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  • おお、神よ。あなたはそこにいらしたのですね、私の足元に1-8

    「どうも」男が一人、挨拶を述べた。私は咄嗟に声のほうに姿勢正した。短く借り上げた髪、端整な顔立ちは横顔がそう言っている。 「ここは何をする場所ですか?」男は片手を腰に当てて、首を鳴らした。しばらく間があく、コーヒーがボタン一つでカップに注がれた。コーヒーメーカーの方は手を付けないのか。 「初めての人?」響く声、しかし高音も持ち合わせた融合。厚い瞼に一重の切れ長の瞳。 「その辺を散歩していたら、たまたま通りかかって、それで中に入れてもらいました。あの、ご迷惑なら、帰ります」 「部外者は入れない、一歩とたりとも。入れたのは選ばれたからで、あなたはここにいる権利が認められた。慌てて出る必要ない。また…

  • おお、神よ。あなたはそこにいらしたのですね、私の足元に1-7

    誘導尋問に思えたが、私は正直に頷いた。 「結構です。プライドも高くはない、素直に自分の非を認められる柔軟さ」女性は、顔を最後まで残して先へ進んだ、ドアが横にスライド、直線上の私の視線を逸れた、同時にそれはドアが見せ付けた空間上を彼女が移動した、ということ。「どうぞ、お好きなように心ゆくまでご堪能あれ。お帰りは私に言付けてなくて結構、好きなときに出ていかれて構いませんから。ご質問があれば、なかの者に聞くか、それが躊躇われるときは、壁のインターフォンを押せば、私が応答しますので」 ドアは開いたまま。内部がドアの分だけ見えていた。慄然たる恐怖を押し込め、私はそっと、開いたドアを片手で押さえて、覗いた…

  • おお、神よ。あなたはそこにいらしたのですね、私の足元に1-6

    「まだ読んでいらっしゃらないのね。それでここへきたのは、運命を感じずにはいられない。そうは思いませんか?」なぜ私が新聞の見出しすら読んでいないことを彼女は恐れもなく確信めいた言い切りが可能だったのか。それは私に欠けた、いいや。あえて獲得を拒んだ、機能だ。 私はかろうじて言い返す。「思いません」 「あらっ」女性はわざとらしく首を傾ける。しかし、演技には見えなくなっていた。「正直な人ですね」まじりっけのない澄み渡る空を思い起こさせる微笑だ。 「……私には場違いですから、失礼します」 「このあたりを散策していたのでしょう?」女性は肩越しに覗く私に高らかと宣言めいた口調で話しかける。表情の変化に忙しい…

  • おお、神よ。あなたはそこにいらしたのですね、私の足元に1-5

    誰にも会わない。一度振り返ってみても、口をあけた門を通過する車も、緩やかになった傾斜を上る、あるいは下る人も車も視界に捉えることはできなかった。これまでもたぶん不安だったのだろう、それが一人になって、景色や車や人がすっかり周囲から音もなく消え去った反動で現状が思い返されたのだ。つまりは、これこそ私の奥底に眠る本心だ、ということか。いかにも哲学的な思考だ。しかし、哲学という概念や括りは斜に構えたようで好きにはなれない。そんなことを考えながら歩いていると、建物にたどり着いた。さて、どうしたものか。開かれた場所、とはいってもお寺に足を踏み入れて、拝むべき仏像や由緒ある宝物や歴史的な価値の高い建造物が…

  • おお、神よ。あなたはそこにいらしたのですね、私の足元に1-4

    竹部美智子は、昼食用のおにぎりを二つ携えて、誘う彼女が立ち去った数十分後に部屋を出た。一階、エントランスのステンレスのポストには新聞のような材質と色合いを兼ね備える紙の束が突き刺さっていたが、私は手に取らず、焦点を微かに合わせたのみで、屋外へ躍り出た。その日の帰宅時に新聞は手にとって、部屋に運んだがローテーブルに置きっぱなしで一度も開いていないまま、朝を迎えた。 翌日からは電車で目に留まった場所に降り立ち、駅周辺をひたすら歩き、景色を眺め、建物を記憶し、お腹が減るとレストランや喫茶店を探し、夕方、日が落ちる頃に駅に舞い戻り、そして部屋に引き返す生活を三日ほど続けた。 仕事始めまでの残りの数日は…

  • おお、神よ。あなたはそこにいらしたのですね、私の足元に1-3

    「はい」 「新聞のご購読はいかがでしょうか?」 「必要ありません」私はきっぱりと断ったつもりだった。 「必ずあなたにとって有益な情報が掲載されますが」含みを持たせた言い方。女性は上目遣いで男を誘う、ある種女性的な匂いを漂わせる仕草。同姓には悪寒が走る態度であることは、感知していないらしい。私は応える。 「結構です、宗教に頼るほど落ちぶれてはいませんので」 「勘違いをなされている」女性はつぶやくように言った。背後でマンションの住人がエントランスの自動ドアを潜り抜ける姿が映った。「特定の宗派を重んじろなどという、大それた信念はむしろ無意味だと考えていますのよ。お分かりになっているあなただから、更な…

