。この恵みは,キリスト・イエスにおいて,私たちに永遠の昔に与えられたものであって,それが今,私たちの救い主キリスト・イエスの現れ...テモテの手紙第2解説重要2015.12.29

  • テモテの手紙第1 解説 2015.12.29

     テモテの手紙第1解説    パウロが,個人的にテモテに2つの手紙を書いています。牧会者としてのテモテに対する個人的な励ましと注意を内容とする手紙です。 テモテは,パウロによって,信仰に導かれています。 初期の教会で,指導者(牧師たち)たちは,この手紙を指導書として用いていたと思われます。 パウロの最後の書簡です。  テモテの手紙第1 目標とする愛 (1テモテ1:5)「この命令は,きよい心と正しい良心と偽りのない信仰とから出て来る愛を,目標としています。」 わたしたちの目標をパウロは,ピリピの中で祈りとして次のように書いています。 (ピリピ1:9-11)「私は祈っています。あなたがたの愛が真の知識とあらゆる識別力によって,いよいよ豊かになり,あなたがたが,真にすぐれたものを見分けることができるようになりま...テモテの手紙第1解説2015.12.29

  • コリント人への手紙第1 (1) 1-5章 解説 2017.9.16

    コリントの信徒への手紙1解説2017.9.16(一部重複)○十字架の言葉(1コリント1:18)「十字架のことばは,滅びに至る人々には愚かであっても,救いを受ける私たちには,神の力です。」パウロは,コリントの教会の多くの問題,あるいはすべての問題の解決があると考えています。「十字架のことば」は,敗北のように思われ,信じない人には愚かに見えます。「十字架のことば」は,福音です。コリント教会での問題の解決は,福音でした。そして,福音の中心は,イエス・キリストでした。○十字架につけられたキリスト(1コリント1:23,24)「しかしわたしたちは,十字架につけられたキリストを宣べ伝える。このキリストは,ユダヤ人にはつまずかせるもの,異邦人には愚かなものであるが,召された者自身にとっては,ユダヤ人にもギリシヤ人にも,神...コリント人への手紙第1(1)1-5章解説2017.9.16

  • コリント人への手紙第1 (2) 6章 解説 2017.9.16

    コリント人への手紙第1(2)6章解説福音(1コリント6:12-20)○益になること(1コリント6:12)「すべてのことが私には許されたことです。しかし,すべてが益になるわけではありません。私にはすべてのことが許されています。しかし,私はどんなことにも支配されはしません。」○主の復活(1コリント6:14)「神は主をよみがえらせましたが,その御力によって私たちをもよみがえらせてくださいます。」イエス・キリストは復活しました。わたしたちは,イエスと共に復活しています。○不品行を避ける(1コリント6:18)「不品行を避けなさい。人が犯す罪はすべて,からだの外のものです。しかし,不品行を行なう者は,自分のからだに対して罪を犯すのです。」不品行を避けなさいといいます。○聖霊体は聖霊の宮(1コリント6:19,20)「あ...コリント人への手紙第1(2)6章解説2017.9.16

  • コリント人への手紙第1 (3) 7-16章 解説 2017.9.16

    コリント人への手紙第1(3)7-16章解説○  自由人 (1コリント7:22,23)「奴隷も,主にあって召された者は,主に属する自由人であり,同じように,自由人も,召された者はキリストに属する奴隷だからです。 あなたがたは,代価をもって買われたのです。人間の奴隷となってはいけません。」 イエス・キリストを信じる者は,主に属する自由人(罪・死・律法・人への恐れ等から解放された者)となっています。そして,イエス・キリストの奴隷(イエス・キリストに仕えて生きる者)、として生きます。 イエス・キリストご自身の命である血の代価を払って買い取られました。もはや人の奴隷(身分ではなく霊的に人に支配される者)になるべきではありません。人の奴隷から、自由にされ、神に仕える者にされています。  ○  唯一の神,わたしたちの存...コリント人への手紙第1(3)7-16章解説2017.9.16

  • 荒野の誘惑(ルカ4:6-8)

