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  • 2025年のMIYAZAKI神楽紀行・スケジュール【神楽と仮面の民俗誌 2024-2025<30>】

    2025年の神楽の開催日が出始めました。コロナ過の中断期間を挟んで本格的な再開・再編・再生の機運が高まってきたようにみえます。筆者(高見)の神楽取材も今季の後半に入り、パワーアップしながら進行します。以下にそのスケジュールを掲示します。*従来の九州民俗仮面美術館のフィールドワークとしての神楽紀行は終了しています。*現地合流は歓迎です。*詳細は追って追記。☆◇日之影町「大人(おおひと)神楽」1月11日~12日◇諸塚村「戸下神楽」1月25日~26日◇諸塚村「南川神楽」2月1日~2日◇日南市南郷「潮嶽神楽」2月11日2025年のMIYAZAKI神楽紀行・スケジュール【神楽と仮面の民俗誌2024-2025<30>】

  • 「奥方様」は山の神になった/2024村所神楽にて【神楽と仮面の民俗誌 2024-2025<29>】

    村所神楽の「奥方様」とは、南北朝期の戦乱を逃れ、米良山に入山した菊池氏の末裔・米良重鑑公の内室を表す。悲運にも内乱に倒れた重鑑公の後を追い自刃したお勝様はその時懐妊していた。それを憐れみ、村人が手厚く祀るとお勝様は村の女性のお産を助け、村を守る山の神となった。お勝様の元へは猪・鹿など山の獣が遊びに訪れた。神楽の場に舞い出て御神屋で暴れる猪は、猪荒神・大山祇命が森へと連れ帰る。米良山系の神楽に分布する山神信仰・女神信仰などが習合し、平和な山のくらしを伝える神楽。「奥方様」は山の神になった/2024村所神楽にて【神楽と仮面の民俗誌2024-2025<29>】

  • 悲運の領主は八幡様として祀られた/2024村所神楽にて【神楽と仮面の民俗誌 2024-2025<28>】

    南北朝の戦乱を南朝方として戦い北朝との決戦に敗れた肥後・菊池氏の一族は米良の山中深く逃れた。菊池氏は米良氏と名を変え、この地を治め、善政を施いたが後の領主・米良重鑑公は内乱に倒れた。村人は重鑑公を慕い八幡様として祀り、神楽の主祭神として語り伝えた。悲運の領主は八幡様として祀られた/2024村所神楽にて【神楽と仮面の民俗誌2024-2025<28>】

  • 南朝の秘史と大王様の物語/2024村所神楽にて【神楽と仮面の民俗誌 2024-2025<27>】

    【南朝の秘史と大王様の物語】南北朝時代末期、北朝と足利幕府連合軍との大宰府での決戦に敗れた南朝の一族とそれを支えてともに戦った肥後・菊池の一族は米良の山中深く逃れた。米良の山人は貴人と武人の一行を神として迎え、神楽に伝えた。「大王様」とは、後醍醐天皇の第九皇子・懐良親王を表す。政争に敗れて吉野に逃れた後醍醐天皇により南朝再興の夢を託され、転戦した皇子・懐良は一時は九州を制したが、悲願を果たせず流亡の身となった。悲運の皇子とその一族の物語は終夜吹き荒れた北風と哀調を帯びた神楽笛の音に乗って演じ続けられた。南朝の秘史と大王様の物語/2024村所神楽にて【神楽と仮面の民俗誌2024-2025<27>】

  • 山神の祓【神楽と仮面の民俗誌 2024-2025<26>】

    ちょっと一休み。長旅を終えた後のような心地よい疲労感。出会った神楽の一場面一場面を思い出しながら、体力と気力の回復を待とう。掲示は「山神の祓」/40㌢×78㌢・和紙に水墨・インク・染料など。今季の神楽取材に入る前に出来た作品。「山神の祓(はらい)」とは、狩人や木地師、山仕事の人たちなどが山に入る前に唱える祓いの祝詞(のりと)。画面に小さく描かれているのがその文言だが、少しずつ滲みがあって完全な解読は難しい。素人や神がかり系の人たちなどが軽はずみにこの文言を唱えると、山神の怒りに触れて山の木にされてしまうなどの災難がふりかかる怖れがるので、このままにしておく。古式の鹿狩りを伝え、鹿狩りの神様が出る「鹿倉舞」を伝える東米良・中之又神楽の長老、故・中武福男翁と一緒に山に入る時、翁がこの祓いを行なった。添えられて...山神の祓【神楽と仮面の民俗誌2024-2025<26>】

