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パラシュラーマさんのプロフィール

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東京都

ゴータマ・ブッダが説いたのは難しい『思想』などではなく、極めてシンプルな『実践』に他ありませんでした。 その実践の真実について、背後にある特殊古代インド的な心象風景に照らしながら論理的に追求していきます。 「脳と心とブッダの悟り」ブログの統合版。

ブログタイトル
仏道修行のゼロポイント
ブログURL
http://zeropointbuddha.hatenablog.com/
ブログ紹介文
ブッダの瞑想修行、その原像を古代インド世界の心象風景にまで遡って探求する。
更新頻度(1年)

2回 / 365日(平均0.0回/週)

ブログ村参加:2011/09/26

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パラシュラーマさんの新着記事

1件〜30件

  • ジル・ボルト・テイラー博士が経験した純粋右脳世界とニッバーナ

    今回とり上げるビデオは、現役の脳科学者が克明に観察した自身の脳卒中体験だ。 私たちの意識(心)が、脳のファンクションである、という事が如実に分かる内容になっていて、とても興味深く観た。 今回は彼女の体験について感じた事を、つらつらと書いてみたい。 彼女の体験とブッダの悟り(ニッバーナ)は、どこで交錯するのか、或いはしないのか? 片や自他を強烈に弁別し、理屈で世界を割り切ろうとする左脳。 片や世界を感性で把握し、その全一性を直観する右脳。 どうやら私たちの頭の中には、スティーブン・ホーキング博士とアウト・オン・ア・リムを書いた女優のシャーリー・マクレーンが同居している様だ。 その両極端な機能的分…

  • アバターとマトリックスと麻原彰晃

    アバターの二元性、マトリックスの夢。麻原彰晃の迷走と、ブッダの目覚め。

  • アショーカ王の回心と『内なる祭祀』

    マウリヤ朝第三代のアショカ王については、仏教に関心のある方の多くがご存じだろう。今回はこれまで折に触れて言及してきた『内なる祭祀』問題について、アショカ王のリアルな『肉声』を手掛かりに考えていきたい。 紀元前268年、マウリヤ帝国第三代として即位したアショーカ王は、祖父チャンドラグプタ、父ビンドゥサーラの帝国建設の遺業を引き継ぎ、最後の抵抗勢力・カリンガ国に侵攻する。 戦いは凄惨なものとなった。その暴虐な性格によって自国民からさえも恐れられていたアショーカ王の攻撃は苛烈を極め、一方、マウリア朝より遥かに長い歴史を持つ大国カリンガは、当時世界最強とも謳われたアショカ軍に対して、徹底抗戦で応じたか…

  • 悪魔 vs 梵天:「不死の門は開かれた!」

    前回の投稿では、その最後に「スッタニパータ :第二 小なる章・7バラモンにふさわしい事」の全文を引用し、また「長部・三明経」や「ブリハッドアーラニヤカ・ウパニシャッド」の当該部位をそれに重ね合わせ、その特徴的な心象世界について分け入っていった。 そこであぶり出されたのが、悪しきバラモン祭官が狂奔し耽溺する『享楽』と『欲望』、およびそれらに対する飽く事なき『執着』であり、それらに駆り立てられて彼らが執り行う、動物の犠牲を伴った『悪しき祭祀』であった。 面白いことにブッダは、これら貪欲なバラモン祭官によって行われる動物供犠を伴った悪しき祭祀の結果として人倫は乱れ、それまでにはなかった病が蔓延し、世…

  • 『四梵住』とブラフマ・チャリヤ【後編】

    ここしばらくウパニシャッド的な絶対者ブラフマンとゴータマ・ブッダの関係性と言うものについて、色々と考えて来た。 古ウパニシャッド文献とパーリ経典を同時並行的に対照しながら読み進めていると、もちろんこの両者には差異があるのだが、それよりもむしろ連続性の方がより鮮明に浮き彫りになる。 前回は中でもブッダの特性である『慈悲』について、その根拠の『核心』として『ブラフマン』概念が関わって来るのではないか、という視点を入口に問題提起した。 その際に例示したのが長部経典第13経の三明経 Tevijja-suttamであった。この経は大変興味深いもので、仏道修行の結果として直接的に『ブラフマンの世界に到る』…