    荒野の誘惑 (ルカ4:6-8)「また,悪魔はイエスを連れて行き,またたくまに世界の国々を全部見せて,こう言った。『この,国々のいっさいの権力と栄光とをあなたに差し上げましょう。それは私に任されているので,私がこれと思う人に差し上げるのです。ですから,もしあなたが私を拝むなら,すべてをあなたのものとしましょう。』イエスは答えて言われた。『「あなたの神である主を拝み,主にだけ仕えなさい」と書いてある。』」  悪魔はイエスに,「この,国々のいっさいの権力と栄光とをあなたに差し上げましょう。」と言います。イエスは,権力をふるうのではなく,神の前にひれ伏して神を礼拝するというのです。 洗礼を受けたイエスは,聖霊に満たされます。 悪魔の誘惑を受け,荒野に行きます。 イエスは悪魔の誘惑に,聖書の言葉で勝ちます。  ☆彡...荒野の誘惑(ルカ4:6-8)

  • 「あわれみ深くしなさい。」(ルカ6:36)

    「あわれみ深くしなさい。」(ルカ6:36)「あなたがたの天の父があわれみ深いように,あなたがたも,あわれみ深くしなさい。」 神が憐れみ深いと受け入れ,信じることが出来る人は幸いです。 その人は,救いの内に入っています。☆  敵を愛しなさい(ルカ6:35,36)「ただ,自分の敵を愛しなさい。彼らによくしてやり,返してもらうことを考えずに貸しなさい。そうすれば,あなたがたの受ける報いはすばらしく,あなたがたは,いと高き方の子どもになれます。なぜなら,いと高き方は,恩知らずの悪人にも,あわれみ深いからです。あなたがたの天の父があわれみ深いように,あなたがたも,あわれみ深くしなさい。」  2016-10-15 「あわれみ深くしなさい。」(ルカ6:36)

  • 腰の曲がった婦人をいやす(ルカ13:15,16)

    腰の曲がった婦人をいやす(ルカ13:15,16)「主は彼に答えて言われた。『偽善者たち。あなたがたは,安息日に,牛やろばを小屋からほどき,水を飲ませに連れて行くではありませんか。この女はアブラハムの娘なのです。それを十八年もの間サタンが縛っていたのです。安息日だからといってこの束縛を解いてやってはいけないのですか。』」律法学者たちは,安息日は休みました。イエスは,安息日にも人々をいやしました。イエス・キリストは,サタンに縛られている人を解放してくださいました。☆彡安息日に腰の曲がった婦人をいやす(ルカ13:10-17)安息日に,ある会堂で教えておられると, そこに十八年間も病気の霊につかれ,かがんだままで,からだを伸ばすことの全くできない女がいた。 イエスはこの女を見て,呼びよせ,「女よ,あなたの病気はな...腰の曲がった婦人をいやす(ルカ13:15,16)

  • アザゼルの山羊 (レビ記16:20-22)

    アザゼルの山羊(レビ記16:20-22)「彼は聖所と会見の天幕と祭壇との贖いをし終え,先の生きているやぎをささげる。アロンは生きているやぎの頭に両手を置き,イスラエル人のすべての咎と,すべてのそむきを,どんな罪であっても,これを全部それの上に告白し,これらをそのやぎの頭の上に置き,係りの者の手でこれを荒野に放つ。そのやぎは,彼らのすべての咎をその上に負って,不毛の地へ行く。彼はそのやぎを荒野に放つ。」祭司のアロンは「先の生きているやぎ」(アザゼルの山羊)の頭に両手を置きます。この「生きているやぎの頭に両手を置」くとは,山羊にイスラエルのすべての咎,背き,罪を山羊に移し,山羊に負わせることです。イスラエルのすべての罪を告白して,山羊を荒野に放ちました。2023-02-20アザゼルの山羊(レビ記16:20-22)

  • 1サムエル記 解説 2020.8.29

    1サムエル記1サムエル記と2サムエル記は,元は1冊の書物でした。ギリシャ語に訳されたとき2巻となりました。著者はわかりません。著者は,サムエルが書いたことをナタンとガドが完成させたという説があります。1サムエルはサムエルの誕生から,サウル王の時代,ダビデの油注ぎ,サウル王の死までのイスラエル史を記しています。2サムエルではダビデの治世の記録です。〇ハンナの祈り(1サムエル1:20)「日が改まって,ハンナはみごもり,男の子を産んだ。そして『私がこの子を主に願ったから。』と言って,その名をサムエルと呼んだ。」ハンナは,現実のつらさのために,祈りました。わたしたちが置かれている人生を,主の前にひざまずき,みことばを開き,祈り,進む道を示され,従がうことが最も大切なことだとこの箇所はおしえています。ハンナは,神へ...1サムエル記解説2020.8.29

