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2014/10/22

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  • 米軍将校の家に招待されたある夏の思い出。

    今日で暑かった今年の8月も終わり。そこで、若かりし頃の懐かしい夏の思い出をひとくさり。出会いの記憶は定かではありませんが、山手に住む米軍将校の奥さまの家に当時、友だち3〜4人で毎週のようにお伺いして、片言の英語でおしゃべりを楽しんだことが〜。ここのお嬢さんとお友だちも時々参加。パーティにも招待され、ジェスチャーゲームに興じたり、日本にはまだ入ってこないアメリカ直送のドーナッツ盤(EP盤)でビルボードチャートのヒット曲を聴かせてもらいました。今考えてみると、この家の裏は崖になっていたので、神奈川県立文学館の手前にある横浜市イギリス館か山手111番館のある辺りだと推察しています。この一家は任期を終えて帰国したと思いますが、皆さん今頃どうしているのでしょうか。(個人情報のため、写真の1/4ほどカットしています)米軍将校の家に招待されたある夏の思い出。

  • 戦前から60年間パリに住んだ画家のエッセイ集。

    パリといえば、戦前からパリに住み、ドイツのヒトラーによる"パリ占領"を身をもって体験した在仏の画家のエッセイ集を読みました。関口俊吾氏(1906〜2005年)の「パリの水の味〜60年をパリで暮らして」(文化出版局)です。パリの食べものやワインをはじめ、政治・文化と庶民の暮らしぶりを、街のスケッチとともに端正な文章で綴った美麗本。「ピカソに会ったのは、魯山人と一緒の時だった」。こんな書き出しが平気で出てくるのにはビックリ!。しかし、戦時中の知られざるエピソードを交えながら、観光客としては味わえない地についた生活が淡々と描かれています。CDはパリを舞台にした映画「幸せはシャンソニエ劇場から」(2008年)のサウンドトラック盤。戦前から60年間パリに住んだ画家のエッセイ集。

  • ウディ・アレン監督の「ミッドナイト・イン・パリ」。

    厳しい残暑が続く昨日は、またまたNHK-BSPの映画「ミッドナイト・イン・パリ」(2011年/アメリカ、スペイン)を。ウディ・アレン監督らしい少しヒネったロマンチック・コメディを楽しみました。妄想癖気味の売れっ子脚本家のギル(オーウェン・ウィルソン)が現代から1920年代の華やかなりしパリへタイムスリップ。深夜のパーティでヘミングウェイやゴーギャン、ピカソ、ダリなどと夢のような出会いにワクワク!(皆さん、それらしい俳優なのが微笑ましい)。切ない美しいアドリアナ(マリオン・コティヤール)との出会いと別れ〜点滅するエッフェル塔やオランジェリー美術館のモネの部屋などの現代のパリともに、1920年代の深夜のパリの雰囲気を楽しみました。ウディ・アレン監督はこの作品でアカデミー脚本賞を受賞しています。ウディ・アレン監督の「ミッドナイト・イン・パリ」。

  • 「日本の自然」写真コンテストの受賞作品。

    いつまでも守りたい日本の自然をテーマにした「日本の自然」写真コンテスト(朝日新聞社主催)。今朝の朝日新聞に受賞作品が掲載されていました。「撮影者に求められているのは模倣や追随ではなく、独創性である」と総評にあるように、自分だけが見つけた被写体にこだわりたいと常日頃から思っていますがなかなか〜。この中から今回のお気に入りは、プリント部門の中村征夫賞の2組の親子が遊泳する珍しいシーンときれいな水面の表情の「イルカファミリーのお出かけ」(奥山紘子さん=東京)。そして、デジタル部門の最優秀賞ソニー4K賞にはカメラ目線のエゾリスを捉えた「駆け抜ける秋」(西山亜希子さん=北海道)の受賞作品。どちらも女性カメラマンの作品となりました。「日本の自然」写真コンテストの受賞作品。

