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KAZ2895さんのプロフィール

住所
杉並区
出身
太子町

シンガポールをはじめ、国内外各地のまち歩きと写真撮影を続けています。 地域が活性化し元気になること、そのお手伝いをすること、それが私のミッションです。

ブログタイトル
観光研究者のまち歩きフォト日記
ブログURL
http://kaz-r-brand.hateblo.jp/
ブログ紹介文
まちを歩き、観察する観光・地域ブランド研究者の写真&旅ブログです。シンガポール在住経験あり。
更新頻度(1年)

169回 / 365日(平均3.2回/週)

ブログ村参加:2015/11/30

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KAZ2895さん
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KAZ2895さんの新着記事

1件〜30件

  • 勝沼トンネルワインカーヴ(山梨・勝沼#2)

    前回に紹介した「大日影トンネル遊歩道」(現在は閉鎖中です) を歩いて抜けると、その先にあるのが「勝沼トンネルワインカーヴ」です。 写真でも分かるように、このワインカーヴは、JR中央本線の旧深沢トンネルを活用したものです。 明治36年(1903年)完成の石積みトンネルで、全長はおよそ1,100mあります。 完成からおよそ100年経った平成9年(1997年)にJR中央本線の線路付け替えに伴って廃止され、JR東日本から地元の勝沼町(現在の甲州市)へと無償譲渡されました。 勝沼町では、トンネル内の環境(温度、湿度など)がワインの保管・熟成に適していることから、平成17年(2005年)よりワインカーヴと…

  • 大日影トンネル遊歩道(山梨・勝沼)

    最近、ワインツーリズムについてリサーチする機会がありました。 たまたまブドウ(ワイン)の産地・勝沼(山梨・甲州市)について検索していたら、「大日影トンネル遊歩道」が平成28年(2016年)から閉鎖されているとのこと。 老朽化による安全面での課題があったようで、再開時期は不明とのことでした。 勝沼には、これまで何度か出かけたことがあります。 当時の写真が残っていたので、今回から勝沼のワインツーリズムについて書いてみたいと思います。 明治期に日本初の国産ワイン会社が生まれた勝沼には、現在およそ30ものワイナリーが集まっています。 ちなみに、日本初のワイナリーは「大日本山梨葡萄酒会社」(明治10年(…

  • リニューアルした「銀座線渋谷駅」(東京メトロ)

    今年(2020年)の年始(1月3日)から、銀座線渋谷駅(東京メトロ)がリニューアルされました。 これは、現在進められている渋谷駅周辺の大規模再開発プロジェクトの一環ですね。 銀座線渋谷駅の新しいホームは、こんな様子です。 緩やかに湾曲したM字型のアーチ状の屋根に、柱のない広々としたホーム、白を基調とした内装など、なかなかにお洒落な仕上がりとなっています。 コンセプトは「近未来的な駅」だとか。 確かに銀座線の小ぶりで黄色い電車とは、よく似合っていますね。 ホームと線路の配置も、これまでの乗車・降車用に分かれていた相対式(2面2線)から、線路に挟まれた島式(1面2線)へと変更されました。 これによ…

  • 大淀川河畔など(宮崎市)

    宮崎市の中心街から少し南に歩くと、大淀川と出会います。 大淀川は、鹿児島県曽於市を源として宮崎平野を流れ、日向灘へと注ぐ全長107㎞の大河です。 河口に近い宮崎市内の川面は広く、満面に湛えた水がゆったりと流れる様子は、まさに雄大です。 この河畔からの眺めが好きで、宮崎に来るたびに訪れています。 写真の左手の建物はホテル群で、部屋からの眺め(特に夕陽に映える大淀川の景色)は最高ですね。 九州では珍しいことに、近年まで宮崎市内には温泉がありませんでした。 そこで大淀川河畔にあるホテルが共同で掘削したのが「たまゆらの湯」です。 温泉の名前は、この大淀川河畔が舞台となった川端康成の小説『たまゆら』から…

  • 宮崎県庁舎(宮崎市)

