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いつか迎えに来てくれる日まで http://blog.livedoor.jp/youchan1201/

たった一人の家族、最愛の妻を癌で喪った。独り遺された男やもめが、暗闇の中でもがき続ける日々の日記。

プーちゃん
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2010/07/09

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  • 死者のためにできることは、あまりにも少ないのだ。

    早朝5時半には起床する。俺はかみさんの仏前に座る。そして、かみさんに線香をあげる。かみさんの位牌と遺影を見つめ、俺はかみさんに想いを馳せる。その後、俺はかみさんに朝のお供えをする。再び線香をあげる。かみさんの遺影を見つめ、無理やり笑顔を作ってみるが、遺影

  • 遺族の1日は、やたらと長い。

    最愛の伴侶を亡くした後も、遺族たちは生きていかなければならない。後を追いたいと思っても、そう簡単に死ねるもんじゃないからだ。たまには夫婦が同時に亡くなるケースもある。また、一方が亡くなってから間もない時期に、もう一方が後を追うように亡くなるケースもある。

  • 枯渇

    朝はスッキリ目が覚めた。かみさんと目が合って、お互いにニッコリと笑った。そして「おはよう」と声を掛け合った。目が覚めると、すぐにエンジンが掛かった。頭はフル回転し、身体は活力に充ちていた。テキパキと洗顔し、かみさんが作ってくれた朝食を摂り、スーツに着替え

  • プーちゃんがいてくれて、幸せ感じた。

    平成22年5月27日のこと。当時、かみさんは「癌研有明病院」に入院していた。この日、抗がん剤での治療が始まった。治療開始は午前11時過ぎ。最初に「吐き気止め」の薬の点滴が行われた。その副作用で、かみさんは眠ってしまった。約2時間後の午後1時過ぎ、かみさんが目を覚ま

  • 乗り越えることはできないが…

    かみさんが亡くなってからの数年間(たぶん約7年間)。俺は、時間があれば「死別」という言葉でググっていた。死別の悲嘆から立ち直る方法を探していたわけではない。いつになったら元の自分に戻れるかを知りたかったわけでもない。最愛の家族を喪って、何をどうしたらいい

  • 早く年を取りたい。

    現役世代である限り。会社には行かなければならないし、人付き合いもしなければならないし、仕事にも追われなければならない。だが…俺の中には、そんなエネルギーは残っていない。だからと言って、「普通の人」として生きていかざるを得ない以上は、どこかから必要なエネル

  • やっぱり俺は、かみさんのことが愛おしい。

    鬱がひどいわけではない。強い不安感があるわけでもない。あくまでも比較的にだが、今日は精神的に安定しているようだ。こういう日はめったにない。できれば一日、穏やかに過ごしたいと思っている。だが…突然、かつての記憶が蘇ってくる。それは、かみさんが癌だと診断され

  • 悪い予感ばかりが当たるのだ。

    かみさんが亡くなってから。俺の「予感」はよく当たるようになった。とりわけ悪い予感ほどよく当たる。かみさんが元気だった頃ならば、予感なんて信じてはいなかった。そもそも予感なんてものを持ったこともなかったような気がする。かみさんが癌だと診断された日も…恐ろし

  • そんなに簡単に「適応障害」になるのだろうか。

    かみさんが亡くなってから1ヶ月。俺はまったく眠れなかった。全身を引き裂かれたような悲しみで、俺は朝まで泣き叫んでいた。あるいは朝まで咽び泣いていた。俺は心療内科を訪れた。主治医は抗鬱剤、精神安定剤、睡眠導入剤を処方してくれた。だが、病名は告げられなかった

  • 魂のふるさと

    周囲に誰もいないとき。俺は「独り言」をつぶやくことが少なくない。独り言は、いつでも同じだ。俺は「帰りたい…」とつぶやくのだ。眉間に皺を寄せ、全身を緊張させながら、深いタメ息をつき、腹の底から「帰りたい…」という声を絞り出すのだ。このことは、以前このブログ

  • 心の糸が切れそうだ。

    かみさんが癌だと診断されて、医師から「余命は年単位ではない」と告げられたときだった。俺の頭から血の気が引いた。全身の筋肉から力が抜けた。俺の人生も終わったな…と思った。だが、かみさんの前では明るく振る舞わなければならない。かみさんに「余命は年単位ではない

  • 男やもめの週末

    金曜日になるとホッとする。クソ忙しい日々から解放されて、二日間はゆっくりできるからだ。自宅に帰ると仏壇の前に座り、かみさんに線香をあげる。着替えを済ませ、かみさんに夜のお供えをする。その後はひたすらウィスキーを飲む。テレビは面白くないが、酒のおかげで解放

  • 誰もが過去を振り返る。

    どうやら俺は勘違いをしていたらしい。人の一生は「右肩上がり」だと思い込んでいたのだ。今日は昨日より良い日だろう。明日は今日より良い日に違いない。そんな幻想に囚われた原因は、俺自身の半生にあるような気がしている。・・・俺と俺の妹は、両親から虐待されて育って

  • 悪夢のような記憶の蓄積

    俺を作った男は、酒を飲むと荒れる人だった。普段は優しいのだが、酔っぱらうと幼少期の俺をぶん殴っていた。その男は俺が16歳の時にくたばった。いわゆる突然死だった。俺を産んだ女は、変質的な異常者だった。俺を作った男、俺の妹、そして俺の3人に言葉の暴力を振るって

  • 最愛の人を喪った者たちは「あの世」を希求する。

    あの世って、あると思う?死後の世界って、あると思う?そう聞かれたら、大概の人は「無いと思う」とか、「あるわけないじゃん」って答えるんだろう。事実、「死後の世界」で検索すると、「死後の世界があるとか言ってる奴、全員論破する」なんてサイトも出てくるくらいだ。

