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  • 十一日目 宮城-愛知

    僕がまず驚いたことはまだこんなにも復興が進んでいないのかということだった。ガードレールは破壊されてひしゃげたままにされており、道路は土嚢と砂で造られたものがあった。トラックはあちらこちらでせわしく作業をしていて、家が半分倒壊した状態で放置されているのが一番悲しみを感じさせた。僕は何もできない無力感に襲われながらこんなところで旅をしていていいのかという気持ちになった。彼らにしてあげられることは何もないんじゃないか。僕はこのままここにいていいのだろうか。そんな思いが一気に押しよせてきて渦のように僕の頭を巡り続けた。答えが欲しかったが誰に聞こうにも誰も答えてはくれないし、あらゆる人は自分たちのことで…

  • 十一日目 宮城-愛知

    フェリーの時間が近づいてきたので僕は仏堂の柵から手を離して島を眺めるのをやめた。いつまでもそんな風景を眺めているわけにはいかないのだ。三つある短い橋を渡ってから公園の向かいにあるお店まで歩いていき土産物をいくつか買った。買ったうちのひとつは「がんばろう、日本!」とかかれたタオルだった。なぜそんなものを買ったのかはわからない。でも東北にきて僕の心境が変わりつつあるのは確かだった。僕はそのタオルを大事にしまい、駐車場まで歩いていってTODAYに乗った。僕は仙台港へ戻ろうとしていた。 仙台港に着くとやることもなかったので、フェリーが出航する時間まで船内で必要になりそうなものをコンビニに買いに行った。…

  • 十二日目 愛知-大阪

    目を覚ましたとき二等の部屋の中は真っ暗だった。時計の針は五時半を指していた。朝の五時半だ。僕が船に乗ったのは昨日の昼一時だ。となると、僕は十六時間もここで眠っていたことになる。そんなに寝たのか? こんなにも長い間一度も起きずに寝ていたのは人生で初めてだった。僕は体を起こし、なにもせずただ漠然とその場に座り込んでいた。意識がだんだん戻ってくると僕は極度に腹が減ってきた。それは暴力的と言ってもいいくらいの空腹感だった。眠っていたときはおそらく意識がなかったせいで空腹のことまでは気がつかなかったのだろう。でも今では腹の空白がはっきりと胃に感じられた。僕はまだ半分しか開いていない目を手の腹でこすって覚…

  • 十二日目 愛知-大阪

    たびらいツアー予約 僕は名古屋港に降りて三重の方へ向けて出発した。名古屋の町はこれまで通ったあらゆる都会と同じように人々であふれかえり活気であふれかえっていた。腕時計を見て忙しそうなサラリーマンや、電話をしながらメモを取っているOLや、なにやら楽しそうに話している学生の雰囲気は、仙台や大阪や広島や福岡のそれと同じようなものを感じさせた。東京とは少し違っていた。あそこは特別だ。僕は二度目の金のしゃちほこを見てから、国道一号線に乗り西の方へ向けて出発した。 四日市を抜けて鈴鹿サーキットを通り過ぎ、三重の亀山で国道二十五号線に乗り換えて再び進んだ。僕は旅の行き道と同じ道を帰り道で通っていた。しばらく…

  • 十二日目 愛知-大阪

    僕はさまざまなことをこの旅で経験してきた。好奇心に駆られて出発し、恐怖と絶望を味わい、内省し葛藤し、たとえようもない寂しさや悲しさを東北で感じた。九州や中国や四国、関西と関東、東北へいく中で見方が変わり、考え方が変わり、行動が変わった。僕は数え切れないようなものをこの旅で得た気がする。 あるいは僕は何も変化していないのかもしれない。それは「気がする」だけで、実際には何の変化も見受けられないのかもしれない。身長だって変っていないし顔の形だって変わっていない。足のサイズだって変っていない。目に見える変化と言えば体重の変化くらいだろう。またそれらは、つまり僕の内的な変化は、僕自身が見た変化であり、他…

  • 十二日目 愛知-大阪(完)

