毒親に育った人間は 毒親育ちと結婚する。 これが世の法則ではないだろうか? 僕の母親は毒親だった。 子供と愛情で結びつくのではなく 理屈で支配しようとした。 そんなことを知らずに育った僕と結婚したのは やはり、親とは支配関係にあった女性だった。 働いて 彼女は、働かない。 結婚したての頃 僕は妻となった人間に 必死に働く必要性を訴えた。 「僕は仕事でどんどん鍛えられていく。あなたも働かないとどんどんレベルが違っていく。みる世界が違うようになる。夫婦間がうまくいかなくなる」 妻は笑って聞き流した。 しまいにはケンカになった。 それ以来、妻はハローワークで求人票だけ取りに行った。 妻の言い分は 「…
【それで生きているだけですごい】200311カウンセリング〜笑わせる人間になりたいと明言した日〜
最近「引き込みの法則」なんてこともやり始めたせいか だいぶ調子がいい。 自分が相手を怖がらない限り 相手も自分を怖がらない。 相手は自分を受けて入れてくれるんだという前提でいることができれば 相手も自分を受け入れてくれる。 そう思えるようになってから だいぶ人間関係が楽になった。 ただ、相変わらず激しい動悸は続いている。 フリーランスになって 経済的には不安定なままだし 貯蓄を食いつぶす生活は続いている。 こうした現実的な問題はとても大きいのだと思う。 だから、そこをどう解決するのか? 必死に模索している。 そう話すと カウンセラーは 「脳はずっと葛藤するようになってしまっている。それではエネ…
インナーチャイルドが男性を怖がっていた~0218カウンセリング~
カウンセラーはいつもの通り 「その後どうですか?」 という お決まりの質問から始まった。 僕は最近、 安定している、良くなってきた、 と自分では思う。 今月、来月と仕事は入ってきたとはいえ 経済的にはまだまだ不安定。 相変わらず動悸もある。 薬がないと眠れない。 それでも「良くなってきた」と思えるのは なぜか? 手応えを感じ始めたからだ。 僕は「ありのままの自分」を受け入れてもらえない、 という前提で生きてきた。 それはもちろん 「毒親」のおかげだ。 でも、カウンセラーに通ったり 本を読んだりして 少しずつ自分の「インナーチャイルド」と向き合ってきた。 絡まった糸をほぐすように。 少しずつ、少…
人間関係のトラブルまで明快に解いてくれるカウリングにホント感謝です〜20200128カウンセリング〜
僕は3週間ごとに心療内科に通っている。 抗不安剤のパロキセチンと、 睡眠薬(マイスリーとレンドルミン)を処方してもらっている。 睡眠薬を飲まないと2時ぐらいに動機で目が覚めてしまう。 眠れなくなったら人生破滅に向かうので 睡眠薬は超重要だ。 抗不安剤の効果は自分ではわからないけど、 とりあえず飲んでいる。 うつ病ではなく 「神経症」なのだそうだ。 診断者:小松信明医師 脱サラして、 僕は今不安と闘っている。 ただ、薬を出してもらうのも大事なんだけど、 それ以上にカウンセリングの時間が僕にとって ものすごく大事になっている。 毎回、悩みに対して明快な答えをもらえるからだ。 いつもは、自分の内面を…
親友と思っていた人とYouTubeを始めたら4本作っただけでトラブって関係断絶〜毒親を持つ人間の限界〜
僕と起業仲間でやっているYouTubeだが 4本目アップしたところで メンバーを差し替えることになった。 理由はメンバー間のすれ違い。 「楽しくやろう」 「3人で一緒に」 と始めたが 僕は到底楽しくなんかできなかった。 始める前に、飲み会でその話が出た時だった。 3人の間で、YouTubeをやろうという話が出たのは, これが2回目だった。 僕は2人の本気度を確かめたかった。 「気付いたら実際に作業をすることになる僕だけが大変な思いをしている」という 貧乏くじを引くのは避けたかったのだ。 2人は真顔で 「本気だ」といった。 僕は2人を信じた。 でも結局2人が積極的に動くことはなかった。 (You…
「あなたは自分の中で踊らされている」〜190107カウンセリング〜
カウンセリングの価値は 「無意識の自分に気付くこと」。 今日のカウンセリングでは、 久しぶりにざっくりと奥深くまで入り込んできてくれた。 その分、いま僕はグッタリしている。 きょうは、 正月明けでお医者さんも混んでいた。 いつもは ・カウンセラーと話す ・医者と話す という順番だったが きょうはすぐにお医者さんに通された。 いつもと違うパターンに 僕は少し戸惑ってしまった。 医者に尋ねる前に 先にカウンセラーに尋ねた。 「きょうはカウンセラーさんとのお話はなしですか?」 カウンセラーは一瞬面食らったように止まった後 「では終わってからお話ししましょう」 突然医者に通されたも 僕は医者と何を話し…
