20-8859原典訳「天界の秘義」出埃及記ⅡEXODUSCAPUT XXEXODUS:出埃及記、{1}CAPUT:章、XX1. Et locutus est DEUS omnia verba haec, dicendo,2. Ego JEHOVAH DEUS tuus, Qui eduxi te e terra Aegypti, e domo servorum.3. Non erit tibi dii alii coram faciebus Meis.4.
聖書とスヴェーデンボリ神学著作集から信仰と悔い改めを学び、主への愛と隣人への愛のある礼拝を目指します。
インターネット新教会は誰でもいつでも訪れて主を礼拝することが出来ます。 またこの世の金銭の献金は一切不要ですが、主のものである善と真理は十分の一とは言わず凡てを主に返してください。 自分が語り行ったどんな善い事も自分が行ったと思わず、自分を通して主が為されたことを承認して主を見上げ主に帰してください。
30-3995~3996意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ3995.「また山羊の中の斑点で覆われたものと斑点入りのものが取り除かれなければならない」は、その後、自分自身に真理の凡ての善が在らねばならないこと、その中の混合された間違った原理と悪が分離されなければならないことを意味
31-4198~4201原典訳「天界の秘義」創世記Ⅳ4198. `Et Mizpah, quia dixit, Spectet Jehovah inter me et interte': quod significet praesentiam Divini Naturalis Domini, nempe inbono quod nunc per `Labanem' repraesentatur, constat asignificatione {1}spectare seu
30-3994-3意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ[5]ヨハネ伝において、「イエスはペテロに現われ言われた。ヨナの子シモンよ、あなたは彼らよりも多く私を愛するか? 彼はイエス御自身に言った。主よ、無論です。私があなたを愛することをあなたは知っておられます。主はペテロに言われ
31-4197-3原典訳「天界の秘義」創世記Ⅳ[5] Quod:こと、それ、そのこと、sicut:~の如く、~のように、acervi:塚、塊り、山、antiquitus:古代、昔、ponebantur:設置された、立てられた、in:~の中へ、~として、testes,:証拠、証人、postmodum:後に、後で、その後、a
30-3994-2意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ[3]「小羊」が無垢を意味することは聖言の中の多くの箇所から知られることが出来よう。それらの下記の箇所を確証のために提示することが許されている。「狼は子羊と一緒に居り、また豹は子山羊と一緒に眠る。そして子牛と若いライオン、
31-4197-2原典訳「天界の秘義」創世記Ⅳ[2] Quod:こと、それ、そのこと、Laban:ラバン、vocaverit:呼んだ、名付けた、acervum:塚、塊り、山、suo:自分自身から、それ自身から、idiomate:語法、原語、primum:先ず、初めて、最初に、Jegar Sahadutha,:エガルサハドタ、
30-3993-4~3994-1意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ[12]更に隣人か、祖国か、教会への善を目的として持つ模倣と術策は思慮であり、それに混ぜ合わされたそれらの悪は目的により、また目的の故に善と一緒に混合されることが出来る。だが聞き給え、目的として悪を持つ模倣と術策は思
31-4197-1原典訳「天界の秘義」創世記Ⅳ4197. `Et dixit Laban, Acervus hic testis inter me et inter tehodie, propterea vocavit nomen illius Galeed': quod significet quodita erit in aeternum, inde quale ejus iterum, constat asignificatione `acervi' quod sit b
31-4195~4196原典訳「天界の秘義」創世記Ⅳ4195. `Vocavit illum Laban Jegar Sahadutha': quod significet qualeejus a parte boni per Labanem repraesentati, constat asignificatione `vocare' et `vocare nomen' quod sit quale, de qua n.144, 145, 1754, 2009, 2724,
30-3993-3意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ[7]それらから斑点入りのもの、即ち黒い色と白色の斑点で刻まれ、また分けられたものは善と一緒に悪が混合された善であり、更に斑点で覆われたものは真理と一緒に間違った原理が混合された真理であることが知られることが出来よう。それ
31-4191~4194原典訳「天界の秘義」創世記Ⅳ4191. `Et dixit Jacob fratribus suis': quod significet illos quiin bono operum, constat ex repraesentatione `Jacobi' quod sitDivinum Naturale Domini, de qua prius; et ex significatione`fratrum' quod sint bona, de q
再生人間が再生される時、やがて全く異なった者に為され、なお加えて、新しい者に為される。それ故、再生された時、再び産まれたと言われ、また新しい者に創造されたと言われる。とはいえその時、彼に同じ顔と同じ会話があっても、それでもなお、同じ心ではない。再生された