  • 動物好きにはたまらない直木賞受賞作「少年と犬」。

    書店に大量に平積みになっていた話題の書「少年と犬」(馳星周著/文藝春秋)を読みました。第163回直木賞受賞作です。2011年の東日本大地震で辛くも逃げ出した半年後に、この物語の主人犬(?)である"多聞"が最初に拾われたのは、仙台の駐車場で出会った和正。以来、仲間割れした窃盗団の男、それぞれ違う名前で呼んでいた壊れかけた夫婦、どん底の人生を彷徨う女、死期の迫る老猟師、震災のショックで心を閉ざした少年と、東北から九州まで南の方向を見つめながら目的の地を目指した犬の物語です。読後のモノ言えない"多聞"に対するこの感情はなんなのでしょうか。動物好きにはたまらない作品です。因みに著者の馳星周氏のペンネームは、大ファンである映画監督・俳優の周星馳氏の名前を逆にしたものだそうです。動物好きにはたまらない直木賞受賞作「少年と犬」。

  • ボリュームある奥只見の猟師鍋「またぎ汁」の缶詰。

    昨日、新潟県出身の友だちから、"奥只見猟師鍋またぎ汁"なる大きな缶詰(3〜4人前)をいただきました。「"またぎ"とは東北地方の山間部に独特な生活を営み、広く山岳地帯を移動して狩猟した人々」という説明が〜。この"またぎ"が一日の狩猟を終え、狩りの成果を語り合いながらの囲炉裏端の夕食。また、「この"またぎ"はその集団生活には厳しい掟があり、"山言葉"という隠語をつかい、狩の方法や儀礼は昔からの伝統に従っていた」といわれているそうです。これから涼しくなる秋にでも、自然の恵みを受けて生きた"またぎ"の生活を思い浮かべながら、新潟の銘酒を一献傾けたいと、今から楽しみにしています。ボリュームある奥只見の猟師鍋「またぎ汁」の缶詰。

  • 横浜美術館で「ヨコハマトリエンナーレ2020」。

    半年ぶりくらいでJR桜木町駅から"動く歩道"に乗り、みなとみらい地区を散歩してきました。中央のモニュメントを左に折れると「ヨコハマトリエンナーレ2020」開催中の横浜美術館です。いきなり、ネットのような幕が美術館をスッポリと覆っていますが、これは幕のモアレやゆらぎを楽しむアートの一種。入口で検温(36.4度でした)と消毒をして入場すると、高い天井からきらびやかな約4500点もの釣り飾りが〜。これはニック・ケイヴ氏の「光の中の怖いもの」というアート(写真)。アメリカでよく見かける庭や窓用の飾り"ガーデン・ウインド・スピナー」で、撮影は静止画ならOKということです。ここまでは無料!。館内の鑑賞は同美術館HPからの予約。おもしろそうなので、また予約のうえ、改めてお伺いします。横浜美術館で「ヨコハマトリエンナーレ2020」。

  • いよいよ解体されるJR山手線の原宿駅旧駅舎。

    大正時代末期に建てられたノスタルジックな木造の駅舎〜山手線最古の旧原宿駅舎が96年の歴史に幕を閉じ、いよいよ今日24日から解体されるようです。この駅舎にも戦火は間近かに迫り、1945年(昭和20年)4月の空襲には駅舎に焼夷弾が直撃。幸いにも不発弾となり、奇跡的に消失を免れたということもあったようです。思い起こせば、1964年の東京オリンピックの年には、駅から近くのの国立代々木競技場へ観戦に向かう人々の映像がたびたび見掛けられたものです。この原宿駅旧駅舎の解体が無駄にならないように願うばかりです。写真は2年前の国立新美術館鑑賞時に立ち寄って撮影した原宿駅舎です。いよいよ解体されるJR山手線の原宿駅旧駅舎。