    僕は奈良を越えて大阪へ来ていた。実家を目指して進み国道二十五号線の二度目の洗練を受けて、僕は故郷に帰ってきたのだ。大阪へ帰ってくると、通天閣や御堂筋線、なんばの夜の街があたりに彩り鮮やかな光を照らし出していた。僕はこれまでの旅で一番の安心感を抱いていた。それは旅の終わりの安心感なのか、故郷に帰ってきた安心感なのかはわからなかったが、その思いは僕に毛布に包まったときのような温かさを感じさせていた。 見慣れた街を通り抜けてにぎやかな街並みを横目に見ながら、ようやく実家にたどり着いた。「やっとついた」それが最初に抱いた思いだった。僕は家のチャイムを鳴らした。 「はーい。」と言って母親がドアを開けた。…

  • 九日目 神奈川-福島

    僕は千代田区を抜けてどこが街の切れ目かわからないような街並みをずっと走っていた。品川区、港区、新宿区、千代田区、台東区、足立区、これまで通ってきたのはそんなところだった。どの街も同じように忙しく、同じようにものすごいスピードで動いていた。日本の中心がここであることにも納得ができた。僕は国道四号線を走りながら意味もなく流れゆく人々を眺めていた。 東京はこれまで通ったどの街とも僕の目には違って見えた。すれ違う人々の姿はみんな何かしら不自然で、なにかしら技巧的だった。僕は信号で止まったときに彼らひとりひとりの顔を観察した。そして彼らはいったいどういう種類の人間なのだろうと考えた。いったいどんな家に住…

  • 九日目 神奈川-福島

    福島に到着した。東日本大震災の影響で原子力発電所の近くの道が通れなかったので、僕は迂回して福島の町へ行くことになった。白河についてから吉野家で牛丼を食べ、コンビニでジュースを買って飲んでから、再び福島市へ向けて進んだ。福島に入ると関東のにぎやかさは姿を消し、この旅では感じたことのない種類の静けさが辺りを覆っていた。空は暗い色をした分厚い雲に一分の隙もなく覆いつくされ、そこを通り抜けてやっと地上にたどり着いた太陽の光は、その本来の温かみををあらかた奪い取られていた。そんな灰色にくぐもった冷やかな光の中で、樹木は葉を落としたむきだしの枝を空に向けてつきだし、草木は空の色に染められたように灰色の衣を…

  • 九日目 神奈川-福島

    「叔母さん、ひさしぶり。」 「あら、ひさしぶりだね、どうしたの急に電話なんかしてきて。」 「少しびっくりするニュースがあるんだ。」と僕は言った。 「あら、なんだろうね」と叔母は期待した声で言った。 「実は僕、福島にきていて北海道まで行こうと思ってるんだ。」と僕は言った。 「うそ? ほんとに?」と叔母は言った。「あなた鹿児島にいるって言ってたじゃない。どうやってきたの?」 実はこういう理由でこうやってきたんだと僕は言った。 「あなた冒険者ねえ。うちの家系に似たのかしら。」と叔母は半分嬉しそうに半分あきれて言った。「で、なんで電話かけてきたの? うちに泊まるため?」 「そうなんだ。そのつもりで電話…

  • 十日目 福島-宮城

    気がつくと深夜パックの時間はとっくに過ぎていた。僕は眠っていたのか? 僕は急いで荷物をまとめ、十五分オーバーの料金を払った。叔母の言葉がこだまするまま僕は外に出た。太陽は白く凍てついた街にひさかたぶりの陽ざしを注ぎ、あたりは雪解けの水と眩しい輝きに充ちた。沿道に並んだ樹木の枝から雪のかたまりの落下する音が響いていた。僕はその銀色に輝く宝石を眺めながらTODAYのエンジンをかけ、いそいで飛び乗り出発した。東北の朝は寒かった。ひんやりとした空気と山から吹いてくる風が、あたり全体を寒気の膜で覆っていた。 僕はくっきりと見える山頂の積雪を眺めながら、昨日の叔母の言葉に考えを巡らせていた。行くか? 行か…