30-3993-2意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ[3]ここの最高の意味においては、主について主御自身がその自然的なものをどのように神的なものに為されたかが述べられており、また表象の意味においては、人間の許の自然的なものを主がそれをどのように再生されるか、同時に主がそれを
31-4190原典訳「天界の秘義」創世記Ⅳ4190. `Et accepit Jacob lapidem, et erexit illum in statuam' quodsignificet verum tale et inde cultum, constat ex significatione`lapidis' quod sit verum, de qua n. 643, 1298, 3720; et exsignificatione `statuae' quod sit
30-3990~3993-1意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ3990.「もし、下記の言葉をあなたが私に為すならあなたは私に何も与えるべきではありません」が、真理からもたらされなければならない善の部分からを意味することは、何かを与えないこと」の意味が「ラバン」によって表象される善
31-4188~4189原典訳「天界の秘義」創世記Ⅳ4188. Vers. 44-46. Et nunc ito, pangamus foedus ego et tu, etsit in testem inter me et inter te. Et accepit Jacob lapidem, eterexit illum in statuam. Et dixit Jacob fratribus suis, Colligitelapides; et acceperunt l
30-3987~3989意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ3987.「そして今や、私もまた私の家のために行なう時ではないですか?」が、今、ヤコブの善も神的な自然的なものから結実されなければならないことを意味することは、「家」の意味が善であることから知られよう。そのことについては2
31-4183~4187原典訳「天界の秘義」創世記Ⅳ4183. Vers. 43. Et respondit Laban, et dixit ad Jacobum, Filiaefiliae meae, et filii filii mei, et grex grex meus, et omne quod tuvidens, mihi hoc; et filiabus meis quid faciam illis hodie, autfiliis illarum quos p
30-3986意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ3986.「また私の足によってエホバはあなたを祝福されたからです」が、神的な自然的なものによりラバンの善が祝福されたことを意味することは、「エホバが祝福されること」の意味が善から与えられることであることから知られよう。そのこと
31-4180-3~4182原典訳「天界の秘義」創世記Ⅳ[6] Ex:~から、~により、his:これらから、quae:それらは、そのことらは、nunc:今しがた、たった今、dicta sunt,:言われた、constare:知られること、potest:出来る、可能である、quid:何か?、どんな?、per:~を通し
30-3980~3985意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ3980.「もし、あなたの目に恩恵を見つけたなら私は願う」が傾向を意味することは、「誰かの目に恩恵を見つけること」の意味が傾向であることから知られよう。ラバンによって意味される善について、それが現れることを欲する時、傾向
31-4180-2原典訳「天界の秘義」創世記Ⅳ[3] se:それ自身を、habet:持つ、有す、hoc:これは、sicut:~の如く、~のように、calor:熱、et:~と、および、lux:光、quae:それらは、そのことらは、a:~から、~により、sole;:太陽、calor:熱、spiritualis:霊的な、est
30-3975~3979意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ3975.「私はあなたに彼らのために仕えました」が、自分固有の力によりを意味することは、「仕えること」の意味が労苦と努力であることから知られよう。そのことについては3824, 3846番に示された。それらが主について言われる時、自
31-4180-1原典訳「天界の秘義」創世記Ⅳ4180. `Nisi Deus patris mei, Deus Abrahami et Pavor Jishaki,fuisset mihi': quod significet nisi Divinum et Divinum Humanum,constat a significatione `Dei patris' cum praedicatur de Domino,quod sit Divinum quoad Bonum; q
31-4176~4179原典訳「天界の秘義」創世記Ⅳ4176. `His mihi viginti annis in domo tua servivi tibi quosignificet proprium, constat a significatione `viginti' quod sitbonum reliquiarum, de qua n. 2280, quod bonum cum praedicatur deDomino est quod Sibi Ipsi ac
30-3974意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ3974.「.私の女達を与えよ」が、その真理への情愛があったことを意味すること、「また私に産まれた者達を与えよ」が、そこからの真理もまたあったことを意味することは、女、或いは婦人の意味が真理への情愛であることから知られよう。その
