町からポムローヌへ向かう国道はD244/モンタニュー通りという。D1089を越えたあたりから町の外になる。周囲は全て葡萄畑になった。 「ポムロームも葡萄畑を開墾したのはローマの退役軍人だった。開墾は紀元後すぐには始まっている。しかしそれも、西ローマ帝国の崩壊に重なって西ゴート人がこの地を占領したため次第に凋落し、荒廃していったんだ。再興したのはアキテーヌの時代になってからだ。聖ヨハネ修道院が、此処に治療院を興してからだ」 「治療院?」 「サンチャゴ巡礼パリルートを利用する人々のための治療院だ。本体はエルサレムにある。 その治療院によって、大きくポムローヌが花開いたのはアンジュー帝国時代