  • 十日目 福島-宮城

    僕は仙台駅に着いた。あたりはもう暗かった。僕は今日一日中なにをして過ごしたのか思いだせなかった。何をしていたんだろう? でも夜はあたりまえのようにやってきていて、町には明かりが灯り、人々はにぎわい、仙台の街は駅を中心に活気づきだしていた。道路は何車線もありそこは車が滞りなく流れていて、笑い声やクラクションや大型ビジョンの音が交差して大きく響き合っていた。僕はどうしようもなく頭の中の記憶を辿りながら仙台駅の近くにある駐輪場にTODAYを停めて、意味もなくとにかくその町を歩こうと思った。しばらく歩いていると空から大きな雪片がゆっくりと舞い降りてきた。それはまだ本格的な降りではなかったけれど、雪のせ…

  • 十日目 福島-宮城

    僕はそのまま三十分待ってみたが、寂しさはおさまらなかった。僕は一人なのだ。僕は自分の気持ちを受け入れてそれを繰り返し頭の中で巡らせていると、どうでもいいような気持ちになってきた。どうでもいいというよりどうしようもないのだ。別に眠くもなかったのでまたしばらく外を歩いてみることにした。うまくいけば何か紛らわせるものに出会うかもしれない。何か新しいものを見つけることができるかもしれない。何もやらないよりは動いた方がいい。何か試してみた方がいい。でも一時間歩いても何も見つからなかった。体が冷えただけだった。雪はまだ降りつづいていた。夕食を食べていなかったので牛タンを食べることにした。仙台駅にある「喜助…

  • 十一日目 宮城-愛知

    朝七時に起きた僕はマクドナルドを出て、駅の近くにあった駐輪場まで歩いていった。駐輪場につくと料金を払ってTODAYを取り出してある場所へと向かった。帰りのフェリーまで時間があったので僕は松島に行くことにしたのだ。朝の仙台は交差点を行き交う人々で溢れていた。携帯を片手に忙しそうに道路を渡っている会社員、とりとめもない会話をしている学生、上司の愚痴を言っているOLの姿で街は活気にあふれていた。僕はその都会の大きなうねりを眺めながら人々の流れとは逆の方向へ行き、国道四十五号線に乗った。そんな賑々しい光景が十分ほど続いた。そして松島に着くまでに塩釜へ入り、しばらく進むと東北の海沿いの景色が姿を表した。…

  • 六日目 大阪-静岡

    愛知に入ると、弥富を抜けてすぐ名古屋に入った。周りに広がるビルの数にこれまでの奇妙な感覚は少しは拭われたようだった。しかし相変わらず空は低く雲がずっしりと覆い、高いビルはその上を突き抜けてしまいそうだった。おびただしい数の車が行き交い、われ先にと急ぐ車で道は溢れかえっていた。街の中心部は国道がいくつも交差し合い、その道を通る度に僕はひやりとすることになった。道幅は広く車は混みあい、気性の荒い運転手はクラクションを鳴らしまくっていた。僕はその大きい道路の一番左車線を走りながらそのクラクションに毎回驚かされ、自分のことではないかと気にしていた。そんな中で僕は道を外れて何度か曲がり、少し進んで名古屋…

  • 六日目 大阪-静岡

    僕は静岡の浜松まできていた。三重をぬけてから愛知に入り、金のしゃちほこを見たあとに、長い静岡を走ってきたのだ。静岡に入ってからはどこを走っていても常に富士山が見え、僕は常にその山から監視されているような気分になった。あたりは夕闇につつまれて夜の街灯の明かりがあたりをぼんやりと照らし始めていた。僕は浜松駅のあたりにいた。大都会とは言えないにしろ繁栄という判を押すには十分すぎるほどの町で、国道一号線沿いには大型スーパーマーケットがあり、ボウリングやカラオケなどの娯楽施設があり、コンビニがところせましと立ち並んでいた。僕はここでテントを張るのは不可能だろうなと思った。そんなことをするには目立ちすぎる…