31-4173~4175原典訳「天界の秘義」創世記Ⅳ4173. `E manu mea requisivisti id': quod significet quod ab Ipso,constat a significatione `manus' quod sit potentia, de qua n. 878,3387, ita {1} quod ab Ipso; [4] quod enim a Sua potentia est, hoc{2} ab Ipso est.41
30-3970~3973意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ3970.二十五~二十六節、「また、ラケルがヨセフを産んだ時に為されたこと、即ちヤコブはラバンに言った。私を行かせよ、そして私の場所と私の土地に私は行こう。私の女達、また私の息子達を与えよ、私はあなたに彼らのために仕えま
31-4171-2~4172原典訳「天界の秘義」創世記Ⅳ[3] {5} ` de:~について、regno:王国、Domini,:主、quod:こと、それ、そのこと、ibi:そこに、そこで、nova:新しい、terra.:地、地上、Ex:~から、~により、his:これらから、constare:知られること、potest:出来る、
30-3969-4意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ[13]ダビデの書において、「イスラエルの牧者よ、耳を傾け給え、羊の群れの如くヨセフを導く方よ、ケルビムの前に座っている方よ、エフライムとベニヤミン、およびマナセの前で輝き給え、あなたの力を呼び起こし、また私達の救いのために
31-4170~4171-1原典訳「天界の秘義」創世記Ⅳ4170. `Et arietes gregis tui non comedi': quod significet verumboni quod ex illius nihil sumpserit, constat ex significatione`arietum' quod sint vera boni; `oves' enim significant bona, inde`arietes' qui sunt ovi
30-3969-3意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ[9]エゼキエル書において、「エホバは言われた。人間の息子よ、あなたに一つの木片を取れ、そしてその上にユダとその息子達にイスラエルはその仲間達と書け、また一つ木片を取れ、そしてその上にヨセフにエフライムとイスラエルの全家は
31-4169-2原典訳「天界の秘義」創世記Ⅳ[2] Quod:こと、それ、そのこと、`oves':羊、significent:意味する、bona,:諸々の善、constare:知られること、potest:出来る、可能である、a:~から、~により、pluribus:より多くの、多数の、locis:くだり、箇所、in:~の中
30-3969-2意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ[3]しかし後に続く言葉によって、即ち「エホバが私にもう一人の息子を与えて欲しい」の言葉によって(その言葉によってヨセフが名付けられた)下記の第二の秘義が意味される。「ヨセフ」によって主の霊的な王国が表象され、従って霊的な
31-4167-2~4169-1原典訳「天界の秘義」創世記Ⅳ
31-4167-2~4169-1原典訳「天界の秘義」創世記Ⅳ[2]planum:平地、舞台、平面、水準、レベル、interius:内的な、より内なる、seu:即ち、或いは、conscientia:良心、自覚、interior:内的な、より内なる、est:ある、ubi:そこで、その場所、bonum:善、et:~と、および、
30-3965~3969-1意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ3965.二十二~二十四節、「また、神はラケルを思い出した。そして神は彼女に聞き、また彼女の母胎を開かれた。そして、彼女は身ごもり、また息子を産んだ。そして言った。神は私の不名誉を隠された。そして、その息子の名をヨセフ
31-4164~4167-1原典訳「天界の秘義」創世記Ⅳ4164. `Succensuit Jacobo, et jurgatus est in Labanem': quosignificet zelum naturalis, constat a significatione `succensere'se irasci, et inde `jurgari,' quod sit zelus; et a repraesentatione`Jacob quod sit bonum
30-3961~3964意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ3961.「そしてその息子の名をゼブルンと呼んだ」が性質を意味することは、「名を呼ぶこと」の意味が性質であることから知られよう。そのことについては上に示された。「一緒に住むこと」からゼブルンが名付けられ、そこから直ぐ上の3
31-4163原典訳「天界の秘義」創世記Ⅳ4163. Vers. 36-42. Et succensuit Jacobo, et jurgatus est inLabanem; et respondit Jacob et dixit Labani, Quae praevaricatiomea, quod peccatum meum, quod insecutus es post me? Quiacontrectasti omnia vasa mea, quid invenist
30-3958~3960意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ3958.十九~二十節、「また、レアは更に身ごもり、またヤコブに六番目の息子を産んだ。そして、レアは言った。神は私に善い嫁資を与えられた。今回から私の夫は私と一緒に住むであろう。なぜなら、六人の息子達を産んだからだ。そし
