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  • 20250109

    今我々が考え、創作すべきものは何だろう。世には様々な思想が、理論が溢れている。「最先端」の思想も2500年前の思想も、同じように有効であるようにも思えるが、そこには我々の進むべき進路、生きるべき道を具体的に指示する内容はない。そしていつでも重要なのは、我々はいかに生きるべきか、という問いである。それだけは、理論に依存することが出来ない。我々一人一人が、自力で考えなくてはならない。私は既にキリスト教と共産主義の道に入っているが、これらも我々の未来を具体的にイメージするには足りない。それを考えるのは、あくまで我々自身なのだ。 マルクスは、眼前の社会的矛盾を止揚する現実的な運動を共産主義と呼んだ。我…

  • 20250108

    文学について何を考えたら良いのだろう。どんな小説や詩を、評論を、これから書くことが出来るだろう。私が考えているのは、現代的なプロレタリア文学であるが、それは現代文学の本道としてのそれだ。現代もまた、100年前と同じように、ほとんどの人間は人生の大部分を労働に費やしている。労働を描くことが出来なくて、人間を描くことが出来るとは思えない。それは空疎な、抽象的な人間性の表現に留まるだろう。だが労働を書くことは容易ではない。労働そのものが文学とは対極にあるかのように、一切の感傷を排して行われている。労働ほど文学に求められる出来事性から遠いものもない。ここに難しさがある。だが決して不可能ではない。肉体労…

  • 埴谷雄高「永久革命者の悲哀」

    埴谷雄高「永久革命者の悲哀」 文学の歴史の中では埴谷雄高は、戦後文学の代表者の一人に挙げられるほどの神話的人物だが、この評論作品はどうか。花田清輝に向けての手紙の形式をとって、スターリニズムと日本共産党を批判する内容となっている。その批判を行う自己を「永久革命者」と規定している。当時の「共産党神話」の中で行われた批判として、まず直接的で斬新だったのだろうが、今となっては、それほど本質的な批判とはなり得ていないと感ずる。民主集中制の、アナーキズムに近い立場からの組織論的批判、そしてスターリンの個人崇拝への批判が主な内容だが、今の日本共産党は完全な集団指導体制となっており、個人崇拝の影もない。民主…

  • テスト 20250106

    テスト テスト

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