精神世界の研究試論です。テーマは、瞑想、冥想、人間の進化、七つの身体。このブログは、いかなる団体とも関係ありません。
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◎たちまちに死にはてて見る心こそかりに仏と名はつけにけれ至道無難は、江戸時代初期の禅僧だが、元は関ケ原の宿屋の主人にて、出家は40代と遅かったが、その悟境は、一休、大燈国師に引けをとらない。語録だけ読むと、禅の常として説明不足気味のがあるが、特に道歌は、時代を越えて直截に迫ってくるものがある。ころ(殺)せころせ我身をころせころしはてて何もなき時人の師となれ(『道歌集』)たちまちに死にはてて見る心こそかりに仏と名はつけにけれ(『道歌集』)いきながら死人となりてなりはてておもひのままにするわざ(業)ぞよき(『即心記』)月も月花もむかしのはなながらみるもののものになりにけるかな(『即心記』)※コメント;みるものと見られるものが一つになる。主(ぬし)なくて見聞覚知する人をいき仏とは是(これ)をいふなり(『道歌集』...至道無難の現実感
一度(ひとたび)は死なねばならぬ人の身と思ひて命の神を祈りつ
◎出口王仁三郎が無常を歌う昭和の大宗教家出口王仁三郎の歌集言華(下)から「無常」『無常春の日を咲きほこりたる山桜の一夜の嵐に散る世なりけり友垣と語らふ間さへ死の神のかげはその身を襲ひ入るなり青空の奥の奥まで澄みきりし日も夜の間に雨となるなり死の神の手にゆだねたる人の身を生き通しなる神にすがれよ生き生きて生きのはてなき命こそ天津御神の賜(たまもの)なりけり肉体はよし死(まか)るとも魂は幾万劫の後まで生きん栄枯盛衰常なき人の身にしあれば栄えの神を夢な忘れそ親しげに語り合ひたる友垣の一夜(ひとよ)さのまに訃を聞く世なり露の身のはかなき命を思ふかな若かりし友の訃を聞く夕べを若返り若返りつつ幾千代も生き通すなり神にある身は今日ありて明日なき命を持ちながら欲のかはきて人に憎まる風なきに桐の葉ひとり落つるごとはかなきも...一度(ひとたび)は死なねばならぬ人の身と思ひて命の神を祈りつ
◎中国に関する予言など中国が正常だった時代は、古代聖帝の堯・舜・禹の鼓腹撃壌の時代。それは、民が日が出れば耕作し、日が沈めば休み、井戸を掘って水を飲み、田を耕して食べる。皇帝の力など民に関係ないと民が語っていた時代。現代中国は、ITで全国民の思想、財産、居所まで管理し、歴史的に食料事情が厳しい上に、約1億人の共産党員が賄賂や投資で残りの約13億人を収奪している時代で、最近公務員給与の遅配まで報道されるようなり、暴動は多発し、鼓腹撃壌の時代は程遠い。鼓腹撃壌の時代とは、万人が善いことだけをして、悪いことはしない、そして誰もが嘘をつかず正直な時代。そういう風になれば中国にも聖人覚者が多く出てきて、ネオ鼓腹撃壌の時代が実現しようというもの。もっとも聖人覚者が多数出るには、宗教が保護され、精神的なものに価値がある...中国が正常だった古代と正常化の夢
◎霊魂と肉体の人為的分離ドルネウスの続き。『正しく理解されねばならないが故に、今、分離から始めよう。弁えておられるように、人はある期間にのみ生き、その後、おのずと、霊、魂、肉体へと分解する。肉体は、死に際し、分解し、腐敗する。そうして、肉体の自然の火、肉体の温もりはやみ、肉体の根本湿気の流れはやむ。そのとき、霊と魂は肉体を去り、肉体は大地に埋められる。そこで、腐敗過程を経て、基本要素へと風化し、要素それぞれは、四大へと帰還する。すなわち、大地は肉体の大地的部分を呑みこみ、水は液状部分を呑みこむ、というように。しかしながら、霊と魂はその源泉へと戻るが、永遠にその肉体から分離されたままであるべきではないがゆえに、後には、神の巧妙な計画により、以後は分離されることなきように、よりよき構成で肉体と再結合される。結...ドルネウスの脱身の次第-2
