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小島てつを「人生が見えるから俳句は面白い」ブログ版 https://kojima-tetsuo328.blog.jp/

俳句は、自身の心を表現する短い詩です。喜怒哀楽を表現できる五七五、計十七文字(十七語韻)のショート・ポエムなのです。当然そこには、さまざま人生が描かれます。さあ、俳句の楽しい扉を私とくぐりませんか。

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2019/08/18

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  • 初夏の歩道に雨が降りだして香りが淡く湧き上がる午後 岩間啓ニ

    「日本経済新聞」2020年6月27日歌壇、穂村弘選より。この歌の、降り出す雨は、さっと降ってきた雨☂️であり、☔️激しいものではない。水を得て、回りの草木の息吹も強まり、香り立つように感じる。そこに立つ人間も、暑さを少し和らげてくれる雨にホッとする。

  • 夕刊の全八ページに散在すコロナという語彙三十八個 東金吉一

    「朝日新聞」2020年6月28日歌壇、佐佐木幸綱選より。なるほどと思う。いま夕刊というものは軽い存在になっている。広告が多く、記事が少ないというのがまずある。その夕刊でも、「コロナウイルス」の語彙が三十八個も見つかったという。それほど話題になっているということで

  • 黒といふ色も野にあり揚羽蝶 中村重雄

    「読売新聞」2020年6月29日俳壇、正木ゆう子選より。この時期の野は緑色が溢れている。ところどころ、花も咲いて赤🌸や青や黄色い花びらが揺れる。これから真夏に向かう時期だ。よもや黒いものなんてないと思っていたら、黒い大きな羽根をゆったりと羽ばたかせながら揚羽蝶が

  • 志村けん死去の報(ほう)より夫(つま)はもう煙草を吸わぬ一本も吸わぬ 中南伊香

    「読売新聞」2020年6月29日歌壇、栗木京子選より。志村けんさんの急死は、大勢の人にショックを与えた。あまりにも、あっけない死だった。志村さんはタバコを吸っていた。肺はおそらく疲れていたのであろう。コロナのせいで、肺が機能しなくなったのかもしれない。それが死因

  • 次々に非常事態が解除され夜に一人聴くグレゴリオ聖歌 青山 繁

    「読売新聞」2020年6月29日歌壇、栗木京子選より。非常事態が解除された。非常事態宣言の解除は経済対策。そうは知りつつも、一区切りつけたいと思うのは人情。世界中でたくさんの犠牲者がでた。一人、夜に鎮魂曲のようなグレゴリオ聖歌をながす。こころが洗われてゆく思いが

  • 百年に一度の災禍百年後に伝へる国の記録は無しと 水谷実穂

    「朝日新聞」2020年6月28日歌壇、永田和宏選より。百年に一度の災禍とは、いうまでもなく新型コロナウイルス。百年後のために、国はこの災禍の実状を記録し伝えるべきなのだが、記録を残していない、と平然と語るのがいまの政府だ。あってもまずいところは隠してしまう体質で

  • 「訓告」に燃える怒りを白に籠めマスクは並ぶ国会前に 小野瀬壽

    「東京新聞」2020年6月28日俳壇、佐佐木幸綱選より。「黒川弘務前東京高検検事長の訓告処分に抗議するデモの人たちの白マスク。日が暮れて特にその白が目立った。」佐佐木さんの評である。現代の人の多くは、マスコミで世相を知る。かつては新聞だったが、いまはテレビだ。テ

  • 手に受けた消毒液でたちまちに「わたし」を消してすすむ店内 早乙女蓮

    「東京新聞」2020年6月28日俳壇、東直子選より。スーパーや店舗などの入り口に、スプレー式の消毒液が置かれていることがある。「ご自由にお使い下さい」と書かれているから、両手にさっとひと吹きしてから店内に入る人は多い。掲歌の面白さは、そうやって消毒液を手につけた

  • 休校や児らのふらここコロナ蹴る 下田峰雄

    新型コロナで、日本全国の学校が休校となった。「児らのふらここ」とは、学校に登校できない児童たちが、家近くの公園で、ブランコに乗って遊んでいるということだろう。ブランコは腕と脚と腰を使って地面や空気を蹴ることで、漕ぎ続けることができるが、この句の児童たちは