  • 『四梵住』とブラフマ・チャリヤ【前編】

    前四回にわたってウパニシャッド的な絶対者ブラフマンとゴータマ・ブッダとの関係性について、諸原典を引きつつ様々な角度から検討してきた。 zeropointbuddha.hatenablog.com それについて新たに判明した事実関係について補足しておきたい。前回私はいくつかのテーマについて考察しているが、そのひとつに『作られざるもの』と『作られたもの』の対置があった。 383 : バラモンよ、流れを断て、勇敢であれ。諸の欲望を去れ。諸の現象の消滅を知って、作られざるもの(=ニルバーナ)を知る者であれ。 383. Chinda sotaṃ parakkamma, kāme panuda brāhm…

  • 『真のバラモン』とゴータマ・ブッダ【後編】

    前回の投稿では、絶対者Brahmanと梵天神Brahmāとの関係性に一応の決着をつけた後に、『真のバラモン(ブラーフマナ)』という表現あるいは概念について、ウパニシャッドとパーリ仏典の両面から迫ってみた。 そこでは『輪廻からの解脱』を巡って対照的な、大別すると三つのブラーフマナ(バラモン=ブラフマンを知る者)概念が存在する事を指摘した。 「ヴェーダの言葉の知識(その威力=ブラフマン)を具えて、硬直化し肥大化した祭式のみにもっぱら専念する『1祭式官僚ブラーフマナ』(含むバラモン階級者全般)」 「その様な哀れなバラモンに対する批判的な思弁と探求の中で想定された『不滅の(絶対者)ブラフマン』を知る(…

  • 『真のバラモン』とゴータマ・ブッダ【前編】

    前二回にわたって『ブラフマンとゴータマ・ブッダ』というテーマで記事を書いてきた。がその中でひとつの焦点になっていたのが、 「『Brahman』と『Brahmā』と『Brahma』が表記上明分化されていない、という事に関しての疑問」 であり、 「ウパニシャッド的な『絶対者ブラフマン』と原始仏典的な『ブラフマー(梵天)』との関係性」 というものであった。 この点に関して、非常に分かり易い解説があったので、下に引用したい。ただ、文章は分かり易いのだが、だからと言って依然としてその実態がはっきりした訳ではない。 ブラフマン(梵)とは中性名詞で、 (~のちには男性名詞のブラフマンが成立し、ヒンドゥ教の主…

  • 『ブラフマン』とゴータマ・ブッダ【後編】

    原始仏典のスッタにおいて、覚りに至ったブッダの事を『ブラフマン Brahman』という語を伴う呼称によって称賛し、ブッダの説いた修行道をブラフマンへ至る、ブラフマンになる道、と称するケースが随所に見られる。 このような、『ブラフマン』概念とブッダとの関係性、とは一体どのようなものだったのか、という視点で考えていく、今回はその後編となる。 上の前回投稿では、西昭嘉氏の論文『原始仏教聖典におけるattanとbrahman』からおもにパーリ経典からの引用部分を参照し、私の原始仏教観を踏まえた上でその内容を吟味してきた。 そこにおいて明らかにされた原始仏典における『ブラフマン(ブラフマー)概念の重要性…

  • 『ブラフマン』とゴータマ・ブッダ【前編】

    スワヤンブナートの仏塔ストゥーパ。ネパール、カトマンドゥ 前回の記事ではブッダの時代の思想史的・修道史的な前段階として古ウパニシャッドに焦点を当て、その核心部分とも考えられる『ウパーサナ』について検証し、その『実践』がゴータマ・ブッダの成道へと直結している可能性について考察した。 何故私がブッダと古ウパニシャッド的な探求が直結していると考えるのか。そこには様々な要素が輻輳しているのだが、ここで端的に、かつ象徴的に一言で言うならば、それは両者において『ブラフマン』というキーワードが共有されている、という事に尽きるだろう。 仏教的な不動の真理としてパーリ語の『アニッチャー【無常】・アナッター【非我…