    街歩きのブログで県庁舎を取り上げるのは珍しいかもしれません。 その昔、転勤で鹿児島で仕事をしていたときに宮崎県も担当エリアだったので、この県庁舎にはよく訪れていました。 そのため、個人的にはかなり懐かしい建物となります。 次が、県庁舎の本館を撮った写真です。 地上3階、地下1階の堂々たるネオ・ゴシック様式の建物。 完成したのは昭和7年(1932年)で、設計者は置塩章ですね。 現役(実際に使われている)の県庁舎としては、わが国で4番目に古いものらしい。 ちなみに、最も古いのは大阪府庁舎(1926年)で、神奈川県庁舎(1928年)、愛媛県庁舎(1929年)と続きます。 余談となりますが、有名な北海…

  • 宮崎神宮(宮崎市)

    あっという間に三連休も終わりましたね。 この休みは大学ラグビーの決勝と、トップリーグの開幕戦をTV観戦していました。 古くからのラグビーファンですが、昨年のワールドカップから一層興味が湧き、これまで以上に熱心に観ています。 今週から新年の仕事が本格化ですね。 今年は暖冬で過ごしやすいですが、体調には気を付けながら何とか頑張りたいと思います。 さて、今回も宮崎の旅の続きです。 神話の国・宮崎に行くと、よく訪れるのが宮崎神宮です。 主祭神は神武天皇。 日本の初代天皇ですね。 宮崎神宮の創建時期は不明で、かなり古くからあるお社らしい。 ただ神武天皇をお祀りする古社ながら、江戸期までは地方の一古社にし…

  • とんど焼き(兵庫県太子町)

    三連休は自宅でゆっくりと過ごしています。 この一週間は、賀詞交歓会や挨拶回りなどで珍しく飛び回っていました。 おかげで週末にはかなりの草臥れよう。 年始早々から体力のなさ(衰え)を実感することとなりました。 今年は街歩きの旅を中心に、とにかく沢山歩くことで体力を維持(出来れば増進)したいと思っています。 前置きはこれくらいにして、故郷(兵庫県太子町)の知人から、この連休中に"とんど焼き"をやるよ、との連絡がありました。 "とんど焼き"は、正月に飾った松飾りや破魔矢、お守りなどを正月の終わる小正月(1月15日)に焼いて、歳神様をお送りするという年中行事(火祭り)です。 場所によっては"どんど焼き…

  • 飫肥の商人町など(宮崎・日南市)

    飫肥(おび)の町並みは、武家町として国の重要伝統的建造物群保存地区(重伝建地区)に選定されています。 この町の見どころは城跡と武家町にありますが、一方で商人町の面影もわずかながら残されています。 場所は城跡からやや下がったところにあり、現在は道路拡幅などによってかつての様子も変わってしまったそう。 次の写真は、商人通りの一角にある商家資料館を撮ったもの。 もとは妹尾金物店で、飫肥城下の商家町の代表的建築物ですね。 建物は明治3年(1870年)の築。 木造・白漆喰壁の土蔵造りで樹齢200年以上の飫肥杉を使っています。 見るからに豪壮な造りで、なかなか見応えがありました。 続いては、現在の商人通り…

  • 飫肥・小村寿太郎生家など(宮崎・日南市)

    今回も宮崎・日南市にある飫肥(おび)の旅の続きです。 近代、飫肥が生んだ偉人といえば小村寿太郎(1855年~1911年)ですね。 小村寿太郎は日露戦争後の明治38年(1905)年に、ポーツマス会議日本全権としてロシア全権ウィッテと交渉し、日露講和条約(ポーツマス条約)を締結・調印したことで知られています。 小村は飫肥藩の下級武士の子として生まれました。 父親(小村寛平)は同藩の産物方で、明治維新の後、それを引き継いだ商社経営へと乗りだしましたが事業に失敗。 その借金で、小村寿太郎も大がつくほどの貧乏暮らしだったようです。 学問はよく出来たようで、飫肥藩の藩校・振徳堂で学んだあと、長崎に遊学、明…

  • 飫肥の武家屋敷・豫章館と旧伊東邸(宮崎・日南市)

