第2話 野口英世(Part1)『火傷と筆と借金と――天才が生まれるまで』
ある寒村の片隅に、ひとりの男の子がいた。その手は、幼き日の不注意で、ひどい火傷を負っていた。 彼の名は、野口英世。後に世界の細菌学者として名を馳せるその少年は、しかし幼き頃から神童でもなければ、勤勉でもなかった。むしろ、どちらかといえば、いたずらっ子で、泣き虫で、どこか「大物になる奴」の匂いがしなかった。 だが、母の愛だけは、深く、そして揺るがなかった。母・シカは、英世の焼けただれた左手を見て、こう思ったのだという。「この子が、人様の前で手を隠さず、堂々と生きていけるようにしてやりたい」 この“母の祈り”こそ、英世の背中を押しつづけた見えない力であった。 やがて彼は、医者を志し、上京し、医学専…
第1話 福沢諭吉、誤植を笑い、誠実を貫く、ある明治のうっかり者
その日、慶應義塾の講堂には、冷たい北風を押しのけるほどの熱気が立ちこめていた。 高座の上には、例のごとく目をぎらりと光らせた一人の男。 福沢諭吉、御年五十路を迎えるも、その声の張りと文句の切れ味ときたら、若い門下生すら舌を巻く。 「諸君、学問とは、貴族の飾りでも、商人の道具でもない。己の身を立て、人の役に立つ、それが学問の本懐じゃ」 と、例によって語気鋭く言い放ち、黒板を板書のチョークが滑る。 しかしこの日の諭吉先生、いつもとどこか様子が違った。 チョークを持つ手が、ややふるえている。 時折、頭をかく。 「……えー、ここのところ、少し記憶が怪しいが……まあよい!」 生徒たちはクスリと笑い合う。…
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