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2021/10/07

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  • 空を翔べ!

    『空を翔べ!』という詩を書いたのは、三十代後半だった。テレビで鳥の巣立ちのドキュメントをやっていたのだが、それを見ている時に、湧いてきた言葉を書きとめたものだ。曲は19歳の頃に作ったものを充てた。この歌、過去に何度かブログに上げたことがあるのだが、いつもすぐに消してしまう。今回上げることにしたのは、その時にこの歌を聴いたある方から、「あの歌を聴きたい。あれを聴くと元気が出るから上げてくれ」と頼まれ、それで上げることにしたのだ。空を翔べ!漠然と思い浮かべてた大切な一日が今日風に乗っておれのもとにやって来た空には大きな雲が雨はおれを叩きつける悪いことを考えている「出来るんだ。空を翔べ!」運命の一日だと誰かが言ったおれの人生は今日にかかっているんだ今までやってきたことはすべて正しいと信じるんだ決して逃げ出しては...空を翔べ!

  • 気配4

    【9】昨日話したとおり、新しい団地に引っ越したばかりの頃は頻繁に金縛りに遭っていた。遭う前には決まって「パシッ」というラップ音が聞こえた。『あっ、来た』と思っていると、体が動かなくなるのだ。こういう状況が週2度ほどやってきた。しかし、体が慣れてきたのか、気配のほうが飽きたのか、時間が経つにつれて、その周期はどんどん長くなっていき、5年過ぎた頃にはほとんど遭うことがなくなった。【10】昭和の終わり頃にはほとんど金縛りに遭わなくなっていたのだが、平成に入ってから間もなく、再び金縛りに襲われるようになった。きっかけは知人からもらった犬の置物だった。その置物は金属製でズッシリと重く、高さは20センチほど、黒っぽい銀色をしていた。犬というよりも狼に近い容貌だった。それを家に持って帰っている途中に、階段を踏み外しそう...気配4

  • 気配3

    【5】昭和58年春。二階長屋を多層階の団地にするというので、一時的に引っ越すことになった。階段の謎を解き明かそうと思い、取り壊している家を何度か訪れた。しかし、気配の正体は姿を現わさなかった。【6】昭和59年春。建て替えが終り、新しい団地に移る。それ以来、ぼくと母は頻繁に金縛りに遭うようになる。【7】昭和61年。二階長屋時代にぼくの家があった場所は、建て替え後駐車場になっていた。そこでの話だ。一人のじいさんがやってきて、おもむろに塩を撒き始めた。ぼくが「何をやっているのですか?」と尋ねると「あんたには見えんのですか?」と言った。そのじいさん、一ヶ月後に死んだらしい。【8】昭和62年。その年の夏、ある誤解が原因で上司に疎まれ、左遷の憂き目に遭う。涼しい内勤部署からクソ暑い外回り部署に異動になったのだ。ぼくは...気配3

  • 気配2

    【2】昭和47年秋、その気配の正体ではないかと思われるものに遭遇した。中学生の頃だったな。居間で昼寝をしていた時に玄関の扉をトントンと叩く音がした。誰だろうと思いながら目を覚ましてみると、そこにぼくの顔を覗き込んでいる人がいた。胸に大きな名札をつけモンペをはいた婆さんだった。誰だか思い出せない。というか、知らない人だ。ということは『夢だ』と単純でのんびりした性格だった当時のぼくは思い、また目を閉じた。しかしおかしい。玄関のトントンはずっと続いているのだ。『やはり夢じゃないのか』と再び目を開けてみると、まだそこに先ほどのモンペ婆さんが立っている。起き上がって「誰だ!?」と言おうとした。ところが体が動かない、声が出ない。その状況にイラついたぼくはそのモンペ婆さんを振り払おうと力任せに手を振った。その瞬間場が変...気配2

  • いま(2010年10月12日記事のリライト)

    いま→http://1565f184a5e066b.main.jp/128/いま.mp3いま、いやな時が続いています。早くここから抜け出したいのです。時の続く限り少しの夢が欲しいのですが、時は冷たく過ぎ去っていきます。いま、いやな雨が降り続いています。もう傘には穴が開いているのです。ちょっとだけ傘を直す時が欲しいのですが、雨はいつまでも降り続いています。いま、いやな時が続いています。そして時は冷たく過ぎ去っていきます。音楽や詩をやっていた人の多くは、一度はビートルズにハマったことがあるようだ。ぼくの周りもそんな人ばかりだったし、ぼくもその一人だった。ぼくがビートルズにハマったのは、比較的遅く、高校3年の春だった。それまでビートルズで知っている曲は10曲に満たなかった。そんなぼくがビートルズに目覚めたきっか...いま(2010年10月12日記事のリライト)