    飫肥(おび)の城下町(伊東氏5万1千石)には、昔ながらの武家屋敷が残されています。 まず取り上げるのは、飫肥城跡の大手門前にある豫章館(よしょうかん)です。 次の写真は、千鳥破風の屋根を構えた玄関を撮ったもの。 見るからに堂々とした構えですね。 豫章館は、明治2年に建てられた藩主(正確には藩知事)・伊東家のお屋敷です。 この建物は薬医門と屋根付き塀に囲まれていて、飫肥城下で最も格式のある武家屋敷といわれています。 南面には、武学流(ぶがくりゅう)の作庭とされる庭園(枯山水)が広がっていました。 ちなみに武学流とは、作庭の流派のひとつで大石武学が開祖です。 訪れた印象としては、広々とした敷地に、…

  • 飫肥の武家屋敷通り(宮崎・日南市)

    城下町(伊東氏飫肥藩5万1千石)である飫肥(おび)の町並みは、国の重要伝統的建造物群保存地区(重伝建地区)に選定されています。 種別としては"武家町"ですね。 国から選定されたのは昭和52年(1977年)で、我が国の重伝建地区としては2番目の古株だとか。 この点からも、早くから保存活動が行われていた貴重な歴史的町並みであることが分かります。 城跡の周辺には、かつての武家屋敷が沢山残されていました。 屋敷の面する道は結構広めで、まっすぐに延びています。 雰囲気としては、閑静なお屋敷町という感じですね。 石垣や土塀、生垣、花木などがよく整備されているので、歩いていて、とても気持ちの良い空間でした。…

  • 飫肥城跡(宮崎・日南市)

    年末年始の休みも、あっという間に終わって今日は仕事始めですね。 例年に比べて少し長めの休暇でしたが、前半は掃除や片付け、後半は駅伝やラグビーのTV観戦で終わってしまいました。 休み明けの仕事は、なかなか辛いですが、今年も何とか頑張りたいと思っています。 さて、宮崎・日南市の油津を訪れたあとは、飫肥(おび)へとやって来ました。 ここは伊東氏飫肥藩5万7千石の城下町で、九州の小京都ともいわれています。 写真は、飫肥城跡に建つ大手門を撮ったもの。 樹齢100年を超す飫肥杉を使って、1978年(昭和53年)に復元されたそう。 どっしりとした櫓門で、なかなかに趣きがありました。 今回の宮崎行きでは、油津…

  • 油津の町並み#2(宮崎・日南市)

    令和2年も、はや3日目。 今日で三が日もお仕舞いですね。 昨日は、早朝からTVで箱根駅伝と、大学ラグビーの準決勝2試合を観戦しました。 来週土曜日に新国立競技場で行われる大学ラグビー決勝は、伝統の早明戦となりました。 これはオールドファンにとっては、とても楽しみな対戦ですね。 それにしても、長時間TVの前に座っていたので、かなり疲れました。 TV観戦にも体力が必要なことを、今更ながら思い知らされた一日でした。 もう歳ですかね。 さて、今回も油津(日南市)のまち歩きの続きです。 油津・堀川運河の景観は、本当に素晴らしいです。 日本の古くからの港町の良さが、今も残されていますね。 先日、山田洋次監…

  • 油津の町並み#1(宮崎・日南市)

    宮崎県南部の油津(日南市)を訪れました。 今回は、講演で訪れた宮崎市内から少し足を延ばしてみました。 油津を訪れるのは、これが初めてです。 ここ油津は、太平洋に面した天然の良港として、中世には南蛮貿易の拠点として栄えたところ。 伊東氏飫肥藩(5万7千石)の領地となった江戸期には飫肥杉(おびすぎ)の積み出し港として大いに繁栄し、今もその面影が残されています。 飫肥杉は、樹脂を多く含む良質の木材(主に造船用)として日本各地に出荷されていました。 写真は、堀川運河を撮ったもの。 この運河は、1685年に飫肥藩が特産である飫肥杉の船積み用として造りました。 幅員が27m、深さが3mあって、延長は約90…

  • 新年のご挨拶

    明けましておめでとうございます。 令和2年の元旦は自宅で迎えました。 年末年始は9連休と、少し長めの休暇を取っています。 本を読んだり、箱根駅伝や大学ラグビーをTV観戦したり、久しぶりにのんびりと過ごすつもりです。 昨年は、ブログ記事の更新頻度を上げることが課題でしたが、年央あたりから何とかペースをつかめたようです。 今年も、あちこち出かけて、観光や地域ブランドの振興などに役立つ記事を書いていきたいと思っています。 また、愛用していたカメラが寿命のため、年初に買い替えの予定です。 新しいカメラを活かすためにも、今年こそ撮影の腕を上げたいですね。 ということで、本年も当ブログをよろしくお願いしま…