  • 七日目 静岡-神奈川

    僕が起きると時刻は朝七時頃だった。九時間パックの終了時刻までは少し時間が余っていたので、僕はジュースを飲みにセルフサービスコーナーに行った。そこではさまざまな種類のさまざまなジュースがあった。僕はコップをとってボタンを押したが注ぎ口からジュースはうまく出てこなかった。うまくいかなくて僕が悪戦苦闘していると、掃除をしている店員と目が合った。店員はすぐに目をそらして「私は掃除をしているんです」といった風にじつに素早く掃除にもどった。やさしくないなと僕は思った。彼らは何かに憑りつかれた様にルールを守り、自分の課された仕事だけを遂行することに労力を使っている。僕が今まで九州やしまなみ海道で受けたような…

  • 七日目 静岡-神奈川

    芦ノ湖が見えてくると道路標識は箱根に入ったことを知らせた。そこは高低差が大きくて僕は何度も蛇のようにくねくねとした道を進まなくてはならなかったが、街や景色の雰囲気はじつに優美だった。高い位置から湖と山の眺望が利いて一面が見晴らせた。街では箱根の温泉宿が風情のある雰囲気を醸しだし、ところどころであがった湯気が僕をあたたかくしてくれた。 それからアコーディオンの蛇腹のような道は一時間ほどで終わり、山を下りるとそこは湘南海岸だった。晴れ渡った空にシロップをこぼしたような青い海が広がり、空と海の境界線がくっきりとわかった。僕は箱根の方を振り返ってから再び前を向いて進み始めた。 道路は常に海岸沿いに続い…

  • 七日目 静岡-神奈川

    大学に着くと彼はすでにコーヒーを飲んで座っていた。僕は近づいて声をかけた。 「よう。久しぶりだな。」 「ほんと久しぶりだな。」と彼は立ち上がって言った。 「変わらないなお前は。」と僕は言った。「お前もな。」彼も続けた。 僕たちは小学生の頃からの親友で高校生の卒業まで一緒に学校へ通っていた。僕は十二年間の思い出話をするには時間が足りないと思ったのでこれまでの旅の話をすることにした。 「ここの人たち、というか都市圏で働いている人たちだけど、なんだかみんな冷たいな。」と僕は言った。 「そうだよ。俺もこっちへきて驚いてる。」と彼は肩をすぼめて言った。 彼はそれから一度大きく深呼吸をしてゆっくりと息を整…

  • 八日目 神奈川滞在

    僕はもう一日彼の家で泊まった。その日彼は用事があるというので、僕は彼の用事が終わるまで家でテレビを見ていたが、おもしろくもないのでコンセントから切って音楽をかけた。Mr.Childrenの「KIND OF LOVE」と「Its a wonderful world」と「深海」と「HOME」を一周ずつ聴き、少し眠っていると、彼が帰ってきたので、もう一度僕らは中華街へ行ってラーメンを食べた。帰りにはコンビニでモナカアイスを買って、それを食べながら家に帰った。帰ると録画しておいた「ハリーポッターと炎のゴブレット」を見て、それから寝た。そんな一日だった。 次の日になると、僕は荷物をまとめてコーヒーを飲み…

  • 九日目 神奈川-福島

    僕は横浜を出発して東京に来ていた。そこは東京の中心地ともいえる千代田区のあたりで朝からこれまでに感じたことのない種類の雰囲気が街全体を覆っていた。左右に並んだ高層ビルは今にも襲いかかってきそうで、すべての建物は実際的な構造をしており、空きのない敷地にところせましと立ち並んでいた。街全体はロボットの体のように入り組んでいてその体の中に車が体内物質みたいに絶え間なく流れていた。高い建物の奥にひときわ目立って東京タワーが見え、それは東京の象徴として堂々とした風貌を構えていた。なんだか足が生えて動き出しそうだなとふと僕は思った。しかしあたりまえだがそれはぴくりとも動かなかった。周りは人工物が埋めつくさ…