  • 気配1

    【1】階段の怪人がジイっとこちらを伺っている来る日も来る日も飽きもせずにジイっとこちらを伺っているたまに足を踏み外すのかときおりギイっという音がする昭和34年に引っ越して以来、ずっとこの地区に住んでいる。最初に住んだ家は、県営の二階長屋だった。当時この町内には二階建ての家などなかった。そのためいろんな人が、ぼくの友達だと言って訪れてきて、うちの二階からの風景を楽しんでいた。家の構造は、一階が6畳程度の台所兼居間とトイレと風呂、二階が6畳と3畳の和室だった。もちろん二階に上がるため階段があったのだが、その階段がわりと急で、よく足を滑らしては落ちていたものだ。さて、そこに移り住んでから何年か経った頃、そうぼくが幼稚園に通い出した頃から、その階段にちょっとした異変を感じるようになった。誰もいないのに階段を誰かが...気配1

  • 仕事帰りの怪人

    昨日と同じ頃の話。いつものようにぼくは自転車に乗り、その道を通って家に帰っていた。昨日の場所から二百メートルほど行った県道沿いの歩道に、えらく雑草が生茂っている場所があるのだが、ちょうどそこを通っている時だった。草むらの奥から、何か気配がするのを感じたのだ。それは微妙なものではなく、かなり強い気配だった。そこでぼくは自転車を降りて、草むらを調べてみた。するとそこに人の足があった。『誰か倒れている』そーっと草むらをかき分けてみると、そこに年齢50歳ほどの作業服を着たおっさんが倒れていた。さらにそこから2メートルほど離れた所に、おそらくおっさんが乗っていただろう自転車が転がっていた。ぼくは「おいちゃん。おいちゃん」と声を掛けてみた。しかし返事がない。「おいちゃん、おいちゃん」更に声を掛けてみた。やはり返事がな...仕事帰りの怪人

  • 仕事帰りの怪事

    小倉で勤めている頃、通勤にJRを利用していたのだが、家から最寄り駅である黒崎駅までは自転車で通っていた。ある日の帰り、ある場所にさしかかった時だった。突然頭痛に襲われたのだ。「何でこんなところで痛くなるんかな」と思いながらも自転車を漕いでいくと、今度はズシンとした衝撃が体中に走った。おかげで更に頭痛は酷くなった。さすがに自転車を漕いではおれず、ぼくは自転車から降りた。しばらくそこで休んでいたのだが、ふと下を見ると、自転車の前輪辺りに高さ15センチほどの道標のようなものが、地面から出ているのに気がついた。「なるほど、これに衝突したのか」しょっ中そこを通っているのだが、それを見たのは初めてだった。『何だろう?』と思ったが、暗くてよく見えない。『仕方ない。今度昼間にでも確認しよう』ということで、自転車を押してそ...仕事帰りの怪事

  • 春一番

    gooブログに引っ越した当初に上げていたものですが、リンクを貼り替えました。春一番(https://1565f184a5e066b.main.jp/128/春一番.mp3)顔を洗って、風が肌を潤すとき誰かがささやく、変わったねあなたもうん、もう春だもの春一番、ほらもう冬を忘れてる風の光に白い山が笑うとき誰かがささやく、長くなったね髪もうん、もう春だもの春一番、ほらもう冬を忘れてる温かい風に川の水も温むとき誰かがささやく、変わったね声もうん、もう春だもの春一番、ほらもう冬を忘れてる春風がまわりの冬を追い払うとき誰かがささやく、どこに行くの冬はあなたのいないところに春一番、ほらもう冬を忘れてる春一番

