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2019/01/06

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  • 仙台三十三観音巡り:鹿落観音堂(第三十三番)

    仙台三十三観音札所の第33番「鹿落観音堂(大蔵寺観音堂)」を紹介します。

  • 仙台三十三観音巡り:十八夜観世音堂(第三十二番)

    仙台三十三観音札所の第32番「十八夜観世音堂(常蔵院観音堂)」を紹介します。

  • 仙台三十三観音巡り:落合観音堂(第三十一番)

    仙台三十三観音札所の第31番「落合観音堂」を紹介します。

  • 仙台三十三観音巡り:円浄寺観音堂(第二十八番)/祐善寺(第二十九番)/高福院観音堂(第三十番)

    仙台三十三観音札所の第28番「円浄寺観音堂」、第29番「祐善寺」、第30番「高福院観音堂」を紹介します。

  • 仙台三十三観音巡り:満蔵寺(第二十七番)

    仙台三十三観音札所の第27番「満蔵寺」を紹介します。

  • 仙台三十三観音巡り:両全院観音堂(第二十六番)

    仙台三十三観音札所の第26番「両全院観音堂」を紹介します。

  • 仙台三十三観音巡り:陸奥国分寺(第二十五番)

    仙台三十三観音札所の第25番「陸奥国分寺」を紹介します。。

  • 仙台三十三観音巡り:国分尼寺(第二十四番)

    仙台三十三観音札所の第24番「国分尼寺」を紹介します。。

  • 仙台三十三観音巡り:松音寺(第二十三番)

    仙台三十三観音札所の第23番「松音寺」を紹介します。

  • 仙台三十三観音巡り:保寿寺(第二十二番)

    仙台三十三観音札所の第22番「保寿寺」を紹介します。

  • 仙台三十三観音巡り:瑞雲寺(第二十一番)

    仙台三十三観音札所の第21番「瑞雲寺」を紹介します。

  • 仙台三十三観音巡り:円福寺(第二十番)

    Prev:皎林寺(第十九番) 目次 二十番札所:円福寺 二十番札所について 御朱印情報 二十番札所:円福寺えんぷくじ (初回訪問日2019.1.24) 「円福寺」に着いたね。 ここが二十番札所だ。 でもこっちは表参道じゃなかったみたい。 そうみたいだね・・・ぐるっと回って正面から入りなおそうか。 二十番札所について 二十番札所の円福寺は曹洞宗のお寺です。 このお寺は初め天台宗として、奈良時代に今の宮城県利府町沢乙さわおとに草庵を構えました。 しかし年代は不明ですが廃れてしまったようです。 そこを天正年間(1573~92)に当時の瀧澤寺りゅうたくじ(太白区)の住職が曹洞宗に改め、現在の地で中興開山したそうです。 天台宗として始まったので、本来は曹洞宗の本尊は釈迦如来ですが、円福寺は観音菩薩が本尊になっています。 その本尊の観音様は「堊玉あくだま※(阿久玉)観音」または「子育観音」と呼ばれている聖観音像で、安産のご利益があるとされています。 しかし秘仏のため、一般人はおろかご住職でも人生に一度しか見ることができないそうです。 ※"堊"は白い土という意味です。"悪"玉と書かれている本もありますが、誤字だといわれています。 堊玉観音の名は平安時代の次の出来事が由来です。 征夷大将軍の坂上田村麻呂さかのうえのたむらまろは東北に侵攻した際に陣取った利府で、地元の長者の堊玉姫という美しい娘と出会いました。 そしてその娘を気に入り、愛するようになります。 田村麻呂は戦が終わり都に帰るというとき、娘が身ごもっていることを知り、娘に丈夫な子を産むようにと、白羽の鏑矢と短刀、そして聖観音像を与えました。 田村麻呂は都へ帰ってしまいますが、堊玉姫は母屋に聖観音像を安置して祈ったところ無事男の子を出産できたそうです。(参考『ディスカバーたいはく4号 鏡ケ池の話』) またこちらには、お寺周辺の地名である"石名坂"の由来となった、遊女石名の墓があります。 その石名の追善供養のために、吉原の楼主や遊女が納めた大般若経600巻がこのお寺に納められており、毎年5月18日に虫払いが行われています。 御詠歌:"ひとすぢにいのるしるしの石名坂のぼる心をまもらざらめや"