  • 五日目 兵庫-大阪

    僕がベッドに寝て、彼は通路に座椅子を敷いて寝ていた。僕は起き上がって、頭の中に漂っているちらちらとしたものを眺めながら、漠然とした意識でリビングを見渡した。すると彼が起きてきたので、今日は大阪に行くと伝えると、彼も来ると言った。大阪にいる友達に会いに行くのだそうだ。僕らはなるべく早く身支度を済まし、ドアを出て鍵をしめてから階段を下りた。彼はスズキのLets4に乗っていた。僕らはエンジンをかけて出発して、僕が先頭を走り彼が後続、というかたちになって大阪を目指した。彼と僕は行き道で迷い、レンタカーの店に寄って道をたずねた。店員は彼に向かって話しかけていたが、彼はまるで理解ができないといった顔で意味…

  • 五日目 兵庫-大阪

    イオンモールのサンマルクカフェに着いたとき彼は既にそこにいた。彼はじっと珍しい動物でも見るような目で僕の姿を見ていた。 「久しぶりに会ったと思えば、なんだその格好は?」と彼は驚いたように言った。 「いろいろあってね、旅に出ているんだ。」と僕は答えた。 僕は旅の経緯を話し、海のことや山のこと、島のことを彼にわかりやすくかみ砕いて伝えた。 「そんなことどうでもいいんだけどさ、」と彼は一蹴した。僕は自分の話題が飛ばされたことをいささか不満に思ったが何も言わずに彼の話の続きを待った。 「僕人生ではじめて好きな女の子ができたんだ。でもコミュニケーションが取れなくて悩んでるんだ。どうやったら会話を長く続か…

  • 六日目 大阪-静岡

    僕は今日泊めてもらう友達の家の最寄駅へ向かっていた。僕たちは最寄駅で待ち合わせをしていたのだ。駅に着くと友達はもう待っていた。 「よう。久しぶり。」と友達は言った。 「ひさしぶりだな。」と僕は言った。この会話をするのは今日二回目だ。 「よく来たな、ここまで。」と彼は本当に驚いたような顔で言った。 「ああ、いろいろなことがあったよ、ここまで。でもまあ積もる話は家についてからゆっくりとしよう。」と僕は言った。 僕はバイクをおりてエンジンを消し、手で押して友達の家まで向かった。僕と友達は並ぶようにして道路の歩道を歩いていた。夜の大阪の空気は僕に懐かしさを感じさせていた。 「そういえば昔、おまえ自転車…

  • 六日目 大阪-静岡

    僕は昨日泊まった友達の家を出発しようとしていた。豪華できれいに装飾されたその家は、閑静な住宅街の一角に周りとは不釣り合いの風貌で堂々と立っていた。その友達は会社の経営者の息子だった。朝ご飯にはさまざまな種類のパンがお皿に盛られて、紅茶かコーヒーか―ジャスミンティーかを選べた。身なりのいい母親がリビングとキッチンを何度も往復して料理を運び、僕を客としてもてなしてくれた。ダイニングの上にはシャンデリアがかかり、リビングのソファーは高級な革製のもので、テーブルの横にはオルガンピアノが置かれていた。こんな生活が毎日続けばいいのにと僕は思った。でもここでのんびりしているわけにもいかない。僕はいつも以上に…

  • 六日目 大阪-静岡

    それから僕は奈良へ向かおうとしていた。TODAYのエンジンはいつもより調子のいい音を吹かせてその身を軽々と前へ運んでいた。途中でガソリンスタンドがあったのでそこに入って給油をし、エネルギーを満タンにした状態で再び進み始めた。空は曇っていて雲はあたりをうっすら覆っていたが、そこまで致命的な暗さではなかった。しばらく走っていると周りのひと気はなくなっていき、寺院や神社があたりに姿を現し始めた。その奥にはくっきりとした山並みが見えた。 僕は五重塔や法隆寺を通り過ぎて、太子堂や薬師寺や西大寺に興味をひかれながら国道二十五号線に出た。そこには管理が粗雑にされていて、砂地や草地、川の横にならんだ散歩道のよ…