  • 手をすきにかけてから(ルカ9:62)

    手をすき(鋤)にかけてから(ルカ9:62)口語訳「イエスは言われた,『手をすきにかけてから,うしろを見る者は,神の国にふさわしくないものである』」。「すき」(鋤)とは,イエス・キリストをあらわしています。「神の国」とは,イエス・キリストの言葉であり,行いであり,イエス・キリストご自身です。○パウロは次のように言います。(2テモテ2:4)口語訳「兵役に服している者は,日常生活の事に煩わされてはいない。ただ,兵を募った司令官を喜ばせようと努める。」☆彡(ルカ9:56-62)口語訳そして一同はほかの村へ行った。道を進んで行くと,ある人がイエスに言った,「あなたがおいでになる所ならどこへでも従ってまいります」。イエスはその人に言われた,「きつねには穴があり,空の鳥には巣がある。しかし,人の子にはまくらする所がない...手をすきにかけてから(ルカ9:62)

  • イエス・キリストの受難 (マタイ27:26)

    イエス・キリストの受難(マタイ27:26)「そこで,ピラトはバラバをゆるしてやり,イエスをむち打ったのち,十字架につけるために引きわたした。」祭司長,長老たち,群衆がイエスを十字架につけろといいます。このあと,イエスは十字架につけられます。☆彡(マタイ27:22-26)「ピラトは言った,『それではキリストといわれるイエスは,どうしたらよいか』。彼らはいっせいに『十字架につけよ』と言った。しかし,ピラトは言った,『あの人は,いったい,どんな悪事をしたのか』。すると彼らはいっそう激しく叫んで,『十字架につけよ』と言った。ピラトは手のつけようがなく,かえって暴動になりそうなのを見て,水を取り,群衆の前で手を洗って言った,『この人の血について,わたしには責任がない。おまえたちが自分で始末をするがよい』。すると,民...イエス・キリストの受難(マタイ27:26)

  • 神殿の幕が 真二つに裂けた (マタイ27:50,51)

    神殿の幕が真二つに裂けた(マタイ27:50,51)「そのとき,イエスはもう一度大声で叫んで,息を引き取られた。すると,見よ。神殿の幕が上から下まで真二つに裂けた。そして,地が揺れ動き,岩が裂けた。」イエス・キリストが十字架の上で死ぬと,神殿の幕が「上から下まで真二つに」裂けました。神と人との隔てが取り除かれたことを示しています。神殿の聖所と至聖所とを隔てている垂れ幕が裂けたのです。このとき,ローマの兵である百卒長と彼と一緒にイエスの番をしていた人々は,地震や,いろいろのできごとを見て非常に恐れ,『まことに,この人は神の子であった』と信仰の告白をします。☆(新聖歌113)「君もそこにいたのか」聖歌400君もそこにいたのか1.君もそこに居たのか主が十字架に付くときああ・・何だか心が震(ふる)える震える震える君...神殿の幕が真二つに裂けた(マタイ27:50,51)

  • 中風の人をいやす(マルコ2:5)

    中風の人をいやす(マルコ2:5)「イエスは彼らの信仰を見て,中風の人に,『子よ。あなたの罪は赦されました。』と言われた。」「イエスはその人たちの信仰を見て」とありますが,「その人たち」の中には,中風の人の信仰も入っているのでしょうか。多くの場合,イエスは本人の信仰を見ていやしますが,家族や友人などの信仰によって,いやすこともあります。イエスによる病のいやしの多くは,病人の信仰,罪の赦し,いやしが一つとなっていることが多いいようです。イエスが中風の人をいやすことによって,イエスの福音は,「罪の赦しといやし」をもたらしました。☆彡中風の人をいやす(マルコ2:1-12)「数日後,イエスが再びカファルナウムに来られると,家におられることが知れ渡り,大勢の人が集まったので,戸口の辺りまですきまもないほどになった。イ...中風の人をいやす(マルコ2:5)

  • イエスの十字架上での叫び (マルコ15:34)