  • 仙台三十三観音巡り:皎林寺(第十九番)

    仙台三十三観音札所の第19番「皎林寺」を紹介します。

  • 仙台三十三観音巡り:光寿院(第十八番)

    Prev:阿弥陀寺(第十七番) 目次 十八番札所:光寿院 十八番札所について 御朱印情報 十八番札所:光寿院こうじゅいん (初回訪問日2019.1.30) うわー! なんかどっしりとした山門だねー。 うん。ここが十八番札所の「光寿院」だ。 十八番札所について 十八番札所がある光寿院は曹洞宗のお寺です。 天正7年(1579)に、伊達政宗の祖母・久保姫くぼひめ(栽松院さいしょういん)が陸奥国信夫郡(現・福島県福島市)に、慶昌院けいしょういんという名で建立したのが始まりです。 伊達家ゆかりのお寺のはずですが、米沢や岩出山には移らず、信夫に留まっていました。 しかし政宗の仙台開府のときに、名取の増田に移転しています。 現在地に移ったのはこんな逸話からです。 政宗が狩りの休息でたまたま立ち寄った耕龍寺こうりゅうじで、そこの住職から慶昌院の由来を聞かされます。 その由来を知った政宗は、久保姫の位牌寺である栽松院(若林区連坊)の敷地の半分を割いて堂宇を建立し、そこに慶昌院を光寿院と名を変えて移したということです。 観音堂には久保姫の御持仏である聖観音が祀られています。 御詠歌:"むらさきの雲にさしそふひかりこそ楽しきかげや山のはの月" 慈愛に満ちあふれてるお顔をしてるね! このお地蔵さまかわいー♪ 「石んこ地蔵」っていうみたいだね。 でもこの写真はどうなの? どっちつかずって感じ。 ははは・・・カメラはまだまだ勉強不足で・・・。 仙台三十三観音第十八番 光寿院 - Spherical Image - RICOH THETA 360度カメラで撮影した境内の様子 古そうな観音堂だね。 中も拝観できるみたい。 とっても威厳がある本堂だね。 あそこにゾウさんがいるー。 さて御朱印をいただきにいこうか。 御朱印情報 御朱印の受付所はありません。 境内右にある庫裏のインターフォンを押して、御朱印をいただきに来たことを伝えてください。 御朱印もらえた♪ それになんかカードも渡された。 「延命十句観音経」が書かれてるね。 つかれたし今日はもう帰ろうか。 曹洞宗喜雲山光寿院

  • 仙台三十三観音巡り:阿弥陀寺(第十七番)

    Prev:成覚寺(第十六番) 目次 十七番札所:阿弥陀寺 十七番札所について 御朱印情報 十七番札所:阿弥陀寺あみだじ じんせい ここが十七番札所の「阿弥陀寺」だね。 らいふ ここは山門がないんだねー。 なんでだろ? 十七番札所について 十七番札所のある阿弥陀寺は時宗じしゅうのお寺です。 ちなみに仙台の時宗のお寺は、こちらと若林区土樋にある真福寺しんぷくじの2つしかありません。 建治けんじ3年(1277)に、時宗の開祖である一遍上人いっぺんしょうにんが奥州を遊行ゆぎょうした際、伊達家四代目政依まさよりが帰依し、伊達郡梁川町(現・福島県伊達市梁川町)に寺院を建立します。 そして弘安こうあん3年(1280)に、一遍上人によって開山されました。 その後伊達家に従って、米沢、岩出山、仙台と移転しました。 現在地に堂宇を構えたのは1640年代だとされています。 本尊の阿弥陀如来立像は伊達家十四代目稙宗たねむねが、六男宗貞むねさだが短刀で遊んでいた際の事故で亡くなったときに、寄進したものです。 『承久三年二月日作佛僧宋實』と銘が打ってあり、宮城県内最古の在銘像として宮城県登録文化財に指定されています。 宮城県登録文化財―木造阿弥陀如来立像 観音堂には「影沼観音」と呼ばれる、鎌倉時代作と推定される聖観音像が安置されています。 その言い伝えがあります。 藩政当時は寺周辺が湿地で、沼のように水がたまっていたところがあったそうです。 当時の住職がその沼に影をみつけ、探ってみたところ、観音様が引き上げられたという話です。 そこから「影沼」とつけられたとされています。 現在は仙台市登録文化財に指定されています。 仙台市登録文化財―木造聖観音立像 御詠歌:"つきせじな幾世ふるとも阿弥陀仏はなれじとのみたてし誓は" 参道にお地蔵さまがいっぱーい。 仙台三十三観音第17番 阿弥陀寺 - Spherical Image - RICOH THETA 360度カメラで撮影した境内の様子 中は拝観できないみたい。 実物見たかったなー。 一遍上人の飛びぬけたとこが好きなんだよなー。 なんでもトランス状態で踊ってて、まわりも感染しちゃってたらしいよ。

