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トランスジェンダーの息子と歩む https://stepbystepftm.hatenablog.com/

もし、お子さんからカミングアウトされたら、あなたはどうしますか?私が息子(当時は娘だと思っていた)からカミングアウトを受けた日からの戸惑い、迷い、苦しみ、そして明るい未来に向かって踏み出すまでの日々を赤裸々に綴った親目線のブログです。

もしも、いま同じ立場のお父さんやお母さんがいたら、どうかお子さんの声に耳を傾けてあげてください。まずは真剣に話を聴いてあげてください。また、告白を受け入れてもらえずに暗闇の中にいる当事者の子供たちがいたら、どうか、ご両親へのカミングアウトを1回だけであきらめないで。親も受け入れるのには時間がかかります。根気よく伝え続ければ、きっとその思いは届くはず。どうか命を大切にして。

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2022/10/21

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  • ホルモン治療【第十一章】

    息子はジェンダー外来に通い始めた。 ホルモン治療が開始されれば、月経が止まり、声が低くなり、毛が濃くなり、男らしい身体へと変化していくことになる。 ただ、ホルモン治療が開始されるまでには、なかなかの手続きが必要だった。 まずは、性同一性障害であることの診断書をもらわなくてはならない。 そこで、数少ないジェンダー外来を探して、通い始めた。私たちの住む街にはそういった病院はなかったので、電車で一時間以上かけて。 息子の通うジェンダー外来では、本人の性自認が男性であることを確認するため、幼少期から現在までの自分史の作成、その当時の写真の提出、本人からの聞き取り等が何ヶ月にも渡って行われた。 性同一性…

  • 私の誓い

    これからの進む道がはっきりしてきたおかげで、息子はすっかり明るさを取り戻した。 でも、医師からは、一度発症したこころの病気は、その原因を取り去ったとしても、すぐに完治するものではなく、時間をかけながら少しずつ改善していくものだと聞かされていた。 息子も例にもれず、時々、精神が落ち込んだ。 これからホルモン治療を始めたとしても、息子の身体は完全に男性に変身できるというものではない。 声が低くなり、髭も濃くなるが、現在の骨格が変えられるわけではなく、身長も足のサイズもこのままだ。 どんなに頑張っても男性になりきれるわけではない自分自身の姿を思い、時折り悲しみが襲うようだった。 「いっそ身体はそのま…

  • 両親の決断

    ※※※※※ 前章の「母の覚悟」の決意により、この先は娘のことを「息子」と呼んでいます※※※※※ 自分の娘から「俺は男だ」と告げられる父親の心境を思うと、それは母親が受ける以上の衝撃かもしれない。 あの子は私たち夫婦にとって最初の子どもだった。 初めて我が子に対面した時の「かわいい〜」と顔をくしゃくしゃにして喜んだパパの顔を私は今も忘れられない。 女の子は父親にとって何よりも愛おしい存在なのだ。初めて口にした言葉も「ママ」じゃなくて「パパ」だったとパパは自慢気だった。(赤ちゃんは「マ」より「パ」の発音がしやすいだけだという説を聞いたこともあるが、それはさておき) とにかく喜んでいた。でも、「パパ…

  • 母の覚悟

    私は、娘のカミングアウトを受け入れた。 それは、あの告白のLINEだけのせいではない。 〈詳しくは『カミングアウトの日』〉 この半年、私は我が子の命を失うかもしれない生と死のギリギリラインを何度も見てきた。 娘は全身全霊、身体を張って、性同一性障害を私に訴えてきた。 そのエネルギーに押されたからかもしれない。 そう、そのくらいのパワーで訴えて来なければ「性別を変える」などというこんな高いハードルは跳び越えることはできなかったかもしれない。 親も子もそれこそ命懸けだ。 〈詳しくは『苦しみの泉 』〉 それからの私は必死にトランスジェンダーについての情報を集めた。 最近、よく耳にするようになったLG…

  • 出会いと大きな光

    娘は一ヵ月の入院生活となったが、そこで出会った主治医の先生が娘の心を救ってくれた。 その医師は性同一性障害の施設で働いた経験があり、その道にも詳しかった。 娘が胸の内を伝えると、とても親身になって相談に乗ってくれたのだそうだ。 性同一性障害のカウンセリングで、まず最初の一歩として医師が勧めるのは、服装を男モノに変えてみることなのだそうだ。 「でも、もう君はやっているね」 そして、次は髪を短くして男の子のようなヘアスタイルにしてみることだそうだ。 「でも、もう君はやっているね」 次は、男モノの下着に変えてみようと提案し、少しずつ男の子のスタイルに近づけていくのだそうだ。 「でも、それも、もう君は…

