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ブログタイトル
鎌倉八百ヶ谷戸
ブログURL
https://blog.goo.ne.jp/yato-kamakura
ブログ紹介文
失われてゆく鎌倉の谷戸の風景
更新頻度(1年)

67回 / 150日(平均3.1回/週)

ブログ村参加:2020/06/28

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ハンドル名
yato-kamakuraさん
ブログタイトル
鎌倉八百ヶ谷戸
更新頻度
67回 / 150日(平均3.1回/週)
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 鎌倉八百ヶ谷戸

yato-kamakuraさんの新着記事

1件〜30件

  • 山ノ内華蔵院

    《鎌倉八百ヶ谷戸》Web写真集華蔵院建長寺の塔頭の一つ。かつて立ち入ることができなかった。とは言え今も入ることができないので、入口辺りから撮っている。樹木が茂って見通しが悪かったが、このように木々が切り払われると、谷戸の構造が良くわかる。山際は年月を経て崩れているのであろう、本来は切り立つような崖面が見えるところだ。撮影は1月、8月、そして11月。山ノ内華蔵院

  • 瓜ヶ谷の急坂にて

    《鎌倉八百ヶ谷戸》Web写真集山ノ内瓜ヶ谷の急斜面に民家が点在している。鎌倉の急坂が狭い石段になっていることは度々紹介してきた。生垣がとても綺麗だ。山茶花、アケビ、茶、かんきつ類などなどが植えられている。秋も深まってきているが、夏の終わりころによく見かけたのがカラスウリの蔓。今ごろ実が赤く色づいている。雑草に違いないのだが、意図的に景色として採り入れているお宅もあるようだ。ここでは一斉に花開いて・・・木々の隙間からちょこっと見えるのが瓜ヶ谷向かいの山は松ヶ岡瓜ヶ谷の急坂にて

  • 山ノ内 古い神社の佇まい

    《鎌倉八百ヶ谷戸》Web写真集社のために取り残されている一画山ノ内・・・拾遺山ノ内古い神社の佇まい

  • 山ノ内・・・拾遺

    山ノ内の点景夜明け前山ノ内・・・拾遺

  • 台峰の南東端

    《鎌倉八百ヶ谷戸》Web写真集鎌倉に竹林が多いのは、脆弱な土地を地崩れから守るため。歩いていて目に付くし、写真を撮れば、かなりの割合で竹が写り込んでくる。台峰の北西端辺りは、今年の夏場に、ざっとだが眺めてみた。大船辺りから六国見山が視界に入る小高い丘が続いている。下の写真は、台峰の山ノ内側。その尾根近くに細々と営まれている畑。やはり竹林がある。竹林を降ってゆくと突然に切り削がれたような急斜面となる。竹林は下まで続いているのだが、下は谷戸の奥まった辺りで、人家がある。地崩れを防止するための竹林に他ならない。畑は狭い平場が段々になっていて、その上が、おそらく化粧坂、葛原岡から台峰あるいは台に抜ける古道であったろう。台峰の南東端

  • 山ノ内東瓜ヶ谷緑地

    《鎌倉八百ヶ谷戸》Web写真集瓜ヶ谷辺りを歩いている台や台峰の東で、松が岡に挟まれた位置関係にある。谷戸の入口辺りに藤源治という地名が遺されている。鎌倉幕府が開かれ、備前国から刀鍛冶が呼び寄せられてその辺りに鍛冶場を設けたらしい。「日光助真」で有名な鎌倉一文字助真である。家が建ち並んでいて鍛冶場跡はよく判らない。谷戸を西へ進むと、「山ノ内東瓜ヶ谷緑地」という小さな公園がある。遊具などはなく、ベンチが三つほどあるだけの、自然に親しむための場といった意味合いで、地元の人たちによって管理されているようだ。ずいぶん前から空地であったが立ち入ることもできず、いつか写真を撮りたいと考えていた場所であった。その一部が数年前に公園化されたのである。竹林の奥に古いお屋敷の痕跡が窺いとれる。山ノ内東瓜ヶ谷緑地