  • 疫病(えきびょう)の空に春蟬鳴き出づる 石山靖男

    新型コロナウイルス。日本ふうにいえば疫病である。地上には、疫病が流行している。空には、春蟬が鳴き始めている。春蟬の澄んだ声は、天の声なのかもしれない。それほどに、天と地はかけ離れて見えるのである。同じ作者の句に、春の蟬地球青ざめゐたりけりがある。「斧」202

  • ははを真似(まね)さくら隠しを掌(てのひら)に 川内一浩

    「さくら隠し」とは、なにか?答えは、春の雪のことです。春の雪の傍題です。傍題というのは、主要季語に対する関連季語ということです。それにしても美しい言葉ですね。雅びやかさが感じられます。子どもが、お母さんの仕草を真似て、春の雪を手のひらですくいとったという

  • 地球儀を消毒したき春の星 河村純子

    地球儀とはいうが、作者は地球そのもの、つまり全世界を、コロナ禍から守るために消毒したいと願ったのだ。いま、南米やアフリカなどでも、日々被害が広がっているという報道がある。空を見上げると、何事もなかったように春の星座が美しくきらめいている。地球に立っている

  • 万愚節コロナのせいで言へぬ嘘 久岡 隆

    万愚節は4月1日のエイプリル・フールのこと。この日は嘘をついても許されるということになっているが、今年は新型コロナウイルスのせいで、下手な嘘もいえない、というのが句意。変なことをいうと、誤解されてしまうぐらい、時代の気分がシリアスに流れている。この春の日本

  • コロナ禍や出番のなくて花筵(むしろ)    伊藤敦子

    6月の時点では、新型コロナウイルスの第1波はほぼ鎮静化したようで、報道では第2波が8月末以降襲うであろうといわれている。ともあれ第1波は、日本人に花見の機会を奪ったのである。まさに「出番のなくて花筵」である。花見をストレートに詠まず、花筵に焦点を当てたところが

  • パンダミックのシラブル数ふ鳥曇り 青柳 飛(フェイ)

    この句と並んで、混沌の春へと回転扉押すという句がある。日米を行ったり来たりしている作者、この「混沌の春」に対する複雑な思いの感じとれる句である。「パンダミック」(日本語の表記ではパンデミックというが)の句は、その妖しい響きから不安を感じとっている作者がいる

  • ふらここやコロナウイルスの沈黙 手銭 誠

    この句、作者はとにかく「コロナウイルスの沈黙」が言いたいのである。コロナウイルスは、目に見えないものだ。生き物でないから、泣いたり喚いたりしない。要するに掴みにくいのだ。掴みにくいということから、苛立ちがうまれる。苛立ちは、どういうものか。例えて言えば、

  • 怪しげに揺らぐコロナのしやぼん玉 森島 眞

    この春のコロナウイルスによる自粛で、遠出が出来ない人々は、自宅近くの公園に大勢いた。学校も休みだったので、子ども同伴で散歩を楽しむ人たちもいた。お母さんが吹き、子どもたちにシャボン玉を見せていた親子もいた。(そんな光景を筆者もみた)それ自体は、まことに平和

  • おぼろ月ふつとコロナの貌(かお)を見し 岸原清行

    作者は「青嶺」主宰。同誌2020年6月号より。この句の前後に、人絶えし世にも桜の咲くならむ繭籠る如き日の逝く四月かななど、新型コロナウイルス関連の句が並ぶ。新型コロナウイルスの実態は、最初日本人のたれにもわからなかった。(むろん一部の科学者以外は、ということで

  • コロナ汚染なす術もなき五月闇 本田攝子

    「なす術もなき」は本音だ。夜道は五月闇。不安な思いを抱きつつ生きている。日本人みんな、そんな思いで生きている。海外はもっとすごいことになっている。そういう意味では、世界中が、そんな思いで生きている、といっても過言ではないのかもしれない。作者は結社「獺祭」

  • 休業のナイトクラブの水中花 池田喜信

    「読売新聞」2020年6月22日俳壇、宇多喜代子選より。「この句と同じくコロナ禍で店を休んだという句が増えた。この句の水中花。元より命のない花だが、まるで命を絶たれたかのようだ。」宇多さんの選評だ。季語は水中花。見た目涼しさを感じさせるところから、夏の季語となっ

