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  • 昭和記念公園のイチョウ並木

    日暮らし通信発信元:赤とんぼ先日の朝刊多摩版に「秋の東京立川で見頃」の見出しで昭和記念公園のイチョウ並木が見頃だとの記事が載っていた。「ああ、そんな季節なのか?」と、いささか外出しない私の季節感が鈍くなったことに気付いてしまった。時間があれば公園に行きたいが、それも無理だが、ふと過去にそのイチョウ並木を見に行ったことを想い出し、ファイルしていた画像を探してみた。その時の画像が見つかったが、妻と嫁さんの三人で公園に行ったことを想い出した。それは2006.11.15のことで、妻が退院した後のことだった。嫁さんがお弁当を作り、それを園内で食べたが、妻は車椅子での園内移動だった。この公園はかつては立川飛行場の跡地だが、広大な敷地を国営公園としているので多くの人たちの憩いの場でもある。立川口から入るとすぐにお目当て...昭和記念公園のイチョウ並木

  • 西武池袋線を撮る

    日暮らし通信発信元:赤とんぼ空堀川の右岸沿いを下流に向かって歩き、志木街道を横切り、前原橋を左に見てさらに歩くとやがて西武池袋線が空堀川と交差する陸橋が見える。私はあまりこの方面には行かないが、今日は右岸で自転車を止め、電車を撮ることにした。短い30分ほどの写真撮りだったが、それでもその時間内に何本もの電車が通過して行った。私は鉄道ファンではないので電車の型式などは判らないが、実にいろいろと塗装した電車があるものだと思った。今は西武線も他社との相互乗り入れをしているので、走る電車は多種多様、同じ線路を走れるのはそれなりに電車の技術的、物理的仕様がある程度標準化している証拠だろう。私は西武電車は黄色い車輌だと未だに思っている男だが、どうもそうでもないらしい。電車を撮るテクニックがあるのだろうが、私は全く撮り...西武池袋線を撮る

  • 真言宗豊山派・東福寺

    日暮らし通信発信元:赤とんぼ昨日は所沢市本郷にある東福寺を訪れた。先日、清瀬金山緑地公園のコスモス畑で遠方に見た守護観音さまを参拝するのが目的だった。だがこの公園経由で行けばよかったのに、私は別ルートで行くことを思いついたが、これが失敗の元だった。そのルートを自転車で走り始めたが、東福寺が判らず私は完全に迷走状態になって右往左往するままに走ることになった。とにかく南方向を目指して公園に行くことにしたが、やっとその公園に着くことができた。でも、私も脳力が落ちたもんだと気落ちしてしまった。ここに来れば北方に観音さまが見えるので、それを見ながらやっと東福寺に辿りついた。寺の正門にある石柱には「成田山東福寺」と刻まれていたが、正確には「真言宗豊山派寺院東福寺で成田山観音院」と号する。そして境内の高台には守護観音さ...真言宗豊山派・東福寺

  • 私が好みの髪型は?

    日暮らし通信発信元:赤とんぼ今朝、8時半過ぎからH子さんにMの髪の毛をカットしてもらった。二人暮らしの時、いろいろと困ったことがあったが、その一つがMの髪の毛をカットすることだった。街中の美容院に連れて言ってカットすることを考えたが、Mからはノーの返事だった。仕方なく、最初の頃は私がハサミでカットしていたが、このカットは難しく、しばしば虎刈りになったが、Mは「ああ、サッパリした」と文句を言うこともなかった。その後はDSの施設に美容師さんが出張して来るのでカットをお願いしていたが、このコロナ騒動で外部との接触を避けるために美容師さんも来なくなったので、また私がカットすることになってしまった。だが、長男夫婦と同居するようになってからはH子さんにカットを任せることにした。このような仕事は女性の細やかさが有効だと...私が好みの髪型は?