  • "前向き駐車"とはどっちに向かって"前向き"?。

    たまに見掛ける駐車場の"前向き駐車"とはどちらに向かって"前向き"なのでしょうか。昨日の朝日新聞「街のB急言葉図鑑」(飯間浩明=国語辞典編纂者)に納得の回答が掲載されていました。飯間氏と同じように、車の全面が見えるようにバックで入れることかと思いましたが、正解は車の前面を奥に向けることだそうです。バックで入れると、背後の住宅などに排ガスがかかって迷惑になるから〜。この"前向き駐車"は他に"前進入庫"や"前進駐車"という表示がありますが、この方が誤解が少ないのでは、と指摘しています。少ない言葉での的確な表示は難しい!。"前向き駐車"とはどっちに向かって"前向き"?。

  • E.バーグマンの傑作サスペンス映画「ガス燈」。

    昨日のNHK-BSPで涼しげな白黒映画のミステリー〜2度目の映画「ガス燈」(1944年/アメリカ)。ヒロインのポーラを演じたイングリッド・バーグマンがアカデミー主演女優賞を受賞した作品です。シャルル・ボワイエやジョセフ・コットンという聞いたような聞かないような、どこか朧げな名前の男優が脇役。未解決の女性歌手殺人事件の家に新婚で住むことになったポーラ(イングリッド・バーグマン)は、ロンドンに住もうと言った夫グレゴリー(シャルル・ボワイエ)の不可解な言動に怯えつつ、毎日を過ごしますが〜。揺れ動くガス燈がポーラの不安を象徴しているような傑作サスペンス映画ですが、バーグマンの美貌に見惚れてつかの間、暑さを忘れるひとときを過ごしました。E.バーグマンの傑作サスペンス映画「ガス燈」。

  • 伝説の居酒屋「根岸家」と"三味線おばさん"。

    しつこいようですが、「聞き書き横濱物語」(集英社)からもうひとつ。呑兵衛として戦後の横浜で忘れてはならないのが、伝説の居酒屋「根岸家」(写真)でしょう。若い頃に東京でさんざ飲んでの帰りに、先輩に連れていかれた伊勢佐木町裏通りの店。店内は今思い返してもなんでもありの破茶滅茶な雰囲気でビックリ!。昭和55年(1980年)の火災で根岸家はその幕を閉じたそうです。また、戦後すぐにあった伊勢佐木町裏通りの駐留軍の簡易飛行場のフェンスの手前で、三味線(後にマンドリンという説も〜)を掻きながしながら「ラバウル小唄」を飛び跳ねながら一心不乱にガナっていた通称"三味線おばさん"(ペンペンおばさんとも〜)の姿も忘れられません。今となっては幼い頃の、戦争の悲惨さを伝える強烈な一風景でした。伝説の居酒屋「根岸家」と"三味線おばさん"。

  • 幽閉された狂気のルートヴィッヒ2世の物語。

    本を整理していると、途中まで読んでいた本がよく見付かります。これもそんな一冊「湖のトリスタン〜ルートヴィッヒ2世の生と死」(田代櫂著/音楽之友社)。ドイツの悲劇のバイエルン国王で、ディズニーランドの白亜の城のモデルといわれるノイシュヴァンシュタイン城の城主の物語です。著者は長年、ドイツで修業したプロのギタリストですが、豊富な文献や資料を調べ尽くして、幽閉された鬼気迫る王の生涯を検証。シュタルンベルク湖での謎の死を解き明かしています。「ニーベルングの指輪」や「トリスタンとイゾルデ」で知られる作曲家ワーグナーの最大の支援者として周囲の反対を押して国費を注ぎ込み、また、巨額のノイシュバンシュタイン城の建築に没頭。政治の執務よりも芸術を愛した狂気の国王。謎の死を遂げた湖での精神科医グッデン博士との最後の検証が興味深い。...幽閉された狂気のルートヴィッヒ2世の物語。