◎ニルヴァーナ突入後に肉体に生還する機序周辺心理学者C.G.ユングの弟子の本は浩瀚な錬金術書の知識がほとばしり、人格統合などという言葉がなければ、土くれから黄金を作りたいのか、精神病を治療したいのかわからなくなるほどである。そこで16世紀の錬金術ドルネウスを読んでみる。『読者が、混乱してしまい、事態全体に疑いを抱きはじめないように、ここで、ある種の区別を施すように注意を促さねばならない。私が魂なきものという場合、植物界、鉱物界のことを指している。つまり、草木や石や金属等の大地世界である。しかし、それらのものにも植物や鉱物の魂が存在する。それが故に、私の話題が生命なき物体(コルプス)であるとしても、自然界のすべてのものに、霊魂(スピーリトウス)、肉体(コルプス)が備わると信じる錬金術師達に反対する意図はない...ドルネウスの脱身の次第
◎ホムンクルス人形と手指、足指今年最後と思われる猛暑日が過ぎたかと思えば、もう秋分の日。最近のエクササイズ・メニューは、前回とほとんど変更がないが、なんと太ももに肉がついてきたのと膝周辺、腰周辺、股関節周辺に肉が付き始めて来た。理由は、きくち体操のやり方が根本的に変わったことである。つまり従来“漫然”とポーズをやっていたのを、長座時に意識でもって膝上の筋肉を繰り返し上側に引き上げ“続ける”。ほとんどのポーズで、肚に力を入れ“続ける”。この2ポイント。ポーズそのものより、この“続ける”ところがこつのように思う。きくち体操は、1年前はポーズを真似するだけで精一杯だった。それと腿上げ時にももが水平より上に上がらないのに気づいた。これは片足上げが鋭角にできないということ。さらに冥想で坐る前に、坐って両足首を持って...秋分のバランスと歩行改善と転倒防止エクササイズ
◎ダンテス・ダイジの性愛冥想からダンテス・ダイジは、射精をしたことのない男性はほとんどいないが、一方オルガズムを経験したことのない女性はかなりいる事実をまず指摘。よって、平たく言えば、男性の性愛の極致は射精だから生理的であり、一方女性のそれは心理的精神的なものに大きく支配されていると述べる。トランスは、ニルヴァーナ(宇宙意識)、悟りの入口ではある。阿片系統の麻薬使用は、男性の性能力は減退するが、逆に女性の性欲は亢進する由(ダンテス・ダイジ説。阿片服用で陰萎になる話は、それ系の書物で時々読むところではある)。『この潜在意識の作用の一つであるトランス状態は、人を脱我的陶酔へ導く入口であり、種々の仕方で誘発するトランスの中で薬物による肉体的トランス状態においても、なおかつ、その肉体性トランスを性的オルガズムに結...ニルヴァーナへの神秘修行者は男性が圧倒的多数の理由
◎アイデンティティと意識を抜き取られ、永遠の亡者になる朝顔違法ドラッグ、脱法ドラッグが以前より手に入りやすくなっているようだが、そうしたものに手を出すのは人生を棒に振る危険も死に至る危険もはらんでいる。植物だろうが、化学製剤だろうが、向精神薬は、用量を誤ると死に至るものが多い。「ドラッグ・シャーマニズム/ジム・デコーン/青弓社」にも用量を誤って死んだ学者やパイオニアの話が沢山出ている。冥想修行も向精神薬も精神を操作するということでは同様であり、相応の危険性があることは言うまでもない。奥山で見つけた見目麗しいきのこが毒キノコであるかどうかは、素人にはわからないように、自分が悟っていない限りその人物が大悟覚醒しているかどうかわからないということはある。そしてまた同じ用量でも効果に個人差があることは知られている...自分自身を経験する新しい方法
