そのとき人は風景になる(10)
ごんしゃん、ごんしゃん、何処へゆくいちどだけ、エムの家に泊めてもらったことがある。朝食の味噌汁にソーメンが入っていたのが珍しかった。奈良ではそのような食べ方をするのかと思ったが、それがにゅうめんというものだと、だいぶ後に知った。彼の家はまだ新しく、子供らも小さくて盛んにはしゃいでいた。その後、ぼくはエムとは幾度も会っているが、彼の家を訪ねたことはそれ以後ない。通夜のときに久しぶりに会った彼の子供らは、小さかった頃の面影もないほど成人していた。二人の息子の一人は長身で体格がよく個性的な顔立ちは母親に似ているようだった。それに対してもう一人の息子は、背も低くほっそりしていて病弱そうで、その容姿は郷里にいた頃のエムの姿を彷彿とさせた。そのせいか彼の所作が気になって仕方なかった。小柄でひ弱そうだった青少年期のエムの姿が...そのとき人は風景になる(10)
2021/07/16 20:55