  • マッカーサー劇場と紅梅キャラメルの思い出。

    「聞き書き横濱物語」(松葉好一、小田豊二著/集英社)からもうひとつ。野毛にあった映画館「マッカーサー劇場(写真)は昭和21年(1946年)に、洋画専門館としてオープンしています。現在のJRA辺りにありましたが、名称を公募してこの名前になったそうですが、なんと進駐軍にわざわざ許可をお願いして、この敵将の名称の劇場が認可されたということです。なんとも戦後すぐの横浜らしい話ではないですか。また、下の広告は当時の子どもたちに爆発的人気だった「紅梅キャラメル」のもの。肝心のキャラメルはそっちのけで、ジャイアンツの選手のカードを集めて、阪東橋にあった景品引換所にたむろしたものです。たしか、カメラの"エボニー35"もあったと思いますが、オジサンの消えかかりそうなぼんやりとした記憶です。マッカーサー劇場と紅梅キャラメルの思い出。

  • 若羽黒とヒゲの行司式守伊之助のエピソード。

    「聞き書き横濱物語」(集英社)の第7話は"君は若羽黒を知っているか"の中にあるおもしろい話。今年の大相撲7月場所は幕尻の照ノ富士の優勝となりましたが、今から約60年前の昭和34年(1959年)に横浜市中区曙町出身の大関・若羽黒関が13勝2敗で優勝しています。この若羽黒が慕っていたのが親方よりも行司でヒゲで有名な式守伊之助。おもしろいというのはこのそそっかしい式守伊之助のエピソード。勝ち名乗りを上げる力士の名前を忘れて「おまえさ〜ん」と言ったり、玉の海-鏡里戦で勝った横綱鏡里に「玉の海〜っ」と言ったら違っていたので、「〜に勝った鏡里〜っ!」と言ったという話。そういえば、酒に酔ってか、市電の中でグッタリした若羽黒関を見掛けた幻のような姿の記憶が思い出されます。若羽黒とヒゲの行司式守伊之助のエピソード。

  • 戦後の姿が思い出される「聞き書き 横濱物語」。

    このところ、連日35℃前後の猛暑日!。熱中症対策もあり、涼しい部屋で友だちに借りた「聞き書き横濱物語」(松葉好一、小田豊二著/集英社)を一気に読みました。"聞き書き"という文体も読みやすく、懐かしい横濱の姿が生き生きと語られていました。真金町の遊郭の家に生まれ育ち、自称、相当な悪ガキだったという松葉好一氏の世界は、真面目ひと筋だった者からするとまるで別世界。破天荒な生き方と横濱の戦後の力強い復興の姿に興味津々。進駐軍とかまぼこ兵舎や娯楽の中心だった映画館、横濱駅周辺や伊勢佐木町と野毛の様相、美空ひばりさんの幼少時代、高校生同士の喧嘩と勢力争い、網の目のように走っていた市電の路線網〜年代は少し違いますが、当時の横濱が次々と打ち上がる花火のように懐かしく思い出されました。戦後の姿が思い出される「聞き書き横濱物語」。

  • 一緒にお盆を過ごしたご先祖さまの霊の"送り火"。

    かけがえのない"今日"に彩りをそえる「日本の365日を愛おしむ〜毎日が輝く生活暦」(本間美加子著/東邦出版)も、今年はじめからのコロナ騒ぎの収束がみえないまま、早くも折り返し点を過ぎました。今日16日はお盆とともに過ごした霊が無事戻れるように祈る"送り火"。海や川に面する地方では灯籠流し(精霊流し)もお盆を締めくくる行事のひとつになっています。京都では例年、日本最大の送り火"京都五山送り火"が夏の夜空に浮かび上がる筈ですが、今年はどうやら規模を縮小して点火されるようです(京都新聞)。一緒にお盆を過ごしたご先祖さまの霊の"送り火"。

