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  • 第27話・・・たばこ工場跡にある野口雨情の歌碑

    「刻み煙草ぢゃ池田が本場昔ながらの阿波刻み」・・・雨情日本たばこ池田工場跡の高速バスターミナルに野口雨情の歌碑があります。かって煙草の町として栄えた阿波池田の町を象徴する歌を雨情は残してくれました。歌詞の部分は雨情本人の直筆で、歌碑の横書きの部分が涔口先生の字です。昭和57年2月1日に池田町教育委員会が建立し、最初は、たばこ工場の入口に設置されていましたが、現在のように街並みの姿も変わり、雨情の歌碑もここに移されました。この歌だけでは、野口雨情という人がどういった人かよくわからないのですが、◆「♪シャボン玉飛んだ。屋根まで飛んだ・・・」(シャボン玉)◆「♪烏なぜ泣くの烏は山に可愛い七つの子があるからよ・・・」(七つの子)◆「♪赤い靴はいてた女の子。異人さんに連れられて行っちゃった・・・」(赤い靴)となると、知っ...第27話・・・たばこ工場跡にある野口雨情の歌碑

  • 第26話・・・阿波池田たばこ資料館

    明治30年代は、池田の民営時代の煙草製造業の最盛期です。明治35年の徳島県統計によると、工員が10人以上の工場数は徳島県下で134。この内、池田の工場が54とあります。徳島市をしのぐ県下一の工業都市でした。第24話「阿波池田の酒まつり」で紹介した今小町酒造・中和商店も前身は刻み煙草業で、北海道と大阪を中心に全国各地に販路を持ち、工員48人をかかえる池田町最大の刻み屋さんでした。たばこで栄えた池田の歴史を残すため、本町通りの真鍋家を改装し、阿波池田たばこ資料館が平成11年7月にオープンしました。入口は、商家のたたずまいで、もちろん屋根の部分にはうだつがあがっています。時代を感じさせる玄関灯の上に、「阿波池田うだつの家」の看板がかかっています。涔口先生の字です。その左にかかっている「阿波池田たばこ資料館」の看板は、...第26話・・・阿波池田たばこ資料館

  • 第25話・・・「郷土料理 うだつ」と真野武酒造

    今も「うだつ」の建物が残る本町通りに、昔ながらの酒蔵の面影を残す真野武酒造があります。今も「阿波踊り」という銘柄で日本酒を出していますが、平成8年12月から、郷土料理のお店に改装されて、昔の建物を活かした店づくりが目を引きます。このお店の入口に掛けてある「郷土料理うだつ」の看板は涔口先生の字です。また、酒屋の方の入口に掛けられている「銘酒阿波踊り」と「真野武酒造株式会社」の看板も涔口先生によるものです。真野武酒造の前身は刻み煙草業でした。明治42年に酒造業に転じています。この店の名前にもなっている「うだつ(卯建)」は、池田の町が煙草業で繁栄した歴史を語る証しとも言えます。もともとは、延焼を防ぐ防火壁として工夫されたものですが、次第に装飾としての意味合いが増し、家の勢いを誇示する象徴となりました。◆吉野川の水運の...第25話・・・「郷土料理うだつ」と真野武酒造

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