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ブログタイトル
100倍楽しむ海外旅行
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73歳のジジーの27回約70国を訪れ100倍楽しんだ話。
更新頻度(1年)

224回 / 365日(平均4.3回/週)

ブログ村参加:2008/03/01

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witchさんの新着記事

1件〜30件

  • 「フランス物語」 カルカソンヌ

    中世ヨーロッパ最大級の城塞都市カルカソンヌを訪れました。「カルカソンヌを見て死ね」という言葉もあるそうです。写真上はその遠望。夜イルミネーションで浮かび上がる城塞は素晴らしかったのですが、わたくしのカメラの写真ではクリアでないので省略。写真上2はその内部。写真上3は城塞から見た城下町風景。写真下はここの子供たち。持っているスティックのようなものは何でしょうね。「フランス物語」カルカソンヌ

  • 「フランス物語」 トゥールーズ

    古い歴史を持つトゥールーズを訪れました。写真左上は18世紀建設のキャピトル広場と市役所です。歴史的に面白い謂れがあるようですが、よくわかりません。写真右は像ではなく生身の人間ですね。背景は薬屋さんですね。ヨーロッパではこのような光景によく出会います。写真左下は文房具屋さんで見たものです。ちょっと見にくいですが、「漢字練習帳」とあり横には筆、硯までありすね。フランスではちょいちょい日本に出会いました。(後日紹介)このころから○○大聖堂・修道院などに食傷気味で撮影中止。ここでも幾つか訪問しましたが。「フランス物語」トゥールーズ

  • 「フランス物語」 ボルドー2

    ボルドーといえばワインですね。昨晩のわたくしの晩酌のワインもBORDEAUXでした。というわけでワイン醸造所を訪れました。シャトー・ギスコールというワインでなぜかドイツ人の経営ということでした。写真左上は同行の方のこの地での風景スケッチです。写真がぼけていてごめんなさい。「フランス物語」ボルドー2

  • 「フランス物語」ボルドー1

    フランス南西部、大西洋近くでガロンヌ河が市街地を横切っている人口24万人のボルドーを訪れました。写真左上はこのガロンヌ河に初めてかけられた全長501mのピエール橋です。ナポレオンの命令によって7年の歳月をかけて作られました。写真右上はヨーロッパで一番広いカンコンス広場にあるジロンド塔です。この地はフランス革命当時ジロンド党の拠点であったことから1894年〰99年にかけて建設されました。写真左中はこのカンコンスで写生をしていた女子高校生?です。写真右下はちょっと見にくいですがサンタンドレ教会で見た聖母マリアが母アンナに抱かれている像です。わたくしにははじめてお目にかかる珍しいアンナでした。帰国後調べてみるとアンナは正典聖書にはなく外典「聖ヤコブ福音書」に記載されています。ついでに、マリアの父はヨハキムでした。写真...「フランス物語」ボルドー1

  • [「フランス物語」 ポワティエ

    教科書にも記載されているトゥール・ポワティエの戦い(732年)で有名な地ポワティエを訪れました。その時の痕跡は何もありませんが、写真上は街頭風景です。写真左下は12世紀創建のノートルダム・ラ・グランド教会です。写真右下はこの教会の内部の柱です。当時のわたくしのメモには「彩色された柱が珍しい?」とありましたが、後日ガイドブックを見ると「色彩鮮やかな幾何学模様の柱が見事」(JTBフランス自遊自在p317)と書かれていました。[「フランス物語」ポワティエ

  • 「フランス物語」 ロワール古城

    ルイ14世(1638~1715)がヴェルサイユ宮殿に移るまではフランス国王の居住地はロワール河下流地域でした。それゆえこの地には王侯貴族のゆかりの名城が多く残されています。300以上といわれています。その中のアンボワーズ城(写真上)、シュノンソー城、ジャンボール城(写真中)、ブロワ城(写真下)を訪れました。アンボワーズ城は11世紀に起源し現在の城塞になったのはシャルル8世(1470~1498)時代でした。たくさんの逸話がある城ですが、一つだけ紹介。レオナルドダヴィンチがここに招かれこの地で死、ここで埋葬されました。ジャンボール城はフランソア1世(1494~1547)の狩猟小屋に始まる城ですがこの地最大で、建設にはレオナルドダヴィンチの協力があったといわれています。美的感覚ゼロの私の当時メモには「ゴタゴタゴテゴテ...「フランス物語」ロワール古城