  • 激動の昭和を生きた古関裕而氏の生涯。

    NHK朝ドラ「エール」の主人公の作曲家・古関裕而氏(1909〜1989年)の足跡を辿る「古関裕而〜流行作曲家と激動の昭和」(刑部芳則著/中公新書)を読んでみました。有名な奥さまとの出会いから、古賀政男氏や菊田一夫氏などとの交流。そして、苦難のレコード会社専属作曲家時代を経て、戦前には軍歌「露営の歌」で一世を風靡。戦後は「長崎の鐘」などの歌謡曲や大学野球の応援歌、たくさんの校歌を作曲し、時代を象徴する数々の名曲を作曲しています。古関裕而氏の作曲したヒット曲には枚挙の暇はありませんが、勇壮でドラマチックな歌唱の伊藤久男氏の「イヨマンテの夜」(1950年)や高校野球の行進曲「栄冠は君に輝く」(1948年)がお気に入りです。軍歌を作曲した古関裕而氏は「戦後の歌謡曲はこれらの歌に送られていって亡くなった人たちへの鎮魂歌と...激動の昭和を生きた古関裕而氏の生涯。

  • "保育園疎開"をテーマにした「あの日のオルガン」。

    第二次大戦時の"学童疎開"の経験はありませんが、幼い子どもたちの"保育園疎開"をテーマにした実話を基にした映画「あの日のオルガン」(2019年/日本)をWOWOWシネマで拝見。監督は山田洋次監督の秘蔵っ子女性監督・平松恵美子さんです。東京の戸越保育所の児童を埼玉県平野村の妙楽寺に疎開させる保母さんたちと村の長老たちとの衝突もあり、前途多難の疎開生活がはじまります。ひとつひとつをクリアしていきますが戦争が悪化。児童たちの父親も戦争に駆り出されていきます。終戦間近かには埼玉県にも空襲の恐怖が〜。懐かしいオルガンの伴奏で天真爛漫に歌う児童と、その児童を献身的に守る保母さんたちの姿が胸を揺さぶります。明日8月15日は75回目の終戦記念日です。"保育園疎開"をテーマにした「あの日のオルガン」。

  • 戦後の鎌倉の世相を描く愛着のある古本。

    昨日の横浜は35.4℃の真夏日。外出もままならず、書庫(というほどのものでもありませんが〜)の整理。仕事と趣味を兼ねて鎌倉歩きが好きだった頃に読んだ「鎌倉」に関する本がいろいろ出てきました。柳田國男氏に師事した女性民俗学者・大藤ゆきさんの[A]「鎌倉の民俗」(かまくら春秋社)や作家・大佛次郎氏編の[B]「素顔の鎌倉」(実業之日本社)、そして中世史の三山進氏の[C]「鎌倉古寺巡礼」(実業之日本社)などです。[A]は昭和30年代の鎌倉の街の姿や交通、庶民の年中行事・民芸などの探訪記。[B]は建長寺・円覚寺のある北鎌倉山内についての大佛次郎氏の「山内雑感」をスタートに、鎌倉ゆかりの文学者や詩人諸氏のエッセイ集。[C]は三山進氏が鎌倉の寺々をいろいろな角度から眺めた随想です。いずれも30〜40年前の発行〜多少、黄ばんで...戦後の鎌倉の世相を描く愛着のある古本。

  • C・W・ニコルさんの思い出を語るドキュメンタリー。

    今年4月に直腸癌で亡くなってしまったC・W・ニコルさん。一昨日の10日、NHK総合テレビで「アファンの森よ永遠に」が放送されていました。「アファンの森」はニコルさんが長野県の黒姫山の麓に30年以上かけて蘇えらせた美しい森。絶滅危惧種となった貴重な動物や植物も生息する日本の原風景の森です。そんなニコルさんを偲んで、自然派女優の竹下景子さんと環境保護活動の同士でもあった歌手の加藤登紀子さんと、東北大震災後の津波に襲われた町をニコルさんと共に復興に取り組んだ宮城県東松島市の職員、地元の林業家の人たちが「アファンの森」を訪問し、ニコルさんとの尽きない思い出を語るドキュメンタリーです。ニコルさんは生前、「新型コロナウイルスは今後、われわれを襲うであろう災厄の先駆けにすぎない」と警告していたそうです。環境保護活動家や作家の...C・W・ニコルさんの思い出を語るドキュメンタリー。