  • 山ノ内から瓜ヶ谷へ

    《鎌倉八百ヶ谷戸》Web写真集山ノ内から瓜ヶ谷へ、急峻な山の斜面が宅地として利用されている。崩落防止のため、脆弱な岩肌を覆うように芝や笹など背の低い草花を植えていることが多い。その合間に生垣が続いている。大きな木が倒れて斜面を崩しているところもある。急坂で上り下りが大変だろうなと感じるのだが、とても素敵な街並みを形成している。山ノ内から瓜ヶ谷へ

  • まだ急な石段の辺りにいる

    《鎌倉八百ヶ谷戸》Web写真集山茶花であろうかこれもきれいなので撮りなおしてみたまだ急な石段の辺りにいる

  • 急な坂道にツワブキが

    《鎌倉八百ヶ谷戸》Web写真集急な石段の脇にツワブキが咲いていたのを思い出した・・・急な坂道にツワブキが

  • まだ山ノ内の明月谷を見下ろす高台いる

    《鎌倉八百ヶ谷戸》Web写真集明月谷の方向。すぐ前が石垣で整備された崖。切り立つ崖上の平場から見下ろしているような位置関係。掘削した痕跡が左側の山手にある。説明的な写真ばかりになってしまったようだ。円覚寺の帰源院、その上の弁天堂などとほぼ同じ高さまで斜面が平場として切り拓かれ、現在は幾軒かの家が建ち並んでいる。ここだけではないが、このような環境を守り通しているのである。まだ山ノ内の明月谷を見下ろす高台いる

  • 山ノ内一帯を見下ろす高台にて

    《鎌倉八百ヶ谷戸》Web写真集山と言っても鎌倉では小高い丘になるが、山腹に設けられた平場や平地とされた尾根の存在はとても興味深い。写真の正面が浄智寺の辺り。ここからさらに山道を上がると、足下が垂直に切り削がれて容易には降りることができないところもあり、切岸や平場の構築はかなりの大工事であったろうと思う。このような切岸は円覚寺側にもある。山ノ内一帯を見下ろす高台にて

  • 山ノ内 尾根へと続く細道

    《鎌倉八百ヶ谷戸》Web写真集明月院及びその背後に深く切り込んだような明月谷の辺り一帯は上杉氏とそれを補佐する武士の居住地、および防御の施設が置かれていたに違いない。谷戸はかなり複雑に出入りしている。急峻な小道を上って尾根を越えると円覚寺であり、尾根筋は六国見山へと続いている。急な石段を上った辺り左は切り立つ崖下に名月谷の家々山ノ内尾根へと続く細道

  • 山ノ内の急峻な坂道がとても綺麗に

    《鎌倉八百ヶ谷戸》Web写真集山ノ内上杉氏の邸のあった辺り。急峻な山の途中に家が建てられている。斜面が庭とされており、その処理がとてもきれいだ。切り立つ掘削面には脆弱な凝灰岩質角礫岩、泥岩などの地層が明瞭に表れており、水はけを考えなければ湧水が多い。それが崩落を起こす要因となる。斜面が綺麗に整地されているということは、何らかの水はけの工夫がなされているのであろう。崖面に背の低い植物が植えられているのは美観を考えてのもの。手入れが大変だろうなと感じ入る。山ノ内の急峻な坂道がとても綺麗に

  • 関東管領上杉氏の邸があった辺り

    《鎌倉八百ヶ谷戸》Web写真集まだ北鎌倉を歩いている。北鎌倉は鎌倉七口の一つ巨福呂坂を越えて北に位置するが、鎌倉を考える上で重要なところだ。円覚寺東南の明月谷を含めて、この辺り一帯には、室町時代に関東管領として力を持っていた上杉氏の邸があった。鎌倉幕府が滅んだ後の鎌倉は、かなり寂れてしまったと思われがちだが、鎌倉公方足利氏と、それを補佐する立場であった上杉氏がおり、現実には対立関係にあって権力闘争の炎は絶えることがなかった。上杉禅秀の乱、永享の乱など、戦国時代の始まりは意外とはやかったのである。鎌倉に邸を持つ武家は、自ずと防備の構造化を図らねばならなくなっていた。邸が置かれた場所は、背後を切り立つ崖とした谷戸に他ならない。上杉邸があったと思われる辺り。尾根へと向かう小道。関東管領上杉氏の邸があった辺り