  • 仙台三十三観音巡り:成覚寺(第十六番)

    大林寺(第十四番)・愚鈍院(第十五番) 目次 十六番札所:成覚寺 十六番札所について 御朱印情報 十六番札所:成覚寺じょうかくじ ここが十六番札所、「成覚寺」の参道だね。 愚鈍院のお隣だけど、こっちは新寺通りから入るのね。 十六番札所について 十六番札所がある成覚寺は京都東山知恩院ちおんいんを総本山とする浄土宗のお寺です。 室町時代中期に伊達郡(現・福島県伊達市)に開山されました。 その後伊達家とともに米沢(現・山形県米沢市)に移ります。 伊達政宗が岩出山(現・宮城県大崎市)に移ることになった際も、政宗が深く帰依したとされる呑茶和尚がそこに堂宇を建て中興しました。 さらに政宗の仙台開府にあたり、慶長5年(1600)に現在の地に移転しました。 成覚寺には三つの登録文化財があります。 一つ目は観音堂に安置されている木造聖観音像です。 平安時代に作られたとされています。 元々は伊豆河津邑(現・静岡県加茂郡河津町)の南禅寺にありましたが、江戸時代に仙台の商人が譲り受け、成覚寺に奉納したそうです。 宮城県登録文化財―木造聖観音像― 二つ目は室町時代に描かれたとされる青海曼荼羅図です。 寛永7年(1630)に京都法林寺から寄進されました。 宮城県指定登録文化財―青海曼荼羅図― 三つ目が旧浄眼院殿霊屋門きゅうじょうげんでんたまやもんの山門です。 仙台四代藩主綱村の母・浄眼院(三沢初子)の墓所にあった門で、明治初期に伊達家から譲り受けたものです。 仙台市指定登録文化財―成覚寺山門(旧浄眼院殿霊屋門)― 御詠歌:"覚り成るころはむかしの十の月みちくる月のあけがたの空" りっぱだねー。 作られたときは総漆塗りだったらしいよ。 仙台三十三観音第十六番 成覚寺 - Spherical Image - RICOH THETA 360度カメラで撮影した境内の様子 比較的新しい観音堂だね。 けっこう背が高いのね。 165cmあるそうだよ。 愚鈍院が「五劫山」で成覚寺は「十劫山」なんだね。 こちらは悟りの寺だったと言われてるみたい。 ねぇ御朱印もらいに行こうよ! 御朱印情報

  • 仙台三十三観音巡り:金勝寺(第十三番)

    慈恩寺(第十二番) 目次 十三番札所:金勝寺 十三番札所について 御朱印情報 十三番札所:金勝寺きんしょうじ 金勝寺着いたー。 ここが十三番札所ね♪ 仙台サンプラザの裏にあるんだね。 十三番札所について 十三番札所の金勝寺は曹洞宗のお寺です。 永正えいしょう元年(1504)に瑞雲寺(若林区連坊)の中岳泉波和尚によって、仙台南町に建立されました。 しかし伊達政宗が町割りを実施した際に、かつて天神下と呼ばれた東十番丁に移転します。 さらに昭和56年(1981)に仙台市の区画整理事業によって、現在の地に移りました。 天保てんぽうの大飢饉だいききんで仙台も多数の餓死者が出た際、その人々を供養した叢塚くさむらづかがここ金勝寺にあります。 藩は天保7年(1836)にここ金勝寺に救済小屋が建て、また商人の佐藤助右衛門も私財を投じ、飢える人々に粥をふるまったと記録されています。 それでも仙台では30万人以上の餓死者が出たそうです。 こちらには観音堂はなく、本堂に聖観音像が安置されています。 御詠歌:"うき雲のかかればみねの松風にふきはらはせていづる月かげ" お地蔵さまって実はすごいお方なんでしょ? 弥勒菩薩みろくぼさつが現れる間に六道すべてに現れて衆生を救うとされているからね。 まあ日本では子供の守り神として信仰されることが多いみたいだけど。 かっこいいなー! 仙台三十三観音 金勝寺(第十三番) - Spherical Image - RICOH THETA 360度カメラで撮影した境内の様子 "こんぴらだいごんげん"って? 神仏習合の神様だよ。 主に海上安全を願って信仰されてきたらしいね。 見られている気がする・・・。 威風堂々とした本堂だね~。 こちらに聖観音さまがいらっしゃるのね。 さて、御朱印をもらいにいこうか。 御朱印情報 御朱印の受付所はありません。 本堂右にある庫裏のインターフォンを押して、御朱印をいただきに来たことを伝えてください。 わーい♪ 御朱印ゲット♪ 次は新寺通りに向かうよ。 曹洞宗松風山金勝寺