  • ウパニシャッドと『ウパース&ウパーサナ』、そして菩提樹下の禅定

    ゴータマ・ブッダの心象風景をリアルに知るためには、彼に前後するウパニシャッド(及びヴェーダ、プラーナ、アーラニヤカ)についての大きな流れを知った上で、更に時代的にはブッダより後に発展したヒンドゥ・ヨーガについても学ぶ必要がある。 以前から基本的にそうなのだが、最近は特に上の様に痛感する事はなはだしく、主にヨーガの古典とウパニシャッドに関する書物を現在読み耽っている。 今回は中でもひとつの焦点であり、『ブッダの瞑想法』の起源とその方法論、及びそこに至るまでの沙門シッダールタの心象プロセスに深く関るだろう『ウパニシャッド』の語義ついて、最も基本的な部分を押さえておきたい。 『ウパニシャッド』という…

  • 身体の中の須弥山「輪軸」世界

    大宇宙世界の中心車軸を万有の支柱スカンバとしてブラフマンに見立て、転変輪廻する現象界を車軸の周りで回転する車輪に見立てる。 「不動なる車軸(世界の支柱)をプルシャ=アートマン=ブラフマンと重ね合わせ、躍動する車輪を輪廻する現象世界プラクリティ=人間的(身体的)生存 =『心』と重ね合わせる基本的な思考の枠組み」 世界の車軸(支柱)としての『ブラフマン=至高神』 - 仏道修行のゼロポイント 実は仏教的な文脈の中にも、この様な輪軸の思想と造形は脈々と受け継がれている。それが、須弥山(メール山)の世界観だ。 倶舎論によれば、大宇宙であるところの虚空にぽっかりと気体でできた風輪が、その大きさは文字通り宇…

  • スカとドゥッカの原風景

    スカとドゥッカの原風景 私はこれまで様々な事例を挙げて、古代インドにおいていかにチャクラ(車輪)と言うものが重要な意味を持っていたかについて語ってきた。 そのチャクラ思想の起源は、インド・アーリア人の祖である、スポーク式車輪を世界で最初に開発した人々の思想・文化にまで遡り、その痕跡はアルカイムなどシンタシュタ文化の遺跡にも明確に残っていた。 紀元前1600年頃~アルカイムのチャクラ・シティ再現図。中心車軸は祭場か 今回紹介するのは、そんなチャクラ(車輪)の民であるインド・アーリア人の面目躍如とも言える事実であり、同時に、車輪と言うものが古代インドの思想においていかに決定的な意味を持っていたかを…

  • 勝者と敗者が対峙した時:相反する『車輪の原心象』

    前回はインド・アーリア人の原風景、シンタシュタ文化のチャクラ・シティについて紹介した。彼らにとって、車輪やラタ車(戦車、馬車、牛車)がどれだけ重要であったかがイメージできたと思う。 インド・アーリア人にとってのラタ車とは、海洋民族にとっての船であり、定住移動を繰り返す歴史の中で、ある意味彼らの人生そのものがラタ車の上で演じられたと言えるほど、その存在は生活に密着した欠かせないものだった。 そんなチャクラ(車輪)思想を携えて、アーリア人はインド亜大陸に侵入し、正にその車輪を履いたラタ戦車の優位性に依って先住民に圧勝した。彼らの中で、ラタ車と車輪の持つ重要性はさらに一層高まった事だろう。 ペルシャ…

  • ラタ戦車を駆るアーリア・ヴェーダの民と『聖チャクラ(車輪)』

    インド人にとっての輪軸のアナロジーがもつ重要性とその意味を、本当に実感を持って理解するためには、まずは車輪がインドにおいてどの様な存在だったかを、様々な角度から理解しなければならないだろう。 それにはまず、歴史的な理解が必要だ。この木製スポーク式車輪を開発したアーリア人の祖が、どのようなプロセスを経てインドまでたどり着いたか、そのリアルな生活実感に思いを馳せる事だ。 インド文明は、侵略者アーリア人の文化・思想と、侵略された先住民の文化・思想が融合して、今日に至る複雑・深淵な歴史と文化を生み出してきた(中世以降のイスラムの影響については、取りあえずここでは触れない)。ブッダの時代は正にその融合す…

  • 世界の車軸(支柱)としての『ブラフマン=至高神』

    『あらゆるインド思想の核心には、車軸と車輪のアナロジーが潜在している』 そう言ってもたいていの人にはいまいちピンとこない事だろう。 車軸と車輪の構造デザイン・機能は、インド思想の核心だ。Rath-Yatra-18 - Rath Yatra Live from puriより インド武術の研究からインド思想へとシフトし始めた頃、私は「新幹線の車輪」なる写真を偶然ネット上で発見し、何か感じるものがあってパソコン上に保存した。 新幹線の車輪と車軸(筆者撮影) それは上に掲載したように車輪が地面に対して垂直に立ち、車軸は地面に対して水平に伸びている姿で、新宿西口のとあるオフィスビルの玄関口に飾られている…