  • 「フランス物語」 モンサンミシェル

    フランス西海岸に浮かぶ小島に世界的に著名な修道院モンサンミシェルがあります。カトリックの巡礼地で世界遺産に登録されています。以前は干潮期に陸地続きになっていましたが満潮期には陸から切り離され逃げ遅れた巡礼者が溺死したことがありました。私が訪問した(1997年)時は完全に陸続きになっていました。しかし現在は潮の流れを止めることになり良くないということで陸続きの道路を取り除き橋が架かっています。写真左上は当時陸続きになっていた道路から見たモンサンミシェルです。起源は708年、アヴランシュ司教オベールが夢のなかで大天使ミカエルから「この岩山に聖堂を建てよ」とのお告げを受けたことに始まります。先日TVでレポーターがこのモンサンミシェルを見て「要塞だ!」と叫んでいましたが、百戦争時には要塞としての役割も果たしました。写真...「フランス物語」モンサンミシェル

  • 「フランス物語」 サン・マロ2

    写真にみられるように城壁に囲まれた要塞の街です。第2次世界大戦でアメリカの爆撃を受け、街の80%が壊滅。すべてを壊して新しく建て直すか、壊滅した状態を保存するか、元の街を再現するかの選択を迫られ、結局元の街を再現することを選びました。歴史的にこの街が有名なのは英語でprivateer私掠船と呼ばれフランス語でコルセールと呼ばれる国王公認の海賊の拠点でした。イギリスの私掠船は有名ですがフランスのコルセールにつてはここで初めて知りました。略奪したものの分け前は国王3分の1、船の提供者3分の1、海賊に3分の1でした。この地の海賊で最も有名なのがRobertSurcouf(1773~1827)です。写真左下は1903年建造の彼の像です。フランス革命のただなかでの活動で舞台は一般によく知られているカリブ海ではなくインド洋...「フランス物語」サン・マロ2

  • 「フランス物語」 サン・マロ1

    イギリス海峡に面した高級リゾートとして名高い観光港町サン・マロを訪れました。写真は現地の日本語版観光案内のリーフレットの表紙です。「フランス物語」サン・マロ1

  • 「フランス物語」 オンフルール

    印象派画家たちが愛したオンフルールが次の観光地でした。左上の写真とほぼ同じの構図(人物は除く)のモネの絵画がありますね。セーヌ河が英仏海峡に流れ込む河口にある港町です。イギリスのリバプールと同じ奴隷貿易港であったことも知っていてもよいと思います。写真右はフランス唯一の木造教会サントカトリーヌ教会です。左中はその内部です。「屋根が奇妙な形をしているのは、15世紀、百年戦争で英国軍に破壊された石造の教会を再建しようとしたものの資金不足だったため、腕に覚えの船大工たちが木で船底を作り、これをエイヤッとひっくりかえして屋根にしたから」(「JTBのフリータイムフランス」p216)写真左下は昼食レストランです。当時のわたくしのメモは「前菜に味噌汁に似たスープが出る。一同美味いという。後にわかったことであるがブイヤベースのス...「フランス物語」オンフルール

  • 「フランス物語」 ルーアン

    パリからジャンヌダルが処刑された地として有名なルーアンに向かいました。ところがジャンヌダルクに関係する写真が一枚もありません。わたくしのメモには「なぜかジャンヌダルクの処刑場を写真にとっていなかった。隣にジャンヌダルクを記念するヴァイキングの舟形を模した教会が1978年に作られていたがそぐわない感じ」とあります。というわけで、写真上はジャンヌダルクとは関係にない11世紀創建のルーアン大聖堂です。尖塔の高さはフランス一の135mだそうです。またこのルーアンの街は木造建築の民家でも著名です。(写真下)「フランス物語」ルーアン