  • 時代劇

    ぼくが小さい頃は、テレビで時代劇をよくやっていた。そのせいもあって、ぼくはけっこう時代劇ファンだった。『隠密剣士』の大瀬康一に憧れ、『琴姫七変化』で松山容子を好きになり、『旅がらすくれないお仙』の大信田礼子に鼻の下を伸ばしていた記憶がある。そういえば、その頃『水戸黄門』なんかもやっていたのだが、今の「人生楽ありゃ、苦もあるさ~♪」のシリーズではなく、三波春夫が主題歌を歌った月形龍之介主演のやつだった。そのため、初めて東野英治郎の水戸黄門を見たときは、違和感を感じたものだった。ぼくの時代劇好きはその後、中村敦夫の『木枯し紋次郎』、中村梅之助主演の『遠山の金さん』『伝七捕物帳』、藤田まことの『必殺シリーズ』まで続く。必殺シリーズは20代までやっていたので、時代劇を見ていたのもその頃までだ。その後は、あまりテレ...時代劇

  • 素浪人月影兵庫

    最近、PrimeVideoの東映チャンネルで『素浪人月影兵庫』を見ている。小学生の頃にテレビでやっていた時代劇で、主役の近衛十四郎が友だちのお父さんによく似ていたため、親近感がわき、その頃は毎週欠かさず見ていたものだ。その頃の時代劇というのは、けっこうシリアスなものが多かったが、『素浪人月影兵庫』やその後の『素浪人花山大吉』はコミカルな時代劇だった。その面白さを覚えていたので、つい見てしまったわけだ。普通の時代劇では、侍は「拙者、御主」と言うが、ここでは「わし、あんた」、この言い方に妙に親しみと新鮮みを感じる。また、焼津の半次(品川隆二)との絶妙なやり取りに、改めて面白さを発見する。主題歌や劇中の音楽なども見始めはすっかり忘れていたが、何度か聞いているうちに、記憶が蘇ってくる。・・など、そういった理由から...素浪人月影兵庫

  • 老化

    昨日書いた、本をめくる時に指をなめる行為だが、ぼくは昔からそういうのを見ると、「汚い癖だなあ。もっと本を大事にしろよ」と思っていた。ところが、あれは癖でも何でもない。昨日書いたように、指に湿り気がないから、ページをめくれないのだ。それを知ったのは、つい最近のことだった。スーパーで買い物に行った時のこと。レジをすませたあと、買った物をビニール袋に入れようとしたら、指が滑って開けることが出来ない。嫁さんに「おい、この袋、ツルツル滑って開かんぞ」と言うと、嫁さんは「ああ、ちょっと貸して」と言って袋を取り上げると、いとも簡単に開いた。「何かコツでもあるんか?」「コツなんかないよ」「じゃあ、何でおれがやると開かんのか?」「それはね、老化」「おれが老化したとでも言うんか?」「年取るとね、肌が乾燥して湿り気がなくなって...老化

  • ピックがつかめない

    四年ぶりにギターの練習をしているのだが、いっときギターを握っていなかったために、手がギターに馴染まない。指先の硬さなどから考えると、満足に弾けるようになるまでには、けっこう時間を要しそうだ。とはいえ、そういうことは時間が解決してくれるだろう。ところが、ここで新たな問題が起きた。それは、ピックがうまくつかめないということだ。ギターを弾いている最中にピックがツルツル滑ってしまい、演奏が安定しないのだ。そのためにリズムが狂ったりすることもあるし、ピックが指から離れて落ちてしまうこともある。ギターを愛する者として、これは大きな問題である。『なぜこんなことになるんだろう』と考えていた時、ふとあることを思い出した。それは、本をめくる時に指をなめる人のことである。指をなめるという行為、あれは指に適度な湿り気がなくなり、...ピックがつかめない

  • 爪が伸びている

    二月から伸びている爪を切らなくてはならないのだが三月の痒い背中を掻くためにもう少し伸ばしたい気もする。ただこのまま伸ばしていると加齢で割れてしまうだろう。きれいに割れれば問題ないが下手な割れ方をすると後で深爪に到ることもあるから面倒だ。爪が伸びたまま耳や鼻をほじると皮膚を傷つけて出血したり炎症に到る可能性だってあるし。仮にそうならなかったとしても「そうなるかもしれない」という潜在的な不安と闘うのが疲れるし。二月の爪はやはり切るしかないな。三月の痒い背中は孫の手で掻こう。明日にでも百均に買いに行こう。爪が伸びている

  • 静電気野郎

    私は静電気地獄からやってきたバチッと痛い野郎でございます。痛くて寂しい野郎でございます。人様にバチッと痛みを与えては自分もバチッと痛い思いをする損な生きものなのでございます。痛い人だと後ろ指さされながらそれをバチバチッと感じながら日々生きているのでございます。私は静電気地獄からやってきた。バチッと痛い野郎でございます。痛くて寂しい野郎でございます。静電気野郎