31-4157~4162原典訳「天界の秘義」創世記Ⅳ4157. `Et sedit super illis': quod significet quod interiora, itasub illa in stramento cameli, [patet]; per `stramentum cameli'significantur, ut mox supra dictum, scientifica; illa vera quae per`teraphim' significa
30-3957-2意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ[4]第三に、人間が自分自身から知ることが出来ることは、人間が他生に行く時、食物、衣服、住居のための配慮、また取得されなければならない富と財産のための配慮、更に地位が上げられるための配慮のような多くのものを放棄することであ
31-4156原典訳「天界の秘義」創世記Ⅳ4156. `Et posuit illos in stramento cameli': quod significet quodin scientificis, constat ex significatione `stramenti cameli' quodsint scientifica, n. 3114; stramentum vocantur, tam quia cibuscamelis quam quia crassa et
30-3957-1意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ3957.「そしてその息子の名をイッサカルと呼んだ」が、性質を意味することは上の3923, 3935番に言われたように、「名を呼ぶこと」の意味が性質であることから知られよう。というのは、イッサカルは「報酬」から名付けられたからであり、
31-4154~4155原典訳「天界の秘義」創世記Ⅳ4154. `Et exivit e tentorio Leae, et venit in tentoriumRachelis': quod significet sanctum illius veri, constat ex illisquae mox supra dicta sunt. Cum veris se habet, sicut cum bonis,quod exteriora et interiora sint
30-3953~3956意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ3953.十七~十八節、「また、神はレアに聞かれた。そして彼女は身ごもり、またヤコブに五番目の息子を産んだ。そして、レアは言った。私の夫に私の女奴隷を私が与えたことに神は私に報酬を引き渡された。そしてその息子の名をイッサ
31-4152~4153原典訳「天界の秘義」創世記Ⅳ4152. Vers. 33-35. Et venit Laban in tentorium Jacobi, et intentorium Leae, et in tentorium ambarum ancillarum, et non invenitet exivit e tentorio Leae et venit in tentorium Rachelis. Et Rachelaccepit teraphim, et
30-3952意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ3952.「そしてその夜、彼は彼女と一緒に寝た」が、連結を意味することは説明なしに知られることが出来よう。前の箇所の大部分において内意によって意味が言葉に関してだけ説明された。その理由は一つの箇所のひと続きのものの中で説明され
31-4151-2原典訳「天界の秘義」創世記Ⅳ[4] haec:これらは、dictant:教え示す、{9} doctrinalia:教義、(の事柄)、Ecclesiae,:教会、et:また、そして、haec:これらは、(t)docent:教える、praedicationes;:説教、伝道、sed:しかし、quod:こと、それ、そのこと、pauci
30-3946~3951意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ3946.「同時に、レアはラケルに言った。あなたが私の夫を取ったことは僅かなことだろうか?」が、結婚の願望があることを意味することは、ここのヤコブのようにもう一人の者のものでもまたあり、レアのものでもまたある「夫を取るこ
31-4150~4151-1原典訳「天界の秘義」創世記Ⅳ4150. `Lustra tibi quid mecum, et accipe tibi': quod significetquod illius bona omnia separata, constat ex sensu illorum verborum,qui est quod nihil quod tuum est, sit apud me, hoc est, quod nihilquod boni per `L
30-3942~3945意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ3942.「また畑(野)においてマンドレークを見つけた」が、仁愛と愛の真理と善の中にある結婚の愛のものを意味することは、マンドレークの意味が結婚の愛のものであることから知られよう。そのことについては続いて述べよう。また「
31-4147~4149原典訳「天界の秘義」創世記Ⅳ4147. Vers. 31, 32. Et respondit Jacob et dixit Labani, Quiatimui, quia dixi, Forte rapies filias tuas a mecum. Cum quoinvenis deos tuos, non vivet coram fratribus nostris; lustra tibiquid mecum, et accipe tibi; et