◎サマディは日常意識の近くにあるが、到達、維持は難しいサンフランシスコ州立大学の学生ジム・デコーンは、27歳で最初のLSDトリップで見神したようだ。残念ながら、彼はそれ以上の体験とはいえない体験を求めて、以後20回以上のLSDトリップを行ったが、最初の体験に匹敵するものはなかった。具体的には、地獄体験、アストラル・トリップ、共時性体験、前世体験(18世紀の誕生から老年を経て死まで)、物体の念力移動、他次元の戦士の世界への旅、「おまえが責任をとるのか?」という声(ハイアーセルフの声?)などの、悟りとは言えない体験に止まった。以下引用文は、最初のLSDトリップでの見神時と思われる体験の記述。『その頃私は、東洋宗教に強い関心を持っていた。そのためか意識の上にドラッグの効果が現れると、サマディ(深瞑想)としか形容...ジム・デコーンの見神体験
◎エネルギーとしての意識笹目秀和の出会った超能力みたいなものは、白頭山で200歳のリョ神仙に出会ったこととテレパシー通信したこと。崑崙山脈で500歳の疏勒神仙に出会ったことと肉体でトラック並みの大型鶴(鶴仙)に乗って崑崙山中を何十キロか高高度を飛行したこと。リョ神仙宅にも疏勒神仙宅にもラジオも新聞もないが、ヒトラー、スターリン、ムソリーニを悪玉の中心人物の一人として天眼通にて承知していたこと。また両神仙は、宿命通にて、笹目秀和の人生全体のディテールを、その死に至るまで承知していたこと。このような超能力は、真正の覚者には普通にあることである。ただし、両神仙など覚者の世界観人生観は次のようなものであるように思う。1.人間の精神は物質的存在を超越する。したがってわれわれは多次元的存在である。2.自我は精神の中核...現実としての超能力と現実認識の実際
◎飢饉の予言キリスト到来以前は、世界にパンはなかった。ドイツ人も最初じゃがいもを食べなかった。フィリポによる福音書から。『キリストが到来する以前には、世界にパンは存在しなかった。アダムがいた楽園と同じように、そこ(世界)にはたくさんの木々があったが、動物たちの食べ物としてであった。そこには人間の食べ物としての小麦は存在しなかった。人間は動物たちと同じようにして自分たちを養っていたのである。だが、キリスト、とはすなわち完全なる人間が到来したとき、彼は天からパンをもたらした。それは人間が人間のための食物によって自らを養うためであった。』(ナグ・ハマディ文書2福音書/荒井献/〔ほか〕訳/岩波書店P60から引用)これは単純に主食の変化による肉体の変化を言っているのだろうが、イエスキリスト在世当時の人に理解できたの...主食として芋を食べる話
エミー賞『SHOGUN 将軍』作品賞・真田広之主演男優賞など18冠達成
◎見返りを求めない行動、これをZENという『SHOGUN将軍』エミー賞おめでとう。受賞の深因は、アメリカ人が求めるZENを、このドラマ・シリーズ全体に流れる個人的には自害のような大事でも「見返りを求めない行動」として淡々と行っていくところに発見したからではないか。『SHOGUN将軍』の特徴は、キリスト教では禁じられている自害が10例ほどはああるのだが、あろうことか誰もがそれを主君の命などを受け淡々とこなしていること。イギリス人航海士の按針は、最初は理解し難く、驚いたり怒ったりしているが、最後はそれを骨身に染みて理解するほどまでになる。それが西洋と東洋の融合であった。鞠子のモデルは、逆臣明智光秀の娘細川ガラシャだが、その何重にも抱えた重層的不条理が、薙刀での立ち回りの虚無性を増幅させ、生きること自体の困難さ...エミー賞『SHOGUN将軍』作品賞・真田広之主演男優賞など18冠達成