  • おお、神よ。あなたはそこにいらしたのですね、私の足元に1-2

    仕事を初めて旅行に行った試しは、日帰りで温泉にそれも一人で行ったことぐらいだろうか。気の置けない仲のいい友人に私は当初から懐疑的だった、三人の旅行が、友人たちはそれぞれのプライベートを優先し、結局予定変更の内私一人での温泉旅行に成り果てた。個人的な事情を優先したことは私が聞きだしたのではない。周囲が勝手に私に吹聴したのだった、そう頼んでもいないのにね。それ以来、旅に価値を見出せない私にとって二週間の空白を旅以外で埋める悩みが襲来。自室を拠点とすることを最低限に据えて、考えをがらりと変えた。すると、たちどころに景色が開け、引っ越した当日に各種自宅の手続きや金銭的な契約の更新を片付けて、それから数…

  • おお、神よ。あなたはそこにいらしたのですね、私の足元に1-1

    北海道に転勤になって早二ヶ月と数日か、竹部美智子は言葉にならない声を出して自宅のベッドにへたり込んだ。コンビニの袋も今日で一週間ぶっ続け、新品のゴミ箱はたまりに溜まっている。もう小さく畳まずに押し込んでいた。面倒なのだ。もちろん、女性として、これは人としてだらけてはしたないとは思ってはいるが、体が疲労を溜めに溜めて言うことを聞き入れてはくれないのだから……、そうやって私は理由をつけて、仕事帰りに、駅近くのコンビニで夕食には遅すぎる夜食の弁当とプリン一つ、ビールを一缶購入し、帰宅の途についたわけである。誰に説明しているのだろうか、竹部はまっさらな天井を見つめて迫りくる窮屈な部屋をぼんやりと眺めた…

  • ※2-8

    「この端末でこの回線は使えますか?」 「ええ、問題ないと思いますけど、試してみますか?」レジの隣にまた座る。店員に二センチ角ほどカードを手渡す、数分で動作が確認できた、すぐに使えるよう設定を施してくれるというので、お願いする。 私は訊いた。「ほとんどの人が端末を持ってますけど、あなたも持ってますか。私は初めてなのです」 「ああ、大丈夫ですよ。操作に不安があっても、はい、問題なく使えますよ」 「端末を利用しない人がいる事は、ご存知ですか?」 「"離反者"の事ですか、まあ、ええ、仕事柄」店員は会計を求める。私はカードを提示。サインを書いた。 「彼らについてはどう思います?」 「文明に逆らっているの…

  • ※2-7

    自分のPCは施設においてきた。新しい端末を買おうか。外でも繋がる必要が出てきそうな予感。 私は電気店を訪れる。不必要なソフトが極力取り除かれ、計量でコンパクトな物が欲しい。手ごろな値段で果物のシンボルのそれを選ぶ。手にしたのは、初めてである。レジで領収書を切った。忘れずに回線の契約をレジで聞く、隣のカウンターに移動、幾つかのプランを提示。ほとんどが月額固定の料金徴収、思う存分心ゆくまで仕様を認める代わりに料金を、使用の少ない月であっても同額を支払うのか。私は、利用に応じたプランはないものだろうか、と尋ねてみた。すると、端末を持っているのであれば、そちらを介した回線の利用が可能だという。しかし、…

  • ※2-6

    当てもなく駅通路を進む。 資金が必要だったのは確かにいえる。それでも、自分だけの生活は可能だった。世界を細部まで観測しつくしてから、異なった尺度と理論と角度を求めたかったのかもしれない。すべては命が尽きるまでの実験に過ぎない。これに尽きる。 家はどこだったろうか、自宅というものをそういえば持ち合わせていないことに気がつく。そう、施設に住む予定だったのだ。しかし、どうしてか私はあそこと職場として解放するようなのだ。自分の行動を振り返って思う。よくわからない事をたまにやってのける、だけれどもそれは私だ。気がついていないだけの、生きるために生存獲得に勝ち続けた私。 とりあえず、守られた駅に別れを告げ…

  • ※2-5

    印刷所。カタコト。不規則な音声。 「一部ずつだとこちらとしては、販売することはできないですよ」 「では、何部からなら取り扱ってくれるのですか?」 「最低で五十」 「では、その数字で。ああ、別の文章でも印刷をお願いします」 「失礼ですけどね、こんなに少なくていいんですか?」 「ええ、十分。私が届けたい相手には伝わりますから」 「そうですか、はあ」 「納得していませんね。そこまでの説明が必要でしょうか?」 「あ、いや、そのいずれ、また印刷するんだったら、いっそのことねえ、だってどう見ても少なすぎる」 「不特定多数へ向けた提供を省いた。特定に人物にだけ行き渡るような配慮です。大量に刷り上げたからとい…