  • 台の辺り

    《鎌倉八百ヶ谷戸》Web写真集台の辺りを歩いている。空地があると、その山際を観察させてもらう。山際を庭の一部として活かしているお宅が多い。ただ藪化したままのお宅もある。鎌倉の場合、ヤグラが景色を成している。地盤が脆弱であるためコンクリートで覆われたところも多い。この写真の辺りは、山際が切り立っている。土地の利用を考えたら、このように処理するのが安全であるに違いない。台の辺り

  • 台峰へ

    《鎌倉八百ヶ谷戸》Web写真集台峰だけではない。このような小道の多くは急斜面であることから階段に仕立てられている。以前にも説明したが、鎌倉の地盤は脆弱であるため階段が崩れやすく、しばしば掘り直された。それが故に、山道は掘り込まれたように深くなっている。台峰へ

  • 台峰へ向かう小道

    《鎌倉八百ヶ谷戸》Web写真集台峰の尾根に出るための道はいくつもある。稲荷神社の脇からも尾根に至る小道がある。失われた小道もあるだろう。人家の横を遠慮しながら上がったところが畑になっている。さらに上へと小道が続いている。台峰へ向かう小道

  • 台峰辺り

    《鎌倉八百ヶ谷戸》Web写真集鎌倉には、なぜこのような場所に、と思われる急斜面に家が建てられていることがある。急斜面とは、もちろん掘削したことによる切岸の上の平場である。台の稲荷神社なども同じ環境にある。台峰の尾根から降る細道を辿ると、下の車道のどこかに出られるのだが、逆に尾根に向かって登ろうとすると、細道が曲がりくねっており、間違えてよそのお宅の庭に入り込んでしまうこともある。かつては人家があったと思われる平地も遺されている。多くは畑とされているようだ。台峰辺り

  • 稲荷神社の佇まい

    《鎌倉八百ヶ谷戸》Web写真集ひっそりとした稲荷神社の佇まい台の稲荷神社は台峰の尾根に出るための上り道の途中にある。撮影していると、近所の方でしょうか、朝早くからお詣りの人に出会う。稲荷神社の佇まい

  • 台の稲荷神社

    《鎌倉八百ヶ谷戸》Web写真集台の稲荷神社山ノ内出雲神社から街道越しに眺めたのがこの辺り。台の稲荷神社

  • 山ノ内を歩いている

    《鎌倉八百ヶ谷戸》Web写真集八雲神社の辺りから眺めている。木々が邪魔で見えにくいのだが、横須賀線を挟んで対面が台地区である。手の届きそうな距離にも感じられる。下は鎌倉への街道。神社の周囲には樹木が植えられ、神が宿っているかのように大きく成長していることが多い。何度も述べるが、鎌倉の地質は脆弱である。そのため、巨木が強い風雨を受けると地盤そのものが剥がされて崩れ落ちる。この辺りは特に木々の周囲が露出している。山ノ内を歩いている

  • 山ノ内辺りの山の上から見下ろしている

    《鎌倉八百ヶ谷戸》Web写真集山ノ内辺りの山襞上を歩いている。谷戸を見守るように神社が佇んでいる。八幡神社は樹々に包まれるようにして佇んでいたが、山ノ内八雲神社は切り立つ崖の上にある、といった風情。そのすぐ近くに2メートルほど高く仕立てられた台地があり、今は仮の社であろう、山ノ内稲荷神社がある。近隣の人々の信仰を得ているのであろう、社の建立が計画されているようだ。これら神社の前は急な崖で、下を横須賀線が走っている。即ち街道筋はここから見下ろす位置になる。山ノ内稲荷神社の前からの眺め。山ノ内辺りの山の上から見下ろしている

  • 山ノ内の高台から眺めている

    《鎌倉八百ヶ谷戸》Web写真集この写真の左手の山の上辺りに円覚寺の塔頭雲頂禅庵が、右寄りに八雲神社がある。そんな位置関係。山ノ内の高台から眺めている

  • 山ノ内の高台辺り

    《鎌倉八百ヶ谷戸》Web写真集切岸の上は、台地域と同様、平坦に仕立てられて人家が続き、高台にまた切岸によって囲まれた空地がある。生垣で囲まれて竹林があり、雑木に蔓草が巻き付き、藪化していて見通しが悪い。草木を掻き分けて進むのは容易ではない。いずれ宅地化されるのであろうと撮影しておいたが、数年経ても手が付けられていない。入口辺りの路幅が狭く、大型の工事車両が入り難いという理由があるのかもしれない。街道を見下ろす高台で、しかも背後は山裾。切岸に囲まれた最高の立地である。山ノ内の高台辺り