◎言葉で語れないニルヴァーナ、白髪の子トマス福音書から、『一七イエスが言った、「私はあなたがたに、目がまだ見ず、耳がまだ聞かず、手がまだ触れず、人の心に思い浮かびもしなかったことを与えるであろう』(ナグ・ハマディ文書2福音書/荒井献/〔ほか〕訳/岩波書店P24から引用)これは、言葉で語れないニルヴァーナのことであり、出口王仁三郎の次の歌と同じ。耳で見て目できき鼻でものくうて口で嗅がねば神は判らず耳も目も口鼻もきき手足きき頭も腹もきくぞ八ツ耳(出口王仁三郎)『一一イエスが言った、「この天は過ぎ去るであろう。そして、その上(の天)も過ぎ去るであろう。そして、死人たちは生きないであろう。そして、生ける者たちは死なないであろう。あなたがたが死せるものを喰う日に、あなたがたはそれを生かすであろう。あなたがたが光にあ...目がまだ見ず、耳がまだ聞かず、手がまだ触れなかったこと
◎終りのラッパの響きとともに、またたく間に、一瞬にして変えられる神の国を継ぐとは、大悟覚醒のことであって、天国的なものを超えるということ。朽ちるものとは、天国的な幸福。朽ちないものとは、天国も地獄も越えた幸福。終りのラッパの響きとは、家族、恋人、金、地位、名誉など自分と自分に属するあらゆる宇宙と別れを告げること。その時に起こるのが、人は朽ちない者によみがえらされるということ。一瞬にしてそれが起こるということは、徐々に起きるイベントではない。個人が宇宙全体として逆転するのだ。これは、有の方の悟りだが、なかなかこの説明は理解しにくかっただろうが、一方これを書いた使徒パウロはわかっていた人だった。以下新約聖書コリント人への第一の手紙15:50~54。『兄弟たちよ。わたしはこの事を言っておく。肉と血とは神の国を継...死ぬものが死なないものを着る
◎薔薇十字団の流れは、現代でも継承されている17世紀に勃興した薔薇十字団は、17世紀末までには消え、入れ代わるようにフリーメーソンが登場した。フリーメーソンは、欧州全域で最初からフリーメーソンとして活動していたわけでなく(発祥は1717年イギリスとされる)、ドイツでは、イルミナティ啓明結社が中心となり、ゲーテが『ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代』でフリーメーソンの理想郷について触れ、モーツァルトは、『フリーメーソンのための音楽』や『魔笛』を書いた。18世紀末ドイツのイルミナティ壊滅後は、残党はフランスに流れ込み、ロベスピエールのジャコバンクラブ結成の基盤となった。ロベスピエールの父は熱心なフリーメーソンだった。19世紀後半に薔薇十字団はパリ中心に復活し、イギリスでは、黄金の曙と改称し、詩人のイエイツ、作...薔薇十字団とフリーメーソンと米ロ
◎クンダリーニのエネルギー・コードが中心太陽に突入する中世錬金術書の哲学者の薔薇園の図版に『緑の獅子が太陽を食べる』イラストがある。緑の獅子とは、ヘルメスの金属であって水銀(錬金術書逃げるアタランタの図版37)。つまり緑の獅子とは、クンダリーニのエネルギーコードのことである。よって『緑の獅子が太陽を食べる』とは、クンダリーニのエネルギー・コードが中心太陽に突入する寓意である。種村季弘によれば、獅子の口は、死の口であり、再生のためには死に飛び込まねばならない(黒い錬金術/種村季弘P236)。緑の獅子の獅子の口から血がしたたり大地に落ちているのは、再生の意図。インドでは、クンダリーニ・ヨーガは再生を展望しないが、西洋錬金術では再生もありなのだろうか。C.G.ユングは、人間が穴に落ち熊に襲われる夢を材料に、『熊...緑の獅子が太陽を食べる