  • コスモス と 守護観音さま

    日暮らし通信発信元:赤とんぼ先日、清瀬金山緑地公園北側でコスモスを撮っていたが、撮る場所を変えると所沢市本郷の東福寺境内におわします真っ白な守護観音さまが見えてきた。コスモスと観音さま、何か不思議な光景だが、観音さまもコスモスのお花見をしているだろうか?東福寺は正式には「水木山阿弥陀院東福寺」と号する真言宗豊山派の寺院です。くしくも我が家の宗旨も真言宗豊山派です。いつか東福寺を訪れ、守護観音さまを参拝したいと思っています。★写真の上でクリックすると拡大されます★写真説明:守護観音さま撮影場所:清瀬金山緑地公園にて(2022.10.20)コスモスと守護観音さま

  • 清瀬金山緑地公園のコスモス

    日暮らし通信発信元:赤とんぼ先日、電動自転車で柳瀬川沿いを走り、清瀬市北部にある清瀬金山緑地公園に行きました。この公園は妻が最初に退院した当時は毎日のように車で行き、散歩していたことがあった。今は有料駐車場も完備されているが、当時はフリーでの駐車だったから、満車の時はすぐに帰ったこともあった。この公園に行くのは久しぶりのことだったが、一番の環境変化は雑草が生い茂っていることだった。以前は歩行路の両側の雑草はあまり気にならなかったが、今日は延びた雑草が通路にまではみ出して通行を妨げているほどだった。明らかに地球温暖化の影響を受けているのだろう。今日はあまり目的もはっきりしないで公園に行き、池の写真でも撮るつもりだったが、思いがけない光景に出会った。それは公園北側の広大な面積の畑でたくさんのコスモスが咲いてい...清瀬金山緑地公園のコスモス

  • イギリス in 1977 (終わり)

    日暮らし通信発信元:赤とんぼ●この項のタイトル:たくさんのお土産を買ってきました●海外へ行くなんて会社の出張でもなければなかなかチャンスは無い。それが現実となっていろいろな経験をさせていただいた。他のページでも触れたが餞別を戴いた人もいて、たくさんのお土産を買ってきた。その数73人分。いろいろあって書ききれないが子供たちには特別な気持ちでお土産を選んだ。何しろホームシックにも掛かった私だが妻にも子供にも会いたい気持ちが高ぶっていた。特に前の年に生まれた次女のことが心配だった。ホテルの部屋で帰国の日をカウントダウンするように毎日カレンダーの日付を塗りつぶしていた。お土産を揃えるのに苦労したが妻には英国のウェイジウッドのネックレスと帰りのアンカレッジで腕時計を買った。長男には車の模型や飛行機の本、二階建てバス...イギリスin1977(終わり)

  • イギリス in 1977 (その27)

    日暮らし通信発信元:赤とんぼ●この項のタイトル:食べ物について●この出張を通じて感じたことは"食べ物に対し好き嫌いの無い私"を有り難いと思ったことです。何でも食べることができることは、特に海外出張などでは面倒のない生活を楽しむことができる。ロンドンの街中での日本人向き和食・中華レストランの前には必ず日本人が立っていてショーウインドーを覗いていた。おそらくは何か和食を食べたいのだろう。海外に行くとラーメンとかウドンとかお刺身を食べたくなると聞かされたが私は全くそんな気持ちにならなかった。何を食べても美味いからである。研究所の昼食は有料のバイキング式だが何でも口に合った。特に煮たトマトは私の最も好きなメニューとなった。帰国後それを探したが同じ味のトマトを見つけることができなかった。それでも家に帰った晩に日本酒...イギリスin1977(その27)

  • イギリス in 1977 (その26)

    日暮らし通信発信元:赤とんぼ●この項のタイトル:一泊二日のフランス旅行●土曜、日曜日は休みなのでこの機会にフランスに行こうと話しが纏まった。往きは飛行機、帰りはカレーからホバークラフトで帰ろうとの予定であった。参加者は出張で同行した男性6人。さて飛行機でドゴール空港へ。通関も5人までスムーズで早フランスへ。ところが6人目の私だけは許可が下りない。別に悪いことはしていないのにストップなのである。恐らくは何かを照合しているのであろう。後で聞いた話だが、私が日本赤軍派の手配写真に似ているのでその確認のためストップされた理由らしい。。待つこと約20分。やっと許可が下りた。言葉が喋れたら文句の一つも言ってやりたいくらいである。この一件ですっかりフランス人が嫌になってしまった。それに輪を掛ける嫌なことがあった。すぐ凱...イギリスin1977(その26)