  • ラーメングルメ

    1,相変わらずラーメンブームが続いているようだ。先日もラジオで、おいしいラーメン屋の紹介をやっていた。ぼくはむかし、そういったおいしいラーメン屋を探して歩いたことがある。外回りをしていた頃なんかは、市内のおいしいと言われているラーメン屋を回っていたものだ。多い時は、一日に5軒ハシゴしたこともある。さすがにその時は、喉が渇いてたまらなかった。その一環で、門司港まで出かけて行ったことがある。そこにおいしいラーメン屋があると聞いたからだ。で、味はと言うと、さて、どうだったのだろう?食べ物のおいしさというのは、その時その時の腹の減り具合で大きく変化するものだから、腹が減っている時はどんな店でもおいしく感じたし、そうでない時はそこまででもなかった。2,中学の時、土曜日は決まって近くのラーメン屋に行っていた。その日は...ラーメングルメ

  • 心の中を

    あるブログに、時々自作曲を上げているのですが、最近反応が良かった曲を貼っておきます。心の中をhttp://1565f184a5e066b.main.jp/128/%E5%BF%83%E3%81%AE%E4%B8%AD%E3%82%92.mp3いつもいつも考えることは暮らしのことばかり日々が通り抜けていく風は吹く、心の中をいつもいつも同じことの繰り返しばかり日々が色褪せていく時は行く、心の中をただ夢だけが駆け抜けていくのを遠く眺めてるような毎日風は吹く、心の中をああ、想い出だけを数えすぎた日々冷たい日差しの中で時は行く、心の中をいつもいつも置き忘れた夢追い求める日々日々が閉ざされていく風は吹く、心の中を心の中を

  • わたしゃ神様ですバイ

    以前、生きて何度も霊界に行ったというスウェデン・ボルグという人の本を読んだことがある。彼は元々は学者だったらしいが、ある時彼の前に神が現れた。それから自由に霊界に出入りできるようになり、現世の人たちのために霊界を紹介していったという。ぼくは、わりとこういう話が好きなのだが、ひとつだけ首をかしげる部分があった。それは、最初に神が現れた時の、神の第一声である。「我は神なり」だ。文語体の訳だからこうなるのかもしれないが、何かうさんくさい。口語で言えば「私は神です」、軽いノリで言えば「はーい、神様でーす」、また九州の人の口調で言えば「わたしゃ神様ですバイ」となるのだから。だいたい神が「神」だと名乗って出てくるのがおかしいじゃないか。そういう神にはまったく威厳というものが感じられない。スウェデン・ボルグは一神教の世...わたしゃ神様ですバイ

  • 春の訪れ

    数日前のこと。車のジュースホルダーに置いている缶コーヒーの上を、小さな黒い点が動いているのが見えた。「何だろう?」と目を凝らして見てみると、それはアリだった。慌ててぼくは、それを外に出し、近くにあった自販機横の空き缶入れに捨てた。前にもこういうことがあったのだ。その時は気にとめず、缶を放置しておいた。すると翌日、アリが行列を作って入って来て、缶にたかっていたのだった。退治するのにけっこう時間がかかった。結局全部退治できなかったので、車用の『アリの巣コロリ』を仕掛けることになってしまった。そのことを思い出して、他にも空き缶はないかと探してみた。すると、後部座席に空き缶が数個見つかった。幸いアリは来てなかったが、それも捨てた。家に帰り、隈なく探してみると、他の場所で栄養ドリンクの空き瓶を見つけた。だが、それは...春の訪れ

  • 地獄

    ぼくはミッション系の保育園に通っていたのでことあるたびに地獄はすごく怖ろしく辛い所だと教わった。当時その保育園では悪いことをすると決まって真っ暗な倉庫に閉じ込められていたのだが、そこは怖ろしく辛い所なので園児はその倉庫こそが地獄だと勝手に思うようになりその倉庫に入れられる時にはこの上ない恐怖を感じてしまい必要以上に泣き叫ぶのだった。実はその保育園の教育には失敗があった。その地獄から抜け出すための呪文や術を園児に教えなかったのだ。だから数十年経った今でも真っ暗な倉庫に入る時には必要以上に恐怖を感じる。ぼくら元園児はいまだに地獄を引きずっているわけだ。地獄

