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  • (59)眠れぬ苦しみ

    順番が来て診察室に入る。 主治医は母と一緒に私と姉が来ることは事前に受付から聞いていたはずだがそれには触れず、初対面の挨拶を交わす。 父が亡くなったこと、今日の目的は介護認定のための意見書を貰うことも改めて話す。 普通であれば医師との話があまりにスムースに運ぶことや、なぜ外科医ではなく心療内科医の意見書なのかといったことを疑問に思うところだが、母はそのことに対して全く触れない。 最初の内、母は私たちが陰であれこれ立ち回っていることに実は気づいていて、わざと触れないのかと思ったが、次第に本当に気づいていないのだ、物事に対し疑問に思うことがほとんどなくなっているのだということが分かってくる。医師の…

  • (58)待合室とワイドショー

    午後からはいよいよ母の心療内科の受診だ。 元々月二回の受診日の内の一日ではあったのだが、主治医は他の診療所とかけ持ちであるため週に一、二回ほどしか顔を出さない。 この日を逃してしまえば私も姉も仕事復帰してしまう。 何としてもこの日、主治医に母の症状の全てを伝えねばならない。そして介護認定が下りるよう意見書を書いていただくことをお願いするのだ。 私と姉は前の晩にこちらから伝えることと、逆に先生から聞くことを打ち合わせの上まとめておいた。診療所にも事前に電話で、家族から少しお時間を頂きたい旨を伝えておく。 準備は万端、私と姉はいつもお世話になっている先生に挨拶するという名目で母に付き添った。診療所…

  • (57)初七日の朝

    初七日を迎えた朝もまた慌ただしい。 仏花やお供えの支度をしつつ、木魚やおりんといった仏具を並べるのだが正しい配置がわからない。 こういう時はスマホが役立つ。 「何でもそれでわかるんだねえ」と母はしきりに感心する。約束の時間より少し早く住職が到着した。 私は住職が木箱から取り出した掛軸を受け取ると、竿を用いて鴨居に掛ける。 仏が描かれた掛軸で、四十九日が終わるまではお借りして祭壇の背後に飾っておくのだ。父の仏前、お経が読まれる。 娘は後ろの方で幼児向け雑誌を読ませていたが、最後まで大人しくしていた。 この数日間ですっかりお経を聞き慣れて、自ら木魚を叩いてはお経の真似事をするようにまでなっていた。…

  • (56)職人の血

    戦後の昭和20年代後半、日本中にパチンコブームが興ったという。 私の地元も例外ではなく、駅前をはじめとし市内には何軒ものパチンコ屋が林立した。 母の父、つまり私の母方の祖父は知り合いに話を持ち掛けられ、共同出資でパチンコ屋を開店したのだそうだ。 しかしやがてそのギャンブル性の高さに批判が集まり規制が敷かれ、全国の多くのパチンコホールは店を畳まざるを得なかった。 同じく祖父のパチンコ店も潰れ、負債を抱え家を手離すこととなった。 そのため母が床屋の主人とお隣同士だったのはその頃までということになる。 私はそのことを二人との会話から初めて知ったのだ。祖父は元々、下駄職人であった。 私の記憶にある母の…

  • (55)母の幼なじみ

    私と母はカメラ屋さんを後にし帰路につく。 正月明け早々とはいえ、町の商店はどこも閑散としていた。 花屋の前には軽トラックが停まり、エプロン姿の若い女性店員が重そうな鉢植えを荷下ろししている。 過疎化の進むこの町で、若者はどんなことを考え日々暮らしているのだろう。 郊外の大型パチンコ店は人気だし、夜になれば酒場は活況を呈する。 しかしそのような享楽に浸れない者も少なくないだろう。私は長男にも関わらずこの町を出た。 その経緯はまたいずれ書きたいと思うが、私とは違い、この町に残った同世代やそれより若い世代には多少の後ろめたさが拭えない。ある床屋の前を通りかかったとき、突然母が寄っていこうと言い出した…

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