  • 日々雑感

    日暮らし通信発信元:赤とんぼ8時半過ぎ、Mは迎えの車に乗ってDS(デイサービス)へ行った。私はその車が見えなくなるまで見送った。もうこのような事が十数年続いている。聞くところによれば家族から無理強いされてDSへ行かされている人もいるとのことだが、そのような人は耐えがたい思いをしていることだろう。最初、私がMのDS行きを考えた時、その雰囲気に馴染むことができるだろうか?と心配したが、それは杞憂に終り、行きも帰りもニコニコ顔を失わないので安心している。Mが元気な頃は人付き合いも温和な性格だったが、記憶の一部を無くしてもその穏やかさはDSでも生かされているようだ。MがDSへ行く日だけは私は限られた時間だけ、自由に使うことができる。でも17時頃には帰って来るのであっという間にその自由時間も終ってしまう。この時間を...日々雑感

  • イギリス in 1977 (その25)

    日暮らし通信発信元:赤とんぼ●この項のタイトル:トラファルガー広場●休みはもっぱらドライブを楽しんでいた。他にやることが無かったせいもある。先日テレビでの英国特集番組でトラファルガー広場の画面があり懐かしかった。今から想うと冷や汗もののドライブだったがあの広場に車で行った。同行したスタッフのIさんは音楽好きで、ある時有名な「アルバートロイアル・ホール」での演奏会を聞きに行ったが、帰りは車で迎えに来て欲しいとのことだった。そこで慣れない道路を探しながら辿り着いたのがトラファルガー広場だった。ぐるぐる回って道を探していたが、偶然Iさんに会うことができたが、もし会えなかったらまだぐるぐると回っていたに違いない。広場でお馴染みのあのライオン像も"あの日本人の車はいったい何をしているんだ"と胡散臭げに見ていたことだ...イギリスin1977(その25)

  • イギリス in 1977 (その24)

    日暮らし通信発信元:赤とんぼ●この項のタイトル:ストーンヘッジ●英国へ来ていろいろな場所を訪れたがストーンヘッジも忘れられない。ストーンヘッジは誰が造ったのか?、何のために造ったのか判らない謎の多い円形の巨石群。ロンドンより西へ約100キロ以上も車で走らなければならない。しばらく走るとやがて緑が多くなり牛や馬が見えるのどかな田園風景に変わる。山らしい山は無く、緑の丘の間を高速道路が一本走っている。この風景はどことなく北海道に似ている。やがてストーンヘッジが視界の中に入ってきた。曇り空と巨石のコントラストは宇宙人がUFOで飛んできてもおかしくない雰囲気だ。ただ、回りには何も無い。ただ巨大な石が積み上げられているだけだ。もし宇宙人が来てもあまりの殺風景な佇まいにすぐ帰って行くかも知れないように何もない。手持ち...イギリスin1977(その24)

  • イギリス in 1977 (その23)

    日暮らし通信発信元:赤とんぼ●この項のタイトル:サッカー●英国はサッカーの本場。私はあまり興味は無いが同行したサッカー好きなスタッフに誘われて試合を見に行った。またびっくりすることばかりであった。この試合は第4部リーグの試合だからかなり実力は下のチームらしい。行われた街は全くの田舎で普段は人影も無く、寂しい静かな佇まいである。ところがサッカーの試合があると一変する。どこから来るのか知れないがとにかく人が集まってくる。道路も臨時の駐車エリアとなり、普段は警官の姿を見つけるのに苦労するくらいなのに、サッカーがある時は警官が大勢いる。騎馬警官や警察犬のシェパードも動員されている。さて試合が始まると応援する歓声がすごい。ひいきの引き倒しと言えるほどのエキサイトぶりである。何やら小競り合いも始まっていた。ハーフタイ...イギリスin1977(その23)

  • イギリス in 1977 (その22)

    日暮らし通信発信元:赤とんぼ●この項のタイトル:コンコルド●研究所内の通路を職長のジャクソンにエスコートされながら歩いていたら突然上空でバリッ~バリッ~と音がした。「ハリー、コンコルドだ!!」とジャクソンが叫んだ。見上げるとコンコルドだ。ヒースロー空港に向かっているのだろうが、コンコルド特有の機首を下げて低高度で飛行している。名の通り"怪鳥"がランディングの体勢に入っていた。ジャクソンは「見たか、英国の誇り"コンコルド"だ」と言いたげに見上げている。私は初めてコンコルドが飛んでいる姿を見た。民間機で音速を超えた飛行で商業ベースにのったのはコンコルドだけである。英国人はかなりこの飛行機を自慢しているようだ。しかし私の感想は「何とうるさい飛行機であろうか?」であった。この騒音問題がネックとなって日本の航空会社...イギリスin1977(その22)