  • 弘明寺の窯焼きピッツェリアMASSAで誕生日祝い。

    昨夜は"コロナ前"にグループでの懇親会や家族の集まりに利用させていただいた、弘明寺の窯焼きピッツェリアMASSAで誕生日祝い。このような時期に久しぶりの訪問で少し緊張しましたが、手作りのこだわりの生地で焼くおいしいピザとビールで乾杯(ここのビールは本当においしい!)。MASSAはミラノ直輸入の窯のピザばかりでなく、渡り蟹のトマトクリームパスタや彩り野菜の窯焼きなども美味な、こじんまりとした隠れ家イタリアン。店名のMASSAはイタリアの街の名前ということは知っていましたが、イタリア語で「人がたくさん集まる」という意味と、オーナーのお名前「まさあき」から命名したことを初めてお訊きしました。コロナが収束したら、またゆっくりとしっかりと味わいにお伺いします!。弘明寺の窯焼きピッツェリアMASSAで誕生日祝い。

  • 急な雨で玄倉川が増水した丹沢での恐ろしい経験。

    今日8月10日は「山の日」。ということで、若い時に友だち5人で"丹沢一泊縦走"の思い出を〜。小田急伊勢原駅からバスで登山口に取り付き、"バカ尾根"といわれる大倉尾根の見晴らし茶屋から吉沢平へ。丹沢山頂に到着すると雲海の向こうに雄大な富士山が出迎えてくれました。当日は山頂の「みやま山荘」(今、あるのかな)に宿泊して最高峰の蛭ヶ岳から檜洞丸、熊木沢出合へとゆうゆうと下山。ところが、途中から降り出した雨のため、麓の玄倉川は大増水!。膝上までの濁流を互いに助け合ってなんとか向かいの岸に到着。バスの中でお互いに見合わせた安堵の表情が忘れられません。急に増水する山岳の川の恐ろしさにゾッとした記憶を思い出しました。山の天候を甘くみてはいけないという貴重な経験でした。写真は丹沢山〜蛭ヶ岳間。背景は臼ヶ岳のガレ場と檜洞丸。急な雨で玄倉川が増水した丹沢での恐ろしい経験。

  • 有名な写真を解き明かすドキュメンタリー番組。

    あまりにも有名な、この弟の遺体を背負い、唇を噛み締めて直立する少年の写真「焼き場に立つ少年」。昨夜のETV特集「"焼き場に立つ少年"をさがして」は、NHK長崎放送局がこの写真を徹底調査した真実に迫るドキュメンタリーです。米軍カメラマンのジョー・オダネル(撮影機材はアニバーサリー・スピードグラフィック)が75年前に撮影したこの写真は昨年、ローマ教皇によって紹介された世界から注目を集めた写真。番組ではオダネルが撮影した4000枚の写真を手掛かりに多角的に分析し、当時の関係者にも取材、この少年の生きた姿に迫っています。番組ではこの写真をカラー化するなど現代の技術を駆使して克明に読み解き、この写真が左右反転されたものとして、少年の被曝状態や天候、足元に写る石塔の文字などから場所の設定までを突き止めていきます。少年の名前...有名な写真を解き明かすドキュメンタリー番組。