結婚して初めて気付くこと。 子供が生まれて初めて気付くこと。 たくさんある。 僕らは不妊夫婦だった。 7年間子供ができなかった。 きつかった。 僕の後に結婚した人に 次々と子供ができていく。 そんな子供たちが どんどんと保育園・幼稚園に入園する。 でも、僕らは2人のままだった。 僕は怖かった。 「このまま人生が終わっていくのか」と思うと 恐ろしくてたまらなかった。 僕はいわゆる「妊活」に注力した。 いろんな本を読んだ。 雑誌の表紙に 「みんな不妊に苦しんでいる」 という見出しが躍った。 「卵子の老化」による「不妊」が 認知され始めたころだった。 そんなわけで 「妊活」に関する情報も増えていた。…
「『感情の交流』ができない」という指摘~191218カウンセリング~
人間は常に「防衛」しているということを ご存じだろうか。 このことがわかれば、 いろんなことが見えてくる。 いろんなことが許せてくる。 周りに嫌な人がいるとすれば たいてい強い「防衛」が働いている。 仕事をしない人がいるとしたら たいてい強い「防衛」が働いている。 あなたがに嫌いな人がいるとすれば その人は、自分自身を強く「防衛」している。 強い「防衛」が 強い「見栄」や「攻撃」「さぼる」などの 「行為」になって現れる。 その「防衛」から生まれた「行為」が あなたの感情を逆なでするのではないだろうか? というのも、 僕がそうだったからだ。 僕は職場で強く意見することがよくあった。 上司に対して…
カウンセリングを受けると、いつも「行ってよかった」と思う。 必ず今の僕に必要な言葉が返ってくる。 カウンセリングには3週間おきにいっている。 本当は10日から2週間おきにがいいらしいけど、 そのペースで自分の内面と直接向き合うのは正直きつい。 実際、カウンセリングに行った日は、何も手に付かない。 参考記事: kokoandriri.hatenablog.com 自分の内面に向き合うだけで、膨大なエネルギーを使う。 でも膨大なエネルギーを使う価値は絶対にある。 疲れるけど「行ってよかった」と思える。 僕は親と絶縁して2年半になる。 その後の親の言動(メールなど)に対し さらに怒りを募らせた。 一…
2週間ぶりのカウンセリング。 前回、新しく処方された「パロキセチン錠」の効果について質問された。 「パロキセチン錠」はうつ状態の人間に処方される薬だ。 www.rad-ar.or.jp 相変わらず動機と夜中に目が覚めてしまうことに悩まされていた。 薬は増やされることになった。 薬がどんどん増えていく。 安定剤、睡眠薬、うつ対策… (エチゾラム・マイスリー・レンドルミン) 仕方ない。 独立して半年。 親との絶縁に加え、金銭的な問題、そこから派生する妻との緊張関係が僕を苦しめている。 今は薬に頼ってでも乗り切るしかない。 カウセリングでは、この2週間にあったことを話した。 僕は先日、おばに会いにい…
久しぶりにカウンセリングに行ってきた。 お盆を挟んだので1ヶ月ぶり。 僕はもう、薬なしでは生けていけない状態になっている。 動悸に苦しめられる。 夜中に目が覚めて眠れなくなる。 気が落ち込み、常に眠い。 でも夜はぐっすり眠れない。 医者は 「死にたくなるときはあるか?」 と聞いてきた。 僕はこの医者の前だとすぐに泣いてしまう。 僕は泣くのを我慢しながらも泣いてしまい、少し落ち着いてから答えた。 「気がつくと自殺する場所を考えてしまいます。どこで自殺したら親に仕返しできるだろうと考えます」 僕が考えていたのは、実家だった。 日中のうちに油を撒いておき、両親が寝付いたら火をつけるのだ。 ただ、部屋…
職業訓練校に通う道すがらだった。 山形7中を通り過ぎ、橋を渡ったところだった。 前の軽自動車が、タバコをポイ捨てした。 短くなったタバコはコロコロと転がりながら反対車線を超えていった。 「車からタバコをポイ捨てするの、久しぶりに見た」と思った瞬間だった。 突然僕の中に、父がフラッシュバックした。 フラッシュバックした父は、運転中だった。 斜め後ろから父を眺めている僕は、幼稚園児だ。 父は、わなわなと怒りに震えていた。 歯を食いしばり、拳を突き上げていた。 固く握り締められた拳は、早く誰かを殴りたがっていた。 前の車が、タバコをポイ捨てしたのだった。 顔を真っ赤にした父は 「あのやろ〜」と心底憎…
小学6年のときだ。掃除の時間だった。 僕は友人をからかっていた。最初は遊び半分の空気があった。 僕がいったんゴミを捨てに階下に降りて戻った後にさらにからかった直後だった。 友人は「このやろう!!」と叫びながら僕に向かってきた。 僕は返り討ちにした。 目の近くを思いっきり殴ったらしかった。 僕はどなり返した。 「お前が殴ってきたから俺も殴ったんだからな!!」 殴られらた彼は、殴られた目の辺りを押さながら、自分の席へと戻っていった。 次の記憶は、保健室へと飛ぶ。 彼はずっと殴られたところを冷やしていた。 すごく腫れていたはずだ。 僕は彼に 「治ったら俺を思っいっきり殴っていいよ」と言った。 彼は一…