  • 今日の最高気温は15度らしい

    春十五度。昨夜着ていたぶ厚く重い上着を脱いで軽めのパーカーを羽織る心も体も浮かれる十五度春十五度。お酒でいうと日本酒くらいの度数かなほろ酔い気分で街を歩くふらつきながらの十五度春十五度。これが坂道の上り傾斜の度数であればかなりきついし汗ばむし疲労度数が一気に十五度春十五度。その風吹けば暖かく心うごめく十五度秋十五度。その風吹けば肌寒くもの悲しい十五度今日の最高気温は15度らしい

  • 無表情な面接官

    かつてある企業の面接官にぼくは「君はこういう仕事向きじゃない。他の仕事を探したほうがいい」と無表情な顔で言われたことがある。「向きや不向きはやってみないとわからないじゃないですか?」とぼくが言うと、無表情な面接官は「追って連絡するので」と言ってサッサとぼくを追返したのだった。不採用だったのは言うまでもない。その後ぼくは別の企業ではあるが不向きだと言われた仕事に就いた。あれから三十数年経ったわけだが会社は変わったものの相変わらずぼくはこういう仕事に就いている。別にしがみついているのではなく他の仕事に就こうとしてもなぜか自然にこの仕事に戻って行くのだ。多くの人がぼくに言う「あなたはホントにこの仕事が向いてますね」無表情な面接官様、四十数年後のぼくはこういう評価を受けている。やってみないとわかりませんよね。無表情な面接官

  • 自分だったりする

    この変なしぐさが自分だったりする。根はしゃべり好きなのが自分だったりする。物腰のぎこちなさが自分だったりする。要領が悪いと言われるのが自分だったりする。根のない意地の悪さが自分だったりする。ちょっと意地を張るのが自分だったりする。物事に注釈つけたがるのが自分だったりする。鍵の締め忘れが気になるのが自分だったりする。夢見の悪さを引きずるのが自分だったりする。仮想の敵を作らないのが自分だったりする。押しがあまり強くないのが自分だったりする。中途半端な他力本願が自分だったりする。最近寝起きが良くなったのが自分だったりする。とりあえずお風呂好きなのが自分だったりする。こんなことばかり考えているのが自分だったりする。自分だったりする

  • 勘に頼っている

    ぼくは若い頃からずっとここが人生の要所だと思った時には自分の勘に頼ることにしている。そのせいなのか、ここまでの人生はやや波乱含みのものになっている。「こいつは悪人だ」という勘が働いて、上司に思いっきり反抗し左遷の憂き目に遭ってしまったり、「ここにいると死んでしまう」という胸騒ぎがして突然会社を辞めてしまったりだ。きっと周りの人からは、『いい年して何やっているんだこいつは』的に思われているにちがいない。だけどそのいちいちの行動は理屈や思いつきで起こしたものではなく、勘という心の声に従ったものなのでぼくにとっては、実に楽しく有意義な経験となっている。おかげでその延長上にある今も毎日が飽きない。勘に頼っている

  • 愚痴や悩みの日記たち

    gooブログのお知らせに「おかげさまでgooblogは20周年を迎えました!」という文章を見つけた。20周年、そういえば、ぼくがウェブ日記という形態で日記をつけるようになったのは2001年の1月だったから20年を軽く超えていることになる。ということで、とりあえず自分に「おめでとうございます」と自分を祝福しておこう。さてこの二十数年、ぼくはいったい何を書いてきたのかというと「きつい」「眠たい」「寒い」「暑い」「肥ってきた」「風邪引いた」等々生活や仕事からくる愚痴や悩みが実に多いのであります。ま、たまには時事的なことも書いてはいるのですが、それだと、『いろんなことに悩む暇があったらさっさとネタにしてしまおう!』というこの日記の主旨から外れることになるのであまり深追いはしなかった。やはり人間は悩んで何ぼの動物だ...愚痴や悩みの日記たち

  • 職場にいるアルバイトの女の子が、この三月に大学を卒業する。卒業式は「もちろん袴を履いて」参加するそうだ。ぼくらが学生の頃はあまり見かけなかったが、最近は袴が流行りなのだという。ぼくが女性の袴姿を初めて見たのは、小学校の卒業式の時だった。その年満期となる四組の担任の先生が、袴履きで式に臨んでいたのだ。スーツだらけの先生の中で、まさに異彩を放っていたものだ。柔和で弱々しい印象の先生だったが、その日の彼女には凛とした強さがあった。普段の見慣れた洋装ではなく、袴のせいでそう見えたのかもしれない。先生は高等女学校から師範学校を経て、教師になったと聞いている。きっと聖職者としての教育を受けた者の、歴史と誇りがその姿に凝縮されていたのだろう。袴