  • 山ノ内 八幡神社

    《鎌倉八百ヶ谷戸》Web写真集少し高い位置から見下ろすように、山ノ内辺りを歩いている。円覚寺の北、横須賀線の東側は六国見山の山裾で、線路に沿って切岸が続いている。あたかも線路を通すために掘削したかのように感じられるが、古い地図を見ると、それ以前から垂直に構造された切岸の崖面があったようだ。この辺りは鎌倉に入るための主要路である。現在、切岸は家の背後に隠れて見え難いが、写真の八幡神社の階段の脇では垂直に掘削されているのがよく判る。それが北鎌倉駅近くまでずっと続いている。八幡神社の石段の上から見下ろす茂った木々で神社のあることが分からないのがいい支谷戸の急斜面にも家が建てられている支谷戸の奥から台と台峰の辺りを眺める山ノ内八幡神社

  • 浄智寺谷

    《鎌倉八百ヶ谷戸》Web写真集谷戸そのものを撮っているため、季節感を重視していない。本来は、地形を分かり易くするため、植物の繁茂していない冬場の撮影が中心である。ブログを開始して以降は、季節の色を取り入れた風景も意識するようになってしまった。金木犀はあまりにも早すぎる。ちょっと寂しい。浄智寺谷

  • 浄智寺の辺り

    《鎌倉八百ヶ谷戸》Web写真集人が住まなければ、あるいは畑としなければ荒れ地となる。人が住めば当然のこと現在住みよい環境にかえてゆく。それほど大きくもないところが良いのか、浄智寺谷は大好きな谷戸の一つ。浄智寺谷に限らないのだが、谷戸の入り口辺りから回りの地形を眺めながら歩くと、かつては建物が存在したであろう空域が、ぽっかりと遺されていることがある。そんなところに建物がないと何となく空間として頼りなく感じられる。それもいい。浄智寺の辺り

  • 山ノ内尾藤ヶ谷

    浄智寺谷の南側の尾根筋を越えた谷戸が尾藤ヶ谷。横須賀線が走り、トンネルが穿たれている。横須賀線の脇の道を辿ってみたが、藪化した畑に行く手を阻まれ、谷戸の最奥まで行くことはできなかった。20年ほど前に谷戸の入口辺りの調査があり、尾根筋まで容易に上がることができた。そこで、尾根道を辿ってどこまで行けるのか試みたが、細竹の藪に阻まれ、やはり法泉寺ヶ谷へはぬけることができなかった。法泉寺ヶ谷側も竹が生い茂っており、谷戸を詰めることができない。トンネルの上辺りがどうなっているのか、ちょっと興味があるのだが行き着けそうにない。写真の左側が横須賀線山ノ内尾藤ヶ谷

  • 浄智寺谷を歩いている

    《鎌倉八百ヶ谷戸》Web写真集浄智寺の横の小路は、葛原岡、源氏山へと尾根筋を経て続いている。今ではハイキングコースだが、古くから要路として存在したようだ。浄智寺の辺りでは、現在の舗装された道路の脇に一段高くなっている部分が谷戸の奥まで続いている。崩れた転石などがあり、草で覆われているところもある。この一段高いところが古い道だと思われる。浄智寺谷を歩いている

  • 浄智寺谷最奥

    《鎌倉八百ヶ谷戸》Web写真集「宝の庭」は浄智寺谷の最奥部に位置し、切り立つような切岸(と言って良いのだろうか)に囲まれた空域である。それゆえに昨年の大雨で崖(切岸)の一部が崩落して通行が一時できなくなった。現在でも、崖には近づかないように処置されている。崖面には毎年梅雨時になるとイワタバコが咲く。レンズの特性で誇張されているかもしれないが、切岸はこのように切り立っている。登り降りが容易ではない。だが、上から火矢などで攻撃されたらひとたまりもないだろう。《鎌倉八百ヶ谷戸》Web写真集浄智寺谷最奥

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