  • 知恩院の三門(師走の京都#4)

    令和元年も今日一日を残すのみとなりました。 年末の正月休みに入ってからは、自宅にこもって家の掃除やら仕事部屋の片付けなどをやっています。 今年もあちこちへと出かけ、その時に集めた資料が沢山残っていたので出来るだけ処分しています。 ネット社会になってから、紙の資料はほとんど捨てても大丈夫ですね。 ただ思い切りよく捨てられるかどうかだけです。 さて、今年最後のブログ記事は師走の京都歩きの続きです。 写真は、知恩院の三門を撮ったもの。 知恩院は、浄土宗の総本山ですね。 場所は、東山の円山公園のすぐ近くにあります。 この三門は元和7年(1621年)に建立されたもの。 高さは24m、横幅が50mもある堂…

  • 古都の夜景(師走の京都#3)

    令和元年も余すところ、あと2日となりました。 歳とともに時間の流れが速く感じるようになりますね。 今日は、自宅で部屋の片づけやら掃除をしていました。 年がら年中、あちこちに出歩いているので、年末くらいは整理整頓の時間にあてないと、というところです。 さて、今回も師走の京都行きレポートの続きです。 写真は、古都・京都の夜景をいくつか撮ったもの。 まずは、京都の玄関口(京都駅)前にそびえる京都タワーです。 初めて見たときは、変な形(蝋燭の形?)の塔で古都には似合わないと思っていましたが、最近では、この塔を見ないと京都に来た感じがしなくなりました。 よく見れば(慣れれば)、なかなかの造形美と言えない…

  • インドネシア産カカオのチョコレート店 "Dari k" (師走の京都#2)

    京都・祇園では前回レポートした「鍵善良房」(和菓子)のほかに、もう一軒訪れたい店がありました。 そこで立ち寄ったのが "Dari K" 祇園あきしの店です。 "Dari K" はインドネシア産カカオを使ったチョコレートの製造・販売会社。 設立は2011年ですから、創業してまだそれほど年数は経っていないですね。 この会社の一番の特徴は、これまで日本で馴染みが少なかったインドネシア産カカオを原料に使っていること。 カカオは、赤道を挟んだ高温多湿の熱帯地域(カカオベルトといわれます)で生産されています。 主な産地は、中南米、西アフリカ、東南アジアなどですね。 ただ、その気候条件は、高度30~300m…

  • 祇園の事始め、鍵善の和菓子(師走の京都#1)

    所用があって師走の京都へと出かけました。 ここ3年ほどは、毎年この時季に通うのが恒例行事となっています。 新幹線で京都駅に着いたのが午前中で、約束の時間には少し余裕がありました。 どこかで時間をつぶそうと考えていたところ、当日が師走の13日であることに気づき、向かった先が祇園でした。 写真は「事始め」で挨拶廻りに行きかう芸舞妓さんを撮ったものです。 「事始め」(ことはじめ)とは、花街や室町・西陣の旧家などで12月13日を1年の区切りとして、この日から正月を迎える準備を始めることをいいます。 祇園では芸舞妓さんが芸事のお師匠さん宅や馴染みのお茶屋さんを訪れて、この1年の感謝などを伝えます。 祇園…

  • 焼酎で一人酒(鹿児島その11)

    鹿児島といえば、桜島に温泉、それに何といっても焼酎ですね。 今回の旅では、久しぶりに焼酎で一人酒を楽しんできました。 出かけたのは、天文館の七味小路にある「家のじ」。 地元の知人から教えてもらった居酒屋で、鹿児島に行くと、ここで焼酎を呑むことが多いです。 転勤で当地に在住していた頃、焼酎の蔵元巡りをしたこともあったりで、銘柄にはそこそこ詳しくなりました。 今回久しぶりに呑んだのが「薩摩茶屋」です。 よくプレミア芋焼酎として3M(森伊蔵、魔王、村尾)が取り上げられますね。 この「薩摩茶屋」は、「村尾」の醸造元(村尾酒造)のレギュラー酒です。 ここは薩摩川内市にある小さな蔵元で、芋焼酎の「村尾」と…