  • アラスカに魅せられた星野道夫氏の随筆集。

    「日本の百名山踏破はあと屋久島の宮之浦岳だけ」と言う、山好きの友だちに勧められた「旅をする木」(星野道夫著/文春文庫)。44歳の若さで亡くなった冒険家、写真家の星野道夫(1952〜1996年)氏の随筆集です。19歳の時にアラスカの写真集に魅せられて単身渡航し、以降、広大な大地と海に囲まれたアラスカで動物写真を撮る日々。1989年には木村伊兵衛写真賞を受賞しています。この随筆集にはアラスカの季節、そしてそこに暮らす人々や野生動物について、味わい深い33編の随筆が掲載されています。その一編一編が涙がでるくらいの優しくも美しい文章!。もし、無人島に行く時には「歳時記」でも「歎異抄」でもなく、この「旅をする木」を持参するつもり。因みに星野道夫氏はロシアのカムチャッカ半島で不慮の死を遂げてしまいました。今日8月8日は星野...アラスカに魅せられた星野道夫氏の随筆集。

  • コロナ時代の楽しい旅の可能性を模索する。

    「動かない人のおかげで防疫できる。動く人がいれば経済が少しは回る」という見出しが目に入った5日付けの朝日新聞。神奈川県もコロナ感染者が100人を超えましたが、コロナ時代の旅の可能性について掲載されていました。星野リゾートではウイズコロナ期の旅行ニーズは"小さな旅行"だとして、自宅から近い地元を再発見する旅を呼びかけています。また、富山県でも「地元で泊まろう!県民割引キャンペーン」を実施、注目されているそうです。これからお盆休み。「動く人、動かない人のことを考えて、互いに全否定しないで社会全体にとって少しでもプラスを目指そうとという個々人の姿勢が大事」と五十嵐泰正・筑波大学准教授(社会学)は結んでいました。成長したお孫さんを見せに故郷に帰省したい人、外出規制の"おこもり生活"に疲れた人〜すっきりと旅を楽しむ時はい...コロナ時代の楽しい旅の可能性を模索する。

  • ラミレス監督が就任5年目で300勝を記録。

    昨夜の横浜DeNAベイスターズは8-2でドラゴンズに快勝!。ラミレス監督は2016年の就任以来、球団歴代3位の300勝(1位は別当薫氏の494勝、2位は三原脩氏の461勝)を記録しました。花を添えたのは今季から4番とキャプテンを任された佐野外野手。3安打3打点と6号ホームランとその勢いは止まらず、この日で打率部門は1位に躍り出ました。試合終了後にはその佐野外野手からお祝いの花束のサプライズ。これまでほとんど実績のない佐野外野手を抜擢したラミレス監督は「シーズンの最後まで4番に居続けくれるのが理想」と信じているそうです。それにしても今年のオールスター戦はありませんが、村上内野手(スワローズ)と岡本内野手(ジャイアンツ)と佐野外野手の若きクリーンアップの破壊力は、パ・リーグ投手陣の脅威となったことでしょう!。ラミレス監督が就任5年目で300勝を記録。

  • 世界遺産マテーラを舞台にした不思議な作品。

    猛暑日となった昨日はWOWOWシネマの「溺れる女」(2017年/イタリア)を観ました。シチリアから南イタリアを旅した時に訪れた、洞窟都市マテーラが舞台ということで、録画しておいた作品です。ケガでオリンピックを断念した女子高飛び込み選手のマルタが、亡き父の屋敷のあるマテーラに帰郷。そこで知り合ったミステリアスな日本女性ハルとの生活。内容的にはホラー映画っぽい不思議な作品ですが、芸術家が好んで住んでいるマテーラの旧市街雰囲気が出ていました。このマテーラの石灰岩の住居は、家畜などとも生活を共にしていたため衛生面も悪く、政府としてもこのような状況を放置しておくわけにもいかず、1950年代から住民を強制移住させて、廃墟となっていました。その後、街を再生して再び芸術家などが住むようになったということです。因みにマテーラは、...世界遺産マテーラを舞台にした不思議な作品。

