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2016/03/27

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  • 信じる歩み

    週の初めの日、朝早く、まだ暗いうちに、マグダラのマリアは墓に行った。そして、墓から石が取りのけてあるのを見た。そこで、シモン・ペトロのところへ、また、イエスが愛しておられたもう一人の弟子のところへ走って行って彼らに告げた。「主が墓から取り去

  • 今、告げ知らせる。

    「驚くことはない。あなたがたは十字架につけられたナザレのイエスを捜しているが、あの方は復活なさって、ここにはおられない。御覧なさい。お納めした場所である。さあ、行って、弟子たちとペトロに告げなさい。『あの方は、あなたがたより先にガリラヤヘ行

  • 光り輝く凱旋

    声をかぎりにたたえようほまれに満ちる勝利のたたかい光り輝く十字架の凱旋世を救われたいけにえの勝利を今日、聖金曜日・主の受難の典礼で、十字架の崇敬の際には、十字架賛歌が歌われます。 十字架刑は、古代ローマにおける最も残酷な刑罰です。受刑者は、

  • この世の常識への

    「ところで、主であり、師であるわたしがあなたがたの足を洗ったのだから、あなたがたも互いに足を洗い合わなければならない。わたしがあなたがたにしたとおりに、あなたがたもするようにと、模範を示したのである。」 今日の福音(ヨハネ13.1-15)で

  • 二人の自分が

    一同が食事をしているとき、イエスは言われた。「はっきり言っておくが、あなたがたのうちの一人がわたしを裏切ろうとしている。」弟子たちは非常に心を痛めて、「主よ、まさかわたしのことでは」と代わる代わる言い始めた。 今日の福音(マタイ26.14-

  • ペトロの姿は

    ペトロは言った。「主よ、なぜ今ついて行けないのですか。あなたのためなら命を捨てます。」イエスは答えられた。「わたしのために命を捨てると言うのか。はっきり言っておく。鶏が鳴くまでに、あなたは三度わたしのことを知らないと言うだろう。」 今日の福

  • 裁きより哀れみを

    わたしたちの王である主よ、わたしたちの過ちをあわれんでくださったのはあなただけです。 今日の詠唱はこのように歌われます。人間の常識では、過ちを犯した人は裁きの対象と見なされるでしょう。 しかし、神は過ちを犯した人を哀れんでくださる方です。そ

  • 他人を救ったからこそ

    同じように、祭司長たちも律法学者たちと一緒になって、代わる代わるイエスを侮辱して言った。「他人は救ったのに、自分は救えない。メシア、イスラエルの王、今すぐ十字架から降りるがいい。それを見たら、信じてやろう。」 今日の福音(マルコ15.1-3

  • 遠い地の果ての民だから

    わたしたちの救い、わたしたちの神よ、あなたは地の果ての望み、遠い島々の希望。わたしたちに答えて救いを現し、驚くべきしるしを行われる。 今日の詩編(詩編65.5,6)はこのように歌われます。イエスが活動していたパレスチナからはるか遠い地で、二

  • この地上で

    主に向かって歌い、主を賛美せよ。主は貧しい人の魂を悪事を謀る者の手から助け出される。 今日の第一朗読(エレミヤ20.10-13)にはこのように書かれています。この言葉は、貧しい人の救いを神頼み、神任せにしているのではないのだと思います。 神

  • 苦しみの中だからこそ

    神を捜し求める者よ、心から喜べ。神にその力を求め、いつもその顔を慕い求めよ。 今日の詩編(詩編105.3b+4+5,6+7+8a+10b)はこのように歌われます。これは、神に出会った人が喜ぶ歌ではありません。神を捜し求めている人に「喜べ」と

  • 聖なる神殿の中で

    あなたの栄光、聖なる神殿の中であなたに賛美。すべてにまさりあなたは代々にたたえられ、あがめられる。 今日の詩編(ダニエル補遺・アザルヤ29,30+32)はこのように歌われます。聖なる神殿で神を賛美することの中には、もちろん、教会で神に祈りを

  • 神の家

    幸せな人、あなたの家を住まいとし、絶えずあなたをたたえる人。 今日の詠唱はこのように歌われます。「あなた」は神のことですが、「あなたの家を住まいとする」とはどのような意味でしょうか。教会に住み込めばいいのでしょうか。 もちろん、そういうこと

  • 裁き、閉ざすのではなく

    悪を行う人が死ぬことなく、神に立ち戻って生きることを神は望んでおられる。 今日の詠唱はこのように歌われます。善を行う人、すなわち愛に生きている人は、神と共にあります。それは、すでに救われているということです。 神は、すでに救われている人とだ

  • イエスに仕える人のいる所なら

    「わたしに仕えようとする者は、わたしに従え。そうすれば、わたしのいるところに、わたしに仕える者もいることになる。わたしに仕える者がいれば、父はその人を大切にしてくださる」 今日の福音(ヨハネ12.20-33)で、イエスはフィリポとアンデレに