  • ぼくは六十代ですよ

    一昨年の夏から、プチ断食に取り組み、そのおかげで体重が10キロ以上痩せ、いたって健康な体になっている。が、良くなったのは体だけで、容姿はと言うと、痩せたおかげでえらく歳を取って見えるようになった。「どうにかしないと」とは思っているのだが、今さら肥ってシワを伸ばすことも出来ないし。痩せる前の話だが、時々人から「とても六十代には見えませんね」言われることがあった。既に髪の毛は真っ白だったし、体の所々に老斑が出来ていたし、当時は血圧や尿酸値は高めだったし、尿潜血だってあったし。カラオケに行くとGSを歌っていたし、橋幸夫の「雨の中の二人」も好きだし、それ以前から演歌のレパートリーも入っていたし、松田聖子の歌を最近の歌と思っていたし。昭和に換算して今年を数えていたし、仕事に没頭するのが好きだったし、サービス残業をあ...ぼくは六十代ですよ

  • 夜更かし

    休みの前の日は、つい夜更かししてしまう。『早く寝れば休みを有効に使うことが出来るのに―』と思いながら、もう何十年もやっている。とはいえ最近は以前のように、昼まで寝ているということはなくなった。夜更かしはしているものの、そこそこ早い時間に目が覚めるようになったのだ。おかげでこのところ休みの日は、わりと有効に時間を使うことが出来ている。だけど休みの日に睡眠をとってないせいで、仕事の日には眠気が差してきて、困る困る。夜更かし

  • 見張り塔からずっと

    1.「いつの頃からだったろう、君の存在に気づいたのは」―またその話か。「いや、今日こそははっきりしておきたいんだ」―別にそんなことどうでもいいじゃないか。「じゃあ、君はいつからここにいるのか覚えていると言うのかい?」―そういうことも忘れたなあ。ごく最近と言えばそんな気もするし、ずっと以前からと言えばそういう気もする。「わからないな」―そう、それでいいんだよ。ぼくは君が気づく前から、君のそばにいるんだから。2.「生まれた時のぼくはどうだった?」―どうだったって、今と何ら変わらないよ。見えるものを見て、聞こえるものを聞いていただけなんだから。「生まれた時と変わらないってことはないと思うんだけど」―変わってないよ。変わったと思うのは君の錯覚だよ。「でも、現にぼくは成長しているじゃないか」―成長ねえ。ただ服を着替...見張り塔からずっと

  • 臭い町

    かつてたくましく煙を吐いていたこの町は、今や健康志向の町に変わっております。星もきれいに見えております。おそらくあの頃から今の煙のない町を見れば、希望のない田舎町と映ることでしょうね。しかし文明は進歩するものだ。きっと何か変わったところがあるはずだが、さて何が変わったんだろう?いや何も変わってない。と、この町に六十年以上過ごしている、ぼくは思うのであります。市をあげて環境問題に取り組んではいるものの、企業による汚染を減らしただけのことでありまして、今はあの当時にはなかった汚染があるのです。一つに車による汚染がありまして、当時とは比べものにならない量の車が走っているのです。町は排気ガスが充満し、とくに幹線沿いなどは、臭くてとても歩ける状態ではないのであります。また、飽きもせず道路工事をやっているせいで、そこ...臭い町

  • オレンジ色と緑色

    若い頃からオレンジ色の、明るく暖かい色合いが好きだった。好きなパーカーはオレンジ色だったし、水着もオレンジ色だったし、下着も時々そうだった。オレンジ色を着る時は、気分的に乗っていることが多く、そういう時に限って、いいことがあったりしたのだ。だから、勝手にオレンジ色を自分のラッキーカラーだとぼくは決めていた。今でもそれはそうであって、ブログのデザインも、オレンジ色のものを選ぶことが多い。ところがこのところ、ちょっとした変化が起きている。「緑色もいいな」と思うようになったのだ。パソコンの背景はくすんだ緑色にしているし、ブログも緑色のいいデザインはないかと、無意識に探していたりする。ただ、これはオレンジ色のようなラッキーカラーという意味合いではない。目に優しい色という意味合いなのだ。そう、運という気分的な快を求...オレンジ色と緑色

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