※ランキングに参加していません
せっかく綺麗に詰めたのに残念な見た目になってしまったお弁当。味は変わらないと思うし胃の中に入ってしまえば何でも同じなんだろうけど。「文句があっても心の中に留めておいてくださいよ」料理は見た目も大事だって言うし、自分で食べる分には問題ないけど、他の誰かから美味しくないなんて言われたらさすがに傷付く。リスのように口いっぱいにご飯を詰め込んだユノさんにそう言えば、彼はきょとんと目を見開いた。「あ、ちゃん...
つまり、だ。チャンミンは俺にお弁当を渡すために営業部まで来たけれど、俺が彼女からお弁当を貰ったのだと勘違いして、だから渡せなくて自分で食べようとしてたってこと?「それ誤解!誤解だから!全然、そういうのじゃないから!」「だからこれはユノさんのじゃないですって。そういうのって、どういうのですか」営業部に来たことは否定しないけど、お弁当のことは頑なに否定するチャンミン。「あの子営業部に彼氏がいて、その人...
てっきり文化系だと思っていたチャンミンの足は、めちゃくちゃ速かった。お弁当を腕に抱えたまま走るチャンミンを、どこに向かっているのかも分からないままがむしゃらに追いかけ、疲れてきたのかスピードが落ち始めたところでようやく捕まえることができた。息が上がりながらも名前を呼んで腕を掴むと、振り払われはしなかったものの、硬直して怯えた小動物のような瞳を向けられたから慌てて手を離した。ごめん、と謝るとチャンミ...
中身がまったく同じ2つのお弁当をテーブルの上に広げて、僕はやるせない気持ちになった。冷静になって考えてみれば男が男にお弁当を作るのもヘンな話だと思うし、作る前にそれに気付かなかった僕はどうかしている。毎日のようにユノさんにおかずをあげていたから、感覚が麻痺してしまったんだ。おかずを一口あげるのと、お弁当を作ってくるのとじゃ、気持ちの重さが全然違う。「そんなつもりじゃなかった」なんてユノさんに言われ...
僕はかれこれ十数分ほど前から、ソファに座ってレシピ本と睨めっこをしていた。本棚から数冊引っ張り出して来たそれらは、ずいぶん前、僕が料理を始めた頃に買ったものだ。昨日ユノさんが傘を貸してくれたから……そのお礼に、お弁当を作るのが良いんじゃないかと思って。ユノさんはいつも、食堂の定食ばかり食べているから。ただ、僕は彼の好きな物や嫌いな物を知らない。今日の休憩の時に聞き出すつもりだったのに、運悪く営業部の...
次の日いつものようにチャンミンの向かいの席に座ると、チャンミンは鞄の中からビニール袋を取り出して俺に渡した。「これ、昨日借りた傘です。ありがとうございました」「ああ。大丈夫だった?」「はい、おかげさまで」「それなら良かった」受け取った袋を膝の上に置き、さあご飯を食べようと「いただきます」と手を合わせた時だった。「それで、あの……」会話は終わったのだと思っていたら、チャンミンが何か言いたそうに唇をむに...
残っていた仕事はチャンミンのおかげかさくさく進み、思っていたよりも早く片付いた。荷物を鞄に詰め込んで帰ろうと席を立ったところで、どこかへ行っていたのか手に資料を抱えたカン部長が現れた。「おお、ユノ。悪いな、残業させちゃって」「いや、俺は全然……。カン部長こそ、お疲れ様です」「良かったら食べます?」とジャケットのポケットに入れていたチョコを渡すと、カン部長は「ユノって本当に甘いもの好きだよな」と笑って...
プロジェクトが終わるまでの期間だけれど用意してもらった俺のデスクは、ものの数日でまるで鞄をひっくり返したような汚さになってしまっていた。書類やファイルは乱雑に端っこに追いやられ、確認済みの事項が書かれたメモはパソコンの隅に貼りっぱなし。おまけに出勤する時に買ったアイスコーヒーのカップも飲みかけのまま置きっぱなし。カオスだ。残っていたコーヒーを飲み干しカップをゴミ箱に捨てて、俺は散らかったデスクの周...