  • 偶像のイエス

    イエスの言葉を聞いて、群衆の中には、「この人は、本当にあの預言者だ」と言う者や、「この人はメシアだ」と言う者がいたが、このように言う者もいた。「メシアはガリラヤから出るだろうか。メシアはダビデの子孫で、ダビデのいた村ベツレヘムから出ると、聖

  • なぜ、虐げられている人を虐げるのか

    主はしいたげにあう者のそばにおられ、失意の人を支え、主はそのしもべの魂をあがない、より頼む人を滅びから救われる。 今日の詩編(ヨハネ7.1-2,10,25-30)はこのように歌われます。神は弱い人、虐げられている人と共におられる。そのような

  • 唯一の望みは世界中に

    神はわたしの唯一の望み、わたしはあなたにより頼む。 今日の答唱詩編はこのように歌われます。神が唯一の望みというのは、教会に行くことや、祭壇の前で祈ることの中にしか望みがないという意味ではありません。 神との出会いはこの世界のあらゆる所にあり

  • 信じているからこそ

    神の行われることはすべて正しく、そのわざはいつくしみに満ちている。助けを求めるすべての人、心から祈る人のそばに神はおられる。 今日の詩編(詩編145.13cd+14,17+18)はこのように歌われます。しかし私たちの人生には、神の正しさなど

  • 愛に清められて

    神よ、わたしのうちに清い心を造り、あなたの救いの喜びをわたしに返してください。 今日の詠唱はこのように歌われます。清い心で生きることは、喜びや楽しみに背を向けた苦行のような生き方ではありません。 そもそも、神の前で清い心を持つ人とはどんな人

  • 自分が思う善ではなく

    生きるために悪ではなく善を求めなさい。主はあなたがたとともにおられる。 今日の詠唱はこのように歌われます。善ではなく悪を求める人はほとんどいないでしょう。悪人ではなく善人でありたいと願うのが自然な感情ではないでしょうか。 しかし、何が善で何

  • 最も恐ろしい誘惑

    「神が御子を世に遣わされたのは、世を裁くためではなく、御子によって世が救われるためである」 今日の福音(ヨハネ3.14-21)でイエスは、ファリサイ派で最高法院の議員でもあるニコデモにこのように言います。ここでイエスが言うように、神は裁く方

  • これまでよりこれからを

    「二人の人が祈るために神殿に上った。一人はファリサイ派の人で、もう一人は徴税人だった。ファリサイ派の人は立って、心の中でこのように祈った。『神様、わたしはほかの人たちのように、奪い取る者、不正な者、姦通を犯す者でなく、また、この徴税人のよ

  • いつかではなく今

    「神に立ち戻りなさい。神の国は来ている」と主は仰せになる。 今日の詠唱はこのように歌われます。これは、「世の終わり、終末が近づいているから、その準備をしなさい」と警告している歌ではないのだと思います。 確かに、形あるこの世界には、いつか終わ

  • 海も陸も

    海は神のもの、神に造られたもの。陸も神のもの、神に形造られたもの。 今日の詩編(詩編95.5+6,7+8)はこのように歌われます。この歌は、単に海も陸も神がお造りになったという事実を伝えたいわけではないのだと思います。 神に造られたものには

  • すでに出会った私たちは

    神はほかの民にまだ示されず、そのおきては知られていない。 今日の詩編(詩編147.12+13,20+12)はこのように歌われます。この歌が作られた時、イスラエル民族は、自分たちが神に選ばれた民であると考えていました。この歌にもその誇りが込め

  • 最も恐ろしい誘惑

    心からわたしに立ち戻りなさい。わたしはいつくしみと恵みにあふれる神。 今日の詠唱はこのように歌われます。これは、どんな罪を犯しても、何度も神に背を向けても、神は必ず私たちの罪を赦し、迎え入れてくださるという意味でしょう。 心から神に立ち返り

  • 待ち望む時間を

    わたしは神を待ち望み、その言葉に希望をおく。神はいつくしみと救いの恵みに満ちておられる。 今日の詠唱はこのように歌われます。私たちは、この地上でも神の声を聞くことができます。耳で聞くことはできなくても、祈りの中で、そして、人々との会話の中で

  • イエスの心を知るために

    イエスは答えて言われた。「この神殿を壊してみよ。三日で建て直してみせる。」それでユダヤ人たちは、「この神殿は建てるのに四十六年もかかったのに、あなたは三日で建て直すのか」と言った。イエスの言われる神殿とは、御自分の体のことだったのである。イ

  • 罪を赦し、怒りを鎮める方

    あなたのような神がほかにあろうか、咎を除き、罪を赦される神が。神は御自分の嗣業の民の残りの者に、いつまでも怒りを保たれることはない。神は慈しみを喜ばれるゆえに。 今日の第一朗読(ミカ7.14-15,18-20)にはこのように書かれています。

  • 嘆きの時も希望を

    あなたは嘆きを喜びに変え、あら布を晴れ着に替えてくださった。 今日の詩編(詩編30.2b+4,11+12)はこのように歌われます。私たちが喜びを味わうためには嘆きの時が、晴れ着を着るためにはあら布を身にまとう期間が必要なのかもしれません。

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