  • 六日目 大阪-静岡

    僕は何のために旅に出ているのだろう。さっきのふとした思いが靴の中の小石のように僕の頭のどこかで残り続けていた。僕が旅をし始めたのは約一年前からだった。それまで大阪に住んでいて、鹿児島へきたときに大自然のすごさに圧倒されて、気がつけば旅をするのが好きになっていた。ちょうどその頃、原付が手に入ったこともあり僕の行動範囲は前と比較できないほどに広がっていた。友人がそれを聞いて自分が知っているあの場所やこの場所に行ってみないかと誘ってきたので、僕は断る理由もなくその友人とあらゆる場所に訪れ続けた。友人としては一緒に行く仲間が欲しかったし僕としては新しい場所に訪れるいい機会になったので、その関係は約六か…

  • 六日目 大阪-静岡

    奈良の奇妙な集落を抜けてから三重へ入った。国道二十五号線から国道一号線に乗り換えて亀山に入り、ずいぶんと久しぶりに町の風景が見えてきた。間に合わせで作ったようなチェーン店やファストフード店は周りの平野風景と場違いに建っていた。僕は自動販売機でオレンジジュースを買い、TODAYを停めてそれを飲んだ。オレンジには石鹸の味が混じっていた。一口飲んで少ししてから、口の中に嫌な後味が残った。最初は錯覚だと思ったのだけれど、二口目にもやはり同じ匂いがした。僕はまだあの奇妙な集落にいるのかと僕は思った。なぜ石鹸の匂いなんかがするのか、理解できなかった。僕は残ったオレンジジュースを全部捨て、ペットボトルをゴミ…

  • 四日目 愛媛-兵庫

    僕は長い眠りから覚めた。いったいどのくらい眠っていたのだろう。昨夜の暴力的と言ってもいいくらいの激しい眠りは夢一つ見させてはくれなかった。テントの外に出るとあたりは急激に気温が下がっており、あらゆるものはその表面に薄い氷の膜を張っていた。僕のTODAYもそのひとつだった。焦りながらエンジンが動作するか試すと何回か空回りの音がしたが、問題はなかった。外のひんやりした渇いた空気を吸い、意識が戻ってくるとひとつのことに思い当った。愛媛だ。僕はいま愛媛にいるのだ。もう帰れない位置で初めての場所だったが、僕は前しか向いていない。一日目、二日目にあったような不安はなかった。 僕は顔を洗いに近くの公園にいき…

  • 四日目 愛媛-兵庫

    今治を出て少し進むと新居浜に出た。そこは四国霊場八十八か所めぐりの伊予の霊場がいくつかあるあたりだった。ついさっき通ってきた西条にも霊場がいくつかあり、僕は案内板に興味をひかれてここまで走ってきたのだ。あたりを見回すとお遍路さんの姿が何人か見受けられ、その格好は上から、藁で編んだ菅笠を頭に乗せて白衣をまとい、金剛杖を片手に持って足には足袋かスニーカーという姿だった。中には念珠をつけてしゃんしゃんと音を鳴らしながら歩いている人もいた。たしか小学校で習ったときに歩き遍路の距離は約千キロだと聞いた覚えがあった。その時の僕は千キロなんて五十メートル走を二万回走ればいいと思っていたが、今この旅を経験して…

  • 四日目 愛媛-兵庫

    今治を出て少し進むと、香川に出た。香川と言えばうどんだと僕は即座に思った。別に腹が減っていたわけではない。それどころか朝食はさっき食べて空腹なんてほとんど感じなかった。でもせっかくきた香川を素通りしてしまうわけにもいかない。僕はとにかく讃岐のうどんを食べてみたかったのだ。適当にうどん屋を探してそこへ入ってみた。開店時間前だったようで暖簾はまだかかっていなかったが、入って大丈夫かと聞くと、もうすぐ開店だから大丈夫だと言ってくれた。個人経営の飲食店の人はみんなやさしい。ぶっかけうどんをひとつ、といって僕は店内に入った。店主は厨房にもどってガスの火をつけて鍋の水を温め、それが沸騰するまでにFMラジオ…

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