  • 「フランス物語」 ヴェルサイユ宮殿

    1997年10月7日〰21日フランス物語」というツアーに参加しました。前回まで紹介してきたイギリスの現地ガイドのやさしさ丁寧さに比べてフランスの現地ガイドの傲慢無礼さは全く不愉快でした。まずは、ヴェルサイユ宮殿での日本語の現地ガイド。ガイドをしながら他国の観光客の悪口。また、別のところでの現地ガイド。添乗員に英語で説明した後、いかにも小馬鹿にした発音で”understand?”(わかったか?)を繰り返しました。23年経過した今もこの不愉快な「アンーダスタンド?」の声が耳から消えません。別れ際に私に、次回はフランス語を勉強してフランスに来てくださいといったガイドもいました。フランスでは犬の散歩のとき糞の始末をしないようです。あちらこちらに糞が放置されたままでたびたびフンづけました。というわけでわたくしの訪れた10...「フランス物語」ヴェルサイユ宮殿

  • 「英国物語」ロンドン3 大英博物館とハイドパーク

    帰国前日のロンドンの午後は自由時間でした。わたくしは大英博物館に出かけました。世界最大の博物館でじっくり見て回れば少なくとも1週間は必要だとされています。無知な私は入場料が無料だということは知りませんでした。考えてみればそれはある意味で当然のような気がします。というのは、この「大英博物館」は帝国としてのイギリスの象徴だからです。「地球の歩き方」(p80)では「大英帝国の略奪のたまもの」、ウイキペディアでは「イギリス人自身にも『泥棒博物館』や『強盗博物館』などとも揶揄される」と述べられています。したがって今でも各国、各地からの返還要求があります。パルテノン神殿の彫刻像や浮き張りの返還をギリシア政府が要求しているのもその一つです。前置きが長くなりましたが、入り口を入ってすぐに出会ったのがこのロゼッタストーン(写真左...「英国物語」ロンドン3大英博物館とハイドパーク

  • 「英国物語」ロンドン2 観光名所

    写真上は「世界一美しく豪華な橋」といわれているテムズ河に架かる1894年完成のタワーブリッジです。(写真下)左側からウエストミンスター寺院、国会議事堂、ビッグベンと呼ばれている時計台です。(各建物の説明は省略)河は勿論テムズ河です。「英国物語」ロンドン2観光名所

  • 「英国物語」ロンドン1 地下鉄と2階建バス

    ロンドンに戻ってきました。ロンドンの地下鉄は世界最古(1863年)というわけでちょっと夕食前に体験。写真中は車内での私ですが、両脇の女性の表情は?写真下は著名な「ルートマスター」と呼ばれる2階建バスです。この当時は普通の路線バスで活躍していましたが、現在は観光用だけのようです。「英国物語」ロンドン1地下鉄と2階建バス

  • 「英国物語」ストーンヘンジ

    世界文化遺産で巨石文化の代表的の建造物ストーンヘンジを訪れました。あまりにも有名なので紹介するまでもありませんが、念のため少し。紀元前2500年から紀元前2000年の間に立てられたと考えている。そして、それを囲む土塁と堀は紀元前3100年頃まで遡るという。(ウィキペディア)毎日1000人が8時間フルに働き10余年を要した(世界歴史体系イギリス史1p16)ちなみに仁徳天皇陵は1日8000人15年8か月(大林組算定)(NHK知恵泉2020年11月?日)遺跡の目的については、太陽崇拝の祭祀場、古代の天文台、ケルト民族のドルイド教徒の礼拝堂など、さまざまな説が唱えられているが、未だ結論はでていない(ウィキペディア)しかし、原聖はその著「ケルトの水脈(2007年)p82」で「月の満ち欠けや日食・月食を観察するための、天文...「英国物語」ストーンヘンジ

  • 「英国物語」バース

    温泉で有名なバースに向かいました。その日の夕食は「昔、バースの社交場で流れた音楽の生演奏を聴きながらちょっぴり優雅な夕食」(添乗員亀井さんのメモ)(写真左上)バース(風呂)という言葉の由来についてバースという地名からバースが風呂という意味になったといわれていますが、ウィキペディアによれば反対でもともとのアグロサクソン語の風呂という意味からこの地がバースと命名されたとのことです。風呂好きのローマ時代に始まりますがローマ撤退以後は荒廃し18世紀になって再発見されました。(注)しかし私の訪問時(1997年)は博物館という扱いで入浴はできませんでした。そこで足湯を楽しみました。(写真右)その後(2007年)現在は入浴できるようになったそうです。しかし私の経験ではヨーロッパでは温泉入浴はあまり一般的ではないように感じます...「英国物語」バース