  • イギリス in 1977 (その21)

    日暮らし通信発信元:赤とんぼ●この項のタイトル:イギリス空軍ヘンドン飛行機博物館●「FJR710エンジンの想い出」を続けることにしよう。英国出張は昭和52年(1977)のこと。もう昔話になってしまうが私にとって初めての外国とあって懐かしい想い出ばかりである。いつかは忘れられてしまう私の歴史だろうが、このページ以降ではその想い出の幾つかを纏めておくことにする。しかし、何しろ記憶が薄れてしまったことが多いので纏まりの無い文書になることであろう。英国出張が決まった時、どうしても行きたい場所があった。それが「イギリス空軍ヘンドン飛行機博物館」である。この博物館はロンドン北部の郊外にあり、第一次世界大戦から現代までの様々な軍用機が展示されていた。ここは英国のみならずドイツ機の展示も充実していて有名である。英国は戦勝...イギリスin1977(その21)

  • イギリス in 1977 (その20)

    日暮らし通信発信元:赤とんぼ●この項のタイトル:高度35,000フィート、入口温度マイナス35度●いろいろな高度を想定しての試験であったが多くは忘れてしまったので、意識を呼び起こしながらこの文を作っている。しかし、高度35,000フィート、入口温度マイナス35度の中で運転されたFJR710エンジンの性能を確認するこの試験で鮮明に覚えていることがある。それはこの運転終了後、エンジン点検のためにチャンバーの中に入った時にびっくりしたのは入口ダクトが氷結して真っ白だったこと。長く伸びたダクトの白さが妙に幾何学的に綺麗な光景であったことを忘れていない。そして私がスロットルレバーを操作する装置の作動油が低温で影響を受けないかと心配したが、スムーズに作動したことに安堵した。全ての試験が終った時、私は重く感じていた肩の...イギリスin1977(その20)

  • イギリス in 1977 (その19)

    日暮らし通信発信元:赤とんぼ●この項のタイトル:再着火試験●ジェットエンジンは如何なる場合でも連続燃焼しているが、それでも飛行中に火が消えることは想定しておかなければならない。火が消えることは当然推力の減少を招くから機長は再着火を試みる。しかしながらどんな高空条件下でも再着火が可能と言う訳でもない。その再着火エンベローブを探るのも今回の試験目的でもあった。即ち横軸を機体速度(機速)、縦軸を高度のグラフを想定するならば機速に対して如何なる高度で着火可能なのかを確認し、その点を結んだ範囲が再着火可能なエンベローブなのである。飛行中に4発のエンジンの火が消えたのは現実に起こった。年代は忘れたがインドシナ半島上空を飛行していたイギリスBA航空のジャンボジェット機の全てのエンジン4基が停止した。幸い高度が充分にあっ...イギリスin1977(その19)

  • イギリス in 1977 (その18)

    日暮らし通信発信元:赤とんぼ●この項のタイトル:高空性能試験●この研究所の如何なる設備で高空条件を設定しているのかは判らないが、その装置を動かすためには膨大な電力を使用するとのことである。ここではチャンバー後方より空気を抜いて減圧しているのかも知れない。また入口空気温度を下げるのはアンモニアを用いている。しかし、リクエストされた高空状態にシュミレートするのは意外と時間が掛かるようであった。まして複数のチャンバーで同時に試験することも可能であろうから、短時間で設定することは難しいことだろう。私たちは地上運転場のみでのエンジン試験(大気圧状態での運転)の経験しか無かったのでここでの試験は非常に興味深いものがあった。エンジン後方から空気を抜くと当然エンジン入口では空気が流れ込むことになる。そのためエンジンは風車...イギリスin1977(その18)

  • イギリス in 1977 (その17)

    日暮らし通信発信元:赤とんぼ●この項のタイトル:運転中のオイル洩れ●エンジン運転中、エンジンは数台のカメラによってテレビで監視するのみで直接見ることはできない。最初の運転時、アイドルからゆっくり回転数を上げていったが突然何かの液体が噴射する事象が発生、直ちにエンジンを停止した。実はこの時、私は心中穏やかではなかった。もし、私が関わった所で締め付け忘れでもあったらどうしようか。いい恥さらしになってしまう?と不安だった。そんな思いが交差する気持ちで停止後チャンバーに入ってほっとした。英国人作業者のミスでオイル配管に締め忘れがあったのである。これには後日談がある。試験契約によれば研究所側にミスがあった場合はそれなりの損害責任が発生るというのである。この場合、明らかに英国側のミスであるから日本側からクレームを指摘...イギリスin1977(その17)