  • 寒風の中で過ごした一夜の神楽【神楽と仮面の民俗誌 2024-2025<25>】

    強い北風が、寒太郎や又三郎や寒介、寒女郎などをまとめて吹き付けてきた一夜、西米良村村所神楽を観た。今年最後の神楽取材なので、全曲を描くつもりでいたが、紙は風に煽られ、神楽の喰われる御神屋の飾りつけや旗なども吹き飛ばされるような強風が吹き続け、止まなかった。その寒さに負けて前半の南朝の一族と菊池の一族の物語を終えた所で、眠り込んでしまった。それでも切れ切れに南北朝の哀史とそれを受け入れ、伝承し続けた山人の物語を観て、満足の一夜を過ごし、帰って来た。今季は神楽開始早々から強行スケジュールだった。◇今期の取材:第一週諸塚・桂正八幡神社の「霜月祭り」から日田・由布院へと廻った旅。◇取材:第二週椎葉・栂尾神楽へ。今季の本格取材の開始。◇取材:第三週高千穂・秋元神楽から翌日の東米良尾八重神楽への連続訪問。◇取材:第四...寒風の中で過ごした一夜の神楽【神楽と仮面の民俗誌2024-2025<25>】

  • 「Dolphin Eyes」ご案内/イルカたちと会話をする写真家からのメッセージ

    SamansaTablet三股晶子さんとGOMAFURECORD安藤千佳子さんの主催による企画展です。古い教会を改装した「友愛の森空想ギャラリー」は銀杏の落葉に彩られ、たくさんの散歩者が訪れています。「DolphinEyes」ご案内/イルカたちと会話をする写真家からのメッセージ

  • [上椎葉神楽の一夜]山中5時間の彷徨の先で出会った幻夢の郷③/やさしい国で生きてゆく(5)【神楽と仮面の民俗誌 2024-2025<24>】

    渓谷沿いの道を遡り、椎葉へと続く山脈へ車を乗り入れると、黒々とした山塊を照らす月が、樹海の彼方に隠れて行手は真の闇となる。峠を越えて長い中山トンネルを抜け、夜狩内の集落へ出ると、遠くに椎葉の灯りが見えた。ここまで来ると、――ああ、帰ってきた・・・という気分になる。椎葉が生まれ故郷ではないが、この日本列島の原風景を思わせる風物と人情とが残されている土地柄に共感し、共振する心意が働くのだろう。この夜狩内集落も神楽を伝えるが、今夜は開催日ではなく、村の家はいずれも深く戸を閉ざしていた。誘い合って、上椎葉の神楽に出かけているのかもしれない。神楽もまた、太古の記憶を秘め、村人たちや異郷に暮らす人々の魂の原郷として継承されてきたものだ。*続きは作業中。[上椎葉神楽の一夜]山中5時間の彷徨の先で出会った幻夢の郷③/やさしい国で生きてゆく(5)【神楽と仮面の民俗誌2024-2025<24>】

  • 山中5時間の彷徨の先で出会った幻夢の郷②/やさしい国で生きてゆく(4)【神楽と仮面の民俗誌 2024-2025<23>】

    ・中之又神楽「荒神」*昨日の続き中之又に着いた時には神楽は始まっており、多くの拝観者が集まっていた。先月の東京・国立能楽堂の公演の影響だろう。晴れ舞台を経験し、伝承者たちも自信を持って舞うことができるだろう。顔なじみの人たちに声を掛けられ、舞人(祝子)の一人とも話したが、名物の蕎麦を一杯食べただけで出発した。車に乗り込もうとすると――高見さん、もうどこかへ行くのですか・・・――よその神楽で若い娘さんを見つけたな。などと声をかけられるが、――違う、ちがう、今夜は椎葉へ行く約束が出来てしまった。来年を楽しみに・・・と言い残し、村を後にする。ここまでにすでに4時間を費やしていた。これからさらに深い山中に入り、椎葉まで1時間。合計5時間の山中彷徨である。通い続けた30年を超える月日が後方へ流れ去る。最初に訪れた時...山中5時間の彷徨の先で出会った幻夢の郷②/やさしい国で生きてゆく(4)【神楽と仮面の民俗誌2024-2025<23>】

  • 山中5時間の彷徨の先で出会った幻夢の郷/やさしい国で生きてゆく(3)【神楽と仮面の民俗誌 2024-2025<22>】

    *本文は作業中。山中5時間の彷徨の先で出会った幻夢の郷/やさしい国で生きてゆく(3)【神楽と仮面の民俗誌2024-2025<22>】

  • 神気漂う森/美しきもの見し時は②【神楽と仮面の民俗誌 2024-2025<19>】

    先々週の土曜~日曜(11月30日~12月1日)、天岩戸神社の東本宮へ行った。この地域一帯が観光地化して、見るもの聞くものがなんとなく胡散臭く感じられ、敬して遠ざかるという心境で訪れることを避けていたのだが、昨年の天岩戸神楽を拝観して、伝承者(ほしゃどん=奉仕者殿)の真摯な取り組みと敬虔かつ清澄な舞いぶりに魅了され、ここには何か得体のしれない真理が秘められている、という感想を持ったことがこの日の訪問の契機の一つとなっていた。多くの参拝者・観光客でにぎわう西本宮に比べて、こちらは静かな神域であった。神社の裏手には散歩道があり、そこを辿ると、森厳な森の中に立つ七本杉があった。そこから奥は立ち入り禁止区域だったが、この禁足地の付近から、昔、弥生時代の石棺が発掘され、「岩戸文字」といわれる古代文字が書かれた蓋が発見...神気漂う森/美しきもの見し時は②【神楽と仮面の民俗誌2024-2025<19>】