  • 仙台三十三観音巡り:満願寺(第八番・第九番)

    Prev:大願寺(第七番) 目次 第八番・第九番札所:満願寺 第八番・第九番札所について 御朱印情報 第八番・第九番札所:満願寺まんがんじ ここが八番・九番札所の「満願寺」だね。 宮城県神社庁のお隣なんだね。 でも、門が閉まってるよ? ぐるっと回って、裏通りから入れるみたい。 行ってみよう。 八番・九番札所について かつての八番札所は宝光院ほうこういん観音堂というところでした。 現在は錦町公園(青葉区本町)がある場所に建てられていましたが、明治に入り廃寺となりました。 残された観音堂も、昭和20年(1945)7月の仙台空襲によって焼失しました。 しかし、本尊の聖観音像は焼失を免れたので、近くの満願寺に安置されます。 そのまま九番札所の満願寺が八番札所を引き継ぎ、2つの札所を兼ねることになりました。 八番札所御詠歌:"友人は同じ心にまちいつついのりてや行く今とのちの世" そして九番札所の満願寺は天台宗のお寺です。 聖武天皇の願いにより、行基ぎょうきが、光明皇后の御持仏である聖観音像を携え、白河の関(現在福島県白河市にある関山せきさん)に開山したとされています。 天正時代に住職が伊達家を頼り岩出山(現・宮城県大崎市)に移り、慶長17年(1612)に仙台城下に堂舎を建てました。 満願寺は享保11年(1726)と慶応3年(1865)に火災に遭っています。 さらに仙台空襲(1945.7)によって本堂をはじめほとんどが焼失しました。 しかし歴代住職の尽力により、昭和61年(1986)に現在の本堂が完成し、今に至ります。 九番札所御詠歌:"もろもろのねがいもみつるこの寺やまことの心ふかくいのらば" 仙台8・9満願寺 - Spherical Image - RICOH THETA 360度カメラで撮影した境内の様子 昔はここらへんもお寺がたくさんあったそうだよ。 でももうここしか残ってないみたい。 当然ながら今はビルばっかりね。 こちらに両札所の聖観音像が納められているそうだけど、 どちらも秘仏で公開されてないみたい。 もっと全体が分かる、いい写真なかったの? あははは・・・。 さて御朱印をもらおうか。 御朱印情報 御朱印の受付所はありません。

  • 仙台三十三観音巡り:昌繁寺(第五番)