30-3941-2意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ[4]ヨエル書において、「畑(野)は荒され、大地は嘆く、なぜなら、穀物が荒らされ、葡萄が消え、油が淀み農夫達は恥ずかしくされ、葡萄を摘む者達は嘆き悲しんだからである。なぜなら、小麦に次いで、また大麦に次いで畑(野)の収穫が
31-4145~4146原典訳「天界の秘義」創世記Ⅳ4145. `Quia desiderando desideravisti ad domum patris tui': quodsignificet desiderium conjunctionis cum bono Divino directeinfluente, constat ex significatione `domus patris' hic, hoc est,Jishaki et Abrahami, quod
30-3940~3941-1意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ3940.十四~十六節、「そして、ルベンは小麦の刈り入れの日々に進み、また畑(野)においてマンドレーク(ナス科の草本)を見つけ、そしてそれらを自分の母レアに持って来た。またラケルはレアに言った。私は願う。あなたの息子の
31-4138~4144原典訳「天界の秘義」創世記Ⅳ4138. `In tympano et in cithara': quod significet quoad bonumspirituale, nempe statum in quo tunc ex proprio credidisset quodfuisset quoad bonum illud, constat ex eo quod `tympanum et cithara'praedicentur de bono,
30-3938-2~3939意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ[6]この世代の人間は、もし最後の死の時だけ信仰の信頼を持つなら、自分の凡ての人生の道程を通してどんな情愛の中で生きても天界へ行くことが出来ることを信じる。そのように生きた者達、また同じくそのように信じた者達ともまた
31-4137原典訳「天界の秘義」創世記Ⅳ4137. `Et miserim te in laetitia et in canticis': quod significetstatum in quo tunc ex proprio credidisset quod fuisset quoad vera,constat ex significatione `miserim te' {1} quod sit quod seseparaverit ex libero, sed quo
30-3938-1意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ3938.「そして、レアは言った。私の祝福の中に、なぜなら、娘達が私を祝福するであろうから」が、最高の意味において永遠を意味し、内意において永遠の生命の幸福を意味し、外なる意味において情愛の楽しいものを意味することは、「祝福
31-4136原典訳「天界の秘義」創世記Ⅳ4136. `Quare occultasti ad fugiendum, et furatus es me, et nonindicasti mihi?': quod significet statum si ex ejus liberoseparatio, constat a significatione `occultare ad fugiendum' quodsit se separare illo invito; quod `
30-3934-3~3937意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ[7]それらから行いが人間を救い、また人間を地獄に落とすこと、即ち善い行いが救い、また悪い行いが地獄に落とすことが明らかである。というのは、行いの中に人間の欲することがあるからである。善を欲する者は善を行うが、しかし
31-4130~4135原典訳「天界の秘義」創世記Ⅳ4130. Vers. 26-30. Et dixit Laban Jacobo, Quid fecisti, etfuratus es cor meum, et abduxisti filias meas, sicut captivasgladio? Quare occultasti ad fugiendum, et furatus es me, et nonindicasti mihi? et miserim te in
30-3934-2意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ[4]それらが仁愛と信仰の行いであるので、また人間は行いの中に居るのでなければ、決して仁愛と信仰の中に居ないので、それ故、聖言においてたびたび行いが言われている。例えば後に続く下記の箇所から知られることが出来よう。エレミヤ
31-4123~4129原典訳「天界の秘義」創世記Ⅳ4123. `Via septem dierum': quod significet sanctum veri, constata significatione `viae' quod sit verum, de qua n. 627, 2333; et asignificatione `septem' quod sit sanctum, de qua n. 395, 433, 716,881; hic quod ardor
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20-8859原典訳「天界の秘義」出埃及記ⅡEXODUSCAPUT XXEXODUS:出埃及記、{1}CAPUT:章、XX1. Et locutus est DEUS omnia verba haec, dicendo,2. Ego JEHOVAH DEUS tuus, Qui eduxi te e terra Aegypti, e domo servorum.3. Non erit tibi dii alii coram faciebus Meis.4.