  • チャクラ思想の2大源流とその展開

    インドにおけるチャクラ思想の真実を求めて旅を続けた私は、やがて2つの源流にたどり着いた。ひとつは紀元前1500年に北西インドに侵入した、侵略者インド・アーリア人の文化的伝統であり、もうひとつは紀元前2200年ごろその最盛期を迎えた、インダス文明の伝統だった。 アーリア人とは、紀元前2500年ごろ東ヨーロッパ、現在のウクライナ周辺に勃興した民族集団だ。大平原に遊牧を主とした生計を営んでいた彼らは、やがて紀元前2000年ごろ、木製スポーク式車輪を世界で初めて開発した。 スポーク式車輪を創造したと言われるAndronovoのSintashta-Petrovka Proto-Indo-Iranian文…

  • 転法輪の謎~それは何故、車輪だったのか?

    仏教の四大聖地と言えば、シッダールタ誕生の地であるルンビニ、成道正覚の地ブッダガヤ、初転法輪の地サールナート、そして死の床に就いたクシナーガラが上げられる。 www.imgrum.net/より。菩提樹の下で禅定し正覚を得たブッダ これはサールナートで説法する姿なのだろう、最初の5人の弟子と鹿も描かれている 中でも重要なのが、菩提樹下で覚りを開いたブッダガヤと、最初に法を説いたサールナートだろう。紀元後に仏像表現が生まれるまで、ブッダそのものを表すものとして掲げられた菩提樹と法輪は、正にブッダガヤとサールナートの重要性を象徴している。 サールナートで出土したアショカ石柱のライオンヘッド これはレ…

  • アナパナ・サティ~呼吸意識の本質

    脊髄と延髄が持つというその非情動性について、ここではまずブッダの瞑想法であるアナパナ・サティ(呼吸への気づき)との関連性から、呼吸中枢である延髄(+橋)の性質について考えてみよう。 「神の存在」という幻想(1) - 気の向くままに より、大脳辺縁系 大脳や小脳を樹冠にたとえれば、脳幹は文字通り樹の幹になる 延髄から見て、情動の門である大脳辺縁系の向こう側の世界は、排他と利己という情動、すなわち『マーラ』に支配された『サンカーラ』の論理によって統べられていた。 その強大な力は、人類において格段に発達した前頭葉的な理性と利他の性質によっても、未だ十二分にコントロールし得ない獣性に他ならない。 その…

  • ブッダの瞑想法とは魂のリカバリである

    このインストールするセキュリティ・ソフト型宗教と対置される形で、もう一つ全く別の宗教形態が存在する。それが『アンインストールするリカバリ型宗教』だ。これは原理的に、この地球上で唯一カルトではない宗教になる。 全ての宗教はカルトである、という先の定義に従うのならば、これはもはや宗教ではない。このカテゴリーに所属し、その完成度を最大限に高めた教えこそが、ブッダの瞑想実践に他ならない。 宗教とは何か? - 仏道修行のゼロポイント 仏教の核心にあるブッダの悟り。シッダールタがこの悟りの境地に到達し全ての苦悩から解き放たれた作用機序とは、本質的に信仰ではなく瞑想実践によってアクティベートされる。それは具…

  • 宗教とは何か?

    宗教とは何か? NHKテレビで放送された『未解決事件File・オウム真理教事件』の中で、何人かの警察関係者が異口同音に語っていた言葉がある。 「まさか、宗教団体が、この様な反社会的な破壊的テロ行為を組織的に計画しているとは、想像もできなかった・・・」 これは大方の一般市民にとってもごく自然な感懐なのかも知れない。しかし私の考えは違う。どうも宗教音痴の日本人は、『宗教』が持っている本来の姿というものを見失って久しい様だ。 歴史的に見て、宗教が世界平和や人類みな兄弟などとその『普遍』を標榜するようになったのは、ここ最近ほんの100年ほどの出来事に過ぎない。 宗教本来の姿とは、その信仰を共有する特定…

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