  • イギリス in 1977 (その16)

    日暮らし通信発信元:赤とんぼ●この項のタイトル:運転オペレーター●エンジンの運転操作をする人をオペレーターと呼んでいる。日本でのFJR710エンジンの運転は私がオペレーターを勤めるが、この試験では英国人がオペレーターである。赤ら顔で長身の老人だが何かアル中みたいな人で、グローブのような大きな手でスロットルレバー(車に例えればアクセルペタルに相当する)を操作する。では私のミッションは?エンジン・パラメーターを監視し、同時にオペレーターの操作も監視し、必要に応じてアドバイスすることである。FJR710エンジンのスタート手順は他のエンジンと違って少し厄介な操作がある。最初のスタート時、その操作がもたついて排気温度が上昇してしまった。ジェットエンジンの排気温度には厳しい制限があってその上限を超えることは絶対許され...イギリスin1977(その16)

  • イギリス in 1977 (その15)

    日暮らし通信発信元:赤とんぼ●この項のタイトル:鍵●このページ以降では「エンジン高空性能試験」時のエピソードを纏めてみよう。英国へ来てから何とも不思議なこと(私たちの慣習と違うこと)をたくさん見聞きしたがこの研究所でもたくさんあった。その一つが何をするにしても鍵の出番が多いことだった。私たちの日常生活を考えても鍵が無いわけではない。ただ、私たちが朝会社へ出勤しても早く来た人が配電盤を開け、電源を投入し、照明を付けるのが当たりまえなので配電盤には鍵など掛かっていないのが日本の現状でもある。ところがこの英国の研究所では配電盤には鍵が掛かっていて誰もが電源の投入などできないのである。ではどうするのか?朝、鍵束を持った品質管理スタッフがまずやって来る。その人が持つ鍵の数はおよそ80個以上あってガチャガチャ音を立て...イギリスin1977(その15)

  • イギリス in 1977 (その14)

    日暮らし通信発信元:赤とんぼ●この項のタイトル:スロットル・レバーの油圧系統●据え付けの殆どは英国人のメカニックが行ったが、ただ一つスロットル・レバー(車のアクセルペダルに相当する)の油圧系統だけは私が取り付け作業した。これはアーデル式と呼ばれる油圧装置で計測室内からオペレーターがエンジンのFCU(FuelControlUnit:燃料制御装置)を遠隔操作する大事な装置である。計測室内にある制御装置とエンジン側に取り付くトランスミッターを二本の銅管で接続し、充填された作動油を加圧することによりオペレーターが操作するレバーの動きが同一角度でエンジン側に伝わるようになっている。この装置については実績があるので作動についての心配は無かったが、高空性能試験なので大気条件35,000フィート、マイナス35度の試験の時...イギリスin1977(その14)

  • イギリス in 1977 (その13)

    日暮らし通信発信元:赤とんぼ●この項のタイトル:喫煙しながら作業してる●私がチャンバー内でエンジン計測系統を点検していたら何か灰のようなものが落ちてきた。見上げたら顔見知りのメカニックが片目でウインクしている。愛嬌者である。が、びっくり仰天した。彼は仕事をしながら葉巻をくわえていたのだ。私の頭はまだ切り替わっていなかった。日本だったら喫煙所以外は禁煙。まして工場内でタバコを吸うなんて罰金ものである。だがここは英国。チャンバー内は喫煙可なのだ。葉巻を吸うのは珍しいが多くの人は箱入りの既製のタバコではなく紙巻きタバコを愛用する。紙の上にタバコの粉をならべて舌で紙の端を濡らしてくるくると巻くのである。あっという間に小さな細いタバコが完成する。私もこの道具を買って巻きタバコに挑戦したが帰るまでにとうとう習得できな...イギリスin1977(その13)

  • イギリス in 1977 (その12)