  • 弔ひは生者のためのものなりとしみじみ思ふコロナ死に触れ 伊達裕子

    「朝日新聞」2020年5月17日歌壇、馬場あき子選より。新型コロナウイルスは、インフルエンザより弱いのではないかという話がある。このたびの新型コロナの流行で、日本人の死者の数は未だに1000人を超えていない。いっぽうインフルエンザでは昨年は4000人ぐらいの方が亡くな

  • 朧夜(おぼろよ)や夫(つま)とソーシャルディスタンス 平松貴子

    「未来図」2020年6月号より。言葉は少ない。「朧夜」「夫」「ソーシャルディスタンス」だけである。だが、それぞれの語彙が絡み合って、単純な句になっていないのはさすがである。朧な夜、夫と妻しかいない。部屋の中なのだろう。ソーシャルディスタンスとは人と人の間隔を2

  • 平らかに水は流れて花菖蒲 小宮雅子

    「毎日新聞」2020年6月8日俳壇、鷹羽狩行選より。のどかである。「平らかに水は流れて」、つまり一般的には、水は高きから低きへ流れるものだが、そんな高低のないところを水は流れている。当然、流れはゆるやか。そのゆるやかな水の上に菖蒲が何株も伸びて花を開いている。

  • 校庭に子らを見ぬ日々夕桜 青木敏行

    「毎日新聞」2020年6月8日俳壇、西村和子選より。日本中の学校という学校が、ここ3か月、全面的に休みになっていた。だいたいの学校の庭には桜の木がある。ことしは、桜の花を愛でてくれる子どもたちがいなかった。桜の木も、さぞ寂しい思いをしたことであろう。無人の校庭。

  • 豆の飯リボンをかけて届きけり 岸眞砂子

    「日本経済新聞」2020年5月30日俳壇、黒田杏子選より。豆ご飯を作られた家?(あるいは施設)から、豆ご飯が届いた。しかもリボン🎀をかけられて。いかにもこころのこもった料理に感動し、作られた一句。閑話休題。新聞俳壇の掲載作品を見ていると、俳句は短歌に比べ、新型コロ

  • 夕方のポストの前に立つ人の立つことがうつくしい五月の 吉岡昌俊

    「日本経済新聞」2020年5月30日歌壇、穂村弘選より。穂村さんの選んだ歌である。「夕方のポストの前」に「立つ人」がいる。その人の「立っていることが」「うつくし」いのだ、と感じる。「うつくしい」のは「五月の」にもかかってゆく。「五月の」は何につながるかといえば、

  • 吸って吐くその繰り返し意識せず続けることが即ち生きる 二宮正博

    「日本経済新聞」2020年5月30日俳壇、三枝昂之選より。「日本経済新聞」歌壇欄は、この三枝さんと口語短歌を良しとする穂村弘さんが選者。選者によってこれほど投稿される作品の傾向が違うのかと思う。とまれ、掲歌である。人間の生きるメカニズムを「息をする」ことに焦点を

  • あのマスク何回洗つたのだらうか首相かけゐる小(ち)さめのマスク 山川ひろみ

    「朝日新聞」2020年6月14日俳壇、永田和宏選より。なにかとアベノマスクは取り上げられる。せっかく税金をたくさんかけて作り、国民全員に送られたマスクなのに、すこぶる評判が悪い。「何回洗つたのだらうか」は、あの小ささに対する皮肉。テレビで見るあのマスク姿の安倍総

  • 五月来て無職と職業欄に書く 神山高康

    「東京新聞」2020年5月31日俳壇、石田郷子選より。この句の「無職と職業欄に書く」とは、春3月まで定職に就いていたかたが、リタイヤしたことにより、無職となった。そんな寂しさを、ストレートに詠んだもの。

  • 黄蜀葵(こうしょっき)光の道の門に入る 小島てつを

    拙作である。大昔に作った句だが、黄蜀葵を見ると思い出す。鎌倉あたりを吟行したときの句。お昼どきの陽光にキラキラひかる黄蜀葵の花が美しかった。その花の何本も咲いた細道を歩いてゆく。どこへ続くのかわからなかった。道も陽光の中にあった。しばらく歩いてゆくと、道

  • 冷えびえと雪降る四月の空仰ぎ感染拡ごる子らの地憂ふ 安田渓子

    「日本経済新聞」2020年5月30日歌壇、三枝昂之選より。「冷えびえと」というから寒い場所(北国)に暮らす親が、都会で暮らす子らを思い詠んだ歌である。「雪降る四月の空仰ぎ」、四月になってもまだ雪の降る寒冷地に暮らす親は、その寒空を仰ぎつつ、「感染拡ごる子らの地」都