20-8853~8858意訳「天界の秘義」出埃及記Ⅱ出埃及記 第二十章仁愛の教義8853.人間は誰でも本来凡てのものの上に愛するものを有する。それは君臨しているものと言われ、或いは、もしあなたが欲するなら人間の許に全般的に支配するものとも言われる。それが人間の思考と意志の
20-8853~8858原典訳「天界の秘義」出埃及記ⅡEXODICAPUT VICESIMUMDOCTRINA CHARITATISEXODI:出埃及記、CAPUT:章、VICESIMUM:第20の、20番目の、DOCTRINA:教え、教義、CHARITATIS:仁愛、8853. Unusquisque homo habet proprium, quod super omnia amat; hoc vocatur do
19-8848~8852意訳「天界の秘義」出埃及記Ⅱ8848.そのような者達は天界へ準備された時に自分の衣服を取り去られ、また新しい輝く衣服を着せられて天使達に為される。その者達を彼らは小さな虫に例えた。それは卑賎な状態から蛹に、またそのように蝶に導かれ、その時、それら
19-8848~8852原典訳「天界の秘義」出埃及記Ⅱ8848. Dictum est quod tales cum praeparati sunt ad caelum, {1}exuantur vestibus suis et induantur novis splendentibus, ac fiant angeli; hos assimilabant vermiculis qui peracto statu vili mutantur in nymphas et si
19-8846~8847意訳「天界の秘義」出埃及記Ⅱ続、木星の霊達と住民達について8846.かまどの清掃人達と言われる者達が木星の霊達の間にもまた居る。なぜなら、彼らと同様な衣服で、また顔も同様に現れるからである。彼らは自分達の地球の人間達の間で叱責し、またその後、教え
19-8846~8847原典訳「天界の秘義」出埃及記ⅡContinuatio de Spiritibus et Incolis Telluris JovisContinuatio:続、続くこと、de:~について、Spiritibus:霊達、et:~と、および、Incolis:住民達、居住者達、Telluris:地、地上、地球、Jovis:木星、8846. Sunt etiam
19-8838~8845意訳「天界の秘義」出埃及記Ⅱ8838.「またそれを聖別せよと言うことで」が、そのように神的なものから遠ざけられることを意味することは、「聖別すること」の意味が外なるものが神聖なものに見えるために内的なものを覆うことであることから知られよう。そのこ
19-8838~8845原典訳「天界の秘義」出埃及記Ⅱ8838. `Et sanctifica eum': quod significet quod sic ex Divino arceantur, constat ex significatione `sanctificare' quod sit obvelare interiora ut externa in sancto appareant, de qua n. 8788, 8806, {1}ita quoque ar
19-8832~8837意訳「天界の秘義」出埃及記Ⅱ8832.「また、更にエホバに近づく祭司達もまた自分達を聖別しなければならない」が、その中に神的なものがある霊的な善の中に居る者達が覆われなければならないを意味することは、「祭司」の意味が善であることから知られよう。そ
19-8832~8837原典訳「天界の秘義」出埃及記Ⅱ8832. `Et etiam sacerdotes accedentes ad Jehovam sanctificabunt se': quod significet illos qui in bono spirituali, in quo Divinum, quod obtegendi, constat ex significatione `sacerdotum' quod sit bonum, de qua n.