雨は苦手だ。歩いているだけでスーツの裾に水滴が跳ねる。電車の床が雨で濡れているのを見るだけでゾッとするし、近くに立つ人の濡れた傘がぶつかろうものなら、僕はもう電車から降りたくなる。とにかく苦手。苦手と言うか、最早嫌いなレベル。「……さいあくだ」見上げた空はどんよりと暗く、大粒の雨が落ちては地面を濡らす。もはや日常化しつつあるチョン・ユンホとの食事を終え、午後の仕事に取りかかってすぐあたりから怪しいな...
シムはすっかり落ち込んでしまっていた。もともと華奢な肩がさらに小さく見える。ベンチに座ったまま項垂れているシムを、抱きしめてあげたい。けど、いくら着ぐるみを着ているからと言って、好きな子を抱きしめるのはちょっと緊張する。テオとか、他の男友達なら、簡単にできるんだけどな……。両手を宙に上げたまま動くことができずにいたけれど、シムの瞳からぽろっと涙が一粒落ちるのが見えた瞬間、俺は考えるのをやめた。ええい...
てっきり、子供がぶつかって来たのかと思った。「ポッピー……」けれどその声は紛れもなく俺が待っていたシムで。ぽすん、と弱々しく背中に抱きついてきたシムに、俺は逆に驚いた。いつもなら大きな声で名前を呼んで勢いよく飛びかかってくるのに。俺が振り返ると離れて、シムはもじもじしながらショルダーバッグのヒモをぎゅっと握りしめた。俯いているから、俺からはくるんとカールした前髪しか見えない。何か良くないことがあった...
『シール、ありがとうございます。嬉しかったです。また何か作ったら持ってくるので、良かったら食べてください』下駄箱に入っていた小さく折りたたまれたメモを、俺は3度見した。急いで書いてくれたのか、右端に書いてある名前だけが走り書きのようになっている。メモ帳までキャラクターものなのが、なんともシムらしい。せっかくだからと、昨日シムの下駄箱にシールを入れて帰った。正直、返事はあまり期待していなかっただけに...
どちらかと言えば部外者はチョン・ユンホのはずなのに、なんでこんなにも上から目線なんだろう。「……僕の同期ですけど」不穏な空気の中そう告げると、チョン・ユンホは眉を吊り上げて同期に食ってかかった。「同期だと!?なんでチャンミンに触ろうとしてるんだ!」「い、いや。一緒にご飯食べてるって言うから、どうやって仲良くなったのかって聞いてただけで」だから、一緒に食べてるわけじゃないんだってば。チョン・ユンホの鬼...
俺の父が再婚したのは、俺が中学3年生の時だった。新緑がきらきらと輝く5月の、初めの土曜日。あの日のことは、よく覚えている。仕事が忙しく家をあけがちな父が珍しく「少し出掛けないか」と俺を車に乗せて向かった先は、見知らぬマンションだった。慣れた様子で中に入り、一つの部屋の前で立ち止まる。「チャンミンくん、こんにちは」扉が開いて中から出てきた男の子に、父は聞いたことのないような柔らかい声でそう言った。男...
賑やかな食堂も一歩外に出ればしんと静まり返っていて、頭を冷やすのには丁度いい。つい感情的になって逃げるように食堂を出てきてしまったから、時間にはまだ余裕がある。僕は誰かと一緒に居ることが向いていない人種なんだ。そういう、人種。潔癖症だろうとなかろうと、他人に振り回されるのはまっぴらごめんだ。今度チョン・ユンホが僕の前の席に座ろうとしたら、追い返してやる。「お、シムじゃん」「……ああ、お疲れ様」ゆっく...
視線を上げた先に立っていたのは、僕と同じ総務課の女の子だった。綺麗にくるくると巻かれた栗色のロングヘアを揺らし、チョン・ユンホに向かって微笑んでいる。人形のようにぱっちりとした大きな瞳。ぷっくりと赤く染まる唇。つるんと柔らかそうな白い肌。女の子らしさを終結させたような彼女と、一度でいいから付き合いたいと言う男性社員は沢山いる、らしい。僕はそう思ったことはないが、そういった話はよく聞こえてくる。だい...
「ブログリーダー」を活用して、ニカさんをフォローしませんか?
指定した記事をブログ村の中で非表示にしたり、削除したりできます。非表示の場合は、再度表示に戻せます。
画像が取得されていないときは、ブログ側にOGP(メタタグ)の設置が必要になる場合があります。