私は誰だ?何をやってきた?今どこにいる?今までの私の生き方は、間違いではなかったろうか?本を読んでいる。晴れた空、やることもなく、ただ本を読む。何の本かって・・・?まっ、いいじゃないですか。深く追求しない・・・。人生、人それぞれ。ずっと生きていると、思いもよらぬ事も多く起こるものだ。平穏無事が一番・・・。自分の人生に、不平、不満だらけを言ってはいるが、もしかすると、これはこれで、良かったのかも知れない。ふと、そんなふうに思った。7月11日(木)今日も又、曇り空総合診療科受診。総合診療科で言われた。「酒は少しならいいが、タバコは良くない。やめなさい。」で、何だかんだと言いつつ、大した事も無く、今に至っている。今年、満73歳・・・。(パイプ煙草の葉も切れたことだし、これを機会にタバコをやめよう。・・・などと、これが...自分捜し(その2)
夢を見た。小説を書き始めている私・・・。それも、かなりスピーディだ。「我が青春に悔い多し。すでに遅いかも知れぬが人生のやり直し。」・・・いや、まだまだ。神仏、我を助けたもうか?神も、仏も、何も答えぬ。そうなのだ、今、頼るべきは、自分、ただ一人。7月7日(日)七夕・・・。見上げれば、曇り空。この雲の上で、彦星と乙姫は、年に一度の出逢いを果たす事が出来たのだろうか?余計なお世話だが、ちょっと気にかかって空を見上げて、雲の上に思いを巡らす。が、よくよく考えてみれば、これって覗き見ではなろうか?言ってみれば、公認の痴漢行為・・・?7月8日(月)朝、今日も、又、曇り空。ウヰスキーを飲む。カティサーク。このところ、やたらピッチが速い。やる事は、いや、やらねばならぬ事は多い。だが、どこにも手がつかない。飲酒とはまるで違う。子...夢を見た
白秋期、玄冬期、その設計図を書く。人生は、誰もが、常に未知の旅路を歩いていく。人は、これまで歩いてきた道を振り返ることは出来ても、この先を、はっきりと目にすることなど、出来やしない。白秋期、又、玄冬期が、どれ度ほどの長さなのかは知らないが、ともかく、玄冬期が終われば、次には「第二の青春期」が巡ってくるはずだ。そうか・・・!!そんなに長生きをすると、ある時点で、「年金停止」などということも充分考えられる。ということは、その備えも、今から、きちんとしておくことが必要かも知れない。玄冬期(4)その後
一歩一歩、否応なしに近づいてくる転換(?)の日。今月、7月24日、・・・73歳の誕生日。さらには、同様、「死期」も容赦なく近づいてくる。そう、「四季」を重ねるごとに、「死期」に近づいていく・・・などと。これは、単なる言葉遊び。歳を重ねれば重ねるごとに、嫌も応もなく、体力は落ち、同様に知力も減退していく。要するに、総てが思い通りにはいかなくなる。それは、人間である以上、どうしようもない事かも知れぬ。抗おうとしても、やれる事は、その訪れを少しでも先送り、引き伸ばす事ぐらいしかない。我が人生に悔い多し・・・と言うか、悔いばかり。胸を張ってこれだと、人に誇れるものが、ほとんど無い。過去72年間・・・何と情けない日々だったことか。思い返せば、総てが無意味だったとは言わない。しかし、ほとんどが中途半端に終わっている。今さら...玄冬期(その3)
私の人生は、今、「玄冬期」というらしい。「玄冬期を元気に生きていく第一歩は、人との絆みたいなものに期待しないことから始まる。」五木寛之"玄冬の門"より人は、後世に何かを残さねばならぬなどと考える必要などない。成り行きで残ってしまうものを、敢えて消そうとする必要も無いが、「残さねばならぬ」などと思いつめる必要など、どこにもない。さらには他人の生き方に、とやかく口を挟んで、あれこれ指図する資格など、どこの誰にもありはしない。誰にしろ、そんな資格は持っていないはずだ。人は、それぞれが自分自身の考え方によって生きている。私自身がそうだ。本人が納得し、満足しているのなら、他人がどうのという必要などどこにもないだろう。彼は彼、私は私、2つの個性が、たまたま人生の流れの中で出会った。ただそれだけのこと。「常に時間はたっぷりと...玄冬期(その2)
酒が止まらない。やることが定まらないせいか?気持ちのせいだろうか?10:00O君から電話。「今日、クリーンオフだけど・・・!!」すっかり忘れていた。大失態・・・、が、今さら仕方がない。残念だが、断る。何だか、やる気が弱くなっている。今、自分のやろうとしている事、総てが無意味に思える。時・・・今さら何を望んだとて、過ぎ去った長い時は戻りはしない。過去を再体験する事など、誰にも出来はしない。オンリーワンを目論んで、今日もバイブを吹かす。日に日に人間嫌いになっていく感覚がある。しかし、それは誰彼が悪いといった次元ではない。それは判っているつもりだ。自分自身の問題・・・。何もせずに、町のベンチに腰を下ろし、ぼぉ~っとしている。周りの人間が私をあざ笑っているような気がする。無論、周りの人間はそれほど暇ではないとは思う。そ...玄冬期(1)
私は何者なのだろうか?まずは、他人ではなく、自分自身の存在を確認せねば・・・。ふと思う。・・・今、私は蕎麦が食いたい。ともあれ、まずは今の自分を肯定する。何をどう感じようとも、それこそが今の自分自身なのだ。時間の流れは止められもせず、また、止まりもしない。人は、その時の流れをただ傍観するばかりだ。時の流れの中で、自分の思いをすぐに実行に移さない。これは、先のない老人にとっては致命的な事だろう。独りぽっちの老いた旅人には、今の一瞬、この瞬間、瞬間が勝負だ。思いは、すぐに行動に結びつけねば、永久に達成することは出来ない。その時々の、相手の反応に対し、変化していく対話に、完璧なシナリオを書いておく事などは不可能だ。とは言え、自分が何を求めているのかを、常に明確にしておく事も必要だ。結果うまくいったからと言って、間違い...自分捜し
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