  • 「英国物語」チェスター2

    城壁(3.2㎞)を散歩しました。(写真左)ディ河に架かる橋です。(写真右上)写真右下はまさに中世の面影を残す「お触れ役人」の登場です。中世では文字が読めない人が多いので市の決まりなどをこのようにして触れて歩きました。(日本の方が識字率は高かった?)「英国物語」チェスター2

  • 「英国物語」チェスター1

    ローマ時代に始まり(痕跡なし)中世の面影を残す城塞都市チェスターを訪れました。近くには大英帝国の発展に大きく寄与した海洋商都であり、奴隷貿易の拠点(1999年市参事会正式謝罪・2007年国際奴隷貿易博物館)、工業都市で、ビートルズを生んだリヴァプールがありますが残念ながら行きませんでした。行きたかった!チェスターの街の建物は「白壁に黒の木組みのコントラストが絵のように美しい」(添乗員亀井さんのメモ)時々(たびたび?)登場してもらっている「米欧回覧実記」(注)は以下のように描写しています。「其市中ニハ一種ノ市街アリ、各店ミナ前ニ一条ノ高廊ヲ造リ、十字街ヨリ石階ヲ造リ、其廊ヘ上ラシム、廊ヲ挟ミテ百貨ヲ陳列シ、肆店ヲ張ル、故ニ市街ハ、馬車ノ往来トシテ、行歩ノ人ハ、ミナ廊上ニ上リ往来ス」(岩波文庫2p264~265)写...「英国物語」チェスター1

  • 「英国物語」湖水地方6 蒸気機関車遊覧

    クルージングから下船して連動している蒸気機関車の18分の旅を楽しみました。今回も子供たちと一緒の観光です。写真の2枚目は蒸気機関車博物館です。「英国物語」湖水地方6蒸気機関車遊覧

  • 「英国物語」湖水地方5 ウィンダミア湖遊覧

    ウィンダミア湖を蒸気船でのショートクルーズを子供たちと40分楽しみました。「英国物語」湖水地方5ウィンダミア湖遊覧

  • 「英国物語」湖水地方4 ビアトリクス・ポター

    ピーター・ラビットの作者でイギリス人に最も愛されている女流作家ビアトリクス・ポター(1866~1943)が後半生に住まいしたニアソーリー村を訪れました。彼女の住まいはヒル・トップと呼ばれています。(写真上中)写真下はここを訪れていた家族です。この少女はもちろんピーターラビットを読んでいたでしょうね。この写真は1997年撮影ですから、今はこの少女は結婚して子供が生まれていておじいちゃん、おばーちゃんとここを再訪しているかも。「英国物語」湖水地方4ビアトリクス・ポター

  • 「英国物語」湖水地方3 アンブルサイド ブリッジ・ハウス

    ウィンダミア湖から北、8㎞にあるアンブルサイドを訪れました。小さな村ですが滞在型の観光客、特に夏になれば避暑地として賑わいます。そこの観光スポットは「ブリッジ・ハウス」(写真)です。小さな石橋の上に建った家です。300年ほど前に“summerhouse”(避暑用家屋)とapplestore(リンゴ商店)として建てられといわれています。現在はナショナル・トラストの店になっています。この地の現地ガイド(写真右下)もやさしく気の利いた女性でした。「英国物語」湖水地方3アンブルサイドブリッジ・ハウス

  • 「英国物語」湖水地方2 ウィンダミア湖、ホテル、アールグレイ、ナショナルトラスト

    湖水地方にあるイングランド最大のウインダミア湖(写真右上)畔のウインダミアビーチホテルに宿泊をしました。写真右下はそのホテルの中庭でウィンダミア湖を背景に食後の紅茶アールグレイを楽しんでいるところです。わたくしはコーヒー党であまり紅茶は嗜んだことはありませんでした。イギリスは紅茶の国であることは知っていましたが、このアールグレイの紅茶は恥ずかしながら知りませんでした。今回のイギリス旅行では必ずホテルの部屋にはすべてこのアールグレイの紅茶が準備されていました。美味しかったです。帰国後このアールグレイ党になりました。朝ホテルの部屋の窓を開けると写真左のような光景に出会いました。感動しました。この湖水地方の象徴のように感じました。思い出しました。ナショナルトラスト運動の発祥地がここ湖水地方だったことを。歴史的な遺産や...「英国物語」湖水地方2ウィンダミア湖、ホテル、アールグレイ、ナショナルトラスト