  • 鹿児島中央駅(鹿児島その10)

    鹿児島中央駅は、鹿児島の陸(鉄道)の玄関口ですね。 かつて転勤で当地に住んでいた頃は、まだ「西鹿児島駅」という名前でした。 この旧駅名は、かつてのブルートレインの利用客やファンにとっては終着駅として馴染んだ、とても懐かしい名前だと思います。 駅名が変更されたのは2004年(平成16年)で、九州新幹線が鹿児島乗り入れを実現したのと同時でした。 その時に新しい駅舎や駅ビルが整備されました。 久しぶりに訪れた鹿児島中央駅周辺は、インバウンド効果もあってか結構な賑わいでした。 駅ビル(アミュプラザ鹿児島)の屋上に設置されているのは、観覧車「アミュラン」です。 直径が約60m、最大高は約91mもある観覧…

  • 日本最南端の路面電車(鹿児島その9)

    現在、町なかを路面電車が走っている都市は、全国でおよそ20ヶ所ほどあります。 そのうち九州は3都市(長崎、熊本、鹿児島)で、鹿児島の路面電車が最南端となります。 近年では、旧来の路面電車をLRT(Light Rail Transit)として活用していこうとする動きが全国で出ています。 LRTは、低床式車両(LRV)の活用や軌道・電停の改良による乗降の容易性、定時性、快適性などに優れた特徴をもつ次世代型交通システムのこと。 人と環境に優しい公共交通として再評価されていますね。 写真は、鹿児島で撮った路面電車です。 鹿児島の路面電車は、市営で4路線計13.1㎞を運行していますが、年間で延べ1千万人…

  • 照国神社(鹿児島その8)

    城山の麓には、鹿児島の総氏神様といわれる照国神社があります。 ご祭神は島津家28代当主(11代藩主)の島津斉彬公です。 斉彬公は、集成館事業などで幕末の近代化や人材育成などに大きな功績を残した名君ですね。 安政5年(1858年)に50歳の若さで急逝しましたが、文久3年(1863年)に孝明天皇から照国大明神の神号を授けられたことにより当神社が創建されました。 次の写真は、神社の入り口に立つ大鳥居を撮ったもの。 高さがおよそ20mもある大きな鳥居で、昭和4年(1929年)に建立されました。 転勤で当地に住んでいた頃は、この鳥居を毎日眺めながら勤務先へと通っていました。 大鳥居をくぐると、目に飛び込…

  • 西郷さんの銅像など(鹿児島その7)

    鹿児島市内にも見どころが多いのですが、今回取り上げるのは明治維新で功績のあった偉人たちの銅像です。 まずは西郷隆盛の銅像から。 西郷さんの銅像と言えば、上野公園(東京)にある像(高村光雲の作品)が一番有名かもしれません。 地元・鹿児島では城山の麓にある市立美術館のすぐそばにあります。 没後50年を記念して鹿児島市出身の彫刻家・安藤照が制作したもの。 完成は昭和12(1937)年です。 ちなみに作者の安藤照は、渋谷の「忠犬ハチ公」を制作したことで知られています。 7mほどある築山の上に、陸軍大将の制服姿で立つ姿は堂々としていました。 本体は、およそ6mほどあるとか。 次の写真は、西郷像を見学する…

  • 仙厳園#2(示現流・自顕流の稽古風景、猫神神社など)(鹿児島その6)

    前回に続いて、仙厳園(別名:磯庭園)の訪問記です。 仙厳園(せんがんえん)は薩摩藩・島津家の藩主別邸跡ですね。 錦江湾に浮かぶ桜島を借景とした広大な敷地には、伝統的な建造物や遺構が点在していて、鹿児島の歴史や文化、風土などに触れることができます。 今回は、久しぶりに訪れた園内で、個人的に興味深かった(面白かった)ものについて書いてみたいと思います。 まずは、示現流・自顕流の稽古風景を撮った写真から。 示現流(じげんりゅう)は、薩摩藩に伝わる古流剣術ですね。 流祖は、同藩の剣豪であった東郷重位。 名前の「示現」は、仏教経典「法華経」のなかの経文「示現神通力」から命名されたといわれています。 薩摩…