  • ゆくゆくは誰が住む家草を引く 小菅純一

    「毎日新聞」2020年6月8日俳壇、鷹羽狩行選より。少子高齢化の波は収まるどころか、ますます広がっている。家余り現象が生まれる。この現象は、空き家問題として、マスコミでもたびたび取り上げられている。東京以外の家ばかりかと思っていたら、最近は東京都内でもあるらし

  • これもまた新様式かツイートが政治を糾(ただ)す世論となりぬ 船岡房公

    「毎日新聞」2020年6月8日歌壇、伊藤一彦選より。「これもまた新様式か」と素直に驚く作者。「ツイートが」ツイッターに書き込まれる短い文章のこと。アメリカ大統領トランプの就任以来のツイートは有名。時々、自身に都合のよい論法で述べた文言がニュース等で揶揄される。

  • こんなにも五月の風はおいしくてマスク忘れたことに気づきぬ 矢島佳奈

    「読売新聞」2020年6月8日歌壇、俵万智選より。このマスクは、新型コロナウイルス対策のためのものか、花粉症のためのものだろう。今年はコロナウイルスのせいで、特に春先からマスク着用がなかば強制されている。「五月の風」がおいしくて、ついマスクをするのを忘れていた

  • 看取(みと)られず逝く人数多(あまた)五月くる 波切虹洋

    「読売新聞」2020年6月8日俳壇、矢島渚男選より。新型コロナウイルスによる死は、あまりに急におとずれる。志村けんさんがそうだった。体調が良くないと言って病院に行き、亡くなられるまでが数週間だった。コロナは感染力が強いということで、家族による看病や友人知人のお

  • お互(たがい)を愛(いと)しみて並ぶソーシャルディスタンスばらの刺(とげ)の間合ひのやうに 桜井桂子

    「毎日新聞」2020年6月8日歌壇、伊藤一彦選より。マスコミから普及し、いまや日常的に使われるようになったソーシャルディスタンスという言葉は、人と人の間隔をとるということ。新型コロナウイルスの場合、2メートルは開けよといわれている。よって、スーパーのレジや、入場

  • 踏切のすぐまた閉ぢて街薄暑 藤池芳子

    「毎日新聞」2020年6月8日俳壇、片山由美子選より。こんな体験、よくある。踏切で遮断機が降りてしまった。電車が行った。さあ、渡ろう。上がった遮断機は、5、6人の人を通過させた後、またすぐに降りてしまった。その間わずか数秒だ。わずか数秒なら、遮断機を上げなくても

  • 石鼎(せきてい)のひげを擽(くすぐ)る青嵐     野上 卓

    「読売新聞」2020年6月8日俳壇、宇多喜代子選より。「原石鼎は明治から大正、昭和初期に活躍した俳人。写真でみる原石鼎には鼻下に髭がある。その髭に青嵐が及んだという、時代や時間を超えて石鼎を今に引き寄せた句」これが宇多さんの選評である。この句の魅力を十分言い尽

  • 「テレワーク、しないの」と五歳問ふ病院勤務のむすめ首振る 北泊あけみ

     「読売新聞」2020年6月1日歌壇、栗木京子選より。「医療関係者は現場での職務が中心なので、テレワークに切り換えることがむずかしい。五歳の子の問い掛けがいじらしく、複雑な思いで首を振る娘さんの姿が胸に迫る。」栗木さんの選評は短いが、この歌の全景を言い尽くして

  • ニメートル離れて春の散歩道 津田鉄三

    「読売新聞」2020年6月1日俳壇、宇多喜代子選より。新型コロナウイルス関連の句。人と人との距離を2メートルあけなさいという。スーパー等のレジの行列も2メートルあけて並ぶよう支持されている。この句の場合、散歩道ということであるが、筆者の目撃した近くの散歩道も、た

  • 鶯(うぐいす)を山へ返して春はゆく 宮沢 映

    「読売新聞」2020年6月1日俳壇、宇多喜代子選より。春の終わりから夏の初め頃、気温も高くなり、陽気の安定した日が1か月ぐらい続く。そのころ山や森に行くと、鶯の澄み切った「ほー、ほけきょ」の声を聞くことができる。この句のいう「春はゆく」は、つまり夏の始めであり、

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