    イエスの叫び (マルコ15:34)「そして,三時に,イエスは大声で,『エロイ,エロイ,ラマ,サバクタニ』と叫ばれた。それは訳すと『わが神,わが神。どうしてわたしをお見捨てになったのですか』という意味である。」 イエス・キリストの十字架にかけられた時の叫びです。イエス・キリストは,父なる神と一つになって生きてこられました。このとき,十字架の上で,「神に見捨てられる」という体験をしました。それは,イエス・キリストがわたしたちに代って,罪に対する神のさばきを受けたからです。 わたしたちが苦しいとき,このキリストが共にいることを覚えたいものです。   ☆彡イエスの死(マルコ15:33-41)さて,十二時になったとき,全地が暗くなって,午後三時まで続いた。そして,三時に,イエスは大声で,「エロイ,エロイ,ラマ,サバ...イエスの十字架上での叫び(マルコ15:34)

  • 一週の初めの日の夕方(ヨハネ20:19,20)

    2023.4.9(ヨハネ20:19,20)口語訳「その日,すなわち,一週の初めの日の夕方,弟子たちはユダヤ人をおそれて,自分たちのおる所の戸をみなしめていると,イエスがはいってきて,彼らの中に立ち,「安かれ」と言われた。そう言って,手とわきとを,彼らにお見せになった。弟子たちは主を見て喜んだ。」十字架につけられ死んだイエス・キリストは,復活し弟子たちにあらわれます。今日はイースターです。一週の初めの日の夕方(ヨハネ20:19,20)

  • パラダイスにいる(ルカ 23:43)

    一緒にパラダイスにいる(ルカ23:43)口語訳「イエスは言われた,『よく言っておくが,あなたはきょう,わたしと一緒にパラダイスにいるであろう』」。イエスを信じて,死んだ者はイエスと共にあって,パラダイス(天国)にいます。○(ピリピ1:23)口語訳「わたしは,これら二つのものの間に板ばさみになっている。わたしの願いを言えば,この世を去ってキリストと共にいることであり,実は,その方がはるかに望ましい。」(2コリント5:6-8)口語訳「だから,わたしたちはいつも心強い。そして,肉体を宿としている間は主から離れていることを,よく知っている。わたしたちは,見えるものによらないで,信仰によって歩いているのである。それで,わたしたちは心強い。そして,むしろ肉体から離れて主と共に住むことが,願わしいと思っている。」202...パラダイスにいる(ルカ23:43)

  • 永遠の生命に入る(マタイ25:40)

    (マタイ25:40)口語訳「すると,王は答えて言うであろう,『あなたがたによく言っておく。わたしの兄弟であるこれらの最も小さい者のひとりにしたのは,すなわち,わたしにしたのである』。(マタイ25:45,46)口語訳「そのとき,彼は答えて言うであろう,『あなたがたによく言っておく。これらの最も小さい者のひとりにしなかったのは,すなわち,わたしにしなかったのである』。そして彼らは永遠の刑罰を受け,正しい者は永遠の生命に入るであろう」。わたしたちは,イエス・キリストを信じることによって永遠のいのちを受けます。イエス・キリストは次のよういいます。(ヨハネ11:25)口語訳「イエスは彼女に言われた,『わたしはよみがえりであり,命である。わたしを信じる者は,たとい死んでも生きる。また,生きていて,わたしを信じる者は,...永遠の生命に入る(マタイ25:40)

  • 近くおる神 (申命記 4:7)

    近くおる神 (申命記4:7)口語訳 「われわれの神,主は,われわれが呼び求める時,つねにわれわれに近くおられる。いずれの大いなる国民に,このように近くおる神があるであろうか。」4月3日申命記4:7口語訳われわれの神、主は、われわれが呼び求める時、つねにわれわれに近くおられる。いずれの大いなる国民に、このように近くおる神があるであろうか。近くおる神(申命記4:7)

  • イエスの十字架(マルコ15:34)

    イエスの十字架(マルコ15:34)「そして,三時に,イエスは大声で,『エロイ,エロイ,ラマ,サバクタニ。』と叫ばれた。それは訳すと『わが神,わが神。どうしてわたしをお見捨てになったのですか。』という意味である。」イエス・キリストが十字架で叫ばれました。このイエス・キリストの言葉は,詩篇22編1節の引用です。(詩篇22編1節)「わが神,わが神。どうして,私をお見捨てになったのですか。遠く離れて私をお救いにならないのですか。私のうめきのことばにも。」詩編22は「メシヤ受難の詩」と言われています。罪のないイエス・キリストが神に見捨てられました。イエス・キリストが十字架にかかったのは,私たちに代わって,わたしたちの罪をその身に負うためでした。そのため,イエス・キリストは罪の罰とのろいのすべてを受け取って,神に見捨...イエスの十字架(マルコ15:34)

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