  • 仙厳園(薩摩藩主・島津氏の別邸跡)(鹿児島その5)

    仙厳園(別名:磯庭園)は、江戸初期の万治元年(1658年)に、19代島津光久公によって造営された藩主別邸です。 NHK大河ドラマ『西郷どん』(2018年)や『篤姫』(2008年)などのロケ地として使われたことでも知られていますね。 敷地面積はおよそ5㏊もあって、錦江湾に浮かぶ桜島を借景に用いるなど、全国に数ある大名庭園のなかでも類がないほどの壮大さを誇っています。 最初の写真は、正門を撮ったもの。 この正門は、29代・島津忠義の造営になるものとか。 この立派な門構えには圧倒されますね。 現在は門の前をJR日豊本線の線路が通っていますが、昔は海までそのまま行けたそう。 次の写真は、獅子乗大石灯籠…

  • 旧鹿児島紡績所技師館(異人館)&スタバ仙厳園店(鹿児島その4)

    鹿児島の磯地区には、28代藩主・島津斉彬公が主導した集成館事業にかかる近代化遺産が多く残っています。 写真は「旧鹿児島紡績所技師館」(通称:異人館)を撮ったもの。 ここは「旧鹿児島紡績所」の技術指導に来日した英国人技師の宿舎として、慶応3(1867)年に建てられました。 「旧鹿児島紡績所」は、同じく慶応3年に薩摩藩によって創設された我が国初の紡績工場です。 今は残念ながら、その跡が史跡として残るのみとなっています。 一方、現存しているこの「旧技師館」は木造2階建て、屋根は方形造り、瓦葺きの住居で、我が国の洋風木造建築における初期の代表的作例だとか。 今回訪れると、受付の男性がとても丁寧な応対(…

  • 尚古集成館と薩摩切子工場(鹿児島その3)

    桜島フェリーに乗って錦江湾と桜島の景観を楽しんだあとは、鹿児島市内の磯地区にある「尚古集成館」へとやってきました。 「尚古集成館」は、島津家の諸資料を展示する博物館です。 28代藩主・島津斉彬公が近代工業の先駆け(集成館事業)として建てた西洋式機械工場を博物館として活用しているもの。 資料館としての開館は大正12(1923)年となります。 写真の建物は、慶応元年(1865年)築で、鹿児島最古の石造建築物。 国の重要文化財でもあります。 当時、最先端の西洋式造船所だった「長崎製鉄所」を参考に築造されたものとか。 厚さ60㎝の石壁に頑強な梁が組まれた、見るからに立派な建物です。 今は瓦葺きですが、…

  • 月讀神社【桜島】(鹿児島その2)

    前回のブログで紹介した通り、鹿児島港から桜島フェリーに乗って桜島までは、およそ15分(片道の旅客料金200円)の絶景の船旅でした。 本当は桜島港から島を一周したかったのですが、時間の関係でこれは断念。 そこで、帰りのフェリーを待つ間に月讀神社(つきよみ・じんじゃ)へとお参りしました。 ここは桜島で最も大きな神社で、近年パワースポットとしても知られています。 場所は、桜島港のフェリーターミナルのすぐ近くにあります。 鳥居をくぐって長々と続く参道を上っていくと、結構な坂道で息が切れるほどでした。 次の写真は、参道を上りきったところに鎮座するお社を撮ったもの。 広く開けた場所に建つ社殿は、丹塗りが鮮…

  • 桜島フェリー(鹿児島その1)

    今回からは鹿児島の旅のレポートです。 鹿児島には、その昔、転勤で2年ほど住んだことがあります。 当時の転勤族の集まりが現地で開催されるということで、久しぶりに訪れてきました。 まずは錦江湾と桜島を眺めようと思い、乗ったのが「桜島フェリー」です。 「桜島フェリー」は、鹿児島中心部(鹿児島港)と桜島(桜島港)とを結ぶ航路で、国道224号の海上区間となっています。 フェリーは、およそ3.5㎞の距離を15分程度で結んでおり、毎日24時間運航しています。 旅客の料金は片道200円でした。 鹿児島に赴任していた当時、桜島や錦江湾が見たくなると、しばしばこのフェリーに乗って往復の短時間クルーズを楽しんでいま…

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