  • ※2-4

    一人である。 音がないようで、私は、自らの鼓動は常にリズムを刻んでいる。外側にばかり意識を向けるのは、もったいない。 味噌汁を啜る。けれどこれで自国民の気質を思い出すことはない。たんにそれはだって周知の事実、私が食べてきた習慣によるもので、決して受け継がれた国民性をどうしてそんなにも大々的に遺伝子に組み込まれた、刻まれたなんて言えてしまえるのか。 食べるのはいつも口にしてたからである。パンでも昔から食べていたら口を支配するのはそれなのだろう。 数分で食事を終えた。容器と包装を捨てて食器を洗う。 デスクに座って、メールの返信を打った。 「早急な対応に感謝します。見えている世界をあなたが望むままに…

  • ※2-3

    コーヒーを口にする。インスタントのコーヒーだ。短時間で水が沸く電気ケトル、私はキッチンに立って考察に耽る。便利の裏には失われた行動があって、生み出された余剰時間はおそらくは無意味で気にも留めない使い方に消費されると、私は思う。今日ここへ電車の車内で、前の席の男性二人が、レコーダーについて語っていたのを思い出す。二人の職業、業態は定かではなかったが、どうやら記者らしかったのだ。 昔は会見場ではメモを取った。しかし、すべてを書き出すことは困難なので、端的に単語や重要なワードだけを抽出し、それをメモした。だが、会社に戻り、記事を書き始めると、メモを見ただけで、会見の内容が頭に浮かんできた、覚えようと…

  • ※2-2

    見限った思想が良いだろう。悲観的も微かに備えて、それでいて破綻をしてない。流行に左右されず、一人を好む、何度が表と裏をひっくり返した経験もほしい、それでいて現在は真裏、表でも構わないが、比較的言動の少ない性質がほしい。私は、情報網を日本国内からあえて、施設近隣の地域に絞った。もう午後の夕方。高い窓から、電磁輻射のスペクトルでも限定された空にかかる橋のアーチの色、中でも施設に降り注ぐ入射角が小さいための長い距離によって他の色が吸収されて残った赤が床に落ちていた。検索対象はいくつかのコミュニティそれも限定的で非現実的、逃避よりもそれを楽しんでまた現実への帰還を繰り返している人物たちに絞り込む。しば…

  • ※2-1

    梱包された各種機器が施設に届く、そのつどサインを求められ、何度か彼らの反応を窺ったが、誰もが読めもしないサインに疑いすら持たないことを観測した。住所と運ぶ商品の一致がすべて、受け取る人物は誰でも良いらしい。住人になりすませたら、届いた荷物を簡単に受け取れる。 開業二日目。 設備が整い、ペットボトルの水を冷蔵庫から取り出すと、それをもってデスクについた。間仕切りのない空間にぽっかりと私とキッチンが空間占領の大部分。しかし、空間は五感以外の新たな法則によってしか、その存在を確認できない目に見えない微細な物質たちで埋め尽くされている。認識。これが通常捉えうる感覚をより高め、視野を広げる。狭まった装置…

  • ※1-3

    「噂を流すの?」 「写真は取れない。そこには想像が働く、しかも言葉による伝達には少なからず人を楽しませる装飾が必要になる。勝手に想像を膨らませてくれるのですから、こちらが流す情報よりも信憑性は増すでしょう」 「人手は?あなた単独作業ではいずれ破綻をきたすわ」 「そうですね。それは、こちらで対応します」 「あなた、どうやってここまで来たの?」私は思いついた質問を投げかけた。 「電車で。駅からは歩いて。どのような趣旨の質問ですか」 「汗かいてるからよ。車、もってないの?まさか免許もないとか?」 「必要性に駆られなかったですし、車両を保管する場所代と本体の維持費、価格に見合う価値を見出せなかっただけ…

  • ※1-2

    完成した建物の玄関を開け、室内に入る。音がない。真っ白、空気に色をつけたらおそらくこんな様子。すぐになくなる絵の具の作られた石灰石の白だ。 中央にキッチン。誰の発想だか、まったく、私は舌打ち。何を想定しているかは、私にも微かにわかる。しかし、正体、本質、目的は一切知らされない。それが組織を継続させる秘訣。私が捕まれば、そこから情報が流れる。要するにフェールセーフと使い捨て。 音もなく突然現れた気配を感じて私は振り返った。人が一人立っていた。入り口の前である。 「何が必要?」私は尋ねた。こっちを眺める人物がここを取り仕切るのだろう、私は完成直後の当該施設へ選出された担当者に建物の引継ぎの命を伝え…

  • ホワイトキューブの招致 ※1-1

    建設工事は着々と進行、作業の着手は一年前に遡る。 仏閣の破壊を嫌うので買い取り手がつかなかったらしい、建物と敷地を格安で手に入れられたのは、組織への私の貢献度はかなり高い。別に褒めて欲しいとは思わない。仕事だから、仕方なく尽くしてる。私のようなポジションの仕事が存在することが、そもそも不可解な事態である。また、それにもまして、私が施設の建設に関わっているなどとは夢にも思わない、かつての自分からは想像すらつかない。抜け出せないのだろうな、このまま。それもいいだろう。だって、戻れたとして、そこに居場所を見つけるのも一苦労だ、私を殺してまで、いられるとは到底思えない。まして、新たに居場所を作り出す労…

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