19-8827~8831意訳「天界の秘義」出埃及記Ⅱ8827.「山の頂上に」が最内部の中、即ち天界の中を意味することは、今しがた上の8826番に言われたように「山」の意味が天界であることから知られよう。「山の頂上」が最内部の天界であることは、そこが最も高いからであり、また最
19-8827~8831原典訳「天界の秘義」出埃及記Ⅱ8827. `Ad caput montis': quod significet in intimo, nempe caelo, constat ex significatione `montis' quod sit caelum, ut nunc supra n. 8826; quod `caput montis' sit intimum caelum, est quia caput montis est altiss
主の祈り「諸天界に居られる私達の父なる神よ、あなたの御名が崇められますように、あなたの王国が来ますように、あなたの御心が天界において行われる如く地においてもまた行なわれますように、私達の日々の糧を今日も私達に与え給え、私達が私達に対する罪を私達が許す如く
19-8825~8826意訳「天界の秘義」出埃及記Ⅱ8825.二十~二十五節、「そして、エホバはシナイ山の山の頂上に降られ、またエホバは山の頂上にモーセを呼ばれ、同時にモーセは登った。そして、エホバはモーセに言われた。山を降りて民に言え、言わなければ恐らく彼らはエホバを
19-8825~8826原典訳「天界の秘義」出埃及記Ⅱ8825. Vers. 20-25. Et descendit Jehovah super montem Sinai ad caput montis, et vocavit Jehovah Moschen ad caput montis, et ascendit Moscheh. Et dixit Jehovah ad Moschen, Descende, obtestare populum ne forte perru
19-8820~8824意訳「天界の秘義」出埃及記Ⅱ8820.「エホバが火の中でその上に降られたために」が、そこに天的な愛の中の神的なものがあるのでを意味することは、その中にエホバが居られた「火」の意味が天的な神的な愛であることから知られよう。「火」が愛であることは934,
19-8820~8824原典訳「天界の秘義」出埃及記Ⅱ8820. `Propter quod descendit super illum Jehovah in igne': quod significet quia Divinum ibi in amore caelesti, constat ex significatione `ignis,' in quo Jehovah, quod sit amor Divinus caelestis; quod `ignis' sit
19-8818~8819意訳「天界の秘義」出埃及記Ⅱ8818.「また彼らは山の下に立った」が、天的な愛の善から遠くにを意味することは、「シナイ山」の意味が天界であることから、またそのように、そこの神的な真理に結合された神的な善であることから知られよう。そのことについては8
19-8818~8819原典訳「天界の秘義」出埃及記Ⅱ8818. `Et constiterunt in inferioribus montis': quod significet longe a bono amoris caelestis, constat ex significatione `montis Sinai' quod sit caelum, et sic bonum Divinum unitum Divino Vero ibi, de qua n. 8805
12-7878~7882意訳「天界の秘義」出埃及記Ⅰ7878.「あなた達のそばを通り過ぎる」が、そこから逃げること、即ち地獄からの断罪が逃げることを意味することは、断罪について言われる時の「通り過ぎること」の意味が、そこから逃げることであることから知られよう。更に地獄か
12-7878~7882原典訳「天界の秘義」出埃及記Ⅰ7878. `Et praeteribo praeter vos': quod significet quod fugiet inde, nempe damnatio quae ab infernis, constat ex significatione `praeterire' cum hoc dicitur de damnatione, quod sit fugere inde; etiam damnationis
12-7874~7877意訳「天界の秘義」出埃及記Ⅰ7874.「私はエホバである」が主が唯一の神で在られることを意味することは、上の7401, 7444, 7544, 7598, 7636番に説明されたことから知られよう。7875.「また、血がなければならない」が無垢の善の真理を意味することは、上の7846
12-7874~7877原典訳「天界の秘義」出埃及記Ⅰ7874. `Ego Jehovah': quod significet Dominum quod solus Deus, constare potest ex illis quae supra n. 7401, 7444, 7544, 7598, 7636, explicata sunt.7874. ` Ego:私は、Jehovah'::エホバ、quod:こと、それ、そのこと、
12-7870~7873意訳「天界の秘義」出埃及記Ⅰ7870.「その夜に」が彼らの悪い状態を意味することは、「夜」の意味が悪と間違った原理以外にない時の状態であることから知られよう。というのは、夜は昼に、また暗黒は光に対比されるからであり、「昼と光」によって真理と善があ
12-7870~7873原典訳「天界の秘義」出埃及記Ⅰ7870. `In nocte illa': quod significet statum mali illorum, constat (c)ex significatione `noctis' quod sit status cum non nisi quam malum et falsum; opponitur enim nox diei {1}et caligo luci, et per `diem' (c)et