  • 苦しみの泉

    カミングアウト、今日のこの日にいたるまで、娘は相当な苦しみを抱えて生きてきた。 カミングアウトの日 - トランスジェンダーの息子と歩む 半年前から学校にも行けなくなり、自分の存在を否定し、自分で自分を傷つけるようになった。 スクールカウンセラーさんからは自傷は死ぬためではなく、生きるためにすることだと教えられた。 自傷することで、脳内麻薬が分泌され、その瞬間は苦しみから解放されるのだそうだ。 精神が正常な状態にある人間からは想像もつかない行為であり、甘えだとか、かまってほしいからだとか、勘違いされがちだが、傍にいた私から見ると、その行為はまるで苦しみの泉に溺れもがいているときの息継ぎのように思…

  • 不登校

    --カミングアウトの半年前 高校2年の夏を過ぎた頃から、娘は学校に行けなくなった。 電車で学校に向かう途中、駅のトイレの中で涙が止まらなくなった日を境いにして、娘は学校に行けなくなった。 ぜんまい仕掛けのオルゴールの音色が途切れ途切れになり、やがてカチッと止まったような感覚だった。 「行きたくない」と言いながらも出掛けて行き、 「かえりたい」とラインが来る日々。 学校に行くのがしんどそうな子どもの姿を見るのは本当に切ない。 肩を落として出掛ける子どもの背中に向かって、 「いってらっしゃい」と声をかける苦しさ。 「休んでいいんだよ」と声掛けしても、オルゴールの音色が途切れ途切れの間は、娘はギリギ…

  • カミングアウトの日

    あの日、娘はLINEでカミングアウトして来た。 やはり直接には言いづらかったのかもしれない。 娘の部屋と私のいる寝室は廊下を挟んで向かい合っていた。扉を開ければ、すぐに対峙できる状況であったが、あえて向き合うことはしなかった。 まるで誰も存在しないかのような物音ひとつしない娘の部屋から、私のスマホの表面にだけ言葉が滑り込んで来た。 「俺は性同一性障害だと思う」 「母ちゃんは俺のこと女だと思ってる?」 「俺は男になりたい」 「ホルモン注射を打って、胸もなくしたい」 「将来的には戸籍も変えたいと思ってる」 夜中の午前0時を過ぎた頃だった。 きっと勇気を振り絞って送って来たに違いないこのメッセージに…

  • 子育てで感じた違和感(その7)

    ★娘の思い 娘が高校生だったある日、家族で旅行に行った先で急に生理になってしまい、宿泊先の寝具を汚してしまったことがあった。 そのとき、あの子は自分のスマホを投げつけて、 「オレは好きで生理なんかになってるんじゃねー!」 と叫んで涙を流した。 立ち尽くして俯いたまま肩を震わせて泣いているその姿は、なんとも哀れで、思わず抱きしめずにはいられなかった。 この子が女性であることをこれほどまでも受け入れられずにいる姿を目の当たりにし、 私もどうしていいかわからなくなった。 これまでも女の子なんだから生理の記録をつけるようにと促したことがあったが、娘はまったく聞く耳を持たなかった。 生理の話は殊に無視さ…

  • 子育てで感じた違和感(その6)

    ★中学校生活娘は中学校に入ると「強くなりたいから」と剣道部に入部した。 髪を思い切り短くし、完全ショートヘア姿になった娘はますます男子っぽくなった。 髪を切るときには美容室ではなく、理容室に行き、「何ミリ」という単位でバリカンで髪を刈り上げるようになった。 学校内で一番厳しい部活に所属した娘は、毎日欠かさず1500本の素振りをし、やがて筋肉がつき、腹筋も割れてきた。 それまでは服装に頓着がなかったため、洋服は私が買って来ることが多かったが、 やがて、レディースの服は嫌がるようになり、メンズ物だけを受け取るようになった。 でも、厳しい部活のおかげで、ほとんど毎日、朝から晩まで体育着で暮らすように…

  • 子育てで感じた違和感(その5)