◎実は人間は人に騙され続けている出口王仁三郎は、だまされる被害者は心の中に悪と欲と利己心が充満していると指摘した。もう一つの見方がある。『人間は人に騙され続けている』のが自分ということと、誰にも騙されない自分があるということが両方とも存在するというもの。水平の悟りにあっては、何者にも騙されない自分と人に騙され続けている自分を両方もって生きている。その片側を指して『実は人間は人に騙され続けている』と云う。一方、何者にも騙されない自分とは、鎌倉円覚寺の開山無学祖元やスーフィの聖者ホセイン・マンスール・ハッラージのように、首をちょん切ると脅しても譲らないで、ああ切るなら切れ、これが真実だと言う場合。無学祖元は、鎌倉円覚寺の開山。中国の温州(浙江省)の能仁寺に住していたとき、南宋攻略で、モンゴル兵が寺に侵入し白刃...ネット詐欺横行と強欲な人-3
笹目秀和がシベリア抑留列車から一旦脱走したが、自ら列車に戻る
◎人間としてのどうしようもなさは、個人の天命と裏腹笹目秀和は、シベリア抑留列車がハイラル駅(現在の中国内モンゴル自治区)の停車中にソ連兵の警備をかいくぐって一旦脱走に成功したが、自分一人だけが楽な思いをすることをあきらめて、なんと自分で列車に戻っていった。さて1945年日本に帰還する列車だとソ連に騙されて、笹目秀和は興安駅からシベリア抑留列車に乗車。列車がハイラル駅に入ったことで、日本に向かっていないことに気がついた。そこでハイラル在の20年来の友人の中国人を頼って、ハイラル駅で脱走しようと笹目秀和はチャンスをうかがっていた。列車はハイラル駅に停車した。『やがて扉の外鍵を外し”オボルニー"と、警備兵が叫んで、次々に各貨車を同じようにして過ぎてゆく。あッ!これは警備兵の多くは寝ていて、一人が各貨車を回って鍵...笹目秀和がシベリア抑留列車から一旦脱走したが、自ら列車に戻る
◎人にだまされる者は、心の中に悪と欲と利己心が充満している出口王仁三郎は、ネット詐欺にだまされる人は、心の中に悪と欲と利己心が充満していると、厳しく指弾している。最近ではほとんど誰もそのようなことは思いつきもしなくなった。出口王仁三郎は、まず人間の想念及び情動は、発する声音に現はれ、皮膚に現はれるものであるとする。よって、心に悪なく欲なく、善の徳に充たされた人は、相手の一言一語で腹のドン底まで見抜けるので、だまされることはない。一方、心に悪と欲と利己心が充満している人は、情動は鈍り智性は衰え、意思は狂い、容易に相手の心中を見透かす事はできないので、だまされるのだと説明している。これは、(詐欺で)だまされた被害者側の問題点を挙げているので、ほとんどの日本人から見れば、非常識で極端な説に見えるかもしれない。だ...ネット詐欺横行と強欲な人-2
◎出口王仁三郎の罪人橋最近ネット詐欺など、人に騙される話が多い。ところがその被害者は一般に善人であるという前提に立っているが、被害者が詐欺にあったことで、逆恨みし、神も仏もあったものかと神仏を離れ、地獄への道を進む者がいると、出口王仁三郎は注意している。そうした被害者でもそんな悪の道に入ると、その地獄から娑婆に戻るには、大きな川にかかっている細い長い橋を無事に渡らねばならない。この橋を罪人橋という。出口王仁三郎は、罪人橋を渡らねばならぬ人は、そもそも自分の強欲と不注意によって損害をこうむったのだが、それを棚に上げて、神仏を逆恨みすることがあるという。最近は、何も悪いことをしていなくても、システムや法律、手続の不備をついて、詐欺を行う人間が出てきている。そうした犯罪に遇う人間には何の罪もないのではないかと思...ネット詐欺横行と強欲な人-1
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