大変ご無沙汰しております、という言葉を何度使わせて頂いたかわからないけれど、またも使う必要性を感じる自分に対する、恐ろしい生真面目さを感じたり、なんかアホらしいな、という非現実さを感じたりとごちゃごちゃですが、ひとまず身体的な健康は保っております。あまり
ドイツ在住。2011年に未婚シンママとして息子を産み、今は息子・夫・夫との間の娘との4人暮らし
気付けば、10年ほどのドイツ生活。 2011年に未婚シングルマザーとして元彼の息子を産み、学生生活をし、現在の夫との娘と4人で暮らしている。
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大変ご無沙汰しております、という言葉を何度使わせて頂いたかわからないけれど、またも使う必要性を感じる自分に対する、恐ろしい生真面目さを感じたり、なんかアホらしいな、という非現実さを感じたりとごちゃごちゃですが、ひとまず身体的な健康は保っております。あまり
ご無沙汰しております。もう何度この言葉を使ったかわからない。何度目のカムバックなのでしょうか。
世界の情勢をきちんと把握するのは人間としての責任だと思って、頑張って6時のニュースをラジオで聞く習慣をつけたものの、戦争が始まってからは、具体的な状況を聞く度に気持ちが重くなって、体と心が重りが張り付いたように動かなくなる。それでも、きちんと状況は把握す
オットが、同僚にものすごい暴言を吐かれた。オットの、息子に対する教育は間違ってる。時々小学校に来る娘に対する態度と、義理である息子に対する態度が違い過ぎる。あなたは義父として失格である。→学校では父と子でなく、先生と生徒。他の生徒にも公正を帰す
あけましておめでとうございます。9歳の息子についてちょっと話します。ロックダウンとクリスマス休み中を経て、3食何か用意しなければいけなくてちょっと料理にうんざりしていた私、息子に、何が食べたい?と、2021年1月1日に聞いてみた。「きゅうりとパプリカと、に
これがないと、うちは破産する。中古服店もしくはネットマーケットに入り浸っている私、息子用のデニムはいつもそこでまとめ買いしていた。息子には冬は二重のズボン(Thermohose)を買っていたけど、それでも二重の布という壁(生地)を破って、威風堂々と帰ってくる。息子
多分もう4年弱くらいオットとパソコンを共有していたのだけれど、最近やはり不便だと感じることが多かったので、おねだりしてみたら、うまくオットの使っていた素敵なリンゴ社のノートパソコンを譲ってもらえることになって、大喜び。私は色々なことを1人でやるのが好き
最近、家から出るときに確認するもの:鍵、財布、携帯、マスク。半年以上も、この最後のやつまできちんとチェックしなければならないのに、未だに忘れる時があるからいけない。というわけで、車の中にいつも非常用の使い捨てマスクを保存しているけど、これも割と減りが
2ヶ月ほど前に、前住居から10キロほど離れた街に引っ越した。インターネット上、ちなみにeBay Kleinanzeigen で、「4人家族が新居を探しています」と入れたら、早速、入居者を探していた大家さんから情報が来たためだ。(ちなみに、住居を探す際には出来る限り情報
自分の能力の足りなさが、問題を引き起こしたという話。私は掃除が非常に苦手だ。仕事でいっぱいいっぱいで、洗濯物だって、終わって5時間後に思い出して洗濯機から取り出して、干しだす事だってある。先日、家のガラス製の電気コンロを肉用ハンマーで叩いて、割
かなりご無沙汰しています。前回の更新までは、ブログを書かずともコメントのチェックや他の方のブログを読んだりしていたのですが、今年に入ってからプライベートの日記も2月からストップするほどの怒涛の忙しさで、色々なことがうまく回らなかった。思った通りにできない
考えが頭で爆発しそうになると、ブログを書きたくなる。そんな自分に気づいたりりです、ご無沙汰しています。9月から、怒涛の変化が我が家に訪れた。まず息子は小学校へ上がり、オットはもう一つの資格を取るべく、働きながら週2で、電車で1時間半離れた町へ勉強に行くことに
その翌日が、骨髄摂取。この辺で何の検査をどの順番でしたかの記憶は、完全に曖昧。覚えているのは、ベッドごと、がらがらと、どこかの部屋へ運ばれ、ベッドの端に座らされたこと。私の向かいに看護師さんが立ち、動かないよう両肩を抱えられる。洋服を上げ、腰付近が出るよ
ふと、髄膜炎で入院していた時のことを思い出した。(アナログの日記を読んで、ふと詳細を思い出した。)成り行きはこちら。高熱記録更新髄膜炎(疑惑)と入院入院してすぐ、頭部のMRT(MRI?)をとることになる。私はあれがどれだけ恐ろしいものか知らなかった。狭い筒のような
娘のおっぱいが終わった。12ヶ月とちょっとの授乳だった。1週間の特講参加は、私にとっても実りの多いものだった。4回のプレゼン、4回の個人指導などなどがあった。1週間家を離れるにあたって、家よりも町が近い所での特講だったので、時間が空いたら町に行って、お店でも回
というのは、皆きっと持っていることだと思う。霊が見える、と言い張って「あの家が怖い!」と演技して過ごした日常があったとかクラスメイトの鉛筆を無断で失敬して返し忘れたのは自分なのに、その後 学級会で紛失が取りざたされて、言い出せずに黙っていたとか、私はやけ
何年経ってもなるたけ行きたくない場所:外国人局。そして、私とオットはどうも、色んなご縁でドイツに滞在させて頂いていると思ったおはなし。*現在私には、EU出身者(=息子)の親としてのビザがおりている。これで私は滞在にしばらく問題はないが、今回外国人局に行ってひ
一人になりたいなーと思うことがある。子どもも、オットも、親しい友人もいない所で、自分の専門だけで生きてみたい。ママでもなく、妻でもなく、りり個人として。体力ギリギリまで働いて、疲れて帰って、晩酌しつつ映画でも観たり、コンサート聴きにいったりして、好きな
大変な話題の記事から、日記を書くのをさぼってしまっていました。あれから1週間経った、2月はじめには退院して、家に戻ることができていた。病院は高台にあるので、病室の窓から自宅が見えるという生殺し状態での入院生活だったけれど、本も一冊読めたし、飲みたいときにお
結局、入院することになった。2日前に救急病棟で診て頂いた後のこと、病院にトンボ帰りする形だ。最初に救急病棟に行った時は、もう背中と胃と頭の痛みで更に高熱、というのに耐えられなかったからだ。ぐわんぐわん来る痛みに泣いた。正直、出産のほうが短く済んだか
大変ご無沙汰しております、という言葉を何度使わせて頂いたかわからないけれど、またも使う必要性を感じる自分に対する、恐ろしい生真面目さを感じたり、なんかアホらしいな、という非現実さを感じたりとごちゃごちゃですが、ひとまず身体的な健康は保っております。あまり
ご無沙汰しております。もう何度この言葉を使ったかわからない。何度目のカムバックなのでしょうか。