    ★暮らしの様子 娘が小学生の頃は、近所の友達といつも忍者ごっこで盛り上がっていた。 折り紙で手裏剣を何十個も作り、刀を腰に差し、庭中を駆け回っていた。 幼稚園の制靴が草履だったせいで、すっかりその履きやすさが気に入った娘は、その後、高校生まで、普段履きはいつも草履だった。 娘はマリオやマリオカート等のゲームも好きで、テレビゲームやDSでもよく遊んでいた。 でも、当時、女の子たちの間で大ブームになっていた「どうぶつの森」や「ともだちコレクション」なるゲームには全く興味を示さなかった。 ジャニーズなんかのカッコいい芸能人やアイドルにも全く無関心だった。 思春期の女子たちがお洒落に目覚める頃、ウチの…

  • 子育てで感じた違和感(その4)

    ★学用品 小学校のときには、よく学年ごとに集団購入させられる学用品というものがあった。 チラシが配られて、その中から好きなデザインのものを選んで注文する。 習字道具セット、彫刻刀セット、裁縫セット、手作りエプロンキットなどなど。 そんなとき、娘はいつも男の子用のチラシから選んでいた。 そこに違和感を感じなくはなかったけれど、 はっきり言って、キラキラしたラメやピンクが散りばめられた派手なデザインより、 娘の選んでくるメンズシリーズは、 一匹のシャチの柄だったり、スポーツメーカーのロゴだったり、単純な幾何学模様だったり、シンプルかつスッキリしたデザインのものが多く、 私にもむしろそっちの方がいい…

  • 子育てで感じた違和感(その3)

    ★言葉づかい娘は、小学5年生の頃から、言葉遣いが変わった。 自分のことを「オレ」と呼ぶようになった。 私の呼び方まで「ママ」から「母ちゃん」に変えられてしまった。 もちろん「パパ」も「父ちゃん」だ。 スーパーで買い物をしていると、遠くから「かあちゃーん、かあちゃーん」と聴こえてくる。周りのお母様方がクスクスしている(ような気がする💧) 「私は『ママ』ですから」という顔で買い物を続けていたけれど、近づく我が子。 そう、私は「かあちゃん」になったのだった。 『ママ』が封印されてしまってから10年。 『かあちゃん』の言葉が聴こえると条件反射で振り向ける実力がついた。 でも、私はいまだ自分自身の第一人…

  • 子育てで感じた違和感(その2)

    ★キャミソール 娘は女性用下着というモノを これまで一度も身につけたことがない。 第一次性徴期、第二次性徴期、 胸も膨らみ始めるかなという頃、 「そろそろブラジャーとかどうかな」 と提案したが、聴こえない振りに終わった。 小学5年生の林間学校のときも、 小学6年生の修学旅行のときも、 「みんなも着けてるから、 そろそろ着けてみない?」との私の提案に、 「やめてくれ!!」の一蹴だった。 中学校の修学旅行では、 もうさすがに着けさせなくてはと思い、 「ブラジャーが嫌なら、 せめてスポーツブラとかどうかな?」 と提案したが、 「絶対にイヤだ!」と猛反撃。 中学校2年生のとき、 学校で行われた修学旅行…

  • 子育てで感じた違和感(その1)

    ★クリスマスプレゼント 私の娘は、 サンタさんにいわゆる女の子が欲しがるような プレゼントをお願いしたことがない。 小学生だった娘は、 ある年は「ラジコンカー」ある年は「トランシーバー」ある年は「忍者セット」ある年は「ラジコンヘリ」 サンタさんがそれを無視して、「毛糸の機織り機」をプレゼントしてしまったことがあった。 娘は「サンタさんが間違った」としょんぼりとプレゼントを私に返して来た。 「あら。素敵な機織り機じゃない?」と フォローしてみたが、見向きもされなかった。 親からもらった(もとい、サンタさんからもらった)プレゼントを子どもが悲しむ姿ほど 親にとってがっかりなことはない。 プレゼント…

  • 可愛い女の子

    娘は小学校高学年の頃から、自分のことを「オレ」と呼ぶようになっていた。 可愛いオシャレには全く興味を示さない。 中学生になると、これ以上は短くできないくらいのショートヘアになった。 他人から見れば、私の娘はすでに男の子だったかもしれない。 外出先でもよく男の子に間違われた。 そして、なぜかそのことを本人はとても喜んでいるように見えた。 でも、私は、それを我が子の生き方、 たとえば宝塚の男役のようなカッコいい女性の生き方のように捉えていた。 娘はたしかに男の子っぽかったが、 私たち親にとっては紛れもない女の子だったのだ。 親バカながら、娘は可愛い女の子だった。幼少期は特に可愛いかった。 いつも髪…

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