  • 「英国物語」湖水地方1 ウィリアム・ワーズワース

    スコットランドのグラスゴーから南下してイングランドの北西部にある大小多数の湖水がある風光明媚な湖水地方を訪れました。この湖水の一つグラスミア湖の近くにこの湖水地方をこよなく愛したロマン派詩人ウィリアム・ワーズワース(1770~1850)が1799年から1808年まで住んだ”dovecottage”があります。(写真3枚)博物館もあり見学しました。当時の私のメモに「フランスで買って最初は妹がつけていたという結婚指輪1800年の新聞が壁紙に」と書かれていますが、写真はなぜかありません。(反省=新聞は絶対に写真に撮っておくべきでした)「英国物語」湖水地方1ウィリアム・ワーズワース

  • 「英国物語」グラスゴー

    人口63万人でスコットランド最大の都市グラスゴーを訪れました。写真上は町の中心、ジョージ・スクェアです。正面の建物は市役所です。写真下(以下2006年3月23日の再録修正追加)はグラスゴー大学構内で説明をしている現地ガイドと我々です。1451年創立の名門大学です。日本からの留学生も多く「タカジアスターゼ」で有名な高峰譲吉(1854~1922)もその一人です。グラスゴーでの現地ガイドも温かい中年の女性でした。グラスゴー大学が創立500年記念して1951年に作られた記念門には歴代有名卒業生の名前が刻まれていました。(アダム・スミス、ジェイム・スワットなど)その前で私は“Iamghost(幽霊)of“と言いかけるとそのあとを現地ガイドが”AdamSmith“と続けてくれました。意思が疎通したと思って嬉しくなりました。...「英国物語」グラスゴー

  • 「英国物語」 ローモンド湖

    スコットランド最大のローモンド湖を訪れました。この湖の歌が有名だそうです。日本では1970年にNHKの『みんなのうた』で『水辺の春』というタイトルで紹介されたそうです。湖畔では家族団欒。写真の下は湖畔の家屋ですが、このような家に住みたいな!と思わずシャッターをきりました。「英国物語」ローモンド湖

  • 「英国物語」 ネス湖

    怪獣ネッシーで有名なネス湖にやってきました。写真上は廃墟になったアーカード城(UrquhartCastle)とネス湖を背景としたツアー参加者の集合写真です。アーカード城は12世紀建設ですが、ここもジャコバイト拠点となりイングランド軍によって破壊されました。写真中はアーカード城とネス湖です。写真下は少し見にくいのですが、前々回に紹介したキルト姿の男性がパグパイプの演奏で我々を歓迎してくれています。残念ながらネッシーには出会えませんでした。「英国物語」ネス湖

  • 「英国物語」グレンフィディック

    (2012年12月19日の再録、一部修正追加)スコッチと言えばスコットランドで作られるウィスキーのことだということはあまりお酒に関心のない人でもよく知っています。ドイツの「ビール純粋令」(2012年5月11日紹介)と同じくイギリスの法律でスコッチの定義が厳格に定められています。1887年創業のグレンフィデック醸造所はスコッチで世界最大のシェア―を誇っています。(2015年に同じスコットランドのグレンリベットに世界一を奪われます)1997年そこを訪れました。なかなか趣のある建物でした。写真中は銅製蒸留器です。試飲もしました。(写真下)日本語のイヤホーンでの映画コマーシャル付き。「英国物語」グレンフィディック

  • 「英国物語」バルベニー城

    13世紀コミンズ家の居城として始まりその後増改築がなされ17世紀の名誉革命に反対するジャコバイトの反乱の拠点となりイングランド軍に破壊され廃墟となりました。スコットランドでは城の観光がかなりありその他、バルモラル城の観光が予定されていましたが、時間の不足で中止となりました。「英国物語」バルベニー城

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