    Prev:永昌寺(第四番) 目次 五番札所:昌繁寺 五番札所について 御朱印情報 五番札所:昌繁寺しょうはんじ えーとー。ここが五番札所の昌繁寺ね♪ トラックとかあって参道の写真が撮れなかったよ・・・。 第五番札所について 五番札所の昌繁寺は浄土宗のお寺です。 慶長6年(1601年)に本材木町もとざいもくちょう(現・青葉区立町)に念仏堂として建てられたのち、寛永13年(1636年)に現在の場所に移転したとされています。 山号は『大鶴山だいかくさん』で、その名の由来はこの寺院を建立した大工の"福田鶴右衛門"から。また『昌繁寺』という寺名は、鶴右衛門が入信後に"繁誉昌空"と名乗ったことから付けられたとされている。 境内の観音堂には、作者不明で、鎌倉時代末期の作と推定されている聖観音像が祀られています。 また、この昌繁寺の四脚門と呼ばれる山門と、観音堂は仙台市の登録文化財に指定されています。 仙台市登録文化財―昌繁寺山門・観音堂 御詠歌:"千代よばふ鶴のはやしのかひありていくよさかりに繁る山もと" 歴史ある山門だね。 鬼瓦の横にいるおじさんは何? めっちゃ気になる。※調査中 仙台5昌繁寺 - Spherical Image - RICOH THETA 360度カメラで撮影 これが観音堂みたいだけど・・・。 中は見れないね・・・。 聖観音さまがおられるはずなんだけど。 この本堂は明治に作られたらしいよ。 こまさまステキ♪ 御朱印をもらいに行こうか。 御朱印情報 御朱印の受付所はありません。 本堂右にある玄関のインターフォンを押して、御朱印をいただきに来たことを伝えてください。 さあ次! どんどんいくわよー! 次はお隣だね。 浄土宗大鶴山昌繁寺 宮城県仙台市青葉区新坂町13-1 Next:荘厳寺(第六番)

  • 仙台三十三観音巡り:法楽院観音堂(第一番)

    Prev:仙台三十三観音巡りについて 目次 一番札所:法楽院観音堂 一番札所について 御朱印情報 おまけ:亀岡八幡宮 第一番札所:法楽院観音堂ほうらくいんかんのんどう じんせい これが「法楽院観音堂」か。 東北大川内キャンパスの近くにあるんだね。 らいふ ここが"第一番札所"ね。 なんかこじんまりしてて、かわいい♪ 法楽院観音堂 - Spherical Image - RICOH THETA 360度カメラで撮影 一番札所について 「法楽院」というお寺は今はありませんが、以前は青葉ケ崎(現在の仙台城跡付近)にあったとされ、その一帯を治めていた国分氏の庇護を受けていたといわれています。 伊達政宗が入府し、仙台城が築かれたときに亀岡の町に移され、その後廃寺となって、観音堂だけが残されたようです。 ここに観音堂に祀られているのは聖観音で、前記の国分氏の守り仏だったそうです。 現在の観音堂は五番札所がある新坂町の昌繁寺が管理しています。 御詠歌:"ふだらくやうつして祈る亀が岡よろづ代かけてたえぬちかひを" 聖観音像は厨子ずしに入っていて見れないみたい。 かわりにお写真が置いてあるけど。 真ん中の文字、なんて書いてあるの? 篆書で「観"世"音」 こっちは? こっちは「正観音」だと思うよ。 こちらはきっと馬頭観音ばとうかんのんさまね。 観音三十三化身のひとつだね。 さ、御朱印をもらいにいこう。 御朱印情報 観音堂から3軒先の大森さんというお宅でもらえます。 個人宅で管理されているので、留守のときもあるらしいです。 電話番号が観音堂に記載されていますので、場所がわからない場合そちらに電話してみてください。 わーい♪ 御朱印もらえたー♪ やさしいおばあさんだったね。 法楽院観音堂 住所:宮城県仙台市青葉区川内亀岡町2 おまけ:亀岡八幡宮 法楽院観音堂は亀岡八幡宮と関係あるとか、ないとか言われたね。 ついでに行ってみよう。 よく見ると八幡宮の"八"が鳩になってる! ぜえぜえ(+o+) 長いうえに、がたがたで危ない。 つかれたー(T_T) これ何段あるの? 365段もあるらしい。

  • 仙台三十三観音巡り:愚鈍院(第十五番)