  • 死ぬまで働かなければならない時代だとしても…

    たった一人の家族を喪った。俺は“ひとりぼっち”になってしまった。ひとりぼっちは寂しい。ひとりぼっちだと不安になってしまう。とりわけ将来が不安だ。孤独死する覚悟はしているが、死ぬまでの老後が不安なのだ。もはや年金や貯金、退職金等だけでは悠々自適の老後は送れ

  • 「受け容れる」という心のあり方

    かみさんが亡くなってから、それなりに時間が経過した。それなのに、なぜ今でも悲しいのだろう。なぜ今でも寂しいのだろう。いまだに俺は、かみさんの死に慣れることができない。かみさんと出会う前。俺は数人の女性と交際した経験がある。彼女たちと別れた後は、イライラし

  • 死別後に“ひとりぼっち”になった者たちの朝

    早朝5時半には寝床を出る。家の中は真っ暗で、静まりかえっている。そして誰の気配も感じない。すべてが静止している。まるで空気までが動きを止めてしまったかのようだ。そうだ。かみさんはいないのだ。俺は“ひとりぼっち”だ。悲しいというよりも寂しい。寂しさに注意を

  • 幸せな人々の、幸せな人々による、幸せな人々のための世界

    相変わらず熟睡できない日々が続いている。昨晩(日曜日から月曜日にかけて)は午後10時すぎに就寝したが、朝まで一睡もできなかった。睡眠導入剤を飲んでも眠れない。当然、疲労を残したままで出勤している。眠れない理由は、まったく分からない。心療内科で主治医に相談

  • 善悪の彼岸

    この世界の中では、さまざまなことが起きている。この世界の人々は、さまざまな言動をしている。それらは漠然とした基準だが、「善」と「悪」に分けられる。二分法によって世界を認識すること。そういう習性が、われわれ人間には備わっているのだろう。善には報酬を。悪には

  • こんなのは人間の生き方じゃない。

    仕事が終わって帰路に就く。地下鉄のホームで電車を待っている間、俺は自宅に「帰るコール」をする。かみさんが電話を取る。おしゃべりが好きなかみさんは、夕食のメニューや、その日にあったことを語り始める。電車が来るまでの間、かみさんのおしゃべりに付き合う。彼女の

  • 神の気まぐれ

    かみさんがいない。たった一人の家族がいない。それなのに、周囲の人々には家族がいる。俺たちだけが孤独だ。俺たちだけが“ひとりぼっち”だ。とても淋しくて心細い。自分の存在がしぼんでいくみたいだ。自分の身体の芯が凍えるみたいだ。淋しいだけではない。かすかに恐怖

  • 選ばれてしまった者たち

    俺の友人たちには夫や妻がいる。俺の部下たちにも夫や妻がいる。また、子どものいる人々もいる。もちろん独身の人がいないわけではない。夫や妻はいるけれど、家庭内別居という人もいる。いろんな人がいるけれど、俺の周囲に夫や妻を亡くした人はいない。もちろん高齢の方々

  • 孤独死の条件

    日本では、年間に約7万人が「孤独死」をしているそうだ。そのうち8割は男性が占めている。孤独死する人々には、いくつかの共通点があるという。① 配偶者との離別や死別によって、“ひとりぼっち”で生活していること、② ほかに家族がいないこと、③ 近所付き合いがな

  • 忌まわしい未来

    断片的にではある。しかし、産まれてから物心がついて以来の記憶は、確かに俺の中に残っている。楽しい思い出なんて、ひとつもない。嬉しい思い出なんて、ひとつもない。幼少期以来、自分は安全なところにいなかったからだ。そこには忌まわしい体験の記憶だけが残っている。

  • 命がけの飛躍

    目覚めた直後。俺は自分が深く落ち込んでいることに気が付いた。とても哀しかった。とても淋しかった。そして、深い後悔の念にも取りつかれていた。この気分には、直前まで見ていた夢の内容が反映していたのだろう。忘れてしまった夢でありながら、それは俺の中に深い「影」

  • それは意外に悪くない。

    誰もが死にたくないと思っているわけじゃない。本気で死にたいと思っている奴もいるんだ。ブログで死にたいと呟けば、「こいつは同情を買おうとしているだけだ」と解釈されて、コメント欄を荒らされることも少なくない。また、死にたいと呟く人々を嘲笑するためだけに、わざ

  • いったいオマエが何を知っているというんだ?

    かみさんが亡くなってから数年後。俺は某医療系大学の准教授から、「複雑性悲嘆」と診断された。その当時のことだった。ある女性(Kさん)が俺に言った。死別することで得られるモノだってあるんだよ。死別なんて大したことじゃないんだよ。私の方がアンタなんかより、よっ

  • 壊れるときは一瞬だ。

    かみさんが元気だった頃。俺は自分を大切に生きていたはずだ。自分の心や身体だけではない。一つひとつの言葉、一つひとつの行動、すべてを大切に生きてきたはずだ。だが、かみさんを喪ってしまい、俺は自暴自棄 (やけくそ)になった。そのせいだ。俺はいろいろなモノを壊

  • 俺たち夫婦にとっての、お互いの役目

    夫にとって、妻の役割ってなんだろう。俺にとって、かみさんの役目ってなんだろう。食事の支度をしてくれること?洗濯や掃除をしてくれること?その他、家事全般を引き受けてくれること?違うような気がする。妻にとって、夫の役割ってなんだろう。かみさんにとって、俺の役

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