加藤諦三「言いたいことが言えない人」を読んでいたら、突然、過去の記憶が蘇ってきた。 この手の本を読んでいると、心の奥深いところこっそりと潜んでいた怒りが、突然表に現れてくる。 小学5年の時、突然、普段あまり遊ばない秀明から「学校さこいど」というTELがあった。 確か、日曜だった。 母親は「なんで学校にこいって呼ばれたんだ?電話してきき直せ」と命令した。 「理由もわからず行くなんて、バカだ」という一言を付け加えるのも忘れなかった。 どういう話の流れか忘れてしまったが、母はさらに 「お前は嫌われてんだ!!」と僕に宣告した。 周りには兄や妹がいた。 僕はこのとき、友達から嫌われていることはもちろん気…
3回目のカウンセリングに行った。 この数日前、高校の同級生たちとの飲み会があった。 ずっと集まっていなかったが、僕とNがそれぞれ会社を辞めて独立する、ということで、門出を祝おう、という趣旨らしかった。 ただ、Nは既に事業を始めている一方で、僕は完全失業者状態。 「なんとかなる」などと気丈に振るまっているものの、実際は先が見えていない。 不安になるから、敢えて何も考えない、だから何も進まない、という悪循環。 でも、この悪循環から抜け出す気力もなく、会社を辞めてもう4ヶ月も経つ。 悪循環の遠心力がだんだん強なってきて、抜け出せなくなってきた感さえある。 そんな状態で古い友人に囲まれても、あまり楽し…
母は、こちらからヘルプを要請しない限り、絶対に子育てを手伝ってくれなかった。 「畑仕事で忙しい」という理由で、頼みを断ることもあった。 畑は趣味だった。 趣味のため、僕のお願いを断るのが許せなかった。 畑を手に入れた理由もまた、許せなかった。 畑は、父が定年後に購入した土地だった。 自宅の東側で 「家が建つがの嫌だった」「自宅の隣は倍のお金を出してでも買えというじゃないか」という理由で購入したらしかった。 でも、僕にとっては、不要な土地だった。 全く不要な土地だった。 こんな不必要な土地を買うお金があるのに、 僕にはこれまで「お金がない」という理由で散々我慢させられきた。 人生そのものを我慢さ…
37歳にもなって自分探しもない。 こんなこと、他の人に言えない。 「僕は37歳です。自分探しをしています。」 バカだ… 恥ずかしい… そんなこと面と向かって言われてら、自分だったらドン引きする。 でも。 でも。 37歳の僕は、今、自分探しに必死です。 本当の自分はどこにあるのか? 僕は必死で探している。 きっかけ あれは、2017年の6月だった。 ちょうど僕が、仕事が休みの日だった。 午後4時頃だったと思う。 妻が突然起き上がれなくなった。 腰に激痛が走ったのだ。 表情は激しく歪み、うめき声があがる。 僕は、救急車を呼んだ。 ほどなくして、サイレンの大きな音が聞こえてきて、止まった。 表に出る…
看護師による聞き取りは、およそ30分間続いた。 その間彼女は辛抱強くカルテを取り続け、僕を励まし続け、受け入れ続けた。 そして言った。 「カウンセリングは井戸を掘るのに似ています。先生もそうおっしゃっています。 最初は泥水しか出ません。ドロドロした感情しか出ません。 でも、泥を出し切れば、いつかきっと清流が出てきます」 僕は、救われたような気がした。 僕を取り巻くこのネガティブな感情も、吐き出してしまえば、おさらばすることができる。 希望が見えた瞬間だった。 そして、医師が待つ診療室に案内された。 これまた、和室で、リラックスできるようにしつらえた部屋になっていた。 医師は、僕を見た。 僕は敢…
僕は意を決して、以前電話した精神科で予約をとった。 僕の動悸は、抜き差しならぬものになっていた。 11月から通っている職業訓練校では、「Illustrator」や「Photoshop」の授業が行われていた。 興味のあることではあるが、1日6時限座りっぱなしで自由がないことは、思った以上にストレスのかかることらしかった。 仕事ではある程度自分のペースで仕事ができるが、ここでは、トイレにいく時間さえも管理される。 平成生まれという講師の頼りなさもまた、ストレスの原因かも知れなかった。 仕事の力がないから故に、やけにすり寄ってくるタイプの講師だった。 授業が進むのが遅いのは、おそらくこの講師のやり方…
「精神科に行く」というのは、勇気のいることだった。 僕は今、こちら側にいる。 つまり、「精神科に行ったことのない、健全な人間」。 一度向こう側に行ってしまえば、二度と戻ってこれないのではないか? 僕は「ノルウェイの森 (講談社文庫)」に出てくる、レイコさんを思い出した。 ぼん。 一度壊れれば、ずっと療養所から出られない。 出られないだけならまだいい。療養所に入った直子は死を選んだ。 僕の親しい友人にも「うつ」で薬を処方してもらった人が数人いた。 その後、友人はみな、バッチリ復活して生活している。 それでも僕にとって「精神科」と聞いて、いいイメージは何一つなかった。 精神科に行くというのは、大き…
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