    Prev:大林寺(第十四番) 目次 十五番札所:愚鈍院 十五番札所について 御朱印情報 十五番札所:愚鈍院ぐどんいん 十五番札所の「愚鈍院」に着いたね。 最初、新寺通りの裏門から入っちゃったけどね。 反対側のここが正門なんだね。 しかし、"愚鈍"って、どう言う意味を込めて付けたんだろうね。 十五番札所について 十五番札所の愚鈍院は浄土宗のお寺です。 慶長7年(1602)に伊達政宗の要請で、成覚寺(若林区新寺)の呑茶どんちゃ和尚が、仙台南町に開山されました。 そして元和3年(1617)に現在の場所に移転しました。 愚鈍院の山号は「五劫山ごこうさん」で、これは阿弥陀仏あみだぶつが法蔵菩薩ほうぞうぼさつとして修行していたときに、五劫という長い時間をかけて考えた末に、衆生を救うために四十八の誓願を立てたという「五劫思惟ごこうしい」のことばから取られたそうです。 その名の由来から修行のためのお寺だったとされています。 ただ明治初期に住職のいない事態になり、昭和26年(1951)までの80年ほど無住の期間がありました。 その間、寺は荒れ放題だったそうです。 しかし今は、こちらにある「桜塚観音」にちなんで、桜色の山門と本堂が建てられ、見事に再興さたました。 その"桜塚"観音という名の由来ですが、呑茶和尚が境内の桜の木に観音様がいらっしゃると、存命中に説いていたころから始まります。 和尚が亡くなってから85年後の宝永3年(1706)四月某日夜に、その桜の木に光がさして、そこから観音様が現れたそうです。 さらにその夜に、当時の住職の夢にも観音様が現れてお告げを受けたので、お堂を作り、そこに聖観音像を安置したことから「桜塚」と名づけられました。 御詠歌:"おろかなる身をおもふとてけしのます五つはかりしほどぞ久しき" 仙台三十三観音第十五番 愚鈍院 - Spherical Image - RICOH THETA 360度カメラで撮影した境内の様子 すてきな中庭ね♪ 観音さまは拝観できるようだね。 写真は失敗しちゃったけど・・・。 ま、桜の時期にまた来ましょうよ。 ぴんく色ー。 山門もぴんくだったよね。

  • 仙台三十三観音巡り:大林寺(第十四番)・愚鈍院(第十五番)

    仙台三十三観音の第十四番「大林寺」と第十五番「愚鈍院」を紹介します。

  • 仙台三十三観音巡り:慈恩寺(第十二番)・金勝寺(第十三番)

    仙台三十三観音巡り、十二番札所の「慈恩寺」と十三番札所の「金勝寺」を紹介します。

  • 仙台三十三観音巡り:仙岳院(第十一番)

    Prev:善入院(第十番) 目次 第十一番札所:仙岳院 十一番札所について 第十一番札所:仙岳院せんがくいん 十一番札所の「仙岳院」に着いたね。 すぐ近くが東照宮なのね♪ しかし重厚な門だなー。 十一番札所について 十一番札所の仙岳院は比叡山延暦寺ひえいざんえんりゃくじを本山とする天台宗のお寺です。 承応3年(1654)に仙台二代藩主・伊達忠宗が幕府に願って、徳川家康を祀る神社である東照宮を建てる際、そこを管理する寺である別当寺として創建されました。 明治までは仙台藩の公的な寺であるとする「一門格」という寺格を与えられた寺院の筆頭でした。 こちらの本堂は「釈迦殿しゃかでん」と呼ばれ、中には本尊として釈迦三尊像が安置されていて、どちらも仙台市登録文化財に指定されています。 仙台市登録文化財―仙岳院本堂― 仙台市登録文化財―釈迦三尊像― 観音堂には「小萩こはぎ観音」と呼ばれる、奈良時代に行基によって作られたとされる、十一面観音像が祀られています。 その名の由縁は文治5年(1189)まで遡さかのぼります。 鎌倉幕府初代将軍の源頼朝みなものとのよりともが平泉ひらいずみを征伐した際、東北地方を治めていた奥州藤原氏3代目秀衡ひでひらの三男忠衡ただひらの女児を、家来の守時とその妻で小萩が守るために出家します。 その後仙台に移りますが、小萩の夫・守時は死に、忠衡の娘も亡くなってしまいます。 そこで小萩は現在の東照宮の近くにお堂を建て、忠衡の娘の御持仏であった十一面観音像を祀り冥福を祈ったことから、その観音像に「小萩」と冠されるようになったそうです。 小萩観音は時代とともに転々としますが、明治の時に商人の手にあったのを、当時の仙岳院が買い取ったそうです。 御詠歌:"あとたれし神もすずしめ法の花さくやつつじが岡のみむろに" 仙台11仙岳寺 - Spherical Image - RICOH THETA 360度カメラで撮影した境内の様子 天台宗のお寺は卍マークがいたるところにあるよねー。 卍って元は吉祥のマークらしいよ。 マジ卍なマークなのね♪ あれが観音堂だね。 開いてるから、上がらせてもらおう。 うーん。でも観音様は見れなくなってるね。

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