  • 神楽の余韻【神楽と仮面の民俗誌 2024-2025<20>】

    一昨日(12月7日)宮崎を出発、椎葉嶽之枝尾神楽拝観の予定だったが、寒波襲来、山間部は降雪・凍結の恐れあり、の予報が出たので、予定を変更して国道から入ってすぐのところに神楽宿のある高千穂・岩戸五ケ村神楽へ。終夜、絵を描きながら過ごし、翌朝、由布院へ。天気予報ほどの冷え込みはなかったが、高千穂から竹田へ抜ける道のところどころには凍結の痕跡があったので、予定変更は正解とみた。それでも4時間を駆けて由布院に着くと山頂付近を雪化粧した由布岳が迎えてくれた。こんな日の由布院の寒さは厳しい。早めの夕食をすまし、9時間ぶっ続けに寝て、早朝5時に一度目覚めると、室内で5度。ストーブを点けてまた寝る。計11時間の睡眠。そして今日(9日)の日中はぽかぽかと温かい一日となったので、積んできた荷物を降ろし、絵の仕上げと昼寝と空想...神楽の余韻【神楽と仮面の民俗誌2024-2025<20>】

  • 900年の時空を背負って舞う/尾八重神楽「花鬼神」―湯之像<ゆのかた>神楽祖神の面 【神楽と仮面の民俗誌 2024-2025<19>】

    *続きは作業中。900年の時空を背負って舞う/尾八重神楽「花鬼神」―湯之像<ゆのかた>神楽祖神の面【神楽と仮面の民俗誌2024-2025<19>】

  • 許可を得て神面の写真を公開します/門外不出の神面を拝観―16年ぶりに奉納された湯之像<ゆのかた>神楽にて

    尾八重神社の中武貞夫・前宮司さんからご許可をいただいたので、壱岐宇多守の神面の写真を公開します。文は湯之像神楽拝観直後のものを採録。 門外不出の神面を拝観/16年ぶりに奉納された湯之像<ゆのかた>神楽にて【神楽を伝える村へ/宮崎神楽紀行2024-10】☆「尾八重神楽」は、米良山系・旧東米良の山中に伝承されてきた。米良山系は古くは秘境・米良の荘と呼ばれ、外界と孤絶した村々を抱く深い山脈であった。南北朝時代末期、北朝と足利幕府連合軍との決戦に敗れた南朝の遺臣とそれを支持した肥後・菊池氏の一族は、米良の山中に逃れた。米良の山人は「神」として王家の一族を迎え、菊池氏は米良氏と名を変え、この地を治め、善政を布いた。下って明治維新後の廃藩置県により人吉県となり、明治22年の町村合併により東米良村・西米良村に分割され、...許可を得て神面の写真を公開します/門外不出の神面を拝観―16年ぶりに奉納された湯之像<ゆのかた>神楽にて

  • 猪荒神と猪汁の一夜【神楽と仮面の民俗誌 2024-2025<17>】

    【猪荒神<ししこうじん>】夜が更けて神楽が終盤を迎え天空を狩人オリオンが天狼シリウスを従えて巡ってゆくころ村の背後の黒い森から猪が二頭、暴れ出てくる。猪は、田畑を荒らし猟師に追われて手負いになり暴れると怖いがその肉は美味で「薬喰い」と呼ばれるほどの効力がある。猪は御神屋で転げまわる「ぬた打ち」の所作をしたり、神庭に出て村人と遊んだりする。そこへ猪荒神が出て、荒ぶる舞を舞う。猪荒神とは狩りの領域を支配する山の神である。舞の途中で缶ビールやみかんをもらった猪が上機嫌で帰ってくる。猪荒神と猪はともに一差し舞い、森へと帰ってゆく。人界と自然界の協調の神楽。前日、徹宵で椎葉神楽を見て、家に帰って横になったらたちまち前後不覚となり、11時間ぶっ続けに眠った。目覚めたときは深夜10時だった。それから夕食をとり、珈琲を温...猪荒神と猪汁の一夜【神楽と仮面の民俗誌2024-2025<17>】

  • 美しきもの見し時は/´24-´25友愛の森空想ギャラリーにて【神楽と仮面の民俗誌 2024-2025<17>】*始まっています

    *本文は作業中。美しきもの見し時は/´24-´25友愛の森空想ギャラリーにて【神楽と仮面の民俗誌2024-2025<17>】*始まっています

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