12-7868~786意訳「天界の秘義」出埃及記Ⅰ7868.十二~十六節、「そして、私はその夜にエジプトの地の間を通り過ぎ、同時にエジプトの地において人間から獣に至るまで凡ての長子を打とう。またエジプトの凡ての神々に審判を為そう。私はエホバである。また、血があなた達がそ
12-7868~7869原典訳「天界の秘義」出埃及記Ⅰ7868. Vers. 12-16. Et transibo per terram Aegypti in nocte illa, et percutiam omne primogenitum in terra Aegypti ab homine et usque ad bestiam; et in omnes deos Aegypti faciam judicia, Ego Jehovah. Et erit sangui
12-7861~7867意訳「天界の秘義」出埃及記Ⅰ7861.「そしてそれに関して朝に至るまで残っているものは火で焼き尽くさなければならない」が、試練を通した終結(目的)までの中間(手段)の状態を意味することは、「朝まで残っているもの」の意味が最後に天界へ上げるための中
12-7861~7867原典訳「天界の秘義」出埃及記Ⅰ7861. `Et residuum de illo usque ad mane igne comburetis': quod significet statum medium ad finem per tentationes, constat ex significatione `residui {1} ad mane quod sit status medius ad ultimum, qui est elevati
12-7858~7860意訳「天界の秘義」出埃及記Ⅰ7858.「しかし火で焼いたものを(食べなければならない)」が愛からを意味することは、「火で焼いたもの」の意味が愛からの善であることから知られよう。そのことについては上の7852番に示された。7859.「その頭をその脚と胴の上で
12-7858~7860原典訳「天界の秘義」出埃及記Ⅰ7858. `Verum tamen assum igne': quod significet quod ex amore, constat ex significatione `assi {1}igne' quod sit bonum quod ex amore, de qua supra n. 7852.7858. `Verum:真理、tamen:しかし、それにもかかわらず、as
12-7854~7857意訳「天界の秘義」出埃及記Ⅰ7854.「苦菜の上で」が不愉快な試練によってを意味することは、「苦菜」、或いは苦味の意味が不愉快なものであることから、ここでは不愉快な試練であることから知られよう。というのは、「過ぎ越しの小羊」によって表象される無垢
12-7857原典訳「天界の秘義」出埃及記Ⅰ7857. `Et coquendo coctum [in] aquis': quod significet quod non exibit ex vero quod fidei, constat ex significatione `aquarum' quod sint vera quae fidei, de qua n. 2702, 3058, 3424, 4976, 5668; inde `coctum aquis' est
12-7854~7856原典訳「天界の秘義」出埃及記Ⅰ7854. `Super amaroribus': quod significet per tentationum injucunda, constat ex significatione `amarorum' seu `amaritudinum' quod sint injucunda, hic quae tentationum; bonum enim innocentiae, quod per `agnum pasc
12-7851~7853意訳「天界の秘義」出埃及記Ⅰ7851.「その夜の内に」が悪い者達の断罪の時を意味することは、「夜」の意味が真理と善の荒廃の状態であることから知られよう。そのことについては221, 709, 2353, 7776番に示された。従って断罪である。なぜなら、真理と善がもは
12-7851~7853原典訳「天界の秘義」出埃及記Ⅰ7851. `In nocte illa': quod significet cum damnatio malorum, constat ex significatione `noctis' quod sit status devastationis veri et boni, de qua n. 221, 709, 2353, 7776, ita damnatio, nam cum non {1}amplius ver
12-7848~7850意訳「天界の秘義」出埃及記Ⅰ7848.「家の」が善い意志のものを意味することは、「家」の意味が人間であることから知られよう。そのことについては3128番に示された。またそのことは人間の心である。3538, 4973, 5023, 7353番を参照、それ故に、ここの意志のも
12-7848~7850原典訳「天界の秘義」出埃及記Ⅰ7848. `Super domibus': quod significet illa quae voluntatis boni sunt, constat ex significatione `domus' quod sit homo, de qua n. 3128, quodque sit mens hominis, n. 3538, 4973, 5023, 7353, consequenter id quod es
12-7846~7847意訳「天界の秘義」出埃及記Ⅰ7846.「そして、その血から取り」が無垢の善の神聖な真理を意味することは、「血」の意味が主から発している神聖な真理であることから知られよう。そのことについては4735, 6978, 7317, 7326番に示された。またそれは「小羊の血」