  • ダイヤモンド・プリンセス号船長のその後。

    新型コロナウイルスの収束はまだまだ先が見えない状況ですが、昨日入ったYahoo!のNEWSポストセブンの情報に少しホッと。クルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号で指揮をとり続けたジェンナーロ・アルマ船長(45歳)のその後です。アルマ船長の故郷はイタリアのソレント。乗客3700人のうち2割が感染する中、「情報が錯綜して辛い対応を強いられましたが、日本の方の対応もすばらしく、物質だけでなく精神的にも支えられました」と。最後に下船したのは3月上旬。なんとか帰国してからは、7月にその栄誉を称えられて大統領から勲章を授与されたそうです。「この勲章は私だけのものでなく、共に闘った船員全員と分かち合いたい」と話しているそうです。また最後に力強く、「今回の体験で、困難は必ず乗り越えられるという自信がついた。人生は常に前に進まなけ...ダイヤモンド・プリンセス号船長のその後。

  • 「エスカル横浜」前に原油タンカーの錨のモニュメント。

    山手の丘を下りてバスを待っていると、「エスカル横浜」の前に妙なモニュメントが〜。碑文を要約すると「この錨は麻里布丸(50423トン)で使用され、三菱重工横浜造船所より寄贈を受けた錨で総重量は1.5トン、錨柄の長さは3.4mです。麻里布丸は中東などの原油国から原油を運び続け、昭和54年(1979年に解体されて本牧ふ頭の護岸建設された横浜港にゆかりの深い船です」とありました。また、周囲の白い柵は太平洋航路が華やかだった頃の新港ふ頭4号上屋の船客待合室に使用されていたものだそうです。麻里布丸は日本に原油を運び、高度経済成長を支えてきた船。そういえば、「エスカル横浜」は海事関係者の福利厚生施設として開業した"公共の宿"でした。「エスカル横浜」前に原油タンカーの錨のモニュメント。

  • 12年前のDVD付きの崎陽軒100周年記念誌。

    「横濱」といえばシュウマイ、シュウマイといえば「崎陽軒」。ということで、どなたにいただいたのか「横浜と共に一世紀」(製作/神奈川新聞社)という立派な"崎陽軒創業100周年記念誌"(映像DVD付き)があります。同社が100周年を迎えたのは平成20年(2008年)4月1日ですから、12年前のもの。崎陽軒は明治41年(1908年)に初代横浜駅(現在の桜木町駅)で創業。横浜駅は東京駅から近かったことから、駅弁販売は不向きと当時は牛乳やサイダー、餅や寿司を取り扱っていたようです。しかし、野並茂吉社長は"横浜名物"を創ろうと試行錯誤、中華街のシュウマイに着目し、北海道の帆立貝をブレンドして冷めてもおいしいシュウマイを完成。昭和25年(1950年)には横浜駅に"シュウマイ娘"を登場させて一躍話題に〜。5年後には醤油入れにフク...12年前のDVD付きの崎陽軒100周年記念誌。

  • 季刊誌「横濱」に街を火災から守る耐火建築。

    神奈川新聞社と横浜市との協働編集誌「横濱」の2020年夏号の特集は"進化する横浜駅エリア"。オーブンした「JR横浜タワー」をはじめ、横浜駅ビルなどの歴史などが紹介されていますが、興味深かったのは横浜市在住の作家・山崎洋子さんの"横浜の底力"「防火帯建築で広がる新しいまちづくり」です。関東大震災と第二次世界大戦の横浜大空襲で焦土と化した横浜。そこで、昭和27年(1952年)、耐火建築促進法が制定され、米軍の接収跡地から徐々に耐火建築が始まったそうです。山崎さんは本誌の取材で耐火建築の本町通り徳永ビルや弁天通りの弁三ビルなどを訪ね歩きます。そして、最後に訪ねたのは先日も散歩してきた伊勢佐木町と野毛の間にある吉田町第一名店ビル。"アートの町"へと進化するお気に入りの耐火建築ビルです。通りの中央にテーブルを長く連ねる「...季刊誌「横濱」に街を火災から守る耐火建築。

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