    日暮らし通信発信元:赤とんぼ●この項のタイトル:エンジンの据え付け●日本から運んだ供試エンジンはチャンバーと呼ばれる試験施設に据え付けられる。このチャンバーは円形断面で、簡単に説明するとビール瓶を横にした状態と仮定するとその太い部分にエンジンを据え付けるのである。栓が付いている細い部分が吸気部でそれは高空状態をシュミレートするための施設と結合されている。勿論、この高空性能セルは膨大な施設で簡単に説明できそうもないが何箇所かのチャンバーが同時に使用できるのかも知れない。チャンバーは個室であるが空気通路で繋がっている。私たちが大気開放の地上運転場でエンジンと付き合っているのとは違っていかなる高空条件での性能を提供するために密閉された中での特殊な環境、それがチャンバーである。繰り返すがチャンバーは円形断面の鉄板...イギリスin1977(その12)

  • イギリス in 1977 (その11)

    日暮らし通信発信元:赤とんぼ●この項のタイトル:エンジン高空性能試験●「エンジン高空性能試験」が行われた英国のNGTE(NationalGassTurbineEatablishment:国立ガスタービン研究所)は広大な敷地の中にあり、その詳細は判らないが世界有数の研究所である。私たちも所内での通行は担当者のエスコートが必要で経路も決められた道路以外は通行できなかった。ある時、同行スタッフの一人が軽い気持ちで皆が集まっているのを写真で撮ったがそれが契約違反とのことでカメラは没収、フィルムは抜き取られてしまった。口頭だけの注意で済んだが一時は日本への送還もあり得るとの情報もあって冷や汗ものだった。だがその写真を焼き増ししてくれたのは粋な計らいでもあった。ここでは技術スタッフ部門と現場部門では日本以上にその階級...イギリスin1977(その11)

  • イギリス in 1977 (その10)

    日暮らし通信発信元:赤とんぼ●この項のタイトル:英国雑感●私たちはロンドン南西20キロほどのファンボローと言う所のホテルに滞在していた。この地は田舎の雰囲気のある所で人々も優しく接してくれた。英国は世界各地に植民地を持っていたのでいろいろな人種も混じっていたが日本人を初めて見たと言う人がいたのには驚いた。ロンドンの町中へ行ったら何事にも注意するように言われていたのだが田舎の人は日本と同じように親切であった。ある日、ホテルの駐車場に留めておいた私たちのレンタカーに誰かが接触したようだが、車には名刺が貼り付けてあり、お詫びと電話番号がメモしてあった。日本だったらそんな行為にお目に掛かれるであろうか。西暦1977年はエリザベス二世女王陛下が即位してから25年目であった。第二次世界大戦後、かつて栄華を誇った大英帝...イギリスin1977(その10)

  • 金木犀 咲く

    日暮らし通信発信元:赤とんぼ今日から10月、今年のカレンダーも残り三枚となった。ニュースなどではたくさんの品目が値上げされたと伝えられた。妻と二人暮らしの時は毎日、近くの食品スーパーへ買い物に行ったが、長男夫婦と同居するようになってからは私の買い物も減って、今は日常用品くらいの買い物となっている。先日、そのスーパーに行って驚いたのは殆どの食品物が値上げされていたことだった。今、我が家では食に関することは嫁さんに全て任せてあるので、私が食品物を買うことは無いが、嫁さんのやりくりも大変では?と思いました。コロナ騒動、ロシアのウクライナ侵攻と重大な出来事が多いに影響しているのだろうが、もっと安心して暮らせる世の中になるようにと願いました。NHKのラジオ番組を聴いていると、各地から金木犀が咲いたとの便りが寄せられ...金木犀咲く

  • イギリス in 1977 (その9)

    日暮らし通信発信元:赤とんぼ●この項のタイトル:英国の車事情●外国は初めての私にとっては見るのも聞くのも珍しいことばかり。特に日本製の車が多いのには目を丸くした。車種はホンダのシビックが殆ど。それと日本では考えられない古い木製のフレームみたいなものを付けた時代物の自動車が走っている。私たちが最初に借りたレンタカーはミニクーパー。運転席に丸形の計器が一個あるだけのシンプル過ぎるこの自動車は英国でも多く走っていた。また高級車のロールスロイスも走っている。英国の高速道路は無料。ミニクーパーでロールスロイスを追い抜いても罪にならないかどうか?なんて冗談を言いながら走ったが、何と言っても性能は今一つ足りない。何しろ加速するためにアクセルが床にピッタリくっついているのにスピードが加速しない。日本の車では考えられない性...イギリスin1977(その9)

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